鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
廃坑から持ち帰った「黒い金属片」の解析に挑む灯と神宮寺教授。
しかし、現代科学の結晶であるダイヤモンド圧子すら打ち砕く謎の金属を前に、大学の設備は全く歯が立ちません。
知識と時間の壁に突き当たった灯のもとへ現れたのは、澄人とゴウの二人でした。
「自分一人で背負い、二人を遠ざける」と決めていた灯に対し、仲間たちが提示した圧倒的な「技術」と「覚悟」とは——。
「……駄目だ。これも駄目です」
11月中旬、火曜の夜。
俺は工学部の材料試験室で、ビッカース硬度計の前に立ち尽くしていた。
隣では教授が、腕を組んで唸っている。
試験台の上には、あの黒い金属片。
坑道から持ち帰って2週間、いまだに冷えない、血管めいた隆起を持つ破片。
そして——その表面には、傷ひとつついていなかった。
「圧子を、見せてくれるかね」
「はい」
俺はダイヤモンド圧子を外し、拡大鏡の下に置いた。
四角錐状の先端。材質は、天然物質の中で最も硬いダイヤモンドだ。
その先端が、欠けていた。
「……冗談だろう」
教授が眼鏡を押し上げて、拡大鏡を覗き込む。
「押し込む側が負けたのか」
「そうなります」
俺たちは、この2週間で、大学の設備を使って試せることは一通り試していた。
密度は、アルキメデス法で測った。水温を補正しても、測るたびに値が変わる。0.3%程度だが、確実にぶれる。金属の密度が測定のたびに変わるなど、あってはならないことだ。
X線回折にもかけた。結晶格子由来のピークが、まったく出ない。非晶質かと思えば、そのわりに散乱の形が変だ。既知のどのデータベースにも該当しない。
熱伝導率の測定も途中で諦めた。一定の熱を加えても、測定面の温度がほとんど上がらない。投入した熱がどこへ移動しているのかさえ分からなかった。
「……ますます分からんな」
教授はため息をついて、パイプ椅子に腰を下ろした。
「鈴木君。腹を割って言うが、これは我々の手には余る」
「……はい」
「だがな、1つだけはっきりしていることがある。我々は、この試料を
そうなのだ。
分析装置のほとんどは、試料を小さく切り出すことを前提にしている。数ミリ角の平滑な面。粉末。薄片。
だが俺たちは、この破片から分析用の試料を1つも切り出せていない。
「切らなければ、始まらん。……心当たりは、あるかね」
心臓が、嫌な音を立てた。
ある。
大学の実習室にあるものより、遥かに使い込まれた工作機械。
それを30年回してきた、木の皮のように硬い掌。
「……あります」
俺は、そう答えるしかなかった。
◇◇◇
土曜の朝、相沢製作所。
「んで? これを切りゃあいいのか」
健三さんは、油紙の上の黒い破片を手のひらに載せ、太い指で表面をなぞった。
「あったけぇな、これ」
「……そういう性質らしいです」
「ふーん」
嘘はついていない。だが、俺は肝心なことを何ひとつ言っていなかった。
大学の研究サンプルで、成分が分からないので切り出したい。そう説明した。それだけだ。
「1ミリほどの薄片を切り出せれば十分です。無理そうなら——」
「無理そうならって言われるとな」
健三さんはにやりと笑い、旋盤ではなく、工場の奥にあるフライス盤へ歩いていった。
「職人にそういう言い方するもんじゃねぇぞ、灯くん」
「……すみません」
工場の奥から、ゴウが顔を出した。
「なんだよ親父、朝から張り切って」
「灯くんが宿題持ってきた」
最初は、超硬工具だった。
主成分はタングステンカーバイド。鋼材を削るための、町工場ではごく一般的な刃物だ。
健三さんは破片を治具とバイスで固定し、慎重に刃を当てた。
切削油が流れる。金属が擦れる音——ではなく。
パキン。
高い音がして、刃先の一部が飛んだ。
「…………」
工場が、静かになった。
健三さんは無言でチップを交換した。2本目。角度を変え、送りを落とす。
パキン。
3本目。回転数を落とす。
パキン。
「……親父」
「うるせぇ」
4本目が欠けたところで、健三さんは初めて舌打ちをした。
