偽りの聖者と枯れぬ羨望 作:かなりゆっくりめ
変わらぬ姿のまま英雄を演じ続けた彼は、ついに自らの正体を町へ明かすことになります。
俺がこの町へ来てから、十五年が経った。
ガルドの髪には白いものが混じり、カルラの顔にも年齢が表れるようになった。二人の息子であるルカは十歳になり、俺を叔父と呼んでいる。
変わっていないのは、俺だけだった。
その夜、俺たちはガルドの町長就任を祝っていた。
「叔父さん、父さんが子供の頃って、どんな人だったの?」
「俺が会った頃には、今と大して変わらなかった。口が悪く、すぐに剣を抜こうとする。あと、酒に弱い」
「おい、アレン! 余計なことを教えるな!」
「事実だろう。町長になっても声の大きさだけは変わらないな。馬子にも衣装とは、こういうことを言うのだろう」
「お前、祝いの席で喧嘩を売ってるのか!」
「あなた」
カルラに名を呼ばれ、ガルドの怒声が止まった。
俺を怒鳴ったことに気づいたらしい。
「すまん、アレン。今のは、その……」
これは好ましくない。
俺とガルドは、大切な友人という関係を築いている。俺が何かを言うたびにガルドが怯えて謝罪するようでは、両者の間に上下関係が生じてしまう。
ここで必要なのは、許す側の言葉ではない。
「今のは、昔のようでよかったぞ」
「アレン?」
「俺が何かを言えば、お前は怒鳴り返す。お前が馬鹿なことをすれば、俺が呆れる。以前はそれが普通だった」
ガルドは答えなかった。
「俺たちは、そんな関係でいいじゃないか。十五年も共に過ごしたというのに、まだ俺を信用できないのか?」
しばらくして、ガルドが大きく息を吐いた。
「そうだな。お前は俺の相棒だ。何年経とうが、どこまで行こうが、それは変わらねえ」
「そうか」
「当たり前だろうが。今さら確認するな」
肩を叩く手の震えまでは止まっていなかった。
それでもガルドは、俺を相棒だと明言した。
ならば、友情は修復されたと判断してよいだろう。俺の献身が、魔族に対する恐怖を凌駕した証拠だ。
「そうだな。今さらだった」
カルラは何も言わなかった。
その点は、考慮しておく必要があるかもしれない。
◇◇
宴が終わり、ルカが寝たあとも、カルラだけは席を立たなかった。
「アレン。最近、町で貴方のことが噂になっているの」
「悪い噂か?」
「そうではないわ。でも、みんな気づき始めている。貴方が十五年前から、まったく変わっていないことに」
言われてみれば、そのとおりだった。
ガルドもカルラも老けた。以前の町長はすでに亡くなり、俺へ再婚を勧めた彼の娘にも、今では子供がいる。かつて広場を走り回っていた子供たちは大人となった。
それなのに、俺だけがこの町へ来たときと同じ姿をしている。
人間は時間の経過に従って肉体が劣化する。皮膚には皺が生じ、髪の色も変わる。
観察しながら、自分もまた観察される側であることを失念していた。
「俺は魔族だから、自然には老けない。擬態の魔法で肌に皺を作り、髪を白くする必要があるな」
「ええ。少しずつ変えていけば、まだ――」
「いや。もう誤魔化さなくてもいいんじゃねえか?」
「あなた、正気なの? そんなことを知られたら、何が起きるか分からないのよ。町の人だけではないわ。噂が広まれば、領主や中央の魔法使いにまで知られるかもしれない」
「だからって、いつまで隠せる? 五十年後もアレンがこの顔のままだったら、髪を白くしたくらいじゃ誤魔化せねえだろ。死んだことにして町を出ていけっていうのか?」
こいつは時折、まったく論理的ではないことを言い出す。
「俺が魔族だと知れば、皆が町から逃げ出すのではないか? 討伐しようとする者もいるだろう」
住民が何人集まろうと、俺を傷つけることはできない。
しかし、住民を皆殺しにすれば、構築した関係が失われる。実験成果を自ら廃棄するような行為は避けるべきだった。
「昔なら、そうなったかもしれねえ。でも、お前は十五年もこの町で生きてきたんだぞ」
魔物の群れから住民を守った。襲撃で焼けた家を建て直した。吹雪の中で行方不明になった子供を捜し、病気の子供のために夜通し森を歩いて薬草を集めた。川が氾濫したときには水を押し返し、街道に魔物が現れれば誰に頼まれなくても討伐した。
どれも、この町と人間関係を維持するために必要な行為だった。
「必要だったからしただけだ」
「お前はいつもそう言う。だが、助けられた人間にとっては関係ねえんだよ。この町で、お前に恩を感じていないやつなんて一人もいない」
「魔族だと分かってもか?」
「ああ。みんな、お前が普通の人間じゃないことくらい薄々気づいてる。エルフか、長命な種族の血を引いていると思ってるやつもいる。それでも誰も、お前を追い出そうとはしなかった」
「魔族とエルフでは、随分と違うと思うが」
「それでも、お前が十五年間この町を守ってきた事実は変わらねえ。俺たちが説明する。お前が魔族だと知ったうえで、どうして一緒に暮らしてきたのか。お前が何をしてくれたのか。全部だ」
「私はまだ賛成できないわ。アレンを信じてくれる人が多いことは分かっている。でも、一人でも受け入れられない人がいれば、そこから外へ伝わるかもしれないのよ」
