翌朝。
りゅうまるの枕元で、本が開かれている。
「石崎くんと似ていますね」
ひよりが言う。
「お前ら、打ち合わせしたのか?」
「してないっす」
「していません」
二人が同時に答える。
だが、どちらの案にも相手のキャラクターが残されていた。
代表を決める。
一体を選ぶ。
それでも、選ばれなかった方を捨てる必要はない。
龍園が他クラスを呼んだ理由の一つは、これを示すためだったのかもしれない。
「次」
龍園が促す。
西野が手を挙げる。
「着ぐるみの中に入る人は?」
りゅうまる側。
石崎が答える。
「俺かアルベルト」
アルベルトは喋らなかったが、石崎を見る目には同じ意味があった。
「でも体格ならアルベルトだろ」
「大きすぎるんじゃない?」
西野が言う。
「りゅうまるは子供のドラゴンなのに、中身がアルベルトだと巨大になる」
「俺なら?」
「ちょうどいいかも」
石崎は少し嬉しそうになる。
「じゃあ俺が――」
「踊れるの?」
伊吹が尋ねる。
石崎が止まる。
「踊るのか?」
「ステージ審査があるでしょ」
「飛ぶ練習の動きならできる」
「実演して」
「今?」
「今決めるんだから、今」
教室中央へ押し出される石崎。
りゅうまるのパネルを背中に置かれる。
「翼を動かして」
伊吹が言う。
「翼ないだろ」
「腕でやりなさい」
石崎は両腕を広げる。
上下へ動かす。
動きが大きすぎる。
隣の机に当たりそうになる。
「もっと可愛く」
西野が要求する。
「可愛くって何だよ」
「子供のドラゴン」
石崎は膝を少し曲げる。
腕を小さく動かす。
顔だけは真剣。
教室から笑いが起こる。
「笑うな!」
「意外と似合ってるわよ」
伊吹が言う。
「褒めてないだろ」
「褒めてる」
「目が笑ってるぞ」
石崎は飛び立つ真似をする。
一歩。
二歩。
三歩。
机へぶつかりそうになり、急停止。
「木へぶつかったりゅうまる」
伊吹が言う。
教室が笑いに包まれる。
龍園まで口元を緩めていた。
「次はぶっくまる」
西野がひよりを見る。
「私ですか?」
「中に入る候補なんでしょ」
「短時間なら」
ひよりは少し迷った後、ぬいぐるみを石崎へ預けた。
教室中央へ出る。
「ぶっくまるは、どう動くの?」
「ゆっくり歩きます」
ひよりは小さな歩幅で進む。
両腕には本を抱えているつもりなのだろう。
石崎のりゅうまるとは反対。
動きは小さい。
静か。
時々立ち止まり、周囲を見る。
「地味ね」
伊吹が言う。
「本を探しています」
「床に?」
「落ちている本がないか確認しています」
ひよりは一冊の教科書を見つける。
実際に床へ落ちていたものではない。
西野が置いたらしい。
ひよりは屈み、両手で拾う。
表紙の汚れを軽く払う。
大切そうに胸元へ抱える。
そして持ち主を探すように、ゆっくり周囲を見回す。
派手な動きではない。
だがぶっくまるの性格が伝わる。
佐倉や山村のような、静かな生徒から支持を得そうだ。
「子供相手なら、少し動きが足りないかもしれませんわね」
坂柳が指摘する。
ひよりは動きを止める。
「どうすればよいでしょうか」
「本を渡した後の反応を、もう少し大きくする。喜びを全身で表すなど」
「ぶっくまるは、あまり大きく動かないと思います」
「キャラクター性を守るか、舞台映えを取るか。難しいところですわね」
ひよりは考える。
その時。
石崎がぬいぐるみを片手に、ひよりの前へ出た。
「本を渡した相手が喜べばいいんじゃないか?」
「相手?」
「りゅうまる」
石崎はぬいぐるみを受け取る真似をする。
最初は嫌そうに顔を背ける。
ひよりが本を差し出す。
石崎は渋々受け取る。
一度ひよりへ背中を向ける。
その後。
本を開く。
少しずつ夢中になり、最後には大きく翼を動かす。
実際には腕だ。
「ぶっくまる本人が派手に動かなくても、相手が反応すればステージは盛り上がる」
ひよりは頷いた。
「それなら、ぶっくまるらしさも守れます」
「もう二体で出る前提になってない?」
伊吹が尋ねる。
二人が止まる。
教室から笑いが起こった。
代表は一体。
だが物語には、二体とも登場させられる。
今の実演を見る限り。
りゅうまるとぶっくまるは、競争相手ではなく、
互いの弱点を補う組み合わせにも見えた。
「次の質問」
葛城が手を挙げる。
