鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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鋼は痛みを分かつ

 

 

2005年11月7日。

 

 調査船から戻って、三日が過ぎた。

 

 海の上で見たものは、いまだに俺の中で形を結んでいなかった。

 

 泥の下に広がっていた、端の見えない黒い反射面。

 第一次、第二次の探査範囲だけでも数キロに及び、それでも全体像には届かなかった巨大構造。

 

 七つの炉を支える基盤なのか。

 それとも、炉とはまったく別の設備なのか。

 

 現時点では、何一つ断定できない。

 

 確かなのは、俺たちが一年半かけて見つけた黒岩、樽内、鳴瀬の三地点だけで、超古代の全体像を測ったつもりになるべきではなかった、ということだけだった。

 

 そして、もう一つ。

 

 探査機の保護フレームに挟まり、意図せず海上まで運ばれてきた、脈打つ破片。

 

 規模が、大きすぎた。

 

 一年前まで、俺は六畳一間で、三万SPという数字に絶望していた。

 いまは、全体の大きささえ測れない構造物を前にして、何から手をつければいいのか分からずにいる。

 

(……進んだのか)

 

 それとも、見えていなかった深さを知っただけなのか。

 

 答えは、まだ出なかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 活性状態の試料は、TPCの判断で都内の分析施設へ運ばれていた。

 

 海水を満たした一次容器。その外側を、耐圧・耐熱・電磁遮蔽を兼ねた二次容器で覆い、さらに試験室そのものを隔離する。温度、圧力、表面変位、磁場、微弱な電位差、音響放射。

 

 二十四時間、複数の装置が試料を監視している。

 

 俺たちにも立ち会いは許されたが、試験室へ直接入ることはできなかった。厚い観察窓の向こうで、黒い破片は金属製の架台に固定されている。

 

 手のひらほどの大きさ。

 それなのに、見ているだけで、部屋の中心を占領しているように感じた。

 

「……鈴木君。これを見てくれ」

 

 久保田さんが、モニターへ時系列グラフを表示した。

 

「試料表面の変位と、微弱な磁場変動を重ねたものだ。回収直後は、ほぼ一定の周期だった」

 

「いまは違うんですか」

 

「この三日で、脈動の間隔が少しずつ短くなっている」

 

 横軸は時間。縦軸は、表面の膨張量と磁場の変化。

 

 確かに、波と波の間隔が詰まっていた。

 

 回収直後は、およそ十一・八秒に一度。

 現在は、十・九秒。

 

「誤差じゃないんですか」

 

「計測器を三系統に分けた。架台も替えた。温度と圧力も固定した。それでも同じ傾向が出る」

 

「……速くなってる」

 

「ああ」

 

 久保田さんは、別の資料を開いた。

 

「外部から、いくつか刺激を与えた。可視光、赤外線、音響、微弱な磁場、機械振動。どれにも一時的な反応は出る。だが、周期短縮の傾向そのものは変わらなかった」

 

「電磁遮蔽の有無は」

 

「比較した。差はない」

 

「振動絶縁は」

 

「実施済みだ。別棟にも移した」

 

 俺は、グラフを睨んだ。

 

【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】

【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】

 

 試料内部に残ったエネルギーが、時間とともに別の状態へ移っているだけかもしれない。

 切断や減圧による損傷へ、遅れて適応している可能性もある。

 内部反応が暴走へ向かっている可能性だって、捨てられない。

 

 そして——海底の本体と、何らかの相関を保っている可能性。

 

「……海底側の観測データと、時刻を合わせられますか」

 

「すでに照合を始めている」

 

 久保田さんは、慎重に言った。

 

「ただし、『通信している』と呼ぶには証拠が足りない。遮蔽を越えたから未知の物理現象だ、と断定するのも早い。試料自身の状態変化かもしれん」

 

「分かってます」

 

 口では答えたが、背中には冷たい汗が浮かんでいた。

 

