ゆるキャラ至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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第10話 七転八倒のありすぽーん

「次は、坂柳クラスです」

 

担当教師が発表を促す。

 

坂柳が杖を手に、ゆっくり立ち上がった。

 

神室が白い袋を持ち、橋本がありすぽーんの資料を運ぶ。

 

森下、山村、白石も壇上へ向かった。

 

坂柳クラスは人数が多い。

 

その分、何をするのか予測しづらかった。

 

演台の横へ、ありすぽーんの頭部模型が置かれる。

 

白いチェスのポーン。

 

身体より大きな王冠。

 

王冠は少し斜めに傾き、片方の目が隠れかけている。

 

「私たちのキャラクターは、ありすぽーんです」

 

坂柳が説明を始める。

 

「ありすぽーんは、チェスのポーンをモチーフにしています。

ポーンは盤上で最も小さな駒であり、一度に前へ一歩しか進むことができません」

 

スクリーンにチェス盤が映る。

 

最初の位置に立つ、小さなありすぽーん。

 

遥か前方には、盤上の終点。

 

「ですが、ポーンは最後の列まで進むことで、より強力な駒へ昇格できます。

ありすぽーんの夢は、いつか頭の王冠に相応しい存在となることです」

 

「最初から王冠を被っている理由は?」

 

池が小声で尋ねる。

 

幸村が答える。

 

「夢の象徴だろう」

 

坂柳の説明も同じだった。

 

「この王冠は、まだありすぽーんには大きすぎます。

歩けばずれます。時には前が見えなくなり、転んでしまうこともあります」

 

次のスライド。

 

王冠が顔を覆い、壁へぶつかるありすぽーん。

 

さらに次。

 

床へ転がるありすぽーん。

 

会議室から笑いが起こる。

 

「ですが」

 

坂柳の声が少しだけ強くなる。

 

「ありすぽーんは、転んだままでは終わりません。

何度でも自分の力で立ち上がり、王冠を直して、もう一度前へ進みます」

 

倒れたありすぽーん。

 

短い手で床を押す。

 

立ち上がる。

 

ずれた王冠を両手で直す。

 

そして再び、一歩を踏み出す。

 

見た目は可愛らしい。

 

転ぶ場面には笑いもある。

 

その一方で、諦めずに進むという明確な物語があった。

 

「一度に一歩しか進めないことを、弱さと考える必要はありません」

 

坂柳は会議室全体を見渡す。

 

「大切なのは、進み続けることです。

ありすぽーんは、昨日の自分より一歩だけ前へ進む全ての人を応援します」

 

発表として完成度が高い。

 

専門審査を強く意識している。

 

キャラクターの外見。

 

モチーフ。

 

学校の教育理念。

 

全てが一つの物語にまとめられていた。

 

「続いて、ありすぽーんの動きを実演します」

 

坂柳が言った。

 

神室と橋本が顔を見合わせる。

 

「本当にやるのか」

 

橋本が尋ねる。

 

「そのために森下さんへお願いしたのです」

 

白い袋が開かれる。

 

中から出てきたのは、ありすぽーんの試作衣装だった。

 

完成した着ぐるみではない。

 

円筒形の白い胴体。

 

大きな王冠。

 

腕と足は黒い布。

 

頭部はまだ簡易的な構造で、顔を完全には覆わない。

 

森下が無言で衣装を装着し始める。

 

「森下さん、本当に大丈夫ですか?」

 

白石が優しく尋ねる。

 

「問題ありません」

 

森下は円筒形の胴体へ入る。

 

「レベルアップの準備はできています」

 

「レベルは上がりません」

 

坂柳が改めて訂正する。

 

「可能性はゼロでしょうか」

 

「ゼロです」

 

「厳しい世界です」

 

森下は少し残念そうだった。

 

山村が舞台袖に近い場所で、小さな時計を持っている。

 

「山村さんは何をするんだ?」

 

橋本が尋ねる。

 

「じ、時間を測ります……」

 

「何の?」

 

「森下さんが何秒で立ち上がれるかです……」

 

山村は人前へ出たくないと言っていた。

 

だが舞台の端で時間を測る役なら引き受けたらしい。

 

