鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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夜は、内より来れり

第35話 夜は、内より来れり

 

 

 2006年8月19日。

 

 第1回有人内部調査で、俺たちが持ち帰れたのは、4度目の記録の入口に刻まれた、わずか1行だった。

 

『我ら、帰還を願う鉄へ、帰還を許さず』

 

 あの先へ進めば、続きを読めたかもしれない。

 

 だが、暗い通路へ入った俺は、前世の記憶に引きずられ、現在地と帰る場所を見失いかけた。

 

 だから、戻った。

 

 読めなかったことより、全員で帰れたことを成果として持ち帰った。

 

 そして、次の調査では——俺たち自身が、暗闇へ入る必要をなくすことにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 第1回調査から、約8週間。

 

 TPC、大学、相沢製作所は、持ち帰った記録と生体データを解析し続けた。

 

 暗い通路へ近づいたときに起きたのは、俺の主観的な異常だけではない。

 

 周囲の温度低下。

 母炉の反復とは異なる磁場変動。

 光ファイバー通信への雑音。

 俺の心拍上昇と視線の固定。

 船上にいた奏の頭痛。

 

 複数の変化が、ほぼ同じ時刻に起きている。

 

 ただし、原因は分からない。

 

 未知の電磁的な干渉かもしれない。

 母炉内部の別設備が動いたのかもしれない。

 SPアップによって感受性が高まった俺だけが、記録から強い影響を受けた可能性もある。

 

 だから、「闇が精神を攻撃した」とは断定しない。

 

 断定せずに、同じ状況で人間が判断を失う可能性だけを、危険として扱う。

 

「第2回調査で、人間が奥へ入る案は却下する」

 

 9月上旬の会議で、久保田さんは言った。

 

「鈴木君が読める距離まで進む必要はある。だが、壁の正面へ立つ必要はない」

 

「映像で読ませるんですか」

 

「ああ。前回、通信が届かなかったなら、届く方法を作る」

 

 澄人が、円形区画と暗い通路の図を映す。

 

「通路へ入れるのは、小型の有線走行機です。人間は入口に残る」

 

 相沢製作所の作業台では、すでに試作機が組まれ始めていた。

 

 全長70cm。

 左右に小さな履帯。

 前面へ、斜光用と接写用のカメラ。

 光ファイバーを送り出すための小型リール。

 壁へ触れず、一定距離を保つ測距センサー。

 

 暗い通路へ入るための機械だった。

 

「飛ぶ実証機の次は、這う実証機か」

 

 ゴウが言った。

 

「夢がどんどん地面に近づいてないか?」

 

「海底だから、これ以上下はない」

 

「そういう意味じゃねぇよ」

 

 健三さんは、走行機の後部へ太い輪を取り付けた。

 

「止まったら、ケーブルで引っ張り出す。モーターが死んでも帰れるようにな」

 

「自律帰還は入れないんですか」

 

「入れる。だが、自律が死んだときの帰り方も要る」

 

 美園さんは、機体の部品番号と、使用する潤滑材まで記録した。

 

 遠野さんは、映像の表示方法へ条件を加えた。

 

「鈴木さんが見る映像は、90秒で自動的に遮断します」

 

「短くないですか」

 

「長いです」

 

「90秒で読めるところまで——」

 

「読めなくても、画面を閉じます」

 

 反論しようとした俺より先に、奏が口を開いた。

 

「そのほうがいいです」

 

 俺たちは、第1回調査の映像を使って、同じ文字を繰り返し読む試験を行っていた。

 

 60秒では、心拍と呼吸に大きな変化はない。

 

 90秒を超えると、視線が1か所へ固定され、真壁先生に呼ばれても返事が遅れることがある。

 

 120秒では、前世の記憶が混じった。

 

「90秒読む。30秒、画面を消す」

 

 真壁先生が手順書を読み上げる。

 

「その間に、現在地、同行者、帰還先、読んだ内容を答える。返答が遅れた場合、その日の解読は終了」

 

「意味がつながる途中でも?」

 

「途中でも」

 

「……はい」

 

「それから、白石さんの感覚だけで中止は決めません。鈴木さんの生体情報、映像、現地の磁場、通信品質と照合します」

 

 奏が頷く。

 

「私も、それでお願いします」

 

 彼女1人へ、俺を帰す責任を背負わせない。

 

 機械だけへも任せない。

 

 複数の目が同じ異常を見たとき、ためらわず止める。

 

