偽りの聖者と枯れぬ羨望   作:かなりゆっくりめ

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和平交渉を終えた夜。

魔族たちを警戒するアレンたちと、その裏で動こうとするドラート。
そしてクラウを見つめるシュラインには、まだ誰にも明かしていないものがあるようです。



魔族を信じるということ

――アレン――

 

グラナト伯爵が用意した部屋の窓枠に、フリーレンが腰を下ろしていた。

 

先ほどから、じっとこちらを見ている。

昔から変わらない顔だ。眉を僅かに下げ、口を尖らせる。

何かが気に入らず、俺の口から説明が出てくるまで待っている。

 

言いたいことがあるなら、さっさと言えばいい。

 

「アレン、どういうつもり?」

 

ようやく口を開いた。

 

「魔族との交渉をすんなり受け入れるなんて……。おまけに、いつの間にか魔族の『子供』まで連れて歩いてるし……」

 

リリアは、出された焼き菓子を一枚ずつ裏返している。

何を調べているのかは知らない。

菓子を口にする前に毒の有無を疑っているのなら、随分と用心深くなったものだ。

 

「おかしなことか? フリーレン」

 

「俺はかつて、人間の夫としてエリーと共にあったのだ。……次に娘を持ったとしても、おかしくはあるまい」

 

リリアの手が止まった。

 

何だ。

俺は、世間に対する説明をしただけだ。逐一説明するより、娘と呼んだ方が早い。

 

「そういう人間くさい言い回しで逃げるのは卑怯だよ」

 

「アレンだって、もう分かってるでしょ? 連中の本質は」

 

まったく。

俺を信用しているのか、していないのか。

 

「リュグナーという男は、典型的なペテン師だ。まったく信用に値しない」

 

あの男は、人間が聞きたい言葉を選んで並べているだけだ。和平を望んでいるのなら、シュラインがアウラの騙し討ちへ触れたとき、あれほど慌てる理由がない。

 

「だがな……あのシュラインという女は、少し様子を見てもよいような気がしたのだ。よい意味でも、悪い意味でもな」

 

俺と似ている。

そう思ったことは、口にしなかった。

 

少なくとも、口にした問いは理解できた。

だからといって、信用できるわけではない。

 

あの女が見ているのは、俺たちではなく、俺たちを使えばどんな結果が出るかだ。

興味の向きが変われば、人間を壊すことにも躊躇はないだろう。

 

「…………シュラインは、そんな生易しいタマじゃない」

 

低い声が割り込んだ。クラウ。

 

いつもの笑いは消え、膝の上に置いた指が、自分の袖を強く掴んでいた。

 

「アレは……今すぐここで殺すべきだよ」

 

ここまで露骨に殺意を見せるとは珍しい。

 

「クラウ……お前、あいつの何かを知っているのか……?」

 

「…………いや。ただの勘だけど」

 

嘘だな。こちらの目を見ない。

追及しようとしたところで、エレナの手がクラウの背へ落ちた。

 

「ははは! クラウの『勘』は、昔から当たった試しがねえからなー! 気にすんな、アレン!」

 

叩いたというより、背を支えたように見えた。

エレナまで何か知っているのか。

 

「………うん」

 

だが、今ここで問い詰めることでもない。

クラウが隠したいのなら、少なくとも二人で話せる場所を選ぶべきだ。

 

「しかしアレン。てめえ、本当に勇者パーティーの魔法使いと知り合いだったんだな」

 

アルトが腕を組み、露骨に話を変えた。

 

こいつも気づいたか。

不器用な男だが、仲間の顔くらいは見ているらしい。

 

「なんだ。俺の言葉を、まだ信じていなかったのか」

 

「俺は、他人から『聞いただけの武勇伝』は信じないようにしてるんだよ!」

 

「……まあ、てめえの言うことを『嘘だ』とは思わないようにはしているがな」

 

何が違う。

両方を同時に成立させるのは無理があるだろう。

 

「え~と」

 

リリアが焼き菓子から手を離し、アルトを指した。

 

「人間の生態学的に、こういうのを『素直じゃない』と言うのでは?」

 

「良くできましたね、リリアちゃん。完璧な模範解答です」

 

フェルンがリリアの頭を撫でた。

いつの間に、そのようなことまで教えた。

 

相手の好意を受け入れ、期待された答えを返す。人間社会へ溶け込む練習としては、確かに悪くない。

 

アルトは耳まで赤くしていた。

なるほど。

 

「それにしても、普通にこの状況に適応してるフェルンはすげーよな」

 

部屋の隅からシュタルクが言った。

 

「街の中に魔族があんなにわんさかいてよ、ピリピリしてんのにさ」

 

同じ部屋にリリアがいることは数えていないのか。

 

あるいは、すでにリリアを先ほどの使者たちと同じものだと見ていないのか。

 

