ゆるキャラ至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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第7話 きよぽん爆誕

第一回高度育成高等学校ゆるキャラ選手権が始まってから、四日目の朝を迎えた。

 

試験期間は四週間。

 

最終審査までには、まだ二十日以上残されている。

 

本来ならば、各クラスがようやくキャラクターの基本案を固め、

これから着ぐるみ制作へ着手する段階だった。

 

しかし、堀北クラスだけは少し事情が違っていた。

 

正式な代表キャラクターが決まっていない。

 

白いフクロウをモチーフにした、ほりぽん。

 

オレをモデルにしたとされる、正体不明の生き物であるきよぽん。

 

その二案が、今もクラス内で激しく競り合っている。

 

教育的価値やクラスの成長を表現している点では、ほりぽんが優れている。

 

外見の分かりやすさも悪くない。

 

一方、きよぽんには明確な理念がない。

 

なぜヨーグルトの容器を頭に載せているのか。

 

なぜ常に眠そうな目をしているのか。

 

そもそも何の生き物なのか。

 

誰も正確には説明できない。

 

それにもかかわらず。

 

試験専用ページでの注目度は、きよぽんがほりぽんを大きく上回っていた。

 

意味が分からない。

 

だが、気になる。

 

可愛いのかどうか判断できない。

 

しかし、なぜか何度も見てしまう。

 

そういった感想が増え続け、きよぽんはいつの間にか、

ぶっくまるやほなわんと並ぶ話題のキャラクターになっていた。

 

そして、その人気を誰よりも喜んでいるのが長谷部波瑠加だった。

 

朝の教室へ入った瞬間、

オレは自分の席に見慣れないものが置かれていることに気づいた。

 

白い箱だった。

 

一般的な菓子箱よりも一回り大きい。

 

蓋の中央には、眠そうな目をしたきよぽんの顔が描かれていた。

 

右下には、小さな文字で『試作品・取扱注意』と書かれている。

 

教室内を見回す。

 

長谷部の姿はまだない。

 

軽井沢や佐藤も登校していない。

 

数人のクラスメイトがいるだけで、オレの机の箱に注目している者はいなかった。

 

触れずに無視することも考えた。

 

だが、自分の机へ座るためには箱を移動させなければならない。

 

仕方なく蓋へ手をかける。

 

「開けるんだ」

 

背後から声がした。

 

振り返る。

 

長谷部が教室の入口に立っていた。

 

その左右には、三宅明人と幸村輝彦。

 

少し後ろには、佐倉愛里もいる。

 

綾小路グループ。

 

以前はオレも頻繁に行動を共にしていたが、今はいつも一緒にいるわけではない。

 

それでも、長谷部たち四人が集まっているところへ、オレが時々加わる形は続いていた。

 

ただし現在。

 

この集団は、友情を深めるためではなく、

きよぽんを生み出すために集結しているように見える。

 

「開ける以外に、机を使う方法が思いつかなかった」

 

オレが答えると、長谷部は嬉しそうに近づいてきた。

 

「じゃあ、開封式を始めよう」

 

「必要ない」

 

「必要だよ。みやっち、撮影して」

 

「何で俺が撮影係なんだよ」

 

三宅は呆れながらも端末を取り出した。

 

「記録は大事だから」

 

「俺は昨日、材料を運ばされたんだぞ。今日は撮影か?」

 

「適材適所」

 

「便利に使ってるだけだろ」

 

「みやっちは身体を動かす役が似合うから」

 

「言い方に悪意ないか?」

 

幸村は三宅の横から箱を観察していた。

 

「外箱の寸法は事前に聞いていたものと一致している。

内部の緩衝材が十分なら、型崩れは起きていないはずだ」

 

「ゆきむーまで、何でそんな真剣なんだ」

 

三宅が尋ねる。

 

「試作品の品質確認だ。ここで問題が見つかれば、本制作前に修正できる」

 

「昨日まで、きよぽんに反対してなかったか?」

 

「反対はしていない。客観性を欠いた設定に疑問を呈していただけだ」

 

「今は?」

 

「設定資料は俺が整理した」

 

「完全に参加してるじゃないか」

 

幸村は反論しなかった。

 

どうやら否定できないらしい。

 

佐倉は箱の横に立ち、少し緊張した様子で両手を合わせていた。

 

