親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
「下着って……マジかよ」
頭を抱えた
「おい、1人にするなよ」
女性服売場、ましてや下着ばかりのエリアにおいて男1人という状況は針のむしろだ。人の視線が突き刺さり、恥ずかしさでいても立ってもいられなくなるだろう。
「え? なんでだよ、別に大丈夫だろ」
そんな尚哉の心境を知ってか知らずか、千尋が気付いた様子はなく、訴えが全く響いてない様子だった。
「――まあ、流石にここで男1人はヤバいと思うけどな」
千尋はそう言ってにやりと笑った。
前言撤回、こいつは分かっててやってやがる。尚哉はそう思った。
「おい千尋、下着を選ぶのに買い物かごは邪魔だろ。俺が持っててやるよ」
「あー、そうだな。気が利くじゃん」
千尋は両手で下げていた買い物かごを尚哉に手渡すと、今度は尚哉が得意そうにやりと笑う。
「これで俺は買い物に付き合わされる男になったから、1人でも平気だな」
「へー、考えたな。――でも残念、結局1人なら女装趣味のもっとヤバいやつだぞ」
「――う、確かに」
結局、ここで男1人というのはどうやっても無理がある、ということに気付かされ、できるだけ千尋の関係者と周囲にも分かるようにするしかない、と尚哉は観念した。
「安心しろって、流石に巻いたりはしないからさ」
慰めの言葉を聞きながら、尚哉は肩を落とした。
「頼むぜマジで――」
「そんなことよりオイ! これ見てみろよ!」
尚哉の言葉を遮るようにして、千尋は一つの下着を手にとって見せてきた。
「こんなん穿いてるのかー、面積ちっちゃ!」
それは赤くて小さい、後ろが紐とまではいわないがTバックのようなパンツだ。千尋はそれを手に取り、ひっくり返し、生地の触り心地を確認している。
そしてそれをスカートの上から当て、こんな感じかー、と妙に感心していた。
尚哉には、どうみても千尋の腰やお尻まわりより小さいそれを履けるとは思えなかった。
「なあなあ、こんなの穿いてたら興奮しないか?」
履く? 千尋が? こんなエグいのを?
そう思った尚哉の脳内には、裸の千尋がそのパンツを穿いている姿を妄想できてしまった。千尋の身体つきを知ってるわけでもないのに、イメージが浮かんでしまった。そして、そんな千尋の姿に興奮してしまった。
「千尋お前、そんなの履くつもりか……」
できるだけ興奮した心情を察せられないよう、自然にツッコミを入れるはずが、妙に小っ恥ずかしくなった尚哉は、力無く小声で言うだけだった。
だが、返ってきた言葉は、尚哉をより恥ずかしい気持ちにさせるものだった。
「――ハァ!? 俺が履くわけないだろ!! なんでそうなるんだよ! 穿いてる女子を想像しろって言ったん……お前まさか俺を想像したんじゃないだろうな!?」
完全に勘違いしていた。
千尋はTSして、まだせいぜい1週間程度。まだ思考や視点は男の時と変わらないはずだ。そこまで考えられたなら、千尋が履く、という想像をしなくてすんだはずだ。
なにより、その想像に興奮を覚えてしまったのは事実だ。それを千尋に指摘されるのは、顔から湯気が出るんじゃないかと思うほどに恥ずかしかった。
「お前その反応……。ねーよ、流石に」
千尋は怒るでも沈黙するでもなく、呆れたようにそれだけ口にした。
「――すまん」
尚哉は
千尋はため息を吐いて、下着を売場へ戻すと続けた。
「まあ今回は俺もちょっと迂闊だったかもな。――こんな美少女が「穿いてたら」なんて軽々しく言っちゃダメだよな」
そう聞いて尚哉はやっと顔を上げた。
「まあでも、キモいけどな」
尚哉を見ながら、千尋はニヤリと笑った。そして言い終わったあと、尚哉の肩を叩く。
「気にすんなって、それよりほら、下着選ぼうぜ」
尚哉から見えた千尋の表情は明るく、楽しそうだった。
◇◆◇
「下はともかく……問題は上だな。結構デカいからな」
尚哉を後ろに従えて、千尋は独り言をつぶやいた。そこは大きめのカップサイズのブラが並ぶエリアだった。
「F65、F65……と、これか」
F65ってなんだ? と不思議に思う尚哉を尻目に、手に取ったブラを眺める千尋。
「なあ千尋、F65って何?」
思わず尋ねた。身長、体重、また別の何かを表す数値か、それを純粋に、好奇心から知りたくなったからだ。
「簡単に言うと、Fカップで胴まわりが65センチくらい、ってこと」
何の気なしに尋ねた尚哉にとって、その回答は衝撃だった。
確かに千尋は細身のわりに胸が大きいとは思っていたが、まさかFカップもあると思っていなかったからだ。千尋の胸はFカップで大きい、それ自体が尚哉にとっては重大な情報だった。
