鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
2004年の夏。40度を超える相沢製作所で、大学からのずさんな図面に悪戦苦闘する灯たち。
材料の選定すら曖昧な「手抜き図面」に対し、現場の職人として徹底的に条件を詰めていく地道な作業が続いていました。
そんな折、澄人が持ち込んできたのは全国の地磁気データの解析結果。
そこに示されていたのは、「異常の中心が、年に数メートルずつ移動している」という信じがたい事実でした。
神宮寺教授の古いノートに記された『山が息を吸う年』とは——?
2004年の夏は、殺人的に暑かった。
7月下旬の相沢製作所は、トタン屋根の下で40度を超えていた。扇風機を3台回しても、熱気がかき混ぜられるだけで、少しも涼しくならない。
「灯くん、水飲めよ! ぶっ倒れるぞ!」
健三さんが旋盤の向こうから怒鳴る。
「はいっ」
俺は塩の入ったスポーツドリンクを一気に飲み干し、また作業台に戻った。
台の上には、大学の研究室から回ってきた図面が3枚。
どれも手描きで、どれも寸法の指示が足りていない。
「灯。これ、材質どうなってんだ」
ゴウが図面を指した。
「書いてない」
「書いてねぇのかよ」
「電話して聞いた。『真空中で使うので、ガスが出なければ何でもいい』だそうだ」
「何でもって、なんだよ!」
真空度はどの程度か。荷重はかかるのか。温度は上がるのか。薬品に触れるのか。
材料を選ぶには、その「何でも」の中身が必要だった。
「研究室に確認項目を送る。返事が来るまでは材料を発注しない。見切りで削ったら、やり直しになる」
俺が図面の余白へ質問を書き込むと、横から澄人が紙を覗き込んだ。
「依頼元と回答日時も残せ。後で条件が変わったとき、誰の判断だったか分からなくなる」
「……お前、こういうところだけは本当に細かいな」
「こういうところが曖昧だから、図面が3枚に増えるんだろ」
ゴウの叫びに、健三さんが吹き出した。
「学者ってのはそういうもんだ。うちの倅より曖昧だな」
これが、7月からの日常だった。
試作の仕事は、少しずつ入るようになっていた。
だが、順調とは程遠い。
依頼は不定期で、来る月と来ない月がある。
図面は不完全で、こちらで補わなければならない。納期は「なるべく早く」としか言われない。
加えて、検収の手続きが遅れれば、入金も後ろへずれる。
小さな工場にとって、材料費と工具代を先に負担する数週間は決して軽くない。
工場の帳簿を見せてもらったとき、俺は青くなった。
「……健三さん、これ」
「まあ、赤よ」
健三さんはあっさり言った。
「量産の穴は埋まってねぇ。試作は単価はいいが、数が少ねぇからな」
だが、その顔は不思議と晴れていた。
「けどよ。この夏、俺は30年で一番いろんな材料を削ってる。チタンだのインコネルだの、名前も知らなかったやつをな」
「……」
「面白ぇんだよ、これが」
◇◇◇
8月に入る頃には、4人の役割が自然と固まっていた。
俺は、加工条件を出す。
材料の物性から切削速度と送りと工具形状を割り出し、健三さんに渡す。
頭の中の上級知識が、ようやく現実の手触りを持ち始めていた。
健三さんは、それを削る。
俺の出した数字が机上の空論だったとき、5分でそれを見抜き、音と切りくずの色を頼りに修正する。
ゴウは、走った。
大学の研究室を片端から回り、事務室に頭を下げ、健三さんの古い付き合いの工場を訪ね歩いた。普通自動車免許を取り、軽トラで材料を運ぶようになった。
「相沢製作所です! 1個からやります! 図面が半分でも相談してください!」
その台詞を、この夏だけで何十回聞いたか分からない。
そして澄人は、全部を記録した。
依頼内容。加工条件。使った工具。かかった時間。失敗の原因。
「なんでそんな細かく書くんだ」
一度、健三さんが訊いたことがある。
澄人は手を止めずに答えた。
「同じ失敗を2回すれば、原価がその分だけ増えるからです」
健三さんは、それきり何も言わなかった。
(……これ、なんかに似てるな)
俺は、夜の工場で切りくずを掃きながら、ぼんやりと思っていた。
理論を出す人間。手を動かす人間。外と繋ぐ人間。記録する人間。
3年後、俺が入り込もうとしている組織も、きっと同じ形をしている。
理論だけでも、腕だけでも、組織は動かない。規模が何千倍、何万倍になっても、その根は変わらないはずだ。
◇◇◇
そして、8月10日。
3日連続で工場に泊まり込み、納期の迫った部品を仕上げた後だった。
俺はアパートに帰り、シャワーも浴びずに万年床に倒れ込んだ。
(……走ってない)
意識の端で、そう思った。
デイリー。今日はまだ、走っていない。
(あと……5分、寝てから)
それが、致命的だった。
次に目を開けたとき、俺の背中は硬いパイロットシートに叩きつけられていた。
「——ッ!」
アラート音。赤い計器。焦土。
【警告】デイリークエスト未達成を検知。ペナルティゾーンへ強制転移
「くそっ、寝落ちしただけだろうがァ!」
叫びながら、俺はスロットルを叩き込んだ。
キャノピーの向こう。地響きとともに、漆黒の巨体が首をもたげる。
およそ10か月ぶりの、ゴルザ。
【クリア条件:ゴルザの攻撃下で5分間生存せよ】
【失敗条件:搭乗機の撃墜 ※撃墜時、規定時間を初期状態から再開する】
「……5分」
俺は、その表示を見て、一瞬止まった。
(——5分?)
