旅する物語 異世界探訪 太宰治との邂逅 作:masuda028
ふらりと迷い込む別世界。
※本作は『文豪ストレイドッグス』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロイン(?)は名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです。
●9
応接室は静かだった。 ますだは湯気の立つお茶をそっと差し出す。
「申し訳ありません。担当が戻るまで少々お待ちください」
「はい……ありがとうございます」
依頼人の男性はほっと息をつき、湯飲みを両手で包んだ。
「……実はですね」
「はい」
「うちの息子が最近全然帰ってこなくて」
「それは心配ですね」
「そうなんです」
「何か理由に心当たりはありますか?」
「実は……」
ますだは頷きながら、ゆっくり話を聞いた。 白猫は椅子の上で丸くなり、静かに尻尾を揺らしている。
依頼人はぽつぽつと話し始めた。
息子の様子。
最近の変化。
自分が心配しすぎて空回りしてしまったこと。 どう声をかけていいか分からないこと。
ますだは温かいお茶を一口すすり、深く相槌を打ちながら「それは大変でしたね」「お父様もよく頑張っていらっしゃいますよ」と穏やかに寄り添うだけだった。
膝の上の白猫も「そうだよ」と言うように、静かに喉をゴロゴロと鳴らしている。
それだけなのに──
三十分後。
「失礼する」
国木田独歩が応接室へ入ってきた。
「お待たせしました。それでは依頼内容を詳しく──」
「もう帰りましたよ」
「……は?」
国木田の足が止まる。
「すっきりしたって」
「…………」
「息子さんとも電話で話せたみたいです」
「…………」
「『話を聞いてもらえただけで気持ちが楽になりました』って言ってました」
「…………」
国木田は静かに眼鏡を押し上げた。
「ますだ君」
「はい」
「依頼は?」
「受けてないです」
「……依頼を受けずに、帰したのか?」
「はい。ご自身で解決されて、満足して帰られました」
「違う、そうじゃない」
国木田は手帳を握りしめたまま、本格的に頭を抱えた。
問題が解決したこと自体は素晴らしい。だが、探偵社の存在意義とは一体何なのか。理想と現実の狭間で葛藤している。
──
その後。
太宰治が腹を抱えて爆笑した。
「はははは! 会話だけで依頼を解決してしまった!」
敦は苦笑いしながら肩をすくめる。
「依頼そのものがなくなっちゃいましたね……」
国木田は深いため息をついた。
「探偵社としては複雑だ……」
太宰はますだの両肩にぽんと手を置いた。
「国木田君、ますださんを受付に置くと依頼が半分くらい“雑談”で解決しちゃうかもしれないね」
「やめろ太宰! 探偵社の売上が激減するだろうが!」
「おや、理由そこなんだ?」
太宰がニヤニヤと突っ込むと、国木田は「しまりがないと言いたいんだ!」と即座に怒鳴り散らした。
ますだは首をかしげる。
「ただお話ししただけなんですけどねぇ」
白猫が「にゃ」と鳴いた。
国木田はしばらく沈黙した後、ぽつりと呟いた。
「……結果として問題は解決しているんだな?」
「はい。息子さんと仲直りできたみたいです」
「……そうか」
国木田は何とも言えない顔になった。
太宰はまた笑い出す。
「国木田君、ますださんは“聞き上手の異能者”かもしれないよ」
「黙れ太宰! 異能で片付けるな!」
武装探偵社の空気は、今日も騒がしく、そしてどこか温かかった。
●10
武装探偵社の朝は、いつもより少し慌ただしかった。
依頼人の女性は、握りしめたハンカチを震わせながら訴えた。
「猫がいなくなったんです……!」
敦は慌ててメモを取り、国木田は真剣に頷く。
「特徴は?」