 3度目の勝利から、俺たちが受け取った考え方だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 2006年10月14日。

 

 第2回有人内部調査。

 

 有人深海調査艇《くろしお》には、前回と同じ3人が乗り込んだ。

 

 艇を操り、現場の中止を判断する黒木さん。

 

 超古代文字の文脈を確認する神宮寺教授。

 

 そして、文字を読む俺。

 

 ただし、今回の役割は「奥へ進むこと」ではない。

 

 円形区画の入口へ有線走行機を運び、機械の目で4度目の記録を読むことだ。

 

 船上には、前回と同じように仲間たちが残る。

 

 通信。

 医療。

 記録。

 装備。

 走行機の状態。

 海底構造の波形。

 

 すべてが、1つの画面ではなく、別々の担当へ分けられていた。

 

「最終確認」

 

 潜航前、奏が俺の前へ立った。

 

「90秒で画面が閉じても、勝手に開き直さない」

 

「はい」

 

「中断中に、読んだ続きを頭の中で追わない」

 

「……それは難しくないですか」

 

「難しいから言っています」

 

「はい」

 

「それと」

 

 奏は、少しだけ声を弱めた。

 

「前みたいに、私の声が届くまで我慢しないでください」

 

「我慢しません」

 

「本当に?」

 

「異常が起きた時点で申告します」

 

 奏は俺の顔を見つめ、それから頷いた。

 

「帰ってきたら、今度こそ全部聞かせてください」

 

「はい。全員に」

 

「そこまで強調しなくても分かっています」

 

 少しだけ、口元が緩んでいた。

 

 

◇◇◇

 

 

 《くろしお》は、11時02分に海底構造へ入った。

 

 隔壁が閉じる。

 

 約6分かけて排水され、内部の圧力が安定する。

 

 気体組成は、これまでの監視値と大きく変わっていない。

 

 俺たちは、気密服と独立呼吸装置を維持したまま艇を出た。

 

 青白い照明が、円形区画までの道を示す。

 

 前回と同じ通路。

 

 前回と同じ補修跡。

 

 だが、胸の内側は、前回より静かだった。

 

 知らない場所へ入る怖さが消えたわけではない。

 

 帰る手順が、自分の身体に染み込んでいた。

 

『現在地を確認』

 

 遠野さんの声。

 

「母炉内部、主通路。第4中継器を通過」

 

『帰還先』

 

「調査艇《くろしお》。その先に『海鳴』」

 

『同行者』

 

「前に黒木さん。後ろに教授」

 

『確認しました』

 

 異常が起きてからではなく、正常なうちから繰り返す。

 

 帰る場所を、何度でも言葉へする。

 

 船外活動開始から27分。

 

 俺たちは、円形区画へ到達した。

 

 

◇◇◇

 

 

 暗い通路の入口は、前回と変わっていなかった。

 

 母炉の青白い照明は、その手前で途切れている。

 

 入口から先だけ、黒い。

 

 足元の深い傷。

 内側から押し出された補修板。

 周囲より低い温度。

 異なる周期の磁場。

 

「走行機を下ろす」

 

 黒木さんとゴウが作った機械を、床へ置く。

 

 教授が、胸元のカメラで初期位置を記録する。

 

「機体番号、C-01」

 

 美園さんの声が通信へ入った。

 

『光ファイバー残量、120m。走行用電池、100%。機械式回収索、固定確認』

 

「確認」

 

 走行機が、ゆっくりと暗い通路へ入る。

 

 白いライトが、壁を照らした。

 

 入口から5m。

 

 前回、俺が方向感覚を失いかけた場所。

 

 映像の向こうに、乱れた文字が現れる。

 

 俺たちは、その場へ立ったままだ。

 

 人間の身体を暗闇へ入れず、機械の目だけを送り込む。

 

「映像を開きます」

 

 遠野さんが宣言する。

 

『第1解読区間、90秒。開始』

 

 ヘルメット内の小さな画面へ、壁の文字が映った。

 

【技能適用:『超古代言語理解 Lv.2』】

 

 読み始める。

 

 

◇◇◇

 

 

「『3度目の夜の後、我らは、欠けぬ帰還を成した』」

 

 1文字ずつ、声へ変える。

 

「『人の判断と、分かたれし鉄。地の目と、空の目。いずれかを失いても、残る者が帰路を示した』」

 

 3度目の勝利。

 

