鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
ゴウの紹介で町工場を巡り、レーザー、ウォータージェット、放電加工と試す灯たち。
しかし、現代最高峰の加工技術をもってしても「未知の金属」はびくともせず、むしろエネルギーを吸い込んで機械を停止させてしまいます。
現代科学の壁にぶつかる中、研究室で待っていた澄人が見せたのは、3,000点を超える資料をデータベース化した圧巻のシステムでした。
画面に浮かび上がる「全国11件」の異常座標。未来への手がかりと、忘れてはならない過去が交錯します——。
「——駄目だ、止めろッ!」
放電加工機のブザーが、けたたましく鳴り響いた。
制御盤の表示が真っ赤に染まり、加工槽の中で青白い火花が異常な密度で暴れている。
ベテランらしい職人が慌ててメインスイッチを落とすと、工場の照明が一瞬、明滅した。
「……なんだいまの」
放電加工。電極と工作物の間に放電を起こし、その熱で材料の表面を少しずつ除去する技術だ。工具を直接押し当てないため、材料の硬さに左右されにくい。導電性さえあれば、焼き入れ鋼のような難削材でも精密に加工できる。
——はずだった。
「放電が安定しねぇ」
職人が制御盤を睨みながら唸った。
「設定電流が立ち上がる前に、電源保護が落ちた。放電したエネルギーが
ワークの中へ
ゴウが俺の脇腹を肘で小突いた。
「……灯。うちの親父の友達の工場、壊す気か」
「……本当にすみません」
俺は深く頭を下げた。
これで、3軒目だった。
1軒目はレーザー加工。ファイバーレーザーの出力を上げても、切断面ができなかった。照射した箇所は一瞬だけ赤熱し、すぐ元の温度に戻る。熱が「どこかへ行ってしまう」のだ。
2軒目はウォータージェット。研磨材入りの高圧水を当てても、表面が濡れただけだった。
そして3軒目の放電加工では、機械のほうが先に音を上げた。
「悪ぃな、灯くん。俺の顔で頼んだんだが」
帰り道、健三さんが軽トラのハンドルを握りながら笑った。
「いえ、こっちが無茶を言ったので」
「まあ、あいつも面白がってたよ。30年やってて初めてだってさ」
11月の午後の日差しが、フロントガラス越しに眩しい。
助手席のゴウが、窓の外を眺めながらぽつりと言った。
「……この辺、去年だけで3軒潰れたんだよな」
「え?」
「町工場。ほら、そこの空き地。あそこも去年までやってた」
ゴウは、それ以上何も言わなかった。
俺は「そうなのか」とだけ返した。
自分の頭の中が、まだ加工槽の火花でいっぱいだったからだ。
——後になって、俺は車内に流れたこの1分間を、何度も思い返すことになる。
◇◇◇
その夜、研究室。
「機械では、無理でした」
俺の報告に、教授は腕を組んだまま唸った。
机の隅では、澄人がスキャナのローラーに紙を送り込んでいる。かれこれ3時間、無言で同じ作業を続けていた。
「3軒とも、ですか」
「うん。むしろ機械が壊れた」
「そりゃ機械が可哀想だな」
澄人は顔も上げずにそう言って、次の束をセットした。
俺は椅子に座り、机の上の黒い破片を見つめた。
冷えない金属。密度が測るたびに揺らぐ金属。熱を与えても温度が上がらない金属。放電のエネルギーを吸い込む金属。
(……待てよ)
1つ、引っかかった。
「教授。この石、全部『与えられたエネルギー』を吸ってますよね」
「……と、言うと?」
「刃物の運動エネルギー、レーザーの熱、放電の電気エネルギー。どれも、こちらが与えた分が観測できる形で戻ってきていません。内部へ逃がすか、別の形へ変換している」
俺は立ち上がり、黒板に向かった。
【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】
チョークを走らせる。頭の中で、上級知識が勝手に整理を始めていた。
「断熱容器に入れても常温へ戻ろうとする。つまり内部で、微弱ながら熱を生み続けている。こいつは
「……生きている、と?」
「稼働している、と言うべきかもしれません。3000万年もの間、微弱に動き続けている」
俺はチョークを置いて、振り返った。
