鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

38 / 39
季節は巡り、灯たちの大学生活も終わりを迎えます。
そして《白鷺》もまた、地上から空へ。

どうぞお楽しみください!


白鷺班

第37話 白鷺班

 

 

 2007年3月5日。

 

 《白鷺》技術実証初号機の冷却系を作り直すのに、7週間かかった。

 

 図面を引き直すだけなら、3日で終わった。

 

 だが、入口から3系統へ完全に分けた配管は、今までより長く、重く、複雑になる。

 

 曲げ半径が足りず、治具を作り直したのが2回。

 独立ポンプの納期が遅れたのが1回。

 完成した点検口から工具が入らず、健三さんとTPCの構造班が言い争ったのが1回。

 

「開くんだから、入るだろ」

 

「手は入ります。工具を回せません」

 

 美園さんが、点検口へ腕を差し込んだまま淡々と言った。

 

「この角度では、中央ポンプの固定ボルトを外すのに、周辺配管の撤去が必要です。交換時間は推定6時間40分」

 

「飛行機を軽くするには、穴を広げすぎられないんです」

 

 構造班の技官も譲らない。

 

「なら、点検口を増やす」

 

「開口部が増えれば補強が必要になります」

 

「補強した重量と、6時間飛べない損失を比べろ」

 

 健三さんが図面を叩く。

 

 結局、点検口を4cm広げ、荷重の少ない側へ工具用の小窓を追加した。

 

 増えた重量は2.8kg。

 

 交換時間は、試算で1時間50分まで短くなった。

 

 超古代の記録も、システムから得た知識も、部品の納期を縮めてはくれない。

 

 ボルトへ工具が届く角度まで教えてくれるわけでもない。

 

 それでも、1つずつ直す。

 

 熱を分ける。

 

 故障した系統を切り離す。

 

 残る2系統へ、異常な圧力を押しつけない。

 

 海底で受け取った言葉が、3本の配管と、3基のポンプと、独立した遮断弁へ変わっていた。

 

 

 午前9時。

 

 改修後の高出力地上試験が始まった。

 

 《白鷺》は試験台へ固定され、人間は誰も乗っていない。

 

 主制御。

 副制御。

 独立帰還制御。

 

 3つの制御系が、互いの状態を監視する。

 

「冷却A、流量正常」

 

「冷却B、正常」

 

「冷却C、正常」

 

 遠野さんが、確認項目を1つずつ読み上げる。

 

 推進器の出力を、20%から段階的に上げる。

 

 40%。

 

 60%。

 

 前回、B系統の温度が離れ始めた70%。

 

 管制室の空気が固くなる。

 

「3系統、温度差1.7℃以内」

 

 澄人がモニターから目を離さない。

 

「圧力変動、基準内」

 

「80%へ移行」

 

 推進器の音が、厚い防音壁を越えて床へ伝わった。

 

 《白鷺》の白い機体が、固定具の上で細かく震える。

 

 90%。

 

 そして、定格出力。

 

「試験時間、計測開始」

 

 1分。

 

 5分。

 

 10分。

 

 前回は、数十秒で温度差が広がった。

 

 今回は、3本の線がほぼ同じ傾きで上昇し、設計した温度で安定する。

 

「20分経過。全系統、緑」

 

 歓声は上がらなかった。

 

 誰もが、モニターの緑色を確かめるように見つめていた。

 

 途中で赤へ変わらないことを。

 

 前回と同じ音が鳴らないことを。

 

「30分」

 

 遠野さんが告げる。

 

「定格維持試験、終了条件を満たしました」

 

「出力を段階的に下げる」

 

 推進器が静かになっていく。

 

 完全停止。

 

 冷却だけを継続する。

 

「地上高出力試験——成立」

 

 久保田さんの宣言で、ようやく管制室に息が戻った。

 

 ゴウが両腕を上げた。

 

「っしゃあ!」

 

 すぐ隣で、美園さんが耳を押さえる。

 

「室内です」

 

「分かってるけど、今日くらいいいだろ!」

 

 健三さんは騒がず、モニターの3本の温度線を眺めていた。

 

「……散ったな」

 

「はい」

 

 俺が答えると、健三さんは短く頷いた。

 

「なら、次へ行ける」

 

 次。

 

 地上滑走。

 

 制動。

 

 低速での可動翼。

 