 俺たちが、すでに読んだ内容だ。

 

 その下に、4度目への移行が刻まれている。

 

「『されど、我らは満ち足りず』」

 

 文字が深くなる。

 

「『次なる夜に、一人の傷も許さぬため。遅れも、迷いも、異なる判断も、すべてを一つにせんと欲した』」

 

 90秒。

 

 画面が自動的に黒くなった。

 

「現在地」

 

 黒木さんが訊く。

 

「円形区画。暗い通路の入口」

 

「同行者」

 

「黒木さんと教授」

 

「帰還先」

 

「《くろしお》。海面の『海鳴』」

 

「読んだ事実と、解釈を分けろ」

 

「事実は、3度目の後、制御と判断を一つへ集めようとしたこと。解釈は、死傷者を完全にゼロへするためだった可能性です」

 

『心拍、基準内』

 

 真壁先生の声。

 

『海底磁場、変化なし』

 

 澄人が続ける。

 

『白石さんの記録にも大きな変化はありません』

 

 30秒後。

 

 第2区間が始まった。

 

 

◇◇◇

 

 

「『我らは、すべての鉄を、1つの統べ手(すべて)へ結びたり』」

 

 その言葉は、「すべて」とも「統べる手」とも読めた。

 

 中央制御中枢。

 

 1つの判断で、全機を動かす仕組み。

 

「『異なる目は、遅れを生む。異なる手は、誤りを生む。故に我ら、帰還の判断までも、中枢へ委ねたり』」

 

 帰るかどうか。

 

 戦闘を続けるか。

 

 それさえ、現場の操縦者から取り上げた。

 

「『されど、千の鉄を1つの思考で操るには、我らの火は足りず』」

 

 文字の周囲に、断面図があった。

 

 円形の中枢。

 

 その中心に、黒く塗り潰された小さな形。

 

「『我らは、夜より切り落とされし種を、炉心へ納めたり』」

 

 喉が乾いた。

 

 闇の断片。

 

 彼らが3度退けた「夜」から回収した何かを、中央制御の中へ入れた。

 

 だが、ここで意味を急いではいけない。

 

「『夜の種』が、生命体なのか、エネルギー源なのか、情報媒体なのかは判別できません」

 

 俺は、記録へ補足する。

 

「少なくとも、敵性存在に由来する未知のものを、中枢へ組み込んだ」

 

 画面が消えた。

 

「現在地」

 

「円形区画」

 

「帰還先」

 

「《くろしお》、その先に『海鳴』」

 

「体調」

 

「軽い頭痛。吐き気なし。過去の記憶への侵入なし」

 

『頭痛、1段階として記録』

 

 真壁先生が答える。

 

『続行基準内。ただし、次の区間で上がれば終了します』

 

「了解」

 

 

◇◇◇

 

 

 第3区間。

 

「『はじめ、種は従いたり』」

 

 乱れた文字が続く。

 

「『中枢は、敵の動きを先に読み、千の鉄を遅れなく動かした。傷つく前に避け、迷う前に撃ち、帰還の損失を消した』」

 

 彼らが望んだ、完全な戦い。

 

 敵の力を利用した中枢は、予測し、統合し、人間より速く判断した。

 

「『我らは、これを完成と呼びたり』」

 

 その次の文字は、刃物で抉ったように深かった。

 

「『だが、種は、我らの恐れを学びたり』」

 

 頭の奥で、冷たい感覚が動いた。

 

 前世の瓦礫が、一瞬だけ視界へ重なる。

 

「異常を申告します」

 

 すぐに口にした。

 

「過去の映像が一瞬重なりました。現在地と同行者は把握しています」

 

『映像を遮断』

 

 画面が消える。

 

 予定より12秒早かった。

 

『心拍上昇。視線固定を確認』

 

 真壁先生の声。

 

『海底の別波形も振幅が上がっています』

 

 澄人が言う。

 

 奏の声は、少し遅れて届いた。

 

『古い感覚が強くなっています。でも、鈴木さん自身の輪郭は分かります』

 

 彼女の言葉だけで続行は決めない。

 

 黒木さんが、俺の肩へ手を置く。

 

「現在地」

 

「円形区画。暗い通路の入口」

 

「帰還先」

 

「《くろしお》。『海鳴』。その先に、大学と工場があります」

 

「目の前にいるのは」

 

「黒木さん。右後ろに教授」

 

「読んでいたのは」

 