「費用について聞きたい」
クラスの財政と実務を重視する葛城らしい。
「現在、二体を同時に制作しているため、
支給された五十万ポイントのうち、すでに十八万ポイントを使用している」
教室がざわつく。
「そんなに?」
西野が驚く。
「着ぐるみの試作素材、ぬいぐるみ、印刷物、試作グッズ。
小さな支出が積み重なっている」
葛城は資料を掲げる。
「正式代表決定後、使用可能な残額は三十二万ポイント。
追加でクラスのポイントを投入することもできるが、無制限ではない」
「りゅうまるの方が安い」
石崎が言う。
「布の色が少ない。黒と赤が中心だから」
「ぶっくまるも色数は多くありません」
ひよりが答える。
「茶色、白、紺色が中心です」
葛城は二つの見積もりを示す。
りゅうまる。
完成まで約二十一万ポイント。
ぶっくまる。
約十九万ポイント。
大きな差ではない。
「グッズは?」
りゅうまる。
ステッカー。
小型の翼型キーホルダー。
牙を模したクリップ。
ぶっくまる。
栞。
眼鏡型の缶バッジ。
小さな本型メモ帳。
「ぶっくまるの方が、学校行事との相性はいいな」
葛城が言う。
「本型メモ帳や栞は、実用品として配布しやすい」
「りゅうまるの翼キーホルダーも格好いいぞ」
石崎が反論する。
「耐久性に問題がある」
「直せばいい」
「費用が上がる」
「そこを何とかするのが葛城だろ」
「俺を制作責任者にするな」
葛城も巻き込まれ始めていた。
「俺から質問だ」
龍園が初めて手を挙げた。
教室が静まる。
中立を宣言している龍園。
その質問は、最終結果へ大きな影響を与える。
龍園は石崎を見る。
「りゅうまるが負けたらどうする」
石崎は少し考えた。
「ぶっくまるを手伝います」
即答ではない。
だが迷いのない声だった。
「りゅうまるの動画やグッズも作りたいですけど、まずは代表のぶっくまるを勝たせる」
「不満は残らねぇのか」
「残ります」
石崎は正直に答える。
「俺はりゅうまるがいい。でもクラスで決めたなら従います」
「従うだけか?」
「ぶっくまるにも俺が考えた設定は入ってる。完全に他人のキャラじゃない」
眼鏡を壊れにくくした。
りゅうまると友達になる物語を考えた。
石崎も、すでにぶっくまるへ関わっている。
「次」
龍園はひよりを見る。
「ぶっくまるが負けたら?」
ひよりは腕の中のぬいぐるみを見る。
少し長い沈黙。
「悲しいと思います」
誤魔化さなかった。
「自分で作ったキャラクターですから」
教室の空気が静かになる。
「ですが、りゅうまるの制作を手伝います」
「本当にか?」
「はい」
「無理してねぇか?」
龍園の問い。
ひよりは顔を上げる。
「無理はします」
意外な答えだった。
「何も感じないふりをするつもりはありません。
ぶっくまるが選ばれなければ、残念です。しばらくは寂しいと思います」
ひよりはぬいぐるみを大切そうに抱く。
「でも、りゅうまるが嫌いになるわけではありません。
りゅうまるも、皆さんと作った大切なキャラクターです」
「ぶっくまるを捨てるのか」
「捨てません」
ひよりは強く答えた。
「ぶっくまるは図書館のキャラクターとして残します」
龍園が眉を上げる。
「勝手に決めたな」
「駄目ですか?」
「学校へ申請が必要だ」
葛城が現実的な指摘をする。
「試験終了後、非公式キャラクターとして
図書館の掲示や栞に使用する程度なら、許可が下りる可能性はある」
「申請します」
ひよりは迷わなかった。
「なら問題ねぇ」
龍園が言う。
許可した。
代表になれなくても、ぶっくまるは残る。
りゅうまるも同じ。
どちらが選ばれても、もう一体は物語やグッズ、校内の別の場所で生き続ける。
龍園が他クラスを呼んだ本当の狙いが、少し見えてきた。
一体を選ぶ。
だが一体を切り捨てない。
その形を、クラス全体と他クラスの前で明確にする。
敗れた側が消えるわけではない。
だからこそ、生徒たちは恐れずに投票できる。
「最後に」
龍園が教室全体を見る。
「今から投票する」
石崎とひよりが、それぞれの位置へ戻る。
投票用紙が配られる。
記名はない。
選ぶのは一体。
りゅうまる。
ぶっくまる。
他クラスの見学者に投票権はない。
龍園クラスの生徒だけ。
用紙へ書き。
教室中央の箱へ入れる。
静かな時間だった。
