鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
澄人の構築したシステムにより、全国11件の異常座標を割り出した灯たち。
その結果を見た神宮寺教授が、部屋の最奥から取り出してきたのは、30年間決して開けられることのなかった古い菓子箱でした。
『神宮寺コレクション No.0001』。
それは、教授が超古代文明の存在に取り憑かれることになった原点であり、青い炎に焼かれてダムの底に沈んだ故郷の記憶。
過去と向き合う大人と、未来のために泥を被る学生の決意が交差します。
その資料は、木の箱に入っていた。
「これだ」
教授が資料棚の最下段、その最も奥から引き出してきたのは、ファイルでもスクラップブックでもなかった。
古い菓子折りの箱だ。角が擦り切れ、紐で二重に縛ってある。
「……30年ぶりに開ける」
紐を解く手が、震えていた。
俺と澄人、そして工場から駆けつけたゴウが、机を囲んで見守っていた。
ゴウは作業着のまま来たので、部屋の中に切削油の匂いが混じっている。
蓋が開いた。
中に入っていたのは、2つだけだった。
1冊の古い大学ノート。
そして、1枚のモノクロ写真。
「……これが、神宮寺コレクション No.0001ですか」
澄人が身を乗り出した。
「そうだ」
教授はノートを取り出し、机の上に置いた。表紙には、色褪せたインクでこう書かれている。
『樽内村 聞き取り 昭和三十四年 神宮寺』
「たるうち……村?」
「新潟の山の中にあった村だ」
教授は、写真のほうを手に取った。
古い集合写真だった。粗末な木造の校舎の前で、十数人の子どもと大人が並んでいる。
「私が生まれた村だよ」
俺たち3人は、同時に顔を上げた。
◇◇◇
「私は昭和17年、樽内村に生まれた」
教授は椅子に深く腰を下ろし、写真を膝の上に置いた。
「戸数30ほどの、山と川しかない村だ。冬は雪に閉ざされて、春まで外へ出られん。……そういう村には、たいてい言い伝えがあるものでな」
「言い伝え、ですか」
「『山が光る』」
背筋が、ぞわりとした。
「村の裏手に、
「……それ、本当に?」
「私も見た。子どもの頃に、何度もな」
教授は淡々と言った。
「村の者は誰も騒がなかった。昔からそういうものだったからだ。ただ、子どもには1つだけ、きつく言い聞かせられていた」
「……近づくな、ですか」
「そうだ」
教授は頷いて、ノートを開いた。
昭和34年の日付。若い神宮寺の、几帳面な字。
村の古老たちから聞き取った、伝承の断片が並んでいた。
『——奥の沢の奥に、地の底へ続く穴がある』
『——そこで地が脈打つ音がする。夜に聞こえる』
『——
俺は、そのページから目が離せなくなった。
「返さぬ神」
「そうだ」
拓本にあった一文が、頭の中で重なる。
——『近寄る者は、骨を返されず』
「……教授。これ」
「うん」
「同じことを、言ってませんか」
「そうだ」
教授は、静かに繰り返した。
「新潟の山村の言い伝えと、東北の鉱山から出た三千万年前の碑文が、まったく同じことを言っている。……私が三十年前に発表しようとしたのは、それだ」
俺は、言葉を失った。
それは、証明できない。だが、間違いなく何かがある。
「教授。もう1つ訊いてもいいですか」
「うん」
「教授はなぜ、この村の言い伝えを、わざわざ大学ノートに残そうと思ったんですか」
17歳の少年が、故郷の昔話をわざわざ体系的に記録しようとするのは、普通ではない。
教授は、しばらく黙っていた。
そして、写真をこちらへ差し出した。
「——ここだ」
節くれだった指が、後列の端を指していた。
痩せた、詰襟の少年が写っている。16歳くらいだろうか。写真が粗いので表情はよく分からないが、笑っていないことだけは分かった。
「私の兄だ。
「……お兄さん」
「昭和25年の夏、奥の沢へ入ったまま戻らなかった」
そして教授は、写真を膝に伏せた。
「……1度だけ、兄と2人で、あれを見に行ったことがある」
「見に、というのは」
「光だ。奥の沢の光」
蛍光灯の下で、教授の目はどこか遠くを見ていた。
