テイルズオブ・コメディ   作:たいお

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バルバトスがアパレルショップで働き始めました。

 

 とある市街地に佇む、一軒の洋服屋がある。

 

 店の名は『凛々の明星(ブレイブ・ヴェスぺリア)』。若きリーダー、カロル・カぺルと副店長のユーリ・ローウェルの二人が切り盛りしており、彼ら以外に従業員はいない。店を開いて早数年だが、現在まで地道に基盤を整えていく経営方針を執り続け、その小さな積み重ねのお陰で、近年、客数は安定してきている。

 

 そこでカロルは、今後の新たな一歩を踏み出す決心をした。それは、新たに従業員を雇用し、徐々に経営規模を拡大していこうというものだった。

 

 前々から相談を受けていたユーリも、時期が良い頃だと踏んでいたため、彼の案に賛同した。

 

 そしてカロルは早速、授業員を一人雇ってきたのだが……。

 

 

 

 

 

「(おいカロル……なんでこんな奴を採用したんだよ)」

 

 その新たな従業員と対面していたユーリは、現在不在中の上司であるカロルにかつてない程強い疑問を投げかけていた。

 

 なぜなら……

 

「今日からここで働くことになった、バルバトス・ゲーティアだぁ。よろしく頼むぞぉ副店長」

 

 青い長髪のウェーブ。筋骨隆々。彫りの濃すぎる顔。そして全身タイツ。

 どう見ても不審者でしかない男――バルバトスが、ふてぶてしく椅子に座りつつ自己紹介をし始める。しかもやたら態度がデカい。

 

 興味ない、関わりたくない、変な噂が立つ前に追い出したいという感情が湧き始めたユーリだが、一応これでも上司であるカロルが採用を認めた人物。それを前提として、ユーリはそれらしく質問を試みる。そもそも、それを前提としないと感情に従って殴り飛ばしてしまうから。

 

「あ~……バルバトス、だったな。お前、他のアパレルショップで働いた経験とかは?」

「暴れるのとチョップは得意だぞぉ」

「帰れ」

 

 危険人物だった。

 

「あのな、ここは真っ当な洋服店なんだよ。ウチはプロレスラーなんて別に必要としてないんだよ。暴れるとチョップなんて店と客に危害及ぼすだけじゃねえか」

「一つ勘違いしている……俺は『元』無職だぁ。プロレスラーに就職したことなどない」

「すごくどうでもいい。大体何でお前カロル……店長から採用されたんだよ」

「俺のポテンシャルを図り見れば当然の判断だぁ。首筋に得物を突きつけてやれば面接なんて余裕よぉ」

「やっぱり帰れお前。刑務所に帰れ」

 

 その時、ユーリの記憶の中から、昨夜カロルから届いたメールの内容が思い出された。

 

『明日、新しく採用しちゃった人が来るけど……その日は僕、用事があるからユーリに任せるよ。……本当にゴメン』

 

 文字だけだというのに、最後の一言だけ妙に力が籠っているように感じたのはこれだったのか。そう思い、ユーリはカロルに深く同情した。そして厄介事を押し付けた事を軽く恨んだ。

 

「それで副店長ぉ。俺は今日はどんな仕事をするんだぁ?」

「いや、だから脅迫犯はウチには――」

 

 とにかく目の前の犯罪者を追放すべく、断りを入れようとした直後……。

 

 

<Reaching up for no man's land♪  To take a breach and take a chance♪>

 

 

「え?」

 

 突然、店内に音楽が流れ始めた。しかもその曲は、ユーリにとって非常に聴き馴染みのある曲……開店の時間になるといつも流している曲だった。

 

「今日の俺は積極的だぁ。こっそり事務室に忍び込んで、今日は早めに店が開くように弄らせてもらったぞぉ」

「なに初っ端から勝手な事してんの!?え、っていうか入り口のロックも!?」

「当然だぁ。その辺りは既に解除済み。そして店の前にも早めに開くという看板を立てておいたぞぉ」

 

 最近の世間では『指示を受ける前に自分から進んで行動しろ』という事を言われているが、その結果がコレである。見事な空回りっぷりである。

 

「おいふざけんなよ!まだ準備とか色々残ってんのに……!」

「さぁ、副店長。選ぶがいい。このまま準備をしても確実に間に合わない状況の中、俺を追い出して準備不足のまま客を迎え、店の信用を下げるか。それともぉ、俺を従業員として素直に迎え、準備を間に合わせるかっ」

「こんの野郎ぉ……やることがクズすぎる……!」

 

 しかし、バルバトスの言う事も事実。本来はもっと余裕のある時間で、カロルと共に準備をしているのだが彼は今日は不在。限られた時間の中、一人で店全ての準備を進めるなど無理がある。まさに猫の手も借りたい状況だ。

 

