鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
第33話 1機目
2006年4月。
俺は、大学4年生になった。
構内の空気は、去年までと明らかに違っていた。
正門を抜ければ、黒や紺のリクルートスーツが目に入る。学食では、エントリーシートや面接、内定通知の話が、どの席からも聞こえてきた。
「灯、お前はどうすんの。就活」
4限の講義が終わったあと、同じ学科の友人に呼び止められた。
「……たぶん、しない」
「院へ行くのか?」
「そんな感じ」
曖昧に濁すしかなかった。
TPCの技術協力者という立場は、まだ正式な就職先ではない。大学との共同研究も、すべてを公に説明できる段階ではなかった。
卒業後については、教授から大学院へ残る道も示されている。TPCからも、設立後の研究部門で技術協力を続けてほしいと言われていた。
それでも、書面で確定したものは何もない。
普通なら、不安になる状況だと思う。
だが、俺が迷っているのは、行き先ではなかった。
人間のまま、光の巨人と並んで戦える機体を作る。
その目的だけは、3年前から変わっていない。
想像していたより、道が長く、泥と油にまみれていただけだ。
◇◇◇
「鈴木さんは、迷わないんですね」
保健管理センターへ定例の記録を提出したとき、奏が言った。
彼女も4年生になっていた。
実習と資格試験の準備が重なり、去年より忙しそうに見える。それでも、俺と自分の感応記録を確認する時間だけは、毎週確保していた。
「迷ってますよ、俺も」
「行き先ではなく、行き方をでしょう」
「……よく分かりますね」
「見ていれば分かります」
奏は記録用紙を揃え、月曜日の欄で手を止めた。
「ところで、今週の記録が1日分ありません」
「月曜は、朝から工場へ行って、そのまま講義で……」
「事情ではなく、記録がない理由を聞いています」
「忘れました」
「正直でよろしいです」
赤い印が、空欄の横へつけられた。
この人には、一生頭が上がらない気がする。
記録を閉じた奏は、少しだけ表情を緩めた。
「私も、迷っているんです」
「進路ですか?」
「それもあります。でも、一番怖いのは、現場へ出たあとのことです」
奏は、自分の手元へ視線を落とした。
「具合の悪い人が何人もいる場所で、どこまで拾ってしまうのか。誰の苦しさなのか、自分でも分からなくなったらどうするのか」
人の痛みへ気づけることを、力として使いたい。
そう決めたからといって、苦しさまで消えるわけではない。
「今までみたいに、全部を一人で整理しなくていいんじゃないですか」
「鈴木さんに言われると、説得力が複雑ですね」
「自覚はあります」
「でも」
奏は顔を上げた。
「去年までは、隠す方法しか考えていませんでした。今は、記録する方法と、人へ渡す方法を知っています」
机の上には、俺と奏が使っている共通書式がある。
感じた事実。
そこからの解釈。
体調。
観測機器との一致。
彼女の感覚を、彼女一人の秘密にしないための紙だった。
「だから、不安ですけど、やってみたいと思えています」
「それなら、俺も同じです」
「飛行機のことですか?」
「まだ、飛行機と呼べるかも怪しいですけど」
「落とさないでくださいね」
「……努力します」
「努力ではなく、手順で防いでください」
工場へ向かう前から、耳の痛い言葉をもらった。
◇◇◇
4月10日。
相沢製作所の作業台には、3機分の骨組みが並んでいた。
中央で指示を出す実証1号機。
その左右を飛ぶ、随伴2号機と3号機。
翼幅は2m。
全長は1.4m。
完成時の目標重量は4.5kg以下。
後部に電動モーターと推進式のプロペラを備え、主翼は発泡材の芯を炭素繊維で補強する。
胴体内部には、バッテリー、GPS受信機、加速度センサー、ジャイロ、無線機、制御基板。
どこから見ても、大型のラジコン飛行機だった。
「……小せぇな」
ゴウが、未完成の1号機を両手で持ち上げた。
「これが、いつかロボットになるのか?」
「ならない」
即答すると、露骨に肩を落とされた。
「夢がねぇな」
