鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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第29話 応答を待つ炉

第29話 応答を待つ炉

 

 

 2006年1月6日。

 

 第1観測点を失ってから、14日が過ぎた。

 

 俺たちが海底下の構造を刺激したのか。

 それとも、活動期に入る瞬間へ偶然立ち会っただけなのか。

 

 答えは、まだ出ていない。

 

 海底の水温は平常域へ近づき、残る2つの観測点が捉える微振動も、ゆっくりと元の周期へ戻っていた。

 

 ただし、完全に同じではない。

 

 第1観測点が失われた夜、離れた場所へ順番に伝わった低周波の波形。それだけが、弱まりながらも繰り返されている。

 

「鎮まった、とは言い切れないな」

 

 TPC技術評価室の観測室で、久保田さんが言った。

 

 スクリーンには、第2観測点と第3観測点の時系列データが重ねられている。

 

「熱と外力を伴う大きな変化は、あれ以来出ていない。だが、この低周波だけは残っている」

 

「同じ順番ですか」

 

「ああ。南側から北側へ、毎回ほぼ同じ間隔で伝わる」

 

 澄人が作った解析表を開く。

 

 3回の長い振動。

 その後に、途中で途切れる短い振動。

 長い空白を挟み、同じ並びが繰り返される。

 

「自然現象なら、もう少し揺らぎが出るはずです」

 

 俺は画面を見つめた。

 

「周期も振幅比も、揃いすぎている」

 

「信号だと?」

 

「そこまでは言えません。ただ、無秩序な振動には見えない」

 

 久保田さんは頷いた。

 

「意思、呼びかけ、警告。どの言葉もまだ使わない。今は反復パターンとして記録する」

 

「はい」

 

 怖いものへ意味を与えれば、少しだけ理解した気になれる。

 

 だが、名前をつけることと、正体を知ることは違う。

 

 俺たちは今も、泥の下で何が動いているのか知らない。

 

 

◇◇◇

 

 

 奏の症状も、完全には消えていなかった。

 

 真壁先生の管理下で休養を取り、頭痛と吐き気は軽くなっている。それでも、海底観測網が例の低周波を捉えた時刻には、頭の奥の圧迫感が強くなるという。

 

 その日の夕方、俺とゴウ、澄人は、大学の保健管理センターを訪ねた。

 

 奏は休養室ではなく、隣の面談室にいた。

 

 顔色は以前よりよい。机の上には、自分でつけた体調記録が置かれている。

 

「今日は、話せそうですか」

 

 俺が尋ねると、奏は小さく頷いた。

 

「無理になったら、途中でやめます」

 

「そうしてください」

 

「鈴木さんも、眠れていないなら帰ってくださいね」

 

「……顔に出てますか」

 

「かなり」

 

 ゴウが横から口を挟む。

 

「俺も朝から言ってんだけどな。こいつ、人のことになると急に耳が悪くなるんだよ」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

「俺は寝るぞ」

 

「工場の休憩室で、座ったまま寝るのは睡眠に数えない」

 

 奏が淡々と言うと、ゴウは目を逸らした。

 

 少しだけ空気が緩んだところで、澄人が記録用紙を机へ置いた。

 

「白石さん。感じたことと、そこから連想したことを、分けて聞かせてほしい」

 

「分けて、ですか」

 

「例えば、低い振動を感じた、までは体験。怒っているように思った、は解釈。その2つを混ぜないほうが、後で比較できる」

 

「……分かりました」

 

 奏は目を閉じた。

 

「感じるのは、低い脈みたいなものです。前は強く押されるだけでした。でも、ここ数日は、間があるんです」

 

「間?」

 

「はい。何度か続いたあと、長く止まる。その間だけ、何かを待っているように感じる」

 

「それが事実側」

 

「そうです」

 

 奏は一度呼吸を整えた。

 

「ここからは私の解釈です。前は『触るな』と言われているように感じました。今は……探している、のほうが近いです」

 

「何を?」

 

「分かりません」

 

