次の日の朝。いつものように小包を届けてくれたネロの足に、なけなしの礼儀を振り絞って何とか書き上げたお礼の手紙を括り付けていたキースの隣に、疲れた様子ながらどこか上機嫌なハリーとロンが並んで座った。
「四階に三頭犬?」
「シーッ、声が大きいよ!」
昨夜の冒険を語るハリーの潜めた声に耳を傾けながら手元に現れた紅茶のカップを持ち上げた。
不思議なことにキースの前に毎食現れる紅茶は回を重ねるごとにどんどんキースの好みの味になってきており、今日の一杯はついにキースがもっとも好むプリンス・オブ・ウェールズにたどり着いていた。孤児院時代に院長がこの紅茶を好んで飲んでいたことがきっかけで紅茶を飲むようになったキースにとって大切な思い出と結びついた銘柄である。
懐かしさに浮かんだ微笑を傾けたカップで隠したキースはハリーの話に意識を戻した。
「で、三頭犬が仕掛け扉を守ってたって?」
「そうなんだ。僕らがグリンゴッツに行ったとき、ハグリットが七一三番金庫から何か回収してただろ?」
「ああ……、あの汚い小包な」
「あのあとグリンゴッツで強盗事件があったんだけど、狙われた金庫はその日すでに空になっていたって。きっと七一三番金庫のことだと思わない?」
「あー……」
カチャ、と小さな音を立ててカップをソーサーに戻したキースは頬杖をつき、下からのぞき込むような形でハリーの顔を見やった。
「なァ、ハリー。あれの中身がなんであろうと俺たち生徒には関係ないと思わないのか?」
紅い眼がゆっくりと細められる。整いすぎた顔立ちと相まって、その表情には妙な説得力があり、真正面から見てしまったハリーは思わず言葉を失った。
「前も言ったよなァ。大人たちの企みに子供が首を突っ込んで面倒なことにならないわけがないって」
まるで魅入られたかのように瞬きも忘れてキースの顔を凝視するハリーに向かってキースは手を伸ばし___
「ま、下手な詮索はしない方が身のためだと思うよ」
パチン、と音を立ててその額を指で弾いた。
孤児院時代から何度か使ったことのある手だった。
容姿で相手の意識を逸らしている間に話を切り上げる。実に便利。ただし後でだいたい怒られる。
流れるような動作で立ち上がったキースは、真っ赤な顔で額を抑えたハリーの方を見ることなくひらひらと手を振りながら大広間を出ていった。
ポン、と肩に置かれた手に無言で振り返ったハリーに、手の主であるロンはハリーに負けず劣らず赤い顔で静かに首を左右に振ってみせた。同じく真っ赤になったネビルが両手で覆った口からぽつりと言葉を漏らした。
「なんか、見ちゃいけないものを見ちゃった気分……」
ネビルの奥に並んで座っていたディーンとシェーマスが赤い顔のままそろって頷き、シェーマスが重々しく口を開いた。
「同室で見慣れてるはずの僕らでもあれは無理だ。耐えられるわけがない。あれはもはや兵器の域だ」
キースの同室者である五人は神妙に頷きあい、不思議な結束感を味わうこととなった。
◆
朝食の場でハリーをからかってからの一週間、同室の五人を始めとしたグリフィンドール生に若干避けられたキースは子供相手にやりすぎたなとひそかに反省した。
「アッハハ、君、わざとやったのかい!」
「ウン、まあ、完全にからかうつもりでちょっとやりすぎたかな……」
キースの姿は黄色のネクタイを締めた一団の中にあった。グリフィンドールの一団の中で気まずげな姿を見かねたセドリックの誘いに乗ってハッフルパフのテーブルにお邪魔させてもらっているのである。
「君、本当に整った容姿を持っているものねぇ」
ひとしきり笑った後、まじまじと隣に座るキースを見やってセドリックがしみじみと呟いた。
「自分の容姿の良さに自覚はあるよ」
真面目くさった顔で答えたキースにセドリックは再び噴き出した。
「この顔目当てで俺を引き取りたいって言う連中がどれだけいたことか___」
「いや、ほんと気をつけなよ、それは」
「え、ああ、ウン」
スン、と表情を落とし神妙な顔で言ったセドリックの勢いに押されるようにキースはコクンと頷いた。