「これはロボットの縮小模型じゃない。飛行制御を確かめるための実験装置だ」
俺はホワイトボードへ、3機の配置を描いた。
前方に1号機。
後方の左右へ、2号機と3号機。
「今回試すのは、4つだけだ」
項目を書き出す。
・3機が互いにぶつからず、決めた間隔を維持できるか
・指示が途切れたとき、追跡をやめられるか
・1機が異常になっても、残り2機が巻き込まれないか
・それぞれが、自分で帰還できるか
「武器は?」
「ない」
「変形は?」
「しない」
「速さは?」
「最大でも時速70km前後を想定してる」
「俺のバイクより遅いじゃねぇか」
「最初から音速で飛ばす馬鹿がいるか」
この3機に、超古代の素材は使っていない。
母炉の動力も、未知の推進機構もない。
使ったのは、壁の記録から抜き出した思想だけだ。
役割を分ける。
指揮が切れたら、戦い続けず帰る。
1つが止まっても、全体を止めない。
壊れた部品を交換できるよう、規格を揃える。
「モーターとサーボは、3機とも同一型番です」
美園さんが部品表を確認する。
「主翼の固定部、バッテリー、制御基板の取り付け位置も共通化しました。1機が破損しても、残りの予備部品を転用できます」
「3000万年前と、やってることは同じだな」
健三さんが笑った。
「飛ぶものを作る人間は、同じところで困るんでしょうね」
「文明が変わっても、ねじが緩むのは同じってことだ」
「超古代のねじが、普通のねじだったかは分かりませんけど」
「言い回しだよ」
健三さんは、1号機の主翼固定部を指で押した。
「ただし、同じ部品を使うなら、同じ場所が一斉に壊れる可能性もある。共通化したから安心、じゃねぇぞ」
「はい。主翼固定部は、荷重の測定結果を3機で比較します。1機に亀裂が出た時点で、全部交換します」
「それならいい」
強くするだけでは足りない。
どのように壊れるか。
同じ故障を、どう全体へ広げないか。
1機目から、それを決めておく。
◇◇◇
制御プログラムは、澄人と遠野さんが中心になって組んだ。
「1号機は、現在位置、速度、向き、旋回率を送信する」
澄人が、情報の流れを図へする。
「2号機と3号機は、自分の位置と比較して、決められた相対位置を保つ」
「送信は、1秒に1回?」
「ああ。最初は、通信量を絞る。送る情報を増やしすぎると、何が必要だったのか分からなくなる」
「でも、時速70kmなら、1秒で20m近く進むぞ」
「だから、編隊間隔は広めに取る。初回は前後25m、左右20m」
遠野さんが、異常判定の一覧をこちらへ向けた。
「自動で編隊を解除する条件は、3種類です」
・1号機からの情報が2秒以上途絶
・機体姿勢または編隊誤差が、設定範囲を連続して超過
・バッテリー残量が、帰還必要量へ到達
「異常を増やしすぎないんですか?」
「最初は増やしません」
遠野さんは淡々と答えた。
「墜落したあとに、どの条件で何を判断したか説明できなければ、修正できないので」
「通信が切れた場合は?」
「追うのをやめます」
澄人が、線を分けて描いた。
「2号機は東側、3号機は西側へ旋回して距離を取る。高度も10mずらす。10秒間、安全な姿勢を維持してから、別々の経路で帰還地点へ向かう」
「いきなり同じ場所へ戻したら、帰り道でぶつかるからです」
遠野さんが補足する。
「中央機が消えたときほど、急いで同じ場所へ集めない」
3000万年前の記録にあった、分散と帰還。
それを、現代の部品と数式へ置き換えている。
「いいコンビだな」
口から漏れた。
2人が同時にこちらを見た。
「何が?」
「いや。何でもない」
「鈴木さんも、相沢さんと同じことを言いますね」
遠野さんはそれだけ言い、画面へ戻った。
ゴウも、すでに言っていたらしい。
◇◇◇
飛ばす前に、地上でできる試験を繰り返した。
主翼へ想定荷重をかける。
モーターを連続運転する。
制御基板へ、意図的に古い位置情報を送り込む。
無線を切り、帰還モードへ切り替わるか確認する。
バッテリー電圧を下げ、誤った残量を表示しないか調べる。
3機を工場の床へ並べ、車輪の代わりに小さな台車へ載せて、位置情報だけを模擬する試験も行った。
