シルヴァラントの小さな村、イセリア。穏やかな空気に包まれたこの村にて、ただいま壮絶な追走劇が行われていた。
「待ちなさい、ロイド!大人しく補習の続きを受けなさい!」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!」
逃げる者を叱咤しながら追いかけるのは、銀色の髪に橙色の服を着た女性、リフィル・セイジ。対して、そのリフィルに追われている者は、茶色のツンツンヘアーに真っ赤な服を着た少年、ロイド・アーヴィング。
村の中に砂煙を散らせる勢いで追いかけっこをしている二人だが、別に遊んでいるわけではない。リフィルの方は怒りで眉間に皺を寄せ、ロイドの方は恐怖と焦躁にまみれた表情をしていて、それはもう必死である。
なぜこのような追走劇が繰り広げられているのか、事の発端は2時間ほど前まで遡ることになる…
―――――――――――――――――
2時間前。
イセリア内に設立された小さな学校。今日も生徒はリフィル先生の授業に耳を傾け、額を身に着けるのである……のだが。
「ぐぅぬぬぬ……」
喉奥から絞り出したような声を上げているのはロイド。そして彼が手に収め、じっと凝視しているのは青い表紙の教科書。厚さは100数ページ分といった程度か。
【いづれの御時にか、女御・更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれてときめきたまふありけり】
「わ、わかんねぇ……」
ロイドにはレベルが高すぎた。今黒板の前でリフィルが訳を解説しているのだが、この語の難しさに囚われたロイドはそれも頭に入らない。
「いづれの……にか?……いづれのべろにか?」
なんだべロニカって。
「さぶらひたまひ……さぶらひ?……サプラァーイ?」
ちょっとサプライが洒落た。何故。
「すぐれて……ときめき?……優(すぐる)君、トキ☆メキ?」
誰だ優(すぐる)君って。しかもこれまで曖昧な解釈だったのに『ときめき』だけ自身ありげに訳している。でも結局本当の訳はわからないまま。
「じゃあ今の語訳を参考にして……ロイド、『いづれの~ありけり』まで訳してみて頂戴」
「え!?は、はいぃ!」
しかもこんな時に先ほどの文を訳せとのこと。授業を聞いていないので先ほどの語訳もあったもんじゃない。ロイドはパ二くる頭のまま勢いよく席から立ち上がる。
「(落ち着け、落ち着け俺……仕方ない、自分の強運を信じて、それっぽい流れで訳してみるしかない!ドワーフの誓い68番、『当たって砕けろ』だ!)」
【いづれの御時にか、女御・更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり】
「訳:いつからだろう……べロニカと言う土地で女が服を着、余った物でサプラァーイズ。糸や寝言は無いけれど、優(すぐる)君はトキ☆メキ状態……です!」
「ロイド、今日は夜まで補習決定です」
「なんでさ!?」
当たって砕けるどころか、粉塵骨折レベルの被害であった。
「何でだよ先生!?俺今までになく頑張ったんだぜ!?」
「悪意すら覚えるような文訳に労力を使わないでちょうだい。……というかさっきの私の語訳聞いてたら大分出来てるはずなのだけれど……」
「ごめん、欠片も話聞いてなかった」
「ロイド、尻を出しなさい」
リフィルの眼は本気だ。声にも怒気が混ざっている。
「待った先生!俺だって自分なりに考えてたんだぜ!っていうか今から尻を叩こうとしてるのは分かるけど何で手がグー!?普通、尻叩くのはパーじゃないの!?」
「緩みきった頭のネジを矯正するにはこれ位がベストだと思って」
「いやいや、いつもだったらこれ位のミス、チョーク投げや黒板消し投げで済ませたじゃん!もっと平和的だったじゃん!」
「今日は絶望的にひどい間違いをしたからです。今日は私の憂さ晴ら……あなたにもっと授業を聞いてもらうための緊急措置よ」
「嘘だ!俺は馬鹿だけどこれだけは分かる!今先生は俺をサンドバッグにしたいと思ってる!」
今のロイドの状況は絶望的だった。もうこうなってしまっては自分の力でリフィルを説得するのは難しい。ということで、後ろの席にいる銀髪の少年、ジーニアス・セイジに助けを求める事に。
「ジーニアス、頼む!助けてくれ!」
「ロイド、お尻を硬くする準備はしておいた方がいいよ」
「俺トランセルじゃねーから【かたくなる】覚えてねーもん!せいぜい下着がトランクス位なんだよ!」
