旅する物語 異世界探訪 太宰治との邂逅 作:masuda028
ふらりと迷い込む別世界。
※本作は『文豪ストレイドッグス』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロイン(?)は名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです。
●17
夕方の武装探偵社。
窓の外では港の風がゆっくりと流れ、応接室には湯気の立つ湯飲みの香りが満ちていた。
ますだは静かに急須を傾けていた。
白猫は机の端で丸くなり、尻尾だけがゆっくり揺れている。
太宰治はその様子を、椅子に腰掛けたままじっと見ていた。
普段の軽薄な笑みはなく、どこか探るような目つきだった。
「ますださん」
「はい?」
ますだは湯飲みを太宰の前へそっと置く。
湯気がふわりと立ち上り、太宰の影を揺らした。
「君はどうしてヨコハマに来たんだい?」
その声は、柔らかいのにどこか底が読めない。
探偵としての太宰の“本気の問い”だった。
ますだは一瞬だけ手を止めた。
そして、湯飲みの縁を指でなぞりながら、ゆっくりと笑った。
「さぁ、どうしてですかね」
太宰の眉がわずかに動く。
ますだはちらりと白猫を見る。
白猫は「にゃ」と短く鳴き、また丸くなる。
「その子に導かれたような。そんな感じですかね」
太宰は湯飲みを持ち上げ、口元へ運びながら言った。
「ならその猫が別の場所へ行くとなったら、ついていくと?」
「そうですねぇ」
ますだは迷いなく答えた。
「そうかもしれないです」
太宰は湯飲みを置いた。
その音は小さかったが、妙に響いた。
「……ますださん」
「はい?」
「君は本当に、ただそれだけで動いているのかい」
ますだは首を傾げる。
「えぇ?」
「えぇ? じゃないよ」
太宰は目を細めた。
「君は外敵を四人も帰らせた。
僕の計画を全部無効化した。
探偵社の空気を変えてしまった」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
ますだは少し考えたあと、ぽんと手を打った。
「でも、白猫がここに来たので」
「……それだけ?」
「はい」
太宰はしばらく沈黙した。
白猫が「にゃ」と鳴く。
ますだは湯飲みを自分の前にも置き、太宰と同じように一口飲んだ。
「太宰さん」
「なんだい」
「私、難しいことはよくわからないので」
「…………」
「白猫が行くところに行って、
ご飯作って、
お仕事して、
それでもいいかなって思ってます」
太宰は目を閉じた。
そして、かすかに笑った。
「……君は本当に、僕の予想の外側にいるね」
「そうですか?」
「そうだよ」
太宰は湯飲みを持ち上げ、静かに言った。
「──君は、人の不幸を願うような人ではないね」
ますだは湯飲みを太宰の前へそっと置き、柔らかく笑った。
「それはそうですね」
湯気がふわりと立ち上がり、太宰の影を揺らす。
「誰もがみんな美味しいものを食べて、
今日も疲れたね、明日も頑張ろうと笑顔で思えた方が良いと思っています」
太宰はその言葉を聞きながら、湯飲みの縁を指でなぞった。
「……そういう発想が、おそらく君の異能に関係しているんだ」
ますだは首を傾げた。
「異能なんてありませんよ」
「いや、ある」
太宰の声は低く、しかし断言するように静かだった。
その静かな空気を──
突然、太宰が指で弾いた。
「中也、入ってきなよ」
「は?」
扉の向こうで待機していたらしい中原中也が、
完全に不本意そうな顔で入ってきた。
「おい太宰、なんで俺が呼ばれてんだ」
「君にも見てほしいんだよ」
「何をだよ」
太宰はますだを指差した。
「この人の“異能の構造”をね」
「は?」
ますだは困ったように笑った。
「中原さん、お茶飲みます?」
「今は飲むかどうかの話じゃねぇ!」
太宰は湯飲みを持ち上げ、静かに言った。
「中也君。君は異能の戦闘に長けている。
だからこそ、こういうタイプは理解しづらいだろう」
「理解しづらいってなんだよ」
「ますださんはね──」
太宰は指を鳴らした。
「“意図せず事件を終わらせる人”なんだよ」
「意味がわからねぇ!」