石崎は自分の席で、すぐに名前を書いた。
恐らく、りゅうまる。
ひよりも、少し考えた後で書く。
ぶっくまるだろう。
伊吹は長く迷っていた。
西野は早い。
アルベルトは大きな手で、小さな紙へ文字を書く。
葛城も投票する。
龍園は最後まで用紙を見つめていた。
何を書くのか。
りゅうまる。
龍園をモデルにしたキャラクター。
最初から押していた。
それとも、人気と完成度で勝るぶっくまる。
龍園は表情を変えず、名前を書く。
紙を二つ折りにする。
最後に投票箱へ入れた。
「開票する」
葛城が箱の前へ進む。
公平性を保つため、開票は葛城が担当する。
黒板に二つの欄。
りゅうまる。
ぶっくまる。
一枚目。
「ぶっくまる」
右側へ一本。
二枚目。
「りゅうまる」
左側。
三枚目。
ぶっくまる。
四枚目。
ぶっくまる。
五枚目。
りゅうまる。
票が積み重なる。
ぶっくまるが少し先行する。
だが大差ではない。
りゅうまるも追う。
教室内で、誰も声を出さない。
ひよりはぬいぐるみを抱いている。
石崎は膝の上で拳を握る。
伊吹は腕を組み、黒板だけを見つめる。
龍園は教壇の横。
目を細めている。
残り五票。
りゅうまる、十四。
ぶっくまる、十五。
一票差。
「ぶっくまる」
十四対十六。
「りゅうまる」
十五対十六。
残り三票。
「りゅうまる」
十六対十六。
同数。
残り二票。
教室の緊張が高まる。
一枚。
葛城が開く。
「ぶっくまる」
十六対十七。
最後の一枚。
りゅうまるなら同数。
ぶっくまるなら決着。
葛城が紙を開く。
一瞬だけ止まる。
「りゅうまる」
十七対十七。
同票。
教室がざわついた。
「同票?」
石崎が立ち上がる。
「マジかよ」
「全員投票したの?」
伊吹が尋ねる。
葛城が枚数を確認する。
「問題ない。三十四票」
りゅうまる、十七。
ぶっくまる、十七。
完全な同数。
「再投票?」
西野が尋ねる。
龍園は黒板を見つめる。
「いや」
龍園が答えた。
「最初から決めてある」
全員が龍園を見る。
「同票の場合、俺の票を無効にする」
教室が静まる。
伊吹が眉をひそめる。
「どういうこと?」
「俺がどっちへ入れたかを公開する。その票を抜いて、残った方を代表にする」
一瞬、理解しづらいルールだった。
龍園がりゅうまるへ入れていた場合。
りゅうまるが一票減り、ぶっくまるの勝利。
龍園がぶっくまるへ入れていた場合。
ぶっくまるが一票減り、りゅうまるの勝利。
つまり。
龍園が自分で投票したキャラクターとは、反対側が選ばれる。
「何でそんなことをするの?」
一之瀬が尋ねた。
「俺の影響を消すためだ」
龍園は答える。
「こいつらは、俺がりゅうまるを選ぶと思ってる。
俺に従って、りゅうまるへ入れた奴もいるかもしれねぇ」
石崎が少し目を伏せる。
否定できない者もいるだろう。
「逆に、俺が最後にぶっくまるを選ぶと読んだ奴もいる。
どっちにしても、俺の一票は他の奴と重さが違う」
龍園はポケットから一枚の小さな紙を取り出した。
投票前に、自分が何へ入れたかを別の紙へ書き、封をしていたらしい。
「同票になった時だけ、俺の票を消す。そう決めてた」
「同票になると思っていたの?」
堀北が尋ねる。
「五分五分だと思ってた」
「随分と正確ね」
「自分のクラスくらい読める」
龍園は封を破る。
中の紙を広げる。
教室全体へ見せた。
そこに書かれていた名前。
『りゅうまる』
石崎が息を呑む。
ひよりも紙を見る。
龍園は、りゅうまるへ投票していた。
自分をモデルにしたキャラクター。
クラスらしさを持つドラゴン。
最初から押していた案。
だが同票の場合、その一票は無効になる。
りゅうまる、十六。
ぶっくまる、十七。
正式代表。
ぶっくまる。
教室が静まり返った。
勝利の歓声はない。
ひよりもすぐには喜ばなかった。
石崎は黒板を見る。
りゅうまるの名前。
一本減らされた票。
龍園自身の判断によって。
「これで決まりだ」
龍園が言う。
「俺たちの代表は、ぶっくまる」
教室から拍手が起こり始める。
最初は小さい。
やがて大きくなる。
伊吹。
西野。
アルベルト。
葛城。
りゅうまるへ投票した生徒も。
ぶっくまるへ投票した生徒も。
同じように拍手していた。
ひよりはぬいぐるみを胸元へ抱き、少しだけ俯く。
