【ウマ娘if】転移した俺は、トレセン学園で運命に抗う 作:KUROX
【中山レース場 芝1600m 芙蓉ステークス】
実況『ライスシャワー!カラットムーン!ライスシャワー!』
実況『ゴールイン!!』
実況『きわどい!きわどい!カラットムーン差したか!?』
『どっちや!?』掲示板を見つめる
実況『あっと!今、掲示板に表示されました!8番!!』
実況『1着は8番ライスシャワーです!』
掲示板に8の数字が灯った瞬間、スタンドから歓声が弾ける
実況『大外から早めに先頭へ立ち、カラットムーンの猛追を凌ぎ切りました!』
『ヨッシャー!!』
トラン『ヤッター!』
スズカ『ふふふ……』ぱちぱち……
喜びに沸いたのも束の間、実況の声色が変わる
実況『あっと……ライスシャワーどうした?立ち止まったまま動きません!』
ライス『……はぁ……はぁ……』
『え?』
ライスを見た瞬間、背中に冷たいものがはしる
ぞわっ……
『!!』
ダッ…… 柵をくぐり走り出す
濡れた芝に足を取られながら、ライスだけを見て走る
トラン『ちょっ! トレちゃんっ!?』
『ライスーーッ!!』ダッ……ダッ……ダッ……
スズカ『嘘……でしょ……』
タッタッタッ……
(アホ!アホが!……なんで!……なんでこんな大事なこと!!)
『ライス!!』
ライス『……ト……トレーナーさん……』振り向こうとする
『動くな!そのまま!そのまま動かんと待ってろ!』
タッタッタッ……
『……はぁ……ライス』
ライス『……トレーナーさん、ライス……勝ったよ……くっ!』
『!』
『……右足やな?』
ライス『……』こくっ うなずく
(立たせたまんまは負担になるか……)
『ライス、ゆっくりやるから痛かったら言いや』
ライス『……え?』
傷めた右足を揺らさないよう、慎重にライスの身体へ腕を回す
『……ん!』ゆっくりとライスを抱き上げる
『大丈夫か?痛ないか?』
ライス『う……うん……////』
『すぐ、救護係が来てくれるはずや……』
ライス(……お兄さま……)ぎゅ
・・・・・・
ピーポーピーポー……バタンッ
救護係員『さあ!早く救急車へ!そのまま、できるだけ揺らさないようにお願いします!』
『ライス、動くぞ、少し痛いかもしれんけど、我慢してや』
ライス『うん……』ぎゅう
バタンッ ピーポーピーポー……
◇◇◇
URA指定病院 診察室
医師『検査の結果、右足の第三中足骨を骨折しています』
『……第三中足骨』
医師『第三中足骨というのは、足の甲の中央にある骨です』
『どのくらいで……治りますか?』
医師『全治は……3カ月ほどです』
『……3カ月』
医師『幸い、骨に大きなズレはありませんので手術の必要はないでしょう』
医師『今は腫れが出ていますので、まずは副木で固定し、痛み止めを処方します』
医師『腫れが引いてからギプスで固定し、しばらくは松葉杖を使って、右足に体重をかけないようにしてください』
医師『今後は定期的にレントゲンで経過を確認し、骨のつき具合を見ながら、少しずつリハビリへ移りましょう』
『……はい』
医師『それと……痛みと腫れの経過を見るため、念のため今日1日は入院していただきますが……』
医師『明日からは寮の方で療養していただいて構いません』
『……先生』
医師『はい』
『ライスは……また……』
医師『……?』
『……レースに……戻れますか?』
医師『はい、きちんと完治すればレースへの復帰も可能です』
『!』
『……そうですか』ホッ……
『ありがとうございます……』
・・・・・・
URA指定病院 病室
ライス『……トレーナーさん』
トラン『トレちゃん……先生、なんて?』
スズカ『……』
『……右足の第三中足骨を骨折しているそうだ』
ライス『……』
『骨に大きなズレはないから、手術の必要はない』
『今は副木で固定して、腫れが引いたらギプスに……全治は3カ月だそうだ』
ライス『3カ月……』
『今日は経過を見るために入院するけど、問題がなければ明日から寮に戻って療養していいって』
ライス『……』
ライスは固定された右足へ視線を落とす
『きちんと治せば……またレースに戻れる』
ライス『!』
ライス『ほ……本当に……?』
『……ああ』
ライス『ライス……また、走れるの……?』