「まだ小さなミケ猫のメスで……とても臆病なんです」
「最後に見かけた場所は?」
「この公園の近くです」
国木田は地図を広げた。
「よし。聞き込みをしながら周辺を捜索する。猫探しは時間がかかる依頼だ。焦らず行くぞ」
「はい!」
⸻
しかし。
雲ひとつない青空から、真夏の眩しい日差しが照りつけていた。
ジリジリと肌を焼くような暑さの中──
一時間。
二時間。
三時間。
「見つからない……」
敦は額の汗を拭い、肩で息をした。
「物陰は一通り探しました」
「こちらもだ」
国木田は眉間に皺を寄せる。
「目撃情報も途切れた」
太宰だけは涼しい木陰で風に吹かれながら、のんびりしていた。
「猫だからねぇ……自由気ままだ」
「暑いからって涼んでいないで働け太宰!」
⸻
昼を回った頃。
「国木田さーん」
聞き慣れた声が、張り詰めていた空気をふっと緩めた。
ますだが大きな風呂敷と大きなやかんを抱えて歩いてきた。
肩にはいつもの白猫。
「お弁当持ってきましたー。あと水分補給の麦茶と塩飴ですー」
「にゃ」
敦がほっと笑う。
「ますださん!」
「みなさんお昼食べてないかなと思って」
「ありがたい」
国木田も短く礼を言う。
「依頼中だからな。助かる」
ますだはベンチへ風呂敷を広げる。
「おにぎりと卵焼きと唐揚げです」
その瞬間だった。
肩の白猫がぴくりと耳を動かした。
「……にゃ」
ますだも同じ方向を見る。
「ん?」
白猫はするりと肩から飛び降りると、公園の植え込みへ向かって歩き始めた。
「どうしたの?」
「にゃ」
ますだは後を追う。
数歩進んだところでしゃがみ込む。
「あ」
ますだは小さく息を呑んだ。
「いる」
植え込みの奥。
小さなミケ猫が丸くなって震えていた。
ますだは静かに手を差し伸べる。
「怖かった?」
白猫はミケ猫の前まで歩み寄る。
二匹は鼻先を合わせ、小さく鳴いた。
「にゃ」
「みゃあ」
緊張していたミケ猫は安心したように姿を現し、そのまま、ますだの腕へ収まった。
そこへ国木田たちも駆けつける。
「いたのか!」
「え?」
ますだは目をぱちぱちさせる。
「……この子、探してた猫だったんですか?」
敦が思わず笑顔になる。
「本当にいた……!」
依頼人が駆け寄ってくる。
「この子です!」
依頼人は声を震わせ、涙をこぼしながらミケ猫を抱き締めた。
「ありがとうございます……!」
ますだも嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、この子を探していたんですか。よかったですね」
⸻
依頼人を見送ったあと。
太宰が吹き出し、膝を叩いて笑った。
「ははっ」
「国木田君」
「何だ」
「君たちが三時間探した猫を、ますださんはお弁当を届けに来て五分で見つけたよ」
国木田は黙って眼鏡を押し上げる。
「……偶然だ」
「そうかもしれないね」
太宰はますだを見る。
「でも面白い」
ますだは首を傾げた。
「え?」
「私は白猫について行っただけですよ?」
敦が苦笑する。
「その白猫がすごいんですよ……」
国木田はため息をつきながら風呂敷を見る。
「……それで、依頼は終わってしまったが弁当は食べていいんだろうな?」
「もちろんです!」
ますだはぱっと笑顔になった。
「いっぱい作ってきました!」
「報告書の作成前に、まずは昼食だ」
「はい!」
白猫が満足そうに「にゃ」と鳴く。
太宰は白猫の尻尾の揺れをじっと見つめ、意味深な笑みを浮かべながら、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……やっぱり、君は普通の猫じゃないね」
白猫は白々しくそっぽを向き、ただ短く鳴いた。
「にゃ」
本作はハーメルンのみの限定公開作品です。
気が向いたら続きを書いてアップします。