嬉しい。
だが、隣にいる石崎へ気を遣っているのだろう。
「椎名」
石崎が声をかける。
ひよりが顔を上げる。
「勝ったんだから、喜べよ」
「でも」
「俺はりゅうまるに入れた」
石崎は正直に言った。
「負けて悔しい。でも、ぶっくまるが嫌いなわけじゃない」
ひよりは静かに聞いている。
「代表になったなら、絶対勝たせよう」
「はい」
ひよりは頷く。
「ありがとうございます」
「ただし」
石崎がぶっくまるのぬいぐるみを指す。
「動画にはりゅうまるも出すからな」
「もちろんです」
「牙も二本」
「一本です」
「そこは譲らないのかよ」
教室から笑いが起こる。
重かった空気が解ける。
「龍園さん」
石崎は龍園を見る。
「何で、りゅうまるへ入れたんすか?」
「俺の好みだ」
単純な答えだった。
「なら、何で自分の票を消したんすか」
「俺が好きなだけで、クラスの代表にする理由にはならねぇ」
龍園は黒板のりゅうまるを見る。
「俺はりゅうまるを選んだ。
俺以外の連中は、ぶっくまるを一票多く選んだ。それだけだ」
石崎は少し黙る。
「龍園さんらしくないっすね」
「殺すぞ」
「褒めてるんすよ」
「余計気に入らねぇ」
石崎は笑った。
伊吹が龍園へ近づく。
「本当は、ぶっくまるを選びたかったんじゃない?」
「なら最初からそう書く」
「自分の票が消えるルールを使えば、
どっちに入れても反対が勝つ可能性があった」
「同票の時だけだ」
「同票になるって読んでたんでしょ」
龍園は答えない。
伊吹は少しだけ笑う。
「面倒な奴」
「お前に言われたくねぇ」
ひよりが龍園の前へ来る。
ぶっくまるのぬいぐるみを差し出す。
「龍園くん」
「何だ」
「ぶっくまるを選んでくださって、ありがとうございます」
「俺はりゅうまるへ入れた」
「でも、この方法を選んだのは龍園くんです」
「クラスの票で決まった」
「はい」
ひよりは微笑む。
「ですから、クラス全員に感謝しています」
龍園はぶっくまるを見る。
丸眼鏡。
本。
穏やかな顔。
自分とは正反対にも見える。
「こいつに牙を付けるのは諦めねぇぞ」
「諦めてください」
「一本だけ」
「付けません」
「隠し牙」
「もっと付けません」
代表が決まっても、二人の争いは終わらないらしい。
「おめでとう!」
一之瀬が前へ出る。
特別版のお友達カード。
金色の縁。
『ぶっくまる』
『ほなわんのたいせつなおともだち』
ひよりは両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「りゅうまるの分もあるよ」
一之瀬はもう一枚を石崎へ渡す。
「代表じゃなくても、大切な友達だから」
石崎は少し照れたようにカードを見る。
「俺が持ってていいのか?」
「りゅうまるの担当でしょ?」
「担当ってほどじゃないけど」
「なら、これからも担当してあげて」
石崎はカードを受け取る。
「分かった」
りゅうまるは代表になれなかった。
だが消えない。
ぶっくまるの物語に登場する。
動画にもなる。
グッズも少しだけ作る。
そして、ほなわんの友達でもある。
負けたのではない。
役割が変わった。
その形で、クラス全員が納得できたようだった。
坂柳は、選考の全てを静かに見ていた。
「見事ですね」
「何がだ」
龍園が尋ねる。
「最初にりゅうまるを支持しながら、最後には自分の影響力を排除した。
あなたが直接ぶっくまるを選べば、りゅうまる支持者は裏切られたと感じたでしょう」
「買い被るな」
「逆に、強引にりゅうまるを選べば、ぶっくまるを支持する多数の生徒に不満が残る」
坂柳は笑みを浮かべる。
「同票でなければ、通常の多数決。同票なら、自分の票を除く。
あなた自身の意思を示しながら、その意思で結果を支配しない方法です」
「結果論だ」
「本当に?」
龍園は答えない。
坂柳はそれ以上追及しなかった。
「参考になったわ」
堀北が言う。
「ほりぽんときよぽんの選考にも、同じ方法を使うのか?」
龍園が尋ねる。
「いいえ」
堀北は答えた。
「私たちには、私たちの選び方がある」
「まだ決めてねぇだろ」
「これから決めるわ」
堀北は黒板の二体を見る。
「ただし、選ばれなかった方を消す必要がないことは理解した」
オレも同じだった。
ほりぽん。
きよぽん。