『先生はそう言っていた』
ライス『良かった……』
スズカ『……良かった』ホッ……
トラン『良かったぁぁ……』ヘナヘナ……
トラン『……あっ!』
スズカ『?』
トラン『いや、骨折してるのに“良かった”って……良くはないよね?』
スズカ『けど、また走れるんだから……良かった、でいいんじゃないかしら?』
トラン『そっちは良かったんだけど、こっちは良くないじゃん』
スズカ『こっち……?』
トラン『骨折』
スズカ『それは……良くないけど……』
トラン『でしょ?』
スズカ『けど、また走れることは……』
トラン『良かった』
スズカ『はい』
トラン『……』
スズカ『……』
トラン『コメちゃん、どっち?』
ライス『えっ!?ライスが決めるの!?』
『……本当に、すまない』
トラン『トレちゃんには聞いてない』
『……』
ライス『みんな……ごめんなさい……』
『ライスが謝ることじゃない』
ライス『でも……ライスがケガをしたから、みんなに心配かけて……』
『レースに出したのは俺だ』
『俺がもっと慎重に判断していれば……』
『右足の異変に、もっと早く気づいていれば……こんなことには……』
『……本当に、すまない』
トラン『いやいやいや、ちょっと待ってトレちゃん』
『……』
トラン『今、誰が悪いかって話してたんじゃないんよ』
『……すまない』
トラン『はい、今ので2回目』
『……』
スズカ『トレーナーさん、さっきから謝ってばかりですよ……』
トラン『よし、トレちゃんは今日“すまない”禁止ね』
『……すまない』
トラン『はい、禁止したそばから3回目……』
『……申し訳ない』
トラン『言い換えればセーフって話じゃないんだけど!?』
スズカ『意味は同じです、トレーナーさん』
『……悪かった』
トラン『増えた!禁止ワード増やしただけ!』
ライス『……ふふっ』
『……』
トラン『あっ、コメちゃんが笑った』
スズカ『ふふふ……』
トラン『よーし、このまま笑顔を維持しよう』
スズカ『そうね』
トラン『というわけでトレちゃん、次に謝ったら罰ゲームね』
『……罰ゲーム?』
トラン『明日から1週間、ウチのことを“可愛いトランセンドさん”って呼ぶ』
スズカ『それは罰ゲームになってるのかしら?』
トラン『トレちゃんにとっては、たぶん地味に恥ずかしい』
『……可愛いトランセンドさん、すまない』
トラン『罰ゲームを先払いしながら謝るな!』
ライス『ふふっ……あはは……』
トラン『よし!コメちゃんの笑顔、維持成功!』
スズカ『けど、トレーナーさんは……』
『……』
トラン『うん……全然ダメだねぇ』
ライス『トレーナーさん……』
『……』
トラン『まあ、トレちゃんは一旦置いといて』
『……』チョコン……
トラン『そこで素直に置かれると、それはそれで困るんだけど』
スズカ『トランちゃん、そろそろ本題に……』
トラン『あっ、そうだった』
ライス『本題……?』
トラン『コメちゃん、ウチらさ……さっきからずっと迷ってたんだよね』
ライス『迷ってた……?』
トラン『レースには勝ったじゃん』
スズカ『けど、ライスちゃんはケガをして……』
トラン『だから、勝ったことはお祝いしたい』
スズカ『けど、ケガをしたライスちゃんの前で喜ぶのは、不謹慎な気もするのよ』
トラン『でも、心配そうな顔ばっかしてたら、コメちゃんまで不安になるじゃん?』
トラン『そこでウチら、話し合ったわけ』
ライス『どんな……?』
トラン『笑顔で心配するか、心配そうな顔でお祝いするか』
ライス『……どっちも……変じゃないかな?』
トラン『やっぱり?』
スズカ『私も、少し難しいんじゃないかって……思ってたの』
トラン『えっ!?スズカさん、さっき“それでいきましょう”って言ったじゃん!』
スズカ『他に、いい考えが思いつかなかったから……』
トラン『裏切られた!』
スズカ『裏切ってはいないのよ?』
トラン『じゃあ、一回やってみよっか』
スズカ『今から……?』
トラン『顔は笑顔、声は心配そうに』
スズカ『……わ、分かりました』
トラン『せーのっ!』
トラン『コメちゃん……1着おめでとぉ……』ニコッ……
スズカ『骨折、とても心配です……』ニコッ……
ライス『こ……怖いよぉ……』
