親友のままじゃ、いられない。―TS美少女になった親友は俺にだけ昔の顔を見せる― 作:エイジアモン
後ろからついていくように教室に入ると、妙に視線を感じる。男子と女子のどちらからもだ。
まだ登校3日目、しかも土日を挟んでいるから、慣れないというか違和感を覚えるの仕方がない。
とはいえ、席に座ってもまだ視線を感じるような気がしちゃうのは自意識過剰かもしれないなあ。なんてことを思いながら周りを見回すと、何人かの男子や女子と目が合い、慌てたようにそっぽを向かれた。
どうやら、自意識過剰というわけでもなかったようだ。
――だけど
「慣れないなあ……」
両手で頬杖をつき、思わずボヤいた。
自宅にいるときや尚哉と一緒の時は気にならないんだけど、外に出て人目に晒されるというのは……やっぱり違う。
「しょうがないだろ、まだ3日目だぞ。千尋の姿に慣れるのに時間がいるんだよ」
尚哉が後ろの席にいる俺に振り向き、心を見透かすかのようになだめた。
確かにそうだろうけどさあ……。
「おはよお、おふたりさん!」
「尚哉に千尋、おはよう」
「おう、蒼士、玲央、おはようさん」
「おはよう、蒼士、玲央。朝から元気そうだね」
そこへ現れたのは俺と尚哉の友達、
「そりゃそうだろ、朝から美少女の顔を拝めるんだからな。元気にならない男いるか? って感じだ」
蒼士は両手を合わせ、俺を拝むように手の平をこすり合わせた。
こいつは俺たち4人の中で一番軽い男だ。俺の知ってる限りでは彼女が途切れたことがない。
しかし、自分が美少女なのは自覚してるけど、蒼士に言われるとむず痒いな、なんだこれ。
「そんなこと言ってると彼女にキレられるぞ」
すぐさま尚哉がツッコミを入れると、蒼士は笑って応えた。
「大丈夫だって、そんな気はないし、そもそも千尋は友達なんだからさ。それにクラスで、いや学年で1、2を争うほどの美少女なのは尚哉や玲央も認めるとこだろ?」
「――まあ、確かに……」
尚哉はチラリとこちらを見て、蒼士の意見に同意を示した。
続けて、玲央は何度も頷いていた。
「そうだね、藤宮さんと二分する感じかな」
印象としては、言葉少なく、あまり他の女子と一緒にいるところを見ない。腰まである細くて長い綺麗な濃紺色の髪と切れ味鋭い雰囲気を持つ、いかにも氷属性が似合いそうな美少女というより美人とよんだほうが似合う、一言でいうなら孤高の美少女、といったところか。
そしてその印象から、男子は近寄りがたい雰囲気を感じて遠巻きに見ている存在だ。
「ま、あっちよりも千尋は柔らかい雰囲気だからな、男子にモテるぞ。それが嬉しいかは知らねえけど」
蒼士が軽くいう。まあ俺としても美少女だし、それを演じるなら男子にモテるのもやぶさかではない。とはいえ、恋愛対象には絶対にならないけど。
むしろモテなかったら演技力なさすぎ……ってなって自信なくす。それにもしもの時は――。
「もし変なのに付きまとわれても、尚哉が助けてくれるから大丈夫! でしょ? 尚哉」
「ああ、そんときゃ俺が助ける。――ま、俺は当然として、蒼士や玲央だって助けてくれるだろ?」
「そりゃ当然だよ、僕らは友達なんだから」
「だな」
尚哉が自信満々に言い放ち、玲央と蒼士が揃って頷いた。
そこへホームルーム開始の予鈴がなった。
◇◆◇
それからの休憩時間は4人で一緒に過ごした。
昼休憩の後の授業は体育だ。体育はクラス合同で俺たちのB組はA組と合同でやることになっている。
当然、男女で分かれての授業となる。
「じゃあA組行くか……って千尋はこっちだったな」
「――正直、そっち行きたい」
「男子の中に女子1人だけって、そういうわけにもいかんだろ。覚悟を決めるんだな」
「うう……」
男子はA組に集まって着替え、女子はB組に集まって着替える。それだけならよくある普通の光景だ。そして俺は、女の身体になってしまった今はB組の女子の中で着替えなければならなかった。
女子更衣室で堂々とのぞき放題というのは、男子にとっては夢のようなシチュエーションだったはずだ。しかし、自分が女の子になってしまった今はそんな
それどころか針のむしろ、女子からの視線が文字通り針のように突き刺さっているような気分だ。
好きな女子がいたわけでもなかった俺としては、女子の身体に対して男だった時のような感情は一切湧かない。まあ、好きな相手がいるわけでもないし、そんなものだろう。
だけど、女子からすれば元男の千尋だ。見た目は女でも中身までは分からない。そういう目で見られると思っても不思議ではない。だから俺を警戒する。
だから俺は着替えを持って教室の隅へ行き、壁の方を向いて、小さくなって着替えるしかなかった。
◇◆◇
「それじゃあ2人ペアを作ってー」
体育の先生がそう指示をする。嫌な予感。