 無人初飛行。

 

 1つの成功で、人を乗せられるわけではない。

 

 それでも、飛ぶための扉が、ようやく開いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 3月20日。

 

 俺は、大学を卒業した。

 

 卒業証書を受け取った瞬間より、提出した卒業論文に再修正を求められなかった瞬間のほうが、正直、安心した。

 

「終わったぞおおお!」

 

 講堂を出たゴウが、卒業証書を天へ掲げて雄叫びを上げる。

 

 周囲にいた保護者が、一斉に距離を取った。

 

「相沢。声量を落とせ」

 

「澄人、俺は留年しなかったんだぞ!」

 

「卒業は、在学期間を延ばさなかった者全員がする」

 

「お前は、たまに本当に冷たいよな」

 

 澄人は大学院へ進む。

 

 ゴウは相沢製作所へ正式に入り、健三さんの下で製造と整備を学ぶ。

 

 俺は4月から、TPCの技術職だ。

 

 ただし、《白鷺》の開発と試験に関する立場は、まだ仮のままだった。

 

 TPCへ完全に所属させるのか。

 

 大学や相沢製作所を含めた共同研究体制にするのか。

 

 試作機が特殊災害へ対応する場合、誰が出動を決めるのか。

 

 サワイさんが、関係部署と調整を続けている。

 

 卒業を迎えても、俺たちの居場所には、まだ正式な名前がなかった。

 

 

 式のあと。

 

 人の少なくなった構内で、奏が待っていた。

 

 濃紺のスーツに、大学の式典用の小さな徽章をつけている。

 

「鈴木さん」

 

「白石さん。卒業、おめでとうございます」

 

「鈴木さんも」

 

 奏も今日、卒業した。

 

 4月からは、真壁先生の推薦でTPCの医療研究部門へ入る。

 

 操縦者の生体監視、人間工学、航空生理。

 

 彼女が自分で選んだ進路だった。

 

 桜はまだ蕾だった。

 

 冷たい風の中を、並んで歩く。

 

「3年前の私が、今の私を見たら驚くと思います」

 

 奏が言った。

 

「人と深く関わるのが怖くて、この感覚は一生隠すつもりでした」

 

「今は?」

 

「自分で記録して、人へ渡せます。何を感じたかだけでなく、どこからが自分の解釈かも伝えられる」

 

 奏は、少しだけ笑った。

 

「それに、まだ名前も決まっていない秘密の飛行機へ、人を乗せていいか止める仕事をしています」

 

「変な人生にしましたね」

 

「あなたのせいです」

 

「……すみません」

 

「褒めています」

 

 奏は足を止めた。

 

 俺も立ち止まる。

 

「《白鷺》が無人で飛べたら、次は鈴木さんが乗るんですよね」

 

「すぐではありません。無人飛行を何度も重ねて、操縦区画とEX-ギアの試験をして、医療側の許可が出たらです」

 

「許可を出す側に、私もいます」

 

「はい」

 

「データが駄目なら、鈴木さんが大丈夫と言っても止めます」

 

「それがいいです」

 

 迷わず答えた。

 

「俺はたぶん、飛べるところまで来たら、先へ行きたくなります。あと少しなら大丈夫だと思う」

 

「今までの実績から見ても、そうでしょうね」

 

「だから、止める人に隣にいてほしい」

 

 言ってから、自分の言葉が思っていたより近いことに気づいた。

 

 奏も、少しだけ目を見開く。

 

「管制室に、という意味ですよね」

 

「それもあります」

 

「それも?」

 

 逃げずに答えようとした。

 

 だが、講堂の方向からゴウの声が飛んできた。

 

「灯ー! 写真撮るぞ! 白石さんも来いよ!」

 

 俺と奏は、同時にそちらを見た。

 

 それから、顔を見合わせる。

 

 奏の頬が少し赤い。

 

「……続きは、帰ってからにしてください」

 

「どこから?」

 

「それを私に聞かないでください」

 

 彼女は先に歩き出した。

 

 それでも、俺を置いてはいかなかった。

 

 半歩先で、歩調を緩めて待っている。

 

 俺はその隣へ並んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 3月25日。

 

 《白鷺》の無人初飛行が行われた。

 

 場所は、TPCが借り受けた沿岸試験場。

 

