偽りの聖者と枯れぬ羨望   作:かなりゆっくりめ

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勇者ヒンメルの死から二十八年。

魔族との和平交渉は二日目へ。
それぞれが「共存」の意味を語る中、アレンはシュラインたちの言葉に、自分とよく似たものを感じ始めます。


戸口に立つ魔族

次の日、我々の陣営には空席が二つあった。

 

わざわざ見たところで、クラウとエレナが座っているわけではない。

だが席へ着いてから何度か目が向いた。

 

クラウは体調不良だと言った。

 

嘘だ。

 

いや、体調が悪いこと自体は嘘ではないのかもしれない。

昨日、シュラインを見たときから様子がおかしかった。カタウと数百年行動を共にしていると聞いた途端、何ごとか呟き、そのあとは満足に顔も上げなかった。

 

それを体調不良と呼ぶのなら、間違ってはいない。

 

何を知っている。

問い詰めれば、クラウは答えるだろうか。答えないなら、答えるまで拘束するか。

 

馬鹿な。

敵でも捕虜でもない。仲間だ。

 

仲間だから待つ、というのも妙な話だ。危険があるなら、本人の意思など無視してでも聞き出した方がよい。

 

なのに、俺はエレナへクラウを任せてここへ来た。

 

会談を優先しただけだ。

今は、そういうことにしておこう。

 

「アレン卿……仲間の方々はどうされたのだ?」

 

グラナト伯爵も空席を見ていた。

 

「お気遣いありがとうございます、伯爵。クラウが今朝がた酷い体調不良を訴えましてな……エレナが付き添いとして宿に残っております。何かあれば、すぐに腕の立つ医者に見せますゆえ」

 

「そうですね……」

 

シュラインが胸へ手を添えた。

 

「人間というものは、まことに脆弱で儚い生き物。油断なさらず、まずはお医者様に相談なさるのがよろしいでしょう」

 

どの口が言う。

矛盾している――のか?

 

人間も、獣を食いながら飼い犬が病めば医者へ連れていく。

シュラインにとっても、食えることと、目の前の人間を気遣うことは別なのかもしれない。

 

本人なら、そう答えそうだ。

 

「……随分と人間に優しいんだね」

 

フリーレンが半分閉じた目でシュラインを見た。

 

「常識かと思いますよ、フリーレン様。目の前の弱者を気遣うのは」

 

常識。

魔族の口から聞くと、随分とおかしな言葉に聞こえる。

俺も何度、この言葉を使っただろう。

 

「……では、グラナト卿。話を戻しましょう」

 

「不戦条約における領地の境界線についてですが……こちらで提示した線でよろしいですかな?」

 

伯爵の指が、地図に引かれた赤い線を辿る。

 

「……む? だが、これでは元々の我々の領土を、そのまま認める形ではないか。そちらに何の利益がある?」

 

「それはもう……我々の『誠意』と、この先に得られるであろう相互の利益のためと思っていただければ」

 

誠意だと。

 

よくもまあ、何も差し出していない手を広げて、そこに誠意が載っているような顔をできるものだ。

 

感心すらする。

 

「なるほど……『誠意』か……。それは確かに、お前たちには絶対に必要なものだな。これまで散々、人間を殺してきたのだから」

 

リュグナーの笑みが僅かに固まった。

 

「アレン卿は手厳しい……。すべては、魔族と人間の未来の友好のためですよ」

 

未来、未来、未来。

この男は、まだ起きていないことばかりを口にする。

 

今ここにあるものへ目を向ければ、伯爵の息子を殺した事実に触れなければならなくなるからか。

 

「……かつて魔王は、『人間との共存』を語って大戦争を起こした」

 

フリーレン。攻める気だな。

 

「……リュグナー、その理由が分かる?」

 

理由。

 

魔王が人間と共存したいと語ったことは知っている。その結果、人間も魔族も数え切れないほど死んだ。

 

何をどこで間違えれば、共に生きたいという言葉が、あれほどの死体へ変わる。

 

「それは………………」

 

「答えられないんでしょう?」

 

「なら……理由も分からずに同じ言葉を口にしている以上、また同じ歴史が繰り返されるだけだよ」

 

