この世界で9番目ぐらいな俺、異世界人の監視役に駆り出されました 作:東雲(しののめ)
「——あの時はありがとうございました」
「——いえいえ」
魔道具を何とか隠しつつ、そう広くないベンチに2人で腰かける。
「本当に感謝してます。助けてもらえなかったら、きっと実技試験には間に合わなかったですから」
建前ではなく、本気でそう思っているからこそ。
(点数が足りなくて落ちるのもヤバイが、そもそも受けられませんでしたなんて……)
「だからすいません。あの時はロクなお礼も言えずに……」
「まぁ急いでましたから。仕方ないですよ」
こ、この人は女神か……?
神々しいオーラ、聖人と言っても過言ではない包容力を感じる。
「それに私も、あの時結構楽しかったんです」
クスクスという効果音そのまま。
ただ卑下するようなものはなく華やかな笑い方だ。
「それは……俺の切羽詰まっている様子が……ってことですか?」
「いや! そんなに腹黒くないですよ私!」
「じゃ、じゃあ……」
「そういう事じゃなくてですね——」
口元を抑えながらニコリと笑顔をくれる。
ま、眩しい。
「貴方はなにぶん見た目がクール? ピシッとしてるじゃないですか」
「そ、そうですかね?」
「ええ。そんな人がアタフタと説明していて、なんだか可愛いなーと思ったんです」
「可愛い……」
「手足のジェスチャーもバタバタと混ぜたところが、特に初々しくて——」
話を聞くに彼女には弟がいるらしい。
それが俺と被ったってこと……?
「でも一番面白かったのは、私に対しためらいが無かったことですかね」
「は、はあ……」
「男性とあんなに砕けた会話、何年ぶりだったでしょうか——」
遠くを見ながら彼女はそう言った。
(あの時はテンパってて、もはや何を話したか覚えてない……)
砕けた会話とか言われても、何のことかサッパリ。
ただただ
「あ、私は一応貴族なので……」
「っそうなんですか!?」
「ええ。ですからどうしても周りから距離を取られるんです」
あの時は急いでいて盲目、彼女の素性なぞ考えなかったが……
この溢れ出る高貴なオーラ、確かにこの人が平民だったら不自然過ぎる。
「だから砕けた会話が……」
「同世代であの距離感のお喋り。今してくれるのは片手で数えられるくらいですよ」
「へ、へー……」
俺は受験勉強に手間取り、事前調査がオザナリに。
王族一家や、有名貴族の当主陣は調べたが——
(その子息子女にまで調査は間に合わなかった)
この人を一目で貴族と判断できなかった自分を戒(いまし)める。
「嬉しかったです。まさか『そこの女! 道案内をしろ!』なんて言われた時は……」
「え!? 俺そんな失礼な言い方しました!?」
「うふふ。
「じょ、ジョーク……」
「だけどエセ敬語だった事は高ポイント。
「……そ、それは誉められてるんですかね……?」
もしかしてこの人、少し変わってる?
だがアウラさんみたいにぶっ飛んでいるわけじゃない。
言うならば、平民に憧れるオテンバお嬢様みたいな……
「今更ですが銀髪銀眼とは珍しい容姿、他大陸の出身で?」
「ヘルシン大陸です」
「ヘルシン……随分と遠くから来られたんですね」
この目立つ容姿は出自のせいと説明する。
数少ない異能所持者とバレれば大問題だからな。
「目立つ容姿ですし、入学式では一目で見つかると思っていたんですが……」
「入学式?」
「私は生徒会役員なので壇上に上がったんです。その時に探したんですが見つからなくて」
「ああ……」
「またお話しをしたい! その一心で奮闘したんですが……」
「それはどうも……でも——」
この人はどうやら生徒会の役員、つまりエリート。
そんな彼女でも見つからなかった理由は明白。
「俺、入学式寝坊したんですよ」
「…………寝坊?」
「はい」
「……なるほど。道理で見つからないわけです」
「むしろコッチから貴方を探すべきでした。ちゃんとお礼を言わなきゃいけなかったのに」
「仕方ないです。1年生は特に忙しいですから」
そうか、この人は先輩だったな。
たぶん2年生? いや、雰囲気からして3年生な気がする。
「あ、だけど遅刻はいけませんよ?」
「っう、反省してます……」
仰る通りでございます。
「じゃあ先輩は俺を探してここに来た、ってことですか……?」
「それは違います。本当にたまたまです」
「偶然……」
「私は1人になりたくて、時折この場所に来るんですよ」
どうやら俺の位置を把握していたわけじゃないらしい。
それでいて出会う、この人とは妙に縁があるのかも。
「学食や教室だと、皆さんが近づいて来てゆっくり食事もできないので」
彼女は苦笑い。
「あー……」
俺もだいたい察す。
マイさんたちと同じパターンね。
となるとこの人、貴族としてはランクが高い方なのか……?