トラン『ダメだ!』
スズカ『うん、とても怖いわね……』
トラン『じゃあ逆!顔は心配そうに、声は明るく!』
スズカ『はい』
トラン『せーのっ!』
トラン『コメちゃん!1着おめでとー!』ズーン……
スズカ『また走れると聞いて安心したわ♪』ズーン……
ライス『お……怒られてるみたい……』
トラン『こっちもダメだ!』
スズカ『どうしましょう……』
トラン『一応、第三案もあるけど』
スズカ『まだ、あるの……?』
トラン『右半分でお祝いして、左半分で心配する』
スズカ『顔を……?』
トラン『顔を』
スズカ『……トランちゃん、できますか?』
トラン『できないからスズカさんに頼もうと思って』
スズカ『私にもできません!』
トラン『だよねぇ……』
ライス『ふふふっ……』
トラン『あっ』
スズカ『ライスちゃん……』
ライス『ご、ごめんなさい ……二人とも一生懸命考えてくれたのに……』
トラン『いいのいいの、笑ってくれたなら大成功』
スズカ『そうね……その笑顔が見られただけでも、来て良かった』
ライス『スズカさん……トランちゃん……』
トラン『じゃあ、もう変に分けるのやめよっか』
スズカ『そうですね』
トラン『心配は心配、おめでたいことはおめでたい』
スズカ『どちらも、私たちの本当の気持ちだから』
ライス『……うん』
トラン『病院だから、小さい声でね』
トラン『コメちゃん、芙蓉ステークス1着……おめでとー!』パチパチ……
スズカ『おめでとう、ライスちゃん』パチパチ……
ライス『……うん……ありがとう……!』
トラン『優勝のお祝いにしては、拍手がだいぶ小規模だけど』
スズカ『ここは病院だから』
トラン『退院したら、もっとちゃんとやろうね』
スズカ『ケーキも用意しましょうね』
ライス『ケーキ……!』
トラン『おっ、今日一番いい反応』
ライス『ち、違うの!ライス、ケーキに釣られたわけじゃ……!』
スズカ『楽しみにしていてね』
トラン『ロウソクは何本立てる?』
スズカ『誕生日ではないでしょ?』
トラン『いや、せっかくだから1着の“1”だけ立てよう』
スズカ『それでは、1歳のお誕生日に見えないかしら?』
トラン『じゃあ3本』
スズカ『なんで3本?』
トラン『全治3カ月』
スズカ『それはお祝いに持ち込まない!』
トラン『ぐあっ……』
ライス『ふふふっ……』
笑い声が落ち着くのを待って、トランが少しだけ声を落とす
トラン『……大丈夫だよ、コメちゃん』
ライス『……?』
トラン『心配なのは、まだ心配』
トラン『ケガが治るまでは、たぶん何度でも心配する』
スズカ『けど、今日ライスちゃんが勝ったことまで、なかったことにはならないから』
トラン『1着は1着、骨折は骨折』
スズカ『しっかり治して、改めて盛大にお祝いしましょう』
ライス『……うん!』
ライス『ライス、ちゃんと治すね』
スズカ『はい』
トラン『焦っちゃダメだからね』
ライス『うん』
トラン『こっそり走ろうとしても、ウチの監視デバイスが見逃さないから』
ライス『監視デバイス!?』
スズカ『トランちゃん、そんな物を持ってるの?』
トラン『ないけど』
スズカ『……』じとー……
トラン『スズカさん、その目やめてもらっていい?』
スズカ『てっきり本当に取り付けるつもりなのかと……』
トラン『さすがのウチも病室には監視カメラは仕掛けないよ!?』
ライス『“病室には”……?』
トラン『コメちゃん、そこは気にしない方向で』
ピピピッ……ピピピッ……
トラン『ん?』
トラン『……げっ!もうこんな時間!?』
スズカ『トランちゃん、そろそろ戻らないと門限に間に合わなくなっちゃうわ』
トラン『ヤバっ!病院から門限ダッシュは、さすがに怒られるやつだよねぇ……』
スズカ『走らなくても、遅れれば怒られると思うわよ』
トラン『どっちにしても怒られる!』
スズカ『急ぎましょう』
トラン『スズカさん、病院の廊下は走っちゃダメだからね?』
スズカ『分かってます』
トラン『その顔、外に出た瞬間から先頭の景色を取りにいく顔じゃない?』
スズカ『門限に遅れるわけにはいかないから』
トラン『やっぱ走る気だ!』
ライス『ふふふっ……』
トラン『じゃあ、コメちゃん、今日はゆっくり休んでね』
スズカ『明日、寮へ戻ったら、またお見舞いにいくわね』
