旅する物語 異世界探訪 太宰治との邂逅   作:masuda028

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【文豪ストレイドッグス/太宰治】
ふらりと迷い込む別世界。

※本作は『文豪ストレイドッグス』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロイン(?)は名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです。


2創稿編 3・4:海風に添える別腹の我慢と、大道芸人と間違われた青年の溜息

●3

 

 ふわりと鼻先をくすぐる香ばしいにおいに、ますだはぴたりと足を止めた。

 

「……」

 

「ここのラーメン屋さん、いい香り」

 

 店先から立ち上る湯気を見つめ、思わず笑みがこぼれる。

 

「美味しいラーメンが食べられそうな予感」

 

「ここにしよう」

 

「にゃ」

 

「ちょっと待っててね」

 

 ますだは白猫を抱き上げると、店先の邪魔にならない場所へそっと下ろした。

 

「いい子で待っててね」

 

「にゃ」

 

 白猫は当然のように丸くなった。

 

 ますだは店内へ入り、券売機の前で財布を開く。

 

「えーっと……」

 

 一瞬だけ緊張したものの、硬貨を入れると機械は何事もなく動き出した。

 

「よかった。ちゃんと使えるんだ」

 

 小さく胸をなで下ろし、醤油ラーメンの食券を押す。

 

 紙切れが一枚、するりと出てきた。

 

「お願いします」

 

 食券を店員へ渡すと、窓際の席へ腰を下ろした。

 

 ガラス越しには、店の前で静かに待つ白猫の姿が見える。

 

「すぐだからね」

 

 ほどなくして、店主が湯気の立つどんぶりをカウンターへ置いた。

 

「へい、お待ち」

 

「わぁ、いただきまーす」

 

 ますだは両手を合わせると、さっそく麺を口に入れた。

 

「……!」

 

 更に一口スープを啜ると、じんわりと醤油の旨味が広がる。

 

「美味しい!」

 

 店主が少し得意そうに笑う。

 

「ありがとよ」

 

 しばらく黙々と食べていると、店主がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういや嬢ちゃん」

 

「さっき川に落ちた奴と話してただろ」

 

 ますだは顔を上げた。

 

「え?」

 

「……あ、はい」

 

「やっぱり」

 

 店主は苦笑いを浮かべる。

 

「災難だったな」

 

「災難?」

 

「いや、あいつに捕まると大抵ろくなことにならねぇ」

 

「そうなんですか?」

 

「有名人だからな」

 

「有名人?」

 

「探偵だよ」

 

「あぁ、そういえば探偵さんって言ってました」

 

 ますだは納得したように頷く。

 

「変わった人ですね」

 

「だろ?」

 

 店主は豪快に笑った。

 

「しょっちゅう川に浮いてるからな」

 

「…………」

 

 ますだは箸を止める。

 

「それは」

 

「危なくないんですか?」

 

「周りが止めても、本人が勝手に飛び込んでるだけだ」

 

「うーん……」

 

 ますだは少し考え込む。

 

「でも、寒そうでした」

 

「ははは!」

 

 店主は思わず吹き出した。

 

「嬢ちゃん、そこか!」

 

「──まあ、死ぬようなタマじゃねぇよ」

 

「なら良かった」

 

 ますだは麺と具を食べきると、満足そうに息をついた。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

 

 店主は照れくさそうに笑う。

 

「ありがとよ。また来な」

 

 ますだは席を立ち、食器をカウンターへ返そうとして、ふと思い出したように尋ねた。

 

「ところで、夜のヨコハマってどんな感じなんですか?」

 

「どんなって……」

 

 店主は一瞬だけ考え込み、それから少しだけ声を潜めた。

 

「嬢ちゃん、一人旅か?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

「なら、あんまり夜更けまで歩き回るもんじゃねぇ」

 

「表通りならまだしも、裏路地には近づくな」

 

「世の中、知らない方が幸せなこともある」

 

 ますだは素直に頷く。

 

「そうなんですね」

 

「ありがとうございます」

 

 店を出ると、白猫が静かに立ち上がった。

 

「にゃ」

 

「お待たせ」

 

 ますだはしゃがみ込み、白猫を抱き上げる。

 

「今度は一緒に何か食べたいね」

 

「にゃー」

 

「そう?」

 

「ならいいけど」

 

 白猫はますだの腕の中で目を細める。

 

 ますだは夕暮れから夜へ移り変わる街並みを見渡した。

 

「夜はあんまりふらふらしない方がいいってさ」

 

「次はどこに行く?」

 

 白猫は少しだけ空を見上げた。

 

「にゃ」

 

「……え?」

 

「そっち?」

 

 

●4

 

 夕暮れのヨコハマは、昼間とは少し違う表情を見せていた。

 海から吹く風は心地よく、昼間の熱気をゆっくりとさらっていく。

 

「綺麗だねぇ」

 

 ますだは白猫を抱きながら、ゆっくりと港の方へ歩いた。

 

「にゃ」

 

 白猫は短く鳴くだけで、進む道を急かすことはしない。

 

 赤レンガの建物が夕陽を浴び、柔らかな橙色に染まっている。

 

