偽りの聖者と枯れぬ羨望   作:かなりゆっくりめ

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アウラの本陣へ向かうアレンたち。

道中では久しぶりにフェルンとの師弟らしいやり取りもありつつ、ついに「断頭台のアウラ」との直接交渉が始まります。


空いた両手

伯爵を乗せた馬車が、森の道をゆっくりと進んでいる。

その両脇をアルトとフェルンが歩き、少し離れてシュラインたちが続いている。

 

アウラの本陣までは、まだ距離があった。

 

二年前、あいつが率いていた死者たちは、俺の魔法ですべて成仏させた。

数千いた兵を一人残らず失い、自分の魔法を使う前に退いた。

あれで力の差が分からないアウラではない。

 

それなのに、またグラナト領へ戻ってきた。

 

領土が欲しいのか。殺された兵の代わりが欲しいのか。

あるいは、俺に敗れたままなのが気に入らないのか。

 

どれも魔族が引きずる理由には弱い。

 

「だがよ」

 

「『和睦だ』と言って騙しに来るのは、いかにも魔族らしいと思うぜ?」

 

アルトが肩をすくめている。

 

「……声に出ていたか?」

 

「いや、てめえは顔に出やすいからな。分かりやすいんだよ」

 

顔に出ていた?

そんなはずはない。

 

だが、ガルドもよく同じことを言っていた。

 

俺が何か考えていると、聞きもしないうちから見当違いな答えを寄越す。見当違いのくせに、妙なところだけは当たっていた。

 

アルトが、あの男と同じように俺の顔を見ている。

 

「……アルト、気持ち悪いことを言うなよ」

 

「けっ!! 誰が好きでてめえの顔見てるかよ!」

 

なら、見るな。いや、そう突っぱねるな。俺も…いやいやいや奴は恋敵。恋敵だ。

 

「ふふ……お二人は、とても仲良しなんですね」

 

後ろを歩くフェルンが、口元へ手を添えていた。

 

「そう見えるかい? フェルン」

 

俺とガルドは、人間から見ればそうだったらしい。

本人から親友だと言われたことはある。俺自身もそう定義している。

 

だが…こいつはなあ。

 

「だとすると修行不足だな、フェルン。こいつと仲良しなんて言われたら虫酸が走るぜ」

 

「ふえええ…………」

 

なぜ、お前が叱られた顔をする。

アルトはいつもこの調子だ。フェルンも分かっているはずなのに、眉は下がったままだった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

どう声をかけるべきか考えているうちに、一つ妙なことへ気づいた。

 

アルトは、いつからフェルンを名前で呼んでいた。

 

初めからではない。

エレナ以外の女に興味はないと思っていたが、考えが変わったのか。

 

それなら、フェルンへ紹介する相手として悪くない。

フェルンには半端な男では釣り合わん。強く、美しく、男として完璧でなければいかん。

 

「………アルト。フェルンが気に入ったのなら、お前の嫁にくれてやってもよいぞ」

 

「はい????」

 

「てめえ!! いきなり何言ってやがる!!?」

 

なぜ、二人ともそこまで驚く。

 

「フェルンは天才的な才能がある。将来は世界一の魔法使いにだってなれるだろう。美貌も性格も申し分ない。だから――」

 

アルトが胸ぐらへ掴みかかる勢いで顔を寄せた。

 

「『だからエレナを諦めろ』ってか!!? ふざけんなよコラァ!!」

 

そちらか。

まだ諦めていなかったのか。

 

「ア、アレン様……」

 

両手の指を胸元で絡め、俯いていた。耳まで赤い。

 

「私は……その…………殿方のお世話までは……まだ考えられません……」

 

お世話。

 

夫婦とは、女が男の世話をする関係だったか。

エリーには、俺の方が世話を焼いていたような気もする。

 

フェルンが、男との将来をまったく考えていないのなら、これほど顔を赤くする必要はない。

 

アルトではない。

ならば、旅を共にしている同年代の男は一人しかいない。

 

「そうか………やはりシュタルクか。済まない、忘れてくれ」

 

「い、いえ…………違いますっっ!!!!」

 

分かりやすい。

 

十歳のころから変わらない。隠したいことを言い当てると、フェルンはまず否定する。

否定する必要のないときほど、声が大きくなる。

 

笑いそうになり、口元を押さえた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「ドラート、リーニエ」

 

「アレン様がなぜあんなことをアルトとフェルンに言っているか、分かりますか?」

 

こちらへ聞かせるつもりらしい。

 

「……自分の弟子に、優秀なオスをあてがおうとした?」

 

あてがうとは何だ。

間違いではないが、言い方というものがあるだろう。

 

「人間は番を作るときに『仲人』というシステムを利用すると聞きます。アレン卿は、それを実践なされているのでは?」

 

ドラートの答えの方が近い。

フェルンとアルトの双方を知る俺が間に立った。何もおかしくない。

 

「ふむ……」

 

シュラインが、教師のように人差し指を立てているのが見えた。

 

「アレン様はアルトに『友情』を感じているのですが、それが本物かどうか自信がないのです。なので、あえてそのような人間関係に変化が起きるような揺さぶりをかけて、周りの反応を観察しているのですよ」

 

まるっきり的外れだ。

俺は、二人が親しくなったのなら婚姻相手としてどうかと考えただけだ。

友情を確かめようなどとは思っていない。

 

「まあ……ご自身でも無意識かもしれませんがねぇ」

 