一体だけを正式代表へ選ぶ。
だがもう一体を完全に捨てる必要はない。
学園祭で公式に活動するキャラクターは一体。
それでも別の形で残せる。
物語の友達。
グッズ。
校内掲示。
クラスの記録。
その考えがあるだけで、投票の意味は変わる。
勝者と敗者を決めるだけではない。
二体の役割を決める。
「綾小路くん」
堀北に呼ばれる。
「何だ」
「戻りましょう」
「もう少し見ていくのかと思った」
「代表が決まった以上、ぶっくまるは制作を一本化できる。
私たちは二体分の制作を続けている。時間を無駄にできないわ」
合理的だった。
「きよぽんの胴体は?」
龍園が尋ねる。
「制作中だ」
「お前が入るんだろ」
「入らない」
「ここまで来てまだ言ってんのか」
「代表にも決まっていない」
「決まったら?」
「その時考える」
答えてから気づく。
以前なら即座に否定していた。
代表に決まった場合、考える。
わずかだが、態度が変化している。
龍園は見逃さなかった。
「やる気になってんじゃねぇか」
「違う」
「きよぽんが勝手に?」
伊吹が言った。
教室が笑いに包まれる。
「なぜお前まで使う」
「流行ってるから」
ひよりも小さく笑っていた。
「ぶっくまるときよぽんが交流する場面も見てみたいです」
「きよぽんが本を読むのか?」
石崎が尋ねる。
「読んでいるふりだけしそう」
伊吹が言う。
「オレは読む」
「本人じゃなくて、きよぽんの話よ」
自分から同一視してしまった。
長谷部がいれば確実に設定へ追加されていただろう。
この場にいないことが幸いだった。
「ぶっくまるがヨーグルト作りの本を渡せばいい」
龍園が提案する。
ひよりは少し考える。
「よいですね」
「採用するのか」
「きよぽんは喜んでくれるでしょうか」
全員がオレを見る。
「本人ではない」
「でも監修者だろ」
龍園が言う。
「ヨーグルト作りの本なら、内容による」
口に出してから、また遅かった。
「喜ぶそうです」
ひよりは嬉しそうに答えた。
「そうは言っていない」
「内容を選べば大丈夫です」
「椎名まで強引になってきたな」
オレの意思とは無関係に。
きよぽんとぶっくまるの交流案が、一つ生まれた。
◯
龍園クラスの教室を出た後。
一之瀬と神崎。
坂柳と神室。
オレと堀北。
六人はしばらく同じ廊下を歩いた。
「良い選び方だったね」
一之瀬が言う。
「どっちも大切にできたし」
「感情面では成功だろう」
神崎も認める。
「ただし、実務面ではこれからが本番だ。
ぶっくまるは人気で先行しているが、他クラスも完成度を上げてくる」
坂柳がオレたちを見る。
「特に堀北さんのクラスは、二日後に選考を控えています」
「ええ」
「今日の結果で、投票へ影響はありますか?」
堀北は少し考える。
「あるでしょうね」
「具体的には?」
「選ばれなかった方を、完全に否定する必要はない。
その点を、投票前にクラスへ伝えるつもりよ」
「きよぽんが負けても残すの?」
一之瀬が尋ねる。
「長谷部さんが許すと思う?」
堀北の問い。
全員が想像する。
きよぽんの廃止を告げられた長谷部。
恐らく受け入れない。
「無理だね」
一之瀬が答えた。
「ほりぽんが負けた場合も同じよ。
ここまでクラスメイトが関わったキャラクターを、
代表ではないという理由だけで消すつもりはないわ」
「では、二体をどう使い分けるのです?」
坂柳が尋ねる。
「まだ決めていない」
堀北は正直に答える。
「きよぽんが代表になった場合、
ほりぽんは勉強支援のキャラクターとして残せる。
ほりぽんが代表になった場合、きよぽんは……」
言葉が止まる。
「ヨーグルト支援?」
一之瀬が提案する。
「何を支援するのよ」
「朝ご飯?」
「学校のキャラクターとして限定的すぎるわ」
「休憩支援では?」
坂柳が言う。
「努力を促すほりぽんに対し、無理をしないことを伝えるきよぽん。
二体を対にすれば、役割を分けられます」
堀北は歩きながら考える。
「確かに、補完関係にはなるわね」
ほりぽん。
頑張ること。
成長すること。
再び立ち上がること。
きよぽん。
頑張れない時。
休みたい時。
ただ隣にいること。
反対に見える。
だが、どちらか一方だけでは不十分なのかもしれない。
前へ進むことも必要。
立ち止まることも必要。