「上手くできてるといいね」

 

「愛里も制作に関わったのか」

 

オレが尋ねると、佐倉は小さく頷いた。

 

「か、顔を少しだけ……」

 

「愛里が表情を描いてくれたんだよ」

 

長谷部が補足する。

 

「最初のきよぽんより、もっと柔らかい雰囲気になってるから」

 

「眠そうな点は変わらないのか」

 

「そこは絶対変えられない」

 

迷いのない返答だった。

 

オレの表情をモデルにしているなら、もう少し目を開けてもいいはずだ。

 

だが長谷部たちにとって、きよぽんの眠そうな目は最重要要素らしい。

 

「開けていい?」

 

長谷部が尋ねる。

 

「オレに聞く必要があるのか」

 

「一応、本人だから」

 

「本人ではない」

 

「じゃあモデル」

 

「それも認めていない」

 

「でも開けるね」

 

最初から答えを聞く気はなかったようだ。

 

長谷部が箱の蓋を持ち上げる。

 

中には白い布が被せられていた。

 

その布をゆっくり取り除く。

 

現れたのは、大きな頭部だった。

 

全体的に丸い。

 

真っ白ではなく、ヨーグルトを思わせる淡い乳白色。

 

顔の中央には、佐倉が描いたという二つの目。

 

以前の仮デザインよりも線が柔らかくなり、

無表情でありながら、わずかに穏やかさを感じる。

 

口は短い一本線。

 

頬には、ごく薄い色で小さな丸が二つ描かれていた。

 

頭頂部には、ヨーグルトのカップを模した帽子。

 

カップの蓋から、小さなスプーンが斜めに突き出している。

 

完成した着ぐるみの頭部ではない。

 

まだ布地の縫い目が残り、内部のフレームも一部が露出している。

 

それでも、前回オレが被った骨組みだけの状態と比べれば、

確かに一体のキャラクターとして形になっていた。

 

「きよぽんだ……」

 

佐倉が小さく呟いた。

 

自分で表情を描いたにもかかわらず、実物になると印象が違うのだろう。

 

三宅も端末を下ろし、頭部を眺める。

 

「思ったより、ちゃんとしてるな」

 

「思ったよりって何?」

 

長谷部が不満そうに振り返る。

 

「もっと酷いものが出てくると思ってた」

 

「失礼だなあ」

 

「最初の絵を見た時は、丸い綾小路にヨーグルトを被せただけだっただろ」

 

「今も基本は同じだよ」

 

「そう言われると急に不安になるな」

 

幸村は頭部の横へ回り込み、縫い目や視界用の隙間を確認する。

 

「重量は?」

 

「頭だけで二・八キロ」

 

長谷部が答える。

 

「長時間の着用には少し重い。内部フレームを一部軽量素材へ変えた方がいい」

 

「やっぱり?」

 

「前方に重心が寄っている。ヨーグルト帽子とスプーンの重量が原因だ」

 

「スプーンは外せないよ」

 

「装飾を減らせとは言っていない。素材を変えればいい。

現在のスプーンは樹脂製だが、芯を薄くして発泡材で覆えば半分以下になる」

 

「さすがゆきむー」

 

「俺はきよぽんのために勉強してきたわけではない」

 

そう言いながら、幸村は自分の端末へ修正点を入力していく。

 

完全に制作班の一員だった。

 

オレは箱の中に残っているものを見る。

 

頭部の下には、胴体部分の簡単な設計図が置かれていた。

 

丸く膨らんだ白い身体。

 

短い腕。

 

胸には、青い文字で『き』。

 

背中には小さなヨーグルトポケット。

 

「この背中の四角いものは何だ」

 

「非常食入れ」

 

長谷部が答える。

 

「何の非常食だ」

 

「ヨーグルト」

 

「常温で持ち歩くな」

 

「保冷機能を付ける」

 

「着ぐるみに本物を入れる必要はない」

 

「でも、きよぽんが疲れた時に食べられるよ」

 

「中の人間が着ぐるみの中でヨーグルトを食べるのは危険だ」

 

視界が悪く、熱もこもる。

 

その状態で容器を開けて食べるのは、合理的ではない。

 

オレが真面目に指摘すると、全員が黙った。

 