 あの海底で、黒い面が脈打った直後に通信が切れた。

 調査船へ運ばれた破片は、切り離されてなお同じように脈打っていた。

 

 偶然として片づけるには、重なりすぎている。

 

「距離を変える試験はできますか」

 

「この施設の中で数百メートル動かしても、意味があるかは分からん」

 

「それでも、やる価値はあります。試料の周期と、海底側の変化。それから——」

 

 俺は、そこで言葉を止めた。

 

 海上で、試料へ近づいただけで顔色を失った奏。

 船を降りても残ったという、理由の分からない不調。

 

「……協力者の体調も、です」

 

 久保田さんの目が、わずかに細くなった。

 

「白石さんか」

 

「はい」

 

「真壁医師から、健康上の懸念があるという連絡は受けている。ただし、本人の症状を測定器として扱うつもりはない」

 

「分かっています」

 

 思わず、声が強くなった。

 

「白石さんを危険に晒して確かめるつもりはありません。むしろ、遠ざけるべきです」

 

 久保田さんは、数秒だけ俺を見た。

 

「……その点は、同意する」

 

 黒い破片は、観察窓の向こうで規則正しく膨らみ、縮んでいた。

 

 まるでこちらの会話など、最初から存在しないかのように。

 

 

◇◇◇

 

 

 分析施設を出た俺は、そのまま大学へ向かった。

 

 保健管理センターでは、外骨格の生存装備について、奏と真壁先生が打ち合わせをしているはずだった。

 

 だが、受付に奏の姿はなかった。

 

「白石さんは?」

 

 尋ねると、職員が声を落とした。

 

「今日はお休みです。昨日から体調が優れないそうで」

 

「昨日から……」

 

「真壁先生が診ています。先生のお部屋にいらっしゃいますよ」

 

 俺は礼を言い、廊下の奥へ急いだ。

 

 真壁先生は、机の上に検査結果を並べていた。

 俺を見ると、眼鏡を外し、扉を閉めるよう顎で示した。

 

「鈴木さん。白石さん本人から、船上で起きたことについて、あなたに確認して構わないと了承をもらっています」

 

「……大丈夫なんですか」

 

「身体所見だけを見れば、大きな異常はない。血液検査も、神経学的な検査も、現時点では問題なし」

 

 真壁先生は、そこで言葉を切った。

 

「でも、本人は強い頭痛と吐き気を訴えている。眠ろうとすると、低い振動のようなものを感じるとも言っている」

 

 俺の心臓が、強く打った。

 

「振動……」

 

「船酔いの延長だけでは説明しにくい。陸へ戻って三日経っているし、症状の波にも規則性がある」

 

「規則性?」

 

「本人が記録していた。几帳面な子だからね」

 

 差し出された用紙には、頭痛が強くなった時刻と、継続時間が細かく書かれていた。

 

 十一時十四分。十一時二十五分。十一時三十六分。

 

 およそ十一分おき。

 

 さっき見た試料の脈動周期と、桁が違う。

 だが、一定の間隔で繰り返しているという点は同じだった。

 

「……あの試料の脈動と、関係があるかもしれません」

 

「やっぱりね」

 

 真壁先生は、腕を組んだ。

 

「船の上でも、彼女はあれが運び込まれてから悪化した。私は医者だから、原因不明の症状を『気のせい』で片づけたくない」

 

 鋭い視線が、俺へ向く。

 

「あの試料は何なの」

 

 俺は、すぐには答えられなかった。

 

 真壁先生は外骨格開発の医療協力者であり、TPCとの秘密保持契約も結んでいる。

 それでも、超古代遺構の全容まで、俺の判断だけで話してよいわけではない。

 

 以前の俺なら、焦って全部を口にしていたかもしれない。

 

「……少し待ってください」

 

 俺は廊下へ出て、久保田さんへ連絡した。

 

