鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
5月の終わり、澄人から「ガッツウィング」という見覚えのない言葉について問い詰められる灯。
誰も知らないはずの未来の型番。しかし澄人は、灯の秘密を追及することなく手帳を閉じます。
そんな澄人が灯に伝えたのは、ゴウの実家である「相沢製作所」が、主要取引先の倒産により来年3月で工場を畳むという衝撃的な事実でした。
学食の平和を守るため、そして技術の芽を絶やさないため。
灯と澄人、そして職人・健三さんによる、難削材加工への挑戦が始まります!
「灯。ちょっといいか」
5月の終わり、講義棟の廊下でのことだった。
澄人が、俺の前に立ち塞がるようにして手帳を開いた。
「なんだよ」
「お前、この前『ガッツウィング』って言ったな」
心臓が、跳ねた。
「……言ったか?」
「言った。書き取った」
澄人は手帳のページを指で叩いた。
見れば、そこには几帳面な字で、日付と、俺の言葉がそのまま写し取られている。
『——俺がガッツウィングもどきを一機作って、何になるっていうんだ』
「巻物読んで、お前がキレたときな」
「…………」
「教授も相沢も、あのときはお前の話の中身に呑まれてて、たぶん聞き流してる。
俺は違う。俺は、お前が使う言葉を全部拾ってる」
俺は、乾いた喉で唾を飲んだ。
ペナルティゾーンの、狭いコックピット。
毎回あそこに放り込まれ、俺はあの機体を何か月も操縦している。
名前も、計器の配置も、操縦桿の癖も、身体が覚えてしまった。
その名前が、口から出た。
「調べたぞ」
澄人は淡々と続けた。
「航空機の型番、企業名、防衛庁の計画名、海外のコードネーム。……そんな言葉は、どこにもなかった」
「……そうか」
「うん。だから、聞かない」
「え?」
顔を上げると、澄人は手帳を閉じていた。
「答えられないんだろ。読める理由と、同じで」
「……ああ」
「じゃあいい。俺は保留リストに一行足すだけだ」
そう言って、澄人は歩き出した。
三歩ほど行って、振り返る。
「灯」
「なんだよ」
「そのリスト、今14行ある」
「……十四?」
「増えるペースが上がってる。それだけ言っとく」
俺は、廊下に立ち尽くしたまま、その背中を見送った。
(……勘弁してくれ)
隠しごとが上手い人間になったつもりでいた。
だが実際は、気づかないふりをしてくれている人間に囲まれていただけだった。
◇◇◇
6月に入って最初の土曜日。
俺はいつも通り、相沢製作所の引き戸を開けた。
「おはようございます——」
そこで、言葉が止まった。
工場が、静かだった。
いつもなら、この時間には、すでに旋盤が2台は回っている。
切削油の匂いに混じって、ラジオの野球中継が流れているはずだった。
今日は、機械が1台も動いていない。
奥の事務スペースで、健三さんが電話をしていた。
「……はい。……ええ、それは。……いや、分かってます。分かってますが」
背中が丸まっていた。
俺は、引き戸を閉めずにその場に立っていた。
「……はい。……はい。ええ、こちらこそ、長いこと。……はい。失礼します」
受話器を置く音がした。
しばらく、健三さんは動かなかった。
「……あ、灯くんか」
振り返った顔は、いつもの顔だった。
「悪ぃな、今日は仕事が薄くてよ。バリ取りくらいしかねぇわ」
「……はい」
「まあ、コーヒーでも飲んでけ」
俺は、頷くしかなかった。
その日、ゴウは工場に来なかった。
夕方、俺が帰ろうとすると、健三さんが呼び止めた。
「灯くん」
「はい」
「剛から、何か聞いてるか」
「……いえ」
健三さんは、作業台に腰を下ろして、煙草に火をつけた。
「そうか。……あいつ、言ってねぇか」
「あの、健三さん」
「来年の3月でな」
煙が、天井のほうへ流れていった。
「うちの一番でかい取引先が、部品の内製に切り替える。30年、続けてきた仕事だ」
「…………」
「他にも何軒か仕事はある。だが、あそこが6割だ。……6割抜けたら、うちは回らねぇ」
俺は、何も言えなかった。
「電話は、その最終確認だ。向こうの部長さんもな、申し訳なさそうにしてたよ。あの人が悪いわけじゃねぇ。会社の方針だ」
健三さんは煙草を灰皿に押しつけた。
「まあ、潮時だな」
「……潮時、って」
「畳むってことだ」
その言葉が、耳の奥で反響した。
「機械は売れる。土地も売れる。借金は残らん。剛の学費くらいは残せる。