「二体セットにすればいいんじゃない?」
一之瀬が言う。
「でも代表は一体なんだろう」
神崎が指摘する。
「公式代表と、公式の友達」
「ほなわんと同じ立場にするのか?」
「ほなわんは他クラスだから、学校全体のお友達。
ほりぽんときよぽんは、同じクラスの親友」
一之瀬は簡単に言う。
だが悪くない案だった。
代表になった一体。
その親友として、もう一体を残す。
「投票前に結論を出すのは避けるわ」
堀北が言った。
「生徒たちの判断へ影響を与えたくない」
「ですが、今日見たことは共有するのでしょう?」
坂柳が尋ねる。
「ええ。選ばれなかった方にも未来がある。その点だけは伝える」
堀北は窓の外を見る。
「投票が、どちらかを消すためのものになってはいけないから」
その言葉は、龍園クラスの選考を見たからこそ生まれたものだった。
「綾小路くんはどう思います?」
坂柳がオレへ話を向ける。
「何がだ」
「きよぽんが代表になれなくても、残したいと思いますか?」
以前なら。
消えても問題ないと答えていただろう。
長谷部の冗談。
自分をモデルにした謎の生き物。
平穏を乱す存在。
だが今。
きよぽんはオレだけのものではない。
長谷部が考え。
佐倉が描き。
幸村が設定を整理し。
三宅が材料を運び。
クラスメイトたちが笑いながら意見を出した。
さらに一之瀬が友達カードを渡し。
森下が勝手に研究し。
ひよりが交流を望んでいる。
「残してもいいと思う」
オレは答えた。
一之瀬が笑う。
坂柳の目が細くなる。
堀北もこちらを見た。
「本人が認めましたわね」
「本人ではない」
「残したいとは思うのね」
堀北が尋ねる。
「オレ一人の判断で消す理由はない」
「そう」
堀北はそれ以上何も言わなかった。
ただ少しだけ、納得したように前を向いた。
◯
教室へ戻った時。
日が傾き始めていた。
それでも制作作業は続いている。
ほりぽんの翼。
きよぽんの胴体。
オレたちが入ると、長谷部がすぐに駆け寄ってきた。
「どっち!?」
「何がだ」
「代表!」
「ぶっくまる」
長谷部の表情が変わる。
嬉しさ。
警戒。
両方が混ざっていた。
「やっぱりぶっくまるかあ」
「同票だった」
「同票?」
三宅、幸村、佐倉も集まってくる。
堀北が、龍園クラスで行われた選考を説明する。
石崎とひよりのプレゼン。
質問。
実演。
投票。
十七対十七。
龍園の一票を除外し、ぶっくまるが代表に決まったこと。
長谷部は途中から、きよぽんの制作作業を忘れて聞き入っていた。
「龍園くん、りゅうまるに入れたんだ」
佐倉が言う。
「自分の票を消して、反対が勝った」
三宅は感心したように腕を組む。
「あいつ、そんなことするんだな」
「自分の影響力が強いことを理解しているからだ」
幸村が分析する。
「自分の意思を示しつつ、決定権はクラスへ戻した」
「ちょっと格好いい」
軽井沢が言う。
「本人に言ったら絶対調子に乗るよ」
佐藤が笑う。
「りゅうまるはどうなるの?」
長谷部が尋ねる。
「ぶっくまるの友達として残る」
堀北が答えた。
「動画や物語に登場させるそうよ。グッズも少数作る。
ほなわんからは、代表決定後も特別な友達カードを渡されていたわ」
「じゃあ負けても消えないんだ」
長谷部はきよぽんの頭部を見る。
「そうよ」
堀北は教室全体へ向き直る。
作業していた生徒たちも、次第に話を聞き始める。
「二日後の投票について、一つだけ方針を追加します」
教室が静かになる。
「ほりぽんときよぽん。正式代表に選ばれなかった方も、
制作を完全に中止することはしません」
長谷部が驚く。
須藤も反応する。
「二体とも作るのか?」
「同じ規模では作れないわ。予算と時間には限りがある。
正式代表を最優先にする必要がある」
「じゃあ、負けた方は?」
平田が尋ねる。
「別の役割を与える」
堀北は黒板に、二体の名前を書く。
「きよぽんが代表になった場合、
ほりぽんは勉強や成長を応援するクラス内キャラクターとして残す。
ほりぽんが代表になった場合、きよぽんは休息や交流を担当するキャラとして残す」
「休息担当」
池が笑う。
「何もしないだけじゃん」
「何もしないことにも意味がある」
堀北は真面目に答えた。
合同説明会できよぽんの発表を行った時。
長谷部が語った。
