鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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8月22日の予約が抜けていたようです(;'∀')
申し訳ございませんm(__)m


ノックの返事

第30話 ノックの返事

 

 

 2006年1月14日。

 

 あの夜——俺と奏が、同じ並びを同じ時刻に感じた夜から、8日が過ぎた。

 

 俺の頭の奥では、今もあの規則が繰り返されている。

 

 長い振動が3つ。

 途中で途切れる4つ目。

 その後に訪れる、約12秒の空白。

 

 慣れたわけではない。

 

 聞こえるたびに頭の芯が重くなり、時々、考えていたことが途中で抜け落ちる。それでも、記録の取り方は覚えた。

 

 時刻。

 間隔。

 継続時間。

 頭痛や吐き気の有無。

 その直前に何をしていたか。

 

 毎朝、真壁先生へ記録を渡す。奏も同じ書式を使っている。

 

 俺と奏、2人分の主観。

 TPCの海底観測網が拾う客観的な波形。

 

 3本の線が独立して重なって、初めて検討できる事実になる。

 

 そして、その8日間で——応答器が完成した。

 

 

◇◇◇

 

 

 相沢製作所の作業台に置かれたそれは、弁当箱を2つ重ねたほどの、灰色の筐体だった。

 

 中身は、密閉容器の外側から微小な振動を与える電磁アクチュエーター。決められた波形だけを出力する制御装置。温度、磁場、表面変位のいずれかが上限を超えた場合に電源を落とす自動遮断回路。

 

 そして、人間が直接叩き切るための赤い非常停止ボタン。

 

 健三さんの指示どおり、止める仕組みは2系統に分けた。

 

 制御装置が正常に動いていることを前提にした停止回路と、制御装置そのものが壊れた場合にも電源線を物理的に切れる回路。

 

「……これが、3000万年前へ話しかける機械か」

 

 完成品を前に、ゴウが腕を組んだ。

 

「何度見ても、給湯室のポットのほうが強そうだな」

 

「ポットは95℃のお湯を出せる。こいつが試料へ与える変位は、最大でも髪の毛の太さより小さい」

 

 澄人が真顔で答えた。

 

「弱すぎないか、それ」

 

「弱くしたんだ」

 

 俺は筐体の上面を軽く叩いた。

 

「聞こえるかどうか、ぎりぎりの大きさで送る。反応がなければ、1段階ずつ上げる。ただし、上限は最初から機械側で固定してある」

 

「灯が勝手に上げられないようにな」

 

 健三さんが言った。

 

「……信用ないですね、俺」

 

「あるから機械を任せてる。無茶をしない信用とは別だ」

 

 反論できなかった。

 

 筐体の側面には、美園さんが作った銘板が貼られている。

 

 製造番号。

 使用部品の型番。

 コイルの巻き数。

 絶縁材のロット。

 組み立てた日時と担当者。

 

 配線図にも、俺たちが途中で変更した箇所が赤字で残されていた。

 

「同じ装置をもう1台作る場合、この記録だけで再製造できます」

 

 美園さんは部品表を閉じた。

 

「今回の結果が成功でも失敗でも、比較対象が必要になります。1回だけ動く装置では困りますから」

 

「縁起でもないこと言うなよ」

 

 ゴウが顔をしかめる。

 

「失敗しない前提で作るほうが、縁起では済みません」

 

「……はい」

 

 ゴウは素直に引き下がった。

 

 派手さはない。

 

 超古代文明へ呼びかける装置と聞けば、もっと大きく、光り、唸るものを想像するかもしれない。

 

 実際に俺たちが作ったのは、小さな箱とコイルと、安全回路の集まりだった。

 

 それでいい。

 

 大きな相手に向き合うときほど、こちらの一歩は小さくなければならない。

 

 

◇◇◇

 

 

 試験の前夜、俺は研究室へ寄った。

 

 教授が、まだ残っていた。

 

 机の上には、巻物の高精細画像と、翌日の試験手順書。そして、古びた原稿の束が置かれている。

 

 30年以上前、教授が初めて超古代文明について発表したときの原稿だった。

 

「それ、明日持っていくんですか」

 

「いや」

 

 教授は表紙を指で撫でた。

 

「今日で、しまう」

 

 引き出しを開け、原稿をゆっくりと収める。

 