 奏はすぐに答えた。

 

「誰か、という感じもします。でも、特定の人を探しているのか、何らかの反応を待っているのか、それも分からない」

 

 ゴウが腕を組む。

 

「あの観測機を壊したかもしれないやつが、今度は寂しがってるってことか?」

 

「寂しい、というのも私が当てはめた言葉です」

 

 奏は慎重に言い直した。

 

「長い間、応答がない。そんな感覚を、人間の気持ちに置き換えると、寂しさに近いだけです」

 

「どのくらい長いかも分からない?」

 

「分かりません。ただ……私の時間じゃない感じがします」

 

 そこで、奏の指先がわずかに震えた。

 

 俺は反射的に身を乗り出しかけ、止まった。

 

 代わりに、机の上の記録用紙を閉じる。

 

「今日は、ここまでにしましょう」

 

「まだ話せます」

 

「話せることと、続けていいことは別です」

 

 奏は何か言い返そうとして、結局、小さく息を吐いた。

 

「……その言葉、覚えたんですね」

 

「何度も言われましたから」

 

 澄人が時計を見る。

 

「17分。最初に決めた上限を超えてる」

 

「決めてたのか?」

 

 ゴウが訊く。

 

「真壁先生と決めた。感覚の聞き取りは1回20分以内。症状が出たら終了」

 

「そういうのは先に言えよ」

 

「お前が余計な質問をするから3分削った」

 

「俺のせいかよ」

 

 2人のやり取りを聞きながら、奏がほんの少し笑った。

 

 彼女の感覚を、俺たちは無視しない。

 

 だが、彼女が苦しまなければ調査できない仕組みにもしない。

 

 その線だけは、越えてはいけない。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日、教授から連絡があった。

 

「鈴木君。巻物の端に、まだ文字が残っているかもしれん」

 

 研究室へ向かうと、机の上に『太平風土記』そのものはなかった。

 

 代わりに置かれていたのは、TPCの保存班が撮影した高精細画像だった。斜めから光を当てたもの、赤外線域で撮ったもの、繊維の凹凸だけを強調したもの。

 

 原本は劣化が進んでいるため、保存施設から動かせない。

 

「肉眼では擦れにしか見えなかった部分だ」

 

 教授が画像を拡大する。

 

「表面の墨は失われている。だが、筆圧で繊維が潰れた跡が残っているらしい」

 

 画面の端に、崩れた文字列が浮かび上がっていた。

 

 欠けている。

 重なっている。

 それでも、以前には見えなかった形がある。

 

 俺は呼吸を整え、文字を追った。

 

【技能適用:『超古代言語理解 Lv.2』】

 

 頭の中へ意味が一度に流れ込むわけではない。

 

 一文字ずつ、文脈と照らし合わせる。

 似た形を、これまで読んだ碑文から探す。

 失われた部分は、失われたまま残す。

 

 時間をかけて、俺は仮の訳を書き出した。

 

 

『光を宿さぬ者ら、鉄を選び、3度、夜を退けたり。

 4度目、帰還かなわず。

 母炉は敗北を棄てず、記憶を蔵す。

 後なる手よりの応えを待つ。』

 

 

 最後の行には大きな欠損があった。

 

 特に「母炉」と訳した語は、直訳すれば「多くの炉を生む炉」「源となる炉」にも読める。

 

「確定ではありません」

 

 俺は訳文の横へ、疑問符をつけた。

 

「『母なる炉』と人格的に訳すより、『源炉』や『中枢炉』に近い可能性があります。それから、『後なる手』も、特定の一人を指す表現じゃない」

 

「複数形か」

 

「はい。人だけじゃなく、後の時代の作り手や、技術を受け継ぐ集団という意味にも取れます」

 

 教授は、長く黙って訳文を見ていた。

 

「3度の勝利と、4度目の敗北」

 

「これまで読んだ周期の記録とも一致します」

 

 超古代の人々は、闇を3度退けた。

 そして4度目に敗れた。

 

