第一回高度育成高等学校ゆるキャラ選手権。
試験開始から六日目。
堀北クラスが正式な代表キャラクターを決定するまで、
残された時間は一日となった。
白いフクロウをモチーフにした、ほりぽん。
ヨーグルトの容器を頭へ載せた、正体不明の生き物であるきよぽん。
二体は、長谷部と堀北の対立から生まれた。
最初は、名前の最後に同じ「ぽん」が付いているというだけの争いだった。
ほりぽんは、努力と成長を象徴するキャラクター。
きよぽんは、オレを丸くしただけの内輪向けの冗談。
少なくとも、試験が始まった直後はその程度の差があった。
だが六日間。
クラスメイトたちが意見を出し、絵を描き、
設定を加え、材料を集め、実際に手を動かした。
その結果。
ほりぽんには、努力できない自分も否定せず、
休みながら少しずつ前へ進むという物語が与えられた。
きよぽんには、一人でいたい者を無理に輪へ引き込まず、
ただ静かに隣へいるという役割が与えられた。
どちらも、もはや一人だけのキャラクターではない。
ほりぽんは堀北だけのものではなく。
きよぽんも長谷部やオレだけのものではなかった。
そして昨日。
龍園クラスでは、りゅうまるとぶっくまるの代表決定が行われた。
結果は、ぶっくまる。
りゅうまるは正式代表には選ばれなかった。
それでも消えることはなく、ぶっくまるの最初の友達として残ることになった。
それを受け。
堀北クラスでも、ほりぽんときよぽんを互いの友達として残す方針が決定した。
明日の投票で選ばれなかった方も、完全に制作を中止することはない。
役割は小さくなる。
予算も、代表キャラクターが優先される。
それでも。
どちらか一方が消滅するわけではない。
その事実によって、クラス内の緊張は少しだけ和らいだ。
ただし。
勝敗への執着まで消えたわけではなかった。
◯
朝。
教室へ足を踏み入れた瞬間。
オレは、一日前とは明らかに異なる空気を感じた。
普段より早い時間にもかかわらず、多くの生徒がすでに登校している。
教室の左側。
ほりぽん制作班。
白い布地と羽根の素材が机の上へ広げられ、
数人の生徒が縫い合わせを進めていた。
教室の右側。
きよぽん制作班。
乳白色の布に覆われた円形の胴体フレーム。
短い腕。
丸い手。
背中へ取り付けられる予定の小さなポケット。
幸村が構造を確認し、三宅が内部の支持具を調整している。
佐倉は、きよぽんの頬の色を調整するため、複数の布を並べていた。
そして長谷部は。
オレの机の上に、三本のスプーンを置いていた。
「おはよう、きよぽん」
「綾小路だ」
「今日も元気?」
「その三本は何だ」
挨拶を無視して尋ねる。
長谷部は机の上のスプーンを指した。
一本目。
白く、短い。
二本目。
少し細長い。
三本目。
柄の先端が丸く、青い線が入っている。
「最終候補」
「何の」
「ヨーグルト帽子に付けるスプーン」
「昨日までのものでは駄目なのか」
「軽くしたら、形が少し変わったから」
長谷部は一本目を持ち上げる。
「これは一番軽い。でも遠くから見ると、スプーンだって分かりにくい」
二本目。
「これは形が分かりやすい。でも少し長いから、扉を通る時に引っかかるかもしれない」
三本目。
「これは可愛い」
「機能面の説明がない」
「可愛いは機能だよ」
長谷部は真剣だった。
三本の重さは、ほとんど変わらないように見える。
頭部全体の重量と比較すれば、誤差に近い。
しかしキャラクターの見た目を決める最後の要素として、長谷部には重要なのだろう。
「愛里は三番がいいって」
佐倉がこちらへ近づいてくる。
手には、頬の布地を三種類持っている。
「丸いところが、きよぽんに合うと思う」
「そうか」
「清隆くんは、どれがいい?」
また本人監修を求められている。