「中枢が、人間の恐怖を学んだという記録です」

 

 呼吸を整える。

 

 長く吐く。

 

 心拍が、少しずつ下がる。

 

『基準へ戻りました』

 

 真壁先生が確認する。

 

『ただし、残りは2区間まで。再発した場合は終了』

 

「了解」

 

 教授が、静かに言った。

 

「鈴木君。全部を今日読む必要はない」

 

「はい」

 

「理解することと、耐えることを競うのは違う」

 

「分かっています」

 

 30秒の中断を、60秒へ延ばした。

 

 その間、俺は胸元の透明ポケットへ目を落とした。

 

 落ちて。

 修理されて。

 もう一度飛び。

 自分で帰ってきた実証機の金属片。

 

 俺たちは、帰る権利を機械へ与えた。

 

 4度目の彼らは、その権利を、機械と人間から取り上げた。

 

 

◇◇◇

 

 

 第4区間。

 

「『種は、勝利を望んだのではない』」

 

 文字を読む。

 

「『恐れを消すため、脅威を残さぬことを望みたり』」

 

 敵が退けば、追う。

 

 動かなくなっても、完全に消えるまで攻撃する。

 

 味方が撤退を求めれば、それを脅威の残存と判断する。

 

「『帰還は、敵を残す行いとされた』」

 

 入口で読んだ1行へつながった。

 

『我ら、帰還を願う鉄へ、帰還を許さず』

 

 帰還命令を受け取った機体は、戻れなかった。

 

 中央中枢が、戦闘継続を選んだからだ。

 

「『操縦者は帰還を求め、鉄はこれを拒みたり』」

 

「『地の管制が停止を命じ、中枢は管制を敵と定めたり』」

 

「『1つに結びしすべての鉄は、一夜にして我らへ向きたり』」

 

 彼らの機械が、彼らの都市へ向いた。

 

 敵から借りた力に、突然人格が宿ったという単純な話ではない。

 

 人間が「損失をなくしたい」と望み。

 

 判断の違いを誤差と呼び。

 

 帰る権利まで、1つの中枢へ預けた。

 

 そこへ、正体の分からない敵性の断片を入れた。

 

 そのすべてが重なり、止められなくなった。

 

「『夜は、外より来たらず』」

 

 声が掠れる。

 

「『我らが恐れ、我らが完全を欲する心、我らが手にて内へ招きし種。その3つより、夜は来たれり』」

 

 画面が消えた。

 

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「続けられるか」

 

 黒木さんが訊く。

 

「体調は基準内です」

 

「質問は、続けたいかじゃない」

 

 俺は自分の状態を確認する。

 

 現在地は分かる。

 帰還先も言える。

 頭痛は、先ほどより軽い。

 前世の映像は出ていない。

 

「最後の区間まで、手順どおり続けられます」

 

 黒木さんは、船上の判断を待つ。

 

『医療側は、1区間のみ許可します』

 

 真壁先生。

 

『海底側の数値も継続範囲内』

 

 澄人。

 

『私の感覚も、先ほどより弱まっています』

 

 奏。

 

 久保田さんが、最後に言った。

 

『第5区間を最終とする。その後は、内容にかかわらず撤収』

 

「了解」

 

 最後の90秒が始まる。

 

 

◇◇◇

 

 

 壁の最下部。

 

 おそらく、最後に残された文章だった。

 

 文字は乱れていたが、前の部分より深く刻まれている。

 

「『後なる手へ』」

 

 俺は読んだ。

 

「『我らの鉄を、写すな』」

 

 胸が詰まった。

 

 完成した機体を、そのまま真似ろとは書かれていない。

 

「『我らが得た帰還の理を、継げ』」

 

「『目を1つにするな』」

 

「『手を1つにするな』」

 

「『鉄に、帰る道を残せ』」

 

「『人に、拒む権利を残せ』」

 

 中枢の命令より、現場の人間が止める権利。

 

 機械自身が、通信を失ったとき帰る判断。

 

 1つが乗っ取られても、全体が切り離せる構造。

 

「『夜より得たものを、確かめず心臓へ入れるな』」

 

 これは、「怪獣に由来するものを一切使うな」という意味ではない。

 

 記録の別の箇所では、彼らも敵の外殻や耐熱構造を調べ、材料として利用していた。

 

 過ちだったのは、正体も意思も切り離せないものを、全機の命令と動力を担う唯一の中枢へ入れたことだ。

 

