鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

37 / 42
初号機

第36話 初号機

 

 

 2006年10月20日。

 

 海底構造から4度目の記録を持ち帰って、6日が過ぎた。

 

 TPC都内技術棟の会議室には、航空開発班、構造班、推進班、医療担当、大学と相沢製作所の関係者が集められていた。

 

 スクリーンへ映されているのは、翼幅2mの縮小実証機が3機で飛ぶ映像だった。

 

 先頭の1機を、2機が追う。

 

 通信が切れた瞬間、随伴機は編隊を解き、それぞれ異なる経路から帰還する。

 

「縮小実証機による編隊飛行、ロストリンク時の分離、自律帰還。予定していた項目は成立した」

 

 久保田さんが資料を閉じた。

 

「海底構造から得た第1層設計記録についても、閲覧可能な範囲の検証を始めている」

 

 次の資料がスクリーンへ表示される。

 

『次期高機動航空実証計画——コード《白鷺》』

 

 細長い機首。

 後退角を持つ主翼。

 機体後部に置かれた推進器。

 翼と尾部の一部には、飛行状態に応じて角度を変える可動機構が描かれている。

 

 人型ではない。

 

 変形もしない。

 

 武器も積んでいない。

 

 それでも、縮小実証機の延長ではなかった。

 

 実物大の航空機だった。

 

「《白鷺》の最終構想は、有人中核機と無人随伴機による混成編隊だ」

 

 久保田さんが説明を続ける。

 

「ただし、最初から人を乗せることは認めない」

 

 俺の胸が、わずかに沈む。

 

「まず作るのは、《白鷺》技術実証初号機。推力偏向、分散制御、通信断時の独立帰還、可動部の荷重変化を、実機規模で確認する」

 

 概念図が切り替わる。

 

 初号機の全長は約6.4m。

 翼幅は約5.2m。

 目標重量は1.8t以下。

 

 機首部分は交換式になっている。

 

 初期試験では、操縦装置と記録機器を収める無人モジュール。

 

 十分な飛行記録を得た後に、同じ重量と接続規格で有人操縦区画へ置き換える。

 

「つまり、人が乗れる機体を目指す。でも、飛べるかどうかも分からない段階で人は乗せない」

 

 久保田さんが、俺を見る。

 

「異論は?」

 

「ありません」

 

 すぐに答えられた。

 

 以前の俺なら、最初から自分が乗ると言ったかもしれない。

 

 けれど、翼幅2mの機体でさえ、最初の試験では墜落した。

 

 落ちる理由を知らない機体へ、人を乗せてはいけない。

 

「もう1つ、鈴木君」

 

「はい」

 

「君の卒業後の身分について、正式な手続きへ入る」

 

 一瞬、話の意味が分からなかった。

 

「卒業見込みを条件に、TPC技術職として採用内定を出す。配属予定は、航空開発部門。主担当ではなく、制御・操縦者保護・外部記録の技術翻訳を担当する設計補佐だ」

 

 就職。

 

 同期たちが、説明会と面接を重ねて手に入れようとしていた進路。

 

 俺は一般の就職活動をしていない。

 

 それでも、何もせずに与えられたわけではなかった。

 

 黒岩へ行った。

 樽内へ潜った。

 鳴瀬で失敗した。

 工場で削り、遠心加速度装置で意識を失い、海底から記録を持ち帰った。

 

 その一つ一つを見た人たちが、ここで働けと言ってくれている。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼は、飛ばしてからにしろ」

 

 久保田さんは、ほんの少しだけ笑った。

 

「その前に、卒業もしろ。TPCへ来る人間が留年した、では困る」

 

「そこは教授にも言われています」

 

 後方に座っていた教授が、大きく頷いた。

 

「私は何度も言っているよ」

 

「聞いてはいます」

 

「実行しなさい」

 

 

◇◇◇

 

 

 その夜。

 

 アパートへ戻った俺は、青い画面を開いた。

 

=========================================

▶ 所持ポイント:37,900 SP

 

▼[AVAILABLE KNOWLEDGE]

┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】6,000 SP

┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】8,000 SP

┗【熱核タービン(小型)】8,000 SP

 

※【熱核タービン(小型)】の実装には、対応する動力源、耐熱材料、製造設備が必要です

※現時点の地球技術による再現成功率を算出できません

※取得されるものは知識であり、完成部品ではありません

=========================================

 

 熱核タービン。

 

 名前を見ただけで、指が止まった。

 

 マクロスの機体を支える心臓。

 

 俺が子どもの頃から夢見てきた、常識外れの推力を生む動力。

 

 8,000 SPを払えば、理論へ触れられる。

 

 けれど、表示されている警告は明確だった。

 

 知識を得ても、この星には対応する動力源も、材料も、工場もない。

 

 超古代の記録にも書かれていた。

 

『我らの鉄を、写すな』

 

 完成形だけを見て、足元を飛ばしてはいけない。

 

 今、必要なのは、存在しない心臓ではない。

 

 TPCが用意できる推進器を、機体へ安全に載せる方法。

 

 飛行状態で荷重が変わっても、折れず、壊れ方を予測できる骨格。

 

 熱を一か所へ集めず、異常な部分を切り離せる仕組み。

 

 俺は、2つを選んだ。

 

「【可変荷重フレーム設計(基礎)】と、【高出力推進・熱管理統合(基礎)】を取得する」

 

【6,000 SPを消費しました】

【『可変荷重フレーム設計(基礎)』を取得しました】

 

【8,000 SPを消費しました】

【『高出力推進・熱管理統合(基礎)』を取得しました】

 

【所持ポイント:23,900 SP】

 

 頭の中へ、設計の考え方が流れ込む。

 

 翼の角度が変わったとき、荷重がどこを通るのか。

 

 推進器、電力変換器、可動部、制御基板から生まれる熱を、どの順番で運び、どこで捨てるのか。

 

 異常が起きた系統を切り離し、残りを生かすには、どこへ弁を置くのか。

 

 マクロス初代・統合技術パックを得たときのような、知識の洪水ではなかった。

 

 今の俺が理解できる大きさへ整理されている。

 

 それでも、図面が自動的に完成するわけではない。

 

 理想的な熱交換器の材料は、地球で製造できない。

 

 可変骨格の一部は、現在の加工精度では寿命が足りない。

 

 知識は、答えではなかった。

 

 今の技術で、どこまでなら近づけるかを判断するための地図だった。

 

「……ここからは、俺たちの仕事だ」

 

 ノートを開き、最初の荷重経路を描き始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 《白鷺》の設計は、1人の机では進まなかった。

 

 航空開発班が、全体構成と飛行試験計画を決める。

 

 構造班は、主翼と胴体の荷重を計算する。

 

 推進班は、TPCが試作していた小型高出力タービンを、航空機用へ改修する。

 

 俺は、可動部を動かしたときの荷重変化、推力偏向制御、操縦者保護を設計へ落とす。

 

 澄人は、縮小実証機で使った分散制御を実機用へ組み直した。

 

 遠野さんは、要求仕様と試験項目をつなぎ、「何を確認できれば次へ進めるのか」を文書へする。

 

 真壁先生と奏は、将来搭載する操縦区画の生体監視、警告、操作負荷を担当した。

 

 ゴウと健三さんは、可動部の試作品と、組み立てに使う治具を作る。

 

 美園さんは、部品番号、設計変更、材料証明、交換時期を一つの記録へまとめた。

 

 教授は、海底記録の中から、整備や帰還に関する記述を探し、現代の設計へ使える部分と、意味が確定していない部分を分ける。

 

 誰か1人が、全部を理解しているわけではない。

 

 それでいい。

 

 むしろ、1人しか理解できない機体にはしない。

 

「この主翼、角度を変える必要が本当にあるのか?」

 

 11月上旬の設計審査で、航空開発班の技官が訊いた。

 

「固定翼なら、構造は軽くできる。故障箇所も減る」

 

「初号機では、飛行中に大きく変える必要はありません」

 