「へぇ……」

 

「写真で見たことはあったけど、本物はもっと綺麗だね」

 

 海には大小さまざまな船が停泊し、遠くではカモメが鳴いていた。

 

 観光客らしい人々が思い思いに歩き、ベンチでは恋人同士が肩を寄せ合って笑っている。

 

 ますだは立ち止まり、柵にもたれて海を眺めた。

 

「同じ海でも、場所が違うと雰囲気って変わるんだね」

 

「にゃ」

 

「来たことあるの?」

 

 白猫は答えず、潮風に目を細める。

 

「まぁ、あるんだろうなぁ」

 

 ますだは勝手に納得した。

 

 少し歩くと、小さな露店が並んでいる。

 

 ソフトクリーム。

 

 焼きとうもろこし。

 

 クレープ。

 

 香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。

 

「……」

 

 ますだのお腹が、くぅ、と小さく鳴る。

 

「さっきラーメン食べたばっかりなのにね」

 

「にゃ」

 

「甘いものは別腹だって?」

 

 白猫は呆れたように尻尾を揺らした。

 

「いや、買わないよ?」

 

「ラーメン食べたし、今日は我慢」

 

 そう言いながらも、屋台を通り過ぎる速度だけはほんの少し遅かった。

 

 白猫はそんなますだを見上げ、小さく鼻を鳴らす。

 

 まるで笑っているようだった。

 

──

 

 赤レンガ倉庫を後にし、港沿いをのんびり歩いていると、少し開けた広場へ出た。

 海風がさらりと頬を撫で、夕暮れの光が石畳を淡く照らしている。

 

「わぁ……何かやってる?」

 

 ますだは人だかりの向こうを覗き込んだ。

 帽子を深くかぶった小柄な青年が、腕時計に目を落としていた。

 

 その姿を見た瞬間、ますだの目がきらりと輝いた。

 

「大道芸の方ですか?」

 

 青年の眉がぴくりと跳ねた。

 

「…………は?」

 

「帽子もお洒落ですし、これから何か始まるのかなって」

 

「いや、始まらねぇよ」

 

 若干気まずそうに、青年は帽子に触れた。

 

「違ったんですね。すみません」

 

 ますだは素直に頭を下げた。

 

 青年は数秒、ますだをじっと見つめる。

 

(なんだコイツ)

 

 恐怖も警戒もない。

 ポートマフィアの幹部である自分を前にしても、まるで一般人に話しかけるような調子だ。

 

「俺を見ても眉ひとつ動かさねぇ」

 

 肩に乗った白猫だけが、静かにこちらを見返している。

 琥珀色の瞳が、わずかに揺れた。

 

(……猫)

 

 その猫と目が合った瞬間だけ、背筋に理由の分からない違和感が走った。

 だが次の瞬間には消えていた。

 

「観光か?」

 

「はい。ヨコハマ、初めてで」

 

「そうか」

 

「綺麗な街ですね」

 

 青年──中原中也は鼻で笑った。

 

「表だけ見りゃあな」

 

「裏もあるんですか?」

 

「……ある。だが、あんたは知らねぇ方がいい」

 

「そうなんですね。なら今日は表だけ見て帰ります」

 

 ますだはあっさり頷いた。

 

(表だけって──)

 

 中也はますだを観察するように目を細めた。

 

「……なんだか、匂うな」

 

 ますだはくくっと笑った。

 

「バレてしまいましたか」

 

 中也の肩がわずかに揺れる。

 

(やっぱり何かあるのか……!)

 

「実はここに来てから結構歩いてて、かなり汗かいちゃったんですよねぇ」

 

「……は?」

 

「自分では大丈夫かなって思ってたんですけど、やっぱり分かります?」

 

 ますだは自分の袖をくんくん嗅ぐ。

 

「うーん……着替え持ってくれば良かったかなぁ」

 

 中也は沈黙した。

 

(そういう意味じゃねぇ)

 

 肩の白猫が「にゃ」と一声鳴く。

 

「え? 気にならないって? そっか。でもやっぱり着替えとお風呂──」

 

 中也は額を押さえた。

 

(天然か)

 

 ますだはふと思い出したように言った。

 

「あ、でもさっき川に落ちてた人の方が、着替えとお風呂が必要ですね」

 

「……川?」

 

「茶色いコートの人です」

 

「……太宰か」

 

「知り合いなんですか?」

 

「──腐れ縁だ。あんな奴のことは忘れとけ」

 

「そうなんですね。ちゃんと帰ってお風呂入ってるといいなぁ……」

 

 中也は心底呆れたようにため息をついた。

 

(心配するところ、そこなのかよ……)

 

 夕暮れの港風が、二人と一匹の間を静かに吹き抜けていった。

 

「……お前、変な奴だな」

 

 ますだはきょとんとする。

 

「いえ、普通です」

 

「そうかよ」

 

 中也は帽子を軽く押さえ、踵を返した。

 

「じゃあな、観光客」

 

「はい。またどこかで」




本作はハーメルンのみの限定公開作品です。

気が向いたら続きを書いてアップします。
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