「夏の夜だった。私が7つか8つの頃だ。兄が寝床から私を叩き起こしてな。『来い』と。2人で家を抜け出して、沢の手前の尾根まで登った」
「……危なくないんですか、それ」
「危ないに決まっとる。だが子どもというのは、そういうものだろう」
教授は、力なく笑った。
「谷の底が、光っていた。青白くてな。強くはない。蛍を何千匹も集めたような、あんな光だ。……ゆっくり、明るくなったり暗くなったりしていた」
脈打つように。
俺は、机の上の油紙を見ないようにした。
「2人で、1時間ほど見ていたと思う。誰にも言うなよ、と兄は言った。私は頷いた」
そこで、教授の声が少しだけ変わった。
「そのとき、兄がな。……ぽつりと言ったのだ」
「なんて」
「『あそこまで行ったら、何があるんだろうな』と」
部屋が、静まり返った。
「私は、何も言わなかった。八つの子どもだ。何も分からんかった。ただ、兄が面白そうな顔をしていたのを覚えている」
教授は、両手を膝の上で組んだ。
「その夜から半月ほど後、兄は山から石を持ち帰った。……さらに半月ほどして、消えた」
「…………」
「あの夜、私が『やめとけ』と言っていたら、どうなっていたか」
そう言って、教授は初めて、はっきりと笑った。
自分を嘲るための笑い方だった。
「——半世紀以上、そればかり考えている」
◇◇◇
誰も、何も言えなかった。
ゴウが息を呑む音だけが、やけに大きく聞こえた。
「村総出で3日探した。4日目に、大人たちは捜索を打ち切った」
教授は、写真を見つめたまま話し続けた。
「熊に食われた、と大人は言った。だが村の年寄りは違うことを言った。『山の神が返さなんだ』と」
「……」
「私は8つだった。意味が分からなかったよ。返さないとはどういうことだ。兄はどこへ行った。骨はどうした」
教授の声は、驚くほど平坦だった。
平坦すぎて、かえって聞いていられなかった。
「葬式は出した。空の棺でな。母は最後まで納得しなかった。位牌に向かって、毎日『正一、帰っておいで』と言い続けて、10年後に死んだ」
「…………」
「私はそれを見て育った。……だから、記録を取った。いつか意味が分かる日が来るかもしれんと思ってな」
俺は、机の上の油紙の包みを見た。
中には、あの黒い金属片。骨だけが返らなかった床から拾ってきた、まだ温かい破片。
(……そうか)
あの夜、教授が言った言葉。
『返してやりたい。骨の一片でもいい。40年待っている人がいる』
あれは、黒岩鉱山の3人の話ではなかった。
いや、3人の話でもあった。だが、根っこは、もっと前にあった。
「教授」
「うん?」
「あの石を初めて見たとき、教授、『あたたかい』って言いましたよね」
教授の肩が、わずかに動いた。
「……よく覚えているな」
「あのとき、何か気づいてましたよね」
長い沈黙があった。
やがて教授は、ノートの最後のほうのページを開いた。
そこには——鉛筆で描かれた、粗いスケッチがあった。
いびつな塊。表面に走る、血管めいた隆起。
「……嘘だろ」
ゴウが呻いた。
俺も、澄人も、動けなかった。
机の上の油紙。その中身と、半世紀以上前の鉛筆画が、同じものだった。
「兄が、山から持ち帰ったものだ」
教授が、掠れた声で言った。
「消える半月ほど前だったか。手のひらほどの、黒い石を持って帰ってきた。母が『そんなもの捨てろ』と言って、兄は縁の下に隠していた。……私は一度だけ、それに触った」
教授の指が、震えていた。
「あたたかかった。夏の夜だったのに、それだけが、生き物みたいに」
「……それは、今どこに」
「兄と一緒に消えた。あれが山へ入った日、縁の下からなくなっていた」
俺は、油紙の包みを見つめた。
2週間、この人はこれを毎日見ていた。素手で触り、硬度を測り、切ろうとして失敗する俺の隣で、ずっと。
(……何も言わずに)
「なんで、言わなかったんですか」
思ったより、責めるような声が出てしまった。
教授は、力なく笑った。
「……怖かったのだ」
「え」
「半世紀以上だ。私はずっと、『いつか意味が分かる』と思って生きてきた。だが、いざ目の前にそれらしいものが現れると、確かめるのが怖かった」
丸眼鏡の奥が、赤くなっていた。