 この巻物は、その敗北の後に残された可能性が高い。

 

「鈴木君」

 

 教授が、最後の2行を指した。

 

「記憶を蔵す、とは何だと思う」

 

「戦闘記録かもしれません。使った兵器、作戦、被害、失敗した理由」

 

「製造設備そのもの、という可能性は?」

 

「あります。でも、今の段階で兵器工場と決めるのは危険です」

 

 俺は海底の反射面を思い出した。

 

「記録を保存する施設かもしれない。複数の炉を管理する中枢かもしれない。製造機能があったとしても、3000万年前の材料や動力がなければ、同じものをそのまま作れるとは限りません」

 

「仮に、すべて残っていたとしても?」

 

「それでも、使えば勝てるとは限りません」

 

 俺は、4度目の一文を見た。

 

「この施設を作った文明は、最後には負けた。残っているのは、勝利の方法だけじゃない。負けた仕組みまで含んだ記録です」

 

 教授が静かに頷く。

 

「完成した答えではなく、引き継ぐべき検証結果、か」

 

「はい」

 

 それなら、意味がある。

 

 超古代の兵器をそのまま受け取り、現代の人間が突然無敵になるわけではない。

 

 彼らが何を作り、なぜ3度勝ち、なぜ4度目に負けたのか。

 

 その記録を読み、今の地球の材料と科学で作り直す。

 

 もし海底の施設に価値があるとすれば、それは俺たちの代わりに戦うことではない。

 

 俺たちが同じ失敗を繰り返さないための、長い記録にある。

 

 

◇◇◇

 

 

 その日のうちに、TPCで臨時会議が開かれた。

 

 教授と俺たち3人に加え、久保田さん、海洋調査班、保存班、情報管理担当が出席している。

 

 奏は参加していない。

 

 本人の感覚に関する報告は、同意を得た範囲だけ真壁先生から医療情報として提出された。会議の場へ呼び出し、同じことを何度も話させる必要はない。

 

 久保田さんは、仮訳を読み終えると資料を机へ置いた。

 

「先に確認する。これは、海底構造が兵器製造施設だという証拠ではない」

 

「はい」

 

「鈴木君を待っていたという証拠でもない」

 

「それも、ありません」

 

 俺が答えると、ゴウが意外そうにこちらを見た。

 

「違うのか?」

 

「文章は『者ら』と『後なる手』だ。俺個人を指してない。それに、鉄を選んだ人間なら、3000万年前にもいた」

 

「じゃあ、待ってるのは何だよ」

 

「人の名前じゃなく、応答そのものかもしれない」

 

 澄人が口を開いた。

 

「残っている低周波の並びが、3回の長い振動と、途中で切れる1回。その後に空白がある」

 

 スクリーンへ波形を表示する。

 

「巻物の3度の勝利、4度目の敗北と並びが似ている。偶然かもしれないが、記録内容を単純な符号にして反復している可能性はある」

 

「最後の空白が、応答待ちだと?」

 

 海洋調査班の技官が訊く。

 

「仮説です」

 

 澄人は即答した。

 

「だから、いきなり人間を近づける必要はない。まず、こちらから低出力の信号を返して、反応が変化するか調べる」

 

「どんな信号を返す」

 

 俺はホワイトボードへ、観測された波形を書いた。

 

 長、長、長、断。

 空白。

 

「同じ強さの音を返すのは危険です。海底へ刺激を与える可能性がある」

 

「磁場も同じだな」

 

「はい。まずは沿岸隔離施設にある活性試料へ、極めて弱い機械振動と磁場で同じ並びを与える。海底側と試料側の両方を監視し、出力が上がれば即時停止する」

 

 久保田さんが腕を組む。

 

「活性試料を通信端末にするわけか」

 

「通信できると決めるわけではありません。相関があるかを確かめるだけです」

 

「人は近づけない?」

 

「遠隔操作にします。試料室は無人。奏にも近づいてもらいません」

 

 ゴウが手を挙げた。

 