何もしてくれないかもしれない。
でも、何もしないで一緒にいてくれる。
堀北も、それを一つの価値として認めていた。
「二体は、友達という設定にする」
教室がざわつく。
「ほりぽんときよぽんが?」
佐藤が尋ねる。
「性格は反対だけど、相性いいかも」
松下が言う。
「ほりぽんが頑張りすぎた時、きよぽんが休ませる」
「きよぽんがずっと休んでたら、ほりぽんが勉強させる」
軽井沢が続ける。
「ヨーグルト食べながら勉強すればいいじゃん」
池が言う。
「教科書を汚すな」
幸村が即座に止めた。
「蓋を開けなきゃいいだろ」
「食べられない」
「じゃあ何のために持ってるんだ」
「きよぽんの個性」
長谷部が答える。
教室から笑いが起こる。
ほりぽんときよぽん。
対立する候補。
だが代表決定後は、友達になる。
「それなら」
長谷部が堀北を見る。
「ほりぽんが勝っても、きよぽんは残るんだよね?」
「ええ」
「着ぐるみは?」
「正式代表の完成後、予算と時間に余裕があれば制作する」
「本当に?」
「クラスで決めたことは守るわ」
長谷部は少しだけ考える。
「分かった」
きよぽんが消えない。
その保証ができたことで、長谷部の表情から焦りが薄れた。
「でも投票では、きよぽんを勝たせるから」
「もちろん、私もほりぽんを勝たせるつもりよ」
二人の対抗心は変わらない。
だが以前より、争い方が柔らかくなった。
負ければ全てを失う。
そういう戦いではない。
互いの良さを認めた上で、代表に相応しい方を選ぶ。
「清隆くん」
佐倉が近づく。
「ぶっくまる、代表になったんだね」
「ああ」
「椎名さん、喜んでた?」
「喜んでいたと思う」
「りゅうまるの人たちは?」
「悔しがっていた。だが、ぶっくまるを手伝うと言っていた」
佐倉は安心したように微笑む。
「よかった」
「愛里は、どちらに入れるか決まったのか」
少し意地の悪い質問だったかもしれない。
佐倉は目を見開く。
その後、ほりぽんときよぽんを見る。
「まだ」
「そうか」
「でも」
佐倉はきよぽんの頭部へ近づく。
新しいヨーグルト帽子。
自分が選んだ形。
「どっちに入れても、二人が友達になるなら……前より選びやすいかも」
その言葉は、クラス全体の気持ちに近いのかもしれない。
選ばなかった方を否定することにはならない。
だからこそ純粋に、どちらが正式代表として勝てるかを考えられる。
「さて」
堀北が手を叩く。
「話は終わりよ。作業へ戻りましょう」
「もう少し休ませてくれよ」
須藤が言う。
「ほりぽんの翼調整が残っているわ」
「昼からずっとやってるぞ!」
「今日の努力が、明日の翼になるのよ」
「その台詞を俺に使うな!」
一方、長谷部は三宅へ円形フレームを渡す。
「みやっち、胴体の続き」
「俺も休ませろ」
「きよぽんは休息担当だよ」
「中の俺は休めないのか?」
「制作が終わったら」
「いつ終わるんだよ」
「投票までには」
「二日後じゃねぇか!」
三宅と須藤。
ほりぽん側ときよぽん側。
二人の叫びが同時に響く。
教室中が笑いに包まれる。
オレも自分の席へ戻ろうとした。
だが長谷部に呼び止められる。
「きよぽんも手伝って」
「何をだ」
「胴体のサイズ確認」
「また試着か」
「今日は頭を被らなくていいから」
「なら三宅でいいだろう」
「みやっちは少し肩幅が違う」
「誤差だ」
「本人監修」
「便利な言葉として使うな」
長谷部は譲らない。
結局。
オレは円形フレームの中へ入ることになった。
まだ布地は付いていない。
身体の周囲を丸い骨組みが囲む。
三宅が背後の留め具を調整する。
幸村は肩と胴体の間隔を測る。
佐倉は少し離れた場所から、全体の丸みを確認している。
「もう少し下を膨らませた方が可愛いかも」
「歩行の邪魔になる」
幸村が答える。
「五センチ程度なら問題ないだろ」
オレが言う。
全員がこちらを見る。
「何だ」
「本人が意見を出した」
長谷部が嬉しそうに言う。
「構造上の話だ」
「下を五センチ膨らませる。本人公認」
「公認ではない」
三宅がフレームの一部をずらす。
「このくらいか?」
「少し大きい」
オレは鏡で全体を見る。
「三センチでいい」
「細かいな」
「歩幅が狭くなりすぎる」
「清隆くん、すっかりきよぽん制作班だね」
佐倉が笑う。