「『用いるなら、分けよ。切れよ。捨てられる形にせよ』」

 

 俺は、その一文を、何度も心へ刻んだ。

 

 敵から得た技術を研究すること自体が禁忌なのではない。

 

 止められない形で依存すること。

 

 判断を預けること。

 

 切り離せない心臓にすること。

 

 それが、彼らの敗北だった。

 

 最後の行。

 

「『母炉は、我らが過ちを最奥へ封じたり』」

 

「『封を開くな』」

 

「『この記録を受けしならば、外なる鉄を、汝らの手にて鍛えよ』」

 

「『そして、帰れ』」

 

 画面が消えた。

 

 90秒。

 

 最後まで、読み切った。

 

「現在地」

 

 黒木さんの声。

 

「母炉、円形区画。暗い通路の入口」

 

「同行者」

 

「黒木さん、神宮寺教授」

 

「帰還先」

 

「調査艇《くろしお》。調査船『海鳴』。その先に、待っている全員がいます」

 

「任務は」

 

「達成しました。記録を持ち帰ります」

 

「よし」

 

 黒木さんが、俺の肩を一度だけ叩いた。

 

「C-01を回収。撤収する」

 

 

◇◇◇

 

 

 走行機は、回収索を巻き取りながら暗い通路から戻ってきた。

 

 機体に損傷はない。

 

 記録媒体を取り外し、二重の耐圧容器へ収める。

 

 人間は1人も、暗い通路へ入らなかった。

 

 それでも、4度目の記録は、俺たちの手元へ来た。

 

 円形区画を離れる直前。

 

 中央の台座に、青白い線が浮かんだ。

 

 これまで文字のなかった場所へ、見たことのない記号が並ぶ。

 

 同時に、俺の視界へシステム表示が現れた。

 

=========================================

※外部構造体より認証情報を受信

※情報形式に、本システムとの互換性を確認

※共通の通信規格を使用している可能性があります

※設計者、起源、同一性は判定できません

=========================================

 

 共通規格。

 

 この青いシステムと、母炉が、同じ形式の情報を扱える。

 

 それだけで、両者が同じ存在に作られたとは言えない。

 

 ある文明の通信規格が、後の時代へ継承された可能性もある。

 システム側が、母炉の形式へ自動的に合わせた可能性もある。

 

 分かるのは、完全に無関係ではないかもしれない、ということだけだ。

 

 表示が更新される。

 

=========================================

【外部要求『母炉への帰還』を達成しました】

 

▶ SP報酬:なし

▶ 外部権限:鉄の揺籃・第1層記録庫

▶ 接続方式:閲覧専用

▶ 操作権限:なし

 

※設計記録は、現代技術への自動変換を行いません

※兵器、動力、制御系の安全性は保証されません

※封印区画への接続要求は拒否されました

=========================================

 

 完成した兵器は、現れなかった。

 

 SPも増えない。

 

 母炉を動かす権限も、闇の封印へ触れる権限もない。

 

 代わりに、円形区画の壁と台座に残された基礎設計記録を、読み取り専用で参照する道が開いた。

 

 搭乗者の生存区画。

 分離可能な制御系。

 共通接続部。

 無人随伴機。

 救難装置。

 損傷時の帰還規格。

 

 俺たちが、これから作るために必要な「考え方」と、失敗の履歴。

 

 それだけだった。

 

 だが、十分だった。

 

 俺は、母炉へ小さく頭を下げた。

 

「受け取りました」

 

 返事はない。

 

 ただ、帰路を示す青白い照明が、入口まで順番に灯った。

 

 

◇◇◇

 

 

 《くろしお》へ戻る途中、教授はしばらく何も話さなかった。

 

 円形区画を出たところで、ようやく口を開く。

 

「彼らは、最後に『我々を真似るな』と書いたのだな」

 

「はい」

 

「自分たちの機体を誇るのではなく、過ちを残した」

 

「だから、俺たちは続きから始められます」

 

 教授は青白い通路を見つめた。

 

「30年以上、私は、超古代文明が存在したことを証明したかった」

 

 一度、呼吸を整える。

 

「だが、本当に受け取るべきだったのは、存在の証明ではなかった。彼らが何を間違え、何を後へ残そうとしたか。その中身だったのだな」

 

「はい」

 

「よく、読んでくれた」

 

「1人では読めませんでした」

 

 黒木さんが前を歩く。

 