「どうした」

 

三宅が最初に口を開く。

 

「いや、お前も結構真剣に考えてるなと思って」

 

「安全性の話だ」

 

「きよぽんがヨーグルトを食べる方法を真剣に考えてたよね」

 

長谷部が笑う。

 

「中の人間の安全を考えただけだ」

 

「中の人って誰?」

 

「まだ決まっていない」

 

「きよぽん本人でしょ」

 

「オレはやらない」

 

「ここまで来ても?」

 

長谷部は頭部を両手で持ち上げ、オレの目の前へ差し出した。

 

眠そうなきよぽんと正面から向き合う。

 

自分をモデルにしていると言われても、似ているとは思えない。

 

顔は丸い。

 

身体も丸くなる予定。

 

頭にヨーグルトを載せている。

 

共通点があるとすれば、表情が乏しいことくらいだ。

 

「一度だけ被ってみて」

 

長谷部が言う。

 

「断る」

 

「サイズ確認」

 

「前回確認した」

 

「布を付けたら重心が変わったから」

 

幸村を見る。

 

「必要なのか」

 

「本来なら着用予定者が確認すべきだ」

 

「着用予定者ではない」

 

「では誰が着用する」

 

オレは三宅を見る。

 

三宅が一歩下がった。

 

「俺を見るな」

 

「体格は近い」

 

「近いだけだろ。俺がきよぽんに入ったら、何でお前じゃないんだって絶対言われる」

 

「外からは見えない」

 

「歩き方で分かるらしいぞ」

 

「誰に」

 

「波瑠加に」

 

長谷部が当然のように頷いた。

 

「みやっちは歩幅が広いから。きよぽんは、もっと小さく静かに歩くの」

 

「歩き方まで決まっているのか」

 

「昨日決めた」

 

「誰と」

 

「愛里と」

 

佐倉が申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ご、ごめんね」

 

「謝る必要はない。だがオレの歩き方を観察していたのか」

 

「み、見てたというか……普段から一緒に歩くことがあるから……」

 

「愛里、今の言い方だと少し怖い」

 

三宅が指摘する。

 

佐倉は顔を赤くした。

 

「ち、違うの!」

 

「分かっている」

 

これ以上慌てさせる必要はない。

 

だが、きよぽんの歩き方までオレを参考に作られているなら、

他の生徒が中へ入った場合に違和感が出る可能性はある。

 

そう考えてしまった時点で、オレも長谷部たちの土俵へ乗りつつあった。

 

「五分だけだよ」

 

長谷部が再び頭部を差し出す。

 

「被って、教室の中を歩くだけ」

 

「授業前だ」

 

「まだ十五分ある」

 

「他の生徒も来る」

 

「宣伝になる」

 

「それが嫌なんだ」

 

「じゃあ、みんなが来る前に早くやろう」

 

断る理由を述べるたびに、長谷部は別の理由で押し返してくる。

 

オレが拒否を続ければ続けるほど、時間だけが過ぎる。

 

合理的に考えれば、短時間で確認を終わらせた方が被害は少ない。

 

その判断が正しかったのかは分からない。

 

少なくとも、後から振り返れば。

 

この時点で断固として拒否し、教室から離れるべきだった。

 

「五分だ」

 

オレが言う。

 

長谷部の表情が一気に明るくなった。

 

「やった!」

 

「サイズ確認だけだ」

 

「分かってる」

 

「撮影は禁止」

 

三宅へ視線を向ける。

 

「俺はもう撮ってない」

 

「端末を机に置いてくれ」

 

「警戒しすぎだろ」

 

三宅は苦笑しながら端末を伏せた。

 

長谷部と幸村が、頭部の内部を確認する。

 

内部には肩へ重量を逃がすための簡単な支持具が取り付けられていた。

 

頭だけで支えるより負担は軽い。

 

幸村が後部の留め具を外す。

 

「視界用の隙間は、目の下にある。足元はほとんど見えないから、最初はゆっくり歩け」

 

「分かった」

 

「息苦しくなったらすぐ外して」

 

佐倉が心配そうに言う。

 

「無理はしなくていいからね」

 

「五分なら問題ない」

 

オレは少し腰を落とす。

 

長谷部と幸村が左右から頭部を持ち上げ、上からゆっくり下ろした。

 