「そして稼働体なら、外から加えられた擾乱を打ち消そうとします。硬いんじゃない。《b》抵抗されてるんです」
教授が、ゆっくりと目を見開いた。
「……押せば押すほど、押し返される」
「はい。だったら」
俺は、自分の言葉に鳥肌が立つのを感じた。
「与えるんじゃなくて、奪えばいい」
◇◇◇
翌日の午後、低温実験室。
「本当にやるのかね」
「やります」
俺はデュワー瓶の口を開け、白い蒸気が溢れるのを見下ろした。
液体窒素。マイナス196度。
「熱が逃げるなら、逆に、熱を
「理屈は分かる。だが、あれだけ熱を拒む物体だぞ。冷えるのかね」
「……たぶん、めちゃくちゃ時間がかかります」
換気装置と酸素濃度計を確認してから、俺はフェイスシールドと耐低温手袋を着けた。
トングで破片を掴み、表面に熱電対を固定したまま、そっと液体窒素の中へ沈める。
激しく沸騰する音。白い霧が実験室の床を這う。
——そして、待った。
30分。何も変わらない。液体窒素に沈んでいるのに、表面温度はほとんど室温のままだ。
1時間。温度は、ようやく数度下がっただけだった。
やることがなくなって、俺はパイプ椅子に座り込んだ。
教授は向かいで、持ち込んだ資料に赤ペンを入れている。白い蒸気が、二人の足元をゆっくり流れていった。
手持ち無沙汰に、俺は視界の隅へ青いウィンドウを呼び出した。
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▶ 所持ポイント: 4,600 SP
【超古代言語理解 Lv.2】 : 1,000 SP
└ 解放条件を満たしています
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1000 SP。
買えば、あの巻物が読める。3000万年前の記録を、絵ではなく文章として追える。
だが、買えば3万SPへの道が、1000 SPぶん遠のく。
(……まだだ)
俺はウィンドウを閉じた。
いま欲しいのは知識ではなく、時間だ。この数か月、俺はずっとそう自分に言い聞かせてきた。
「鈴木君」
「はい」
「何を見ていた」
心臓が跳ねた。
「……いえ、何も」
「そうか」
教授はそれ以上訊かず、赤ペンを置いた。
「……妻の話をしてもいいかね」
思わぬ話題に、俺は面食らった。
「あ、はい。もちろん」
「あれはな、私の資料を一度だけ、全部読んだことがある。結婚して10年ほど経った頃だったか。3日かけて、あの棚を端から端まで読んだ」
蒸気の向こうで、教授は懐かしそうに目を細めた。
「そして、こう言った。『あなたは正しいと思う』」
「……信じてくれたんですね」
「いや。続きがある」
教授は、湯呑みを持ってきていないことに気づいたのか、所在なさげに手を組んだ。
「『でも、証明できないものに人生を賭けるのは、あなた一人にしてね』」
液体窒素が、こぽ、と沸いた。
「私は、その通りにしたよ。子もおらん。弟子も取らんかった。共同研究者を持ったこともない。……あれの言いつけを、律儀に守った」
「…………」
「だから10年前にあれが逝ったとき、私は本当に1人になった。それでよかったと思っていた」
そこで、教授は俺を見た。
「……ところが、どうだ。この歳になって、面倒な学生が1人現れてな」
俺は、返す言葉を探して失敗した。
「教授、俺は」
「言わんでいい」
教授は苦笑して、また赤ペンを取った。
「私が勝手に破ったのだ。あれには、あの世で謝る」
白い蒸気が、床を這っていく。
俺は膝の上で手を組んで、しばらく何も言えずにいた。
2時間。
そして、2時間40分を過ぎた頃だった。
「——教授」
「うん?」
「脈が、止まりました」
デュワー瓶の中。液体窒素の揺らぎの向こうで、あの血管めいた隆起が——動かなくなっていた。
ずっと、微かに脈打っていたのだ。心臓みたいに、ゆっくりと。
それが、止まった。
教授が息を呑んだ。
「……眠った、のか」
「そうだと思います。今しかありません」
俺は破片をトングで引き上げ、あらかじめ用意しておいた小型の精密切断機に固定した。