そして、棚の奥から別の箱を引っ張り出してきた。
「CBNだ」
立方晶窒化ホウ素。ダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、焼き入れ鋼などの加工に使われる工具材だ。工場の在庫の中で、間違いなく最も高い消耗品だった。
「あの、健三さん、そこまでしていただかなくても」
「黙ってろ」
その声には、さっきまでの気安さがなかった。
職人の目になっていた。
CBN工具が、破片に触れる。
——3秒。
パキ、と乾いた音がして、刃先が白く濁った。
「…………」
健三さんは機械を止め、しばらく破片を睨んでいた。
それから、最後の手段に出た。
ダイヤモンドホイール。石材やセラミックを切るためのものだ。金属を切るのには本来使わない。だが、硬いという一点においては、これ以上のものが工場にない。
甲高い音を立てて、砥石が回る。
火花が散る——いや、散らない。
削れているのは、砥石のほうだった。
10分後、ホイールの外周は明らかに痩せていた。
破片には、うっすらとした擦過痕が残っただけだ。傷ですらない。
健三さんはスイッチを切り、防じんマスクを外した。
長い沈黙の後、彼は破片をつまみ上げて、蛍光灯にかざした。
「……灯くん」
「はい」
「うちの工場で切れねぇ金属ってのは、30年やってて初めてだ」
「……すみません」
「謝んなよ。面白かった」
健三さんは笑った。だが、目は笑っていなかった。
「なあ。こりゃ、地球のもんじゃねぇんじゃねぇか」
——冗談だった。
工場の親父が、切れない金属を前にして言う、ただの軽口だった。
なのに俺は、一瞬、返事が遅れた。
ほんのわずかな間。それでも、息を呑んだのが自分でも分かった。
健三さんの眉が、わずかに動いた。
「……なんて、な」
彼は破片を油紙に戻し、俺のほうへ押しやった。
「持って帰んな。うちじゃ無理だ」
「……はい」
俺は油紙を包み、頭を下げた。
背中に、視線が刺さっているのが分かった。
健三さんのものではない。
ゴウのものだった。
◇◇◇
工場を出て、5分も歩かないうちに、背後から足音が追ってきた。
「灯」
振り返ると、作業着のままのゴウが立っていた。
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃねぇよ」
ゴウは、いつもの馬鹿みたいな笑顔をしていなかった。
「あれ、なんだ」
「だから、研究のサンプルで」
「親父の顔見たか」
言葉に詰まった。
「あの人な、俺が小学校のときに指落としかけても顔色変えなかったんだぞ。それが今日、あの石を持ったまま10秒くらい固まってた」
ゴウは一歩詰め寄った。
「お前、あの石どこで拾った」
「……言えない」
「なんで」
「言えないんだよ」
「なんでだよ!」
叫び声が、住宅街の路地に響いた。
俺は目を逸らした。逸らすしかなかった。
「あのさ」
ゴウの声が、急に低くなった。
「うちでバイトした金、何に使った」
心臓が、跳ねた。
「……工具とか」
「3万円だぞ。工具って何を買ったんだよ」
「…………」
「言えよ」
俺は答えなかった。
11月の風が、路地を吹き抜けていく。作業着のゴウは寒そうにも見えなかった。
やがて、ゴウは短く息を吐いた。
「……お前さ」
「……」
「俺らのこと、守ってるつもりだろ」
——ぐっ、と喉が詰まった。
「顔に書いてあんだよ。ずっと。夏が終わったあたりから、お前ずっとそういう顔してる。俺らに関係ねぇことだから言わねぇ、みたいな」
「……そんなんじゃ」
「あんだよ」
ゴウは、まっすぐ俺を見た。
「それ、舐めてんのと同じだからな」
言葉が、出なかった。
「勝手に1人で決めて、勝手に1人で背負って、勝手にボロボロになって。んで俺らは、なんも知らねぇまま飯食ってろってか」
「…………」
「俺、そういうのが一番むかつくんだわ」
ゴウは吐き捨てるように言って、背を向けた。
3歩ほど歩いて、立ち止まる。
「……澄人が待ってる」
「え?」
「あいつ、昨日から俺に連絡してきててな。灯がやばいって」