無意識なら、俺が違うと証明することもできないではないか。

随分と卑怯な言い方をする。

 

「……聞こえているぞ、シュライン」

 

「ええ。この二人に『人間』というものを教えるには、時間がいくらあっても足りませんから」

 

ドラートとリーニエは、神妙な顔で頷いている。

俺の何を学んだ。

 

「……その講釈は、できればアウラに直接言ってくれないか?」

 

「あの娘はプライドが高いですからねぇ」

 

「……まあ、人間の目から見れば、あの子も十分『人間みたい』に見えるのではなくて?」

 

「感情の閾値が高ければよいというものではない」

 

「ですが、我々魔族が人の感情を測るには有効ですよ?」

 

シュラインは楽しそうだった。

 

「内側から湧き上がる衝動がないのなら……外側に跳ね返った反応を読むしかないでしょう?」

 

また俺の話をしている。

勝手に観察材料へ加えるな。

 

袖が引かれた。

 

「アレン様……まだお話の途中ですが……」

 

何の話だ。

 

アルトとの婚姻は違う。シュタルクも違うと本人は言った。なら、それ以上に何を話すことがある。

 

顔を近づけ、表情を確かめる。

頬が少し膨らんでいた。

 

そういえば、以前より顔つきが丸い。頬だけではない。

旅立ったころはもっと細く、触れれば折れそうな子供だった。

 

今は、その心配がない。

 

「フェルン……お前………もしかして太ったのではないか?? なんだか、全体的に丸くなっている気が……」

 

フェルンの表情が消えた。

 

まずい。何がまずい。

太ったことを太ったと言っただけだ。痩せすぎているより健康にはよい。

それに俺はどちらかと言えばそういう女性の方が…。いや、エリーもエレナも細いな。うん。

 

弁明する前に、両の拳が俺の胸へ当たった。

 

「むーっ! むーっ!」

 

右、左、右、左。

 

魔力は込められていない。足も止まっている。腰も入っていない。

これでは何百回叩かれても痛くはない。

 

十歳のころなら、こんなことはしなかった。

 

あのころより、随分と子供らしい。

 

「アレンよう………年頃の娘にそれはひでえんじゃねえか?」

 

何が酷いのかは分からないが、フェルンが怒っている以上、言葉の選択を誤ったらしい。

両手の拳を受けながら、笑いが漏れた。

 

「ふっ、師匠の特権だ」

 

そのような特権があるかは知らない。

だが、フェルンは俺の弟子だ。旅立ったからといって、それが変わるわけではない。

 

「……どうだ、フェルン。後で腕がなまっていないか、久しぶりに修行でもしてみるか??」

 

拳が止まった。

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

顔を上げたフェルンの目が輝いていた。先ほどまで膨らんでいた頬も戻っている。

 

昔から、魔法の話をすると機嫌が直る。

 

先ほどの拳は、腰がまるで使えていなかった。魔法だけでなく、足運びから見直させるか。

 

そう言えば、また頬を膨らませるだろう。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

馬車が止まった。

 

さきほどまで聞こえていた車輪の音が消え、代わりに低い唸り声が幾つも重なった。

 

背後で扉が開き、グラナト伯爵が地面へ降りた。アルトとフェルンが、その左右へ位置を変える。

 

魔物だ。

 

牙を剥く獣。地を這うもの。人の倍はある身体を丸め、こちらを見下ろすもの。

どれも偶然集まった数ではない。

 

その奥に、天幕があった。

 

アウラの本陣。

 

だが、首のない兵士は一人も見当たらない。

 

当然か。二年前、俺がすべて成仏させた。

 

新しい死者を集め直していると思っていたが、代わりにいるのは魔物ばかりだ。

 

近くにいた一体へ目を向けると、すぐに顔を伏せた。

アウラは、魔物まで使役できるようになったのか。

 

背後でアルトがいつでも抜けるよう、柄へ手を添えたらしい。

 

フェルンの魔力が、さらに小さく沈んだ。

教えたとおりだ。

 

天幕のあいだから、少女が一人で歩いてきた。

 

髪が風に揺れている。両手には何も持っていない。

 

腰にも、背にもない。服従の天秤が見当たらなかった。

 

見間違えるはずがない。

 

七崩賢、『断頭台のアウラ』。

 

二年前より魔力が増えたようには見えない。

見せていないだけかもしれない。

 

視線が俺の後ろへ滑り、グラナト伯爵、アルト、フェルンを順に通り過ぎる。シュラインたちへ届いたときも、何も言わなかった。

 

まず、俺へ話せということか。

 

「……久しぶりだな。アウラ」

 

「ええ、久しぶりね」

 

アウラの口元が持ち上がった。

 

「……『嘘のアレン』」

 

重く沈んだ魔力が荒野へ広がり、周囲の魔物たちが一斉に頭を垂れる。

 

俺も魔力を隠すのをやめた。

 

アウラの笑みは崩れない。

 

 

 

 

 

 

その両手は、空いたままだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

二年ぶりに再会したアレンとアウラ。

そして、服従の天秤を持たずに現れたアウラが何を考えているのか、感想や予想をいただけると嬉しいです。

第一回キャラクター人気投票!!(3位までのキャラは出番が増えます。)

  • アレン
  • フリーレン
  • アルト
  • フェルン
  • シュタルク
  • エレナ
  • クラウ
  • シュライン
  • カタウ
  • アウラ
  • リュグナー
  • リーニエ
  • ドラート
  • リリア
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