ライス『うん……ありがとう、トランちゃん、スズカさん』
スズカ『トレーナーさんはどうします?』
『俺はまだ残ってるよ』
スズカ『そうですか……』
『ライス一人だと、心細いだろうし』
ライス『……』
スズカ『わかりました』
スズカ『じゃあ、ライスちゃんお大事にね』
トラン『お大事に~、コメちゃん』
ライス『うん、みんなありがとう』
『……』
ガラガラ……バタン
扉が閉まると、二人きりになった病室に静けさが戻る
ライス『……』
『……』
『ライス、芙蓉ステークス1着おめでとう』
ライス『!』
ライス『けど……ライス……』
『しっかりお祝いできてなかったね……いい走りだったよ』
ライス『……うん……ありがとう』
ライス『……』
『……疲れただろ?少し休むといいよ』
ライス『……うん』
『……』
ライス『……』
ライス『……あ、あのね、トレーナーさん……』
『ん?』
ライス『ライス、しっかり休むからね……少しだけお話ししても……いい?』
『……ああ』
ライス『ライスね……トランちゃんのこと……少しうらやましく思ってたの……』
『……トランを?』
ライス『うん、トランちゃん……トレーナーさんのこと……』
ライス『“トレちゃん”って、呼ぶでしょ?』
『……うん……?』
ライス『……ライス、それが特別な感じがして……うらやましいな、って』
『……』
『……ライスは俺のこと、なんて呼びたいの?』
ライス『え!……えっとね……』
『……』
ライス『……ライスね、大好きな絵本があるの』
ライス『しあわせの青いバラって、絵本』
『……』
ライス『その絵本はね……みんなから“不幸を呼ぶ”って怖がられて、ひとりぼっちになった青いバラのお話なの』
ライス『青いバラは、自分なんて咲いてちゃいけないって思って、今にも枯れそうになってたんだけど……』
ライス『ひとりの青年だけが、青いバラを“すてきだ”って言ってくれて……』
ライス『その人を“お兄さま”って呼ぶようになって、お兄さまのそばで元気を取り戻して……』
ライス『最後は、たくさんの人を幸せにできるようになるの』
『……素敵なお話だね』
ライス『……』
ライス『トレーナーさん、ライスならライスシャワーになれるよって、言ってくれた……』
ライス『ライスがデビュー前に熱を出した時も、ずっと優しくしてくれた……』
ライス『今日もライスが動けなくなった時に、一番に助けに来てくれた……』
『……』
ライス『トレーナーさんは……ライスにとっての“お兄さま”なの……!』
『……』
ライス『だから……だからね……』
『うん……』
ライス『ライス、これから……トレーナーさんのこと……』
ライス『……お兄さま……って……』
ライス『よ、呼んでも……いい?』
『……』
ライス『や、やっぱり……ダメだよね……?』
『……いいよ』
ライス『え?』
『ライスがそう呼びたいなら……いいよ』
ライス『ホントに!』
『ああ、いつもがんばってるライスに、そう呼んでもらえるなら……』
ライス『やったぁ!……ライス勇気出して、聞いてみて良かった!』
『はは……』
ライス『えへへ……』
『ほら、ライス、少しでもいいから、もう休みなさい』
ライス『うん、お兄さま』
『……』
ライス『えへへ……』
『おやすみ、ライス』
ライス『……うん……』
『……』
ライス『……』モジモジ……
『?』
ライス『あ、あのね……お兄さま……』
『ん?』
ライス『もう一つ……お願いしても……いい?』
『なんだい?』
ライス『手……繋いでほしいの……////』
『ふふ、お安い御用です』ぎゅ
ライス『あ……ありがとう』ぎゅ
ライスは安心したように、繋いだ手の力をゆっくり緩める
『もう、眠れそう?』
ライス『うん、おやすみなさい、お兄さま』
『ああ、おやすみ』
ライス『……』
『……』
・・・・・・
ライス『……スー……スー……ムニャムニャ』
眠りを妨げないよう、繋いだ手をそっと布団の上へ戻す
『……』
(ゆっくりお休み、ライス……)
そっと立ち上がり、病室をあとにする
・・・・・・
URA指定病院前
病院を出ると、空は低い雲に覆われていた
『……』てくてく……
ポツッ……
『!』
(……雨……?)