「その、弱い振動を出す装置なら、うちで作れるぞ。モーター回すんじゃなくて、コイルで動かせば、回転部品も要らない」

 

「駆動量を細かく管理できるようにしろ」

 

 久保田さんが言う。

 

「同じ入力を再現できなければ、試験にならん」

 

「美園さんに製造記録を頼む。部品も全部番号振る」

 

「波形生成は俺と遠野さんで組む」

 

 澄人が続ける。

 

「ただし、自動で強くなる制御は入れない。出力上限は機械側で固定する。異常が出たら、人間が判断する前に電源が落ちるようにする」

 

 教授が、少し目を細めた。

 

「随分と慎重だな」

 

「一つ壊されてますから」

 

「そうだな。学ぶべきは、そこだ」

 

 役割が分かれていく。

 

 装置を作る者。

 波形を管理する者。

 試料を監視する者。

 意味を読む者。

 止める判断をする者。

 

 仮に海底の施設が、過去の兵器や製造法を保存していたとしても、それを灯一人の力にはしない。

 

 TPCの管理下で記録し、複数の専門家が検証し、現代の技術で再現可能な部分だけを選ぶ。

 

 そして、人を守る目的から外れたときには止める。

 

「もう一つ、条件をつける」

 

 久保田さんが言った。

 

「仮に向こうから情報が得られても、即座に製造へ移さない。解析、再現試験、安全評価の3段階を通す。兵器らしき設計なら、なおさらだ」

 

「分かっています」

 

「分かっている顔ではないな」

 

「……そんな顔してますか」

 

「扉の向こうに答えがあると思ったときの君は、手順を飛ばしたがる」

 

 否定できなかった。

 

 俺は、4度目の敗北という一文を見た。

 

「今回は、飛ばしません。向こうの答えが正しい保証はない。だから、俺たちの側で確かめます」

 

「なら、計画書を出せ」

 

 久保田さんは資料を閉じた。

 

「人を海底へ送る話は、その後だ。まずは、こちらが話しかけたとき、向こうが何を返すかを見る」

 

 俺は頷いた。

 

 母炉が本当に待っているなら、最初に必要なのは侵入ではない。

 

 ノックだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 試験用の応答器は、相沢製作所で組み始めることになった。

 

 大がかりな装置ではない。

 

 密閉された活性試料へ、外側から微小な振動を与える電磁アクチュエーター。

 一定の波形を作る制御装置。

 異常時に電源を物理的に遮断する安全回路。

 

 派手なものは何一つない。

 

「母なる炉に話しかける装置って聞いたのに、箱とコイルじゃねぇか」

 

 ゴウが筐体を持ち上げながら言った。

 

「話しかけられるかも、まだ分からない」

 

「夢がねぇな」

 

「夢で出力上限は決められないだろ」

 

 健三さんが図面を覗き込む。

 

「非常停止は2つに分けろ。制御盤が固まったとき用と、電源そのものを切るやつだ」

 

「こっちは人が押すんですか」

 

「人が押す。もう一つは温度と磁場が上限を超えたら勝手に落ちる」

 

 美園さんは部品表を確認し、同じ規格の端子へ置き換えられる箇所へ印をつけていく。

 

「試験が1回で終わる保証はありません。交換部品を作れる構成にしてください」

 

「まだ試作品だぞ」

 

 ゴウが言う。

 

「試作品だからです。1回壊れたら全部作り直し、では記録を比較できません」

 

 いつもの静かな声だったが、机には未処理の伝票が積まれていた。

 

 ゴウはそれに気づき、筐体を置いた。

 

「美園さん、その伝票、半分くれ」

 

「相沢さんの字では、後で読めません」

 

「今日は丁寧に書く」

 

「昨日も聞きました」

 

「じゃあ、見本1枚くれ。同じ形で書くから」

 

 美園さんは少しだけ迷い、それから伝票の束を半分に分けた。

 

「間違えたら、全部戻します」

 

「おう」

 

 それだけのやり取りだった。

 