……悪い畳み方じゃねぇよ」
「そんな」
「灯くん」
健三さんは、こちらを見た。
「あんたが来てから、面白かったわ。切れねぇ金属だの、なんだの。
30年の最後に、ああいうのが来るとは思わなかった」
俺は、拳を握っていた。
工場が消える。
旋盤と、フライス盤と、切削油の匂いと、30年分の掌が。
俺が「鉄を切る場所」として頼りにしていたものが、来年の3月で消える。
◇◇◇
その夜、俺はゴウを呼び出した。
大学近くの、あの喫茶店だった。
「……聞いたか」
席に着くなり、ゴウはそう言った。
「聞いた」
「そっか」
ゴウはコーヒーに砂糖を3つ入れて、乱暴にかき混ぜた。
「なんで言わなかった」
「言ったら、どうにかなんのかよ」
「…………」
「お前んとこも大変だろ。3年後だっけ。怪獣が来るとか、そういうさ」
ゴウは笑おうとして、失敗した。
「そっちのほうが、でかいじゃん。何百万人って話だろ。うちの工場1軒なんて、比べものにならねぇよ」
俺は、テーブルの木目を見つめていた。
「……俺も、同じこと考えてた」
「あ?」
「守るために黙ってれば、相手のためになると思ってた。去年の秋まで、ずっと」
ゴウの手が、止まった。
「で、お前に殴られるみたいに怒られた」
「……殴ってねぇよ」
「殴られたようなもんだった」
俺は顔を上げた。
「舐めてんのと同じだ、って言われたんだよ。俺は」
ゴウの顔が、みるみる歪んだ。
「……ずりぃな、それ」
「ずるくない。お前が言ったんだ」
「うるせぇよ」
ゴウは両手で顔を覆って、そのまま数秒、動かなかった。
「……親父、30年やってんだよ」
くぐもった声だった。
「俺が小学生のとき、指を落としかけたって話したろ。あんとき親父、顔色ひとつ変えねぇで俺の手を押さえて、そのまま病院へ連れていって、次の日にはもう機械を回してた」
「……ああ」
「あの人が『潮時』とか言うの、聞きたくなかった」
俺は、黙っていた。
しばらくして、ゴウは顔を上げた。目が赤かった。
「灯」
「なんだ」
「なんとか、なんねぇかな」
俺は、即答できなかった。
できる、と言うのは簡単だ。だが俺には金がない。営業もできない。持っているのは、頭の中の知識だけだ。
(……知識、か)
そのとき、ふと視界の隅にウィンドウを呼び出していた。
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▶ 所持ポイント: 14,275 SP
▼ [技術・開発ツリー]
┣【初級・機械工学/プログラム言語】:取得済
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】:取得済
┗【上級・次世代エネルギー/流体力学】:取得済
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戦うための知識は、いくらでも並んでいる。
だが——経営も、財務も、営業も、どこにもなかった。
(そりゃそうか)
このシステムは、俺に怪獣と戦う機械の作り方は教えてくれる。
だが、人を食わせる方法は一つも寄越さない。
俺はウィンドウを閉じた。
「……ゴウ」
「あ?」
「明日、澄人も呼んでいいか」
◇◇◇
日曜の午後。相沢製作所の事務スペース。
パイプ椅子を4つ並べて、俺たちは向かい合っていた。
健三さんは腕を組み、露骨に不機嫌そうな顔をしている。
「学生に相談することじゃねぇんだよ」
「聞くだけ聞いてください」
澄人が、ノートパソコンを開いた。
「相沢さん。単刀直入に聞きます。この工場は、なぜ畳まなければならない状況なんですか」
「そりゃ、仕事が」
「腕がないからじゃないですよね」
健三さんの眉が、動いた。
「30年やっていて、超硬もCBNもダイヤも全部試して、最後まで諦めなかった人が、腕がないわけない」
「……」
「では何が足りないのか。仕事の取り方です」
澄人は画面をこちらへ向けた。
「情報源は、相沢さんに見せていただいた過去3年分の受注台帳と売上記録です。相沢製作所の仕事は、約9割が下請けの量産。決まった図面で、決まった数を、決まった単価で作る。……これでは、NC機を導入した工場と単価で競うことになりますよね」
「そうだ。うちは汎用機しかねぇ。だから叩かれる」
「量産で勝てないなら、量産をやめればいい」
俺が言うと、健三さんが顔を上げた。
「……あ?」
「健三さん。この工場が最も強いのは、1個しか作らないものじゃないですか」