 滑走路の先には海が広がり、飛行区域の下に人家はない。

 

 海上には回収艇が待機し、異常時には機体を陸地へ戻さず、指定海域へ降ろす。

 

 初飛行で確認するのは、離陸、上昇、基本旋回、限定的な翼角変更、進入、着陸。

 

 最高速度も、最大推力も試さない。

 

 通信断試験も、次回以降だ。

 

 飛べるか。

 

 制御できるか。

 

 そして、帰ってこられるか。

 

 今日は、それだけを確かめる。

 

 

 白い機体が、滑走路の端に立っていた。

 

 全長6.4m。

 

 機首には無人試験用の制御モジュールが入り、将来の操縦席と同じ重量になるよう調整されている。

 

 可動翼は、低速用の角度で固定。

 

 推進器の周囲には、作り直した3系統の冷却配管。

 

 人は乗っていない。

 

 操縦桿を握る俺も、管制室にいる。

 

「風速3.2m。横風成分、基準内」

 

 黒木さんが隣の席へ座った。

 

 遠隔操縦の教官と、試験中止を判断する責任者を兼ねている。

 

「灯」

 

「はい」

 

「機体は、お前の入力へ応える。だが、お前の願いには応えない」

 

 黒木さんは滑走路の映像を見たまま言った。

 

「浮かせようとするな。速度と姿勢が揃えば、機体は自分で浮く」

 

「浮くまで待つ」

 

「そうだ」

 

『白鷺、主制御正常』

 

 澄人の声が通信へ入る。

 

『副制御、独立帰還制御、相互監視正常』

 

 遠野さんが続ける。

 

『試験項目F-01。離陸および基本飛行。中止条件17項目、登録済み』

 

『冷却A、B、C。流量正常です』

 

 美園さんは、消耗部品の使用時間と交換基準を管理している。

 

『鈴木さんの心拍、126』

 

 奏の声。

 

「今日は無人機ですけど」

 

『地上操縦者も判断を誤ります。呼吸を整えてください』

 

「はい」

 

『返事だけでなく、実行を』

 

 管制室に小さな笑いが起きた。

 

 息を長く吐く。

 

 操縦桿を握る指から、余計な力が抜ける。

 

「《白鷺》、離陸します」

 

 スロットルを進めた。

 

 

 推進器が咆哮する。

 

 白い機体が、滑走路を加速した。

 

 時速120km。

 

 150km。

 

 180km。

 

「操縦入力を増やすな」

 

 黒木さんの声。

 

「待て」

 

 時速203km。

 

 前脚が、わずかに浮く。

 

 主翼へ揚力が乗る。

 

 主脚が滑走路を離れた。

 

 《白鷺》が——飛んだ。

 

 

 一瞬。

 

 管制室から音が消えた。

 

 白い機体が地面との間隔を広げ、冬の名残を残す青空へ上がっていく。

 

 その事実を、全員が理解するまでの空白だった。

 

「高度30m。上昇率、計画値内!」

 

 澄人の声で、歓声が爆発した。

 

 ゴウが叫ぶ。

 

 健三さんが拳を握る。

 

 美園さんは口元を押さえながら、それでも記録端末から目を離さない。

 

 教授は椅子から立ち上がり、窓越しの空を見ていた。

 

 俺は叫べなかった。

 

 操縦桿を握ったまま、モニターの中の白い機体を見つめる。

 

 翼幅2mの実証機が、最初に空へ上がってから約9か月。

 

 6畳一間で、150 SPを数えていた日から、3年半。

 

 俺たちの機体が、本物の空を飛んでいた。

 

「灯。見惚れるな」

 

 黒木さんの声に、視線を計器へ戻す。

 

「高度600mで水平飛行へ移行」

 

「了解」

 

 機首を下げる。

 

 速度は時速286kmで安定した。

 

「主翼角変更。第1段階のみ」

 

 翼の後退角を、12度から20度へ。

 

 左右の角度差、0.2度以内。

 

 機体が一度だけ小さく揺れ、その後、姿勢を取り戻す。

 

「荷重経路、予測範囲内」

 

「冷却3系統、安定」

 

「推力偏向、使用率15%」

 

 大きく旋回させる。

 

 《白鷺》が翼を傾け、海の青と空の青の間に、白い弧を描いた。

 

 華麗な空中戦には、まだ遠い。

 