 けれど、抱えているものを見つけたゴウが、勝手に奪うのではなく、分けてもらうまで待てるようになっていた。

 

 俺も、同じようにできるだろうか。

 

 奏の苦しさをなくしたいからといって、彼女が感じているものまで自分のものにしようとしていないか。

 

 その疑問は、応答器の配線をしている間も、頭の隅に残り続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 夜、研究室へ戻った俺は、青い画面を開いた。

 

=========================================

▶ 所持ポイント: 18,875 SP

 

【SPアップ Lv.1】

 └ Lv.2へ:1,000 SP

   ※システム同調帯域を拡張します

   ※未知情報波への感受性が上昇する可能性があります

   ※外部干渉に対する安全性は保証されません

=========================================

 

 14日分の積み重ねで、所持ポイントは18,875 SPまで戻っていた。

 

 以前なら、迷わず身体能力へ使っただろう。

 

 G耐性/肉体は、まだFだ。

 操縦者として飛ぶなら、身体の底上げは避けられない。

 

 演算処理能力を上げれば、統合制御の翻訳も早くなる。

 

 どちらも、必要だ。

 

 その一方で、目の前には、接触せずに情報を得られるかもしれない経路がある。

 

 奏一人へ負わせるのではなく、俺自身も受信側に立てる可能性。

 ただし、システムの注記には安全の保証がない。

 

(……理解することと、同じ痛みを背負うことは違う)

 

 奏を一人にしないために、自分も同じものへ飛び込む。

 

 聞こえはいい。

 だが、それで2人とも動けなくなれば、支える人間が減るだけだ。

 

 俺は椅子から立ち、冷たい水を飲んだ。

 

 購入するなら、条件を決める。

 

 異常を感じたら記録する。

 一人で海へ行かない。

 聞こえた内容を事実として断定しない。

 すぐに久保田さんと真壁先生へ報告する。

 

 自分だけで使わない。

 

 そこまでノートへ書いてから、画面へ指を伸ばした。

 

「購入する」

 

【『SPアップ Lv.2』を取得しました】

【所持ポイント:17,875 SP】

 

 変化は、すぐには起きなかった。

 

 研究室は静かなままだ。

 暖房の送風音。

 遠くを走る車。

 古い蛍光灯の微かな唸り。

 

(……何も、聞こえない)

 

 安堵したのか、落胆したのか、自分でも分からない。

 

 そのとき。

 

 音と音の隙間に、別の間隔があることへ気づいた。

 

 耳で聞こえる音ではない。

 身体へ響く振動でもない。

 

 自分の思考と次の思考の間へ、規則だけが差し込んでくる。

 

 長い。

 長い。

 長い。

 

 4つ目は、途中で切れる。

 

 そして、空白。

 

 観測網が捉えていたものと、同じ並びだった。

 

「……っ」

 

 頭の奥へ鈍い痛みが走る。

 

 視界の端に、青い文字が滲んだ。

 

【外部情報波を検出】

【同期率:測定不能】

【警告:信号源および安全性を確認できません】

【自動解読を停止します】

 

 意味は流れ込んでこなかった。

 

 過去の映像も、兵器の図面も、現れない。

 

 ただ、同じ並びが繰り返される。

 

 3つの継続。

 1つの断絶。

 空白。

 

 勝利、勝利、勝利、敗北。

 

 そう読めるのは、巻物を見た俺の解釈にすぎない。

 

 だが、空白のたびに、何かがこちらを待っている感覚だけは強くなった。

 

 俺は震える手で、時刻と間隔をノートへ書きつけた。

 

 23時18分。

 長い振動が3回。

 4回目は途中で途切れる。

 空白は約12秒。

 

 自分の感覚を記録し終えてから、久保田さんへ連絡した。

 

「鈴木君?」

 

「今、例の低周波と同じ並びを感じました」

 

『感じた、とはどういう意味だ』

 

「説明できません。だから、俺の証言だけでは扱わないでください。23時18分前後の海底データを確認してもらえますか」

 

