鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
第31話 外部起源
2006年1月20日、6時12分。
朝の走り込みから戻った俺の視界に、見慣れない青い表示が浮かんでいた。
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【外部情報との照合が完了しました】
▶ 外部要求(仮称):
▶ 要求内容:中枢区画への到達/保存記録の確認
▶ 発信源:特定不能
▶ 報酬:算定不能
※本要求はシステムによって生成されたものではありません
※受信した情報を、既存のクエスト形式へ暫定変換しています
※発信源の真正性および安全性は保証されません
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タオルで汗を拭く手が止まった。
外部から届いた何かを、システムが俺に理解できる形へ置き換えた。
つまり、海底の何かが直接クエストを作ったと決まったわけではない。発信源も、目的も、本当に母炉なのかさえ確認できていない。
それでも、これまでとは明らかに違った。
黒岩も、樽内も、鳴瀬も、表示されたクエストには達成条件と報酬があった。危険な内容でも、少なくともシステムの内側で作られたものだった。
今回は、報酬すら算定できない。
システムの外から届いた情報が、俺の視界にまで入り込んでいる。
(……お前は、何を受け取った)
問いかけても、表示は変わらない。
頭の奥では、あの規則が続いていた。
長い振動が3つ。
最後まで続く4つ目。
その後に生まれる空白。
以前のような、途中で断ち切られた4回目ではない。
空白も、ただ待つだけの間ではなかった。南へ引かれるような、ごく弱い方向性が混じっている。
来い。
そう読もうと思えば読める。
だが、それは俺の解釈だ。
俺は時刻、表示内容、頭痛の有無をノートへ書き、真壁先生へ送る記録に加えた。
そのうえで、久保田さんへ連絡した。
もちろん、システムのことは話せない。
「俺が感じている反復パターンに、変化がありました」
『どんな変化だ』
「4つ目が途切れなくなってから、空白のあとに方向を示すような感覚があります。……内側へ進むことを求められているようにも感じます」
『事実と解釈を分けろ』
「事実は、感じる並びと方向性が変わったことです。『来い』は俺の解釈です」
電話の向こうで、短い沈黙があった。
『分かった。観測網と照合する。君は勝手に海へ行くな』
「行きません」
『返事が早いな』
「行くなら、全員が帰る方法を決めてからです」
自分で口にして、ようやく呼吸が少し楽になった。
◇◇◇
1月23日。
TPCの作戦会議室には、俺、ゴウ、澄人、教授のほか、久保田さん、海洋調査班、技術班、医療担当が集まっていた。
スクリーンには、海底構造の可動部らしき区画が映っている。
青白い光に縁取られた、幅約24メートルの黒い面。
「段階調査計画を提示する」
久保田さんが資料を配った。
「第1段階。外部からの追加観測。構造変化、圧力、熱、磁気、周辺海流を再確認する」
ホワイトボードへ、1つ目の枠が描かれる。
「第2段階。無人探査機による、可動部の内部調査。ただし、通信と帰還の条件を満たせない場合は進入しない」
2つ目。
「第3段階。内部環境の長期観測。気体、圧力、有害物質、微生物学的危険、構造強度を評価する」
その下に、空白の枠が残った。
「人間を入れるかどうかは、第3段階までの結果を見てから決める。現時点で、有人進入は計画に含めない」
誰も異論を挟まなかった。
俺も同じだった。
中に何があるのか、今すぐ見たい。
だからこそ、俺が焦ってはいけない。
「無人探査機へ追加する機能は?」
久保田さんに問われ、俺は前へ出た。
「大きく4つです」
最初の図面を表示する。
「1つ目は、自律帰還の強化。慣性航法、車輪の回転量、カメラ映像の特徴点を使って、通った経路を記録します。通信が切れた場合は、来た道を逆に辿る」
「海底で使った帰還機能の、内部用か」
「はい。ただし、今回は浮上できません。戻る方向を間違えたら終わりです。判断系は独立した2系統に分けます」
次の図面。
「2つ目は、通信中継器です。探査機が20メートル進むごとに、小型の中継器を置きます。映像は光ファイバーを優先し、切断時には低速度の無線へ切り替える」