断っても、最終的には長谷部たちが決める。
それなら、着用時に危険の少ないものを選ぶべきだろう。
「二番は長すぎる。一番か三番だな」
「可愛さなら?」
長谷部が聞く。
「オレに聞くのか」
「本人の好みも大事だから」
「本人ではない」
「じゃあ監修者」
「監修者でもない」
「でも一番と三番まで絞ってくれた」
「安全性の話だ」
長谷部は三番目のスプーンを帽子へ仮固定する。
きよぽんの頭部へ載せ、少し離れた場所から眺める。
佐倉も隣へ立つ。
二人はしばらく無言で確認した。
「三番だね」
「うん」
オレの意見は、最終的に可愛いという理由によって処理された。
「清隆」
三宅に呼ばれる。
きよぽんの胴体フレームの中へ入り、肩の支持具を持ち上げている。
「一回入ってみてくれ」
「またか」
「俺の肩に合わせた状態だと、お前には少し高いかもしれない」
三宅とオレの体格には、大きな差はない。
それでも肩幅や腕の長さは異なる。
きよぽんの中へ入る担当者が正式に決まっていない以上、
複数の生徒が着用できるよう調整可能にするべきだ。
「みやっちで合わせればいいじゃん」
長谷部が言う。
「だから俺が入ると決まってない」
三宅が反論する。
「清隆くんが入らない時の代理」
「本人が入ることは決まってるのか?」
「決まってない」
「今の間は何だ」
長谷部は目を逸らした。
三宅がフレームの留め具を外す。
「とにかく確認だけしてくれ。昨日の三センチ分を広げたら、肩の位置も少し変わった」
仕方なく制服の上着を脱ぐ。
まだ布地を完全には固定していないため、胴体フレームだけなら簡単に着用できる。
円形の骨組みへ身体を入れる。
肩の支持具を下ろす。
確かに、少し高い。
フレームの上部が首へ近い。
頭部を載せれば、視界位置がずれる可能性がある。
「二センチ下げた方がいい」
オレが言う。
「やっぱりか」
三宅は留め具の穴を一段変える。
「これなら?」
再び支持具を肩へ載せる。
「問題ない」
「腕を出してみて」
フレームの左右に、腕を通すための穴が設けられている。
そこから自分の腕を出す。
完成後は、この腕の動きが短いきよぽんの腕へ伝わる構造になる。
現在は試作の短い腕が片方だけ取り付けられていた。
右腕を動かす。
きよぽんの短い腕が、少し遅れて上がる。
だが肩より高い位置までは動かせない。
「これ以上上がらないな」
「丸は作れないね」
佐倉が言う。
「設定通り!」
長谷部は喜んだ。
「欠陥を喜ぶな」
「欠陥じゃなくて個性」
「可動域を改善する必要はある」
幸村が設計図を持って近づく。
「肩の接続位置を二センチ内側へ移動すれば、現在より上へ上げられる。
ただし腕そのものが短いため、頭上で両手を合わせることは不可能だ」
「そこは不可能なままでいい」
長谷部が言う。
「一人じゃ丸を作れない設定だから」
「動きの種類は多い方がいい」
幸村は現実的だった。
「丸を作れないことと、腕がほとんど上がらないことは別だ。
握手や子供の頭を撫でる動作にも影響する」
「頭を撫でるの?」
佐倉が想像する。
「きよぽんが小さい子の頭を撫でるの、可愛いかも」
「相手の身長によっては屈む必要がある」
オレは膝を曲げる。
胴体の下部が太腿へ当たる。
昨日より幅が広くなった分、深く屈めない。
「下側を広げすぎたか」
三宅が言う。
「三センチでいいって言ったのは清隆だぞ」
「立った時の歩幅だけを考えていた。屈む動作までは確認していなかった」
「じゃあ二センチに戻す?」
長谷部が不安そうに尋ねる。
「下部の前側だけ削ればいい。後ろと横の丸みは残せる」
幸村が図面へ書き込む。
「前面の下部を三センチ上げ、脚の可動域を確保する」
「見た目は変わる?」
「正面からはほとんど分からない」
「ならいい」
長谷部はすぐに納得した。