「保証なんてできねえよ。それでも俺は、いつまでもアレンに嘘をつかせたくない。こいつは俺たちの家族だ。正体を隠したまま、いつか消えなきゃならないなんておかしいだろ」
恩を受けた者は、相手へ返礼しようとする。
その感情が、種族の違いさえ越えるというのか。
ガルドの主張が正しければ、俺にとっても好都合だった。
擬態で老化を装ったとしても、いずれ限界が来る。人間と同じ速度で老いたふりをすれば、最後には寿命で死んだことにして姿を消さなければならない。
その後は別人として町へ入り、新しい関係を一から構築することになる。
ガルドとの友情も、カルラから得た信頼も、ルカから向けられている親愛も失われる。実験成果を捨てることになるため、損失は大きい。
魔族であることを受け入れられれば、その必要はなくなる。
同じ姿のまま、何十年でも、何百年でも町に残ることができる。ガルドとカルラが死んだあとも、ルカの成長を見守り、その子供や孫と関係を築ける。
人間の強さを生み出す条件を、世代を越えて集め続けることができる。
失敗した場合も対処は難しくない。
中央から討伐隊が送られてきたなら、ガルドとカルラとルカを連れて逃げればいい。
俺の正体を隠していたことが知られれば、三人も魔族への協力者として処罰される可能性がある。
町へ残しておくことはできない。
本人たちが拒んだとしても、安全な場所へ移したあとで実験を再開すればいい。
失敗した場合の損失は限定できる。
成功した場合の利益は大きい。
ガルドの提案を拒む理由はなかった。
「分かった。お前に任せる。俺の命運を預ける。頼んだぞ、相棒」
「おう。任せておけ。お前は俺たちが絶対に守る。十五年間、散々守られてきたんだ。今度は俺たちの番だ」
その目には涙が浮かんでいた。
良い友人を持った。
人間は、このようなときにそう表現する。
前は、人間の言葉や表情を一つずつ分析しなければならなかった。今では相手が求めている言葉を選び、それに適した感情を表現できる。
人間の感情の機微を、完全に掌握した気分だった。
◇◇
翌朝、俺はエリーの墓を訪れた。
「おはよう、エリー。今日は君に報告がある」
墓石を清め、新しい花を供えるのは、十五年間続けてきた習慣だ。
最初の数年は、町の人間が遠くから俺の墓参りを見ていた。死んだ妻を想い続ける夫に感動し、花を供えていく者も少なくなかった。
今では町の日常の一部となっている。
誰にも見られていない日も、同じことを続けた。
同じ行為を繰り返すことで、俺の内側に何らかの変化が生じる可能性があった。
今のところ、その兆候はない。
「ガルドが、俺の正体を町のみんなに明かしてくれるそうだ。彼らなら、魔族である俺を受け入れてくれるらしい。自分たちが俺を守るとも言っていたよ」
当然、返事はない。
「君が命を懸けて守ったこの町は、本当に温かい場所だね」
優しい夫として語る言葉に、もう迷うことはなかった。
エリー。
お前の死を有効活用し、俺はついにここまで来た。
お前が俺を庇って死んだことで、町の人間は俺を疑わなくなった。妻を失っても町を守り続け、再婚もせず、墓へ通い続ける俺を、誰もが誠実な人間だと信じた。
その結果、俺は魔族であることを明かしても受け入れられるほど、深く人間の群れへ入り込もうとしている。
もう名前を変える必要はない。
姿を変え、別の人間を演じ、一から信頼を積み上げる必要もない。
魔族であるこの身のまま、人間の群れへ根を張る。
ガルドが死んだあとも。
カルラが死んだあとも。
ルカが老いて死んだあとも。
俺は変わらぬ姿で、この町に残り続ける。
そして、新しい人間を迎える。
生まれたときから成長を見守り、言葉を教え、守り、信頼を得る。
友人が死ねば、次の友人を作る。
弟子が死ねば、次の弟子を育てる。
一つの家族が途絶えれば、別の家族へ加わる。
何度でも関係を築き、何度でも喪失する。
そのどこかに、人間が死の間際に見せる力の公式があるはずだ。
自分の胸へ手を当てた。
心臓は、いつもと同じ速度で動いている。
エリーを思い出して悲しくなったことはない。
ガルドが老けていく姿を見ても、何も感じない。
いつかルカが死ぬことを想像しても、魔力は一滴も増えなかった。
まだ足りないのだ。
人間の強さを得るために必要な何かが、俺には欠けている。
だが、問題はない。
時間なら、いくらでもある。
「待っていてくれ、エリー。何年、何十年、何百年かかろうとも、必ず辿り着いてみせる」
何人でも、何世代でも構わない。
関係を築き、その生涯を見届け、喪失した時の自分を確かめる。
答えが出るまで繰り返せばいい。
「俺は必ず、人間の奇跡を手に入れる」
「すべては、俺が最強の魔族になるための公式だ」
今日は、ガルドが住民を集めることになっている。
十五年間続けてきた欺瞞が終わり、英雄アレンの正体が明かされる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
アレンを家族だと言い切ったガルドと、正体を明かす決断をしたアレンについて、感想をいただけると嬉しいです。