 久保田さんは理由を追及するより先に、観測班へ連絡を回した。

 

 数分後、返事が来る。

 

『第2、第3観測点ともに、23時18分から反復パターンを記録している』

 

 偶然では済まない時刻だった。

 

「もう一人、確認します」

 

『白石さんか』

 

「はい。ただし、こちらから内容は伝えません。先に何を感じたか、本人の言葉で記録してもらいます」

 

『真壁医師を通せ。一人で抱えるな』

 

「分かっています」

 

 電話を切り、真壁先生へ事情を説明した。

 

 その後、先生から連絡を受けた奏が電話に出た。

 

『……鈴木さん』

 

「体調は大丈夫ですか」

 

『頭が少し痛いです。でも、記録はできました』

 

「俺のほうから内容は言いません。白石さんが感じた順番だけ、教えてください」

 

 奏は一度、呼吸を整えた。

 

『長いのが3回。その次が、途中で切れました。それから、少し待つ感じです』

 

 俺はノートを握りしめた。

 

 同じだ。

 

 奏が続ける。

 

『前みたいに、押しつけられる感じではありません。何かを見せたいというより……こちらが返すか、確かめているみたいです』

 

「俺も、同じ並びを感じました」

 

 電話の向こうで、息を呑む音がした。

 

『鈴木さんも?』

 

「はい。ただ、意味までは分かりません。言葉も聞こえてない」

 

『……そうですか』

 

 奏の声が、わずかに震えた。

 

 安堵なのか、恐怖なのか、その両方なのか。

 

「白石さん」

 

『はい』

 

「今夜から、1人で記録しなくていいです」

 

 言ってから、少し違うと思った。

 

「……違うな。今までも、1人でやる必要はなかった。でも、俺が分かってなかった」

 

 しばらく沈黙があった。

 

『今は、少し分かりますか』

 

「全部じゃありません。たぶん、全部分かったつもりになったら駄目なんだと思います」

 

『それで十分です』

 

 奏の声は、泣いてはいなかった。

 

 ただ、長い間張っていた糸が、少しだけ緩んだように聞こえた。

 

『鈴木さん。空白のところで、何か返したくなりませんでしたか』

 

「なりました」

 

『私もです』

 

 俺は、机の上に置かれた応答器の設計図を見た。

 

 母炉と仮に呼んでいる、海底下の巨大な構造。

 それが保存施設なのか、製造中枢なのか、別の何かなのかは分からない。

 

 俺たちのために用意された都合のよい基地だとも限らない。

 

 3000万年前の文明は、3度勝ち、4度目に敗れた。

 

 残された記録があるなら、そこには成功だけでなく、過ちも、犠牲も、判断の誤りも含まれている。

 

 それを受け取る資格があるとすれば、特別な力を持った一人ではない。

 

 記録を疑い、作り直し、止めるべきときに止められる、多くの手だ。

 

「明日、機械を通して返しましょう」

 

 俺は言った。

 

「俺たち2人の感覚じゃなく、全員が確認できる形で」

 

『はい』

 

 電話を切った後も、頭の奥では同じ並びが続いていた。

 

 長い振動が3つ。

 途中で途切れた1つ。

 そして、応答を待つ空白。

 

 それは、俺を選んだという宣告ではなかった。

 

 少なくとも、今の俺にはそう思えた。

 

 3000万年前に途切れた記録が、後の時代へ問いを残している。

 

 失敗を見ても、なお鉄を選ぶのか。

 光だけへ戦いを押しつけず、自分たちの手で立つのか。

 

 その問いに、俺一人で答えるつもりはなかった。

 

 明日、俺たちは機械を作り、記録を取り、全員で最初の応答を返す。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:D

┣ 空間認識力:D

┣ 反応速度:D

┗ G耐性/肉体:F(装具装着時:D相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】(UP)

  ┗ システム同調帯域:拡張

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:17,875 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 未知情報波:反復パターンを受信

┣ 解読状況:意味情報への変換を停止

┗ 次行動:低出力応答試験

=========================================

 

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