親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
「専門店に行くのか?」
大型ショッピングセンターを前に
尚哉の中では、女性はそういう店で衣類を買うものだ、という思い込みがあったからだ。
「いいや、そういう店は高そうだからパス。ここの衣料品売場で良いだろ。――さ、行くぞ」
千尋はそう言って先に歩き出した。
大型ショッピングセンターには専門店がずらりと並んでいるが、それとは別に直営の衣料品売場もある。尚哉の中では、そちらのほうがたしかに専門店より安いものを扱っているイメージだった。
――だけど、そのほうが都合が良いか。尚哉はそう思った。
女性服専門店には入りづらいし、待つ間も手持ち無沙汰だ。だけど専門店でないなら、近場で時間を潰すことも可能だろう、と。
しかし、尚哉の想定は見事に外れた。
衣料品売場における女性服を扱うエリアが専門店の何店舗分もあり、大きく広かったこと。それだけなら千尋から離れるだけで済んだ。
だが、それに加え――
「付き合ってくれるんだよな? 俺を1人にしないよな?」
「それじゃ後でな」と女性服売場を前に
「当! 然! 一緒にいてくれるよな! 親! 友! だもんな?」
尚哉の腕に縋り付くようにして訴える千尋。その姿は必死そのものだった。
「お前まさかそのつもりで……」
――付き合わせたな。
千尋は今はこんな
「なんで俺なんだよ。……香菜さんで良かったろ」
「相談したって! そしたら母さんが『尚哉くんと一緒に行きなさい。良い経験になるから』って聞いてくれなかったんだって!」
「良い経験……って」
彼女ができた時の予行演習にでもしろ、ということだろうか。だとしたら、自分の息子――いや娘か?――を練習台扱いするようで随分と失礼な話だが、流石にそんなつもりはないだろう。
だが、香菜さんに断られていて、俺を頼るように言われているのなら、仕方がない、と尚哉はそう観念した。
「分かった、分かったよ。付いてってやるから、手を離せ」
「ほんとうにほんとか!? その言葉、信じるからな!!」
そう言って千尋は尚哉から手を放した。
尚哉の頭には一瞬、逃げてやろうかという黒い考えがよぎった。だが頭を振り、その思考を振り払った。ここで千尋を見放すのもかわいそうと思ったからだ。
「で、何から見るんだ?」
◇◆◇
2人一緒に衣料品売場を一通りぐるりと周り、どこに何が売っているかを見て回った。
下着売場の前を通る時だけは、尚哉はいつの間にか千尋のすぐ隣を歩いていた。千尋から離れて、男1人でこの場所にいると思われるほうがよほど恐ろしい。
「まずは服から見ていくか。たしかこっちだったよな?」
そう言いながらふらふらと衣服売場の中を進んでいく千尋。
「あっ、おい!」
慌てて千尋を追いかける尚哉。
売場の中に入ってしまったからには千尋から離れることは死を意味する、そう思っての行動だった。
「は~~、いざ選ぶとなると緊張するな」
「部屋着は男のでいいとして……やっぱ問題は外で着るやつだよな」
「なんか服の種類多すぎないか?」
「どうせ着るなら可愛いやつがいいか……」
「せっかく美少女になったんだからな」
「あ、これ可愛くないか?」
「おい尚哉、これ似合いそうか?」
最初の緊張や戸惑いはどこへやら、服の種類の多さに面食らいつつも、選び始めて30分と経ってないのに千尋はしっかり楽しんで選んでいるように尚哉には見えた。
「いや聞かれても分かんねーよ。――1回試着してみたら?」
この一言が余計だった。
「あ! 試着か、そういえばそんなのあったな。うわーどうしよう、どれ着てみようか」
千尋はそんなことを言いつつ、手に何着か持って試着室の前まで移動した。尚哉は後を付いていく。
「じゃあちょっと着るから待ってろよ。どっか行くなよ!」
「ああ、分かってるって――」
そこまで言って尚哉は気付いた。すでに試着室の中に千尋が入り、カーテンは閉まっている。
そして、試着室の前には佇む尚哉、男が1人。
さっきまでは千尋が一緒にいたから女性服売場にいても問題はなかった。だが今は違う、男が1人で試着室の前、これは不味い。かといって売場の奥まった場所にある試着室の前から売場の外に出ることは1人で売場の中を歩くことと同じで、これも不味い。
そして、あたりをキョロキョロとうかがうのも不審に見える。そう考えた尚哉は、ただ試着室の前に腕を組んで立ち、まっすぐにカーテンを見ていた。中の人が出てくるのを待っている、ということを周囲にアピールするために。
すると、音が聞こえてきた。それは試着室の中から、
千尋が夏の制服を脱ぎ、服を着ている音が聞こえる。
それだけではなく、わずかに声も漏れている。「え~と」や「んっ」といった声まで微かに漏れてくる。何も知らなければ、中で普通の女の子が着替えているとしか思えない。
不覚にも胸の高鳴りに気づいた尚哉は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「落ち着け、ここに入っているのは親友の千尋だ、他の誰でもない、勘違いするな。落ち着け、落ち着け――」