 奏の診療に必要な範囲で、真壁先生へ情報を開示してよいか。

 数分の確認を経て、条件付きの許可が出た。

 

 俺は部屋へ戻り、前世とシステムを除いた、共有可能な事実だけを話した。

 

 黒岩、樽内、鳴瀬で確認した人工物らしき構造。

 三地点に共通する磁気異常。

 三千万年前に関係する可能性を示す記録。

 そして、伊豆諸島東方の海底下に見つかった、分類不能の巨大構造。

 

 俺たちが便宜上、それらを「炉」と呼んでいることも。

 

 真壁先生は、最後まで遮らなかった。

 

「……SFね」

 

「はい」

 

「でも、試料の分析結果はSFじゃない。既存材料では説明しにくい性質があり、微量の有機成分も検出されている。そこまでは私も確認している」

 

 彼女は検査結果を閉じた。

 

「白石さんの症状と、試料の存在に時間的な関係がある。因果関係までは言えないけど、無視はできない」

 

「俺も、そう思います」

 

「なら、優先順位は決まってる」

 

 真壁先生は、迷いなく言った。

 

「白石さんを試料から遠ざける。試料を彼女へ近づけて反応を見るような実験は、絶対にしない。距離が離れた結果として症状が軽くなるかを、本人の安全を守りながら記録する」

 

「……はい」

 

「それと、あの子は自分の不調を小さく言う。『これくらいなら大丈夫』は信用しないで」

 

 その言葉に、胸が痛んだ。

 

 奏は、誰かの苦しさには誰より早く気づく。

 けれど、自分の苦しさだけは、いつも後回しにする。

 

「分かりました」

 

「本当に?」

 

「今度は、見逃しません」

 

 真壁先生は、少しだけ表情を緩めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 その日の夕方、俺はゴウと澄人と一緒に、奏のアパートを訪ねた。

 

 もちろん、真壁先生が先に本人へ連絡し、俺たちが訪ねてもよいという了承を得ている。

 

「灯」

 

 駅からの道で、ゴウが俺の肩を小突いた。

 

「一人で行こうとすんなよ」

 

「してない」

 

「顔がしてた」

 

 澄人が、買い物袋を持ち直しながら口を挟む。

 

「体調を崩した女性の部屋へ、男一人で押しかけるよりは三人のほうがまだましだ。食料を届けたら、長居はしない」

 

「お前は何を買ったんだ」

 

「水、ゼリー飲料、うどん、体温計用の予備電池」

 

「準備よすぎだろ」

 

「必要なものを聞いた」

 

 澄人は当然のように答えた。

 

 道の途中で、ゴウがふいに声を落とした。

 

「……白石さんって、お前が一番気にしてる人だろ」

 

「何の話だ」

 

「そうやって誤魔化すとき、お前、歩くの速くなるぞ」

 

 俺は足を止めかけた。

 

「データだ」

 

 澄人が真顔で補足した。

 

「お前ら、最近そういう言い方をすれば何でも許されると思ってないか」

 

 ゴウは笑ったが、すぐに真顔へ戻った。

 

「でもよ。あの人、しっかりしてるようで危なっかしいよな」

 

「危なっかしい?」

 

「抱えてても、抱えてない顔するだろ」

 

 ゴウは前を向いたまま言った。

 

「うちの母ちゃんとか、美園さんも、たまに同じ顔する。仕事はできてるから大丈夫、って顔。できてることと、しんどくないことは別なのにな」

 

 俺は、ゴウの横顔を見た。

 

 こいつは、他人が抱えているものに反応する。

 理屈ではなく、重さそのものを見つける。

 

 俺が一人で坑道へ潜り続けることを許さなかったのも、きっと同じ理由だった。

 

「……たまに鋭いな」

 

「たまには余計だ」

 

 

 奏は、玄関まで出てきた。

 

 顔色は悪い。それでも髪を整え、普段着へ着替えている。

 

「寝ていてよかったのに」

 