 速度も、機動も、意図的に抑えている。

 

 それでも美しかった。

 

 誰かから与えられた完成機ではない。

 

 失敗し、配管を焼き、点検口を広げ、何度も図面を引き直した機体が飛んでいる。

 

(いつか)

 

 あの機首へ操縦区画を載せる。

 

 遠隔操縦ではなく、空の中で機体の動きを感じる。

 

 怪獣の攻撃から人を逃がし。

 

 届かない場所へ飛び。

 

 光の巨人と、同じ方向を向く。

 

「飛行時間、24分」

 

 遠野さんが告げる。

 

『帰投手順へ移行してください』

 

 もっと飛ばしたかった。

 

 だが、初飛行の目的は達成している。

 

「《白鷺》、帰投します」

 

 翼を低速用の角度へ戻す。

 

 滑走路へ進入。

 

 高度を落とす。

 

 主脚が接地し、一度だけ跳ねる。

 

「修正は小さく」

 

 黒木さんの声に従い、操縦入力を抑える。

 

 前脚が接地。

 

 減速。

 

 《白鷺》は、滑走路の予定範囲内で停止した。

 

「全系統、停止」

 

 推進器の音が消える。

 

「無人初飛行——成立」

 

 久保田さんが宣言した。

 

 

 格納庫前へ戻された機体を、全員が囲んだ。

 

 まだ熱の残る外板。

 

 タイヤについた黒い跡。

 

 主翼の付け根に浮いた、ごく薄い油の線。

 

 成功したからといって、その場で祝うだけでは終われない。

 

 整備班は、すぐに点検を始めた。

 

「右主脚、接地荷重が計画より7%高い」

 

「翼角変更時の振動、1.8秒」

 

「左側の冷却B、流量変動あり。基準内ですが、要確認」

 

 課題が次々に出る。

 

 それでも、飛んだ事実は消えない。

 

「——見事だった」

 

 輪の外から、低い声がした。

 

 振り返る。

 

 濃い色のコートを着たサワイさんが立っていた。

 

 護衛と秘書は、少し離れた場所で待っている。

 

「総監」

 

 久保田さんが駆け寄る。

 

「お越しになるとは聞いていませんでした」

 

「言えば、歓迎の準備へ時間を使うだろう」

 

 サワイさんは、《白鷺》の下へ歩いていく。

 

 翼。

 推進器。

 開かれた点検口。

 

 完成した外見だけではなく、整備員が調べている内部まで見ていた。

 

「2年前、君たちは外骨格の試作図を持ってきた」

 

 サワイさんが俺たちへ向き直る。

 

「あのとき私は、数年で潰れるか、本当に空へ届くか。どちらかだと思った」

 

 白い翼を見上げる。

 

「届いたな」

 

「まだ無人です」

 

 俺は答えた。

 

「有人化も、実戦運用も、これからです」

 

「だから来た」

 

 サワイさんの表情が引き締まる。

 

「この機体と、君たちの立場を決めるために」

 

 

◇◇◇

 

 

 試験場の会議室。

 

 サワイさんが机へ置いた書類の表紙には、こう記されていた。

 

『地球平和連合・特別技術協力事業《白鷺》 設置要領案』

 

「最初に明確にしておく」

 

 サワイさんは、出席者全員を見回した。

 

「君たちを、帳簿にも組織図にも存在しない秘密部隊にはしない」

 

 ゴウが、少しだけ拍子抜けした顔になる。

 

「出所を説明できない技術を扱うからこそ、予算、責任、記録を曖昧にしてはならない」

 

 サワイさんは書類を開いた。

 

「表向きは、高機動航空技術と特殊災害救助の共同実証事業。TPC、大学、相沢製作所、医療研究部門から人員を出す」

 

「表向きは、ということは」

 

 澄人が訊く。

 

「非公開の付属協定がある」

 

 次の紙が示される。

 

「超古代由来を含む異常災害の調査。正規部隊が対応できない場合の救助支援。そして、必要と認められた場合の実力行使」

 

 部屋の空気が変わった。

 

「君たちはTPCの一部署ではない。外部の共同技術班として残る」

 

「独自に動けるんですか」

 

 俺が尋ねる。

 

「無制限ではない」

 

 サワイさんは即答した。

 

