親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
家に帰って晩飯を食べ、宿題をし、風呂から出て部屋に戻ると、
「今日は色々とあったな……」
朝のホームルームでの出来事、それが本当に
「俺がいるから……か」
そこまで信頼されているなら、親友としてその信頼に応えないとな、とあらためて尚哉は心に刻み込んだ。
――それにしても。
まぶたを閉じると千尋の姿が浮かんだ。以前の姿ではなく、美少女になった制服の姿で、尚哉に向かって微笑みかける。今日何度も見た、そんな姿だ。
「可愛くなりすぎだ……」
親友だぞ、しっかりしろ。そう何度も自分に言い聞かせ、落ち着いてきたころには眠りについていた。
◇◆◇
「ええっ! 本当に千尋ちゃん!?」
朝、尚哉が朝食を食べ終えて身支度をしているときに、玄関から、母の大きな声が響いた。
千尋が迎えに来るいつもの時間にはまだ10分以上は余裕があるはずだった。
尚哉が慌てて玄関へ向かうとそこには、なぜか嬉しそうに笑う母と、恥ずかしそうにかしこまっている千尋がいた。
「あ、尚ちゃん! 見てこんなに可愛い千尋ちゃん! 本当に可愛いね~!」
尚哉の母は尚哉のことを「尚ちゃん」と呼び、千尋のことは以前から「千尋ちゃん」と呼んでいた。幼稚園という幼いころからの家族付き合いだからだろうが、今でもずっとその呼び方だ。
それに母のこの反応、多分昨夜のうちに香菜さんからある程度の事情を聞いているんだろう。そうでもなければ可愛い以前に気にするところがあるはずだ。
「おはよう千尋、朝から俺の母さんがすまんな」
「おはよう尚哉、知ってる人に面と向かって言われると恥ずかしいもんだね……」
そういうものだろうか――と母を見ると尚哉の視点からはしゃいでいるように見えた。その姿は尚哉にとって違う意味で恥ずかしいものだった。だが小さいころから知る親友の母が、自分を見てはしゃいで可愛いを連呼するのは、たしかに恥ずかしいものかもしれない、とも思った。
「尚哉はちゃんと捕まえときなさいよ~!」
「バっ!! そういうんじゃねえから! からかうなって!!」
「おばさんそういうの無いですから、俺たち親友なので」
尚哉と千尋は揃って尚哉の母の言葉を否定した。
だが、さして気にした様子もなく、母は続けて言った。
「あらそう? でも尚ちゃん、今まで以上に気を使ってあげるのよ!」
「分ーかってるって! ほら千尋行くぞ!」
「じゃあおばさん、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
こうして尚哉の家を出た。
少し歩いて落ち着いてきたころ、尚哉は尋ねた。
「そういや今日はなんで、いつもより迎えの時間が早かったんだ?」
尚哉が尋ねると、千尋は右手の人差し指を顎の下に添えて考える
「いくつかあるけど、身体が小さくなって歩幅が小さくなったから早めに出て余裕を持とうとしたから、かな。まあ次からは今まで通りの時間に行くようにする」
そう言われて尚哉はやっと気づいた。尚哉はいつも通りの歩幅で歩いている、それも長い足から繰り出される広めの歩幅で。そして、そのペースに合わせるように千尋は早足で隣に並ぶように歩いていた。
それに対し、千尋は何も言ってこなかった。ペースを緩めてくれとも、早いとも。
尚哉は歩くスピードを緩めた。千尋の様子を見て、千尋のペースで歩けるように。
「わりぃ。気づかなかった」
「別に気にしてねえよ。気を使って欲しくて言ったわけじゃなし」
千尋がそう言ったからといって、尚哉はまた自分のペースで歩く気にはならなかった。
尚哉は頭を掻いた。女の子に変わった千尋の変化に気づいてやれず、自分の鈍さが情けなくなった。
「気を使え、か……」
尚哉は独り言をボソリとつぶやいた。脳裏には先ほどの母の言葉が浮かぶ、全くそのとおりだ。今まで通りにはいかない、今までとは違うんだから。
「気なんか使わなくていいぞ。今まで通りでいい。今まで通りが良い」
尚哉の独り言は、千尋の耳に届いていた。
千尋がそこまで今まで通りを望む理由は、尚哉には分からなかった。
それに、千尋がなんと言おうと気を使わないわけにはいかない。その思いは、電車に乗った時にさらに増した。