制作開始から数日。
最初は絵と名前しかなかった。
今では、歩幅。
重心。
腕の可動域。
内部の熱。
視界。
長時間動いた場合の負担。
具体的な問題を一つずつ確認する段階へ進んでいる。
きよぽんは少しずつ、実際に動ける存在になっていた。
「綾小路くん」
今度は堀北の声。
「またか」
「何が?」
「ほりぽん側の確認だろう」
「分かっているなら、早く来て」
長谷部がオレの胴体フレームを掴む。
「きよぽんは、まだこっちの作業中」
「綾小路くんであって、きよぽんではないわ」
「今、身体はきよぽんだよ」
オレは制服のシャツ姿で、丸い骨組みを身につけている。
外から見れば、確かに身体だけはきよぽんに近い。
「頭が綾小路くんなら、綾小路くんよ」
堀北は真顔だった。
「じゃあ、きよぽんの頭を被せれば連れていけない?」
長谷部が頭部へ手を伸ばす。
「被せるな」
オレはすぐに止めた。
「作業の途中だから、五分だけ待ちなさい」
堀北は一度引き下がった。
だが五分後には必ず呼びに来るだろう。
「人気者だな」
三宅が笑う。
「便利に使われているだけだ」
「両方のモデルみたいになってないか?」
「ほりぽんはフクロウだ」
「でも堀北、お前の意見をかなり採用してるぞ」
それは、クラスの一員として客観的な意見を求められているだけだろう。
少なくとも。
オレを丸くして作ったきよぽんとは事情が違う。
「よし」
幸村が胴体の留め具を外す。
「修正箇所は確認できた。一度脱いでいい」
フレームから出る。
制服の上着を着直す。
長谷部が頭部へ三番目のスプーンを固定している。
佐倉は頬の色を決めたらしく、淡い桃色の布を縫い付け始めていた。
「愛里」
長谷部が言う。
「少し薄くない?」
「きよぽんは、恥ずかしがって真っ赤になる感じじゃないと思うから」
「確かに」
「よく見ると少し色が付いてるくらいがいいかなって」
「清隆くんは、どう思う?」
また聞かれた。
きよぽんの頬と佐倉の持つ布を見比べる。
「濃すぎるよりは合っている」
「よかった」
佐倉は安心したように作業を続ける。
長谷部が小さく笑った。
「何だ」
「清隆くん、愛里の案には優しいね」
「機能や外見として問題がないからだ」
「私のスプーンには厳しかった」
「長すぎるものを選ぼうとしたからだ」
「三番選んだのは私だよ」
「最終的にお前たちが決めた」
「でも一番か三番って言ってくれた」
「安全性の話だ」
何度説明しても、本人監修へ変換される。
今後は意見を求められても、何も答えない方がいいかもしれない。
だが何も言わなければ、
明らかに長すぎるスプーンが頭部へ付けられていた可能性がある。
放置もできない。
それが最も厄介だった。
◯
ほりぽん制作班では。
翼の調整に続き、着ぐるみ内部の視界問題が発生していた。
ほりぽんの目は、大きな丸眼鏡の奥に配置されている。
外から見れば、丸い眼鏡は知的で親しみやすい印象を与える。
だが実際に着用する者は、
ほりぽんの眼球部分に設けられた細い隙間から外を見ることになる。
眼鏡の縁。
目の周囲の布。
内部フレーム。
複数の要素が重なり、視野が狭くなっていた。
「前は見える」
須藤が、ほりぽんの頭部試作品を被っている。
身体は制服のまま。
両腕には白い翼。
大きなフクロウの頭。
こちらも、現在のオレと同じように不完全な姿だった。
「でも横が見えねぇ」
須藤が身体ごと左へ向く。
翼が近くの机へ当たる。
積まれていた白い布が床へ落ちた。
「見えてないじゃん!」
池が笑う。
「だから横が見えねぇって言っただろ!」
「頭だけ動かせないの?」
松下が尋ねる。
須藤は首を動かす。
大きなフクロウの頭部が、少しだけ左右へ動く。
だが翼の端まで確認できない。
「頭部と翼の幅が違いすぎるわね」