白石は、転倒時に周囲の机へぶつからないよう、柔らかなマットを床へ敷いている。

 

「準備が整いました」

 

坂柳が言う。

 

森下演じるありすぽーんが、壇上の中央へ立つ。

 

王冠が大きい。

 

顔の上半分がほとんど隠れている。

 

前方はほぼ見えていないはずだ。

 

「一歩、前へ進んでください」

 

坂柳の指示。

 

森下が動く。

 

右足。

 

続いて左足。

 

円筒形の胴体が左右へ揺れる。

 

王冠も大きく傾く。

 

三歩目。

 

森下の足が自分の衣装の裾へ引っかかった。

 

身体が前へ傾く。

 

そのままマットへ倒れた。

 

鈍い音。

 

会議室から笑いと小さな悲鳴が同時に上がる。

 

「森下さん!」

 

白石が駆け寄ろうとする。

 

だが坂柳が静かに手を上げた。

 

「お待ちください」

 

マットの上で、ありすぽーんが動く。

 

短い腕で床を押す。

 

だが胴体が丸く、上手く力を入れられない。

 

右へ転がる。

 

今度は左へ転がる。

 

王冠がさらにずれる。

 

「起き上がれねぇじゃねぇか」

 

龍園が笑う。

 

神室が額を押さえる。

 

「だから試作品でやるのは無理だって言ったのよ」

 

橋本も笑いを堪えながら近づこうとする。

 

しかし森下が衣装の中から声を上げた。

 

「まだです」

 

くぐもった声だった。

 

「経験値を獲得しています」

 

「獲得していません」

 

坂柳は冷静だった。

 

森下は再び床へ手をつく。

 

膝を曲げようとするが、円筒形の胴体に遮られる。

 

今度は後ろへ倒れそうになる。

 

山村が時計を見ながら、小さく数字を数えていた。

 

「に、二十秒です……」

 

「何の実況だ」

 

橋本が言う。

 

「立ち上がるまでの時間です……」

 

「このままじゃ一分かかるぞ」

 

「ありすぽーんは諦めません」

 

坂柳の声。

 

森下は床でもがき続ける。

 

笑いが起きている。

 

だが、徐々に応援する声も混ざり始めた。

 

「頑張れ!」

 

一之瀬クラスの生徒が言う。

 

「あと少し!」

 

白石も優しく声をかける。

 

「右の膝を先に立ててください」

 

山村が小さな声で助言する。

 

森下が右膝を立てる。

 

短い腕で身体を支える。

 

ゆっくりと重心を上げる。

 

一度傾く。

 

それでも倒れず、踏みとどまった。

 

そして。

 

森下演じるありすぽーんが、自分の力で立ち上がった。

 

会議室から拍手が起きる。

 

転倒から四十七秒。

 

決して優雅ではない。

 

格好よくもない。

 

だが何度転がっても起き上がろうとする姿は、坂柳が説明した物語そのものだった。

 

森下はずれた王冠を両手で直す。

 

その動きで再びバランスを崩しかける。

 

だが白石が背後からそっと支えた。

 

「立てましたね」

 

「はい」

 

森下は衣装の中から答える。

 

「レベルは上がりましたか」

 

「上がっていません」

 

「残念です」

 

会議室が再び笑いに包まれた。

 

「今後は、三秒以内に立ち上がれるよう改良します」

 

坂柳が説明する。

 

「今のままでは、ステージ時間の大半を起き上がることへ使ってしまいますから」

 

「最初から分かってただろ!」

 

橋本が突っ込む。

 

「実際に試さなければ、正確な時間は分かりません」

 

「四十七秒もかかるとは思わなかったけどね」

 

神室が言う。

 

山村は時計の記録を大切そうに資料へ書き込んでいる。

 

人前へ出ることは苦手でも、自分の役割には真面目だった。

 

坂柳クラスの発表が終わる。

 

ありすぽーんは、設定の完成度だけでなく、森下の実演によって強い印象を残した。

 

席へ戻る途中、森下がオレの前で足を止めた。

 

まだ試作衣装の上半分を身につけている。

 

「きよぽんも転びますか」

 