「もし違ったら、私の半生は本当にただの妄想だ。……もし合っていたら、兄は、あの床に」
そこで、言葉が途切れた。
俺は、何も言えなかった。
◇◇◇
「……で」
沈黙を破ったのは、ゴウだった。
作業着の袖で、思いきり顔を拭っている。
「その村、どこにあんの。行きゃいいじゃん」
「行けないんだよ、それが」
澄人が、静かに言った。
「え?」
「所在地不明ってのは、記録がないって意味じゃない。もう存在しないって意味だ」
澄人は、ノートパソコンの画面をこちらへ向けた。
「出典は、国土地理院の旧版地形図と、樽内ダム管理所が公開している建設記録。昭和34年の地形図には村名が残っているけど、昭和36年以降の図面では貯水池の中だ」
『樽内ダム 昭和36年 竣工』
「……ダム」
俺は呟いた。
「そうだ」
教授が頷いた。
「私が19のときだ。村は、丸ごと水の底に沈んだ」
「じゃあ、奥の沢も」
「湖底だよ。全部な」
教授は、写真を箱に戻した。
「補償金が出て、村の者は散り散りになった。私は東京へ出て、地質学を選んだ。理由は……まあ、言うまでもないな」
そして、自嘲するように笑った。
「30年前、私はこのノートを持って学会に立った。新潟の山村の伝承と、東北の鉱山の碑文と、地磁気の異常データを並べてね」
「…………」
「『民俗学は隣の建物です』と言われたよ。会場は、笑っていた」
俺は、拳を握った。
この人は、兄の骨を探すために30年を使い、そして笑われたのだ。
◇◇◇
「——待ってください」
沈黙を破ったのは、俺自身の声だった。
教授とゴウと澄人が、こちらを見た。
「教授。そのダム、いま満水ですか」
「え?」
「ダムって、季節で水位が変わりますよね」
教授が、はっとした顔をした。
俺は立ち上がって、澄人のパソコンを引き寄せた。
【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】
頭の中で、上級知識が勝手に条件を並べ始めていた。
利水ダムの運用。融雪出水に備えた事前放流。豪雪地帯の貯水池では、春先の融雪出水に備え、冬の間に水位を下げることがある。
「澄人、樽内ダムの貯水位のデータ、出せるか」
「国土交通省の公開資料と、ダム管理所が公表している貯水位記録がある。……ちょっと待て」
キーを叩く音が響いた。30秒ほどで、澄人が息を呑んだ。
「……おい」
「どうした」
「出典はダム管理所の月別貯水位記録。毎年、1月から3月にかけて、水位が30メートル以上下がってる」
画面のグラフを、全員が覗き込んだ。
なだらかな山が並んでいる。夏に高く、冬に深く落ち込む波形。
「今年の最低水位は……2月の第2週。標高421メートル」
「教授。村の標高は」
教授は、口を半開きにしたまま動かなかった。
「……教授?」
「……430メートル前後だ」
部屋が、静まり返った。
俺は、ゆっくりと言った。
「出ますね。村」
「…………」
「2月には、水面より上に」
教授の湯呑みが、かたりと鳴った。
◇◇◇
そこから先の30分は、異様な速さで進んだ。
「灯」
真っ先に動いたのは、澄人だった。
「湖底って、どうなってると思う」
「……泥だろうな」
「そうだ。三十年以上沈んでた堆積物だぞ。長靴で歩けると思うな。膝まで刺さって抜けなくなる」
キーを叩きながら、澄人は続けた。
「情報源は国土地理院の旧版地形図だ。ダム完成前の図面を取り寄せる。村の道と家の配置が分かれば、沢の位置も割り出せる」
「頼む」
「それと、ダム管理所の水位データは毎日更新されている。監視は俺がやる。2月の第2週といっても、雪の降り方で前後するからな」
そしてゴウが、机に身を乗り出した。
「泥なら任せろ」
「え?」
「うちの付き合いに、土建屋がいる。ぬかるみ用の敷板とか、そういうのが余ってるはずだ。あと、長靴じゃなくてウェーダーな。胸まであるやつ」
ゴウは指を折りながら数え上げた。
「ロープ、担架、投光器、無線。……あー、無線は免許いるか」
「免許いらないやつがある。出力は落ちるけど」
「じゃあそれ。あと、灯」
「なんだ」
「一人で行くとか言うなよ」
俺は、言葉に詰まった。
「……言わない」