刃は、健三さんが「持ってけ」と渡してくれた、ごく普通の超硬製の薄刃だ。
「……行きます」
刃が触れる。
——すっ。
驚くほど、あっけなかった。
柔らかい樹脂を切るように、刃が沈んだ。
薄い切片が1枚、受け皿の上に落ちる。
「……切れた」
俺は、思わず声を上げていた。
「切れましたッ!」
「やったな!」
普段は静かな教授が、拳を握って身を乗り出していた。
だが、その喜びは10秒と続かなかった。
皿の上の切片が——**温かくなり始めた**のだ。
「……えっ」
俺は指先で触れた。冷たい。だが、確実に温度が上がっている。
マイナス196度から、常温へ向かって。
それも、周囲から熱を受け取る速度ではない。内側から発熱している。
そして、その表面に。
とくん。
微かな、隆起の動き。
「……起きた」
俺と教授は、しばらく無言でそれを見つめていた。
◇◇◇
3日後、電子顕微鏡室。
薄片の観察には、澄人も呼んだ。「見たいだろ」と言ったら、「見たい」と即答された。ゴウは工場の手伝いで来られなかった。
「……なんだこれ」
モニタに映し出された像を見て、澄人が眉をひそめた。
金属の断面には見えなかった。
結晶粒界がない。代わりに、蜂の巣めいた微細な区画が、視野いっぱいに広がっている。
区画のひとつひとつが、壁で仕切られ、内部に何かを抱えている。
「細胞、みたいですね」
澄人が言った。
「金属なのに?」
「俺、生物は素人ですけど。……素人が見ても細胞に見えるって、それはそれで嫌な話でしょ」
教授は無言で倍率を上げていった。
「……鈴木君。元素分析はかけたかね」
「今、結果が出るところです」
俺はプリンタから吐き出された紙を取った。
主成分は、鉄とニッケルだった。
だが、その比率も微量元素の組み合わせも、既知の合金データとは一致しない。
そこまでは予想の範囲だった。
だが、その下に。
『C:微量 N:微量 P:微量 Ca:微量』
炭素。窒素。リン。カルシウム。
指が、止まった。
「……教授」
「見ている」
教授の声が、掠れていた。
「有機物の、痕跡か」
「……はい」
区画の一部に、有機物の残骸が閉じ込められている。
三千万年前の生物のものだと言われれば、そう思えたかもしれない。
だが、俺たちはこれをどこで拾ったかを知っていた。
あの床。
安全灯の枠。腐った革のベルト。潰れたヘルメット。
それを飲み込むように盛り上がった、黒い金属。
骨だけが、なかった。
「…………」
実験室が、静まり返った。
澄人が、椅子の背に深くもたれて天井を仰いだ。
「……最悪だな」
「ああ」
「灯。お前、この石ずっと素手で触ってたよな」
「……触ってた」
俺は自分の右手を見下ろした。
指先。爪。
——ぱき、と。
爪が、割れる感触がした。
(え、)
視界が、一瞬、暗くなった。
指の腹に、ざらついた粉塵。コンクリートの粉。
爪の間に食い込む、細かい破片。
もう痛みはなかった。とっくに感覚がなかった。
それでも、掻いていた。掻き続けていた。
——なにか、が。
「鈴木君?」
肩を掴まれて、俺は現実に引き戻された。
「え、あ……はい」
「顔が真っ白だぞ」
「……すみません。ちょっと、立ちくらみが」
俺は右手を、無意識に強く握りしめていた。
爪はどこも割れていない。当たり前だ。
(……なんだ、いまの)
思い出したくないものが、扉の隙間から漏れたような感触だった。
俺はそれを、押し戻した。
◇◇◇
その夜、研究室で、教授は珍しく湯呑みに手をつけずにいた。
「……三十年前の、聞き取りのメモにな」
ぽつりと、教授が言った。
「事故で亡くなった3人のうち、最も若い男の家族に会っている。奥さんと、2歳の子がいた」
俺と澄人は、黙って聞いていた。
「奥さんは、こう言ったよ。『遺体が出ないので、いまだにお葬式ができない』と」
湯呑みの中で、茶葉が沈んでいる。
「40年だ。あの奥さんは、もう70を超えている。子どもも、君たちより年上になっているだろう」
教授は顔を上げた。
その目には、俺が初めて見る種類の光があった。
「鈴木君。私は、これを研究サンプルとしてだけ扱うことに、耐えられんかもしれん」