去年の秋と、同じだ。
いつだったか、システムは言っていた。成長すれば、生存時間は5分、10分と跳ね上がっていく、と。
『※対象のBASE STATUSに変動がないため、規定時間は据え置かれます』
「…………」
胃の底が、冷たくなった。
数時間前まで、工場には4人いた。
誰かが見落とせば、誰かが止めた。俺の計算が外れれば、健三さんが音で修正した。
だが、この操縦席には俺しかいない。
判断を誤っても、肩を掴んでくれる人間はいなかった。
5分間は、去年と同じように過ぎた。
いや、正確には——まったく同じだった。
超音波光線を避ける。避けられる。避けられるが、それだけだ。
尻尾の薙ぎ払いを横滑りでかわす。かわせる。かわせるが、それだけだ。
機銃を撃った。当てた。傷ひとつつかない。
ミサイルを撃った。当てた。煤も残らない。
(……何も、変わってない)
去年の秋、俺はこの5分を耐えて「成長した」と思った。
あれから約10か月。
上級知識を手に入れた。オーバーテクノロジーへ至る道筋も見えた。超古代の言語を第2段階まで読めるようになった。仲間が3人できた。チタンを削れるようになった。
だが、この操縦席の中の俺は、約10か月前と1ミリも変わっていなかった。
【ペナルティ完了。生存を確認しました】
畳の上に投げ出されて、俺は仰向けのまま天井を見上げていた。
汗が、こめかみを伝って畳に落ちた。
「……3年後」
俺は、掠れた声で呟いた。
「あれが、本当に来る」
そのとき、あの機体に乗るのは俺だ。
技術は積んだ。設計はできる。材料も調達できるようになった。
だが、俺の身体はどうする。
◇◇◇
その夜、俺は眠るのをやめて、システムのステータス画面を開いた。
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【BASE STATUS / 強化】
所持ポイント: 12,650 SP
┣ 演算処理能力 : G → F (200 SP)
┣ 空間認識力 : G → F (200 SP)
┣ 反応速度 : G → F (200 SP)
┗ G耐性/肉体 : F → E (500 SP)
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安い。
拍子抜けするほど安い。残る3項目をFにそろえるのに、600 SP。デイリー8日分だ。
(……なんで俺は、これを買ってなかったんだ)
答えは分かっている。3万SPという数字に目が眩んで、1 SPも余所に使いたくなかったからだ。
俺は迷わず3つを買った。
【演算処理能力:G → F】
【空間認識力:G → F】
【反応速度:G → F】
頭の芯が、じんと痺れた。世界の解像度が、わずかに上がった気がする。
そして——次の段階を表示させて、俺は固まった。
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┣ F → E : 500 SP
┣ E → D : 1,500 SP
┣ D → C : 4,000 SP
┗ C → B : 10,000 SP
※Aランク以上は購入不可。限界突破試験の突破が必要
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「……は?」
1つのステータスをFからBまで上げるのに、1万6000 SP。
4項目すべてなら、6万4000 SP。
マクロス統合パックの、2倍以上だった。
俺は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。
(——買えない)
いや、買えないどころではない。
仮に炉を7つ全部回って、遺構クエストを全部クリアしても、3万台がせいぜいだ。
技術と身体の両方をそろえるには、遺構報酬だけでは到底足りない。
そして、期限は3年しかない。
「……ふざけんな」
俺は畳を殴った。
それでも、さっき買った3項目を後悔はしなかった。
演算処理、空間認識、反応速度。判断そのものは、機械に任せきれない。戦場で最後に操縦桿を握るのは俺だ。
だが、G耐性と肉体まで、同じ方法で買う必要はあるのか。
パイロットの身体がBランクに届かなければ、あの機体は飛べない。だが身体を仕上げる金がない。金を稼ぐには機体が要る。機体を作るには技術が要る。技術を買えば身体が買えない。
(詰んでる)
汗が引いて、背中が冷たくなっていた。
俺は、殴った畳の上に手をついたまま、しばらく息をしていた。
——そして。
(……いや、待て)
顔を上げた。
(本当に、身体を
3年後、俺が乗るのは戦闘機だ。人間の身体が耐えられないのは、Gだ。
血が下半身に落ちて、脳へ行かなくなるから、意識が飛ぶ。
それは、本当に身体能力だけの問題なのか?