正しい。

 

理解できないまま真似をすれば、同じ失敗をする。

 

俺はどうだ。

愛も、絆も、死者を悼むことも、理解できないまま人間の真似を続けてきた。

同じ失敗とは、何だ。

 

エリーを失ったことか。そのあとも、理解できないものへ執着していることか。

 

それとも――まだ、失敗している途中なのか。いや、俺は上手くできている。

アルトも昨日俺がいずれ気づくと言ってくれたじゃないか。

 

「フリーレン殿!!」

 

ドラートが立ち上がり、フリーレンを指差していた。

 

「我々は魔族です……ッ!! 分からないものは、分からないのです!! それを、これから知ろうとする機会まで……貴女は我々から奪うというのですか!!」

 

分からないものは、分からない。

 

人間の情緒を理解できないと口にすれば、人間は俺を魔族と呼ぶ。

理解しようとして近づけば、騙すためだと剣を向ける。

 

ならば、どうすればよかった。

いや。俺とドラートを同じにするな。

 

今の叫びも、伯爵へ聞かせるためかもしれない。

 

「うむ……。それは、確かに……」

 

響いたらしい。腹立たしい。

 

奴の言葉が上手かったからではない。俺の中にも、似た言葉が浮かんでしまったことが気に食わない。

 

「……魔王様が戦争を起こしたのは、結局は『相互理解』が足りなかったからです」

 

シュラインが立った。

 

ただそれだけで、ドラートは腕を下ろした。リュグナーも口を挟まない。カタウだけが、当然のように次の言葉を待っている。

 

「具体的に申し上げれば、魔族である魔王様は、人間が持つ『絆』も『愛情』も理解できなかった。種として存続さえできれば何の問題もないと考えておられた……それは人間に対してだけでなく、我ら魔族に対してもですが……」

 

絆。愛情。

 

また、その言葉か。

種として残ればよい。個体が死んでも、別の個体が生まれる。それで魔族は続く。

 

何が悪い。

かつての俺なら、そう考えたはずだ。

 

人間という種は今も残っている。エリーが死んだあとも増え続け、町を作り、子を育てている。

 

なら、エリーが死んでも何の問題もなかったのか。

そんなはずはない。

 

なぜだ。

 

答えられない。答えられないくせに、何百年も前に死んだ一人の人間を、今も俺は他の誰かと取り替えられずにいる。

 

これが、魔王には足りなかったものだと?

 

では、俺にはあるのか。あるとも。それこそが…俺が愛と呼ぶものであった機構だ。

 

「お前は……本当にそう思っているの?」

 

「もちろん」

 

シュラインは一瞬も迷わなかった。

 

「私は……魔族こそが、変わっていけると信じて今、ここにいるのですから」

 

嘘か?あの女なら、この程度の顔は作れる。

 

だが、伯爵を騙すだけなら言い過ぎだ。

ここまで危うい嘘を選ぶ理由がない。

 

なら、本気なのか。

魔族が変わると、本当に信じている。

 

俺を見たとき、あれほど楽しそうに笑ったのも、そのためか。

自分以外にも、人間の真似を続けている魔族がいたから。

 

いや。まだ決めるな。

 

本気であることと、信用できることは違う。

あの女は、魔族が変わると証明するためなら、何を壊しても観察を止めないかもしれない。

 

俺なら、どうする。

必要な犠牲だと判断すれば――。

 

フリーレンは黙った。

何を考えたのかは分からない。ただ、いつものように即座に嘘だとは言わなかった。

 

「人間であれ、魔族であれ……強いものは強く、弱いものは弱い」

 

カタウの声が続く。

 

「あえて魔族的な視点から言うなら、人間には『社会性』を必要とする弱者が多いというだけのことに過ぎん。そして……もしも、その『弱者の結びつき』こそが、魔族を凌駕する秘訣なのだとしたら……我々は、それこそを貴重な経験として学ぶべきだと考える」

 

「……魔族もまた、進化したいのだ」

 

弱者の結びつきが、魔族を凌駕する秘訣。

俺が追い続けてきたものと同じだ。

 