それでも、空を完全に地上へ再現することはできない。
風。
機体のしなり。
プロペラの振動。
GPSの誤差。
旋回時の速度低下。
最後は、飛ばさなければ分からない。
◇◇◇
5月13日。
最初の飛行試験は、TPCが確保した河川敷の実験区域で行われた。
飛行範囲の周囲は立入禁止。
機体は人のいない川側だけを飛び、設定区域を外れた場合は自動で旋回する。
各機には、編隊制御とは独立した手動操縦系統も残してある。
異常が起きれば、地上の操縦員が切り替えて回収する。
天候は晴れ。
平均風速2m/s。
突風は4m/s以下。
「1号機、電源投入」
白い機体の後部で、プロペラが回る。
ゴウが手で投げるのではない。
毎回同じ速度と角度で飛ばすために、ゴム索を使った簡易発進台へ機体を載せた。
「操舵確認」
「正常」
「GPS捕捉」
「衛星7機。位置精度、試験基準内」
「発進します。3、2、1——」
固定が外れる。
1号機は発進台の上を滑り、白い翼を持ち上げた。
数秒後、青空へ浮かぶ。
飛んだ。
俺が引いた図面。
健三さんが削った金具。
美園さんが番号をつけた部品。
澄人と遠野さんが書いた制御。
全部が組み合わさり、地面を離れている。
胸の奥に何かが込み上げたが、まだ試験は始まったばかりだった。
「1号機、高度80m。周回へ移行」
「2号機、発進」
「3号機、発進」
3機が、それぞれ安全な高度へ上がる。
まずは手動で状態を確認する。
舵。
モーター。
位置情報。
通信。
異常はない。
「編隊制御へ移行します」
澄人の指が、キーを押した。
2号機と3号機が、1号機の後方左右へ移る。
数秒間、三角形ができた。
その直後。
「2号機、横方向の誤差が増加」
遠野さんが読み上げる。
2号機が、右へ寄りすぎる。
左へ戻る。
今度は、行きすぎた。
「3号機にも同じ振れ」
左右の機体が、1号機の位置を中心に振れ始めた。
最初は小さかった。
だが、戻そうとするたびに、振れ幅が大きくなっていく。
「編隊解除条件まで、あと3m」
「解除しろ」
俺が言うのと、警報が鳴るのは同時だった。
「自動解除——2号機、解除しません!」
「姿勢判定は?」
「範囲内と判定してる。位置誤差だけが発散してる!」
「手動へ切り替える!」
地上の操縦員が操作する。
3号機は編隊から離れ、水平へ戻った。
だが、2号機は大きく左へ傾いた直後、反対側へ急激に舵を切った。
速度が落ちる。
機首が上がる。
「失速!」
白い機体が、片翼から落ちた。
手動操縦へ切り替わっている。
それでも、高度が足りない。
2号機は回転しながら河川敷の草地へ落ち、鈍い音を立てて停止した。
誰も声を出さなかった。
俺は、草の中に突き刺さった白い翼を見つめていた。
4kgほどの、誰も乗っていない実験機。
人のいない場所へ落とす前提で、試験区域を選んでいる。
だから、怪我人はいない。
それでも。
(……これが、人を乗せる機体だったら)
背中が冷たくなる。
「灯」
ゴウの声で、呼吸を止めていたことに気づいた。
「3号機と1号機を先に降ろせ」
「……ああ」
「落ちたほうを見るのは、そのあとだ」
正しい。
まだ、空には2機残っている。
「1号機、手動で帰還。3号機は現在位置を維持して、間隔を取れ」
指示を出す。
1号機が先に着陸し、3号機も別の進入経路から草地へ滑り込んだ。
2機の電源が切られたことを確認してから、俺たちは墜落地点へ向かった。
◇◇◇
2号機は、主翼の付け根から折れていた。
胴体前部にも亀裂が入り、プロペラの片側が欠けている。
制御基板と記録装置は、緩衝材に守られて無事だった。
「落ちたな」
ゴウが言った。
「……ああ」
「落とすために作ったわけじゃねぇ。でも、人を乗せる前に失敗するための機体ではある」
俺は壊れた翼を見た。
「分かってる」
「分かってる顔じゃない」
言い返せない。
健三さんが、折れた主翼を拾い上げる。
「壊れた機械は、嘘をつかねぇ」
破断面を指でなぞる。
「ただし、壊れた理由を、こっちの都合で決めるな。制御が悪かったのか、翼が弱かったのか、両方か。全部持ち帰って調べるぞ」
「はい」