いや、少なくともGによる失神は、血液の分布の問題でもある。
軍用の耐Gスーツは、下半身を空気で圧迫して血が落ちるのを防いでいる。あれは身体を強くしているわけじゃない。外から補っている。
「……補えばいい」
俺は立ち上がって、机のノートを開いた。
【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】
【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】
現行の耐Gスーツは、単純な空気圧だ。加圧のタイミングも遅い。
もし——胸腹部と脚部の加圧を、0.05秒単位で動的に制御できたら。
Gのかかる方向を先読みして、必要な部位だけを必要な圧力で締められたら。
さらに、加圧呼吸を補助し、脊椎と首を外骨格で支持できたら。
ペンが止まらなくなった。
俺は明け方まで、ノートに人体の骨格と、それに沿って走る支持構造と、加圧の制御系を描き続けた。
(……身体は、買えない)
だが。
(着るものなら、作れる)
俺は、描き上げたばかりの粗いスケッチを見下ろした。
人の形をした、外骨格。
(名前、どうすっかな)
そんなことを考えている自分がおかしくて、俺は少し笑った。
窓の外は、もう白み始めていた。
◇◇◇
8月27日。
「出た」
研究室のドアを開けるなり、澄人がそう言った。
「え?」
「地磁気。終わった」
俺は鞄を放り出して、机に駆け寄った。
教授とゴウも身を乗り出す。
澄人は画面に日本地図を表示させた。無数の点が、赤や黄色に染まっている。
「まず、国土地理院の地磁気データだけで異常値を拾うと、47か所」
「47!?」
「そう。ここからが仕事だ」
澄人は淡々とキーを叩いた。
「地質調査所の鉱床図を重ねる。磁鉄鉱の鉱床は当然、地磁気を歪める」
点が、ごっそり消えた。
「31か所が脱落。残り16」
「……」
「次。送電線網と、鉄道の電化区間。直流電化は特にひどい」
さらに消える。
「6か所が脱落。残り10」
「まだ10もあるのか」
ゴウが呻いた。
「ここまでは誰でもできる。ここからだ」
澄人は、机の上に積まれた古いノートの束を手で示した。
神宮寺教授が、30年かけて日本各地を歩き、同じ場所で時間を変えながら測った手書きの観測記録。
「教授の実測値と照合する。公開データは分解能が粗い。でも教授のデータは、現地で、細かく、時間を変えて測ってある」
教授が、口を半開きにした。
「……あれを使ったのかね」
「使いました。黒岩と樽内で、異常がどういう波形で出るか。そのパターンを教授のノートから抽出して、テンプレートにしました」
澄人は最後のキーを叩いた。
「同じ波形を持ち、出典の異なる記録でも再現する地点だけを残すと——」
日本地図の上で、点がひとつずつ消えていく。
そして。
3つが、残った。
部屋が、静まり返った。
「……3か所」
俺は呟いた。
「そう。47か所から、3か所に絞った」
澄人は椅子の背にもたれ、初めて息を吐いた。
「3か月かかった」
◇◇◇
「で、その3か所だが」
澄人は画面を切り替えた。
「1つ目。鹿児島。……これは活火山のど真ん中だ。地磁気の異常は熱消磁で説明がつく。可能性は低い」
「2つ目は」
「福島の山中。旧陸軍の演習場跡だ。不発弾と廃棄された金属が地中に大量にある。……これも、たぶん人工物由来」
「じゃあ」
澄人は、3つ目を拡大した。
群馬の山間部。等高線の間に、小さな集落の記号が固まっている。
「3つ目。
「温泉……?」
「情報源は県の統計資料と温泉組合の名簿。人口300人弱、旅館は14軒。今も普通に人が住んでる」
俺は、画面に顔を近づけた。
「これ、何が説明つかないんだ」
「2つある」
澄人は指を立てた。
「1つ。異常の広がりと強度から逆算すると、発生源は地表ではない。地下300メートルから400メートルだ。この深さに、地質的な理由が見当たらない」
