「愛を知るもの知らぬもの」第一話です。
更新はおそらくかなりゆっくりとしたものになると思いますが、気長にお付き合いいただけると幸いです。
第一話 紅い眼の少年
曇天を常とするイギリスの地において珍しく雲ひとつない晴天。ロンドン郊外にある小さな孤児院の小さな庭でたくさんの子どもたちが駆け回っていた。
「おいこらカール!ニナのもん取んじゃねぇよ。お前の分はさっきやったろ」
「うわっバレた!でも遅いのが悪いんだよ!」
中でも一際背の高い少年が泣きべそをかく小さな少女の側に膝をつき慰めてやりながら、彼女の分のお菓子を奪ったお調子者に怒声を飛ばした。奪ったお菓子をまるで戦利品かの如く掲げていたずらっぽく笑う。
「よーしわかった。どうやらカールくんは夕飯のデザートは無しでいいらしいな。せっかく今日は俺が作ってやろうと思ったのにな」
「えっ」
「カールの分はニナにやろうな」
「それはダメ!!」
「じゃお前そのお菓子ニナに返せ」
「……はーい」
つい先程までの勢いはどこへやら、すっかりおとなしくなったカールは素直にお菓子を差し出し、ごめんなぁと言いながらニナの頭を撫でる。孤児院きってのお調子者ではあるがちゃんと謝れる素直な子である。お菓子を受け取ったニナも未だしゃくり上げながらではあるが笑顔を浮かべた。すぐそばで一連の流れを見守っていた背の高い少年___キースも笑顔を浮かべて立ち上がり、自分よりも遥かに下にある二つの頭を掻き混ぜた。照れくさそうにその手を振り払ったカールはそのまま庭で遊ぶために駆け出していき、ニナも自分の仲良しの子らが集まる場所へ駆けて行った。
二人を見送ったキースは庭の隅に置かれたベンチに向かい、置かれていた本を手に取って読み始める。たくさんの子どもたちのはしゃぎまわる声を聞きながら木漏れ日の中で静かにページを捲る。孤児院の中では最年長であり、自分に近しい年齢の子供がいないキースにとって、一人静かに読書に勤しむ時間はとても大切なものであった。
「こんにちは、キース。いいお天気じゃの」
「………は?」
びゅう、と一際強い風が吹き、思わず閉じていた目を開けたところにいたのは見知らぬ老人。確かに自分一人しかいなかったはずのベンチに腰掛ける得体の知れない老人に朗らかに声をかけられたキースの自他共に認める出来の良い頭脳が一瞬思考を停止し、その形の良い唇から音がこぼれ落ちた。
「わしはアルバス・ダンブルドア。ホグワーツの校長であり、君を迎えに来た魔法使いじゃ」
絶え間なく響いていたはずの喧騒は遠く、知らず知らずのうちに立ち上がっていたキースの膝から滑り落ちた本が地面にぶつかった軽い音がキースの頭の中で大きく鳴り響く。今度こそ完全に思考停止に陥った少年の足元で、彼の心中の揺らぎを表すかのように影がざわめいた。
ロンドン郊外の小さな孤児院の庭の端で今まさにキース・ゴーントの運命の歯車が大きな音を立てて回り始めたのだった。
◆
ホグワーツで会う日を楽しみにしている、との言葉を最後にダンブルドアは文字通り姿を消した。
ホグワーツ魔法魔術学校。魔法族の子供のための学校。
何もかもが夢か幻かのようだ、と思う。しかしながら全て現実でありそれを証明するかの如くキースの手にはダンブルドアから手渡された手紙が握られていた。
自分が多分他人とはちょっと違うということはとっくの昔にわかっていた。普通の人はものを浮かせることなんてできないし、花の開花を操ることもできない。怪我をした動物に手を翳したら怪我が治ることもないし、他人の心の声が聞こえることもない。
極めつきにアルビノでもなんでもないのに真紅の色を宿す両眼である。物心ついた頃から、いやもしくは生まれた時から自分の視界に映る光景が重なって見えたり、自分が今いる時間軸ではない光景が見えていたりと散々苦しめられようやっと自分の制御下においたこの両眼はどうやら過去視の千里眼と呼ばれるものらしい。終始泰然としていたダンブルドアもこれには驚いていた。突拍子もない話に振り回されていた気のあるキースもちょっとスカッとした気分になった。
「まあ今どうこうできることはなんもないか…」
ひとつため息をついて手紙を机に放り出す。ちなみにキースは最年長特権で一人部屋をもらっており、他人が彼に無断でこの部屋に入ることはないため手紙の扱いは雑そのものである。学業に必要なものの買い出しにはダンブルドアではなく別の人物が同行するらしい。どうしても外せない用事があるか何かで自分は同行できないと言った時のダンブルドアの顔は本気で悔しそうだった。魔法大臣がああだこうだと恨み節をこぼしていたのをキースは全力で聞こえないふりをした。
◆
