親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。――あ、
「あー、もう! ……ハイハイ」
にこにこ顔の母さんに送り出されて、尚哉を迎えに行くべく歩き出した。
とぼとぼと歩きながら大きく息を吸い込んで、同じくらい大きなため息を吐く。
まったく、俺達はそんな関係じゃないってのに、母さんはさあ……。
◇◆◇
事の発端は昨日の話になる。
土曜に尚哉と買い物に行った戦利品、つまり服や下着と、タンスやクローゼットにある男物の服や下着を畳んで入れ替えをしていた時のことだ。
「コンコン!
母さんは戸を開けて顔を出し、扉を叩くジェスチャーと同時に「コンコン」と口にした。
いつもそうだけど、この人は結構な割合で無遠慮に高校生男子の部屋に突然入ってくる。なので、入ってほしくない時は鍵をかけておくクセがついた。
「なに母さん。ちょっと今は手が離せないんだけど」
「昨日尚哉くんと一緒に服買ってきたんでしょ? 見せてくれないかなーって」
服を見せて欲しい?
母さんにも服の代金をいくらか出してもらってるし、別にそれくらい構わないけど……。
と、女性服の入った買い物袋を渡そうとすると、拒否するように母さんは両手を振った。
「そうじゃなくて! 千尋が着た姿を見せてくれないかな、ってこと」
「ええぇ……」
かなり嫌だ。絶対にからかってくるだろうし、それだけならまだしも、その後が色々と面倒くさいことになりそうだからだ。
「なんで嫌そうな顔してるの。尚哉くんに見せるんだったらちゃんと着こなせてないと恥ずかしいでしょ?」
「なんでそこで尚哉が出てくるんだよっ!」
思わず大きな声を出してしまった。これは母さんがあまりにも唐突に、想定していないことを言ったからに違いなかった。
「あら? 違うの? てっきりそうなのかとばかり……」
大きな声を出して抗議したというのに、母さんは少しも慌てた様子を見せず、呑気にこめかみに指を当てて首を傾げた。
そんなわけがない。俺と尚哉はそんな関係じゃない。
とはいえここで慌てれば余計に母さんの勘違いが進みかねない。だからこそ努めて冷静を装った。
「いい? 母さん。 俺と尚哉はあくまで親友同士だから、これからもずっと一番の親友のままで、決して母さんが思ってるような関係にはならないから!」
思わず語尾が強くなってしまったが、これで母さんにもちゃんと伝わっただろう……。
「えー、でも親友なんでしょ? だったら……くっつくのが自然じゃない? 美男美女のお似合いカップルになるわよ! お母さん、応援してるからね!」
俺の気持ちは全く伝わってなかった。というか、聞く気ないなこの人……。
俺と尚哉がくっつくなんてイメージ出来ないし、したくもない。というわけで、うっとりする母さんは無視して、服の整理を再開した。
すると母さんは俺が手に持った、男の時に着ていた白いTシャツを指差した。
「あ! そのシャツは着れるように出しときなさい」
サイズの合わない、今の俺にとっては明らかにサイズオーバーなTシャツだ。……まあ、部屋着として着るぶんには使えるし、もったいないか。
意外だな、ちゃんと見て判断してくれるんだ。
「千尋も元男なんだから分かるでしょ? そういう大きなシャツはね、男心をくすぐるみたいなのよね。お泊まりの時に何気なく着るのよ、分かった?」
前言撤回、ダメだこの人。無視して進めよう。
とはいえ、男物を全部処分するのは流石にもったいない。部屋着としてならこのTシャツも含めて、いくつか残しておくとしよう。
――そういう目的では、断じてない。
その後は母さんが口を挟むのを適度に無視しつつ、男物の整理が終わり、次はやっと昨日買った女物の服だ。
「ねえ千尋~、一回着て見せて。ね? ほら、ちゃんと着られるか見てみないと、母さん千尋が外で間違った着こなししてないか心配だよ~」
母さんがうるさい……。
しかし、しかしだ、母さんの言う事にも一理ある。母さんはなんだかんだで女歴は40年くらい、それに引き換え俺はたった2週間にも満たない初心者だ。そう考えれば着た姿を見せるのは、間違った着方をしてないかチェックしてもらう、という目的だと思えばそう嫌なものでもない。
「――分かった。それじゃあ間違ってないか見ててよ」
応えると、母さんは嬉しそうに何度も頷いていた。
上着を脱ぎ、女物の服を手に取ると母さんが待ったをかけた。
「待って千尋、上着を着る前に下着を見せてちょうだい。男物と違って下着の着け方にも種類があるんだから」
最初は何を言ってるのか、と思ったけど……まあ、確かに。男物はぶっちゃけ「穿く」以上。殆ど考えることがない。しかし女物は、ブラなんかは分かりやすく違う例だ。
というわけで、買った下着を並べて置いていく。
母さんはふむふむ、とか言いながら下着を手に取り、並べ替え、俺の身体を見て、また頷いていた。
