この世界で9番目ぐらいな俺、異世界人の監視役に駆り出されました 作:東雲(しののめ)
王城は貴族区の最奥に建っている。
その周りには高位貴族たちの屋敷が建ち並ぶ。
煌びやかな街道、舗装や外灯に金を相当掛けているのが目に見えた。
「——まだ少し寒いな」
俺は王城近くにある貴族の屋敷、その屋根の上にいた。
夜だけあって風も一層冷たく感じる。
「だけどまさか、こんなに早く王城に侵入することになるとは……」
先日垣間見たマイ・ハルカゼの異能。
あまりに可能性を秘めた力だ。
(紙媒体の報告書とは別で、ボスに魔道具で緊急伝達したけど——)
その結果、王城に潜入にせよとの命令が下る。
「城の禁書庫に勇者の素性をまとめた書類がある、らしい」
どうしてボスがそんな事を知っているかは謎だ。
ただ研究者たちが1ヵ月付きっきりで作成した資料。
それを手に入れれば、異能の正体に少しは近づけるだろう。
「騎士団長は今日も王様に付きっきりみたいだし、狙うなら絶好の機会だ」
情報を盗めるだけ盗んでやろう。
情けは一切ない。完璧な仕事をする。
「王城と敷地の造り、あと警備体制から考えるに……」
頭の中に叩き込んだモノを組み合わせ最善策を導き出す。
「——ミッションスタート」
仮面をつけて素顔を隠す。
纏った黒衣、そこに幾つも魔道具をぶら下げて。
屋根上からフォールアウト、俺の身体は闇夜に
高い城壁を飛び越え、うろつく騎士たちと
時に飛翔し、時に這いつくばり、そうやって警備の隙間を抜いていく。
「——でも意外と警戒が厳しかったな」
少し前に魔族の襲撃を受けただけあって、とても良い警備をしていた。
ただそれなりの時間を掛け、俺は無事に王城への潜入を成し遂げる。
(……禁書庫はもっと上の階層、警戒レベルも上がるか?)
だが巨大かつ複雑な設計、入り組んでいるお陰で死角は多々ある。
そもそも多少優秀なだけの騎士では俺の
『——異常はなかった』
『——同じく。あと勇者様たちも既に自室に戻ったらしい』
『——もうそんな時間か』
『——団長は王の
口頭で伝達し合う騎士たち。
まさか近くに
(勇者は自室か、普段の様子もできれば観察しておきたい)
もしかしたら彼らの部屋に何か発見があるかもしれない。
気配を殺し、呼吸音も足音も出さずまた歩みを始める。
例の如く勇者たちの部屋がどこにあるかは把握済み。
「ここの角を右に曲がって、その次は左に——」
迷うことなく突き進む。
騎士の気配を感じれば上手いこと避ける。
(ただ城内の警備に使われているのは騎士よりも、魔道具を用いた罠の方が多い)
人件費削減か、それとも騎士より魔道具の方が信頼されているからか。
「……あそこだな」
数十分を掛け、遂にハルカゼさんの部屋の扉が見えるところまで来た。
「その隣の部屋がワドウさんだったか」
ただ今までと少し違うことがある。
「……罠の数が凄い。流石は勇者の部屋があるフロアだ」
でも問題ない。
今回はこの距離が離れた死角位置、部屋の扉が見える現在地で十分だ。
「魔道具に頼っているせいか騎士の巡回も少ない。さっさと観察しよう」
いくら騎士が少ないとはいえモタモタしている暇はない。
「ここで
取り出すのは少しゴツイ眼鏡だ。
この魔道具の名は『カベヌケール』
(壁や扉を透明にできる。つまり外から部屋の内部を覗き見ることが可能ってことだ)
しょうもないネーミングだが性能は確かである。
「どういう理論でそんな事ができるのかは謎だけど……」
ストレガさん曰く、この眼鏡は美少女の身体を見るために開発したらしい。
今回はあの人の主旨とは違うが、これで部屋の中を見ることはできる。
「……眼鏡をかけてボタンを押す、と」
眼鏡のフレームには3つボタンが付いている。
まずは1つ目を押す。
「お」
すると視界が変化。
阻む扉や壁だけを透明にしてくれる。
ただ位置的に隣室のワドウさんの部屋までは見えない。
後で場所を変えないとな。
「それでハルカゼさんは……ってベットの上に座っているだけか」
特に何かしているわけではない。
(俺がいる扉の方に向かってボーっとしてるだけ。コメントのしようがないぞ)
勇者が動かないのならと、今度は部屋全体を注視する。
「……特にこれといった物もないか」
部屋は整理整頓され、調査書に書くような代物も見当たらない。
特別扱いゆえに部屋の間取は広いが、内装はごく一般的な学生の部屋と言える。
「そういえば……」
この
それは監視任務に赴く前、
『クーちゃん』
『なんですか?』
『この眼鏡を使った時。もし相手が美女か美少女なら、2つ目のボタンを押してね』
『……爆発するんですか?』
『しないってー。ウチのことを何だと思ってんのさー』
『開発者がストレガさんだからこそです』
『ひどーい☆』
『……前科がたくさんありますもん』
『今回はマジ! 信じて! きっとクーちゃんの役に立つよ!』
……というかんじ、やけに自信のある語り口調だった。
(見た目は幼女でも中身がアレって考えると……いや任務に使うと知っていて渡したんだ。今回は信用しよう)
どんな機能なのかは教えてくれなかった。
お楽しみだそう。
(そしてハルカゼさんは美少女で間違いない)
ストレガさんの言葉に従い、2つ目のボタンを押して——
「ぶっ!?」
眼鏡が爆発したわけではない。
ただ驚いて吹いてしまう、手遅れながら慌てて口を押える。
(ったく、声出しちゃったよ……!)