「金属構造の内部で無線が通る保証はないぞ」
技官の1人が言った。
「ありません。だから、無線は位置と帰還命令だけです。映像は探査機本体にも保存します。通信が不安定になった時点で、それ以上は進ませません」
「3つ目は?」
「内部環境の測定。圧力、温度、気体組成、可燃性ガス、放射線、有害な粒子。気体が存在した場合は、密閉容器へ少量だけ採取します」
「水深約1,000メートルだぞ。内部に気体があると考える根拠は?」
澄人が可動部の拡大画像を映した。
「外側の区画と、その奥にもう1枚、境界らしき線があります。断定はできませんが、二重隔壁の可能性があります」
「仮に排水されても、呼吸できるとは限りません」
俺は続けた。
「酸素があっても、圧力や微量成分が危険なら人は入れない。数値が地球の大気に似ていても、安全と判断しません」
「最後は?」
「文字と構造物を記録するためのカメラです。広角、望遠、斜光、赤外線。照明の角度も変えられるようにする」
俺は教授を見た。
「人間を入れる前に、外から読めるものは全部読みます」
教授が頷く。
「賛成だ。私の30年より、カメラの1日が多くを拾うかもしれん」
久保田さんは資料へ視線を落とした。
「改修期限は2週間。第1段階の再確認と並行して進める。無人機の投入は2月上旬を目標とする」
会議が終わりかけたところで、海洋調査班の技官が手を挙げた。
「仮に有人進入へ進む場合、誰を入れる想定ですか。潜水員、技術者、調査員。それとも——」
視線が、俺へ向いた。
内部に超古代文字があるなら、現時点で読めるのは俺だけだ。
だが、読めることと、深海施設へ入れることは別問題だ。
潜水訓練も、閉鎖環境での活動経験もない。内部の圧力次第では、通常の潜水装備すら役に立たない。
「その議論は、まだしない」
久保田さんが答えた。
「必要な能力と、入れる人間の条件を先に定義する。特定の誰かを行かせるために、基準を曲げることはしない」
俺は黙って、その言葉を受け止めた。
会議室を出ると、教授が俺の肩へ手を置いた。
「そのときが来たら、私も候補に入れてくれ」
「教授」
「30年以上待ったんだ。言う権利くらいはあるだろう」
「入る体力があるかは、真壁先生が決めます」
「……随分と現実的になったな」
「教授たちにされました」
教授は苦笑した。
「なら、私も検査を受けるよ。ただし、焦るな。3000万年待った扉なら、あと1か月くらい待てる」
「それ、久保田さんの受け売りですよね」
「よい言葉は再利用して構わん」
◇◇◇
改修は10日で終わった。
相沢製作所とTPC技術班による合同作業だった。
ゴウは工場へ3日泊まり込み、健三さんは中継器を落とす機構を何度も作り直した。美園さんは、部品数が倍近くになっても、製造記録と変更履歴を1行も途切れさせなかった。
ただし、徹夜を美談にはできない。
4日目の朝、美園さんがゴウの作業票へ赤い紙を貼った。
『作業停止。睡眠後に再検査』
「まだ動けるって」
「動けるかどうかではありません。睡眠不足の人が組んだ部品を、深海へ持っていけないと言っています」
「俺が確認する」
「確認する人も睡眠不足です」
美園さんは譲らなかった。
ゴウはしばらく抵抗したが、最後には工具を置いた。
「……4時間だけ寝る」
「6時間です」
「5時間」
「6時間」
「はい」
相手が灯なら、ゴウは胸ぐらを掴んででも止める。
自分が止められる側になると、ひどく弱かった。
それでも、美園さんの指示に従ったのは、彼女が作業を遅らせたいのではなく、海底から機械を帰すために言っていると分かっていたからだ。
◇◇◇
2月7日。
調査船『
第1段階の外部観測では、可動部らしき区画に新たな変化はない。
水温、磁場、微振動も警戒基準以下。
条件を満たしたため、第2段階へ進む。
今回、奏も乗船していた。
ただし、観測室ではなく医務室にいる。真壁先生の管理下で、感覚と体調を記録するためだ。
本人が参加を望み、医療側が条件付きで認めた。
「船酔いは?」
出航前に尋ねると、奏は小さな薬包を見せた。
「薬を替えてもらいました。前よりは大丈夫です」
「海底の音は」
「近づくほど、輪郭がはっきりします」
奏は、感じたことと解釈を分けるように、少し間を置いた。