「くそっ……忌々しいが、目の前のゴリラの手も借りたいシチュに追い込まれてんだよな……おいバルバトス!しゃーねーから早く店の準備手伝え!それと後でぶっ飛ばす!」

「新人を脅迫してくるとは……なんて外道な副店長だブルァ」

「お前マジでぶっ潰すからな!」

 

 殴りたい衝動を理性で抑えつつ、ユーリは店の準備を始めるために裏から道具をとってくるために、走り出す。

 

「おいバルバトス!お前は店頭に並んでる服を綺麗に畳み直しとけ!」

「任せろぉ」

 

 ユーリから指示を受けたバルバトスは、ユーリとは逆方向に歩いて行く。そして店頭に並べられた服の前に辿り着くと、弱者を見ているかのようなそぶりで鼻を鳴らした。

 

「ふんっ。この程度のイージー作業、ラジオ体操にオリジナル運動を加えている俺の手にかかればお茶の子ハイハイよぉ」

 

 しかし、よほど服を畳むことに自信があるのだろうか。バルバトスは陳列された服の中から黒いVシャツを一枚選び、手に取ると…

 

「ぬぅぅん!」

 

 千切れそうなくらい大きくVシャツを広げ。

 

「ぬぉぉぉぉっ!」

 

 両手で高々と上へ持ち上げ。

 

「ぶるぁぁぁ!!」

 

 床へ叩き付けた。

 

「ふっ……完璧な手際のよさぶほぉ!」

「何やってんのお前」

 

 バルバトスの頬に、ユーリのグーパンチがめり込んだ。

 

「ぶふぅ……おい副店長ぉ。いきなり何をしやがるんだぁ。たった今、俺の有能っぷりが示されていたというのに」

「俺がいつ服をボロ雑巾にしろっつったよ。もう完全にこのシャツ売れねぇじゃねぇか」

「俺の力に耐えられないほど軟弱なこの服が悪いんだブルァ」

「軟弱なのはお前の脳みそだバカヤロー」

 

 悪びれる様子無し。責任を無機物に擦り付け、バルバトスは作業を続行する為に次のシャツを手にとり…

 

「おい止めろ!もうボロ雑巾なんかいらねぇ、っていうか商品壊すな!」

「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

<ビリィ!>

「だから破ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……ちくしょう、なんで開店して間もないのにこんな疲れてんだよ、俺……」

「おい副店長ぉ。次はどのコーナーの服を畳めばいいんだブルァ」

「もう服は畳むな。このままじゃ店が畳まれる。じゃあ次は、商品の品出しの準備をしといてくれ。店の奥に段ボールがあるから、それをこっちに持ってこい」

「アラホラブルァっブルァー」

「さっさと行けや、マッスルトンズラー」

 

 バルバトスの悪ふざけを軽く流し、ユーリはバルバトスを店の奥に向かわせる。

 

 流石に運搬作業は難しくなかったということだろうか。バルバトスは特に問題を起こすことなく、無事運搬を終了させた。若干量が多いが。

 

 運搬業務ではこの脳筋も割と使えることを知れたユーリ。だが、最大の問題がどんどん近付いてきている。

 

「(こいつ……接客ぜってぇできねぇだろ)」

 

 寧ろ、させたくないというのがユーリの本音だ。こんな大男を公衆の面前の前に出すという事がそもそも気の引ける話だ。確実に事故を起こす事だろう。

 

 どうしようかとユーリが唸っていると、店の入り口にある自動ドアが開いた。お客が来てしまったのだ。

 

「や、やべぇ!こんな時に限って客が……っ!」

「ここは俺に任せろ、副店長ぉ」

「任せられるわけねぇだろ!お前みたいな化け物を客の前に出すわけにはいかねぇだろ!冒険で初めてフィールドで会った最初のモンスターがラスボスでした、みたいな反応されるわ!」

「むぅ、確かに……俺の強さを見た客が惚れてファンになってしまったら、副店長の怒りを買う事になってしまうなぁ」

「もう既に買ってんだよ、お前。それも特大級のをな」

「それはそうと副店長ぉ。副店長はまだ裏方でやるべきことがあるのではないかぁ?まさかその業務をほっぽいて接客に臨むつもりかぁ?」

 

 その点を指摘されたユーリは反論できずに、ウっ、と唸ってしまう。バルバトスの言うとおり、店長であるカロルが不在の今、ユーリはカロルの代わりに店長業務を行わないといけない。やり方は以前、もしもの時の為にとカロルから教わっていたので心配はない。

 

 が、問題はその業務をバルバトスが行う事は不可能だという事。新人でやり方も知らないバルバトスに代理を頼むことなどできないし、かといってサクサクと終わる仕事でもない。暫くはバルバトスに接客を任せなければならないというのが現状だ。

 

 無論、風評諸々の都合で目の前にいる男を客に会わせたくない。しかし、客をほったからかしにすることなど言語道断。

 