「僕もわからないよ」
「わからねぇのかよ!」
ますだは湯飲みを中也の前に置いた。
「どうぞ……あれ、いりませんか?」
「飲むよ! 飲むけどよ!」
中也は湯飲みを持ち上げ、太宰を睨む。
「太宰、説明しろ」
「じゃあ説明してあげよう」
太宰は白猫を指差した。
「ますださんはね、『猫に導かれたから』という理由だけでヨコハマに来て、何となくでご飯を作っているんだよ」
「猫に導かれて来たのかよ!?」
中也が叫ぶと、ますだは「はい」と穏やかに頷いた。
「はいじゃねぇ!」
太宰は満足そうに頷いた。
「ね、中也君。こういう人なんだよ」
「どういう人だよ!」
「僕の計画を壊すのに、何もしていない人だよ」
「余計わからねぇ!」
白猫が「にゃ」と鳴いた。
ますだは笑った。
「そういえば中原さん、お茶にお砂糖いれます?」
「いれねぇよ!」
「じゃあミルクは?」
「緑茶にいれるかバカ野郎!!」
太宰は肩をすくめた。
「中也君。君はまだ知らないだろうけどね」
「なんだよ」
「ますださんは、僕の予想の外側にいるんだよ」
「知らねぇよそんなこと!」
「知ってほしいんだよ」
「なんでだよ!」
太宰は湯飲みを置き、遠い目をした。
「中也君。君はこの人を理解しようとするだけ無駄だよ」
「無駄って言うな!」
「僕にも理解できないからね」
「できねぇのかよ!」
「できないよ」
太宰の言葉にますだは少しだけ視線を落とし、白猫を見た。
白猫は「にゃ」と短く鳴き、また丸くなる。
「太宰さん、お茶のおかわりいります?」
太宰は肩を落とした。
「……いるよ」
●18
夕方の武装探偵社。
窓の外では港の風が荒れ、空は鈍い灰色に沈んでいた。
いつもなら穏やかな潮の匂いが漂うはずの横浜港が、今日はどこか重い。
国木田が手帳を閉じる。
「……太宰。嫌な気配だ。港湾部からの連絡も途絶えた。避難計画を──」
太宰は珍しく軽薄な笑みを消し、静かに窓の外を見つめていた。
「国木田君。あれ、見えるかい」
太宰の視線の先──港の沖合。
海面が、黒く巨大な山のようにゆっくりと盛り上がっていた。
波ではない。
風でもない。
ただ、海そのものが“押し上げられている”。
敦が窓枠に手をかけ、息を呑む。
「……あれ、何なんですか……? 異能……? それとも……」
芥川は黒衣を揺らし、鋭い眼光で窓外を見据えながら静かに羅生門を構えた。
「気配の規模が……桁違いだ。ただの異能力者の襲来ではない」
中也は深く帽子を目深にかぶり直し、忌々しそうに舌打ちする。
「ビリビリ肌が突き刺さりやがる……街全体が揺れてやがるぞ。嫌な予感しかねぇ」
太宰は窓から目を離さず、低く言った。
「国木田君。これは本当に“だめかも”だよ」
国木田は手帳を握りしめた。
「……避難指示を出す。探偵社だけでは対処できん」
張り詰めた緊張感が部屋を支配する中で──
カチャン、と静かな陶器の音が響いた。
ますだは静かに急須を傾け、湯飲みにお茶を注いでいた。
立ち上る芳しい湯気と煎茶の香りが、応接室の重苦しい空気をすーっと押し返していく。
「皆さん、お茶が入りましたよ」
あまりにもいつも通りの穏やかな声に、敦がガタッと振り返る。
「ま、ますださん……! 今、この状況でお茶ですか!?」
「はい。外の風が冷たそうでしたから、温かいほうがいいかと思いまして」
ますだは湯飲みを並べながら、
ちらりと白猫を見る。
白猫は机の端で丸くなり、尻尾だけをゆっくりと揺らしていた。
だが、その金色に透き通る瞳だけは──まっすぐに港の影を見つめている。
太宰がその視線に気づき、眉をひそめた。
「……白猫君。君は、あの影が何なのか知っているのかい?」
「にゃ」
短く、しかしどこか澄んだその鳴き声は、まるで“焦る必要はない”と告げているかのようだった。
ますだは湯飲みを太宰の前へそっと置く。
「太宰さん、お茶をどうぞ」
太宰は湯飲みを見つめたまま、
港の影へ視線を戻した。
海面の盛り上がりは、
ゆっくり、しかし確実に横浜へ近づいていた。
まだ姿は見えない。
ただ、影だけが迫ってくる。
探偵社の空気は張り詰め、
湯気だけが静かに揺れていた。
本作はハーメルンのみの限定公開作品です。
気が向いたら続きを書いてアップします。