人間は、仲間を守ろうとするとき、愛する者を失ったとき、死ぬと分かってなお立ち上がるとき、本来の限界を超える。

 

俺は、それを奇跡と呼んだ。

カタウは進化と呼ぶ。

 

勝手に俺の答えへ触れるな。そう思った。

 

誰のものでもない。俺より先に気づいた人間も、魔族もいたかもしれない。

それでも、腹の奥が僅かに熱くなる。

 

羨ましいのか。

こいつらは数百年を共にし、同じものを見て、同じ場所へ向かおうとしている。

 

俺は一人で、人間の中に答えを探した。

 

違う。

一人ではない。エリーがいた。ガルドもいた。今はアルトたちもいる。

 

では、何が気に食わない。

 

「……リリアちゃんは、どう思うの?」

 

フェルンの声で思考が切れた。

 

「えっ!? わたし!? わたしは所詮、お父さんに命を握られてるから従ってるだけだし……っ!」

 

室内の視線が一斉に俺へ向いた。

 

待て。

間違ってはいないが、その言い方では、俺が娘の命を盾に服従を強いているだけの父親ではないか。

 

正確には、契約へ同意したのはリリア自身だ。

俺が課したのも、自衛以外で人間を傷つけず、人間を騙さないという二点だけ。

 

……言い訳にしか聞こえんな。

 

「あ……うう……そんな冷たい目で見ないでよ……」

 

フェルンの顔は変わっていない。

何が見えた。

 

「……人間的に言うならさ、わたしは『弱者』だから……できる限り平穏に生きられる場所が欲しいだけだよ……」

 

そんなものを欲しがるよう、俺は命じていない。

契約にもない。

 

いつからだ。

 

フェルンに頭を撫でられたからか。アルトとくだらない言い合いをするようになったからか。人間の食事を覚え、宿へ帰ることを当然と思うようになったからか。

 

どれも理由になっていない。

 

小さなものが積み重なって、いつの間にか戻りたい場所になる。

 

人間は、それを家と呼ぶのだった。そうだ。そんなことは知っている。

なぜ、なんで今気づいたような気持ちになる。

 

「……なにげに、どっぷり負け犬根性だな」

 

「……………シュタルク様、黙ってください」

 

フェルンの声が冷えた。当然シュタルクは口を閉じた。

 

負け犬根性という評価自体は、間違っていない。

今ここで口にする必要がないだけだ。

 

「グラナト卿」

 

リュグナーが立ち上がり、伯爵へ頭を下げた。

 

「貴方の愛息が、我々によって殺されたと聞き及びました。……正式に謝罪いたします」

 

伯爵の拳が固くなる。

 

当然だ。一言で死をまとめた。

 

 

俺も同じことをした。

 

これまで散々、人間を殺してきたのだから、と。

 

「ですが……言葉だけの謝罪に、大した意味などありますまい。これからの我々の行動によって……真の謝罪と『誠意』として、見てはいただけませんか?」

 

また、誠意か。

しかも、自分で口にした謝罪を、自分で意味がないと捨てた。

 

ならば最初から言うな。

 

なぜ俺が腹を立てる。

 

死者へ意味のない言葉を並べたからか。

 

俺もエリーの墓前で、届かない言葉を何度も口にした。それにも意味はなかったのか。

 

違う。

 

少なくとも、あれは誰かに見せるためではなかった。

 

リュグナーは伯爵が聞いているから謝っている。俺には、そう見える。

 

見えるだけだ。決めつけるな。どうしても俺には正当な謝罪に見えてしまう。

 

だが、気に食わない。

 

「………………儂はすでに、不戦条約自体は受け入れている。交流についても前向きに検討しよう」

 

そこで言葉を切り、リュグナーを見た。

 

「……だが。そのためにはまず、君たちの親玉――『断頭台のアウラ』と直接会わねばならんな」

 

「では、この街にアウラ様をお呼びしましょうか?」

 

馬鹿か。

 

「いや」

 

「アウラの持つ『服従の天秤』の魔法は危険すぎる。街の中に招くわけにはいかん。……こちらが出向こう」

 

あの天秤は、魔力の少ない者から意思を奪う。

 