「この原稿は、『3000万年前に高度な文明が存在した』と、世界へ認めさせるために書いた。だが、証明できるものは何もなかった」

 

「教授は、間違ってなかった」

 

「正しかったことと、証明できたことは違うよ」

 

 教授は引き出しを閉めた。

 

「私は長い間、信じてもらうことばかり考えていた。自分の説が正しいと示したかった。だが、明日は証拠を奪いに行く日ではない」

 

 机の上の試験手順書へ視線を落とす。

 

「我々の問いかけに、相手が反応するかを確かめる。結果が出なければ、出なかったことを記録する。それだけだ」

 

「緊張してますか」

 

 教授は丸眼鏡の奥で、少しだけ笑った。

 

「31歳のとき、学会の壇上で足が震えた。あれ以来だな」

 

 それから、笑みを消した。

 

「鈴木君。明日、何も返ってこなくても落胆するな。3000万年残ったものが相手だ。我々の都合のよい時刻に答える義理はない」

 

「はい」

 

「逆に、返事らしきものがあっても、意味を急いで決めるな」

 

「……はい」

 

 そちらの返事だけ、少し遅れた。

 

 教授は気づいていたが、何も言わなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 試験は、活性試料を収容している沿岸隔離施設で行われた。

 

 試料室は無人。

 

 応答器の設置と配線確認は前日に終え、当日は隣棟の管制室から遠隔操作する。

 

 管制室にいるのは、俺、澄人、久保田さん、TPCの技官2人。教授は後方の机で、映像と時刻を記録する。

 

 ゴウ、健三さん、美園さんは相沢製作所で待機していた。機器側で異常が起きた場合、製造記録を確認しながら対応する。

 

 奏は、ここから約3km離れた医療棟にいる。

 

 試料へ近づけることはしない。

 

 それでも本人は、自分の意思で観測への参加を望んだ。

 

 真壁先生が付き添い、心拍、血圧、酸素飽和度を監視する。体調が事前に決めた基準を外れた場合は、奏本人が続けたいと言っても終了する。

 

 奏には送信の開始時刻も、送る波形も知らせていない。

 

 感じた内容を、誘導なしで記録するためだ。

 

「基準時刻、9時40分」

 

 澄人が読み上げる。

 

「基線観測を開始。試料室、無人確認。応答器の出力、ゼロ。安全回路、2系統とも正常」

 

 最初の20分は、何もしない。

 

 試料が通常どおり脈動していること。

 温度や磁場に自然な揺らぎがないこと。

 応答器を置いたこと自体が影響していないこと。

 

 それを確認するための時間だった。

 

 10時00分。

 

「模擬操作を実施」

 

 俺が送信ボタンを押す。

 

 ただし、アクチュエーターへは電流が流れない。操作音や表示だけで、実際には何も出力しない試験だ。

 

 30秒。

 1分。

 

「変化なし」

 

 技官が記録する。

 

 次に、別室へ置いた同型のダミー容器へ、本番と同じ波形を送る。

 

 光学センサーが機器の振動を発光と誤認しないか。磁場計へコイルの漏れ磁場が入らないか。

 

 こちらも、想定範囲内だった。

 

 準備した確認をすべて終え、ようやく本番へ進む。

 

「時刻、10時06分」

 

 澄人の声が、わずかに硬くなった。

 

「第1送信。観測パターンを4巡。出力は計画値の最小段階。送信後、2分間停止して経過観察」

 

 久保田さんが全員を見回す。

 

「温度、磁場、表面変位、医療棟からの連絡。どれか1つでも中止基準へ達した場合、誰の判断でも止めていい」

 

 俺は送信ボタンへ指を置いた。

 

 一度、息を吸う。

 

 押した。

 

 

◇◇◇

 

 

 最初の30秒、変化はなかった。

 

 モニターの中で、黒い試料はこれまでと同じ周期で膨らみ、縮んでいる。

 

 応答器は、人間の耳には聞こえないほどの微振動で、観測網から得た並びを刻む。

 

 長。

 長。

 長。

 途中で断つ。

 

 約12秒、何も送らない。

 

 2巡目。

 3巡目。

 

「試料温度、変化なし」

 

「磁場、基線範囲内」

 

「表面変位、固有周期を維持」

 

 何も起きない。

 

 4巡目に入る。

 