「君の下着の種類なんて毛ほども興味ないよ。あ、トランクスと言えば、ロイドに貸したあのマンガ、まだ返してもらってないんだけど」
「ごめん、ラーメンのスープ零して捨てた」
「姉さん、僕、家に忘れ物しちゃったから取りに行っていい?大きなハンマーなんだけど」
「ジーニアス!?そんなもん授業で使わないだろ!?あれか、それで先生が俺の尻を叩くって魂胆かぁ!?それは死ねぇる!」
話がずれた上に助けてくれる気はこれっぽっちもない様子。今度は別の人へ頼むことに。次は自分の隣に座っている金髪の少女、コレット・ブルーネルへ救いを求めるため、頭を深く下げる。
「コレット!危機的状況の俺を救ってくれ、この通り!」
「だいじょぶだよロイド」
「!!……コレット、ありが――」
「どんなにロイドが辛い時でも、ロイドの中にいるマーテル様がきっと助けてくれるから。だから、今は救いを信じて待ってよ?」
「コレットぉぉぉぉぉ!!それ天然!?それとも巻き込まれたくないから関わらない気なの!?とりあえずコレットは何もしないってことだよな!?マーテル様のお助けが来ようが来まいが放置って事だよな!?」
コレットもこれではダメのようだ。何とか別の人に助けを…。そう思ったロイドだったが、時すでに遅し。リフィルはロイドの肩を掴むとずるずると彼を引き摺り、教卓の前に連れて行く。
そしてロイドを皆の前で四つん這いにさせると、ロイドの尻に拳を叩き込む。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!痛えぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁ…グーだね!」
「確かにグーだよコレット!グーが俺の尻に暴力を振るってるんだよ!けど全然グー(Good)じゃねぇよ!」
「そういえば今日は寒くなー。朝の方がまだ暖かかったよ」
「ジーニアスゥゥゥゥ!それ気温のことだよな!?俺の台詞が寒いとかじゃないよな!?断じて!」
「あなたが学力を上げるまで、殴るのを止めない」
「先生お願いもうやめちぇぇぇぇぇぇぇぇ!!俺の尻が限界ぃぃぃぃぃぃ!!」
この後メチャクチャ殴られた。ケツを。
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現代に戻る。
という事があり、ロイドは補習を受けないといけなくなってしまった。しかし補習も勉強だ。つまらないものは所詮つまらない。
ということで放課後の補習の最中、リフィルの隙をついて逃走を図ったロイド。しかしリフィルが逃げる彼を捕まえるべく追いかける。こうして冒頭のシーンに戻るのである。
「まだ5時間も補習は残ってるのよロイド!本当は12時間以上は補習するべきだけど、これでも私なりに譲渡してるのよ!」
「凄い嬉しい譲渡に聞こえるけど、一日の授業分の補習なんて聞いたことねぇよ先生!ていうかそれはもうただの一日授業プラン!」
「今大人しく戻れば遺跡調査用のドリルに加えて、特別に数学と国語のドリルをあげます!ドリルは男のロマン、とか言うでしょう!」
「回転するドリルは確かにロマンだけど勉強ドリルはロマンじゃねえ!ただの拷問だ!」
そんな言い争いをしているが、どちらもすごいスピードで逃げ、又は追いかけている。周りの村人も何事かと目を丸くしている。
「こうなったら…煌めきよ、意を示せ…」
「まさかの詠唱!?先生、村の中で魔術を使うなんて聞いたことねぇよ!」
「フォトン!」
「危ねっつ!」
ロイドの周りに光が集束し、破裂するがロイドはそれを前転でギリギリ躱す。そして立ち上がると全速力で逃走。
「もう、いい加減止まりなさい!」
「足止めたら今度は息の根が止まりそうなんだよ、止められそうなんだよ!もうこれただの追いかけっこじゃねえじゃん!狩りみたいな風になってんじゃん!」
流石にマズイと思ったロイドは全力を出すことに。先ほどよりも早い速度で走り、リフィルとの距離をどんどん離していく。これぞ若き17歳の本気。
しかし、まだ完璧に姿を眩ませるほどの距離ではない。あって8~90メートル程度だが、この村は全体的に見通しが良いので下手に隠れてもバレバレなのである。
すると、走るロイドの前方に良く知った人物が歩いてきた。先ほどの金髪少女、コレットである。再びコレットの力を貸してもらおうとコレットの元へ走り寄るロイド。
「コレット!た、たいへ……たい……へ、変態だコレット!」
「へ、変態なんて……ロイド、酷いよぉ…」
「(俺は何てこと言ってんだーーーー!!)」