その場で分かったのは、2号機が編隊位置を追いかけるたびに振れが増え、最後に失速したことだけだった。
原因の断定はしない。
機体とログを相沢製作所へ持ち帰り、飛行映像、操舵量、速度、姿勢、位置情報を、時刻を合わせて1つずつ確認する。
最初の手がかりは、その日の夜に見つかった。
◇◇◇
「1号機の情報は、1秒に1回」
澄人がログを並べる。
「2号機の制御は、その受信位置を現在地だと仮定して追っている」
「1秒前の1号機を、追いかけてた」
「ああ。速度が約18m/sなら、目標は常に18m近く後ろだ」
2号機が遅れた位置へ向きを変える。
次の情報が届いた瞬間、目標位置が前へ跳ぶ。
また追う。
追いつこうとして舵を大きく切る。
行きすぎて、反対へ戻す。
その繰り返しが、振れを増幅させていた。
「それだけじゃありません」
遠野さんが別のグラフを表示する。
「GPSの位置が、一度だけ約5m飛んでいます。その値も正しい情報として追っています」
「判定条件は、姿勢異常が連続して基準を超えた場合だった」
俺は、自動解除が働かなかった理由を理解した。
「機体は大きく振れてた。でも、一瞬ずつは基準内へ戻っていた。だから、連続異常として数えられなかった」
「私の条件設定です」
遠野さんが言った。
声は平坦だったが、指先が固く握られている。
「違う」
澄人が即座に否定した。
「条件を決めたのは全員だ。俺は、誤作動を避けるために連続判定を支持した」
「でも、見逃した」
「だから、次の条件へ直す」
澄人は責任を奪うのではなく、作業を分けるように言った。
「単独の原因じゃない。情報の遅れ、GPSの飛び、追従を急がせすぎた制御、解除条件。全部が重なった」
俺も頷いた。
「誰か一人のミスにしたら、他の原因を見落とす」
2人の表情が、わずかに緩んだ。
青い画面が、視界の端に現れる。
【技能適用:『マクロス初代・統合技術パック』】
【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】
統合技術パックの中に、似た問題があった。
高速で動く複数機の位置を、遅れて届く情報だけで追うことはできない。
必要なのは、今の座標ではなく、次にどこへいるかという推定。
「1秒の空白を、予測で埋める」
俺はホワイトボードへ線を引いた。
「1号機が送る位置、速度、旋回率に時刻をつける。2号機と3号機は、受信した瞬間までの移動を計算して、現在位置を推定する」
「慣性センサーで、その間を補間する」
澄人が続ける。
「ただし、推定を信じすぎない。GPSと差が開いたら、編隊を解く」
「追従の強さにも上限を入れます」
遠野さんが、新しい条件を書き始めた。
「目標が飛んでも、急に舵を切らない。旋回率と傾斜角を制限する。編隊誤差が一定量を超えたら、原因に関係なく水平飛行へ移る」
「編隊へ戻すことより、失速させないことを優先する」
「はい」
外骨格で使った、負荷の方向を先読みする考え方。
遠心加速度試験で、灯の身体を守るために作った制御。
それが今、空を飛ぶ機械を落とさないためにつながっている。
技術は、別々の箱に入っているわけではない。
誰かを生きて帰すという目的が同じなら、過去の失敗も、別の機械で役に立つ。
◇◇◇
修理は、壊れた部分を元へ戻すだけでは終わらなかった。
「主翼は予備へ交換します」
美園さんが部品表を開く。
「同一ロットの材料は残っています。ただし、墜落した機体を『新品同様』とは記録しません」
「見た目は戻るぞ」
ゴウが言った。
「見た目の話はしていません」
美園さんは、2号機の製造記録へ赤い線を引いた。
「胴体前部は修復。主翼は交換。制御基板は再検査。配線は全数交換。機体識別番号は維持しますが、改修履歴を追加します」
「記録が長くなるな」
「長くなるだけ、次に同じ機体を作る人が迷わずに済みます」
ゴウは少し笑い、工具を手に取った。
「じゃあ、読める字で書くから、俺にも修理記録をくれ」
「先に見本を確認してください」
「分かったよ」
壊れた機体は、失敗を隠して白く塗り直すのではない。
どこが折れ、何を変えたかを抱えたまま、もう一度飛ぶ。