「転ばない」

 

「一度転んでみてはいかがでしょう」

 

「必要ない」

 

「起き上がることで人気が増えるかもしれません」

 

「転ばなくても人気はある」

 

長谷部が横から答える。

 

「きよぽんは基本的に転ばないから」

 

「なぜですか」

 

「無理なことをしないから」

 

「慎重なのですね」

 

「やる気がないわけじゃないよ」

 

「まだ何も言っていません」

 

二人は再び牽制を始めた。

 

白石が森下を連れ戻す。

 

「森下さん。次は龍園くんたちの発表ですよ」

 

「承知しました」

 

森下は素直に席へ戻った。

 

今度こそ合同説明会に集中してほしい。

 

「続いて、龍園クラスです」

 

龍園が立ち上がる。

 

その後ろから、ひより、伊吹、石崎が続く。

 

西野とアルベルトも展示物の運搬を手伝っていた。

 

壇上へ並べられたのは二体。

 

黒いドラゴンのりゅうまる。

 

本を抱えた熊のぶっくまる。

 

「俺たちのクラスは、まだ代表を決めてねぇ」

 

龍園が最初に言った。

 

「だから今日は、両方見せる」

 

余計な前置きはない。

 

「先にりゅうまるだ」

 

スクリーンに黒いドラゴンが映る。

 

丸い身体。

 

短い翼。

 

背中の棘。

 

一本だけ覗く牙。

 

目付きは悪いが、どこか生意気で憎めない。

 

「りゅうまるは強いドラゴンだ」

 

龍園が説明する。

 

ひよりが隣で小さく首を傾げる。

 

「正確には、強くなりたい子供のドラゴンです」

 

「今でも強ぇ」

 

「まだ空を上手に飛べません」

 

「飛べる」

 

「飛ぶと木にぶつかります」

 

「その設定は聞いてねぇ」

 

「昨日追加しました」

 

龍園がひよりを見る。

 

ひよりは穏やかな表情のまま、少しも引かない。

 

「翼が小さいので、最初は長く飛べません。でも毎日練習しています」

 

次のスライドには、空を飛ぼうとして木の枝へ引っかかるりゅうまる。

 

地面では、仲間たちが心配そうに見上げている。

 

「弱そうに見えるだろ」

 

龍園が不満を口にする。

 

「だから応援したくなります」

 

ひよりが答える。

 

「最終的には火を吐く」

 

「小さなくしゃみで煙が出るだけです」

 

「聞いてねぇぞ」

 

「子供のドラゴンなので」

 

会議室から笑いが起きる。

 

龍園が想定しているりゅうまる。

 

ひよりが育てているりゅうまる。

 

二体の性格は完全には一致していない。

 

「好きなものは勝利」

 

龍園が言う。

 

「温かいスープです」

 

ひよりが訂正する。

 

「嫌いなものは敗北」

 

「仲間が悲しむことです」

 

「特技は敵を威圧すること」

 

「高い棚の本を取ることです」

 

「お前、俺の設定全部変えてるだろ」

 

「ゆるキャラとして親しみやすくしています」

 

伊吹が横で笑っていた。

 

「もう椎名に任せた方がいいんじゃない?」

 

「うるせぇ」

 

石崎も笑いを堪えている。

 

龍園が視線を向ける。

 

「何だ」

 

「いや、龍園さんと椎名の説明、どっちが正しいんすか?」

 

「俺だ」

 

「椎名」

 

伊吹が答える。

 

「椎名さん」

 

西野も続ける。

 

アルベルトは無言でひよりを指した。

 

「全員裏切りやがったな」

 

龍園の声に、会議室がさらに笑う。

 

「次は、ぶっくまるです」

 

ひよりが一歩前へ出る。

 

声は大きくない。

 

だが会議室は自然に静かになった。

 

ひよりの腕には、ぶっくまるの小さなぬいぐるみ。

 

スクリーンへ、正式なデザイン案が表示される。

 

丸眼鏡を掛けた熊。

 

一冊の本を大切そうに抱えている。

 

耳には栞。

 

背中には小さな鞄。

 

「ぶっくまるは、本が好きな熊です」

 