「三人も来るって聞いたので」

 

「無理して整えなくてもいいんですよ」

 

「……鈴木さんにだけは、言われたくありません」

 

 返す言葉がなかった。

 

 部屋へ上がると、机の上に何冊ものノートが開かれていた。

 頭痛の時刻、吐き気の強さ、睡眠時間、食事、水分量。

 

 自分の身体を、奏は観測対象のように記録していた。

 

「白石さん、今日、何か食べました?」

 

 ゴウが冷蔵庫の前で訊いた。

 

「朝に、少し」

 

「少しって何だ」

 

「クラッカーを二枚」

 

「それは食ったうちに入らねぇ」

 

 ゴウは即答し、澄人へ目配せした。

 

「俺ら、うどん作る。灯は話聞いとけ」

 

「なんで俺が」

 

「お前が一番聞きたい顔してるからだよ」

 

 二人は台所へ移った。

 

 狭い部屋に、鍋へ水を注ぐ音が響く。

 

 俺は奏と向かい合って座った。

 

「……頭の中で、ずっと何かが鳴ってるんです」

 

 奏は、両手で温かいマグカップを包んでいた。

 

「音じゃありません。低い振動みたいなもの。近づいたり、遠ざかったりする」

 

「試料が船へ上がってきてから?」

 

「はい。最初は船酔いだと思いました。でも、陸へ戻っても消えなかった」

 

「いまも?」

 

「いまは、朝より少し弱いです」

 

 奏は、そこで一度言葉を切った。

 

「分析施設へ運ばれた時刻と、関係があるのかもしれません」

 

 俺は、机のノートを見た。

 

 症状を訴えるだけではなく、時刻と強さを残している。

 感覚を感覚のままで終わらせず、確かめられる形へ変えようとしている。

 

 それが、奏が身につけた生き方なのだと思った。

 

「白石さん」

 

「はい」

 

「前に言っていた、人の痛みが分かるような感覚。……いつからなんですか」

 

 奏の肩が、わずかに強張った。

 

 訊き方を間違えたかと思ったが、彼女は逃げなかった。

 

「小学校二年生の頃です」

 

 静かな声だった。

 

「同じクラスの子が、朝からずっと黙っていた日がありました。先生に訊かれても、何も言わなかった。でも私には、その子が『家へ帰ってもお母さんがいない』ことを怖がっているように感じたんです」

 

「……感じた」

 

「はい。病院の匂いと、白い廊下みたいなものまで浮かびました」

 

 奏は、カップの縁を見つめた。

 

「私は先生に、『あの子のお母さんが入院したんだと思う』と言いました。後から、本当に前日に入院していたと分かりました」

 

「誰かから聞いていた可能性は」

 

「ありません。少なくとも、自分では覚えていません」

 

 奏は、苦く笑った。

 

「そこから、気味が悪いと言われました。人の心を読む子だって。友達も、少しずつ離れていきました」

 

 台所で動いていた音が、いつの間にか止まっていた。

 ゴウと澄人も聞こえているはずだが、口は挟まなかった。

 

「中学、高校では、分からないふりをしました。誰かが具合を悪くしていても、気づかないふりをする。心配でも、声をかけない」

 

「どうして」

 

「そのほうが、普通でいられたからです」

 

 奏の声は穏やかだった。

 だからこそ、その時期が長かったことが分かった。

 

「でも、見えているのに見ないふりをするのは、もっと疲れました。誰かの痛みを拾うことも苦しいけど、拾ったのに捨てることも、私にはできなかった」

 

 奏は顔を上げた。

 

「進路を決めるとき、初めて考えたんです。この厄介な感覚を、隠すんじゃなくて、使える形にできないかって」

 

「それで、保健学科へ」

 

「はい」

 

「表情、呼吸、皮膚の色、歩き方。感覚だけじゃなく、観察できる根拠を増やせば、思い込みで人を傷つけずに済む。数値で確かめられれば、自分の感覚を怖がらなくてもいい」

 