「1人になりたい時はここで」
「校舎から結構距離もありますしね」
「そうです。だから無人です! 静かな所は最高です!」
「な、なるほど」
反応からするに、よっぽど貴族に寄って来られるんだろう。
「こんなこと言っては怒られるかもしれませんが、やっぱり普通の人に憧れますね……」
「平民にってことですか?」
「ええ。食事ぐらい、お友達とゆっくり教室で取りたいです」
平民に憧れるお嬢様。
その願いは切実だ。
「だからやっぱり、貴方はとても興味深い」
「そうですか?」
「だって私に臆さないんですもん」
「……いや別に、何か臆すようなことあるんですか?」
割と楽しく会話できていたと思う。
しかし彼女がふとした拍子に言ったこと。
その言葉を深く理解できずに素で応えてしまう。
「「え?」」
先輩がパチクリとまばたきを。
口もポカーっと半開きになっている。
「な、何かマズイことを言いました……?」
貴族相手とはいえ、臆すほどの敬意を持っているわけじゃない。
まさか王族や公爵家の人間ではあるまいし。
それでも失礼を思わせる口調ではなかったはずだ。
「もしかしてですけど。私のこと、ご存知ないんですか……?」
「知らないです」
振ってきたのは、言葉使いではなく自分自身について。
(そりゃそうだよ。だって名前すら聞いてないからな)
知る知らない以前の問題である。
ただそんな無粋な事を今言うのも——
「不快にさせたのならスイマセン。自分この国に来たばかりなので……」
「た、確かにそうでしたね!」
「田舎者だっていうのを言い訳にするのもあれですけど、無知で申し訳ないです」
この人は貴族、フランクな会話を所望しているが限度もある。
(無礼者と呼ばれ、要らん厄介に巻き込まれるのは御免だ)
このまま田舎者として押し切るとしよう。
「自意識過剰だったかもしれません。そこそこ有名な家の生まれというだけなのに……」
彼女は肩を落とし落ち込む。
「私のこういう所がダメなんでしょうね……」
「いやいや! コッチが知らなすぎるだけなんで!」
それに生徒会役員として行事にも出ている。
俺が入学式に出ていれば本来は既知であった。
「あの俺、じゃなくて僕の口調なんですけど……」
「それはこのままでお願いします。一人称も普段通りで」
「……分かりました」
現状維持を希望、ここは従っておこう。
(しかし貴族かつ生徒会役員とは、エリート中のエリートであるのは間違いない)
やはりこの人、予想以上に大物——?
「でも、貴方はとても良い人ですね」
「?」
「だって私を貴族と知った上でも、こうして気兼ねない会話をしてくれる」
堅く喋ったら嫌な顔されるの目に見えているからな!