ひよりが説明する。

 

「いつも森の図書館で本を読んでいます。

でも、一人で読んでいるだけではありません。

面白い本を見つけると、誰かに紹介したくなります」

 

ページをめくるぶっくまる。

 

友達へ本を差し出すぶっくまる。

 

二人で同じ本を読んで笑う姿。

 

「ぶっくまるの夢は、世界中の人に自分の大好きな一冊を見つけてもらうことです」

 

一之瀬が優しく微笑む。

 

佐倉も熱心にスクリーンを見ている。

 

本を読む者。

 

本に興味がない者。

 

どちらにも分かりやすい設定だった。

 

「嫌いなものは、本を乱暴に扱う人です」

 

ひよりが続けた。

 

龍園が腕を組む。

 

「そういう奴がいたら噛む」

 

「噛みません」

 

「一回くらい噛ませろ」

 

「注意します」

 

「聞かなかったら?」

 

「もう一度注意します」

 

「それでも聞かなかったら?」

 

「悲しい顔をします」

 

「弱ぇ」

 

「相手が反省してくれるかもしれません」

 

龍園は納得していない。

 

「俺なら本を破った奴の指を――」

 

「龍園くん」

 

ひよりが穏やかに名前を呼ぶ。

 

龍園は言葉を止めた。

 

ゆるキャラの説明会で話す内容ではないと判断したらしい。

 

「ぶっくまるには、戦闘能力はありません」

 

ひよりは改めて明言した。

 

「ですが、どんな人にも合う本を探すことができます」

 

「俺にもか?」

 

龍園が尋ねる。

 

「はい」

 

「どんな本だ」

 

「穏やかな気持ちになれる本です」

 

「必要ねぇ」

 

「必要だと思います」

 

ひよりは真顔だった。

 

「伊吹さんには、料理の本を」

 

「読まない」

 

「石崎くんには、英語の参考書を」

 

「それ、アルベルトにも言われた」

 

石崎が苦笑する。

 

「龍園さん、俺はぶっくまるもいいと思うっす」

 

「どっちに投票する気だ」

 

「それは……」

 

石崎がりゅうまるとぶっくまるを見比べる。

 

龍園の視線。

 

ひよりの穏やかな視線。

 

どちらへ答えても問題が起きそうだ。

 

「まだ決めてないっす」

 

「逃げたわね」

 

伊吹が言う。

 

「お前はどっちなんだよ」

 

「ぶっくまる」

 

即答だった。

 

龍園が伊吹を睨む。

 

「理由は?」

 

「可愛いから」

 

「それだけか」

 

「ゆるキャラなんだから十分でしょ」

 

西野もぶっくまる。

 

アルベルトもぶっくまる。

 

石崎だけが中立。

 

現時点では、クラス内でもぶっくまるが優勢に見える。

 

「だがな」

 

龍園が演台へ手をつく。

 

「人気がある方をそのまま選ぶだけじゃ、他のクラスと同じだ」

 

「何が言いたいの?」

 

伊吹が尋ねる。

 

「りゅうまるには、ぶっくまるにねぇもんがある」

 

「牙ですか?」

 

ひよりが言う。

 

「そうだ」

 

「一本です」

 

「増やす」

 

「増やしません」

 

再び同じ争いが始まりかける。

 

担当教師が咳払いをする。

 

「発表を続けてください」

 

龍園は不満そうにしながらも、話を戻した。

 

「りゅうまるは可愛いだけじゃねぇ。

目付きが悪い。口も悪い。すぐ他の奴と張り合う」

 

「それ、龍園さんそのものじゃないっすか」

 

石崎が言った。

 

龍園が見る。

 

「何か言ったか?」

 

「何でもないっす」

 

「だが」

 

龍園は続ける。

 

「仲間が困ってりゃ、放っておかねぇ。自分が傷ついても前へ出る。そういう奴だ」

 

ひよりが龍園を見る。

 

伊吹も少し表情を変えた。

 

石崎は黙っていた。

 

りゅうまるの設定。

 

怖そうに見える。

 

不愛想。

 

だが、実際は仲間思い。

 

それは龍園本人が積極的に認めたがる性質ではない。

 