「4つの長い波が続いています。それとは別に、ごく弱い振動があります」
「別の振動?」
「はい。もっと細かくて、もっと古い……というのは、私の解釈です。記録には『別種の微弱な感覚あり』と書きます」
無理に意味をつけない姿勢は、以前よりもはっきりしていた。
けれど、「古い」という言葉だけが、妙に耳へ残った。
◇◇◇
9時30分。
探査機の投入が始まった。
荒い海面の下へ、灰色の機体が沈んでいく。
深度500メートルを超えると、太陽の光は完全に消えた。
800メートル。
900メートル。
そして、約1,000メートル。
探査機のライトが海底を捉える。
泥の平原。
その一角に露出した、青く縁取られた黒い区画。
「探査機、可動部正面。距離20メートル」
オペレーターが読み上げる。
正面から見ると、その大きさが分かる。
幅約24メートル。
高さは泥に埋もれた部分があり、正確には測れない。
大学の講堂の入口が、そのまま沈んでいるようだった。
「外部測定、異常なし」
「第1中継器、設置」
探査機が、入口の手前へ通信中継器を置く。
「自律帰還経路、記録開始」
機体がゆっくりと、黒い区画へ近づいた。
青白い縁の光が、1度だけ明るくなる。
中央の黒い面が、音もなく奥へ沈んだ。
その先には、海水で満たされた短い通路があった。
「進入を開始します」
探査機が敷居を越える。
壁は黒い金属で覆われ、血管のような隆起が走っている。
けれど、黒岩の坑道ほど荒々しくはない。
隆起は等間隔に並び、その間には細い溝が伸びていた。配管か、配線か。ところどころが焼けたように変色し、その上へ別の板状構造が重ねられている。
「補修跡です」
澄人が画像を拡大した。
「損傷した箇所を、上から塞いでる。1回や2回じゃない」
磨かれた神殿ではない。
ここは、使われていた。
傷つき、直され、また動かされた。
相沢製作所の床に残る油染みと同じ種類の、働いた場所の痕跡だった。
探査機が30メートルほど進んだところで、背後の黒い面が動き始めた。
「外側隔壁、閉鎖動作!」
「停止。帰還経路を保持」
機体を止める。
光ファイバーは、入口の端に設けられた細い溝へ導かれていた。
隔壁が閉じる直前、黒い縁がケーブルの周囲へ柔らかく変形する。
「……ケーブルを避けた?」
「いや。周囲を塞いでる」
技官が圧力値を確認する。
隔壁は完全に閉じていた。
それでも、通信は生きている。
有機金属のような黒い縁が、光ファイバーだけを通しながら、水を遮断していた。
次の瞬間、通路内の水位が下がり始める。
「排水を確認」
「外部へ吐き出している流れはありません」
「内部へ回収してるのか?」
水圧が段階的に下がる。
急激な減圧ではない。
探査機の圧力センサーが、約6分をかけて0.12MPaを示したところで安定した。
カメラ映像から、水の揺らぎが消える。
「気体分析を開始」
数値が画面へ並ぶ。
窒素に近い成分、約77%。
酸素、約20.6%。
アルゴンと推定される成分。
二酸化炭素は微量。
地球の大気に、近い。
だが、同じではない。
正体を特定できない微量成分が複数あり、浮遊粒子も検出された。
「呼吸可能とは判断しない」
久保田さんが先に言った。
「試料採取だけ行え。有人進入の根拠には使うな」
「了解」
探査機が密閉容器へ気体を採取する。
3000万年前から残っていた空気なのか。
それとも、俺たちを迎えるために、施設が今作ったものなのか。
答えはまだない。
内側の隔壁が、静かに開いた。
◇◇◇
その先の光景を、俺はたぶん一生忘れない。
探査機が進むのに合わせ、通路の照明が順番に灯っていく。
青白い光の帯が天井を走る。
機体の約10メートル先だけが明るくなり、通り過ぎた後ろは静かに暗くなる。
「誘導されているように見えます」
オペレーターが言った。
「記録上は、進行方向に沿って照明が点灯、とする」
久保田さんが訂正する。
通路は何度か分岐した。
点灯するのは、毎回1本だけ。
探査機は、帰還経路を記録しながら、その光を追った。
20メートルごとに中継器を置く。
100メートル。
200メートル。
壁には、焼損と補修の痕跡が増えていった。
300メートルを越えたところで、通路が終わる。
広い円形区画だった。
直径は、レーザー測距で約96メートル。
天井は最も高い場所で約38メートル。
中央には、低い円形の台座。