◇◇◇
制御の修正には、3週間を使った。
記録した飛行ログをシミュレーターへ入れ、同じ振れが再現されることを確認する。
通信を遅らせる。
位置情報を意図的に飛ばす。
横風を加える。
1号機を急旋回させる。
2号機と3号機が編隊を保てない場合でも、失速する前に離脱できるまで、条件を変え続けた。
成功する場面だけではなく、失敗したときにどう戻るかを先に確かめる。
それが、この3機の役割だった。
◇◇◇
6月3日。
再試験の日が来た。
天候は晴れ。
平均風速3m/s。
前回より少し風がある。
試験区域、手動操縦系統、安全監視、発進手順。
すべてを最初から確認する。
「2号機、修復履歴確認」
「主翼交換、胴体修復、配線交換。地上試験、全項目合格」
美園さんが読み上げる。
「制御プログラム、3機とも同一版」
「帰還座標と分離経路、確認済み」
「では、始めます」
1号機が発進台を離れた。
2号機。
3号機。
3つの白い翼が、それぞれ高度80mへ上がる。
「編隊制御へ移行」
前回と同じ言葉。
それだけで、手のひらに汗が浮かぶ。
2号機と3号機が、1号機の後方へ移動する。
右へ流れる。
小さく戻す。
前回なら、その修正が次の振れを生んだ。
今回は違った。
2機は急いで位置へ飛びつかず、滑らかな弧を描いて収まる。
三角形ができた。
10秒。
30秒。
1分。
形は崩れない。
「編隊誤差、基準内」
「推定位置とGPSの差、最大1.8m」
「姿勢、安定」
3機が、青空の下をゆっくり旋回する。
速くない。
強くない。
武器もない。
それでも、俺たちが作った機械が、互いの位置を考え、1つの隊列として空を飛んでいる。
「……飛んでるな」
隣で、ゴウが言った。
「ああ」
「今度は、ちゃんと」
「ああ」
目の奥が熱くなる。
前世でも、俺は作る側へ憧れていた。
試験に落ち、別の仕事へ就き、それでも夜中に模型を組んだ。雑誌に載った試作機や、画面の中で空を舞うロボットを見て、自分には届かなかった道だと思っていた。
そして、あの日。
出張先の街が崩れ、瓦礫の下で、俺の人生は終わった。
最後まで欲しかったのは、巨大な力ではなかった。
動かない梁を持ち上げる機械。
届かない場所へ行ける機械。
誰かを、間に合ううちに助けられる機械。
今、俺は作る側にいる。
翼幅2m。
速度は車より遅い。
人も荷物も運べない。
それでも。
夢へつながる最初の1機は、確かに空へ上がった。
「灯」
「……何だよ」
「泣いてるぞ」
「風だ」
「眼鏡してないだろ」
「うるさい」
ゴウは笑ったが、それ以上は何も言わなかった。
◇◇◇
飛ぶだけでは、試験は終わらない。
むしろ、本番はここからだった。
「ロストリンク試験へ移行します」
澄人が宣言する。
「1号機から随伴機への情報送信を、強制的に停止。2号機と3号機が編隊を解除し、分離後に自律帰還できるか確認します」
教授が、空を見上げたまま呟いた。
「この試験を見たかった」
「編隊飛行より、ですか?」
「ああ」
「3000万年前の人々が、最も苦労して得た判断は、強く追うことではなかったと思う」
3機の白い点が、空に浮かんでいる。
「敵や目標を追い続ければ、勝てるかもしれん。そこで帰還を選ばせるのは、機械へ弱さを与えるように見える」
「でも、それが人を帰す」
「そうだ。帰るための制御は、臆病ではない」
澄人がカウントを始める。
「送信停止。3、2、1——断」
1号機からの情報が消えた。
2秒。
2号機と3号機が、ほぼ同時に編隊を離れる。
2号機は東へ。
3号機は西へ。
互いに反対方向へ旋回し、高度も10mずれる。
「分離、正常」
「水平維持へ移行」
10秒後。
2機が、それぞれ別の方向から帰還経路へ入った。
中央機を探して飛び回らない。
最後に受け取った命令を、いつまでも続けない。
自分が帰るべき場所へ、機首を向ける。
「2号機、帰還点へ接近」
「3号機、後方経路で待機。着陸順序を維持」
最初に2号機が降りる。
前回、草地へ突き刺さった機体。
修理記録を抱えた白い翼が、高度を落とし、草の上を滑った。
停止。