◆
ハロウィーンを迎えるころにはグリフィンドール生から避けられることもなくなった。自分の顔を活かして相手を黙らせる手法は封印しようとキースはひそかに心に決めた。意外なことにネビルが一番早く立ち直り、逆に一番最後までぎこちなさが残っていたのがハリーだった。
ホグワーツの生活は時間の流れが速く、気づけばもう二か月が経つ。
授業の方も基礎的な内容がかなり進み、応用的な分野も入ってきていた。
「妖精の呪文」のクラスでネビルとペアを組んだキースは見本として、トレバーをブンブン飛び回らせていたフリットウィックの姿を思い出しながら配られた羽に向かって軽く杖を振った。
「ウィンガーディアム レビオーサ」
ふわりと重力の存在を忘れて浮かび上がった羽に思わず嬉しくなったキースは、そのまま杖先を動かし自由に動かして見せた。ぽかんと口を開けて宙に浮かぶ羽を見上げる同級生たちの顔を見渡したキースはゆっくりと杖を動かし、ハリーの頭に羽を着地させた。
パチンとウィンクを送ってやったところ、返ってきたのはため息だった。
「オー!さすがゴーントくん。君の優秀さは聞いていたよ!」
早々に成功させフリットウィックから加点を得たキースは残りの授業時間で、何度やっても羽を爆発させるネビルやかんしゃくを起こして羽に火をつけたシェーマスのカバーに動く羽目になった。
「ネビル、ネビル、落ち着け。魔力の込めすぎだ」
また爆発し黒焦げになったネビルを杖の一振りで元に戻してやりながら、誰かが羽を浮かせることに成功しているのに気づいて視線を向けた。
予想通りというべきなのか、キースに続いて呪文を成功させたのはハーマイオニーで、彼女とペアであったはずのロンを見やったキースはその不機嫌そうな様子に思わずため息を吐いた。この二人は相性がとことん悪いのか顔を見合わせれば常にケンカになるのである。
案の定、クラスが終わった後のロンの機嫌は最悪の一言だった。
「だから、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ」
「おい、ロン!」
言いすぎだ、と続けようとしたキースの目の前で誰かがハリーにぶつかり、追い越していった。
ハーマイオニーだった。
本人に聞かせたくなかった、と内心で歯噛みしたキースはロンを睨んだ。
「な、なんだよ。あいつに友達がいないことは知ってるだろ?」
さすがに言い過ぎたという自覚はあるのか先ほどよりも勢いの失せた言葉を発したロンの頭を少し力を込めたこぶしで小突き、キースは怒りを抑えつつ言葉を紡いだ。
「俺はあいつを友達だと思ってる。言っていいことと悪いことの区別は最低限つけろ」
キースはそこまで言うとそのままハーマイオニーの後を追って駆け出した。
◆
次の授業が始まるまでの休み時間内ではハーマイオニーを見つけることができなかったキースは、昼食の時間を利用して彼女の居場所を探していた。
過去視というおあつらえ向きの能力ながら、学校のような人の多い場所では情報量の多さゆえにパンクする自分の眼に苛立ちながらキースはウィロウを呼び出し、ハーマイオニーの匂いを追うように命じた。
「ッスゥー……まじか」
たどり着いた先は女子用トイレだった。
当たり前だがキースは男であるので踏み入ることはできない。
「……ウィロウ、お前に託した」
持っていた昼食のサンドイッチの包みにさらさらと短い文を書きつけて、バスケットごとウィロウに託した。チャカチャカと爪が床に当たる軽い音をさせながらウィロウは女子用トイレに入っていった。
ちなみにウィロウは雄である。動物だから許してください、と誰に言うでもなくキースは呟いた。
しばらくして戻ってきたウィロウが咥えたバスケットにはハーマイオニーの字で返信が入っており、午後の授業も休むことが書いてあった。少しの間、何事か考えていたキースはまたもやさらさらとペンを走らせると、静かに待っていたウィロウのバスケットに入れた。
「ウィロウ、お前しばらくハーマイオニーのそばにいろ。アニマルセラピーってやつだ。頼んだぞ」