「よし」
ゴウは満足そうに頷いて、椅子に座り直した。
俺は、二人の顔を交互に見た。
3週間前、この2人は何も知らなかった。俺が1人で抱え、1人で坑道へ潜り、1人で帰ってきていた。
今は、俺が口を開く前に、装備の話が始まっている。
(……こういうことか)
ゴウに殴られるように怒鳴られた、あの日の意味が、少しだけ分かった気がした。
◇◇◇
その夜、ゴウと澄人が帰った後。
俺は研究室に残って、教授と2人きりになった。
教授はずっと、木の箱の前に座ったままだった。
「……鈴木君」
「はい」
「私は、行っていいのだろうか」
その問いに、俺は少し驚いた。
「なぜ、そんなことを」
「半世紀以上、探すふりをしていただけかもしれん」
教授は、写真の中の少年を見つめていた。
「本当に見つかってしまったら、私は……兄が、どういう形でそこにあるのかを、見なければならん」
俺は、机の上の油紙を見た。
炭素。窒素。リン。カルシウム。
金属の区画に閉じ込められた、有機物の痕跡。
見たくないものが、そこにあるかもしれない。
俺は、椅子から立ち上がった。
「教授」
「うん」
「俺が、先に見ます」
教授が、顔を上げた。
「教授は、俺が『大丈夫です』と言ったら来てください。駄目だったら、俺が全部持って帰ってきます」
「……鈴木君、それは」
「一人で背負うなって、この前ゴウに怒られたばかりなんですけど」
俺は、少しだけ笑った。
「これは、そういうのとは違うと思うので」
教授は、しばらく俺を見ていた。
そして、深く頭を下げた。
60を過ぎた男が、20歳にも満たない学生に頭を下げていた。
「……頼む」
「はい」
「兄を、連れて帰ってきてくれ」
「……はい」
俺は、はっきりと答えた。
ドアを閉めて、廊下に出る。
窓の外は真っ暗で、ガラスに自分の顔が映っていた。
(——連れて帰る、か)
胸の奥で、何かがざわついた。
指先が、無意識に動いた。爪の先で、掌を掻くように。
(……やめろ)
俺はその手を握りしめて、ポケットに突っ込んだ。
視界の隅に、青い光が滲んだ。
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【クエスト:発生】
概要:樽内ダム湖底に沈む集落跡へ到達し、
『奥の沢』の遺構を観測せよ
基本報酬 : 800 SP
追加報酬 : 観測内容および回収物に応じて加算
制限時間 : 減水期の終了まで(残り 約93日)
失敗時 : 報酬の消失(残機の減少なし)
※本クエストは受諾制です
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93日。
俺は、青い文字をしばらく見つめていた。
(……間に合わせる)
考えるより先に、俺は答えていた。
「受諾する」
【クエストを受諾しました】
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 4,600 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×1(解析:12%)
┗ 受諾中クエスト : 樽内ダム湖底・集落跡の探索(残り93日)
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第12話をお読みいただきありがとうございました!
神宮寺教授がなぜ、あれほどオカルトじみた資料を三十年も集め続けてきたのか。その理由となる悲しい過去の回でした。
「一人で背負うな」と怒られたばかりなのに、大切な大人が傷つくかもしれない場面では「俺が先に見る」と泥を被りに行ってしまう。そんな灯の不器用な優しさを感じていただけたら嬉しいです。
そして最後に表示された【特定クエスト:水底の幽霊】。
報酬はなんと驚愕の8,000 SP。デイリークエスト100日分以上という異常な数値が、このクエストの「ヤバさ」を物語っています。
渇水期にだけ姿を現すダムの底の村で、灯たちを待ち受けるものとは!?
次回からの探索・クエスト編もぜひ楽しみにお待ちください!
感想や評価もお待ちしております!