 長い振動を3つ送り、4つ目を途中で止めた、その直後だった。

 

「——試料脈動、停止」

 

 管制室の空気が固まった。

 

 回収されて以来、一度も完全には止まらなかった表面の動きが、静止している。

 

「送信は終了済み」

 

 澄人が確認する。

 

「安全回路は正常。試料温度、上昇なし。磁場——」

 

「待て」

 

 久保田さんが画面を睨んだ。

 

「停止手順には入るな。中止基準には達していない。経過を見る」

 

 俺は非常停止ボタンの覆いへ手を添えたまま、モニターを見つめる。

 

 5秒。

 10秒。

 20秒。

 

 静止した試料の表面に、細い青白い光が浮かんだ。

 

「発光を確認」

 

「外部照明ではありません。照明を落とします」

 

 試料室の照明が消える。

 

 暗くなった画面の中央で、光だけが残った。

 

 1回目。

 長い。

 

 2回目。

 長い。

 

 3回目。

 

 4回目は、途中で消える。

 

 そして、約12秒の空白。

 

 俺たちが送った並びと一致していた。

 

「……同じだ」

 

 澄人の声が掠れる。

 

「発光間隔、送信値との差は0.2秒以内。試料固有の脈動周期とは一致しない」

 

 単なる偶然とは言いにくい。

 

 だが、それだけで「聞こえた」と断定することもできない。

 

「鸚鵡返しの可能性」

 

 久保田さんが言った。

 

「記録上は、そう表現する。意味の理解までは含めるな」

 

「はい」

 

 俺は返事をしながら、後ろを振り返った。

 

 教授はノートへ時刻を書こうとしていた。

 

 けれど、ペン先が紙の上で止まっている。

 

 丸眼鏡には、青白い光が映っていた。

 

 30年以上、届くかどうかも分からない問いを投げ続けてきた人の前で、初めて相手側の変化が起きた。

 

 教授の口が、わずかに動く。

 

 声にはならなかった。

 

 それでも、何と言ったかは分かった。

 

 ——返ってきた。

 

 俺は前へ向き直った。

 

 胸の奥が熱かった。

 

 だが、今は喜ぶ時間ではない。

 

「第1送信後の経過観察へ移ります」

 

 自分の声が震えないよう、ゆっくりと言った。

 

 

◇◇◇

 

 

 2分間、試料は通常の脈動へ戻らなかった。

 

 発光も消えている。

 

 温度と磁場は安定していた。

 

 事前の手順では、第1送信で明確な変化が出た場合、第2送信は責任者の判断で延期できることになっている。

 

「今日はここで止めるべきです」

 

 俺は言った。

 

 自分でも、少し驚いた。

 

 以前なら、続きが見たいという気持ちを優先していた。

 

 久保田さんは俺を見たあと、技官たちへ確認する。

 

「試料に損傷を示す兆候は」

 

「ありません。表面変位は停止していますが、内部の微弱な電位差は維持されています」

 

「海底側の速報は」

 

「まだ届いていません」

 

 久保田さんは腕を組んだ。

 

「予定どおり2回目まで実施すべき、という意見は」

 

 澄人が口を開いた。

 

「反応が1度だけでは、再現性はありません。ただ、同じ日に続ければ、2回目が1回目の影響を受けた可能性を除けない」

 

「明日以降へ分けたほうが比較しやすいか」

 

「はい」

 

 教授も頷いた。

 

「3000万年待った相手だ。こちらが1日待つくらい、礼を失することにはならんだろう」

 

「分かった」

 

 久保田さんは正式に試験終了を宣言した。

 

 追加の信号は送らない。

 

 試料がその後どう変化するか、24時間監視する。

 

 その判断から、約40秒後だった。

 

「試料、再発光」

 

 技官の声が上がる。

 

 誰も何も送っていない。

 

 応答器の電源は落ちている。

 

 青白い光が、再び明滅を始めた。

 

 長。

 長。

 長。

 

 4つ目。

 

 これまで途中で切れていた光が——今度は最後まで続いた。

 

 4つの、完結した発光。

 

 その後の空白。

 

「入力は」

 

「ゼロです。主電源も遮断されています」

 

「漏れ磁場なし」

 

「発光周期を記録。4回目は前3回とほぼ同じ継続時間」

 

 俺はモニターを見つめたまま、動けなかった。

 