「へ、へー。そうなんだ。――俺に言って大丈夫な情報か、それ」
「別に良いだろ、一緒に探すんだし……って、他のやつらには絶対に言うなよ」
「分かってるって」
相手が普通の女の子なら、尚哉は勘違いしたかもしれない、だが相手は千尋だ。今度は間違えない。
「よくサイズ知ってるな」
「入院中に測ってもらった。退院時に何着か貰うためにね、それのデザインはこんなに凝ってなくてシンプルなものだけど」
そう言いながら千尋はブラを漁って何着かを手に取った。その最中「せっかくだから」という独り言も尚哉の耳に聞こえた。
「じゃあちょっと試着するから、ここで「待て」な」
犬に命令するかのように、千尋は尚哉に「待て」を命じ、試着室のカーテンを閉めた。
尚哉の耳にはすぐにまた、ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえてくる。
少しの後、カーテンの隙間から千尋が顔を出した。
「なあ尚哉、下着姿のままカーテンを開けるのは流石に恥ずかしいから、そっちから覗いてくれるか」
確かに、カーテンを開けるということは周りにも下着姿を晒すということだ、千尋も恥ずかしいだろう。だから尚哉からカーテン越しに覗き込んで欲しい……と。なるほど。
一瞬納得しかけた尚哉だったが、その行為の違和感に気付いた。
「なんで俺が――」
「ちゃんと似合うかどうか見てくれって」
尚哉の言葉をさえぎるように、有無を言わせぬ圧をかけながら言う千尋。先ほどの件もあり、今の尚哉は千尋に強く出られなくなっていた。
「じゃあ「良し」だ、尚哉」
千尋はカーテンの中に引っ込み、「待て」をかけた尚哉に対し「良し」と許可を出した。
しかし、「良し」が出たからといって犬のように飛びつくわけにもいかない。そこのカーテンの奥には下着姿の千尋がいるのだ。一体何を考えているのかは分からないが、尚哉に似合うか見ろと言う。
――と、そこまで考えて尚哉は気付いた。
これは千尋が俺をからかおうとしているに違いない、と。俺が喜んで覗き込んだらそこにはまだ服を着たままの千尋がいて、俺に対し「残念でしたー」とやるつもりだと。また「キモいなー」くらい言うかもしれない。
千尋よ、残念だがその手には乗らん。ここで静観して、千尋が慌てふためくさまを存分に眺めてやる。
尚哉は試着室の前で、暫くは千尋の反応を眺めるつもりで腕を組み、仁王立ちした。
「「良し」だぞ、まだかー?」
催促する千尋の声が聞こえても、尚哉は姿勢を崩さない。千尋が諦めてカーテンを開けるまでの我慢勝負だ、と尚哉は思っていた。
しかし、あっけなく勝負はついた。千尋がカーテンを少し開けて、顔を出したからだ。
よし、勝った! 尚哉はそう確信した。
だが、その確信は一瞬で揺らぐ。
なぜなら、開けたカーテンの隙間からは千尋の頭だけでなく、上着を脱いでブラだけを着けた上半身が見えたからだ。
「おい尚哉、何やって……何やってんだ?」
慌てて組んでいた腕をほどき、やり場の無い手で頭を掻いた。
どうやら、服を着たまま尚哉を待ち構えていたわけではないらしい。勝手に警戒し、ありもしない勝負をしかけたのは尚哉だけのようだった。
「ちょっと心構えが……な」
適当に言い訳して、恥ずかしさを誤魔化そうとした。
「お前……相手は俺だぞ? 何の心構えだよ」
「分かってるって、中で待ってろ!」
千尋がカーテンの奥に引っ込んだのを確認した尚哉は深呼吸し、そっとカーテンの隙間に顔を入れた。
「お。どうだ、似合うか」
そこには、下半身はスカートのままで、上半身がブラだけ着けた状態の千尋がいた。
スラリとした細身に柔らかそうな白い肌、そして大きな胸とそれを優しく包む薄い水色のブラ。包むといっても上半分は露出していて、男子高校生には刺激が強い。
それにさっき見た肩出し服と同じ肩のはずなのに、女性の細い肩幅からそのまま下半身まで続く細身の身体が魅力的に見えて、本当に、本当に千尋が女の子になったことを今日一番実感をさせた。
そしてそれは、とても綺麗だった。
「似合うか?」
「ん? ああ……」
気のない返事だった。千尋は尚哉の視線を追うようにして――
「おい、胸ばっか見てんなよ。気持ちは分かるけどさー」
言われて気づく。視線どころか、顔自体を横に向けて、千尋を視界から外した。
「悪い、別にそういうわけじゃあないんだけど……」
「じゃあどういうわけだよ。――まあいいや、で、どうなんだ?」
どうもこうもない、胸だけじゃない、全てに魅了されていた。肌を晒すことの破壊力を、尚哉はその身で感じた。