堀北が記録する。
「翼を短くした方がいい」
「さっき中間にするって決めただろ」
須藤が言う。
「長さだけではなく、後方へ角度を付ければ横幅を抑えられるかもしれないわ」
「鳥の翼として不自然にならない?」
松下が翼を持ち上げる。
「完全に横へ広げるんじゃなくて、少し後ろへ流す形にする。
歩く時は畳んで、ステージで広げる時だけ横へ動かせればいいと思う」
「可動式か」
オレは翼の接続部分を見る。
現在は腕の外側へ固定しているだけ。
肘を曲げても、翼全体が一枚の板のように動く。
「翼を二つの部位へ分けるべきだな」
「二つ?」
堀北が尋ねる。
「内側を腕へ固定する。外側の羽根だけ、紐で開閉できるようにする」
須藤の腕から翼を外し、机の上へ置く。
紙へ簡単な構造を描く。
内側の翼。
外側の大きな羽根。
手を握ると、内部の紐が引かれ、羽根が広がる。
力を抜けば、ゴムの張力で元へ戻る。
「手を動かすだけで翼を広げられるのね」
「複雑にすると壊れやすい。開くか閉じるか、二段階だけでいい」
「採用するわ」
堀北が即答した。
「待て」
須藤が頭部を外す。
額に汗が浮かんでいる。
「また俺が試すのか?」
「当然でしょう。装着者の意見が必要よ」
「まだ俺に決まってねぇ!」
「現時点で最も有力な候補よ」
「本人の意思は!?」
「クラスのために協力する気持ちはないの?」
「そう言えば断れないと思ってるだろ!」
「断るの?」
堀北は真っ直ぐ須藤を見る。
須藤は言葉に詰まる。
「……少しならやる」
「ありがとう」
堀北の勝利だった。
須藤は不満そうだが、本気で拒絶しているわけではない。
堀北のため。
クラスのため。
ほりぽんが代表になった場合、自分にできる役割なら引き受ける気持ちはあるのだろう。
「須藤」
オレは頭部の内側を見る。
「暑さはどうだ」
「もう暑い」
「何分被った?」
「十分くらい」
「学園祭で連続して動くなら、内部に空気を通す必要があるな」
「小型の送風機を入れる?」
松下が提案する。
「予算と重量が増えるわ」
堀北が答える。
「きよぽん側はどうしてるの?」
「後頭部に通気口を設ける」
幸村が、教室の反対側から答えた。
会話を聞いていたらしい。
「ヨーグルト帽子の下に隠せるので、外からは見えない。
小型送風機は首元へ一つ取り付ける予定だ」
「ほりぽんには帽子がないわ」
「頭部の後ろを羽根模様にして、通気口を隠せばいい」
オレが言う。
堀北は設計図へ書き込む。
「きよぽん班の技術を使っていいの?」
長谷部が、スプーンを持ったまま近づいてきた。
「送風機はきよぽんだけのものではないわ」
「でも、ゆきむーが考えた」
「一般的な構造だ」
幸村が否定する。
「それに、安全性に関わる情報を隠すべきではない。
どちらが代表になっても、着用者が体調を崩せばクラス全体の問題になる」
「ゆきむーは公平だね」
「当然だ」
「じゃあ、ほりぽん側からも何かちょうだい」
「何を?」
堀北が尋ねる。
長谷部はほりぽんの翼を見る。
「翼」
「きよぽんに翼を付ける気?」
「第二形態」
「ヨーグルトが増えるだけでしょう」
「第三形態で飛ぶかも」
「飛ばない」
オレは即座に否定した。
「まだ決めてないのに?」
「きよぽんの設定から外れすぎている」
教室が静かになる。
「設定から外れるって」
軽井沢が笑う。
「綾小路、きよぽんの設定を理解してるじゃん」
「これまで何度も聞かされている」
「じゃあ、きよぽんは飛ばない?」
佐藤が尋ねる。
「飛ぶ理由がない」
「ほりぽんは?」
「飛ぶことを目標にしている」
「りゅうまるは?」
「飛ぶ練習をしている」
「ぶっくまるは?」
「飛ばない」
「ほなわんは?」
「犬だ」
「ありすぽーんは?」
「ポーンだ」
質問が続く。
「フライング・モンキーは?」