「それにしても千尋、あんた本当にスタイル良いわねえ。おっぱい大っきくて、くびれもしっかりあるし、それに足も長い! 私の若いころにそっくり!」
「――はいはい」
もう何度も聞いた言葉だ。確かに、母さんは同年代と比べると体型も崩れてないし、顔もまあ、綺麗なほうだと思う。だから昔も、多分美人だったんだと思う。
「モテるわよー、ってそれじゃ困るんだっけ――」
そう、男にモテても困る。その気はない。
「尚哉くんが嫉妬しちゃうからねー」
「――はっ!? なんでそうなるっ!?」
「えー、なんでー、親友なんでしょ? お似合いだと思うけどなー」
いやいやいや、ないから。そういうのじゃないから。
「ほら、千尋」
母さんが俺の身体を姿見に向かせて、続けた。
「ちょっと鏡のほう見てみて。尚哉くんこれくらいの背の高さだったかな? 千尋と尚哉くん、一緒に立つ姿を想像してみて、ほら、一瞬でも想像できた? すごくお似合いじゃなかった?」
姿見に映るのは下着姿の俺と、ほんのちょこっと、一瞬、だけど尚哉の、なぜかパンツだけ履いた下着姿が想像できてしまった。
――そしてそれは、正直、違和感や嫌悪感というものを感じなかったし、ないない、と頭から否定していたよりも――悪くはなかった――。
一瞬、ほんの一瞬の想像から我に返り、頭を振った。浮かんでしまったイメージを払いのけるように。
「おっ。想像できた? どうだった?」
母さんが追い打ちをかけるように聞いてくる。忘れてしまいたい、消えかけていたイメージを引き戻すように。
「ないないっ!! ないから!! ねーのっ!!」
「あー、そー、……ふ~ん……」
そういう母さんの顔は、明らかに面白がっていた。
その後はちゃんと下着の正しい着け方を教えてもらった。
服に関しては着方だけじゃなく、昔母さんが着ていたお古で、サイズが合うものを譲ってもらい、色々とレクチャーを受けた。
その途中で一度だけ、こんなことがあった。
ブラを着けている最中に背後から母さんに抱きしめられたのだ。
「千尋……こんなこと言うと怒るかも知れないけど……母さん嬉しい。だってまた、こんなにそばにいられるんだから。男の子だと、こんなことさせてくれないでしょ?」
「母さん……」
正直、複雑な気持ちだ。俺はなりたくて女の子になったわけじゃないからだ。今だってまだ男に戻りたいという気持ちが大きく残ってる。それでも、女の子になって嬉しいと母さんが言ってくれるなら、少しは救われたような気持ちになった。
その後は、そのまま母さんに冗談半分で胸を揉まれた。だけど多分あれは、いつもの空気に戻すためにやったんだろうな、と今なら思う。
こうして、日曜の結構な時間を母さんと過ごした。
どうやら完全に母さんの中では、俺と尚哉が付き合うものだ、という考えで固まっているらしい。
当然俺はそんなことは微塵にも思ってはいない。
◇◆◇
そう。思ってない、はずなんだけど。
あれだけ言われ続けると、嫌でも意識してしまうもので。
これから尚哉を迎えに行くというのに、尚哉のことが頭に浮かぶだけで少しの恥ずかしさを覚えるようになってしまっていた。
平常心で尚哉と向き合えるのか、不安だ。
そして尚哉の家の前に着いた。着いてしまった。
インターホンを押すのも躊躇する。いっそ尚哉が迎えに来てくれれば困らずに済むのに、と思った瞬間、イメージが浮かんだ。尚哉を迎える嬉しそうな母さんの姿だ。
ダメだ。尚哉が迎えに来るのはまずい。母さんが余計な気を利かせたり、余計なことを言ってしまいそうだからだ。
そう考えたら、俺が迎えに来るのが一番ましか……と観念して、インターホンを押す。
ほどなく、尚哉の母親、広美《ひろみ》さんの声がした。
「はーい、千尋くん? ちょっと待ってて。なおー、千尋くん来たわよー」
玄関の扉の向こうから音がする。足音、カバンを置く音、少しの間。
そして玄関が開いた。
「おーう。おはよう千尋、待たせたな」
身体が大きく、背の高い男子高校生が扉の奥から姿を現した。
なぜだか無性に恥ずかしくなり、目線を合わせることができずに顔を逸らしてしまった。
ああ、これは間違いなく母さんのせいだ。
昨日から何度も尚哉との関係について言われてしまったから、俺も意識するようになってしまったじゃないか。
「ん? どした?」
人の気も知らず、尚哉が聞いてくる。
だけどこれを伝えるわけにはいかない。言えば尚哉も意識するようになってしまうだろう。そうなったらきっと、今の関係がおかしくなってしまうと思う。
尚哉には親友として、男の時と同じように扱って欲しいからな。
「なんでもねーよ。ほら、早く行くぞ」
他の人の前では、せっかくなった美少女を演じたい。だけど、尚哉の前でだけは、以前のように振る舞いたいと思う。この関係がおかしくならないように。