 3つの継続と、1つの断絶。

 

 巻物に残された、3度の勝利と4度目の敗北。

 

 その断絶を、向こうが完成させて返した。

 

 そう解釈したくなる。

 

 ——4度目を終わらせろ。

 

 ——我々が帰れなかった場所から、今度は帰ってこい。

 

 意味が胸へ浮かぶたび、俺は頭の中で線を引いた。

 

 これは解釈だ。

 観測された事実ではない。

 

「鈴木君」

 

 久保田さんの声で、我に返る。

 

「何に見える」

 

「……4つ目を完成させたように見えます」

 

「事実は」

 

「入力停止後に、等しい長さの発光を4回確認しました」

 

「それでいい。意味は別に検討する」

 

「はい」

 

 そのとき、医療棟から連絡が入った。

 

 真壁先生の声が、スピーカーから響く。

 

『白石さんの記録を、時刻どおり読み上げます。こちらから試験状況は伝えていません』

 

 紙をめくる音。

 

『10時06分。「圧迫感が一度消えた」』

 

 第1送信の直後。

 

『10時09分。「長いものが3回、その次も最後まで続いた」』

 

 試料が自発的に4回発光した時刻と重なる。

 

 管制室の誰も声を出さなかった。

 

『もう1点。これは測定値ではなく、本人の主観です』

 

 真壁先生は明確に区別してから続けた。

 

『「待たれている感じが、少しだけほどけた。安堵に近いと思う」』

 

 嬉しい、ではない。

 

 奏は、自分が受け取った感覚を、言い切れる範囲まで削って伝えている。

 

 俺はその慎重な言葉を、ノートへそのまま記した。

 

 

◇◇◇

 

 

 海底側のデータが揃ったのは、30分後だった。

 

 第2、第3観測点の双方で、10時06分以降、反復していた低周波パターンが止まっている。

 

 代わりに現れたのは、細かい振幅が重なる複雑な波形だった。

 

 水温上昇はない。

 微振動の総量も警戒基準以下。

 南から北へ伝わっていた規則も消えている。

 

「歌ってるみたいだな」

 

 波形を見た技官の1人が、ぽつりと言った。

 

「記録には書くなよ」

 

 久保田さんが返す。

 

「書きません。……でも、そう見えただけです」

 

 誰も笑わなかった。

 

 俺にも、そう見えたからだ。

 

 けれど、海底の構造が喜んでいる証拠にはならない。

 

 確かに言えるのは、こちらが低出力の信号を送った後、活性試料と海底観測網の両方で変化が生じたこと。

 

 しかも、その一部は、俺と奏の主観記録とも時刻が一致していること。

 

 それだけでも、十分に大きな結果だった。

 

 久保田さんは、その場で次の方針を決めた。

 

「本日の試験は成功とは呼ばない。応答可能性を確認したとする」

 

 誰も異論を挟まなかった。

 

「同じ試験を条件を変えて繰り返すまで、人間の接近は認めない。海底への能動的な照射も再開しない」

 

「分かりました」

 

「鈴木君」

 

「はい」

 

「答えらしきものが返ったからこそ、急ぐな」

 

 胸の内を見透かされていた。

 

「……はい」

 

 

◇◇◇

 

 

 3日後、2006年1月17日。

 

 海域に残っていた調査船『海鳴』から、遠距離再観測が行われた。

 

 第1観測点を失った場所へ直接近づくのではない。

 

 無人探査機は構造物の上方約30メートルを保ち、短時間だけ照明とカメラを使用する。接触も試料採取も行わない。地磁気や水温が上がれば、直ちに離脱する。

 

 管制室のモニターへ、海底の暗い映像が届く。

 

 前回まで泥に覆われていた平原。

 

 その一角で、堆積物が円形に薄くなっていた。

 

 海流で削られたような不規則な跡ではない。

 

 直線と緩い曲線を組み合わせた境界に沿って、黒い面が露出している。

 

「幅、約24メートル」

 

 海洋調査班の技官が測定する。

 

「中央部が周囲より0.8メートル低い。前回の地形データにはなかった段差です」

 

 探査機が距離を保ったまま、角度を変える。

 

 露出した区画の縁に沿って、青白い光が灯っていた。

 

 中央には黒い面がある。

 

 完全な穴ではない。

 