頼もしく一声鳴いたウィロウの頭を一撫でして送り出したキースは午後の始業時間が迫っていることに気づいて走り出した。
◆
結局ハーマイオニーは午後の間一度も顔を見せなかった。
バツの悪そうな顔をしたロンの頭をもう一度小突き、ハーマイオニーに会ったら謝るように言い、それで手打ちにしたキースはハロウィーンのご馳走が並べられた大広間で、またなにか差し入れで持っていこうとぼんやり考えていた。
早めに自分の食事を終え、ハーマイオニー用にいくつか料理を包んだキースが立ち上がろうとしたそのとき、大きな音を立てて大広間の扉が開かれた。
入ってきたのは顔を恐怖で引きつらせたクィレルだった。
シーン、と静まり返った大広間の中、ダンブルドアの前までたどり着いたクィレルはあえぎあえぎ言った。
「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」
そこまで言ってクィレルは気絶した。
にわかに騒然となった大広間をダンブルドアが鎮め、監督生に出された指示をもとに避難が始まった。仮にも「闇の魔術に対する防衛術」の教授であるクィレルが恐怖で生徒より先に失神するなんて、と内心舌打ちをしながら自分の周囲から人がはけるのを待ってキースは教員席に向かって駆け出した。
「ダンブルドア先生!グリフィンドールの一年生が一人晩餐に来てないんです!たぶんトイレに閉じこもったままだ!」
「なんと。キース、確かな居場所はわかるかね?」
「はい。ウィロウをそばに置いてきたから、気配を辿れば!」
「よし、よくやった。グリフィンドールにニ十点じゃ。ミネルバ!キースについてやっておくれ」
すぐさま頷き近寄ってきたマクゴナガルを先導するようにキースは走り出した。
キースが魔力を注いだことによって後天的に魔法動物となったウィロウは、魔法動物としての生命力と魔力の源をキースと共有している。そのため魔力の流れを辿ることで離れていたとしてもお互いの位置がすぐわかるというカラクリである。
迷いなく走り続けるキースはどこからか腐った卵と数週間放置し続けた靴下の匂いが混ざったようなすさまじい臭いがすることに気づき、顔を顰めた。
「なんの臭いですかコレ!くっさ!」
「トロールの臭いです!ゴーント、目的地はどこですか?」
「あそこのトイレだ、先生!」
近づけば近づくほど強くなる臭いにキースの顔がさらに歪んだ。最悪だ。間違いなく目的地とトロールの現在地がかぶっている。
「ゴーント、あなたの機転に感謝します。あなたの相棒は必ず返しますので、あなたはもう寮に避難なさい」
素直に頷いて踵を返したキースは今度はグリフィンドール塔に向かって駆け出した。すぐ後にスネイプ、そのさらに後にクィレルとすれ違い、これだけの先生がいるなら大丈夫だろうと胸をなでおろした。
グリフィンドールの談話室に静かに滑り込んだキースは合流しようと思っていたハリーとロンの姿が見えないことに気づいて思わず頭を抱えた。
マルフォイの決闘に端を発する真夜中の冒険に胸を膨らませていた二人がこの機会に飛び出さないわけがなかったのだ。
静かに止めそこなったことを反省していたキースの隣で扉が開き、ウィロウを連れたハーマイオニーが現れた。
「あ……あの、ウィロウを貸してくれてありがとう。トロールからも守ってくれたの」
「無事でよかったよ。ウィロウの毛は俺が丹精込めて整えてるからな。ふわふわだったろ」
帰ってきたウィロウをわしゃわしゃと撫でてやりながらいたずらっぽく笑ったキースを見て、ようやく安心したかのようにハーマイオニーも微笑みを浮かべた。
扉のそばに立ったまま動こうとしないハーマイオニーに、帰ってくる二人に伝えたいことがあるのだろうなと感じ取ったキースは静かにその場を離れた。
しばらくして扉から現れた二人となにやらぎこちなく会話している様子を離れて見守っていたキースは、それをきっかけに仲良くなった三人に不思議な関係もあるものだな、とほほ笑んだ。