何度も呪文のように繰り返していると、不意にカーテンが開いた。
「お待たせ! ……ってどうしたんだ尚哉、怖い顔して」
尚哉は眉を寄せ、目を瞑っていて、一見すると怒っているようにも見えた。しかし千尋に怯んだ様子はなく、いつもの調子を崩さない。尚哉が怒っているわけではないと、分かっているようだった。
「あ。ああ、いや……なんでもない。――ッ!!」
尚哉は目を開け、千尋を見た。
そこには白のワンピース姿の可憐な美少女が存在していて、思わず息を呑んだ。
「で、どうだ? 似合うか? 可愛いか?」
そう問われ、思わず顔を背けてしまう尚哉。
「なんか言えよ。……ってその感じ、ははーん、余りにも可愛い俺を直視できない感じか?」
千尋に図星をつかれたことで、尚哉は顔を真っ赤にした。興奮しているわけでも、ましてや怒っているわけでもない。
親友を可愛いと思ってしまったことの恥ずかしさと同時に、可憐な美少女を目の前にして照れていた。
「おいおい~、尚哉くんさ~、なに顔を真っ赤にしてんだよ~」
嬉しそうにからかう千尋が肘で尚哉を小突いている。
「う、うるさいっ!! ちょっと黙ってろ!!」
言葉は荒っぽいが無理をしている、そんな尚哉を見て千尋はからかうのを止め、腕を組んで様子を見始めた。
尚哉は平常心を戻そうと目を閉じて深呼吸を繰り返していた。
「よしっ」
落ち着いた尚哉は一言発し、心の準備をして目を開いた。――そこには、可憐な美少女が腕を組んで尚哉を待っていた。
「どうだ? 感想言えるか? 似合うか?」
尚哉はコクリと頷き、千尋の頭の先から足元まで見て、全身を見た。
唾を飲み込み、尚哉は口を開いた。
「細かいことは分からないが、似合う。……凄く」
尚哉の言葉に、千尋は嬉しそうな表情に変わった。だがそれも一瞬のことで、すぐに軽く微笑みを浮かべる表情へと戻った。だがよく見ると頬が少し赤い。
「へ、へー。そうかあ、似合うかあ。そうだろうな~、なんたって美少女だもんな~オレ~。よし! 次のに着替えるから待ってろ!!」
尚哉が反応する間もなく、そう言って千尋はカーテンの奥に引っ込んだ。
仕方なく尚哉は、またしても試着室の前で腕を組んで待つことにした。すると、どこからかヒソヒソと「初々しくて可愛い2人ね」と、声が聞こえた。
思わず声をした方向を見ると、そこには年配の中年女性が2人いて、こちらの方を見ていたのだった。どうやら、恋人同士だと思われているらしい。
恥ずかしくなりまた正面のカーテンに視線を戻すと、丁度千尋がカーテンを開けた。
「さあ、今度はどうだ?」
今度も白いワンピースだった。だが、こちらは肩と胸元が少し開いている。胸の谷間が見えていて、視線がそこへ吸い寄せられそうだ。さらにワンピースのスカート部分の丈が膝上丈と短く、夏の暑い日に着るような涼しげなワンピース姿だった。
絵に描いたような美少女の姿に、それが親友の姿であることに、またしても顔を背けたくなった。
「ほら、スカートも短いだろ? 肩がセクシーかは分からんけど、谷間は良いだろ?」
そう言いながら千尋は少しだけ前かがみしてみせた。
胸の谷間が強調され、今度は抗いようもなく視線が吸い寄せられた。目を離さなければと思うが離せない。強烈な吸引力だった。
「おいおい~、男子胸見すぎ~」
カラカラと笑いながら姿勢を正す千尋、そうすることで尚哉はやっと視線を外すことができた。
「で、どうなんだ?」
千尋がその場でくるりと一回転すると、短い裾がふわりと揺れた。尚哉はゴクリと唾を飲み、応えた。
「良い……と思う」
それだけだった。
もっと何か言うつもりだった。色々と文句だって言いたかった。それなのに、口から出てきたのはそれだけだった。
「だろーな。――言葉が足りない気がするから次に期待だ。じゃあ次な!」
またしてもカーテンを閉める千尋。
「あっ、おい!」
尚哉の呼びかけに対し、千尋は衣擦れの音で返事をした。まだまだ千尋のファッションショーは続きそうだ。そもそも、買うかどうかも言ってない。
……まさかこれ、千尋が買う服を決めるまで続けるつもりじゃないだろうな。っていうか千尋のやつ、目的を忘れてないだろうな……。
尚哉の予感は的中した。この後さらに服を選んでは試着を繰り返し、10着近く試着したところで尚哉が「で、どれを買うんだ?」と聞いてやっと本来の目的を思い出したのだった。
その間の千尋の試着に対して、尚哉の感想は「似合う」と「可愛いと思う」の2種類。
「可愛いと思うか?」と聞かれた時だけは、渋々と「可愛いと思う」と答えたのだった。
ただ、どの千尋も尋常じゃない可愛さで、親友の美少女っぷりをまざまざと見せつけられ、何度も千尋は親友だと心の中で再確認する時間だった。
そして、その分だけ尚哉の神経は確実にすり減らされていた。
「やっと買い物が終わるか……」
服を選び終わりやっと買い物が終わった、と心がげっそりと疲れた尚哉に対して千尋は言い放った。
「何言ってんだ。まだ下着買ってないだろ、次は下着だぞ」
千尋は選んだ服を買い物かごに入れたまま、下着売場へと向かっていった。
尚哉の精神修行はまだ暫く続くようだ。