「独立と無法は違う。平時の調査と技術開発は、白鷺班の判断で行える。人命に差し迫った危険がある場合も、現場責任者の判断で救助へ動ける」

 

 一度、言葉を切る。

 

「戦闘を目的とする出動には、私か、権限を委任した責任者の承認を要する。ただし、通信不能で即時の危険がある場合は、事後報告を認める」

 

 俺たちが望んでいた形だった。

 

 TPCへすべてを渡し、命令を待つだけではない。

 

 かといって、俺たちだけの正義で兵器を飛ばすわけでもない。

 

 外側に立ちながら、孤立しない。

 

「《白鷺》の所有と整備責任は?」

 

 美園さんが尋ねる。

 

「機体は共同事業資産。運用権限は白鷺班。予算はTPCから出すが、相沢製作所を含む外部監査を入れる」

 

「帳簿を分けます」

 

「頼む」

 

 サワイさんは、構成員一覧を机へ置いた。

 

 10人の名前が並んでいる。

 

 鈴木 灯。

 神宮寺 清。

 相沢 剛。

 柏木 澄人。

 相沢 健三。

 美園。

 遠野。

 白石 奏。

 真壁。

 黒木。

 

「この10人を、発足時の中核とする」

 

 サワイさんは言った。

 

「操縦者だけでは、《白鷺》は飛ばない。作る者、直す者、制御する者、記録する者、物資をつなぐ者、止める者、治療する者」

 

 書類へ視線を落とす。

 

「10人で、ようやく1機だ」

 

 誰も、すぐには返事をしなかった。

 

 3年半前。

 

 6畳一間で、俺は1人だった。

 

 いま、同じ机の周りに10人がいる。

 

 

「給料は出るんですよね」

 

 沈黙を破ったのはゴウだった。

 

 美園さんが額を押さえる。

 

「重要だろ」

 

「重要ですが、最初に確認する内容ではありません」

 

「出る」

 

 サワイさんは真顔で答えた。

 

「出張手当と危険作業手当も、規程を作る」

 

「やります」

 

「相沢さん」

 

「いや、金だけじゃないって!」

 

 部屋に笑いが起きる。

 

 張りつめていた空気が少し緩んだ。

 

「経理と調達は、私が担当します」

 

 美園さんが書類を確認する。

 

「非公開部分があっても、支出理由と承認者は残します。後から誰にも説明できないお金は使いません」

 

「記録体系は、私が作ります」

 

 遠野さんが続いた。

 

「出動を隠す必要があっても、内部記録まで消さない。判断が正しかったか、後から検証できる形にします」

 

「制御と通信は、俺がやる」

 

 澄人が頷く。

 

「1機へ全部を集めない。地上管制が落ちても帰れるようにする」

 

 健三さんは腕を組み、《白鷺》のある格納庫の方向へ顔を向けた。

 

「戻ってくるなら、何度でも直す。ただし、直せないものを勝手に積むなよ」

 

 その言葉が、俺へ向けられているのは明らかだった。

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

「……相談します」

 

「それならいい」

 

 真壁先生が手を挙げる。

 

「医療から条件があります」

 

「聞こう」

 

「操縦者や現場要員の健康状態について、医療側に独立した中止権限をください。作戦責任者が継続可能と判断しても、医学的に危険なら止めます」

 

「認める」

 

 サワイさんは迷わなかった。

 

「白石さんは、感応らしき感覚の担当ではありません」

 

 真壁先生は、さらに続ける。

 

「操縦者保護と航空生理の担当です。本人の感覚は、同意した範囲で補助情報として扱う。それだけを警報にはしません」

 

「その条件も明文化する」

 

 奏が、静かに頭を下げた。

 

 黒木さんは、書類の訓練責任者という欄を見て溜息をつく。

 

「定年前に、とんでもない仕事が増えたな」

 

「断るか」

 

 サワイさんが訊く。

 

「飛ぶ前から帰り方を覚えさせる人間が必要なんだろう」

 

 黒木さんは俺を一瞥した。

 

「この学生——いや、もう学生じゃないか。こいつを放っておくほうが怖い」

 

「お願いします」

 

「軽く言うな。死ぬほど訓練させるぞ」

 

「死なない範囲で」

 

「それを決めるのは俺と医療だ」

 

 教授は、最後まで書類を読んでいた。

 

 やがて、サワイさんへ向き直る。

 