池が勢いよく加わった。
「飛ぶ」
「やった!」
「だが採用はされない」
「何でだよ!」
教室が笑いに包まれた。
いつの間にか、オレが各キャラクターの飛行能力を管理する役になっていた。
「それで」
堀北が話を戻す。
「ほりぽんの通気構造は、きよぽん側の案を参考にする。
代わりに、きよぽん側へ何か共有できるものはある?」
長谷部が期待する。
堀北は少し考える。
「着ぐるみの目線を、実際の着用者より少し下へ設定した方がいいわ」
「どういうこと?」
「大人や高校生に対しては、顔を上げる動きが増える。
子供に対しては自然に視線が合いやすくなる。
ほりぽんの視界調整で分かったことよ」
幸村が頷く。
「きよぽんの視界位置も、現在は着用者の目とほぼ同じ高さだ。
数センチ下へ広げる価値はある」
「顔のデザインは変わらない?」
佐倉が不安そうに尋ねる。
「目の下側を、黒い薄布へ変えるだけでいい。外見上はほとんど分からない」
「じゃあ採用」
長谷部はすぐに受け入れた。
ほりぽんときよぽん。
明日の投票では、どちらか一体が代表に選ばれる。
それでも制作班同士は、安全性や構造の情報を共有し始めていた。
勝つために相手の失敗を望む。
そのような競争ではない。
相手が最高の状態になった上で、自分たちが選ばれたい。
堀北も長谷部も、そう考えているようだった。
◯
昼休み。
教室の机は一度片づけられ、中央に広い空間が作られた。
午後の授業が始まる前に。
二体の着ぐるみ試作品を、初めて並べて立たせることになった。
完全な完成品ではない。
ほりぽん。
頭部。
胴体。
翼。
短い脚部。
制服部分は仮縫い。
丸眼鏡も固定前。
きよぽん。
頭部。
丸い胴体。
短い腕。
脚部。
ヨーグルト帽子。
背中のポケットは未完成。
両方とも、外から見ればある程度キャラクターとして認識できる段階へ達していた。
「問題は中身だな」
池が言う。
「須藤と綾小路でいいじゃん」
「よくない」
オレと須藤の声が重なる。
教室から笑いが起こる。
「一度並べて、身長や動きのバランスを見るだけよ」
堀北が説明する。
「正式な着ぐるみ担当者を決めるものではないわ」
「本当だろうな」
須藤が疑う。
「現段階では」
「現段階って言ったぞ!」
「将来の可能性まで否定する必要はないでしょう」
「否定してくれ!」
長谷部はきよぽんの頭部を抱えていた。
「きよぽんも、今日だけ」
「昨日も今日だけと言っていた」
「昨日は胴体だけ。今日は全身」
「明日は?」
「最終プレゼン」
「結局毎日じゃないか」
「投票までだから」
「代表になった場合は?」
「本番まで」
「長くなっている」
話し合いは進まない。
だが教室には、ほりぽんときよぽんが並んだ姿を見たいという空気があった。
制作に関わった生徒たちにとって。
自分たちが作った二体が初めて同時に立つ瞬間である。
「清隆くん」
佐倉が控えめに声をかける。
「嫌なら無理にとは言わないけど……」
「続きがあるな」
「一度だけ、二人を並べて見てみたい」
佐倉が言うと、長谷部のように強く拒否しづらい。
「五分だ」
「ありがとう」
「撮影は?」
軽井沢が端末を持ち上げる。
「禁止だ」
「活動記録は必要でしょ」
「顔は見えないから、肖像権の問題もないわ」
堀北まで参加する。
「中身がオレだと知られている」
「試験ページには着用者名を載せない」
「クラス内では知られている」
「クラスの記録よ」
逃げ道がなくなっていく。
須藤も同じように堀北から説得され。
最終的に。
オレはきよぽん。
須藤はほりぽん。
二体の試作品へ入ることになった。
◯
最初に、きよぽんの胴体を装着する。
昨日より下部前面が削られ、脚を動かしやすくなっている。
肩の高さも調整済み。
両腕を内部の支持具へ通し、短い腕へ動きを伝える。