視界が暗くなる。

 

次の瞬間。

 

二つの細い隙間から、教室の床と机の一部が見えた。

 

前回の骨組みだけの状態より、さらに視界が狭い。

 

外の音も布に遮られ、少し遠く聞こえる。

 

肩に重量が乗る。

 

幸村の指摘通り、前方へ引かれる感覚があった。

 

頭頂部のヨーグルト帽子が原因だろう。

 

「聞こえる?」

 

長谷部の声。

 

「ああ」

 

自分の声が内部で反響する。

 

外からは、少しくぐもって聞こえているはずだ。

 

「首、動かせる?」

 

左右へ向ける。

 

頭部だけを動かそうとすると遅れる。

 

身体全体で方向を変えた方が自然だ。

 

「問題ない」

 

「歩いてみて」

 

一歩進む。

 

足元が見えない。

 

机の位置は被る前に記憶しているため、ぶつかることはない。

 

二歩。

 

三歩。

 

歩幅を狭くする。

 

着ぐるみの胴体はまだないが、完成後は脚の可動域も制限される。

 

今のうちに小さな歩き方へ慣れる必要があるかもしれない。

 

「すごい」

 

佐倉の声が聞こえる。

 

「本当にきよぽんみたい」

 

「頭しかないけどな」

 

三宅が答えた。

 

「でも歩き方はそれっぽい」

 

「オレがモデルなら、オレが歩けば似るのは当然だろう」

 

口に出してから気づいた。

 

長谷部が黙る。

 

三宅も黙る。

 

幸村の手が止まる。

 

「今、認めた?」

 

長谷部が尋ねた。

 

「何をだ」

 

「きよぽんのモデルだって」

 

「仮定の話だ」

 

「『オレがモデルなら』って言った」

 

「なら、だ」

 

「でも否定しなかった」

 

「条件文だ」

 

「ゆきむー、今の発言を記録して」

 

「本人がモデルである可能性を初めて明確に認めた発言として残しておく」

 

「残すな」

 

幸村まで長谷部側だった。

 

「一度、決め台詞を言ってみて」

 

「言わない」

 

「声が外へどれくらい聞こえるか確認したい」

 

「他の言葉でいいだろう」

 

「きよぽんの声として自然か確認する必要がある」

 

「オレの声なのだから、自然も何もない」

 

「そこも含めて」

 

長谷部の理屈は強引だ。

 

それでも音声確認自体は必要になる。

 

「何を言えばいい」

 

「『違う。きよぽんが勝手に』」

 

「それ以外で」

 

「『ヨーグルトの温度管理は重要だ』」

 

「なぜ名言集から選ぶ」

 

「きよぽんらしいから」

 

「普通の挨拶でいい」

 

長谷部は少し考える。

 

「じゃあ、『おはよう』」

 

「おはよう」

 

短く答える。

 

教室が静かになった。

 

頭部の中から外の様子はほとんど分からない。

 

「どうした」

 

「普通すぎる」

 

三宅が言った。

 

「挨拶だからな」

 

「きよぽんが普通におはようって言うと、何か違和感あるな」

 

「オレにどうしろと言うんだ」

 

「やっぱり決め台詞の方がいいよ」

 

長谷部は諦めていなかった。

 

その時。

 

教室の扉が開いた。

 

複数の足音が聞こえる。

 

予定より早く、他のクラスメイトが登校してきたらしい。

 

頭部を外そうと手を伸ばす。

 

だが、視界が狭く、後部の留め具へ上手く指が届かない。

 

「波瑠加、外してくれ」

 

返事がない。

 

「波瑠加」

 

また返事がない。

 

代わりに、教室の入口から軽井沢の声が聞こえた。

 

「え、何あれ」

 

続いて佐藤。

 

「きよぽん!?」

 

「完成したの?」

 

松下の声も加わる。

 

足音が増える。

 

オレの周囲へ生徒が集まっているのが分かった。

 

「まだ頭だけだよ」

 

長谷部が嬉しそうに説明している。

 

「サイズ確認中」

 

「中は誰?」

 

軽井沢が尋ねる。

 

数秒の沈黙。

 

「きよぽん」

 

長谷部が答えた。

 

「中の人を聞いてるんだけど」

 

「だから、きよぽん」

 