周りを見ても、組んでくれそうな女子は見当たらない。というか、なんだか避けられているような気すらする。
次々と友達同士のペアが決まっていく中、案の定最後まで残ってしまった。
俺の視線の先には、同じようにペアが決まっていない1人の女子がいた。
朝、尚哉たちとの会話に出てきたもう1人の美少女、藤宮怜奈だ。
腰まであった濃紺の髪を後ろに束ね、ポニーテールにしていた。背中までの長さの髪を纏めずにそのままにしている俺とは対照的だ。そしてその立ち姿は、凛々しかった。
おっと、見惚れているばあいじゃない。余り者同士でもペアを組まなければ。
そう思い、藤宮へ近づこうと思った瞬間、意外にも藤宮がこちらへ歩を進めだした。
「若葉くん。――ペア、いいかしら」
落ち着いた声で言われたにもかかわらず、ピリッと緊張が走った。
姿勢正しく、それでいて丁寧な物腰は本物のお嬢様のように見え、俺たち庶民とは違う圧のようなものを感じた。
「はい、私で良ければ」
思わず背筋を正し、考える間もなく応えてしまった。――いや、そもそも選択肢などないし、こちらから同じ提案をしかけるところだったのだけど。
「では、よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそお願いします」
◇◆◇
「若葉くん……その、失礼なことを聞いてしまってもいいかしら?」
藤宮さんとは、今まで一度も言葉を交わしたことがなかった。だから最初は緊張して、お互いに言葉数が少なく、必要以上に丁寧な対応になってしまっていた。
だけどペアになって授業を進めていくうちに幾分の緊張はほぐれてきて、雑談のような会話ができるようになってきていた。
「んー、内容によるかな。どんな内容?」
そう応えると、藤宮さんは言葉を選びながら聞いてきた。
「男性から女性の身体に変わってしまって……その……精神性の変化は起きたのか。ということなんだけど……」
「精神性の変化……特に自分では変わったという認識はないつもりだけど」
そう、自分自身の認識では身体の変化前と今、つまり女になったからといって内面の変化が起きたとは思えなかった。
「――ということは、今でも女性は恋愛対象のままで変わらないということ? 女性と触れ合いたいと思ってる?」
投げかけられた言葉でハッとした。
男のままなら、さっきやっていた柔軟体操で藤宮さんと手を繋いだり、身体が触れ合うことを嬉しく思っていたはずだった。そして、好きかどうかに関わらず、女性を恋愛対象として見ていたはずだからだ。
そして今の自分は、そういう感情や、そういう対象として彼女たちを見ていなかったことに気付かされた。
そういえば着替えの時に、男なら「のぞきたい」と思うような場面でもそう思わない理由を、俺は好きな女子がいないからだ、と結論づけていた。そもそもその考え自体が、男ならあって当然の感情に対し、今の自分にはないことへの理由付けだったんだ。
確かに藤宮さんの手を握った時に細くて柔らかい手だな、とは思ったけど、それはあくまで自分との比較や感想であって、それ以上の感情はなかった。
「藤宮さんごめん。変化……あった」
精神性の変化は、あった。ただその変化はとても自然で、当たり前のこと、と受け止めていたから気付かなかったんだ。
「藤宮さんがいうような女性への恋愛感情は、無くなってる。――と思う。全然、気付かなかった」
ショックだった。
男として生まれてきて17年、女性に向けられていた恋愛感情、性欲とでもいうべきか。それが無くなっていたことに全く気付けず、藤宮さんに言われてやっと気付いただなんて。
それほどに、違和感を覚えなかった。
じゃあ、とその感情が今向かっている先を想像し、思わず何度も打ち消すように首を振った。
ないない! それだけはない!
「なるほど、じゃあ本当に普通の女性のように、恋愛対象は男性になっているのね」
頭に浮かび、打ち消したはずの言葉を、藤宮さんが口にした。
藤宮さんを見ると、なぜだか嬉しそうだった。
だがここは、否定させていただこう!
「いや、それはない! うん、それもないんですよ! 不思議なことに!」
ないったらない。そんなものはない!
「……そう? 本当に?」
それに対し疑いの眼を向けてくる藤宮さん。なんでそこに食らいつく必要がある!?
「ええ、ないです! これだけは自信をもって言えます!」
「なるほど、そういうことにしておきます」
藤宮さんはそういって、少し残念そうに矛を収めた。なんで残念そうなんだこの人は。
こうして、女子として初めての体育授業を無事におさめることができた。
そしてこの後、俺と藤宮さんは、顔を合わせるたびに声をかけあうことができるまでの関係へと変化した。
女の子になって初めてできた友達、と言っていいかもしれない。