周囲には、用途の分からない黒い構造物と、縦長の空間が等間隔に並んでいる。
「格納架台に見える」
ゴウの声が、船内回線から届いた。
「相沢製作所で待機じゃなかったのか」
「今回は船に乗ってるだろ、俺」
そうだった。
改修担当として、ゴウも観測室の後方にいる。船酔いで青い顔をしながら、それでも画面から目を離していない。
「何を格納する架台だ」
「分かんねぇ。でも、床に固定点がある。上にも吊るための構造がある。でかいものを立てたまま整備する場所に見える」
俺も同じ印象を受けた。
架台は空だった。
3000万年前の機械が、そのまま眠っているわけではない。
残っているのは、傷ついた工房と、何かを支えていた空の場所だけだ。
そして、壁。
円形区画を囲む壁一面に、文字と図が刻まれていた。
床から天井近くまで、幾層にも重なっている。
「鈴木君」
久保田さんが静かに言う。
「読める範囲だけ読め。意味を急いで補うな」
「はい」
カメラを、壁の最下段へ向ける。
【技能適用:『超古代言語理解 Lv.2』】
樽内の碑文より整った、正式な書体。
欠損している箇所もあるが、読める。
「『ここは、鉄の
俺は、一語ずつ訳した。
「『光を宿さぬ我らが、夜に抗うため、知を集め、鉄を鍛えし場所』」
工房。
研究所。
記録庫。
その全部を兼ねていたのかもしれない。
「『3度、我らは光と並びて征き、3度、夜を退けたり。帰還せし記録、失われし記録、すべてここに蔵す』」
壁の図へ、カメラを移す。
光を放つ巨人。
その周囲を飛ぶ、小さな翼の機械。
地上には、人型に近い輪郭を持つ複数の鉄の外殻。
胸部の断面図らしき線の中に、人間に似た小さな姿が描かれている。
操縦者。
人が、中にいる。
観測室の誰かが息を呑んだ。
俺も、画面から目を離せなかった。
光の巨人と、鉄の機械が、同じ方向を向いて立っている。
俺が前世から夢に見た光景が、3000万年前の壁に刻まれていた。
人間であることを捨てず。
自分たちが作った機械へ乗り。
光だけに戦いを押しつけず、隣へ立つ。
胸の奥が、熱くなる。
今すぐ図面を読みたい。
機体の寸法を知りたい。
どう飛び、どう曲がり、何を動力にしたのか確かめたい。
けれど、空の格納架台が視界の端にある。
彼らは、ここまで作った。
それでも、最後には負けた。
「図面より先に、戦闘記録を追います」
自分へ言い聞かせるように口にした。
「それでいい」
久保田さんが答えた。
カメラを、文字列に沿って移動させる。
1度目。
2度目。
3度目。
兵器名や数値の多くは、今の解像度では読めない。
だが、繰り返し現れる言葉があった。
帰還。
補給。
交代。
退避。
修復。
勝利だけが記録されているのではない。
誰が帰れなかったのか。
何を失ったのか。
次に同じ損失を出さないため、何を変えたのか。
それが、壁一面へ残されている。
そして、4度目。
ある高さから、整った文字が途切れていた。
代わりに、急いで刻んだような乱れた線が続いている。
「『4度目の夜は、外より来たらず』」
自分の声が掠れた。
「『夜は、内より来れり』」
観測室から音が消えた。
次の行へカメラを向ける。
文字の一部が焼け、黒く潰れている。
「『我らが——を開き、鉄は——』」
読めない。
さらにカメラを寄せようとした、そのときだった。
「通信品質、低下」
澄人が表示を拡大する。
「第14中継器までは正常。広間の内側で、光ファイバーの信号が急に減衰してる」
「原因は?」
「分からない。構造材か、内部の磁場か。映像はまだ来てるけど、余裕がない」
画面に、黄色い警告が出る。
事前に決めた撤退基準だった。
あと数十メートル進めば、続きを読めるかもしれない。
4度目に何が起きたのか。
鉄が、誰へ向けられたのか。
知りたい。
身体が前へ出ようとする。
けれど、探査機が帰れなければ、今日得た記録まで失う。
「……調査を終了します」
俺は言った。
「探査機を帰還させてください」
ゴウがこちらを見る。
教授は何も言わず、静かに頷いた。
「帰還命令を送信」
探査機が旋回する。
青白い照明は、今度は帰る方向へ順番に灯った。
置いてきた中継器を目印に、来た道を戻る。
第14。
第13。
第12。
通信品質が回復していく。
円形区画を出る直前、後方カメラが、暗い奥へ伸びる別の通路を捉えた。