 苦心の末、ユーリが最終的に出した指示は……

 

「……店のほう、頼む。会計だけやってくれればいいから」

「お任せブルァ」

 

 苦渋の選択だった。しかし、こうするしかなかったユーリ。これからバルバトスの会計を受ける客に、大きく同情するしか彼にはできなかった。

 

 一方、自分の狙い通りに指示を貰えたバルバトスは意気揚々とレジの方へ向かっていく。何故か軽やかなステップを踏みつつ歩いている。何故ステップ。

 

 そんな後姿を見ていたユーリは、せめて面倒事にならない様にと心の中で祈り――

 

「ぶるぁぁぁぁぁっ!!いらっっしゃいませぇぇぇぇい!!」

「ひ、ひえええ!?」

 

 時既に遅し。バルバトスの奇声と客の悲鳴を聞いた瞬間、ユーリはがっくりと項垂れた。

 

 そして店頭での仕事についたバルバトスはというと、先ほど客に威勢よく挨拶をした後は店内を歩いて回り、商品の整理を行っていた。

 

「ぶらっ、ぶらっ、ぶらっしゅあ!」

 

 彼の手にかかった衣服は、ことごとくグチャグチャになっているが。とにかく言えることは……無残すぎる。

 

 店内を一通り巡回し終えたバルバトスは、ひとまず副店長から頼まれていた会計の仕事に就くべく、レジへと歩を進める。そしてその道中、ふとこんなことを考えていた。

 

「ふぅむ…どうやらこの店には決定的に足りない物があるようだなぁ」

 

 足りない物とは一体何なのか。意外にも店の為に脳を使っているバルバトスが導き出した答えは……

 

 その足りない物を補うべく、バルバトスはレジから離れて一コーナーの方へと向かって言った。レジに立った時間、なんと13秒。

 

 

 

 

 

――――――

 

 そしてこちらは店内を見て回っている一般客の視点。白いTシャツに黒のジーンズというラフな格好で歩く若い男性。今日は仕事は休みで、新しい服を買おうとこの店を訪れた。彼はよくこの店に足を運び、商品を買って行ってくれる。いわば常連さんと言ったところだ。

 

 若い男性は聴き馴染んだ店内BGMを聞きながら陳列された商品を眺めていく。

 

「(ん~、やっぱりこの店は良いモン揃ってるよな~。家の近くにこう言う店があって助かるわ~………ん?)」

 

 

 

『全身タイツコーナー』

 

 

 

「なにこれ!?」

 

 聞いたことも無い珍妙なコーナー名だった。

 仕事に疲れて幻覚でも見ているのかと思い、男性は目をゴシゴシと擦るともう一度コーナー名を確認する。

 

 

 

『全身タイツコーナー』

 

 

 

 

 

「……見なかったことにしよ――」

「きぃさぁまぅあぁぁぁぁぁっ!!」

「ひぃぃぃぃぃ!?」

 

 クマと聞き間違える程の雄叫びが聞こえ、思わず短い悲鳴を上げる男性。とっさに、その声がする方を向く。

 すると遠くの方から、蒼い全身タイツを着た筋骨隆々の濃い男がものすごい形相でこちらに向かって走って来た。

 

「俺の特別コゥナーを、素通りしてんじゃ……ねぇぇぇぇぇぇいっ!!」

「ええええええええぇぇ!?」

 

 筋肉―バルバトス―男性の胸ぐらを掴むと、床に叩き付け、数回踏みつけ、どこかに隠し持っていた斧を振り上げ、男性を天井へと豪快に吹き飛ばした。

 

 成す術も無くバルバトスにやられた男性は、重力に従って地面に叩き付けられる。酷(むご)い。

 

「ふぅ……。服を買ってもらうために客を引き留める……これが真のアパレルショップ店員だブルァ」

「おいたが過ぎたなてめぇ。(店に)仇なす者を微塵に砕く!漸毅狼影陣!」

「ぶるぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 やりたい放題に暴れる男へ、ついに副店長の鉄槌が下った。

 

 その後、お客様に危害を加えたバルバトスは即刻クビ。慰謝料、賠償金諸々はもちろんバルバトスが全負担となる。

 ちなみにバルバトスがクビになって間もなく、ジュディスという若い女性とレイヴンという中年の男性が『凛々の明星(ブレイブ・ヴェスぺリア)』に新しく雇用され、店の成績は右肩上がり。以降も人員とショップ規模を拡大していったという。

 

 

 

 

 

「次回、『バルバトス・ゲーティア様がメイド喫茶で働き始めたら』。画面の前の諸君、期待しておくんだぞぉ。いらっしゃいませぇん、ごしゅ――」

「おい止めろ」

 

 

 

 

 

―――終わり

 




気が乗ったらマジで書くかもしれません、メイドバルバトス。

けどリアルが忙しくなりそうで……行けるところまで頑張ります。

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