 俺は図面を切り替えた。

 

「離着陸と高速飛行で、2段階だけ角度を変えます。将来の変形機構を試すためではなく、低速時の揚力と、高速時の抵抗を両立させるためです」

 

「動かなかった場合は?」

 

「安全側の角度で機械的に固定します。可動部の制御が失われても、翼そのものが外れる構造にはしない」

 

「推力偏向が止まったら?」

 

「通常の舵だけで帰還できる範囲に、使用条件を制限します」

 

 高い機動性は欲しい。

 

 けれど、新しい機構が止まった瞬間に墜落する設計にはしない。

 

 超古代の記録から得たものは、性能の上限だけではなかった。

 

 故障しても帰るための考え方こそ、最初に入れる。

 

 

◇◇◇

 

 

 相沢製作所が担当したのは、主翼可動部の治具、配管支持具、整備用の点検口だった。

 

「こんな小さい部品を、TPCで作れないんですか」

 

 ゴウが、手のひらほどの金具を持ち上げる。

 

「作れる」

 

 健三さんが答えた。

 

「だが、作れることと、使いやすいことは別だ」

 

 金具は、機体内部の冷却配管を固定するためのものだった。

 

 図面どおりに作れば、取り付けられる。

 

 けれど、工具を入れる角度が悪く、整備員が手探りで作業することになる。

 

「ここを2cmずらす」

 

 健三さんが図面へ線を引く。

 

「そうすれば、点検口からボルトが見える。外す時間が半分になる」

 

「荷重への影響は?」

 

「構造班に確認する。勝手には動かさん」

 

 経験だけで図面を変えるのではない。

 

 現場で気づいた問題を、計算する人へ返す。

 

 構造班が確認し、遠野さんが変更理由を記録し、美園さんが旧部品を使用禁止へ切り替える。

 

 地味な往復を重ねるたび、《白鷺》は、壊れたときに直せる機体へ近づいていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 操縦区画は、初号機へすぐ搭載しない。

 

 それでも、機首と同じ大きさの地上試験用モックアップが作られた。

 

 将来、人を乗せるなら、機体が完成してから席を押し込むわけにはいかない。

 

 脱出経路。

 視界。

 操作レバーまでの距離。

 警告表示。

 呼吸。

 高Gで腕が重くなった状態でも操作できるか。

 

 人間を中心に、最初から空間を決める必要がある。

 

「座ってください」

 

 奏に言われ、俺はモックアップの操縦席へ身体を収めた。

 

 背中と腰が、座席に固定される。

 

 目の前には、まだ映像しか出ない計器盤。

 

 左右へ操縦桿と緊急停止レバー。

 

 子どもの頃、プラモデルの小さな操縦席へ想像の自分を座らせた。

 

 前世では、結局、作る側にも乗る側にもなれなかった。

 

 今、俺の身体に合わせて作られた席がある。

 

 視界が熱で滲みかけた。

 

「鈴木さん」

 

「はい」

 

「右手を、緊急停止レバーへ」

 

 感傷へ浸る時間はなかった。

 

 腕を伸ばす。

 

「届きます」

 

「通常姿勢では、です」

 

 奏が、座席の傾斜を変える。

 

 外骨格の訓練用負荷が腕へかかり、右手が急に重くなる。

 

「もう一度」

 

 指先はレバーへ届いたが、握り切れない。

 

「この位置では駄目です」

 

 奏は迷わず言った。

 

「レバーを4cm手前へ。握る方式ではなく、掌で押せる形にしてください」

 

「4cm動かすと、計器盤と干渉します」

 

 澄人が図面を確認する。

 

「なら、計器を動かします」

 

「表示の優先順位を変える必要がある」

 

 遠野さんが、変更項目を追加した。

 

 俺が操縦席へ座った感動は、4cmの修正へ変わった。

 

 でも、それでいい。

 

 ここは夢を見るための箱ではない。

 

 異常が起きたとき、俺を帰す場所だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 11月27日。

 

 基本設計が凍結された。

 

 すべてが完成したという意味ではない。

 