「…………」
「返してやりたい。骨の一片でもいい。四十年待っている人がいる」
俺は、握った拳を見つめていた。
技術が欲しい。オーバーテクノロジーが欲しい。3万SPが欲しい。
そのために俺は、あの坑道へ潜って、破片を拾ってきた。
その破片が、人だったかもしれない。
(……返す、か)
さっき指先を走った感触が、また浮かびかけた。俺は奥歯を噛んで、それを押し戻した。
「……やりましょう」
「いいのかね。君の目的とは、遠回りになる」
「遠回りじゃないです」
自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。
「あの炉を調べ尽くさないと、どうせ次に進めません。ついでに3人を連れて帰ります」
教授は、しばらく俺を見て、それから小さく笑った。
「……ついで、か」
「はい。ついでです」
澄人が、パソコンのキーを叩きながら鼻を鳴らした。
「嘘つくの下手だな、お前」
◇◇◇
「あ」
しばらくして、澄人が短く声を上げた。
「なんだ」
「終わった」
「終わったって、何が」
「一次目録とスキャン投入。全部で3241点」
俺と教授は、同時に椅子から立ち上がった。
「もう終わったのか!?」
「この数日、機械に読ませ続けていた。俺は紙を送り、出典と資料番号を紐づけただけだ。手書き資料の本文確認は、まだ残ってる」
澄人はモニタをこちらへ向けた。
「試しに検索した。条件は『地磁気の異常』『発光』『振動または脈動の証言』『人的被害または行方不明』の4つ。検索結果には、必ず元資料の番号と出典を併記してある」
画面に、リストが並んでいた。
「全国で11件」
「じゅ、十一……」
「うち6件は、出典を辿ると同じ伝承の孫引きだった。3件は、一次資料が見つからず判断できない」
澄人は眼鏡を押し上げた。
「残る2件は、互いに独立した記録が複数あり、黒岩鉱山と同じ兆候が出ている」
俺は画面に顔を近づけた。
1件目——長野。戦時中に掘られた地下壕。工事中に作業員7名が行方不明となり、記録は軍によって封鎖されていた。
『所在地:長野県北部』
『年代:1944年』
『出典:神宮寺コレクション No.0847』
『原資料:旧陸軍工事日誌の写し/地元紙の失踪記事』
2件目——
「……なんだ、これ」
俺は、目を疑った。
『所在地:不明』
『年代:不明』
『出典:神宮寺コレクション No.0001』
『原資料:出所不明の観測記録・手書き原本』
「教授。これ、資料番号がNo.0001です。神宮寺コレクションの最初の登録資料ですよ」
教授が、モニタを覗き込んだ。
そして、その顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……それは」
「教授?」
教授は、震える手でモニタの端に触れた。
「それは、私が30年前、学会で発表して笑われた……最初の、資料だ」
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 4,600 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×1(解析:12%)
┗ 次の候補地 : 2件(長野・地下壕/所在地不明)
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第11話をお読みいただきありがとうございました!
現代の最新加工機すら受け付ける「未知の金属」の異質さ。そして、それをあっさりと情報検索システムでデータベース化してみせた澄人の圧倒的プロフェッショナルを描いた回でした。
「遠回りじゃない、ついでだ」と嘘をついてまで、あの廃坑で果てた3人の遺品・遺体を家族へ返そうとする灯。その不器用な優しさを即座に見抜く澄人との信頼関係が描けていれば幸いです。
澄人が導き出した「全国11件の異常ポイント」。
ここから彼らの調査と、TPC設立に向けた技術・実績の積み上げがさらに加速していきます!
ぜひ次回も楽しみにお待ちください。
感想や評価などもいただけますと大きな励みになります!