続いて、3号機が進入する。
こちらも、設定地点の範囲内へ着陸した。
誰も操縦していない。
1号機からの通信も、切れたままだ。
それでも、2機は帰ってきた。
俺は、停止した2号機へ駆け寄った。
機体を両腕で抱え上げる。
モーターとバッテリーの熱が、胴体に残っていた。
「……帰ってきたな」
声が掠れた。
前回の傷は、塗装の下に残っている。
壊れた事実を消さずに、同じ機体が空へ上がり、自分で戻ってきた。
健三さんが隣へ来た。
「灯くん」
「はい」
「壊れたときに、どうなるかを先に決めろ。俺は、そう言った」
「はい」
「今度は、壊れる前に帰るところまで作ったな」
俺は機体を抱えたまま、頷いた。
これが、最初の成功だった。
◇◇◇
その夜。
TPCへ提出する報告書には、成功だけを書かなかった。
初回試験での墜落。
自動解除が働かなかった理由。
修正した条件。
再試験で確認できた範囲。
まだ試していない故障。
風が強い場合。
1号機そのものが墜落した場合。
2機が同時に位置情報を失った場合。
帰還地点が使えなくなった場合。
課題は、成功前より増えていた。
それでも、俺たちは進んでいる。
青い画面を開く。
=========================================
▶ 所持ポイント:27,475 SP
※外部要求『母炉への帰還』:進行中
※内部環境の連続監視:137日経過
※有人内部調査の最低監視期間を満たしました
=========================================
第32話の報告日から、77日。
毎日の積み重ねで、所持ポイントは27,475 SPになっていた。
内部環境は、1月18日から137日間、危険な変化を示していない。
有人調査の条件が、また1つ埋まった。
潜水艇の選定。
気密服。
内部通信。
緊急時の退避。
参加者の訓練。
夏を目標に準備は進んでいるが、最終承認はまだ下りていない。
俺は、飛行実証のノートを開いた。
次の目標を書き出す。
・1号機喪失時の分散帰還
・風速と編隊間隔の関係
・随伴機の1機故障時、残る機体を安全に分離
・救難位置を示すビーコン投下
・地上管制と中核機の指示が競合した場合の優先順位
すぐに3機を5機へ増やすつもりはなかった。
3機で起こり得る失敗を、まだすべて見ていない。
人が乗る中核機も、ずっと先だ。
けれど、今日の空には、その先へ続く線が引かれた。
1機が指示を出し。
2機がそれを受け。
指示が消えれば、自分たちで帰る。
いつか、この仕組みが大きな機体へつながる。
空を舞い、怪獣を引きつけ、地上の人を逃がす。
ウルトラマンが立ち上がるまでの数秒を稼ぐ。
傷ついた仲間の位置を知らせ、救難機を導く。
華麗に飛ぶことと、生きて帰ることを、どちらも諦めない機体へ。
今日は、まだ翼幅2mの実験機だ。
誰かを乗せることも、助けることもできない。
それでも、1機目は飛んだ。
落ちて、直して、もう一度飛び、自分で帰ってきた。
順番として、これでいい。
3000万年前の敗因を読みに行く前に、彼らが3度かけて得た答えを、俺たちは自分の手で1つ確かめたのだから。
=========================================
【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力:D
┣ 空間認識力:D
┣ 反応速度:D
┗ G耐性/肉体:D(装具装着時:C相当)
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.2】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント:27,475 SP
┣ 残機数:3 / 3
┣ 縮小実証機:3機編隊飛行に成功
┣ ロストリンク試験:分離・自律帰還を確認
┣ 内部環境連続監視:137日
┗ 有人内部調査:夏季実施を目標に準備中/最終承認前
=========================================