 初号機を製造し、地上試験へ進めるだけの条件が揃ったということだ。

 

 機体内部の制御系は、3つに分けられた。

 

 通常飛行を担当する主制御。

 

 主制御を監視し、異常時に最低限の姿勢を保つ副制御。

 

 2つの判断が一致しない場合、戦闘や試験を継続せず、帰還経路へ移る独立帰還制御。

 

 電源も、主系統と帰還系統を分離した。

 

 推進器が止まっても、帰還用の制御と位置発信器だけは一定時間動く。

 

 1つの故障で、すべてを失わない。

 

 海底の壁に刻まれていた言葉が、配線と遮断器の配置へ変わっていく。

 

 

◇◇◇

 

 

 2007年1月8日。

 

 《白鷺》技術実証初号機は、TPC試験格納庫から姿を現した。

 

 塗装は、まだ下地の白だけ。

 

 全長6.4m。

 翼幅5.2m。

 機首には無人試験用の制御モジュール。

 後部には、TPC製の小型高出力タービン。

 排気口の周囲には、上下左右へ角度を変えられる推力偏向機構。

 

 人型でも、巨大ロボットでもない。

 

 細身の、白い航空機だった。

 

 それでも、翼幅2mの実証機を見たときとは、まるで違う。

 

 機体の下へ立つと、翼の影が身体を覆う。

 

「……でかくなったな」

 

 ゴウが見上げる。

 

「3倍くらいです」

 

 美園さんが即座に訂正した。

 

「感想に数字で返すなよ」

 

「全長は約4.6倍です」

 

「増やすな」

 

 健三さんが、主翼可動部の点検口を開く。

 

「見とけ。外からじゃ分からんが、中はまだ試作品だらけだ」

 

 配管。

 配線。

 仮の計測器。

 交換しやすいよう、色と番号で分けられた接続部。

 

 完成したように見えても、これは飛ぶための答えではない。

 

 どこで壊れるかを確かめる、最初の問いだった。

 

 有人用モックアップと同じ形の機首区画へ、試験のために乗り込む。

 

 エンジンへは接続されていない。

 

 操縦桿を動かすと、格納庫の外に置かれた主翼と推力偏向板が、わずかに動いた。

 

 機械が、俺の手へ応える。

 

 実際の飛行ではない。

 

 それでも、胸の奥が震えた。

 

「灯」

 

 通信機からゴウの声が届く。

 

『泣いてないだろうな』

 

「まだ泣いてない」

 

『まだ、かよ』

 

 笑い声が通信へ混じる。

 

 俺は操縦席から、機体の白い機首越しに格納庫の外を見た。

 

 ここから先は、空へ続いている。

 

 

◇◇◇

 

 

 1月15日。

 

 初号機の高出力地上試験が行われた。

 

 人は乗せない。

 

 機体は試験台へ固定され、周囲には耐熱壁と消火設備が置かれている。

 

 俺たちは、離れた管制室から機体を監視した。

 

 推進器の初始動そのものは、前日までに低出力で確認している。

 

 今日は、出力を段階的に上げ、推力偏向機構と熱管理系が設計どおり働くかを試す。

 

「主電源、投入」

 

「主制御、副制御、帰還制御。相互監視、正常」

 

「冷却系統A、B、C。流量、基準内」

 

「消火設備、待機」

 

 遠野さんが、試験項目を1つずつ読み上げる。

 

 美園さんは、交換可能な部品と使用時間を記録していた。

 

 奏と真壁先生は、今回は人間の生体情報ではなく、将来の操縦区画へ伝える警告の順序を確認する。

 

「推進器、始動」

 

 管制室の厚い窓の向こうで、《白鷺》の後部が震えた。

 

 低い音が地面を伝わる。

 

 20%。

 

 異常なし。

 

 40%。

 

 主翼の可動部と推力偏向板を小さく動かす。

 

 応答は正常。

 

 60%。

 

 推進器後部の温度が上がる。

 

 冷却系統A、B、Cが、熱をそれぞれの熱交換器へ運ぶ。

 