ひよりが最初に提案したものだった。

 

龍園も内心では、悪くないと思っているのだろう。

 

「だから俺は、りゅうまるを捨てる気はねぇ」

 

龍園は言い切った。

 

「ぶっくまるが人気一位だろうが関係ねぇ。最後はクラスの連中に選ばせる」

 

りゅうまるとぶっくまる。

 

単なる強さと可愛さの対立ではない。

 

龍園クラスが、自分たちをどのような集団と考えているのか。

 

その選択でもある。

 

発表終了。

 

大きな拍手が起きた。

 

ぶっくまるの完成度。

 

りゅうまるに込められた龍園クラスの関係性。

 

どちらも強い印象を残していた。

 

「最後は、堀北クラスです」

 

担当教師の声。

 

いよいよオレたちの順番になった。

 

堀北が立ち上がる。

 

平田も続く。

 

長谷部がきよぽんのファイルを抱え、勢いよく席を立つ。

 

「愛里、みやっち、ゆきむーも来て」

 

「俺たちも壇上に行くのか?」

 

三宅が驚く。

 

「制作班だから」

 

「全員で?」

 

「きよぽんは友達と協力するキャラだよ」

 

「設定を便利に使ってないか?」

 

「使えるものは使う」

 

幸村はすでに資料を持って立っている。

 

佐倉も緊張しながら席を離れた。

 

オレは残ろうとした。

 

長谷部が振り返る。

 

「きよぽんも」

 

「オレは必要ない」

 

「モデルがいないと説明できない」

 

「資料だけで十分だ」

 

「森下さんが本物を見たいって」

 

「他クラスの要望に応える必要はない」

 

斜め前から森下が挙手した。

 

「希望します」

 

「手を挙げるな」

 

会議室から笑いが起きる。

 

堀北がオレを見る。

 

「綾小路くんも来て」

 

「ほりぽんの説明には必要ないだろう」

 

「公平性のためよ。きよぽんに関係する生徒だけ席に残すわけにはいかない」

 

理屈は分かるようで分からない。

 

だが全員が待っている。

 

これ以上拒否して注目を集めるより、壇上へ行った方が早い。

 

オレは席を立った。

 

堀北クラスの参加者は、他のクラスより多くなった。

 

堀北。

 

平田。

 

オレ。

 

長谷部。

 

三宅。

 

幸村。

 

佐倉。

 

展示台には二体のキャラクター。

 

ほりぽん。

 

きよぽん。

 

最初に説明するのは、ほりぽんだった。

 

堀北が演台へ立つ。

 

スクリーンに、白いフクロウが映し出される。

 

「私たちのクラスは、現在二つの候補から正式な代表を選考しています」

 

堀北の声は落ち着いていた。

 

「最初に紹介するのは、ほりぽんです」

 

ほりぽんは白いフクロウ。

 

紺色の制服。

 

赤いリボン。

 

丸眼鏡。

 

片方の翼には教科書。

 

もう一方には、小さな鉛筆を持っている。

 

「ほりぽんは、努力と成長を象徴するキャラクターです。

最初は空を飛ぶことができません」

 

小さな翼を懸命に動かすほりぽん。

 

少し浮かぶ。

 

すぐに地面へ落ちる。

 

「勉強も運動も、最初から得意だったわけではありません。

失敗を繰り返しながら、毎日少しずつ練習を続けます」

 

ページをめくる。

 

走る。

 

翼を動かす。

 

疲れて机へ伏せる。

 

眠ってしまう。

 

「ほりぽんは、努力を続けるキャラクターです。

ただし、いつも頑張れるわけではありません」

 

以前の堀北なら、弱さを入れなかったかもしれない。

 

だが周囲の意見を受け、設定を変えた。

 

「苦手な科目から逃げることもあります。

疲れて、何もしたくなくなる日もあります。

自分より優秀な誰かを見て、落ち込むこともあります」

 

スクリーンには、机の下へ隠れるほりぽん。

 

参考書を見ないよう、翼で顔を覆っている。

 

会議室から小さな笑いが起きる。

 

「それでも、ほりぽんは最後には机へ戻ります。

すぐに戻れない時は、友達に助けてもらいます」

 