「……もう1つは」
「異常の中心が、動いてる」
背筋が、ざわりとした。
「動いてる?」
「そう。教授が1973年に残した実測値と、現在の公開データ、それに直近3か月の変化を重ねると、異常の中心が少しずつずれている。単純換算で、年に数メートル。……地質構造は、そんな速さで動かない」
「生き物みたいに、ってことか」
ゴウが呟いた。
誰も、それを否定しなかった。
そのとき、教授が資料棚に走った。
「……鳴瀬。鳴瀬だと」
「教授?」
教授は下段から古いノートを引き抜き、震える手でページを繰った。
「あった。……昭和48年だ。私は一度、この温泉地で聞き取りをしている」
「なんて書いてあるんですか」
教授は、ページを俺たちのほうへ向けた。
そこには、こう記されていた。
『——鳴瀬温泉には、
30年ほどの間を置いて、湯が一時的に涸れる。
地元では「山が息を吸う年」と呼ぶ。
最後に止まったのは、昭和44年10月』
「……行方不明者は」
俺が訊くと、教授は首を振った。
「1人もおらん。だから私は、これをただの温泉の話だと思って、それきりだ」
俺は、そのページを凝視していた。
黒岩鉱山では、3人が消えた。
樽内村では、正一が消えた。
だが、ここでは誰も消えていない。
——まだ。
「澄人」
「なんだ」
「昭和44年から、30年あまりってことは」
澄人の指が、キーボードの上で止まった。
そして、ゆっくりと画面に数字を打ち込んだ。
「……教授の聞き取り記録、地元紙の縮刷版、温泉組合に残る湧出量の記録を照合した。停止した年には幅があるけど、どれも秋に向かって湧出量が落ちている。そこへ直近3か月の磁気異常の増加を重ねて近似すると」
顔を上げた澄人の目は、いつになく硬かった。
「誤差は数週間ある。それでも、次に湯が止まる可能性が最も高いのは——今年の10月だ」
画面の地図には、道路も、学校も、旅館も表示されていた。
黒岩鉱山と樽内村は、俺たちが辿り着いた時点で、すでに誰かを失った場所だった。
だが、鳴瀬温泉には今も300人近い人間が暮らしている。
夕食を作り、風呂を沸かし、明日の予約を確認している。
今回は、遺されたものを拾いに行くのではない。
まだ起きていないことを、止めに行く。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: F (UP)
┣ 空間認識力 : F (UP)
┣ 反応速度 : F (UP)
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 13,325 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×3(解析:31%)
┣ 設計中 : 加速度支持外骨格(構想段階)
┗ 次の目標地 : 群馬・鳴瀬温泉(住民あり/異常増大:推定10月)
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第16話をお読みいただきありがとうございました!
前半は「あいまいな図面で削ると痛い目を見る」という技術者あるあるを描きつつ、後半は澄人のデータ分析によって新たな異常が浮き彫りになる回でした。
3人が消えた黒岩鉱山、兄が囚われたダムの底。これまでの事件とは違い、「1人も犠牲者が出ていないから怪異として認識されてこなかった」鳴瀬温泉。
年に数メートル移動し、30年周期で温泉を止める「息を吸う山」の正体とは一体何なのか……!?
一人で抱え込んでいた頃とは違い、澄人のシステムと教授の伝承資料が完璧に噛み合って謎を解き明かしていく爽快感を感じていただけたら嬉しいです。
次回、この不気味な地に足を踏み入れる灯たちの活躍にご期待ください!
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