ポツ……ポツ……ポツ……
『……』てくてく……
(そっか、重バ場やったもんな……)
ポツポツポツ……
『……』てくてく……
(なんで、忘れてた……知っていたのに……)
ザーッ……
『……』てくてく……
(一番大事なことやろ……)
ザーーッ……
『……』てくてく……
(どんなに忙しくっても……忘れたらあかんやつやろっ!)
『……』てくてく……
(なんべんおんなじ過ちを繰り返すんやっ!!)
ザーーーッ……
『……』てくてく……
(どんだけがんばっても、これじゃあ意味ないやんけっ!!)
気づけば、歩みは止まっていた
ザーーーーッ……
『……』
(どんだけ、がんばっても……)
ザーーーーッ……
『……』
(どんだけ、どんだけ!がんばっても……)
ザーーーーッ……
『……』
(【史実は変えられない】)
ザーーーーッ……
『……ワシには……』
『……』
───────────
スズカ『もう、貴方は一人じゃないって!!』
───────────
ザーーーーッ……
『……スズカ』
『……』
───────────
ライス『それでもライスは!みんなを幸せにする!ライスシャワーになりますっ!!』
───────────
ザーーーーッ……
『ライス……』
ザーーーーッ……
『……て……』
ザーーーーッ……
『……どうして……』
ザーーーーッ……
『どうしてっ!!』空に向かって叫ぶ
ザーーーーッ……
『どうして!あんなに純粋に走ってる彼女たちがっ!!!』
『こんなに傷つかなあかんのやっ!!』
ザーーーーッ……
『人々に夢を与える!彼女たちが!傷つかなあかんねんっ!!』
『ふざけんなやっ!!おかしいやろっ!!』
ザーーーーッ……
『……はぁ……はぁ……』
ザーーーーッ……
『……』ガクッ
ザーーーーッ……
『……お願いや……』
ザーーーーッ……
『……お願いします』
ザーーーーッ……
『もう、これ以上……ワシの娘たちを……』
ザーーーーッ……
『傷つけないでください』
ザーーーーッ……
・・・・・・
ザーーーーッ……
『……』
頬を伝うものが、雨なのか涙なのか
もう、分からなかった
ただ――
うなだれた頭を打ち続けていた雨が、ふっと遠のいた
(……?)
雨は、まだ止んでいない
目の前の水たまりには、いくつもの波紋が重なっては消えていく
それなのに、俺のまわりにだけ
雨の中から切り取られたような、小さな静けさが生まれていた
頭上から聞こえる、雨粒を受け止める音
???『……そんなところに座り込んでいては、風邪を引いてしまいますよ』
『……』
聞き慣れた声に引かれるように、ゆっくりと顔を上げる
灰色の空を遮る、ひとつの傘
その傘を俺へ傾けて、たづなさんが静かに立っていた
『……たづな……さん?』
たづな『……さ、立ってください』
『……いつから……?』
たづな『ここではなんですから、場所を変えましょう』
たづな『それに……そのままでは本当に風邪を引いてしまいます』
『……』
たづな『彼女たちに心配をかけてもいいんですか?片桐トレーナー』
『!』
◇◇◇
トレセン学園 トレーナー室
『……』
たづなの声『……お着替えは終わりましたか?片桐トレーナー』
『……はい』
ガラッ……
たづな『失礼します』
『……』
たづな『……まだ、髪が濡れてますよ……しっかり拭かないと』
『……大丈夫です』
たづな『……』
『どうして……あんなところに?』
たづな『ライスさんのレースの後、すぐにURAから連絡があったのですが……』
たづな『学園の所用ですぐには病院へ向かえなくて……』
『……どこから……』
たづな『……?』
『……聞いてたんですか……?』
たづな『……空に向かって叫んでいた……あたりですかね』
『……』
たづな『……』
『……そう、ですか』
たづな『……ライスさん、大事に至らなくて良かったです』
『……会ったんですか?ライスに』
たづな『お見舞いにいったのですが、すでに休まれていたので……』
たづな『看護師さんと少々お話をしただけです』
『……』
『……どうして、彼女たちのような……』
たづな『……』
『いえ……なんでもありません……』
たづな『話してください』
『……』