何でここで言い間違えてしまったのか。ロイドの言い間違いをストレートに受け止めたコレットは悲しみで目に涙を浮かばせる。これにはロイドも焦る。
「ち、違うぞコレット!コレットは全然変態なんかじゃない!」
「でも…でも、さっきハッキリ『変態』って…」
「へ、変態っていうのは…………そう俺だ!!俺は変態だったんだっ!!」
…………………
「(お、俺は何を言ってるんだぁぁぁぁぁぁ!?何で村の中心で変態宣言してるんだ俺ぇ!)」
そしてこの後悔である。訂正の仕方が仕方だったため、やっちまった感は尋常じゃない。これには流石にコレットもドン引き――
「う、ううん!ロイドは変態なんかじゃないよ!」
……と思いきや、まさかのフォローである。これにはロイドも驚きだ。
「ロイドは勉強が少し苦手なだけで、たまに年上の人に見惚れちゃってたりするけど…少なくとも私の知っているロイドは、ちっとも変態なんかじゃないよ!」
嘘などない、純粋な少女の正直な気持ち。遠回しにバカやら年上好みやら言っているが、別に気を遣って遠回しに言ったわけではない。
この言葉にはロイドも胸打たれ、嬉しさで笑みを浮かべる。
「コレット…ありがとな!誤解招くような言い方してゴメン!」
「ううん、ロイドは悪い事なんてしてないよ。だから謝らなくてもだいじょぶだよ。……ところでロイド…さっき急いでたみたいだけど、何かあったの?」
「あ……」
浮かべた笑みはすぐに消え、顔が徐々に真っ青に染まっていく。そして後ろをゆっくり振り返ると…
「ロイドォォォォォ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!出たぁぁぁぁ!」
後ろから迫ってくるリフィルを見た瞬間、ロイドは前を向き直しコレットの横を走り去っていく。続いてリフィルもコレットの横を通り、その場から喧騒が遠ざかっていく。
「……?」
事情が分からないコレットは、首を傾げて彼らのいく先を見つめるだけであった。
―――――
決死の覚悟で逃げた末、何とかロイドはリフィルの追跡を振り切ることが出来た。ぜーぜーと苦しそうに呼吸するが、あまり大きい呼吸音だと発見されやすくなるものだ。
「な、何とか…にげ……にげ…げほっげほっ!」
相当必死だった模様。これだけの体力と気力、是非勉学の方に浸かって欲しかったと思う。
すると、そんなロイドの前に一人の人物が通りかかってきた。コレット同様、先ほどの授業で助けを求めた人物、ジーニアス・セイジである。
「あれ、何やってるのロイド?そんな苦しそうにして」
「ジ、ジーニアスンか……げほげほ!と、とっちょ…ロリロリあって…」
「誰だよジーニアスンって。どんだけテンパってんの。『ちょっと』が『とっちょ』になってるし、『色々』が『ロリロリ』になってるよ」
今のロイドの言葉が解読できたのだから、本当に凄いジーニアス。これぞ天才の実力か、それとも長く一緒に過ごしてきた賜物か。
「まぁ、その様子だと、どうせ補習が嫌で逃げて来たんでしょ?」
「あ、ああ…と、とりあえず逃げ切れたけど、このままじゃまた見つかっちまうだろうし…」
「第一、そんな赤い服着てたら目立つに決まってるでしょ。これじゃあハンターから逃げてる分際で打ち上げ花火をしている逃走者同然だよ」
「そ、そうか…確かに俺の赤い服、目立つもんな…ならどうすればいいんだ?」
「そこまで言っちゃうと、僕はロイドの協力者になってとばっちり喰らいそうだから。まさかロイド、友達に迷惑かけるつもり?」
さっきから冷たい態度をとっているジーニアス。勿論、ロイドにはその原因に覚えがある。先ほどの授業でも話題にあった、漫画のことである。
「いや待てよジーニアス!確かにあれは俺の所為だった。だけど、わざとじゃないんだ!逆立ちして本を読みながらラーメン食えるかな、と思って実験してみただけなんだ!」
「さて、今姉さんを呼んであげるね。空に向かってファイアボールでも撃ち出せば駆けつけてくれるよ」
「待ってくれぇぇぇぇ!!」
詠唱を始めようとするジーニアスを、ロイドは涙目で必死に止めた。
「言いそびれてた!言いそびれてたんだけど、流石にあのままじゃダメだって思ってちゃんと代わりの物を用意したんだ!」
「え?……なんだぁ~、そう言う事ならもっと早く言ってくれればいいのに~!僕、てっきりロイドはお詫びをしない奴なんだって思い込んでたのに」
「バーカ。悪いことをしたら謝るなんて当たり前だろ?本当は今日の授業が終わった後に謝ってから渡そうとしたんだけど、色々トラブルが起きたせいで言いそびれたんだけどな」