「70%へ」

 

 推力が増す。

 

 機体を固定する試験台が、低く唸った。

 

 俺の設計した機体が、飛ぼうとしている。

 

 まだ空へ出していないだけで、その力は確かにそこにあった。

 

「冷却系統B、流量低下」

 

 澄人の声が変わった。

 

「何%?」

 

「基準から8%低下。温度は——上がってる」

 

 画面上で、中央系統の温度だけが、AとCから離れ始めた。

 

「出力維持。原因確認に10秒」

 

 推進班の技官が言う。

 

「中止基準まで、あと——」

 

「系統B、圧力変動」

 

 遠野さんが警報を読み上げる。

 

「自動中止条件に到達」

 

 副制御が先に判断した。

 

 推進器の出力指令が切れる。

 

 主燃料弁が閉じ、推力が落ち始める。

 

 その直後。

 

ドンッ——!

 

 試験場へ、鈍い音が響いた。

 

 機体後部の圧力逃がし板が開き、白い蒸気と油煙が噴き出す。

 

「消火設備、作動!」

 

 泡ではなく、不活性ガスが機体後部を覆う。

 

 炎は見えない。

 

 それでも、温度警報は続いている。

 

「系統B、切り離し」

 

「A、Cは維持。帰還制御の電源、正常」

 

 主推進器は停止した。

 

 機体の制御系と記録装置は、生きている。

 

「全員、現場へ近づくな」

 

 久保田さんが命じた。

 

「温度が下がるまで待つ。消火班も、遠隔確認を優先」

 

 目の前で、自分たちの機体から煙が出ている。

 

 駆け寄りたい。

 

 何が壊れたのか、今すぐ見たい。

 

 だが、決めた手順を破れば、二次事故を起こす。

 

 俺たちは、画面の数値が下がるまで、管制室に残った。

 

 

◇◇◇

 

 

 2時間後。

 

 安全確認を終えた初号機の後部が開かれた。

 

 壊れていたのは、推進器そのものではなかった。

 

 3つの冷却系統へ流体を分ける共通の分配器。

 

 内部の弁が熱で変形し、中央のB系統だけ流量が減った。

 

 流れが少なくなった部分で冷却液が気化し、圧力が急上昇。

 

 圧力逃がし板が開き、配管の一部を守った。

 

「定常状態の計算では、流量は揃っていました」

 

 俺は、ログを見つめた。

 

「でも、60%から70%へ上げた瞬間だけ、3系統の圧力差が大きくなっている」

 

「過渡状態を甘く見た」

 

 推進班の技官が言った。

 

「弁の開き方が同じでも、配管の長さと曲がりが違う。温度で粘度が変わった瞬間、Bへ流れなくなった」

 

 健三さんが、焼けた分配器を裏返す。

 

「入口は1本。途中で3つに分けてる」

 

「はい」

 

「これじゃ、入口の具合が悪けりゃ、3つとも死ぬ」

 

「今回はBだけでした」

 

「今回は、だ」

 

 健三さんは、機体内部の配管へ視線を移した。

 

「最初から3本に分けろ。ポンプも弁も別にする。1本が詰まっても、残りへ熱を押しつけるな。壊れた系統は、閉じて捨てられるようにしろ」

 

 海底で得た設計原則と同じだった。

 

 分ける。

 切る。

 残りを生かす。

 

「ただ、3系統を完全に独立させれば、重量が増えます」

 

 構造班が言う。

 

「約30kg」

 

「軽くする場所は、ほかで探します」

 

 俺は答えた。

 

「冷却が1つ死んだだけで、全推進を失う機体にはできません」

 

 美園さんが、使用した弁の製造記録を確認する。

 

「同じロットの弁が、予備を含めて6個あります。すべて使用停止にします」

 

「原因が設計なら、ロットは関係ない可能性もある」

 

「それでも、確認が終わるまで戻しません」

 

 遠野さんは、試験結果へ「失敗」とだけ書かなかった。

 