「綾小路くんでしょ」

 

「違う」

 

オレは否定した。

 

その瞬間。

 

教室中が静まり返った。

 

言い方を間違えた。

 

「違う?」

 

軽井沢が聞き返す。

 

「きよぽんが勝手に?」

 

長谷部が続ける。

 

笑いが起きた。

 

最初は数人。

 

すぐに教室全体へ広がる。

 

「今の完璧じゃん!」

 

佐藤が笑いながら言う。

 

「本人が中にいるの?」

 

「本人ではない」

 

「声がもう綾小路くんじゃん」

 

「だから本人でしょ」

 

「違う。きよぽんが勝手に」

 

長谷部が再び重ねる。

 

「その言葉を使うな」

 

「きよぽんが喋った!」

 

池の大きな声が聞こえた。

 

「すげぇ!もう動いてる!」

 

「何でお前まで興奮している」

 

「だって昨日まで絵だったじゃん!」

 

須藤も近づいてくる。

 

「本当に綾小路が入ってんのか?」

 

「頭だけだ」

 

「身体が制服のままだから、すげぇ気持ち悪いな」

 

「率直すぎるだろ」

 

三宅が突っ込む。

 

実際、外から見れば大きなきよぽんの頭に、人間の制服姿の身体が付いている。

 

前回の骨組みだけより完成度は高いが、まだ不自然さは強いはずだ。

 

「写真撮ろうよ」

 

軽井沢が言った。

 

「禁止だ」

 

「試作記録」

 

「前回も同じことを言ったな」

 

「今回は顔が完成してるから、比較資料が必要でしょ」

 

「必要ない」

 

撮影音が鳴った。

 

「もう撮ったな」

 

「きよぽん、こっち向いて」

 

「向かない」

 

「長谷部さん、反対側から呼んで」

 

「きよぽーん」

 

オレは動かなかった。

 

今ここで反応すれば、名前を呼ばれて振り返ったことになる。

 

しかし動かなければ、無視するきよぽんらしいと解釈される可能性がある。

 

どちらを選んでも長谷部たちの思惑通りになる。

 

「きよぽん、反抗期だ」

 

佐藤が言う。

 

「生まれたばかりなのに?」

 

松下が答える。

 

「思春期なんじゃない?」

 

「高校生がモデルだから」

 

勝手に設定が増えていく。

 

「静かにしなさい」

 

堀北の声が教室へ響いた。

 

騒ぎが少し収まる。

 

ようやく助けが来た。

 

堀北なら、授業前の教室でこれ以上騒ぐことを止めるはずだ。

 

足音が近づく。

 

大きなきよぽんの頭を、堀北が正面から見上げているらしい。

 

数秒間、何も言わない。

 

「どうした」

 

オレが尋ねる。

 

「想像していたより完成度が高いわ」

 

助けではなかった。

 

「ほりぽんの競争相手として、評価せざるを得ない」

 

「今は評価している場合ではない。外してくれ」

 

「その前に、可動域を確認しましょう」

 

「長谷部たちが確認した」

 

「第三者の視点も必要よ」

 

堀北は完全に試験の責任者としての顔になっていた。

 

「綾小路くん。右を向いて」

 

「外してくれ」

 

「右を向いて」

 

逆らえば長引く。

 

オレは身体ごと右へ向ける。

 

「今度は左」

 

左へ向く。

 

「少し屈んで」

 

「何の確認だ」

 

「小さな子供と触れ合う時、相手の目線に合わせられるかどうか」

 

確かに学園祭では、一般来場者の中に子供もいる可能性がある。

 

膝を曲げ、少し屈む。

 

頭部が前へ傾く。

 

ヨーグルト帽子の重さでバランスが崩れそうになるが、足を半歩前へ出して支えた。

 

「前方の重心が強すぎるわね」

 

堀北が言う。

 

「分かっている。帽子を軽くする必要がある」

 

「きよぽんの帽子を取るの?」

 

長谷部が警戒する。

 

「取るとは言っていない。素材を変える」

 

「それならいい」

 

なぜオレが長谷部を安心させているのだろう。

 

「歩行にも問題はなさそうね」

 

堀北は淡々と確認を続ける。

 

「次は、手を振って」

 

「胴体も腕もない」

 