 だが、その面は周囲からわずかに沈み、外周に均一な隙間が生まれている。

 

「可動部に見えます」

 

 俺は呟いた。

 

「外周の隙間が揃いすぎてる。扉か、点検口か……少なくとも、自然の割れ目じゃない」

 

「開いているのか」

 

 久保田さんが訊く。

 

「まだ、そうとは言えません。ロックが外れた状態かもしれない。内側へ少し下がっただけです」

 

 教授がモニターへ近づく。

 

「縁の発光間隔を測ってくれ」

 

 澄人が映像から時刻を拾う。

 

 長い光が4回。

 

 すべて同じ長さで、途切れない。

 

「活性試料が返した並びと一致します」

 

 管制室に沈黙が落ちる。

 

 こちらの送信。

 活性試料の変化。

 海底観測網の変化。

 そして、海底に現れた可動部らしき区画。

 

 偶然で片づけるには、重なりが増えすぎていた。

 

 それでも、久保田さんは言葉を選んだ。

 

「全員、聞け」

 

 硬い声が管制室に通る。

 

「我々の信号の後、海底構造に形状変化が起きた。応答試験との因果関係は、まだ確定していない」

 

 青く縁取られた黒い面を見据える。

 

「これは招待状かもしれない。警告かもしれない。あるいは、我々とは無関係な動作かもしれない」

 

 そして、俺たちへ向き直った。

 

「中へ入るかどうかを決めるのは、向こうではない。我々だ。構造解析、潜行手段、通信、救難、撤退条件。すべて揃うまで、人は送らない」

 

「はい」

 

「記録しておけ。2006年1月17日。人類は初めて、海底構造が外部入力に同期した可能性と、可動部らしき区画の露出を確認した」

 

 華やかな宣言ではなかった。

 

 けれど、それでよかった。

 

 扉のようなものが現れたからといって、踏み込めるわけではない。

 

 ノックに返事があったように見えても、その声が誰のものかは分からない。

 

 だから、確かめる。

 

 開ける前に、帰る方法を作る。

 

 それが、俺たちのやり方だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 その夜、相沢製作所に関係者が集まった。

 

 祝いというより、報告会に近い。

 

 節子さんが大鍋で豚汁を作り、美園さんが紙コップと資料を並べている。

 

 遠野さんも来ていた。

 

 応答波形を生成する制御プログラムを澄人と組み、試験後のログを最初に整理した1人だ。

 

 彼女は隅の椅子で、静かに豚汁を飲んでいた。無理に話の輪へ入ろうとはしないが、帰ろうともしない。

 

「遠野さん」

 

 澄人が隣へ座る。

 

「今日のログ、助かった」

 

「まだ終わってない」

 

「終わってないからだ。時刻同期のずれを、試験中に気づいて直しただろ。あれがなければ、医療棟と海底側を比較できなかった」

 

「……そう」

 

 遠野さんは短く答えた。

 

「役に立ったなら、よかった」

 

 感情の起伏はほとんど見えない。

 

 それでも、椀を持つ指の力が少し緩んだ。

 

「残りは明日でいい」

 

 澄人が言う。

 

「今日中に必要な分は終わってる」

 

「でも」

 

「共有フォルダへ、未処理の項目を分けておいた。俺もやる」

 

 遠野さんは、少しだけ澄人を見た。

 

 理由を聞かず、作業を奪わず、残りを一緒に持つ。

 

 2人の間には、俺たちとは違う静かな呼吸があるらしい。

 

「なあ、灯」

 

 ゴウが豚汁をすすりながら訊いた。

 

「あの中に、兵器を作る設備とか残ってると思うか」

 

「可能性はある」

 

「だったら、そこで一気にロボットを作れたり——」

 

「しない」

 

「早いな」

 

「仮に製造設備が残ってても、材料も動力も制御方法も分からない。3000万年動かしてない設備を、そのまま使えると思うなよ」

 

「夢がねぇ」

 

「それに」

 

 俺は紙コップを置いた。

 

「あの文明は、強い兵器を持っていたはずだ。それでも4度目に負けた」

 

 工場が少しだけ静かになる。

 

「中に図面があったとしても、最初に読むべきなのは武器の作り方じゃない。3度、どうやって勝ったのか。4度目に、なぜ帰ってこられなかったのか」

 