友達の動物たちが、ほりぽんを机の下から引っ張り出す。

 

一緒に教科書を開く。

 

「ほりぽんは、努力できない自分を責めません。

休んだ後に、もう一度始めればいいと考えています」

 

堀北は一度、会議室を見渡す。

 

「今日の努力が、明日の翼になる。これが、ほりぽんの言葉です」

 

最後のスライド。

 

成長したほりぽんが、青い空を飛んでいる。

 

下には仲間たち。

 

ほりぽんは一人で飛んでいる。

 

だが、そこまで成長できたのは、一人の力だけではない。

 

堀北自身の歩みと重なる部分があった。

 

入学直後。

 

他人を必要としなかった堀北。

 

クラスメイトと関わり。

 

失敗し。

 

助けられ。

 

少しずつ成長してきた。

 

ほりぽんは、確かにこのクラスを象徴している。

 

会議室から拍手が起こった。

 

長谷部も拍手をしている。

 

対立していても、ほりぽんそのものを否定しているわけではない。

 

堀北が一歩下がる。

 

「続いて」

 

平田が演台へ立とうとした。

 

だが長谷部が先に進み出た。

 

「きよぽんです!」

 

声が大きい。

 

スクリーンが切り替わる。

 

眠そうな目。

 

丸い身体。

 

ヨーグルト帽子。

 

ほりぽんの感動的な物語の直後。

 

きよぽんが大きく映し出された。

 

会議室が少しざわつく。

 

何もしていない。

 

ただ立っているだけ。

 

それなのに、妙な存在感があった。

 

「きよぽんは、謎の生き物です」

 

長谷部が言う。

 

「説明を諦めたな」

 

龍園が呟く。

 

会議室に笑いが広がる。

 

「諦めてません!」

 

長谷部は龍園へ反論する。

 

「謎であることが設定なんです」

 

「便利だな」

 

「きよぽんは、高度育成高等学校のどこか静かな場所で暮らしています」

 

次の絵。

 

校舎の隅。

 

窓際。

 

図書館の奥。

 

屋上。

 

様々な場所に、きよぽんが座っている。

 

「普段は目立ちません。人が多い場所も少し苦手です。

だから、みんなが楽しそうにしていても、少し離れた場所から見ています」

 

絵の中で、動物たちが集まって遊んでいる。

 

きよぽんは木の陰にいる。

 

仲間外れではない。

 

自分から距離を取っている。

 

だが表情は、どこか寂しそうにも見える。

 

佐倉が描いたものだった。

 

「きよぽんは、話すことも得意ではありません」

 

長谷部の声が、少しだけ静かになる。

 

「何を考えているのか分からないと言われます。やる気がないようにも見えます」

 

「実際やる気なさそうだな」

 

龍園が言う。

 

「静かにしてください!」

 

長谷部が睨む。

 

「ですが」

 

今度は幸村が説明を引き継いだ。

 

「きよぽんは、周囲をよく見ています。

誰かが困っていることへ、他の者より早く気づくことがあります」

 

落とし物をした兎。

 

重い荷物を運ぶ熊。

 

道に迷った小鳥。

 

きよぽんは、遠くから見ている。

 

「積極的に声をかけることはありません。

自分が助けたことを誇ることもありません。

誰にも気づかれないよう問題を解決し、

何もしていない顔で元の場所へ戻ります」

 

きよぽんが落とし物を拾い、持ち主の近くへ置く。

 

重い荷物を少しだけ押す。

 

小鳥が帰るための道標を、地面へ描く。

 

助けられた者は、誰がしたのか分からない。

 

きよぽんは離れた場所でヨーグルトを食べている。

 

「だから、何か聞かれてもこう答えます」

 

スクリーンに大きな文字が表示される。

 

『違う。きよぽんが勝手に』

 

会議室が笑いに包まれた。

 

「使い方が違う」

 

オレは小さく言った。

 

マイクが近かったため、声が拾われた。

 

「きよぽんが喋った!」

 

森下が立ち上がる。

 

「座っていろ」

 

「再現度が高いです」

 

「本人だからだろ」

 