そこだけは、照明が消えなかった。
こっちだ、と言うように。
だが、今日は行かない。
外側隔壁まで戻ると、通路は再び海水で満たされた。
黒い縁が光ファイバーを解放し、外側の扉が開く。
探査機は、無事に海へ出た。
「帰還経路、確保」
オペレーターの声が響く。
約1時間後、探査機は海面へ浮上した。
撮影データ、約214GB。
気体試料、1点。
機体損傷、なし。
今日、最も価値のある結果は、鉄の巨人の記録を見つけたことだけではない。
中へ入り、記録を取り、帰ってこられたことだった。
◇◇◇
帰路の甲板で、俺は夜の海を見ていた。
風は冷たく、波の音が低い。
船室では、澄人が撮影データを複製し、ゴウが探査機の外装を確認している。教授は、読めた文字を忘れないうちに清書していた。
「鈴木さん」
奏が毛布を羽織って隣へ来た。
真壁先生から、10分だけ外へ出る許可をもらったらしい。
「寒くないですか」
「寒いです。だから10分だけ」
奏は暗い海面へ視線を落とした。
「探査機が円形の部屋へ入ったとき、あの4つの波が一度だけ止まりました」
「止まった?」
「数秒だけです。その後は、少し細かい波に変わりました」
彼女は慎重に言葉を選ぶ。
「ここからは解釈です。玄関へ誰かが来たことに気づいて、息を止めたように感じました」
俺は、水深約1,000メートルの下にある傷だらけの工房を思い浮かべた。
3000万年ぶりに、外から機械が入った。
それを、あの施設がどう受け取ったのかは分からない。
「前に言っていた、別の微弱な感覚は?」
「まだあります」
奏は即答した。
「円形の部屋へ入っても、消えませんでした。あの施設の反応とは別に、もっと深いところで続いています」
「方向は分かりますか」
「下……というより、奥です。距離の感覚はありません」
円形区画の奥で、照明が消えなかった通路。
焼けた文字。
夜は、内より来れり。
「行くんですよね」
奏が言った。
「いつか、あの奥へ」
「条件が揃えば」
「読めるのが、鈴木さんだけだから?」
「今のところは」
「だから、自分が行くしかない、とは考えないでください」
はっきりした声だった。
「文字を読む方法を増やす。映像をもっと鮮明にする。帰還経路を作る。私たちにできることを全部やって、それでも最後に必要なら、鈴木さんが行く」
「……はい」
「順番を飛ばしたら、止めます」
「約束します」
俺は海を見つめた。
壁に刻まれていた、光と鉄が並ぶ姿。
あれは、完成した機体を俺へ与える約束ではない。
けれど、夢物語でもなかった。
人が乗る鉄の機械は、かつて本当に光と並んで戦った。
その記録がある。
失敗も、帰還できなかった理由も含めて。
なら、俺たちは一からすべてを想像しなくていい。
先人の答えをそのまま使うのでもない。
残された記録を読み、この時代の材料へ翻訳し、俺たちの手で作り直す。
いつか。
俺は、自分たちが作った機体で空を飛ぶ。
光の巨人の後ろに隠れるのではなく、隣へ並ぶ。
怪獣へ勝つためだけではない。
誰かを助け、仲間を帰し、人間の手もここにあると示すために。
その夢は、今日初めて、壁の向こうから輪郭を返してきた。
「10分です」
奏が言う。
「戻りましょう」
「はい」
俺たちは、明かりのついた船室へ戻った。
海の底では、まだ読めない4度目の記録が待っている。
だが、急がない。
今日、俺たちは扉の内側へ入り、帰ってきた。
次も、同じだ。
進む前に、帰る方法を作る。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力:D
┣ 空間認識力:D
┣ 反応速度:D
┗ G耐性/肉体:F(装具装着時:D相当)
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.2】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント:20,275 SP
┣ 残機数:3 / 3
┣ 外部要求:母炉への帰還(発信源未特定)
┣ 内部調査:無人探査機の帰還に成功
┣ 判明:鉄の揺籃/光と並び戦った搭乗式機械の記録
┗ 未解読:「夜は内より来れり」——4度目の敗因
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