ダンブルドアが訪ねてきた日から数日が経ち、今日は学業品を買いに行く日である。日程と待ち合わせ場所を記した紙切れをフクロウが運んできた時は心底驚いた。それはさておきキースは一人ロンドンの漏れ鍋というパブにいた。外から見た時のあまりの見窄らしさに本当にここで合っているのかと何度も何度も紙切れを確認し、何度見てもここであったため覚悟を決めて入ったところ店の中は外とは一変して活気に満ち溢れていた。
人ごみを苦手としているキースはバーテンの助言に従ってパブを通り抜けた先にある壁に囲まれた小さな中庭で待たせてもらうことにした。目を閉じて腕を組み壁によりかかった姿勢で待つこと数十分。にわかにパブが騒がしくなった。それからしばらくもしないうちにパブの裏口のドアが開いた。
「おー!おまえさんがキースか?待たせて悪かったな、俺はルビウス・ハグリット。ホグワーツの森番をやっとる」
小柄な少年を連れた大男に声を掛けられ体を起こしたキースはよろしくな、と差し出された巨大な右手を握った。にこにこと笑顔のまま上下に振られた右手の肩に走った痛みに顔を引きつらせながらも言葉を返す。
「キース・ゴーント。よろしく、ハグリット。で、そちらさんは?」
「ぼ、僕はハリー・ポッター。よろしく、えーっと、ゴーント?」
「キースでいい。よろしく、ハリー」
続けてハリーと名乗った痩せた少年と握手を交わす。ちらりと動かした目線でハグリットがなにやらごそごそしているのを見て取ったキースの赤い両眼がきらめいた。
「いとこ殿に生えた尻尾はぜひ大事にしてほしいね。とても愉快だ」
思いがけない言葉にハリーは目を見開いた。
「なんで君がそれを?」
「俺の眼はちょっと特殊でね。過去が見えるんだ」
自分の目を指さしていたずらっぽく笑って見せたキースにつられたようにハリーも笑みを浮かべた。黙っているときは冷たさすら感じるほど整った顔をした初対面の少年に対し気後れしていたハリーだったが、思いがけず柔らかい対応に肩の力が抜けるのを感じていた。
「よし、おまえさんたち。準備はええか?」
戸惑うハリーと器用に片方の眉だけ上げて見せるキースの目の前でハグリットは傘の先で壁を三度叩いた。動き出したレンガがみるみるうちにアーチ形の入り口を形成し、その向こうに石畳の通りが先が見えなくなるまで続いていた。
「ダイアゴン横丁にようこそ」
驚く二人を見て、ハグリットがニコーッと笑った。
「まずは金を取ってこんとな」と言って歩き出したハグリットについていきながら黒髪の同い年くらいの少年が一瞬視界をよぎったような気がして軽く頭を振った。隣を歩くハリーはそんなキースの様子に全く気付く様子もなくキョロキョロと周りを見回していた。
「グリンゴッツだ。小鬼が管理しとる」
ハグリットと受付の小鬼のやり取りの後、案内役のグリップフックと呼ばれた小鬼が口笛を吹いて呼び出した小さなトロッコを見てキースの顔が引きつった。
「おいおい……これに乗れって?この体格で?」
常人よりはるかに恵まれた体躯を持つハグリットをなんとか納めてトロッコは発車した。
くねくね曲がる迷路を何度も曲がりいくつもの分岐路を抜け、ハリーの金庫___本人は自分の金庫にどれだけの財が納められていたのか知らなかったらしく驚いていた___を抜けてキース名義の金庫へたどり着いた。
あけられた扉の先にあった金貨の山々にキースもまた先ほどのハリーと同様にあんぐりと口を開ける羽目になった。
「僕のこと笑ってたけど君も同じ状況じゃないか!?」
「ばかいえ。俺は孤児院で育ったんだぞ。ダンブルドアから祖母が跡継ぎに俺を指名したって聞いてはいたが、孤児院から俺を引き取らなかったんだから引き取れるだけの余裕がなかったんだって思うだろうが」
トロッコにやられて真っ青な顔をしているハグリットの横で若者二人は元気に言い争う。漏れ鍋での初対面からこの場に至るまででお互いが育ってきた環境について軽く話していた二人は今日初めて会ったとは思えないほど打ち解けていた。
速度を落とせないかというハグリットの願いを無慈悲に切り捨てて、一行は再びトロッコに乗り込み最後の金庫へと向かった。
厳重な守りとは裏腹にそこにあったのは薄汚れた小さな包みひとつだけ。ダンブルドアから頼まれたものだというその包みの中身を知りたくてたまらない様子のハリーに対し、キースは可能な限りそれに関わりたくない様子を隠さなかった。
「大人たちの企みに子供が首を突っ込んで面倒なことにならないわけがないだろ」
◆
キースが教科書を買っている間に制服の採寸をしていたハリーが嫌な奴に遭遇したらしく気落ちするという一幕を挟みつつ、順調に買い物は進んでいた。
「あとは杖だけだな……おお、そうだ、まだ誕生祝いを買ってやってなかったな」
ハリーは顔を赤くし、キースは片眉を上げた。
「なんだお前、誕生日だったのか」