俺は2つ目のボタンを押した。
するとレンズ越しに視界が変化。
壁だけが透明になっていたはずが——
なんとハルカゼさんの服も透明になってしまったのだ。
「い、意外と胸デカいな……」
露わになるその身体、下着は何故か残っているがほぼ全裸みたいなもん。
そして更にまずいことが。
「な、なんで急に前屈みに……」
ハルカゼさんはベットに座ったまま上半身を前へ傾けた。
角度は丁度俺の方、白肌の谷間がモロに見える。
「お、おぉ……」
ありふれたリアクションですまない。
ただ素晴らしいモノを見た時ほど、人間は単調な言葉しか出なくなるんだ。
「……ストレガさん、あえて下着は残したな」
以前全裸よりも下着姿の方がエロいと熱弁された。
どうやって服だけ透明化させているか知らないが、あの人マジで最低だわ。
「となると3つ目のボタンは……」
どうなるか大体察しがつく。
今度は下着も透明化させ、美少女の全裸を拝めるってかんじだろう。
「だ、だがこれも情報だ——」
ハルカゼさんの下着姿を目に焼き付けながら、ソレを調査者に書いていく。
「胸は思いのほか大きくて……左胸にはホクロがあって……」
普段見れない部位を詳しくレポートする。
「結構着やせするタイプなのかもしれない、と……」
ま、まあ、もしもハルカゼさんの偽物が出現したとする。
その時に本物かどうか判別できる材料に——
そうこうしているうちに、また際どい体勢をして……
「さ、流石に限界だ」
俺とて色恋沙汰を無視するだけで性欲は確かに存在する。
「…………引き際だな」
これ以上の観察は精神的によくない。
とにかく2つ目の機能は解除する。もう押さないぞ。
3つ目のボタンについても使う気は一切ない。本当だ。
(……スミスがこの魔道具を知ったら俺を殺してでも奪いに来そうだな)
これからは壁や扉の透過だけ、ワドウさんの時もそうする。
「何かごめんなさい……」
ハルカゼさんは気付いていないだろうが、謝罪の言葉を口にする。
構図だけみれば女勇者の裸を見るためだけに不法侵入したみたい。
いやいや、ちゃんと目的があってきたんだけ——
「…………え」
またも、俺は無意識に声を出してしまった。
こんなにリアクションしてはプロ失格か?
でもそれは目の前の光景、彼女の変化を見たからこそ。
「ハルカゼさんが、泣いてる……?」
前屈みであった姿勢、彼女のそれは俯くことへ繋がった。
(ま、まさか覗きをしていることがバレたのか!?)
見れば彼女の両こぶしはキュッと固く結ばれている。
『……っ……ん……、』
この距離でも分かるくらいボロボロ涙を落とす。
耳をすませば小さな呻きも聞こえた。
『なんで私なの……どうして……』
豪奢なベットには小さすぎる。
そこには打ちひしがれ蹲(うずくま)った少女の姿があった。
『……お母さ……ん……』
違う。彼女は俺の視線には気付いていない。
(これは……)
学園では気丈に振舞うハルカゼさん。
異世界への召喚、てっきり割り切れているのだと勝手に分析していた。
『……こんな力、要らないのに……』
彼女が吐く言葉を1つ1つ拾っていく。
……そうか、そうだよな。
それだけ強力な異能を持っていたら、周りから余計なプレッシャーかけられるよな。
彼女はまだ16歳、しかも戦いのない国から来たと聞く。
「俺の見立てが甘かった……」
ピンク色だった思考が急激に冷えてブルーに変わる。
静かに泣く彼女を見てようやく気付いたのだ。
「これがハルカゼさんの本当の姿、か……」
無理やり呼び出された知らない世界。
しかも沢山の大人たちから魔王と戦ってくれとせがまれる。
(たった16歳の女の子、すぐ適応できる方がおかしい)
ずっと笑顔で居られる方が不思議なのだ。
「それに彼女の場合、異能の特異性もある——」
きっと他3人の勇者に比べ、貴族や研究者からの接触は多いはず。
強大な力を持ったせい、孤独も同時に得てしまう。
「様子からしてだいぶ追い込まれているようだけど……」
しかも彼女は、その弱音を誰にも打ち明けることができていない。
少なくとも教室内で弱さを見せたことは一度だってないんだ。
「…………昔の、俺みたいだな」
俺は幼い頃に全てを失った。
それで
誰に頼ればいいかも、どこに行けばいいかも、何をすればいいかも分からない。
精神が千切れる寸前の毎日、ずっと孤独の回廊を走っていた。
「…………でも、俺にできる事はない」
もう眼鏡も外す。
俺にアウラさんたちが現れたように、ハルカゼさんにもいつか太陽ができる。
それまでは、耐えるしかない。
「——ごめん」
その苦しみを知っていながら助けられない。
監視者という身分もそう。
ただそれ以前に、自分が彼女に対し何をしてあげられるかが分からない。
あの人みたいな熱さは持ってないんだ。
俺は、その光景を見て終始謝ることしかできなかった。