橋本が言う。

 

長谷部は嬉しそうだった。

 

「今みたいに、本人は何もしてないって言います」

 

「今は本当に何もしていない」

 

「照れてます」

 

「照れていない」

 

会議室の笑いが続く。

 

だが長谷部は、次のスライドへ移った。

 

「きよぽんは、一人でいることが多いです。でも、一人で何でもできるわけではありません」

 

短い腕で、頭上に丸を作ろうとするきよぽん。

 

左右の手が届かない。

 

何度試しても、小さな腕では丸にならない。

 

「きよぽんは、一人では大きな丸を作れません」

 

長谷部がオレを見る。

 

「ここからは、みやっち、ゆきむー、愛里」

 

三人が前へ出る。

 

「本当にやるのか」

 

三宅が小声で尋ねる。

 

「朝もやったでしょ」

 

「朝だけだと思ってた」

 

「本番は今」

 

佐倉は緊張している。

 

幸村も少し表情が硬い。

 

「オレも必要なのか」

 

「もちろん」

 

長谷部がオレを中央へ立たせる。

 

「頭部がない」

 

「今日は人間形態」

 

「そんな形態はない」

 

「特別版」

 

また勝手に設定が増えた。

 

長谷部がオレの左。

 

佐倉が右。

 

三宅と幸村がその外側へ並ぶ。

 

「きよぽんは、友達に手伝ってもらいます」

 

長谷部が両腕を上げる。

 

佐倉も上げる。

 

三宅と幸村も続く。

 

オレの頭上を囲むように、四人の腕が大きな輪を作った。

 

朝の教室で撮影したものと同じ形。

 

ただし今回は、頭部を被っていない。

 

オレの顔が見えている。

 

そのせいで余計に気まずい。

 

「一人ではできないことでも、友達と一緒ならできます」

 

佐倉が、控えめな声で続ける。

 

「きよぽんは、友達がいるから大きな丸を作れます」

 

会議室が静かになった。

 

笑う場面のはずだった。

 

短い腕。

 

丸を作れない。

 

それを友達に手伝ってもらう。

 

単純な設定。

 

だが綾小路グループの四人が、オレを囲んで輪を作っている。

 

その光景が、設定以上の意味を持ってしまっていた。

 

オレはかつて、人間関係を必要としていなかった。

 

友人という言葉の意味も、正確には理解していなかった。

 

それでも。

 

長谷部。

 

三宅。

 

幸村。

 

佐倉。

 

彼らと過ごした時間は、オレの学園生活の一部だった。

 

今は以前と同じ形ではない。

 

毎日一緒にいるわけでもない。

 

だが完全に失われたわけでもなかった。

 

長谷部たちの輪の中に立つ。

 

自分から望んだ形ではない。

 

それでも、拒絶するほど嫌ではなかった。

 

「清隆くん」

 

佐倉が小さく呼ぶ。

 

「手を上げて」

 

オレは左右へ腕を伸ばした。

 

長谷部と佐倉の手へ届く。

 

全員の腕が繋がる。

 

大きな丸が完成した。

 

会議室から拍手が起こった。

 

一之瀬は嬉しそうに笑っている。

 

ひよりも静かに拍手していた。

 

平田は目を細めている。

 

龍園は笑っていない。

 

ただこちらを見ていた。

 

坂柳は、興味深そうに微笑んでいる。

 

森下は端末へ高速で何かを書き込んでいた。

 

「何を記録している」

 

オレが尋ねる。

 

「きよぽんは友達と接触すると、腕が少し伸びます」

 

「伸びていない」

 

「比喩です」

 

「なら最初からそう言え」

 

長谷部が説明を続ける。

 

「きよぽんの好物はヨーグルトです」

 

空気が一気に戻った。

 

スクリーンに、ヨーグルトを真剣に見つめるきよぽん。

 

「温度と時間に強いこだわりがあります」

 

「本人監修です」

 

幸村が補足する。

 

「監修していない」

 

「発酵時間の説明を修正しただろう」

 

「間違いを訂正しただけだ」

 

「監修です」

 

長谷部は満足そうに言う。

 