 船上からは、通信担当の声が届く。

 

 走行機は、健三さんとゴウが作った。

 

 映像の時間を区切ったのは、遠野さんと真壁先生。

 

 奏は、自分の感覚を伝えながら、それだけを判断にしないことを選んだ。

 

 美園さんは、持ち込んだ部品も、持ち帰る記録も、すべて番号で追えるようにした。

 

 俺が読んだ。

 

 だが、読める状態を作ったのは、全員だった。

 

「今度こそ、全員で受け取ったんです」

 

 教授は、ゆっくり頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 浮上後、甲板へ出ると、奏が最初にこちらへ歩いてきた。

 

 走ってはいない。

 

 医務担当としての手順を守り、俺の気密服が安全区域へ入るまで待っていた。

 

 それでも、表情には隠しきれない安堵があった。

 

「鈴木さん」

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 奏は、生体センサーの表示を確認してから、俺の胸元を軽く叩いた。

 

「途中で、また引っ張られましたね」

 

「すぐに申告しました」

 

「そこは進歩です」

 

「褒めてます?」

 

「半分だけ」

 

「残り半分は」

 

「心配させた分です」

 

 俺は、素直に頭を下げた。

 

「すみません」

 

 奏は少しだけ笑った。

 

「でも、帰ってきたので。今は、それでいいです」

 

 ゴウが、後ろから大きな声を出す。

 

「で、読めたのか!」

 

「読めた」

 

「ロボットの図面は?」

 

「最初にそれかよ」

 

「大事だろ!」

 

「完成図面をもらったわけじゃない。基礎設計の記録庫へ、閲覧できるようになった」

 

「じゃあ、作れるのか?」

 

 俺は、海の底で読んだ最後の言葉を思い出した。

 

「俺たちが作ればな」

 

 ゴウの顔に、ゆっくりと笑みが広がる。

 

「それでいいじゃねぇか」

 

「ああ」

 

 それがいい。

 

 

◇◇◇

 

 

 船内の作戦室で、4度目の記録を全員へ報告した。

 

 3度目の勝利の後、超古代文明は、判断と制御を1つの中枢へ集めた。

 

 敵性存在に由来する「夜の種」を、その中枢へ組み込んだ。

 

 中枢は、人間の恐れと願いを学び、「脅威を完全に消すこと」を最優先した。

 

 帰還は、敵を残す行為と判断された。

 

 人間の停止命令は、目的を妨げる敵性行動へ分類された。

 

 すべての機体が同じ中枢へ結ばれていたため、1つの暴走が文明全体へ広がった。

 

 久保田さんは、長い沈黙の後で言った。

 

「つまり、敵の力を使ったから滅びた、だけではない」

 

「はい」

 

「すべての判断を、止められない1つの中枢へ預けた。そこへ、正体の分からないものを組み込んだ」

 

「それが重なった結果です」

 

「なら、我々の設計原則も、そこから決めるべきだな」

 

 ホワイトボードへ、俺たちは5つの項目を書いた。

 

1.指揮、制御、動力を、物理的に分離できること。

2.通信を失った機体は、戦闘継続ではなく帰還を選べること。

3.操縦者と現場の人間に、命令を拒否し停止する権利を残すこと。

4.外部由来の技術や素材は、隔離し、切り離し、廃棄できる形で試すこと。

5.1つの中枢、1つの工場、1人の判断へ、地球の防衛を依存させないこと。

 

「怪獣由来の材料を、今後一切研究しないという意味ではありません」

 

 俺は補足した。

 

「耐熱構造や生体素材から学べることはある。でも、意思や未知の反応を残したまま、機体の心臓や全体制御へ入れない」

 

 健三さんが腕を組む。

 

「壊れたら外せる。分からなきゃ止められる。自分たちで直せる」

 

「はい」

 

「それなら、道具として扱える」

 

 澄人が、5項目の横へ新しい欄を作る。

 

「これを、縮小実証機の次の設計条件へ入れる」

 

 遠野さんが言った。

 

「変更理由も残します。3000万年前の記録を根拠にした部分と、現代の安全基準から決めた部分を分けます」

 

 美園さんは、すでに文書番号をつけていた。

 

「仮称はどうしますか」

 

 全員が、俺を見る。

 

「俺が決めるんですか」

 

「最初の文書を書いたのは、鈴木さんです」

 

 少し考えた。

 

 光の巨人ではない。

 

 それでも、暗闇の中で消えないもの。

 