「今の自分の腕で構わないわ」

 

「完成後の参考にならない」

 

「動作の雰囲気は確認できる」

 

仕方なく片手を上げる。

 

ゆっくり左右へ振る。

 

再び教室から声が上がった。

 

「可愛い!」

 

「普通にゆるキャラっぽい!」

 

「顔が動かないのに手だけ振ってる!」

 

「きよぽんだ!」

 

単純な動きだ。

 

それにもかかわらず、反応は悪くない。

 

ゆるキャラは複雑な動きをする必要がない。

 

むしろ、ゆっくりと大きく動いた方が外見には合うのかもしれない。

 

「次は両手で丸を作って」

 

長谷部が要求する。

 

「もう終わりだ」

 

「最後だから」

 

「その言葉を信用できない」

 

「じゃあ本当に最後」

 

周囲の視線が集まる。

 

断れば、さらに時間がかかる。

 

オレは両腕を頭上へ持ち上げ、丸を作った。

 

大きな頭部の上に腕が隠れ、外からは中途半端な形に見えたらしい。

 

「腕が短い!」

 

池が笑う。

 

「本人の腕だろ!」

 

須藤も笑う。

 

「完成後はきよぽんの短い腕になるから、もっと丸が作れないね」

 

佐藤が言う。

 

「じゃあ、丸を作ろうとして届かないのを持ちネタにしようよ」

 

長谷部が即座に設定へ取り入れる。

 

「失敗を前提にするな」

 

「完璧じゃない方が親しみやすいんだよ」

 

「それは少し分かるわ」

 

堀北まで賛同した。

 

「ほりぽんにも弱点を設定したもの。きよぽんにも、不得意な動作があった方がいい」

 

「オレの身体的な問題ではなく、着ぐるみの構造上の問題だ」

 

「きよぽんは腕が短くて丸を作れない」

 

長谷部は端末へ入力する。

 

「本人は気にしているけど、みんなが一緒に手伝うと大きな丸を作れる」

 

佐倉が控えめに提案した。

 

教室内の空気が少し変わる。

 

先ほどまで笑っていた生徒たちが、佐倉を見る。

 

「それ、いいじゃん」

 

軽井沢が言う。

 

「一人じゃできないけど、友達とならできるってことでしょ?」

 

「クラスの協力にも繋がるね」

 

平田も賛同する。

 

長谷部は嬉しそうに設定を書き足した。

 

『苦手なこと――一人で大きな丸を作ること』

 

『友達と手を繋ぐと、どんなに大きな丸でも作れる』

 

ただの可動域の不足が、いつの間にか温かい物語へ変化していた。

 

「愛里、すごい」

 

長谷部が言う。

 

「きよぽんに初めて感動要素ができた」

 

「初めてなのか」

 

これまでの設定に感動要素がなかったことは認めているらしい。

 

「これならクラスの特徴も表現できるわね」

 

堀北も真剣に評価する。

 

「一人では不得意なことがあっても、仲間と協力すれば乗り越えられる。

ほりぽんの成長というテーマとは異なる形で、クラスの結束を示せる」

 

「敵に助言していいの?」

 

軽井沢が尋ねる。

 

「まだどちらも私たちのクラスの候補よ。

代表が決まるまでは、両方の完成度を高める必要があるわ」

 

堀北はほりぽんを勝たせることだけではなく、クラス全体の勝利を考えている。

 

その姿勢は正しい。

 

しかし、その結果としてきよぽんの設定が強化され、

オレが着ぐるみへ入れられる可能性も高まっていく。

 

複雑な状況だった。

 

「そろそろ外してくれ」

 

オレが言うと、長谷部が頭部の後ろへ回った。

 

「待って。最後に集合写真だけ」

 

「さっき撮影は禁止だと言った」

 

「クラス全員じゃなくて、綾小路グループだけ」

 

「人数の問題ではない」

 

「愛里も一緒に撮りたいって」

 

佐倉が驚いたように長谷部を見る。

 

「わ、私はそこまで……」

 

「撮りたくない?」

 

「撮りたくないわけじゃないけど……」

 

佐倉はきよぽんの頭部を見上げる。

 

少し迷った後、小さく笑った。

 

「一枚だけなら」

 

断りづらくなった。

 

三宅は深く息を吐く。

 