城の中で使われれば、兵が伯爵へ剣を向ける。親が子を、子が親を殺す。本人たちの意思など関係ない。

 

そんな光景を見たいわけではない。

 

正確には、見せてはならない。

 

俺が見たくないかどうかは、判断に関係ない。

 

「フリーレン。君は街に残れ。街の防衛を頼む」

 

「分かった。なら、そっちは誰が同行するの?」

 

「では、私がアウラ様へ報告に……」

 

「居残りなさい、リュグナー」

 

シュラインの声が重なった。

 

立ちかけたリュグナーの動きが止まる。

 

「……私とドラート、リーニエが、アウラのもとへ同行します。カタウ、貴方はここに残り、リュグナーをしっかり見張りなさい」

 

「分かった」

 

カタウは、それだけだった。

 

なぜ、とも聞かない。シュラインも説明しない。

 

数百年を共にするとは、こういうものなのか。

 

エリーなら聞いただろう。ガルドなら、俺が答えるまで勝手な推測を幾つも並べる。

 

どちらもうるさかった。

 

カタウのように一言で従えば、話は早い。

早いはずなのに、羨ましいとは…思わんな。

 

「『見張る』とは……嫌な言い方ですね、シュライン殿」

 

当然だ。が笑える。

 

シュラインは、リュグナーを信用していない。

 

やっと一つ、あの女と完全に意見が合った。

 

「では……俺とアルト、フェルンが同行しよう。グラナト卿の護衛だ」

 

文句の一つでも出るかと思ったが、何も言わない。

 

こいつへ伯爵の傍を離れるなと命じれば…いや、頼めば、俺が何をしていても守り通す。

少なくとも、これまでのアルトはそうだった。

 

フェルンと目が合った。

昨日のこともある。見えないところで魔力が動いたとき、最初に捉えるのはフェルンかもしれない。

 

フリーレンまで連れていけば、アウラの前では楽になるが、その間もリュグナーは町に残る。

 

カタウが見張ると言った。無論信じて背を向ける気はない。

二人まとめて動いたなら、フリーレンがいる。

 

これなら、途中で町を振り返らずに済む。

 

クラウとエレナも宿にいる。

 

体調不良が本当であろうと、敵が来たときまで寝台へ伏している二人ではない。

 

リリアも残す。

服従の天秤の前へ連れていく必要はない。

 

だが、平穏に生きられる場所が欲しいと言ったのはリリアだ。

なら、自分でも守ってみろ。

 

「こっちは……私とシュタルクか………」

 

「なに!? なんで『ハズレくじ引き当てた』みたいな顔してんだよ、フリーレン!!」

 

先ほどまでの重さが、少しだけ消えた。

 

こいつは狙ってやっているのか。

 

おそらく違う。だからこそ、か。

 

 

 

 

 

戻ったときには、クラウも座れるようになっているだろうか。

 

なぜ、そんなことを考える。

 

体調が戻れば戦力が増える。シュラインについて知っていることも聞き出せる。

それだけだ。

 

それだけでよい。

 

リュグナーは、これからの行動を誠意として見ろと言った。

 

見てやる。

 

アウラの前でも友好を語れるのか。シュラインは、魔族が変わると口にしたまま、アウラと向き合えるのか。

 

俺は、それを確かめたい。

 

不戦条約のためだ。

 

グラナト伯爵を守るためでもある。

 

そして――シュラインが本当に俺と同じものを見ているのか、知りたい。

 

それは、この会談に必要なことか。

必要だ。

 

少なくとも、俺には。いや、違う。

戸口に立つ魔族がいるのなら‥‥。

 

人間の未来のために必要だ。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

魔族は本当に変わることができるのか。
そして、すでに少しずつ変わり始めているリリアやアレンについて、感想をいただけると嬉しいです。

第一回キャラクター人気投票!!(3位までのキャラは出番が増えます。)

  • アレン
  • フリーレン
  • アルト
  • フェルン
  • シュタルク
  • エレナ
  • クラウ
  • シュライン
  • カタウ
  • アウラ
  • リュグナー
  • リーニエ
  • ドラート
  • リリア
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