俺は立ち上がって、作業台の上の丸棒を手に取った。
「図面が未完成。材料が特殊。数量は1個。納期も短い。……そういう仕事は、量産向けのNC機を動かす工場ほど嫌がります。段取りに対して数量が少なく、採算を取りにくいからです」
「そりゃ、嫌がるわな」
「でも、健三さんは去年、切れない金属を4時間も削ろうとしました」
健三さんの動きが止まった。
「あれ、普通の工場なら、10分で断っています」
俺は、真っ直ぐ彼を見た。
「試作品です。世の中には、量産に乗る前の『1個だけ』が山ほどあります。しかも単価は、量産の何倍にもなる」
「……そりゃ、そういう仕事があるのは知ってるよ。だがな、灯くん。どこにあるんだよ、その仕事は」
「大学です」
俺は即答した。
「工学部の実験装置は、ほとんどが一点物です。市販品では足りないから、研究者が図面を引き、加工業者を探しています。それでも、数量が少ない、図面が粗い、材料が特殊という理由で断られることが多い」
そしてポケットから、折り畳んだ紙を出した。
「これ、教授の知り合いの研究室から預かってきました」
広げると、手描きの図面が現れた。粗い。寸法の指示も足りない。
「材料はチタン合金。真空装置の内部で使う部品なので、加工後の油脂汚染を嫌います。すでに3社から断られたそうです」
健三さんは図面を睨んだ。
「チタンか。……こいつは焼き付くぞ。うちの機械じゃ」
「削れます」
俺は言い切った。
【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】
【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】
頭の中で、条件が組み上がっていく。熱伝導率が低い。切削熱が逃げない。だから刃先が焼ける。
「切削速度は鋼材より大きく落とします。ただし、刃先を滑らせないよう送りは確保する。工具は切れ味を優先し、水溶性の切削液を刃先へ大量に当てます。それと、加工中に送りを止めて擦らせないでください。熱が集中し、表面硬化や工具損傷を招きます」
「……」
「加工条件の案は俺が出します。実際に音と手応えを見ながら削れるのは、健三さんです」
工場が、静まり返った。
健三さんは、図面をもう一度見た。それから丸棒を握り、旋盤のほうを見た。
「……できるか、これ」
「できます」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「健三さんが、四時間諦めなかったからです」
長い沈黙があった。
やがて健三さんは、煙草の箱を出しかけて、やめた。
「……いくらだ」
「え?」
「見積もりだよ。いくらで受ければいい」
澄人が、待っていましたとばかりに画面を叩いた。
「情報源は、大学の過去の発注記録と、試作加工会社が公開している料金例です。この形状の想定加工時間、工具費、洗浄費まで含めると——」
そして、ゴウが立ち上がった。
「営業は俺がやる」
「あぁ?」
「親父の付き合いの工場、全部知ってんのは俺だろ。あと、大学の研究室に飛び込みで行くくらい、俺にもできる」
「お前、単位落としてんじゃねぇのか」
「うるせぇな!」
◇◇◇
一本目は、失敗した。
刃を当てた直後、嫌な音がした。金属を切っている音ではなく、刃先が表面を擦っている音だ。
切りくずが、糸のように長く伸びて刃物に絡みついていく。
「止めるな!」
俺が叫ぶより先に、健三さんはハンドルを送り続けていた。だが、30秒ほどで刃先が白く焼けた。
「……くそっ」
材料を外すと、表面が虹色に変色していた。焼けたのだ。
「灯くん。速度は落としたぞ。言われた通りにな」
「……はい」
俺は変色した丸棒を握った。熱い。
【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】
(違う。速度じゃない。熱が逃げてない)
チタン合金は熱伝導率が低く、切削熱が材料側へ逃げにくい。切削で発生した熱が材料側へ逃げず、全部が刃先に集中する。
「切削油、足りてません」
「かけてるだろうが」
「量です。刃先を『冷やす』んじゃなくて、押し流すくらい要ります」
俺はホースを掴んで、健三さんに見せた。
「ホースをもっと太いものへ替えられますか。ポンプの吐出量も上げたいです」
「……30年、そんな使い方をしたことねぇぞ」
「30年間、チタンだけを削ってきたわけじゃないですよね」