 白衣を着て、測定値を取り、誰より厳しく試験中止を告げる奏。

 

 あれは、感覚を否定するためではない。

 感覚に飲み込まれず、誰かを守るために、自分で作った方法だった。

 

「分析力とか、観察力とか。そういう言葉に置き換えてきました」

 

 奏は、小さく笑った。

 

「才能だと思えば、少し楽だったので。欠陥じゃないって」

 

 俺は、すぐに「才能だ」と返しかけた。

 

 けれど、それだけでは足りないと思った。

 

「俺は、助けられました」

 

「……え?」

 

「遠心加速度の再試験で、あなたが止めてと言った。あのとき俺は、自分の意思で帰ってこられた。だから、その感覚が人を助けることは、本当です」

 

 奏の目が、わずかに揺れた。

 

「でも」

 

 俺は、言葉を続けた。

 

「人を助けられることと、あなたが全部の痛みを抱えなきゃいけないことは、別です」

 

「…………」

 

「拾ったものを、全部持ち帰らなくていい。誰かへ渡していいし、見られない日は目を閉じてもいい」

 

 それは、教授やゴウたちに、何度も俺が教えられてきたことだった。

 

 一人で抱え込むことは、強さではない。

 

「白石さんが壊れたら、助けられた人だって困ります」

 

「それ、鈴木さんが言いますか」

 

「……言われると思いました」

 

 奏が、ほんの少し笑った。

 

 今度の笑顔は、自嘲ではなかった。

 

「鈴木さんも、何か抱えていますよね」

 

 不意に言われて、呼吸が止まった。

 

「なんとなく、です」

 

 奏は、俺を見ていた。

 

「時々、ここにいない目をする。ずっと遠くで、誰かの声を聞いているみたいな。……誰にも言えないものを、ずっと一人で持っている人の顔です」

 

 前世。

 システム。

 数年後に訪れる災厄。

 

 どれも、話せない。

 

 それでも、奏は自分の最も脆い部分を、いま俺たちへ渡した。

 

 だから、嘘だけはつきたくなかった。

 

「……あります」

 

 俺は、それだけ答えた。

 

「言えないものが、たくさん」

 

「そうですか」

 

 奏は、それ以上訊かなかった。

 

「いつか、話せる日が来るといいですね」

 

「……はい」

 

 その日が本当に来るのかは、分からない。

 

 でも、秘密の中身ではなく、秘密を抱えている俺のほうを見てくれる人がいる。

 

 それだけで、胸の奥に居座っていた重さが、少しだけ薄くなった。

 

「うどん、できたぞ」

 

 ゴウが、絶妙に間の悪い声で言った。

 

「澄人がつゆ薄めすぎたけど」

 

「体調不良の人間へ出すものだ。濃い必要はない」

 

「味がねぇんだよ」

 

「聞こえてます」

 

 奏が言うと、二人は同時に黙った。

 

 その反応がおかしくて、俺たちは小さく笑った。

 

 

◇◇◇

 

 

 だが、状況は俺たちに長い猶予をくれなかった。

 

 その日の午後十一時過ぎ、携帯が鳴った。

 

 久保田さんだった。

 

「鈴木君。夜分にすまない」

 

 声が硬い。

 

「試料の脈動周期が、さらに短くなった。現在、十・四秒だ」

 

「三日前から、一秒以上……」

 

「ああ。それだけではない」

 

 紙をめくる音がした。

 

「伊豆諸島東方へ設置した海底観測器が、微振動源の変化を捉えた。構造物そのものが移動した、と言っているわけではない」

 

「活動している場所が変わった?」

 

「そうだ。振動が最も強い領域の中心が、観測開始時より北へずれている。誤差を除いても、無視できない量だ」

 

 北。

 

 試料を積んだ船が帰り、分析施設がある方向。

 