後者なら、契約だけでは得られない成果だ。

 

「フェルンは、奴らを見てどう思った?」

 

「あのリュグナー……でしたか。それとリーニエ、ドラートの三人は、終始アレン様とフリーレン様しか警戒していませんでした」

 

よく見ている。

俺も同じ印象を持った。

リュグナーたちは、俺かフリーレンが動くたびに視線を向けた。

その後ろに立つ者たちへ目をやっても、武器と魔力量を一度確かめた程度だ。

 

「しかし………シュラインと、カタウの二人は違いました」

 

「彼らはお二方よりも……アルト様やクラウ様を含めた、私たち『全員』を隈なく観察していました」

 

やはり、あれに気づいたか。

 

「それは俺も思った」

 

シュタルクが両腕を擦った。

 

「リュグナー達には『眼中にない』って顔されてムカついたけどさ。あそこまで舐め回すようにしっかり見られると、逆に怖くもなるな」

 

「……人間を『研究対象』にするタイプの魔族か……」

 

フリーレンの声が低くなった。

 

研究対象。悪い表現ではない。

 

「人間に興味がなく、ただ本能で殺すだけの輩よりは万倍マシだ」

 

「油断させるための方便だと思うよ」

 

相変わらず、魔族に対しては一切の余地を認めない。

 

「それにしては、グラナト伯爵の前で危険な方向に話を持っていき過ぎていたな」

 

和平を偽るだけなら、アウラの騙し討ちへ触れる必要はない。

魔族の殺戮本能を欠陥として語り、人間を食べ物と呼び、伯爵の警戒を自ら強める必要もなかった。

 

「リュグナー達と意見が割れているようにも見えた。カタウという男は、まさに『魔族』という感じがしたが……シュラインには従っているのだろう? リリア」

 

「はい」

 

「『猛き勝利のカタウ』と『蒼き智謀のシュライン』。あの二人は、少なくともここ数百年間は行動を共にしています」

 

布の擦れる音がした。

クラウが、自分の両腕を抱いている。

 

「…………何だよ……じゃあ、あの時……僕は……」

 

何だ。

あの時とは、いつだ。

 

「…………今は何も言うな、クラウ」

 

エレナがクラウの肩を抱き寄せ、耳元へ顔を寄せた。

 

クラウは返事をしなかった。

二人の様子を視界の隅へ留めたまま、話を続ける。

 

「数百年の付き合いか。……それでも、人間社会であいつらの被害は聞かないな。フリーレンは?」

 

「私も初めて名を聞いた」

 

フリーレンもクラウを一度見たが、何も尋ねなかった。

 

「魔族の間には名が知られているのに、人間の方にはまったく知られていない。……考えられる理由は、二つだね」

 

「なるほど!!」

 

リリアが両手を打ち合わせた。

嫌な予感がした。

 

「関わった人間を、情報が漏れる前に『皆殺し』にしているから、情報もクソもないと!!」

 

誰も動かなかった。

 

なぜ、そちらを先に選ぶ。

頭へ手を伸ばし、片手で掴んだ。

 

「…………そちらの可能性を先に嬉々として口走るのは、人間の心を硬化させる」

 

「リリア。町へ戻ったら、人間の倫理観について、たっぷり『レッスン』だ」

 

「うへええ…………」

 

両手で頭を押さえ、早くも床へ座らされる者のように膝を揃えている。

反省しているかは怪しい。

 

「……もしくは、本当に人間に並々ならぬ興味があって、意味もなく殺してはいないかだ」

 

皆殺しにしてきたのなら、被害を隠すためには人間だけでなく建物も、記録も、痕跡も消さなければならない。数百年、それを繰り返しながら噂一つ残さないのは難しい。

 

シュラインの話が、すべて方便である可能性は捨てていない。

 

だが、最初から嘘と決めつけるのも、観察とは言えない。

 

「アレン」

 

「……あんた、ついに魔族が一人の寂しさを感じるようになって、こうして仲間を作ってるの?」

 

寂しさ。

俺が、一人でいることを嫌がったとでもいうのか。

 

アルトたちと行動を共にしているのは、彼らが人間の奇跡を観察するに値するからだ。

リリアを傍へ置くのは、契約を課した者として正しく監督するため。領地へ戻れば、俺を必要とする住民もいる。

 

一人になる時間など、いくらでもある。

ならば、なぜ否定する言葉がすぐに出ない。

 

「アレンが人間らしくなるのは結構だけど……もし、あんたの油断で人間に被害を出すなら、私は容赦しないからね」

 

「フリーレン様……!」

 

止める必要はない。

フリーレンは俺を殺すと言っているのではない。

俺が間違えば、自分が止めると言っている。

 

それは、俺が人間を害する魔族へ戻ることを許さないという意味だ。

 

「いや、フェルン。フリーレンの言うことは確かだ」

 