「似合う」
「――それだけか?」
それだけか。と言われても、と尚哉は思った。
この先はブラだけの話じゃなくなる。尚哉自身は、ブラなんて野暮ったいものでなければなんでも良いと思っている。色もおばさん臭いものや、黒なんかの、苦手なものでなければなんだって良い。
大事なのは中身、そう思っていたし、今、目の前にしてそれを強く思ってしまった。
だから、ブラへの感想はそれだけだ。
「違和感を感じなかったし、その――綺麗、だった」
その言葉は、顔を背けたまま、視線も合わせず尚哉は応えた。
視線を合わせた日には、きっとまた魅了されてしまうから。そう感じたからだ。
言いたいことはもっとあった。だけどそれは明らかに「キモい」と思われるようなことだった。だから、言えない。
「ふーん、ま、いいでしょう。じゃあ次だ。外で「待て」な」
「――おう」
尚哉は静かにカーテンの隙間から顔を引っ込めた。
ゴソゴソとカーテンの奥で千尋の着替える音が聞こえる。それが収まるとまた千尋の声がした。
「よ、「良し」だ」
許可が下りた。見ていい許可だ。尚哉はカーテンの隙間から顔を入れ、覗き込んだ。
「――ッ!?!?」
そこには千尋がいた。それ自体はさっきと変わらない。ただ今度は、その姿が大きく変わっていた。
千尋は、スカートも穿いていなかった。ブラとパンツのみ、それだけだった。
「よ、よう……。ど、どうだ? 美少女の下着姿だ、似合う、だろ?」
口調からして、千尋も緊張しているのが分かる。当たり前だ、こんな裸同然の格好、恥ずかしいに決まってる。
そして、そんなことを思いながらも尚哉は目を離せなかった。
スラリと伸びた足、明らかに男ではないことを主張している下腹部、腰から上半身に繋がるくびれ、そしてその全体のバランス。全てが美しいと思える。
「あ、一応言っておくと、これは上下セットの下着でな。これは買うことを決めてるから別に試着しちゃってもいいかなーと思って――」
千尋が何かを口早に説明しているが殆ど耳には入らなかった。
だが、シルク素材らしい白の高級さは間違いなく千尋の身体の美しさを際立たせていた。
「――おい! どうなんだ!」
何度目かの千尋の呼びかけでやっと我に返った。
「つっても、もう聞かなくても分かるけどな。流石にそこまでされると逆に恥ずかしくなくなったぞ、こいつめっちゃ夢中じゃん! てね」
「ああ、……そうだな。うん」
「でもその目つき、俺になら良いけど他の人にはしないほうがいいぞ。まじで嫌われるぞ」
「すまない、気をつける……」
「じゃあ次な」
千尋は追い出すようにカーテンを閉めた。
カーテンが閉まって、一呼吸して尚哉はやっと気付いた、自分の胸の高鳴りに。そしてそれに気付かないほどに、夢中になっていたことを理解した。
千尋のことは親友だと思ってるし、これからもそうで有り続けるつもりだ。だけどもう、以前と同じように見ることはできないと
「よし、良いぞー」
カーテンの奥から千尋の声がした。
「なあ、思ったんだけど。――上着じゃないんだから俺が似合うか見る必要あるか?」
今頃になってやっと気付いた。上着ならば、可愛い女の子を演じたい千尋を外から見て判定をする必要もあるだろう。だけど、下着となると話は別だ。千尋自身に他人とそうなる気がなければ見せることなんかないはずだ。
だから似合うか似合わないかは関係ない、俺が見る必要もない。
それよりなにより、このまま続けるなんて、俺の精神が保たない。
すると中から千尋が応えた。
「おー、やっとそれに気付いたかー。尚哉ならそう言ってくれると信じてたよ。そう、本当は見てもらう必要なんてない。最初はちょっとからかうだけのつもりだったんだけどね。試すような真似して悪かった」
「いや、いい。俺もちょっと心構えが甘かったことに気付いたからさ」
「じゃあおあいこってことで」
「だな」
その後は千尋1人で試着し、サイズの確認を終わらせた。
尚哉は終わるまで待ち、一緒に会計を済ませると千尋の荷物を持ってあげ、フードコートで昼食を済ませてから千尋の家まで送ってその日は終わった。
こうして、尚哉の千尋に対する意識は変わった。
元男、現在女の親友。幼いころから積み上げてきた友情は変わらない、だけど、尚哉から見える景色は大きく変わってしまった。それをある程度は意識しないと、いつか間違えることになると尚哉は感じていた。
千尋は親友だ。それは今までと変わらない。変えるつもりもない。
だけど、もう以前とまったく同じようには見られない。
そのことだけは、認めるしかなかった。