気もそぞろなキースを置いて組み分けは順調に進んでいった。
「よぉ、唯一の知り合いが同じ寮で助かった。改めてよろしくな、ハリー」
今日イチの大歓声に迎えられながらドサリと音が聞こえてきそうな勢いで隣に腰を下ろしたハリーに頬杖をついたまま気だるげな様子を隠すことなくキースは声をかけた。
「こちらこそよろしく!君もグリフィンドールでよかったよ。ねえ聞いてくれる?僕もう友達ができたんだ!ロンっていうんだけど、兄弟みんなグリフィンドールらしくてロンもきっと一緒になるよ!君は先にグリフィンドールに決まってたし、ロンもグリフィンドールだろうし、スリザリンには嫌味なやつが入ってたから僕どうしてもグリフィンドールに入りたくて…そうだ、君はもう列車で誰かと話した?」
自分が希望していた寮に無事入れたことがよほど嬉しかったのか座った瞬間にキースの方へ身を乗り出し控えめな声でハリーは喋り出した。その勢いの凄まじさに面食らったキースは慌てて体を起こし、壇上を指し示すことで彼の意識を自分から逸らした。
「お、おい待てって、ほら今まさにそのロンってやつの組み分けが始まるぞ」
「ほんとだ。でもきっと大丈夫だよ」
果たして結果はその言葉通りロン・ウィーズリーはグリフィンドールだった。こちらも音が聞こえてきそうな勢いでハリーの向こう側に腰を下ろしたロンに声をかけようとしたところでダンブルドアが立ち上がったことに気づき口を閉じた。
校長という生き物は長話と切っても切り離せないものだと思っていたがダンブルドアの挨拶は短く軽快に終わり、大広間はあっという間にご馳走を楽しむ生徒たちの喧騒で満たされた。
「キースって君だろ?ハリーから散々聞かされたからすぐわかったよ」
口いっぱいにポテトを詰め込んだロンから話しかけられ、静かに目を見張ったキースはちらりとハリーのほうを見た。
「どんな話ぶりだったのか非常に気になるね。改めて、キース・ゴーントだ。よろしく、ロン」
「僕、ロン・ウィーズリー。よろしく。ウーン、変な話はしてなかったよ。ただ君の見た目が人形みたいにきれいだったって言ってただけ」
「ロン!」
「なんだよハリー、事実だろ?」
わずかに顔を赤らめたハリーに止められてキョトンとした顔をしたロンのそのあけすけな様子にキースはつい噴出した。
「はは、よく言われるよ」
「ウワー、やっぱり?君、目立ってたもの」
事実、艶やかな漆黒の髪と無機質な冷やかさを宿す真紅の瞳を持ち、彫刻のように端正な顔立ちをしたキースは組み分け時の堂々とした態度も相まって非常に衆目を集めていた。
幼いころからその整った容姿で注目を浴びることに慣れきっていたキースは周囲を見渡すように視線を動かし、こちらを見ていた数人が慌てて顔をそらす様子を見て軽くため息を吐いた。
◆
翌日からいよいよ始まった魔法学校での学生生活は刺激的だった。そのなかでもキースが最も気に入ったのは「変身術」の授業だった。
グリフィンドールの寮監であり厳格そのものといった印象のマクゴナガルが机を豚に変え、また元の姿に戻して見せたときは落ち着きがあると評されることの多いキースですらも心の高ぶりを抑えられなかった。
複雑な理論の解説を受けた後、配られたマッチ棒を針に変える練習では幾度目かの挑戦で無事鋭く尖った針に変身させることに成功し、授業が終わるころには自在に装飾を付け足せるまでになっていた。キースに次いで変身を成功させたハーマイオニーは装飾まではできなかったことが悔しかったようで授業が終わってしばらくはコツを聞きたがる彼女に問い詰められげんなりとした顔を隠せなかった。
非魔法使いの中で育ったキースにとって魔女や魔法使いのイメージといえば大鍋をかき混ぜ危険な薬を作る姿だったため、ひそかに楽しみにしていた「魔法薬学」の授業では何とも言えない複雑な感情を抱くものであった。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
ハリーとロンに並んで席に着いたキースはいつもの癖で頬杖を突いたまま担当教授であるスネイプの話を聞いていた。陰鬱さを醸し出すスネイプとハリーに向けたクスクス冷やかし笑いを隠さないドラコ・マルフォイら数人のスリザリン生に高揚していたはずの気分が急速に下がっているのを感じていた。
「ポッター!アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
スネイプの声にかすかながら確かに悪意を感じ、体を起こしたキースはちらりとハリーの顔を見て、彼がわかっていなさそうな顔をしていることを見て取った。
「わかりません」
口元でせせら笑ったスネイプを見てキースは静かに羊皮紙を引き寄せ、羽ペンの先にインクを付けた。
「ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、どこを探すかね?」
机の下で足を蹴られたことに気づいたハリーは差し出された羊皮紙に目を見開いた。
「アー、山羊の胃?」
ピクリとスネイプの眉が動いた。
「モンクスフードとウルフスベーンの違いはなんだね?」
「同じ植物でとりかぶとのことです。アコナイトとも言います」