「俺が撮るから、早く終わらせよう」

 

「みやっちも入るんだよ」

 

「誰が撮るんだよ」

 

「タイマー」

 

「そこまでして全員で撮るのか」

 

幸村も眼鏡の位置を直す。

 

「制作記録として残す意味はある」

 

「お前も撮る気なんだな」

 

「将来的にデザインの変化を比較できる」

 

理屈を付けているが、単に参加したいだけにも見える。

 

三宅が教室前方の机へ端末を置き、タイマーを設定する。

 

オレを中央へ移動させる。

 

左側に長谷部と佐倉。

 

右側に三宅と幸村。

 

「きよぽん、少し屈んで」

 

長谷部が言う。

 

「なぜだ」

 

「頭が大きすぎて、みやっちが隠れる」

 

「きよぽんではなく、頭部が大きいだけだ」

 

「同じでしょ」

 

違うと思う。

 

それでも少し膝を曲げる。

 

長谷部はオレの短い腕の代わりに、自分の両手で大きな丸の半分を作った。

 

反対側では佐倉が、戸惑いながら同じように腕を上げる。

 

二人の手が、きよぽんの頭上で丸を作る。

 

「みやっちとゆきむーも」

 

長谷部が要求する。

 

「俺たちもやるのか?」

 

「大きな丸だから」

 

三宅は仕方なさそうに腕を伸ばす。

 

幸村も少し硬い動きで加わる。

 

五人の腕が重なり、きよぽんを囲む大きな輪ができた。

 

撮影音が鳴る。

 

その瞬間。

 

教室の扉が開いた。

 

茶柱先生が入ってきた。

 

全員の動きが止まる。

 

教室前方。

 

巨大なきよぽんの頭を被ったオレ。

 

その周囲で、腕を使って大きな丸を作る長谷部、佐倉、三宅、幸村。

 

机の上には試作グッズと設計図。

 

黒板には、ほりぽんときよぽんの比較表。

 

説明が必要な状況だった。

 

茶柱先生は教卓の前で足を止めた。

 

何も言わない。

 

教室全体が静まり返る。

 

「先生」

 

平田が慎重に声をかける。

 

「これは、その……試験の準備です」

 

「見れば分かる」

 

茶柱先生は答えた。

 

「本当に分かるんですか?」

 

池が聞く。

 

「正確には、分かりたくない」

 

それが本音だろう。

 

茶柱先生は教卓へ出席簿を置く。

 

そして再びこちらを見る。

 

「綾小路」

 

「はい」

 

「お前は何をしている」

 

「着ぐるみ頭部の重量と視界を確認しています」

 

「そうか」

 

「信じていませんね」

 

「説明自体は信じている」

 

茶柱先生は疲れたように額へ手を当てた。

 

「だが、なぜ綾小路グループ全員でお前の頭上に丸を作っているのかは理解できない」

 

「きよぽんは一人だと腕が短くて、大きな丸を作れないんです」

 

長谷部が説明する。

 

「それで?」

 

「友達と協力すれば、作れます」

 

「そうか」

 

茶柱先生は数秒黙った。

 

「教育的だな」

 

「先生も分かってくれました?」

 

「分かりたくはないがな」

 

茶柱先生は教室を見渡す。

 

「ホームルームを始める。頭を外せ」

 

「手伝ってください」

 

オレが言う。

 

長谷部たちは笑いを堪えながら、頭部の留め具を外した。

 

ゆっくり持ち上げられる。

 

視界が一気に明るくなる。

 

教室内の生徒たちの顔が見えた。

 

ほとんどが笑っている。

 

軽井沢は端末を持ったまま。

 

須藤と池はまだ肩を震わせている。

 

堀北は笑ってはいないが、きよぽんの頭部を分析するように見ている。

 

茶柱先生だけが、早く授業へ移りたいという表情をしていた。

 

長谷部は頭部を箱へ戻さず、教室の後方にある棚の上へ置いた。

 

大きなきよぽんの顔が、教室全体を見下ろす形になる。

 

「そこに置くのか」

 

オレが尋ねる。

 

「みんなを見守る設定だから」

 

「授業中も?」

 

「うん」

 

「集中できないだろ」

 

「すぐ慣れるよ」

 

慣れたくはなかった。

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