笑みが浮かんだ。

 

「それに、これは不器用なエルフなりの、俺を心配してくれての言葉だ。……ありがたく受け取るとも」

 

「………つまらなくなった」

 

何がだ。

 

「相変わらず、ひねくれていると言われないか?」

 

「ああ! 俺もそう思うぜ!」

 

シュタルクが大きく頷いた。

 

なぜ、そこで同意する。

 

「シュタルク………覚えておけよ。あとで魔法で氷漬けにしてやる」

 

「なんで俺だけ……」

 

「シュタルク様。あとで宿に戻ったら、美味しいハンバーグを作ってあげますから。我慢してくださいね」

 

「フェルン……!」

 

声と同時に、シュタルクの背が伸びた。

 

ほう。

フェルンは、人を扱うのが巧い。

 

「青春だねぇ~」

 

アルトが二人を見ながら、口元を歪めた。

 

先ほど素直ではないと指摘された男が言っても、説得力はない。

 

「……で? これからどうするの? アレン」

 

「まあ、問題はまずアウラだ。明日にでも、使者殿たちと城で話の続きをしよう」

 

不戦条約は、まだ仮の合意にすぎない。シュラインとカタウがどう考えていようと、軍を率いるのはアウラだ。本人が受け入れなければ、何の拘束にもならない。

 

「……ただし」

 

「今夜の内に、あいつらの中から誰かが抜け出して暗躍しようとするなら………見つけ次第、殺していい」

 

フリーレンの口元が、僅かに持ち上がった。

 

「………良いね」

 

これでよい。

 

可能性を見ることと、無防備に信じることは違う。

明日まで待てない者に、明日の話し合いへ加わる資格はない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

――シュライン――

 

窓の留め金が、音もなく持ち上がった。

 

ドラートは、気配を隠しているつもりらしい。

 

カタウは壁際の椅子へ腰を下ろし、目を閉じていた。

リュグナーは隣室。リーニエは寝台の上で横になっている。

 

誰も止めないと思ったのかしら。

 

「……今夜抜け出すなんて暴挙は、しちゃ駄目よ?」

 

ドラートの肩が跳ねた。

片足を窓枠へかけたまま振り返る。

 

「!! ………なぜですか? 今なら衛兵の目も……」

 

「相手はまだ、こちらを警戒しているわ」

 

窓の外へ意識を伸ばせば、城の夜へ溶け込むように幾つもの魔力が息を潜めている。

 

隠すことに慣れたエルフ。

その弟子。

 

アレン卿。

それ以外にも、こちらの魔力が動けば気づく者がいる。

 

「……あの部屋の中には、魔力探知に優れた奴らが……一人……二人………いや、最低でも『四人』はいる」

 

数えているのね。

 

自分が見落とした者を考えるより、私の見立てが間違っている可能性を探している。

まったく、若いわ。

 

「まさかとは思うけど……ドラート」

 

椅子の背へ身体を預けたまま、魔力を覆っていた蓋を少しだけ開いた。

 

空気が震え、卓上の水面へ細かな波が立つ。

 

全部を見せる必要はない。

この男が、自分では届かないと理解できるだけでいい。

 

「貴方、一人で私に勝てるとでも思っているの?」

 

ドラートの喉が動いた。

私へ向き直るころには、先ほどまでの不満も顔から消えていた。

 

「…………承知しました。シュライン殿」

 

深く頭を下げる。

 

私の命令に納得したわけではない。

逆らえば殺されると分かっただけ。

 

今は、それで十分よ。

魔力を閉じる。

 

波立っていた水面が静まり、カタウが薄く目を開けた。

 

「よろしい………。良い子ね」

 

笑いかけると、ドラートは窓から最も遠い壁際まで下がった。

 

あら。

褒めたのに、嬉しくはないらしい。

 

立ち上がり、窓を閉める。

夜風が途切れる直前、アレン卿たちの宿がある方角へ目を向けた。

 

クラウ。

ドラート程度に触れさせるつもりはない。

カタウにも譲らない。

 

あの娘は、生まれたときから私の物だと決めたのだから。

 

窓の留め金を下ろした。

 

今夜は、見ているだけでいい。

誰も、あの宿へは近づけない。

 

少なくとも――私が許すまでは。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しずつ見えてきたシュラインとクラウの関係、そして普通の魔族とは明らかに異なるシュラインの行動。

二人の過去や、アレンとシュラインが今後どのように関わっていくのか、感想や予想をいただけると嬉しいです。

第一回キャラクター人気投票!!(3位までのキャラは出番が増えます。)

  • アレン
  • フリーレン
  • アルト
  • フェルン
  • シュタルク
  • エレナ
  • クラウ
  • シュライン
  • カタウ
  • アウラ
  • リュグナー
  • リーニエ
  • ドラート
  • リリア
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