たづな『私で良かったら……』
『ウマ娘は、走るために生まれてきた……』
たづな『はい……』
『夢を追い、人々の夢を乗せ……』
たづな『はい……』
『それなのに……どうして……』
たづな『……』
『……彼女たちの人生(レース)には……障害が多すぎる……!』
たづな『……』
『ただ、純粋に……ひたむきに走っているだけなのに……』
『どうして……どうして……!』
たづな『……』
『こんなにも傷つかなくてはいけないんですか?』
たづな『……』
『……トレーナーは……なにもできないんですか……?』
たづな『……』
たづなは何も言わず、片桐の次の言葉を待っている
『……』
『……すいません、たづなさんにこんな話……』
たづな『……いえ』
『はは……トレーナーは無力ですね……』
たづな『そうでしょうか?』
『……』
たづな『ウマ娘はトレーナーがいなければ走れません』
『……それは、事務的にはそうでしょうが……』
たづな『違います』
『……』
たづな『ウマ娘は一人では走れません……』
たづな『そして、支えるのはトレーナーだけではありません』
たづな『多くの人の助けがなければ走れないんです』
『……詭弁ですよ……強いウマ娘なら……』
たづな『その強さも、トレーナーや周りの人々の支えがあってこそです』
『……』
たづな『トレーナーや……周りの人々の助けによって強くなり、その人々の想いを乗せて走る……』
たづな『それがウマ娘です』
たづな『決して一人では走れません』
『……』
たづな『そして、その人々の想いが多く・強いほど、ウマ娘の力は……走りは、強くなるんです』
『じゃあ……じゃあ、なんで……!』
『なんで!彼女たちばかり傷つくんですか!?』
たづな『片桐トレーナーも傷ついているじゃないですか?』
『!』
『俺は……俺のことはどうでもいいんです!』
たづな『彼女たちの痛みも“一緒に”受け止めているじゃないですか』
『!!』
たづな『一人では受け止めきれない痛みも、二人だから受け止められるんじゃないでしょうか』
『……』
───────────
スズカ『……トレーナーさんと出会う前の私だったら耐えられなかった……』
───────────
『……』
たづな『片桐トレーナー、あなたは決して無力ではありません』
たづな『あなたは、“この世界”に必要な人です』
“この世界”という言葉だけが、妙にはっきりと耳に残る
『え?』
『この……世界に?』
たづな『……』
(“学園に”の間違いだよな……?)
(それに、理事長秘書のたづなさんがどうして、ここまで……?)
『ウマ娘の気持ちを……よくご存じなんですね……』
たづな『……』
『まるで……』
(そうや、これじゃまるで、たづなさんが……)
『トゥインクルシリーズに出てたウマ娘みたいだ……』
たづな『……』
答えを求めるように、たづなを見つめる
たづな『……』ニコッ
『!』
(そんな……まさか……元の世界の“あの噂”は本当だった!?)
たづな『ふふ、面白いことを言いますね……片桐トレーナー……』スッ……
帽子をゆっくり脱ぐ……
『!!』
ー2章ー005話 届かぬ咆哮、ささやかな祈り 完
第2章第5話「届かぬ咆哮、ささやかな祈り」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
勝ったことはうれしい。でも、ケガをしたことは心配。
どちらか一方だけを選べないので、今回はトランとスズカにも病室で盛大に迷ってもらいました。
「1着は1着、骨折は骨折」。
喜びも痛みも、どちらもなかったことにはなりません。
……そんな中で、ライスの「お兄さま」呼びも、ついに誕生しました。
そして、片桐の咆哮……。
ついに明かされるたづなさんの正体……。
次回、第2章第6話。
9月30日(水)19:00公開予定です。
【KUROXの
対象話:第2章第4話・第5話
9月28日(月)07:00公開予定です。
【X】
https://x.com/utsupapa_2021
【note記事 KUROXの
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