「ウン、まあね。でもハグリット、そんなことしなくていいのに……」
ニ十分後、どもりながら何度もお礼を言うハリーの手には美しい白フクロウが入った大きな鳥籠があった。
「キース、おまえさんはよかったのか?」
「ん?ああ、俺にはもう頼れる相棒がいるからな」
キースがつま先でトントンと地面を叩いた瞬間、ざわりと影が盛り上がり大きな狼の形を成した。
「ノースウェスタンウルフのウィロウ。密猟者から逃げ出して傷だらけになってたところを拾って傷を治してやったんだが、魔力をやりすぎてたみたいで後天的に魔法動物になっていたらしい。普段は俺の影の中にいるし、ダンブルドアから特例として許可はもらった」
「後天的に魔法動物に!?そんなことがおきるんか……」
「俺も詳しいことは知らねぇ。それより杖だ杖。早く行こうぜ」
平然とした顔で軽く狼の頭を撫で影に戻したキースに対し、聞きたいことだらけなのに何から聞けばいいのかわからない様子のハグリットだったが『杖』という言葉に目を輝かせたハリーを見て気を取り直した。
「杖のオリバンダーだ。杖はここに限る。最高の杖を持たにゃいかん」
最後の買い物の店は狭くてみすぼらしかった。埃と静けさに満ちた空間に何千という細長い箱が天井近くまで積み上げられている。それらひとつひとつが放つひそかな魔力に見定められているような心地になったキースは静かに息を吐いた。
「いらっしゃいませ」
唐突にかけられた柔らかな声にハリーは飛び上がった。
「まもなくお目にかかれると思っていましたよ、ハリー・ポッターさん」
またか、とキースは思った。ハリーの存在は魔法界にとってよほど特別なものらしく行く先々でこのような反応を取られているのだ。聞けば漏れ鍋でのざわめきもハリーを要因としていたらしい。
軽くげんなりとした気持ちになりながらキースは黙って事の成り行きを見守った。
一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。それぞれ強力な魔力を持った物を芯に使って作られたオリバンダーの杖はひとつとして同じものはないという。『杖が魔法使いを選ぶ』という言葉がやけに耳に残った。
次々と杖を試していたハリーもようやく決まったらしい。赤と金色の火花を生み出して見せたその杖はどうやらハリーの両親の仇と関連があるらしく、オリバンダーからそれを聞かされたハリーは身震いしていた。
___イチイと不死鳥の尾羽根、三十四センチ。振ってごらんなさい。
黒髪の少年が握る杖の先からあふれ出た緑と銀色の光に目がくらんだ気がしてぎゅっと目をつむる。目を開いた時にはもう光は消えていた。
「さてさて……次はあなたの番じゃ、キース・ゴーントさん。あなたもまた特別な星の持ち主じゃろうて……」
勝手に動く巻尺に採寸されながらキースはオリバンダーを見つめた。見つめられたオリバンダーは手を伸ばしキースの目の下をなぞった。
「赤き眼を持つ者は古来より何かしらの特別な力を持つと言われておる。力そのものには善も悪もなく、ただその持ち主がどう在るか……さあ、どれから試そうかの」
指の太さを測るためか指に巻き付いていた巻尺を弾き飛ばし、オリバンダーが目の前に積み上げた杖の山からある一本を指さした。
「それ。その杖だ」
「ふむ……サクラとドラゴンの心臓の琴線。二十六センチ。しなりにくい」
渡された杖を握りキースはかすかに微笑んだ。杖はまるで自分の体の延長かの如く手になじみ、どんな魔法も使いこなせるような万能感を感じた。くるりと手の中で一度杖を回し軽く振った瞬間、杖の先から暖かく幻想的な光の玉がいくつも飛び出し狭い店内を照らした。指揮棒を振るかのようなキースの動きに合わせて光の玉も揺らめいて動き、やがて消えた。
「いやはやここまでとは……サクラとドラゴンの心臓の琴線の組み合わせは非常に強力な杖となる。中でもこの杖に使われたサクラは樹齢数千年を超える特別なサクラであったがゆえに気位が高く、長年持ち主が見つからんかった……がしかし一度主を決めたならその忠誠心は他の追随を許さないじゃろう」
「……なるほど、いい杖だ。ありがとう、オリバンダーさん」
杖の代金として七ガリオン支払い店を出た。夕暮れ近くの太陽が照らす中、一行は元来た道を歩き壁を抜けて漏れ鍋へと戻った。
「じゃ俺はここまでだ。案内助かったよハグリット。ハリーもまたな。ホグワーツで会おう」
「……うん、またね」
ハグリットからホグワーツ行きの切符を受け取ったキースは二人と別れの挨拶を交わし、変な形の荷物をどっさり抱え一人孤児院への帰路についた。
すれ違う人々が唖然とした顔で自分を見ていることがどうでもよく感じられるほどキースの心は魔法界への期待と興奮で高鳴っていた。