今度こそスネイプは不快そうに顔を顰めた。
「優秀でかつお優しい友人がいるようで何よりだ、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石はたいていの薬の解毒剤となる。どうだ?諸君、なぜここまでの問答を全部ノートに書きとらんのだ?」
いっせいに羽ペンと羊皮紙を取り出す音の中で動きのないキースとスネイプの目が合った。
「ゴーント、甘やかしは本人のためにならん。ポッター、君は友人に頼らねば質問ひとつ答えられないようだ。グリフィンドールはそれぞれ一点減点」
その後もスネイプの理不尽さは続いた。二人一組になっておできを治す薬を調合している間、お気に入りらしいマルフォイを筆頭にスリザリン生には甘く、グリフィンドール生には厳しく指導し続け、グリフィンドール生たちはスネイプに目を付けられることがないように殊更丁寧に作業を行う羽目になった。
キースのペアはハーマイオニーでてきぱきと手分けして手際よく調合は進んだ。
「あの先生、理不尽にもほどがあるわ」
自分たちの調合が一段落し、生まれた待ち時間でマルフォイの大鍋に近づくスネイプの背中を見ながらハーマイオニーが囁いた。
「ああいう手合いには従順に従うフリで内心中指を立ててやるくらいがちょうどいいのさ」
マルフォイが角ナメクジを完璧にゆでたからみんな見るように、と言い出したスネイプに冷やかな目を向け小声でそう返したキースは動かした目線の先に隣のペアの様子をとらえた。
「ネビル、待て。手順が違う」
驚いて飛び上がったネビルの手から滑り落ちた山嵐の針が鍋に落ちる前にどうにかキャッチしたキースはスネイプがこちらを見ていないことを確認して息を吐いた。
「山嵐の針は大鍋を火から降ろした後に入れるんだ。じゃなきゃ鍋が溶ける」
どもりながら何度もお礼を言うネビルを窘め、スネイプの目を盗んで手助けをしてやりながら自分の調合もネビルの調合も成功させ地下牢から出たキースは疲れ切っていた。
◆
ハグリットに会いに行くというハリーとロンの誘いを断ったキースの姿は図書館にあった。
「……『魔法動物の危険性』……『魔法動物の魔力の根源』……『狼男との大いなる山歩き』?これは違うな……」
魔法動物に関する棚から何冊かの本を引き出し、机に積み上げ片っ端から読んでいく。
何を隠そうこれはウィロウのためである。
ウィロウはもともとただの狼だった。アラスカに生息するノースウェスタンウルフという種であり、密猟者の手によってイギリスに連れてこられ、傷だらけになりながら逃げだし、力尽きていたところを幼いキースが見つけたのが出会いだった。ピクリとも動かないままに視線だけはキースを追い、不思議と敵意を感じず静謐な光を宿した瞳に魅入られたキースは誰にも言わずつたない手つきで傷のひとつひとつを手当てしていった。どうか治りますように、このきれいな白狼が再び野を駆ける姿が見られますように、と祈りを込めながら。
無邪気な祈りはキースが魔力を持つ少年であったがために本人の意図しない形でその効力を発揮した。
傷の程度に対してありえないスピードで回復した白狼が自分の影の中に溶けるように消えるのを見て幼いキースは自分がこのきれいな白狼に対して何をしてしまったのかを瞬時に理解し全身の血が引くような心地になった。
自由に野を駆けるはずだった美しい獣を自分に縛り付けてしまった。
影から出てきた白狼は罪悪感で座り込んだまま動けなくなっていたキースの体を包むように身を寄せ、感情を載せて常より暗さを増した深紅の瞳をまっすぐ見つめ、幼い群れの仲間に毛繕いをしてやるのと同じようにその頬を舐めてやった。見当違いなことで思い詰めている己が主と定めた幼い少年に自分の気持ちが伝わるよう慈しみを込めて何度も何度も。
_____ふふ、くすぐったぁい。
魔力的につながったことで流れ込んでくる白狼の言葉無き感情はどこまでも暖かった。
_____おまえがゆるしてくれるのなら。ぼくのそばにいてくれる?
自分を包み込む白狼の首に両手をまわして抱きしめ、震える声でそう聞いたキースに、白狼は力強い声で一鳴きして応えた。
ウィロウと名付けられた白狼はその時から今に至るまでずっとキースと共にいる。
今となってはウィロウが彼自身の意志でキースのそばにいることを選んだことはわかっているものの、彼を縛り付けてしまったのではないかという自責の念は完全に消えたわけではなく、彼がどういう状態でどういう存在になってしまったのか調べることが自分の主としての責務だと思っていた。
「『狼男の生態』……『魔法動物の育て方』……ウーン、あんまり参考にならなそう、わっ」
「あっ、ごめんよ!」
追加で何冊か取った本を抱え、棚にある本の背表紙を確認しながら次の書架に移ろうとしたキースは向かい側から来た青年に気づかず、そのまま正面からぶつかった。
「大丈夫かい?」
本を抱えていたせいでバランスを崩したキースを引き寄せ支えてくれた青年にお礼を言って体勢を整えた。安心したように軽く微笑んだ青年は黄色のネクタイをしていた。
「僕はセドリック・ディゴリー。ぶつかっちゃったお詫びになにかお目当ての本があるなら探すのを手伝うよ」