俺は、動けなかった。
◇◇◇
澄人は、大学近くの喫茶店の最も奥まった席にいた。
いつも通り本を読んでいる——と思ったら、開いていたのは本ではなかった。
プリントアウトの束だった。
「座れよ」
俺とゴウが座ると、澄人はそのうちの1枚を、テーブルの上に滑らせた。
黄ばんだ新聞記事のコピー。
『黒岩鉱山 落盤事故 3名死亡』
血の気が引いた。
「……なんで」
「調べた」
澄人は眼鏡を押し上げた。
「お前、11月1日から2日、大学を休んだだろ。研究室にもいなかった。それと、10月末に情報処理演習室の共用端末で、東北方面の廃線跡と時刻表を調べていた」
「……お前」
「情報源は、共用端末のブラウザ履歴だ。俺が次に同じ端末を使ったとき、検索語が残っていた。個人領域を開いたわけじゃない」
澄人はプリントの束を指で叩いた。
「そこから先は、大学図書館の地方紙縮刷版と鉱山関係の記録を当たった。廃線跡、鉱山、閉山、落盤事故。30分で黒岩鉱山まで辿り着いた」
そして、初めてこちらを見た。
「灯。お前、ここ入ったのか」
「…………」
「入ったんだな」
俺は、両手を膝の上で握りしめた。
「記事では3人死亡、遺体は未収容。40年前の坑道に、お前、1人で入ったのか」
「……ああ」
ゴウが、テーブルを叩いた。
「馬鹿かお前ェッ!」
店中の視線が集まったが、ゴウは構わなかった。
「死ぬだろ! 死んでいたかもしれねぇだろ! 誰も場所を知らねぇんだぞ!? お前があそこで潰れていても、俺らは探しに行く場所すら分からなかったんだぞ!」
「……そうだな」
「そうだなじゃねぇんだよ!」
俺は、テーブルに額がつくほど頭を下げた。
「……ごめん」
「謝んなくていいから、話せ」
澄人が、静かに言った。
「全部だ。信じるかどうかは、聞いてから俺が決める」
◇◇◇
その日の夕方、俺は2人を神宮寺研究室へ連れて行った。
教授はドアの前に立つ俺たち3人を見て、一度だけ目を丸くし、それからいつもの飄々とした顔で立ち上がった。
「ほう。……客人か」
「教授、すみません。俺の友人です」
「なるほど」
教授は棚の上の湯呑みに手を伸ばしかけて、止まった。
「……いかんな。湯呑みが1つしかない」
その一言が、この部屋で過ごした30年を、何より雄弁に物語っていた。
俺は、話した。
3000万年前の文明。闇に呑まれた滅び。地中に眠る3体の光の巨人。
数年のうちに目覚める怪獣。
そして、光の巨人の器を鍛えた炉が、40年前に3人を飲み込んだあの坑道の奥で、いまも脈打っていること。
証拠を並べた。ピラミッドの写真。坑道の写真。巻物。切れなかった金属片。
前世の記憶と、頭の中のシステムのことだけは、言わなかった。
「なぜ君にそれが読めるのか」という問いには、教授のときと同じように「分かりません」と答えた。
話し終えたとき、喫茶店を出てから2時間近くが経っていた。
ゴウは、腕を組んだまま、じっと巻物を見ていた。
澄人は、写真を1枚ずつ手に取って、無言で裏返したり光にかざしたりしていた。
先に口を開いたのは、ゴウだった。
「……信じる」
「え」
「なんでって顔すんな」
ゴウは頭をがしがしと掻いた。
「俺、超古代文明とか怪獣とか、正直よく分かんねぇよ。でもさ」
そして、俺の顔を指差した。
「お前の顔、この数か月ずっと見てきたんだよ。あんな顔して嘘つく奴、いねぇだろ」
胸の奥が、詰まった。
「……澄人は」
「保留」
即答だった。
「え」
「信じるとも信じないとも言わねぇ。俺は検証されてないものを信じる主義じゃない」
澄人は写真を置いて、眼鏡を押し上げた。
「ただし、な」
「……ただし?」
「黒い試料が、相沢製作所のダイヤモンドホイールを削り倒した。情報源は、その場にいた剛だ。教授が10年以上解析できなかった観測データを、お前が数分で解いた。これは教授本人と解析記録で確認できる」
そして、彼は初めて笑った。
「出所の違う事実が同じ結論を指しているなら、動く理由には十分だろ」
「……澄人」
「教授」
澄人は、神宮寺教授のほうへ向き直った。
「その資料棚、全部でどのくらいありますか」