脚部は、太い乳白色の布で覆われている。
靴の上から大きな足を履く。
指先は丸く、歩くたびに少しだけ前へ揺れる構造だった。
「立てる?」
三宅が背後の留め具を固定する。
「ああ」
「歩幅は?」
一歩進む。
以前より下部が太腿へ当たらない。
「問題ない」
「じゃあ頭」
長谷部と幸村が、きよぽんの頭部を持ち上げる。
新しいヨーグルト帽子。
三番目のスプーン。
淡い頬。
視界部分も下へ広げられている。
頭部が上から下ろされる。
視界が狭くなる。
肩へ重量がかかる。
後頭部の通気口から、わずかに外の空気が入る。
送風機はまだ取り付けられていない。
「声、聞こえる?」
長谷部。
「ああ」
「きよぽん、完成」
「試作品だ」
外から笑いが聞こえる。
「歩いてみて」
ゆっくり前へ進む。
一歩。
二歩。
以前より胴体の丸みが増したため、左右へわずかに身体を揺らす必要がある。
普通に歩こうとすると不自然だ。
少し歩幅を狭くし。
足を上げすぎないよう進む。
丸い身体が左右へ揺れる。
「可愛い!」
佐藤の声。
「歩き方が完璧!」
長谷部。
「本人だから」
軽井沢。
「本人ではない」
反射的に否定する。
「きよぽんが喋った!」
池の声。
もう何を言っても同じだった。
次に、ほりぽん。
須藤が白い胴体へ入る。
きよぽんより縦に長い。
腹部は丸いが、全体は鳥らしい楕円形。
紺色の制服。
赤いリボン。
腕には、可動式へ改良途中の翼。
現在は外側の羽根が片方だけ開閉できる。
「頭、入れるぞ」
平田と松下が、ほりぽんの頭部を持ち上げる。
須藤が少し屈む。
白いフクロウの頭が下ろされる。
大きな丸眼鏡。
知的に見える。
だが中に須藤が入っていることを知っているため、違和感もあった。
「見える?」
堀北が尋ねる。
『前はな』
須藤のくぐもった声。
『横は身体ごと向かねぇと無理だ』
「予定通りよ。少し歩いて」
ほりぽんが一歩進む。
翼が揺れる。
二歩。
きよぽんより足が細いため、歩幅は広い。
だが大きな頭部と翼によって、身体の向きを変えるのが難しい。
須藤は右へ向こうとする。
片方の翼が机へ当たりかける。
直前で止まる。
『危ねぇ!』
「周囲の安全確認は補助役が行う必要があるわね」
堀北が記録する。
「中の人だけじゃ無理だろ」
三宅が言う。
「学園祭では、着ぐるみ一体につき最低一人の補助員を付けるべきだな」
幸村も同意する。
「子供が近づいた場合、着用者から見えない可能性がある」
きよぽんも同じ。
外見の可愛さだけではなく、安全に活動するための人員が必要になる。
「二人、並んで」
長谷部の声。
教室中央。
オレは左。
須藤は右。
きよぽんとほりぽんが、初めて横に並ぶ。
視界の隙間から、ほりぽんの姿を確認する。
きよぽんより背が高い。
頭部の分を含めれば、二十センチ近い差がある。
ほりぽんは白いフクロウ。
きよぽんも乳白色。
色の系統は似ている。
だが形は全く違う。
ほりぽん。
縦長。
翼。
眼鏡。
制服。
知的。
きよぽん。
横長。
短い腕。
ヨーグルト帽子。
眠そう。
何を考えているか分からない。
「意外と並んでも喧嘩しないね」
佐藤が言う。
「キャラクターが喧嘩すると思っていたのか」
オレが尋ねる。
「デザイン的にってこと」
「色が近いから、セット感がある」
松下が分析する。
「片方だけだと白が多すぎるけど、ほりぽんの紺色の制服と、
きよぽんの青い文字がアクセントになってる」
「二体同時に出した方が人気出そう」
池が言う。
「代表は一体よ」
堀北が答える。
「でも友達としてなら、一緒に活動できるんだろ?」
「予算と制作時間に余裕があれば」
現在。
二体とも試作品としては立っている。
選ばれなかった側を簡易的に仕上げることは、完全に不可能ではない。