今更態度を変えたらどうなるか……
なるべく希望に沿った対応を心がける。
「でも人気や支持があるのは仕方ないですって。貴族の前に生徒会ですもん」
「そうなんですけどね……ただ家柄で選ばれたようなものですし……」
自主的に生徒会役員になって『人気者はツライわー』って言ってるかと。
どうやらそういう訳でもないらしい。
「でも成ったからには、やはり責任は果たさないといけません」
遠くを見据える。
どこの国でも、若くして苦労を抱える人間は結構いるんだな……
そういう事が、最近になって分かってきた。
「ただ生徒会や貴族という事抜きでも、こんな美人を放っておく方がおかしいですけどね」
「あらお上手。リップサービスでも嬉しいです」
年上相手なので思いのほか口が回る。
「いや本気でそう思ってますよ」
「え……そ、そうですか、」
直球の感想、ちょっと驚いたみたいだ。
でも謙遜を重ねるのも考えもの。
「まあ確かに、私は男性から嫌というほど迫られてきました——」
表情を少し曇らせる。
垣間見える苦労、貴族間の付き合いはさぞ大変だろう。
「ご苦労様です」
俺が掛けられる言葉はそれぐらい。
「……っふ、そんな風に労われたのは初めてですよ」
鼻で笑ってくれる。
でも彼女が求めるのは、こういう軽い労いをしてくれる相手だろう。
「もしも貴方だったら——」
すると先輩は何かをボソッと呟く。
(小声のせいで聞こえない。もしもあな……あと何て言ったんだ?)
気になる。でも聞き返すのは……
(いやそれよりも! まずは名前は尋ねておくべきだ!)
ここまで面識を持ってしまった以上、変に無視はできない。
「遅くなりましたけど俺はクレス、クレス・アリシアです」
名乗るなら自分から、これ常識。
「あ、そう言えばまだ自己紹介していませんでした」
「今更感はありますけどね……」
ご丁寧にどうもと返され、相手のターンを待つ。
(いつもだったら名乗らず逃げたい場面。だけど人間ってのは謎があれば調べたくなるものなんだ)
変に隠せば
ここはあえて堂々と名乗っておくのだ。
そしてもうこの場限りの関係に、そういう作戦だ。
「では改めて」
彼女の艶やかな金髪が風に揺れ、身体はベンチから立ち上がる。
俺の素人な挨拶とは違い、貴族は相応の挨拶の仕方があるようだ。
「……よっと」
俺も座りっぱなしじゃ感じ悪い、遅れて起立する。
(ま、どうせ姓を聞いても分からないけどな。それこそ王族、四大公爵家でもない限りは)
この国の王族と、それに追随する公爵四家の家名ぐらいは知っている。
(まーさか最上位貴族でしたなんてオチはないだろ。たぶん下位か中位の貴族だ)
変に気負う必要性もない。目前にて相対。
彼女は微笑を浮かべ、その名を告げた。
「——私は王立魔法学園3年、クラリス・ランドデルクです」
ん?
んん?
んんんんんんんん?
「学園では生徒会長も務めています」
両手がスカートの端を軽く上げ美しい一礼。
伴うは女神の如き微笑み。
ただそこには俺にとって最悪のオチが添えられている。
「ランドデルク……?」
「はい」
「それって四大公爵家の……」
「そのランドデルクで間違いありません。ちなみに私は長女です」
お、おお、俺は今まで公爵令嬢と
こんなことがあっていいのか……?
「これからよろしくお願いしますね、クレス君」
なんと右手を差し出すこの人は公爵家のご令嬢である。
王族の次に偉い貴族の娘さんだ。
「し、しかも生徒会長……?」
「はい。会長職には2年生の時から就いています」
つまりはこのお嬢様は学園のボスでもある。
「どうかしました?」
「イ、イエ、ヨロシクオネガイシマス……」
差し出された手を震えながら握り返す。
「クレス君? なんで泣いてるんですか?」
「いや、こんな美人な先輩と仲良くなれて俺は幸せ者だなと……」
「も、もう! だからって泣かなくても。あんまり言うと本気にしちゃいますよ?」
「アハハハ……」
もう自分が何を言ってるかも分かない。
緊張! 焦燥! 驚愕!
またヤバい人と関係を持ってしまった!
そういう感情が脳裏に羅列。
ただただ自分の運命、巡り合わせに打ちひしがれていた。
神様はどうして俺にこんな出会いを寄こしたのか。
彼女とは違い、俺は終始引きつった笑みを浮かべていた。