いわゆる満員電車、男2人だった時はほとんど気を使わなかったそれは、片方が女に変わった瞬間に否が応でも気を使う場面に変わったからだ。
「満員電車、ヤバいな。身体が小さいだけでこんなに狭くて圧を感じるとは……」
「昨日乗ってないのか。どうやって学校に来たんだ?」
不思議と思い、尋ねてみる。朝のホームルームに来たということは満員電車に乗っているはずだからだ。
「昨日は病院から直で学校まで車で送ってもらったんだよ。だからこの姿になって初めての満員電車だ」
女の子になって初めての満員電車は、随分と堪えたようだった。
その満員電車も、尚哉が千尋のスペースを作ったりして、1人で乗るより幾分かましだったはずなのだが。
◇◆◇
「じゃあ明日な。10時、忘れずに迎えに来いよ!」
「おう10時な。千尋こそ起きとけよ」
尚哉の家の前で、尚哉と千尋はそう言って別れた。尚哉は玄関の扉を閉めながら今日の出来事を振り返った。
千尋は2日目にしてクラスに馴染んだ。とまで言うのは言い過ぎだが、尚哉と
ただ、友達3人を除いたどの男子も千尋と喋る時には、多少の緊張をしている様子が見受けられた。尚哉はそれを、自分と同じように以前の千尋との違いに違和感を感じとっているから、と思っていた。
前日のように女子たちに囲まれることもなかった。それは多分、尚哉や蒼士、玲央の3人が常に千尋のそばにいたからだろう。
「そういや明日って、何を買うんだっけ? ……まあ、なんでもいいけど」
◇◆◇
スマホを確認しながらチャイムを鳴らした。ぴったり10時0分0秒ジャスト。
少し間を空けて、玄関の扉が静かに開いた。
「い、いらっしゃい……」
「千尋お前――」
なんだその格好。と言いかけてやめた。
昨日一昨日と制服姿しか見てなかったから、今日が初めての私服姿になる。
だがその格好は、男物だろうサイズの大きなTシャツに、下もまた男物で大きめの短パンという姿。そしてTシャツはサイズの合わなさから胸元が大きく開いている。
「しょうがねえだろ! 女物は制服と数着分の下着しか貰ってないんだから!」
言われてみれば、男の時に着ていたTシャツだった。しかも千尋はダボッとした緩めのTシャツばかり着ていた。
加えて胸元の空いたTシャツからブラの紐が見えていた。それに気づいた尚哉は慌てて目を逸らした。
「でもその格好は不味いだろ。――せめてもうちょっと、む、胸元を隠せる服は無かったのかよ。シャツとか」
「いやそれがさぁ、シャツだとサイズが違い過ぎて肩幅の違和感もっと凄いんだって。まじでこれがマシなやつ」
その格好でマシとか言われても……と尚哉は考え込み、1つの解決策が浮かんだ。これなら間違いないと確信できるものだ。
「そうだ千尋、あれなら問題ない。あるだろ、学生ならほとんど何処にでも着ていける正装ってやつが」
「正装……? あったかそんな便利な服」
「分かんねえか? ズバリ、答えは制服だ! 大体の場所で問題ないぞ!」
そう、学生の制服なら結婚式だろうが葬式だろうがほとんどのドレスコードでも問題ないし、買い物に行く時に着るものとしては全く問題ない。女子高校生の制服ならむしろブランド品のようなものだ。
それを聞いた千尋は目をつむり、右手の人差し指を顎の下に添えて考える素振りをした。
そして目を開き、こう言った。
「確かにアリ! そういや休日の制服姿見たことある! じゃあ着替えてくる!」
そう言って
「お待たせ! 行こうか!」
千尋の制服姿を見ると、昨日までとは違う印象を受けた。
「ん? なんか昨日までと違う?」
そう言うと、千尋は嬉しそうに応えた。
「お? 気づいたか。ちょっと髪留めしててな。どうだ、似合うだろ?」
そう言ってくるりと回った。
昨日までは長い黒髪をただ真っ直ぐに、そして後ろへと流していただけだった。それでも十分に美少女だったのだが、今日は髪留めのおかげか整えられていて、それが可愛さを更に増させていた。
「んー、あー……そう、だな」
「あ、なんだよその反応。もっと素直に褒めてもいいんだぞ。照れてんのかー?」
「うるせえな。早く行くぞ!」
「へいへい、それじゃ買い物いくか」
こうして、制服姿の美少女と一緒に買い物に出かけるのだった。