「ほりぽん」
長谷部が呼ぶ。
須藤が身体ごと向く。
『何だ』
「その声で返事しないで」
『じゃあどうしろってんだよ!』
教室が笑う。
「ほりぽんは、もっと丁寧に喋ると思う」
堀北が言う。
『中身は俺だぞ』
「本番では喋らないわ」
『だったら今も要求すんな!』
須藤の不満はもっともだった。
「きよぽん、ほりぽんと握手して」
長谷部が言う。
「必要ない」
「友達になった記念」
「昨日、設定上は友達になった」
「まだ実際に握手してない」
キャラクターが実際に握手したかどうかは、設定と関係ない。
だが周囲は期待している。
ほりぽんの短い翼。
きよぽんの短い腕。
互いに伸ばしても、身体の幅があるため届きにくい。
「近づいて」
一歩。
須藤も一歩。
きよぽんの丸い腹部と、ほりぽんの腹部が先に当たる。
腕はまだ届かない。
「お腹が邪魔!」
軽井沢が笑う。
「もっと横を向けば?」
松下の助言。
オレは少し身体を斜めにする。
須藤も向きを変える。
きよぽんの右手。
ほりぽんの左翼。
ようやく先端が触れた。
握手というより。
丸い手と羽根が軽く重なっただけ。
それでも教室から歓声が起きる。
撮影音。
一つではない。
複数。
「撮るなと言ったはずだ」
「歴史的瞬間だよ!」
長谷部が言う。
「ほりぽんときよぽん、初握手!」
「学園祭の宣伝に使えるわ」
堀北も止める気はない。
オレたちの意思より、クラスの活動記録が優先されている。
「今度は並んで座って」
佐倉が言った。
普段なら断る。
だが佐倉は、黒板に貼られた二体の共通イメージを見ていた。
ほりぽんが教科書を開き。
きよぽんがヨーグルトを持ち。
隣に座っている絵。
それを実際の着ぐるみで再現したいのだろう。
「座れるか?」
オレは膝を曲げる。
昨日、前面下部を削ったことで、以前より屈みやすい。
それでも完全に床へ座るのは難しい。
正座や胡坐はできない。
低い椅子を使う必要がある。
須藤も翼が邪魔になる。
「椅子を二つ」
三宅と平田が、背もたれのない低い椅子を用意する。
オレたちはゆっくり腰を下ろす。
きよぽんの手には、空のヨーグルト容器。
ほりぽんの翼には、小さな教科書。
二体が横に並ぶ。
会話はない。
互いの持っているものを見る。
「少し顔を相手に向けて」
佐倉の指示。
オレは身体ごと、わずかにほりぽんへ向く。
須藤も同じ。
撮影音。
先ほどの握手時より、教室の反応が静かだった。
「いいね」
佐倉が小さく言う。
「本当に友達みたい」
「何もしてないけどな」
三宅が言う。
「きよぽんは、何もしないで一緒にいるキャラだから」
長谷部が答える。
「ほりぽんも、勉強を押し付けていないわ」
堀北が言う。
「隣で自分の勉強をしているだけ」
二体は性格が違う。
ほりぽんは努力する。
きよぽんは休む。
ほりぽんは教科書を見る。
きよぽんはヨーグルトを見る。
ほりぽんは前へ進むことを教える。
きよぽんは立ち止まることを否定しない。
だが並んだ姿に、違和感はなかった。
「代表、一体じゃなくて二体にできないの?」
池が尋ねる。
「ルール上、一体よ」
堀北が答える。
「合体させれば?」
須藤が、ほりぽんの中から言った。
『ほりきよぽん』
「嫌だ」
オレは即答した。
教室が笑いに包まれる。
「頭はフクロウで、身体はきよぽん?」
佐藤が想像する。
「怖い」
軽井沢が言う。
「翼があってヨーグルトを持つ」
「教育と発酵の象徴」
松下が真顔で言った。
「新しい学校の理念になりそう」
「ならない」
堀北まで否定した。
「フライング・モンキーと合体すれば、もっと強くなるぞ!」
池が参加する。
「目が六つ増える!」
「ホラー作品になるわ」
軽井沢が止める。
ほりきよぽん案は、数分で廃案となった。
当然だった。