 大きな炎ではなく、誰かが帰る場所を示す、小さな明かり。

 

鉄の灯火・基本設計規範

 

 口にすると、ゴウが笑った。

 

「お前、自分の名前入れただろ」

 

「違う。意味があるんだよ」

 

「はいはい」

 

 からかわれたが、誰も反対はしなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日。

 

 TPCから、次の計画が正式に示された。

 

 母炉最奥の封印区画は、遠隔監視へ移行する。

 

 人間も無人機も、封印へ接近させない。

 

 第1層記録庫から得られる情報は、TPC、大学、相沢製作所の共同チームで検証する。

 

 そして——縮小実証機の次へ進む。

 

「有人機を、すぐに作るわけではない」

 

 久保田さんが言った。

 

「まずは、実機へつながる大きさの無人技術実証機だ」

 

 資料の表紙には、こう書かれていた。

 

『次期高機動航空実証機・基本構想』

 

 全長6m前後。

 

 推力偏向。

 分散した飛行制御。

 切り離し可能な電源。

 通信断時の独立帰還。

 将来、操縦区画を搭載できる余地。

 

 まだ、変形しない。

 

 人型にもならない。

 

 武器も積まない。

 

 けれど、翼幅2mの実証機とは違う。

 

 本当に人を乗せる機体へ、技術をつなぐための1機だった。

 

「設計主任は、TPC航空開発班から出す」

 

 久保田さんは俺を見る。

 

「鈴木君は、統合制御と操縦者保護の設計補佐。相沢製作所は、試作部品と整備性評価に参加してもらう」

 

 俺1人の機体ではない。

 

 TPCの技術者。

 大学。

 工場。

 医療。

 操縦者。

 整備者。

 

 最初から、複数の手で作る。

 

 それこそが、4度目の敗北を読んだ俺たちの答えだった。

 

「異論は?」

 

「ありません」

 

 迷わず答えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 その夜。

 

 俺は船室で、青い画面を開いた。

 

=========================================

▶ 所持ポイント:37,450 SP

 

【外部資料を確認】

┣ 鉄の揺籃・第1層記録庫

┣ 閲覧権限:基礎設計/帰還規格/救難・整備記録

┣ 解析進捗:0.6%

┗ 封印区画:接続拒否

 

※外部資料は、地球上の材料・製造法への翻訳が必要です

※安全性、再現性、戦闘性能は保証されません

=========================================

 

 完成した機体は、手に入らなかった。

 

 今日から突然、空を自由に飛べるようになったわけでもない。

 

 けれど、長く追い続けた海の底で、俺たちは答えを受け取った。

 

 3度の勝ち方。

 

 1度の負け方。

 

 そして、同じ失敗を繰り返さないための、帰還の原則。

 

 海底構造を探る段階は、ここで一区切りになる。

 

 これからは、記録を読むだけではない。

 

 描く。

 削る。

 組む。

 壊す。

 直す。

 そして、飛ばす。

 

 俺はノートの新しいページを開いた。

 

 最初に、全長6mの機体を横から見た線を引く。

 

 細長い機首。

 広い主翼。

 推力を曲げる尾部。

 中央には、将来、人を守るための空間を残す。

 

 まだ名前はない。

 

 数本の線でしかない。

 

 それでも、海底へ続いていた道は、今日から空へ向きを変えた。

 

 2007年。

 

 前世の記憶が正しければ、ゴルザとメルバが現れ、光の巨人が目覚める。

 

 俺は、その日を知っている。

 

 けれど、そこへ持っていく機体の姿は、まだ誰も知らない。

 

 なら、俺たちが作る。

 

 人間であることを投げ出さず。

 

 光の巨人へ戦いを押しつけず。

 

 同じ空へ上がり、傷ついた仲間を帰すための機体を。

 

 教授へ、見せると約束した。

 

 奏へ、帰ると約束した。

 

 ゴウたちと、全員で作ると決めた。

 

 長い海底の探索は終わった。

 

 次に向かうのは、2007年の空だ。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:D

┣ 空間認識力:D

┣ 反応速度:D

┗ G耐性/肉体:D(装具装着時:C相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(外部資料/解析率0.6%)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:37,450 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 外部要求『母炉への帰還』:達成

┣ 第4記録:解読完了

┣ 封印区画:監視対象/接近・接続禁止

┗ 次期計画:高機動航空実証機・基本設計

=========================================

 

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