「普段は眠そうですが、ヨーグルトの話をすると少しだけ目が開きます」

 

スクリーンが切り替わる。

 

通常きよぽん。

 

目が細い。

 

ヨーグルト説明中のきよぽん。

 

目が数ミリ開いている。

 

会議室から笑いが起こる。

 

「違いが小さすぎるだろ」

 

龍園が言う。

 

「そこがいいんです!」

 

長谷部は本気だった。

 

「そして、ヨーグルトを二個持つと第二形態になります」

 

「ならない」

 

オレは即座に否定した。

 

スクリーンへ、両手にヨーグルトを持つきよぽん。

 

見た目はほとんど変わらない。

 

「何が変わるんですか?」

 

白石が丁寧に尋ねた。

 

「ヨーグルトが一個増えます」

 

長谷部が答える。

 

白石は数秒考えた。

 

「分かりやすいですね」

 

「納得するのか」

 

神室が突っ込む。

 

「変化が目に見えますので」

 

「一個増えただけでしょ」

 

「森下さんはどう思います?」

 

白石が隣へ尋ねる。

 

森下は真剣に第二形態を見ていた。

 

「戦闘能力が二倍になる可能性があります」

 

「ありません」

 

幸村が断言した。

 

「ではヨーグルト能力が二倍です」

 

「何だ、その能力は」

 

三宅が呆れる。

 

「発酵速度です」

 

「きよぽん自身が発酵するみたいに言うな」

 

オレが止めた。

 

再び笑いが起こる。

 

「きよぽんは、強いキャラクターではありません」

 

長谷部は最後に言った。

 

「勉強を教えてくれるわけでもないし、空を飛べるわけでもありません。

誰とでもすぐ友達になれるわけでもありません」

 

ほりぽん。

 

りゅうまる。

 

ほなわん。

 

ありすぽーん。

 

ぶっくまる。

 

それぞれに明確な夢や役割がある。

 

きよぽんには、それらしい大きな目標がない。

 

「でも」

 

長谷部がきよぽんの絵を見る。

 

「何か上手くいかなかった時。頑張れない時。

一人でいたい時。きよぽんは、何も言わずに近くにいます」

 

窓際へ座るきよぽん。

 

隣には、落ち込んだ小さな動物。

 

きよぽんは励まさない。

 

立ち上がれとも言わない。

 

ただ同じ方向を見ている。

 

「きよぽんは、無理に頑張れとは言いません。

休んでいる人を、怠けているとも言いません。自分も眠そうにしているからです」

 

笑いが起こる。

 

だが長谷部の表情は真面目だった。

 

「元気になったら、一緒にヨーグルトを食べます。それだけです」

 

最後のスライド。

 

二人で並び、ヨーグルトを食べるきよぽんと動物。

 

大きな事件はない。

 

成長もない。

 

夢も語らない。

 

ただ隣にいる。

 

「きよぽんは、何もしてくれないかもしれません」

 

長谷部が言う。

 

「でも、何もしないで一緒にいてくれます」

 

会議室が静かになる。

 

きよぽんは、当初は冗談から生まれた。

 

オレを丸くし、ヨーグルトを持たせただけ。

 

長谷部の思いつき。

 

だが設定が増え。

 

佐倉が表情を描き。

 

幸村が矛盾を整理し。

 

三宅が材料を運び。

 

クラスメイトたちが意見を加えた。

 

その結果。

 

きよぽんは、オレを模した内輪向けの冗談だけではなくなり始めていた。

 

誰かを強く励ますのではない。

 

努力を要求しない。

 

無理に輪へ引き込まない。

 

それでも、完全に一人にはしない。

 

そういうキャラクターだった。

 

「発表は以上です」

 

長谷部が頭を下げる。

 

オレたちも頭を下げた。

 

会議室から、今日最も大きな拍手が起こった。

 

きよぽんが最も優れているという意味ではない。

 

ほりぽんにも。

 

ほなわんにも。

 

ありすぽーんにも。

 

りゅうまるにも。

 

ぶっくまるにも。

 

それぞれの良さがある。

 

ただ、誰も意味を説明できなかったきよぽんに、初めて一つの輪郭が与えられた。

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