 自動停止が作動した。

 帰還制御の電源は維持された。

 圧力逃がし板が、推進器本体の損傷を防いだ。

 人を乗せない段階で、冷却系の弱点を発見した。

 

 成立した項目と、成立しなかった項目を分けて残す。

 

 壊れたから、すべてが無駄になったわけではない。

 

 

◇◇◇

 

 

 夜。

 

 静かになった格納庫で、俺は初号機を見上げていた。

 

 白い機体の後部は開かれ、冷却配管がむき出しになっている。

 

 飛ばなかった。

 

 初めての高出力試験で、停止した。

 

 それでも、黒く焼け落ちた機体ではない。

 

 異常を検知し、自分で出力を止め、壊れる場所を限定した。

 

「まだいたのか」

 

 健三さんが、後ろから声をかける。

 

「少しだけ」

 

「落ち込んでるか」

 

「……少し」

 

「飛ばなかったから?」

 

「それもあります。でも、知識を買って、TPCの技術者もいて、何度も計算したのに。それでも、こんな基本的なところで止まった」

 

 健三さんは、むき出しの配管を見上げた。

 

「基本的なところだから止まるんだよ」

 

「え?」

 

「すげぇ理屈が間違ってりゃ、最初から動かねぇ。動くところまで来たから、配管の曲がりや弁の膨らみが問題になる」

 

 焼けた分配器を軽く叩く。

 

「それに、こいつは仕事をした」

 

「仕事?」

 

「圧力を外へ逃がした。推進器を守った。お前を乗せる前に、弱い場所を見せた」

 

 健三さんは、初号機の白い翼へ目を向ける。

 

「地上で止まったのは、運がよかった。飛んでから同じことが起きれば、帰還制御が生きていても推力が足りなかったかもしれん」

 

 壊れてよかった、とは言わなかった。

 

 失敗は失敗だ。

 

 でも、人を乗せる前に失敗できたことには意味がある。

 

「直します」

 

「ああ」

 

「入口から3系統に分ける。独立したポンプ。異常系統は遮断して、残りへ影響させない。地上試験では、飛行中の空気がない状態専用の補助冷却も入れる」

 

「点検口も広げろ。今のままだと、中央の弁を外すのに半日かかる」

 

「構造班に確認します」

 

「それでいい」

 

 俺はノートを開いた。

 

『《白鷺》初号機・冷却系改修』

 

 その下へ、最初の線を引く。

 

 力を手に入れれば、すぐに空を飛べると思っていた時期がある。

 

 けれど、大きな力を支えるのは、細い配管、弁、ボルト、センサー、点検口。

 

 誰かが図面を描き。

 誰かが削り。

 誰かが記録し。

 誰かが危険を見つけ。

 誰かが停止を命じる。

 

 チートじみた知識があっても、それだけでは飛ばない。

 

 だからこそ、俺たちが作る意味がある。

 

 初号機は、まだ飛べなかった。

 

 だが、実機規模の推進器を動かし、可動部を制御し、自分の異常を検知して停止した。

 

 翼幅2mの1機目から、ここまで来た。

 

 次は冷却系を直す。

 

 その次は地上滑走。

 

 そして、無人での初飛行。

 

 段階を飛ばさない。

 

 ただし、歩みは止めない。

 

 2007年。

 

 前世の記憶どおりなら、今年、この空へゴルザとメルバが現れる。

 

 まだ、ティガとは出会っていない。

 

 それでも、光の巨人と並ぶための最初の機体は、すでに俺たちの格納庫に立っていた。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:D

┣ 空間認識力:D

┣ 反応速度:D

┗ G耐性/肉体:D(装具装着時:C相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(外部資料/解析率0.9%)

┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】(NEW)

┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】(NEW)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:30,425 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 進路:TPC技術職・採用内定(卒業見込み)

┣ 開発機:《白鷺》技術実証初号機

┣ 地上高出力試験:自動停止/推進器本体を保全

┣ 課題:冷却3系統の完全分離・過渡状態の再検証

┗ 次段階:改修後の地上滑走/無人初飛行

=========================================

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。