親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
昼休憩を知らせる、授業終わりのチャイムが鳴る。
「昼どうする?」
「ん? いつもみたいにみんなと一緒に食べるつもりだけど」
問われた千尋は悩むような素振りも見せず、あっけらかんと応えた。
まだこいつを心から千尋と認めたわけじゃない、だけど、だからといって無視することもできなかった。それに本当に千尋なら、今まで通りにしていれば判断できる、いや、俺が納得できる時がくると思った。
「そうか……まあいいけど……」
尚哉は3時限後の休憩時間を思い出し、少しの不安を覚えた。
その休憩時間、千尋は仲が良かった友達、それは尚哉とも友人なのだが、その友達グループとお喋りをしていた。だが友人たちは女性になってしまった千尋と、そのやたら丁寧な言葉遣いに、なんとも居心地が悪そうに、そしてギクシャクしているように見えた。
「尚哉、メシにしようぜ」
友達グループの1人、
「おう。じゃあ……千尋、動かすぞ」
尚哉は机を持ち上げ、後ろの千尋の席とくっつけた。同じように、教室のあちこちで机を引きずる音がしてクラスメイトたちは各々のグループを作っていた。
2つの机を囲むように尚哉と千尋、手近な椅子を引き寄せて座る蒼士、そこへもう1人、遅れて
この4人がクラスの友達グループだった。1年から付き合いのある蒼士と、2年になってから友達になった玲央、そして幼稚園から腐れ縁の千尋。
尚哉が弁当を広げてパクついていると、包装紙を破るような音が千尋から聞こえた。
「なんだ千尋、今日は弁当じゃないのか」
同じく弁当を広げていた蒼士が千尋に尋ねた。
「ええ、今日はお弁当を作る時間が無かったとのことで、途中でコンビニに寄っておにぎりを買ってきました」
丁寧に応える千尋。傍から聞いていると友達同士の会話ではないように聞こえる。
蒼士は箸を止め、向かい側に座った玲央を見て、無言で2人は頷いた。
「な、なあ千尋、どういう心境の変化か知らないけどさ、俺たち友達だろ? もうちょっとこう……なんつーか……余所余所しすぎない?」
丁寧におにぎりの包みを外し、両手で持って齧りついた千尋。蒼士の言葉を聞きながらもぐもぐし、飲み込んだ後、人差し指をこめかみにあてて悩んでいるようだった。
「おい、尚哉からも言ってくれ。このままじゃやりづらいし、なんか距離を感じるんだって」
「そうだよ。尚哉の言うことなら聞くだろうしさ、頼むよ」
蒼士だけじゃなく、玲央も尚哉に懇願してきた。
尚哉は食べる手を止め、しょうがねえな、とため息を吐いたあと口を開いた。
「おい千尋、どういうつもりでそんな喋り方してるか分からんけど、蒼士や玲央ならいいんじゃないか? 友達だろ?」
「いや……まあ、そうなんだけど……うーん……でもなぁ……折角美少女になったのになあ」
そう言って悩む千尋の言葉を聞いて尚哉は思い出した。
千尋は以前から女は良いよなあ、と言っていた。「もし美少女になったら、良い女を演じてモテモテでチヤホヤされてやる」なんて言っていた。それは千尋の願望だったように思う。
それを思うと、今の千尋の演技にも納得がいく。それが良い女と感じるかは別としても。
ただ友達からも距離感を感じてしまうようなのは、どちらかといえばモテモテチヤホヤから遠ざかっているんじゃないか。そう考えると、千尋に一つアドバイスをしてやろうと思う。
「千尋、今のお前だと距離を取りすぎて、ただ近寄りがたいと感じるだけだぞ。もうちょっと距離感が近いほうが良いんじゃないか? 想像してみろ、今の自分ともっとフレンドリーな自分、どっちが良い?」
そう伝えると、今度は千尋は腕を組んで考え出した。
尚哉たちが見守る中、しばらくして千尋は顔を上げた。その顔は結論が出たような顔つきだった。
「確かにそうだ。ありがとな尚哉。というわけで……」
言い終わると千尋は目を瞑って一呼吸し、静かに目を開けた。
「蒼士、玲央。ごめんね、ちょっと距離を誤ってた。これからも今まで通り、友達でいてね」
言い回しは先程までとくらべると随分と軽くなり、そこへ口調も相まって、可愛さを感じさせるものとなっていた。
千尋は両手を合わせて首を傾げ、謝罪した。ちょっと軽く見えるが友達同士だ、これくらいの距離感で丁度良いように見えた。
「あ、ああッ。いいんだよ気にすんな。友達だろッ!」
「うんうん! 千尋が謝るほどのことじゃないって。ちょっと気になっただけだからさ!」
「うん、ありがとう。どうかな尚哉! こんな感じで」
「――ああ、いいと思うぜ」