「負けた理由か」

 

 澄人が言う。

 

「ああ。壊れた場所、補給が切れた理由、判断の遅れ、守れなかった人。記録が残っているなら、そこまで読む」

 

 ゴウは椀の中を見つめた。

 

「じゃあ、向こうが機体を作ってくれるわけじゃないんだな」

 

「作ってくれたとしても、そのまま乗らない」

 

「もったいねぇ」

 

「動かし方の分からない3000万年前の兵器に乗るほうが怖いだろ」

 

「……それは、そうだな」

 

「俺たちが受け取るのは完成品じゃない。検証するための記録だ」

 

 3度勝った方法も。

 4度目に負けた理由も。

 

 それを現代の材料と技術へ翻訳し、健三さんたちが作れる形へ変え、TPCが試験し、誰かが止められる仕組みにする。

 

 超古代の遺産は、俺1人を無敵にするための近道ではない。

 

 人間が、自分たちの手で立つために残された長い引き継ぎ書なのかもしれない。

 

「まあ」

 

 ゴウが、にっと笑う。

 

「いきなり完成したバルキリーが出てくるのも、ちょっと見たかったけどな」

 

「……俺だって見たいよ」

 

 思わず本音が出た。

 

 工場に笑いが起きた。

 

 俺も笑った。

 

 憧れているからこそ、雑に手に入れたくはない。

 

 いつか空を飛ぶ機体は、3000万年前の誰かに与えられるものではなく、この場所で、みんなの手を通って生まれてほしかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 解散間際、工場の外から奏へ電話をかけた。

 

 すぐに声が返る。

 

『鈴木さん。今日はお疲れさまでした』

 

「白石さんこそ。体調はどうですか」

 

『頭痛は、ほとんどありません。音はまだありますけど、前みたいに押しつけられる感じじゃないです』

 

「どんな感じですか」

 

 電話の向こうで、少し考える間があった。

 

『遠くで、一定の旋律を繰り返しているみたいな。歌と言うと、また解釈しすぎかもしれませんけど』

 

「技官の人も同じことを言ってました」

 

『そうなんですか』

 

 奏の声が、少しだけ明るくなる。

 

「1つ、聞いてもいいですか」

 

『はい』

 

「怖くないですか。この先、もっと深く関わることになるかもしれない」

 

 短い沈黙。

 

『怖いです』

 

 奏は、いつものように正直に答えた。

 

『私はずっと、この感覚のせいで人と違うと思っていました。感じたことを言えば怖がられる。黙っていれば、誰かの痛みに気づいても何もできない』

 

 息を整える音がした。

 

『でも今は、私が感じた時刻と、機械が記録した時刻を比べられる。鈴木さんも、同じ並びを感じた。私の言葉を、信じるか信じないかだけで決めなくていい』

 

「はい」

 

『だから、独りじゃないと思えます。怖いけど……前よりは、立っていられます』

 

 俺は携帯を握り直した。

 

「独りにはしません。この先も」

 

『鈴木さんも、独りで行かないでくださいね』

 

「行きません」

 

 今度は、迷わず答えた。

 

「中へ行くとしても、全員が帰る方法を作ってからです」

 

『約束ですよ』

 

「約束します」

 

 電話を切ったあと、青い画面を開く。

 

=========================================

▶ 所持ポイント:18,700 SP

 

※未知情報波との相互作用を記録しました

※特殊クエスト候補を検出

※内容照合中……

=========================================

 

 見慣れない表示が、視界の隅で静かに明滅していた。

 

 照合中。

 

 システムでさえ、目の前の出来事をすぐには分類できていない。

 

 それでいいと思った。

 

 俺たちも、まだ分かっていない。

 

 扉らしきものは現れた。

 

 だが、敷居をまたぐのは、招かれたからではない。

 

 観測し、確かめ、帰還条件を決め、自分たちの意思で進むと決めたときだ。

 

 急がない。

 

 けれど、止まらない。

 

 次は、扉を開ける方法ではなく——扉の向こうから、全員で帰る方法を作る。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:D

┣ 空間認識力:D

┣ 反応速度:D

┗ G耐性/肉体:F(装具装着時:D相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:18,700 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 応答試験:相関変化を確認

┣ 海底構造:可動部らしき区画が露出

┗ 特殊クエスト候補:照合中

=========================================

 

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