先ほどのどこか冷めた雰囲気は消え去り、穏やかな空気が二人を包み込んでいく。友達との仲を元通りにするには、先ずは謝ること。そしてもう一押しとなるものは、誠意。それの形の有無は問わないが、己の思いを表現するお詫びの物を上げるのは、中々効果的なものである。
ロイドは自分の懐を探りだし始める。
「ええっと、確かにこの辺りに…」
「ねぇねぇ、一体何をくれるの?やっぱりロイドって細工とか出来て器用だし、腕輪(ブレスレット)とか?」
「あ~惜しい。腕輪じゃないんだよなぁ…。でもかなりいい線いってるぜ」
「やっぱりアクセサリーの類かな?まぁ、オシャレをするのは大人っぽいし、いいよね」
そんな話をしている内に、ロイドは小さく、おっ、と呟いて腕を懐から抜く。その手に握られていたものは、黒い革に沢山のトゲが付いた丸い輪っか。これは……。
「ほい、首輪」
「ファイアボール」
「あぁっ!?一瞬で首輪が炎に包まれた!てめぇジーニアス、いきなり何するんだ!」
「うるさいよ。っていうか何で首輪なの」
「お前、ちょっと前に言ってたじゃん!ノイシュ見てた時に『僕もロイドみたいにペットが欲しいなぁ』って。だからそのための首輪だろ!」
「それ覚えてたのなら普通ペット用意するでしょ。なんでよりによって首輪?野球やるのに球場準備したけどチーム作ってないようなものでしょ」
「そんなこと言われたってよ…ほら、鎖もこの通り準備したんだぜ」
そう言ってロイドはジーニアスに長めの鎖を差し出す。最初はいらないと言って突き返そうとしたジーニアスだったが、寸前のところで自分の脳内でとある閃きが生じたのを感じ、鎖を受け取った。
「ったく、折角作ったっていうのに…かっこいいデザインならいいかと思ってトゲもつけたんだぞ…」
「大人が見たら誤解招くだろうね。っていうかロイド、気付かないの?」
「え?何が?」
ジーニアスの言っていることが分からず聞き返そうとしたロイドだったが、その必要はなくなった。
何故なら、後ろからドドド、という音が徐々に聞こえたので振り返って見てみれば、リフィルが鬼の形相でこちらに向かってきているではないか。
「や、やべぇ、リフィル先生だ!完全に忘れてた!けど、なんでここが……!」
ここでロイドは、さっきジーニアスが言おうとしていたことが何なのかを理解できた。ロイドは地面で燃えている首輪の方を素早く向き直す。
首輪、燃えてる。煙、出てる。
空、見上げる。煙、高い高い。
ただの狼煙である。
「ジーニアス、大変だ!可燃性のある材料で作った事が仇になっちまったぜ!!」
「呑気に言う事なの、それ。けど良かった。姉さん気付けたみたいで」
「狙ってたの!?計算通りだったの!?」
流石ジーニアスである。
「じゃ、じゃあまた後でなジーニアス!さっきあげた鎖、大切に使ってくれよ!」
「それなら、今使おうか」
「はおっつ!?」
なんとジーニアスは先ほど貰った鎖をロイドの脚に絡ませ、彼の脚の自由を奪う。そしてロイドはバランスを失い、盛大に転んでしまう。
「え?え?あれ…ジーニアスくん?」
「ロイド…さっき言ってたよね?」
「…へ?」
「悪いことをしたら謝るのは当然、って」
「あ……」
そして、地面に倒れるロイドの目の前に、先ほどから追い続けてきたリフィルが佇む。彼女もまた、笑っていた。だがロイドは、身が沈みかねない程の威圧をその笑顔から感じていた。
「さぁ…漸く捕まえたわよ、ロイド…」
「とりあえず補習と宿題、逆さ釣りは確実だろうね」
「……ごめんなさぁぁぁぁい!!もう補習から逃げません、人から借りた物をおじゃんにしませぇぇぇぇぇぇん!!」
その後、ロイドは逆さづりのままラーメンを食べさせられた後に夜の十時まで続く補習地獄。更に大量の宿題を課されてしまった。
この騒動をきっかけに、ロイドは補習から逃げない事と人の物を大切にする事を心に留めるのであった。
―――――終わり
記念すべき第一投は、シンフォニアより。ロイドさん、許せ……。
ちなみにこの作品、以前に別のサイトで書いていたもので、今回はそれを軽く見直し、本日投稿するに至りました。折角下書きが残っているのだから、こうして投稿するのも手かなぁと。
今後はこんな感じのスタイルで、ちょっとずつ投稿していこうかなと思っております。ストックがそもそも少ないうえに最近はテイルズからめっきり離れてしまっていたので、投稿スペースはかなり遅い可能性もありますが、のんびり書くつもりでやってまいります。
それでは、次回もお楽しみに。