ちょっと気になったのは蒼士と玲央の反応くらいだ。だけどまあ、ある程度は仕方がないと思う。俺だって最初見た時は不覚にもときめいちまったからな。だがそれも最初だけ、千尋と知らされるまでの間だ。それが本物であろうとなかろうと、千尋だといわれたらそういう感情は一旦脇においておくものだ。
「尚哉だけ元のままなのズルくないか?」
蒼士がボヤく。何を指して「ズルい」のかは分からないが。
「そりゃあ当然、尚哉とは幼稚園からの親友だからねッ! 高校からの蒼士や玲央とは友達としての格が違うから」
千尋は人差し指を立てて振り、得意げに語った。
「いいから早く食えよ千尋。俺たちはもうすぐ食い終わるぞ」
「あッ! 待てよ尚哉! 口が小さくなって食べるの遅いんだって!」
尚哉が急かすと、千尋は慌てておにぎりを頬張った。小さい口で一生懸命に食べていたが……確かに遅かった。
「慌てなくていいよ千尋。尚哉、ゆっくり待つくらいの余裕が必要じゃない?」
フォローに走る玲央、蒼士もそれを見てうんうんと頷いていた。
「別に俺だって待つつもりだったよ……」
なんとなくバツが悪くなり、尚哉は頬杖を突いた。
◇◆◇
帰りのホームルームが終わると、尚哉の背中をつんつんとつつかれる。
「尚哉、今日この後時間あるだろ? 付き合ってもらうぞ」
別に決まった予定のない尚哉は後ろを振り向き応えた。
「いいぜ。どっか寄るのか?」
「ちょっと色々と説明しときたくて、家にきてくれ」
「おう、分かった」
尚哉と千尋が帰り支度を済ませた頃、蒼士と玲央がそろってやってきた。
「尚哉、千尋、久々に4人でどっか行こうぜ」
さっきの千尋との話がなければ、尚哉も久しぶりに4人で遊ぶのはやぶさかではなかった。
「えーと、ごめんね。本当なら行きたいんだけど、この後尚哉と外せない用事があるから、また明日以降にでも、ね」
千尋はそう言って立ち上がり、遅れて尚哉もカバンを掴んで立ち上がった。
「行くぞ、尚哉」
「わりぃ、じゃあお先」
「また明日ね、蒼士、玲央」
千尋はそう言って手をバイバイと振り、尚哉を連れ立って教室を出ていった。
◇◆◇
「で、話ってなんだよ」
「細かい話は家に着いてから、母さんが説明してくれるよ」
学校からの帰り道、尚哉と千尋は2人並んで帰路についていた。自宅最寄りの駅を降り、あとは千尋の家まで歩くだけだ。若葉家と榊家は数百メートルしか離れていない。そのため、学校からの帰り道もほとんど同じだった。
「だったら、その喋り方の理由も千尋のおばさんが教えてくれるのか?」
「いや、これは……母さんは関係ない。俺がしたくてやってるだけだ」
「千尋がしたくて……って、やっぱりあれか? もし美少女になったらやりたいって言ってたあれか?」
尚哉がそう指摘すると、鳩が豆鉄砲を食ったように、立ち止まり驚いた表情で尚哉を見た。
「!? ……尚哉、それ覚えてんの!?」
「――千尋、気づいてないかもしれないけど、結構衝撃的なことを言ってるからな、それも何度も、そりゃ覚えてるよ」
そう尚哉が呆れたように応えると、千尋は目を瞑って一呼吸し、再び歩き出した。
「そうだよ! 俺は美少女になったら可愛い格好とかして、周りにチヤホヤされたかったの! そのために考えたんだぞ、どんな喋り方しようか、とか、背筋を伸ばしてスタイル良く見せたい、とか、歩き方とかな!」
恥ずかしさからだろうか、千尋は吐き出すように一気にぶちまけた。
「……で、その結果はどうだったんだ?」
尚哉がそう聞くと、千尋の目がキラリと光った。
「やっぱり美少女は違うな、何しても似合うというか、可愛いというか。絵になる! 明らかに俺に向けられた、数多くの視線を感じたぜ!」
「へー、でもそれって野郎ばっかだろ、嬉しいもんか~?」
そう尚哉が不思議そうに尋ねると、千尋は人差し指を立てて、チッチッチと指を振った。
「分かってないな~、尚哉が思ってる以上に女性の視線も多いんだぜ? まあ、当然男の視線のほうが多いとは思うけどな。ま~でもな~、こんな美少女じゃあ目が奪われるのも仕方がないよな~。まったく罪だよな~」
なにやら嬉しそうに千尋は言う。
そして、こんな馬鹿げたことを考え、それを実行してしまうのは、昔からの、尚哉の知る千尋そのものだった。そんな千尋に不安を覚えた尚哉は一言忠告をした。
「まあいいけど、あんまり無防備にならないように注意しろよ。仮にも美少女なんだろ?」
「そこはあれだよ、尚哉くんが守ってくれるんだろ? 頼りにしてるからな、親友」
「お前な……」
と、そんなくだらないやりとりをしながら歩いていたら、いつの間にか若葉家の家の前に着いていた。