「試料の脈動変化と、海底側の活動域の移動。時間的な相関は?」

 

「まだ点が少ない。ただ、同じ時期に始まっている」

 

 断定はできない。

 けれど、無関係だと決めつけることもできない。

 

「……あの試料を、このまま都内に置くべきじゃありません」

 

「同感だ。すでに警備と防災の担当を招集している」

 

 久保田さんの答えは速かった。

 

 俺は、考えを言葉にした。

 

「いきなり海底へ返すのは危険です。反応が強くなる可能性もある」

 

「では、どうする」

 

「まず、人の少ない沿岸の隔離施設へ移す。移送中も試料の脈動、海底側の活動域、白石さんの症状を、それぞれ独立して記録する」

 

「白石さんを同行させるつもりか」

 

「いいえ」

 

 俺は、はっきり否定した。

 

「彼女は大学か、自宅に残します。試料との距離が離れた結果として症状が変わるかを見る。近づけて反応を確かめることはしません」

 

「その先は」

 

「試料を沿岸から無人船へ移す。それで海底側の活動域が進路を追うなら、標識になっている可能性が高い。安全を確認できた段階で、密閉容器のまま元の海域へ返す方法を検討する」

 

「貴重な活性試料を失うことになる」

 

「分かっています」

 

 解析したい。

 この試料には、超古代の材料、制御、生体機構につながる情報が詰まっているかもしれない。

 

 手放せば、二度と同じものは得られない可能性もある。

 

 それでも。

 

「人のいる場所へ脅威を引き寄せる可能性と、協力者の健康を損なう危険を抱えたまま、保存を優先するべきじゃありません」

 

「感情で言っているのか」

 

 久保田さんの問いは、責める声ではなかった。

 

 だから俺も、逃げずに答えた。

 

「心配はしています」

 

 否定はしなかった。

 

「でも、それだけじゃありません。試料の移動は、相関を確かめる試験にもなる。都心から離すこと自体が、最悪の事態への防災にもなる。危険を減らしながら、仮説を検証できます」

 

 電話の向こうで、久保田さんは長く黙った。

 

「……分かった」

 

 やがて、低い声が返った。

 

「夜明けまでに、沿岸隔離施設への移送案をまとめる。返却の可否は、その結果を見て判断する。私一人では決められんが、優先案件として上へ上げる」

 

「お願いします」

 

「鈴木君」

 

「はい」

 

「白石さんの件も、医療情報として必要な範囲だけ共有する。彼女を『検知器』として扱うな。その線は、越えるなよ」

 

「絶対に越えません」

 

 電話を切り、俺は窓を開けた。

 

 十一月の冷たい空気が、部屋へ流れ込んでくる。

 

 南の海では、正体の分からない巨大な何かが活動する場所を変え始めている。

 都内の隔離室では、その一部かもしれない破片が、少しずつ脈を速めている。

 

 そして奏は、誰にも聞こえない振動を感じて苦しんでいる。

 

 それらが一本の線でつながっているのかは、まだ分からない。

 

 分からないからこそ、確かめなければならない。

 ただし、誰かを犠牲にする方法ではなく。

 

(……俺たちが、起こしたのかもしれない)

 

 探査機を近づけ、剥離した破片を持ち帰った。

 

 ならば、俺たちには、眠りを乱した責任がある。

 

 窓の外、月の下に、海は見えない。

 

 それでも俺には、暗い水底で青白い光が一つずつ灯っていく光景が、はっきりと浮かんでいた。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力: D

┣ 空間認識力 : D

┣ 反応速度 : D

┗ G耐性/肉体: F (装具装着時:D相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.1】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント: 14,375 SP

┣ 残機数 : 3 / 3

┣ 活性試料 : 脈動周期短縮(TPC隔離施設に収容)

┣ 海底構造 : 活動域中心の北方偏移を観測

┗ 対応方針 : 沿岸隔離施設への移送を検討

=========================================

 

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