健三さんは、一瞬こちらを睨んで——それから、盛大に舌打ちした。
「言うようになったな、学生が」
2本目。
工場の床が、切削油でびしょ濡れになった。ホースからは水道みたいな勢いで液が流れ、切りくずを刃先から押し流していく。
健三さんの手が、ハンドルを回す。
——今度は、音が違った。
低く、湿った、連続した音。切りくずが短く割れて、油と一緒に飛んでいく。
「……おお」
工場の隅で、ゴウが小さく声を上げた。
「削れてる」
「喋んな。集中させろ」
澄人が短く言った。
8分間、誰も動かなかった。
健三さんは一度も止めなかった。送りを止めて刃先を擦らせない——俺が伝えた条件を、この人は正確に守っていた。
刃が抜けた。
健三さんはスイッチを切り、ゆっくりと材料を外した。
そして、指の腹で表面を撫でた。
「……鏡だな、こりゃ」
俺はマイクロメータを当てた。
指先が震え、2度読み直した。
「公差の、真ん中です」
工場が、静まり返った。
やがて健三さんが、旋盤のハンドルに手を置いたまま、ぽつりと言った。
「……30年やっていて、初めて削った材料だ」
その声が、かすかに震えていた。
こうして最初の1個が仕上がったのは、依頼を受けてから10日後だった。
依頼した研究室の准教授は、実物を見て「3社に断られたんですよ、これ」と2度繰り返した。
そして、次の仕事を2件置いていった。
「……たった3件だぞ」
夜の工場で、健三さんは煤けた天井を見上げていた。
「6割抜けた穴が埋まるわけじゃねぇ。分かってんのか、お前ら」
「分かってます」
俺は答えた。
「これで助かるとは、思ってません」
「……そうかい」
「ただ、来年の3月に畳む理由は、なくなったと思います」
健三さんは、しばらく黙っていた。
それから、大きく息を吐いた。
「……もう1年、やるか」
ゴウが、思いきり顔を伏せた。
俺は、油で汚れた自分の掌を見下ろした。
3年後に来るものと比べれば、町工場が1軒残ったところで、何の意味もないのかもしれない。
何百万人という規模の話をしているときに、目の前にある数人の生活を守ろうとしている。
(……でも)
前世の俺は、あの夜、何も持っていなかった。
素手で、瓦礫を掻いていた。爪が割れても掻いていた。
一人は掘り出した。だが、その先の梁は、人間の手では動かなかった。
機械が、要ったのだ。
そして機械は、来なかった。道が寸断されていたからだ。
(……道は、勝手に繋がってるわけじゃない)
工場が1軒消えれば、そこで作られるはずだったものが消える。
消えたものは、いつか誰かの前に「無かった」という形で現れる。
俺は、拳を握った。
「健三さん」
「あ?」
「3年後に、たぶん、とんでもないものを作ってもらいます」
健三さんは、鼻で笑った。
「3年後まで持つかどうか分かんねぇって話をしてんだろうが」
「持たせます」
「……ったく」
工場の外では、6月の雨が降り始めていた。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
※【上級・次世代エネルギー/流体力学】の定着度が上昇しました
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 15,700 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×3(解析:31%)
┗ 探索方針 : 地磁気異常による全国スクリーニング(解析中)
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第15話をお読みいただきありがとうございました!
「答えられないんだろ。……なら、聞かない」と言ってくれる澄人の最高の相棒感。
そして、灯の提示した加工条件を完璧にトレードマークの職人技で再現し、「公差の真ん中」を叩き出した健三さんの渋さが描けていれば幸いです。
3年後に地球を襲う大絶望に比べれば、町工場が1軒残ったくらいで全体の歴史は変わらないかもしれない。
けれど、その1軒を守ったことで、ゴウの未来が繋がり、灯たちの「世界」は確かに変わりました。
この地道な一歩が、将来TPCやガッツウィングの製造・整備を支える大きな基盤になっていく……という胸熱な伏線でもあります。
次回、いよいよ国連(サワイ総監)との接触に向けた動きが加速します!ぜひご期待ください!