「……数えたことはないな。3000点は超えていると思うが」
「灯が4日かけて1件掘り当てたと聞きました。効率が悪すぎます」
澄人は、鞄からノートパソコンを引っ張り出した。
「まず全資料の目録を作ります。題名だけじゃなく、出典、採録年、出土地、証言者、原本か転載かまで記録する。そのうえで重要な資料から順にスキャンし、読めるものはOCRにかけます。地名、年代、証言のキーワードで横断検索できるようにする。次の候補地を探すのに、4日もかけさせません」
教授が、ぽかんと口を開けた。
「……できるのかね、そんなことが」
「情報工学専攻です。出典を残さなければ、一次資料と孫引きの記事が混ざりますから」
そして、ゴウが立ち上がった。
「んで、切れねぇ石の話な」
「……ああ」
「うちの工場、切れねぇもんは切れねぇ。けど、切れる機械を探すことはできる。親父の付き合いで、放電加工やってる工場も、レーザーやってるとこも知ってる」
ゴウは、にっと笑った。
「町工場ってのはな、横の繋がりで生きてんだよ」
◇◇◇
夜。
2人を駅まで送って、俺は1人で研究室へ戻った。
机の上には、澄人が置いていったノートと、ゴウが「明日から使え」と押しつけてきた工場の合鍵が乗っている。
椅子に座って、天井を見上げた。
(……巻き込んだ)
少し前の学食で、俺は決めたはずだった。
守りたいものの真ん中に座っているのに、守るために遠ざかっていく。その矛盾に耐えるのが、俺の仕事なんだと。
その決意は、今日、崩れた。
守っていたつもりが、舐めていただけだと言われた。返す言葉がなかった。
これから、あの2人が危ない場所に立つことがあるかもしれない。
そのとき俺は、自分が今日引いた線を思い出すのだろう。
(……それでも)
背中が、軽い。
不思議なくらい、軽かった。
視界の隅に、青いウィンドウを呼び出す。
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▶ 所持ポイント: 4,600 SP
▶ 残機数: 3 / 3
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やはり、何も変わっていなかった。
協力者が2人増えても、システムは1 SPも寄越さない。
「……知ってた」
俺は小さく笑った。
そのとき、机の上の携帯が鳴った。
澄人からのメールだった。
『言ったろ。潰れそうになったら言えって』
俺は、しばらくその画面を見つめていた。
学食で、うどんをすすりながら、こちらを見もせずに言われた言葉。
あのとき俺は「サンキュ」としか返せなかった。
震える指で、返信を打った。
『遅くなって悪い』
送信して、俺は椅子の背に深くもたれた。
窓の外では、11月の街が、いつも通りに明るかった。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 4,600 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×1(解析:0%)
┗ OT領域 : 【マクロス初代・統合技術パック】まで 残り 25,400 SP
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第10話をお読みいただきありがとうございました!
現代技術では解析不能な「未知の金属片」というSF要素から一転、澄人とゴウという最高の仲間たちが灯の孤立を強引にぶチ破る回でした。
情報工学の力で文献検索を自動化する澄人と、現場の横の繋がりで解決策を探すゴウ。「守っていたつもりが、舐めていただけだった」と気づかされる灯の葛藤と成長を描けていれば幸いです。
孤立したメカニックから、信頼できる仲間を得たチームへ。
ここから彼らがどうやって地球平和連合(TPC)への道を切り開いていくのか、ぜひご期待ください!
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