「中に入れられているから意見を出しているだけだ」
「投票で負けても、このサイズで作れるね」
長谷部が言った。
「なぜ負けた後もオレが入る前提なんだ」
「友達キャラとして活動する時」
「正式代表ではないなら、別の生徒でいい」
「中身は大事だよ」
また同じ議論。
だが以前ほど強く拒絶する気持ちはなかった。
代表にならなくても残る。
代表になれば、クラス全体で勝利を目指す。
どちらにしても。
きよぽんは、もう簡単には消えない。
そしてオレも。
完全に無関係ではいられない。
教室の黒板。
左。
ほりぽん。
右。
きよぽん。
その中央へ、堀北が新しい絵を貼った。
白いフクロウと、丸いヨーグルトの生き物。
二体が並んで座っている。
ほりぽんは教科書を開いている。
きよぽんはヨーグルトを持っている。
互いに別のことをしている。
会話もない。
それでも隣にいる。
「これは?」
平田が尋ねる。
「正式代表決定後に使う、二体の共通イメージよ」
堀北が答えた。
「もう描いたの?」
長谷部が驚く。
「投票結果にかかわらず必要になるでしょう」
「ほりぽんときよぽん、友達なんだ」
「同じクラスから生まれたのだから、敵にする必要はないわ」
長谷部は絵へ近づく。
しばらく見つめる。
「ほりぽん、少しヨーグルト見てるね」
「勉強中に食べるつもりはないか警戒しているのよ」
「きよぽんも、ほりぽんの教科書見てる」
「何を勉強しているか気になるのでしょう」
「仲良しじゃん」
「そうね」
堀北は否定しなかった。
その日。
龍園クラスでは、ぶっくまるが正式代表となった。
りゅうまるは、最初の友達として残った。
そして堀北クラスでも。
ほりぽんときよぽんは。
代表の座を争いながら。
投票結果が出るよりも先に。
互いの最初の友達になった。
ただし。
その二日後に控える投票が、穏やかに終わるとは限らない。
ほりぽん陣営。
きよぽん陣営。
双方の制作は、ここからさらに加速する。
翼の可動域。
ヨーグルト帽子の重量。
宣伝動画。
グッズ。
最終プレゼン。
そして着ぐるみ担当者。
特に最後の問題だけは、まだ何一つ解決していない。
「綾小路くん」
堀北が呼ぶ。
オレは円形フレームの中から顔を向ける。
「ほりぽんが代表になった場合、きよぽんの中に入ってくれる?」
「なぜ負けた方にオレが入るんだ」
「友達として、学園祭に少しだけ登場させる可能性があるわ」
「断る」
「では、きよぽんが代表になった場合は?」
長谷部が尋ねる。
「もっと断る」
「どうして強くなるの?」
「活動時間が長くなるからだ」
「でも、もうサイズぴったりだよ」
「今は骨組みだけだ」
「歩いてみて」
「必要ない」
「可動域確認」
「さっき確認した」
「今、三センチ広げたから」
逃げ道を一つ潰すたび、新しい理由が生まれる。
オレは円形フレームを付けたまま、教室内を数歩歩いた。
須藤が笑う。
「頭が人間で身体だけ丸いの、気持ち悪いな」
「お前も翼だけ付いている」
須藤は両腕を見る。
白い翼。
制服姿。
こちらも十分に不自然だった。
「お互い大変だな」
須藤が言う。
「ああ」
初めて完全に同意できた。
「俺たち、どっちが勝っても着ぐるみから逃げられなくないか?」
「恐らくな」
「協力して逃げるか?」
「代わりの生徒を探す必要がある」
二人で教室を見る。
池。
目が合った瞬間、顔を逸らした。
「俺はフライング・モンキーの制作で忙しい!」
「まだ諦めていなかったのか」
教室の隅。
池が密かに描き続けていた六つ目の猿。
正式候補から外れた後も、消えてはいなかった。
代表になれなかったキャラクターは消えない。
龍園クラスが示したことを、池も無意識に実践していた。
「フライング・モンキーも友達にする?」
佐藤が笑いながら尋ねる。
「駄目よ」
堀北が即答した。
「なぜだ!」
池の叫びが教室へ響く。
第一回ゆるキャラ選手権。
代表キャラクターが決まり始めたことで。
試験は次の段階へ進もうとしていた。
一之瀬クラス。
ほなわん。
坂柳クラス。
ありすぽーん。
龍園クラス。
ぶっくまる。
そして残る。
堀北クラス。
ほりぽんか。
きよぽんか。
白いフクロウと、ヨーグルトを被った謎の生き物。
二体の決着まで。
残された時間は。
あと二日となった。