「30年以上前、私の話を、あなたは笑わなかった」

 

「信じたわけではない」

 

「ええ。証拠がないと、正直に言われた」

 

 教授は微笑んだ。

 

「それでも、証拠を得たら知らせてほしいと言ってくれた。あの一文があったから、私はあなたへ手紙を書けた」

 

「長く待たせた」

 

「私たちは、もっと長く待っていた者たちの記録を受け取りました」

 

 教授は、全員の顔を見る。

 

「次は、我々が後へ残す番です」

 

 サワイさんが、深く頷いた。

 

 

「鈴木君」

 

 最後に、俺へ声がかかる。

 

「君は、どうする」

 

 白い機体が飛ぶ姿を思い出す。

 

 前世で届かなかった空。

 

 海底から持ち帰った、帰還の記録。

 

 隣には、止めると約束してくれた奏がいる。

 

 作る者も、直す者も、帰す者もいる。

 

「参加します」

 

「TPCの命令だけで動く部隊ではない」

 

「はい」

 

「自由に飛べる私兵でもない」

 

「分かっています」

 

「記録に残らない働きもある。世間から英雄と呼ばれないかもしれない」

 

 俺は、少しだけ笑った。

 

「呼ばれるために作ったんじゃありません」

 

 誰かを助けられる場所へ飛ぶ。

 

 光の巨人へ、すべてを押しつけない。

 

 そして、帰ってくる。

 

「《白鷺班》として、やります」

 

 10人が、それぞれ書類へ署名した。

 

 正式名称は、地球平和連合・特別技術協力事業《白鷺》。

 

 通称、《白鷺班》。

 

 それが、俺たちの居場所になった。

 

 

◇◇◇

 

 

 その夜。

 

 アパートへ戻ると、視界の中央へ青い画面が開いた。

 

=========================================

【特殊チェーンクエスト達成】

 

鉄の十手

 

達成項目:

▶ 地球平和連合準備責任者への証拠提示

▶ 独立行動権限および技術開発拠点の確保

▶ 専門分野の異なる構成員10名

▶ 最初の実戦用中核機構:《白鷺》無人初飛行

 

報酬:

▶ +8,000 SP

▶ 【試作ブラックボックス・現物化権】×1

▶ チームクエスト機能を解放

 

▶ 所持ポイント:43,600 SP

=========================================

 

 3年半前。

 

 150 SPを見つめ、3万という数字に絶望していた。

 

 いまは、4万を超えている。

 

 だが、数字だけが増えたのではない。

 

 俺の周囲に、10人がいる。

 

 システムが評価したのも、俺1人の能力ではなかった。

 

 人を集め。

 

 拠点を作り。

 

 機体を飛ばし。

 

 帰す仕組みを作った。

 

 そのすべてが、クエストの達成条件だった。

 

 

 次は、俺自身が《白鷺》へ乗る準備をする。

 

 基礎能力を開く。

 

【演算処理能力:D → C】

【2,000 SPを消費しました】

 

【反応速度:D → C】

【2,000 SPを消費しました】

 

【空間認識力:D → C】

【2,000 SPを消費しました】

 

 部屋の輪郭が、一瞬だけ鮮明になる。

 

 時計の秒針。

 窓の外を走る車の位置。

 机から落ちかけたペン。

 

 見える情報が増えたというより、同時に扱える範囲が広がった。

 

 それでも、操縦訓練が不要になるわけではない。

 

 身体が知識へ追いつくまで、黒木さんに叩き直される必要がある。

 

 

 次に、機体を守る技術。

 

=========================================

【ピンポイントバリア制御(基礎)】:8,000 SP

 

※局所力場を発生させるための制御知識です

※発生装置、電源、冷却、機体への搭載機構は含まれません

※展開位置と時刻は、操縦者または制御系が指定する必要があります

=========================================

 

 全身を覆う無敵の盾ではない。

 

 攻撃が当たる瞬間。

 

 当たる場所へだけ、短時間の力場を作る。

 

 判断が遅れれば、間に合わない。

 

 電力を使い切れば、次は張れない。

 

 それでも、怪獣の攻撃を1度だけ受け流せる可能性がある。

 

「取得する」

 

【8,000 SPを消費しました】

【『ピンポイントバリア制御(基礎)』を取得しました】

 

 

 最後に、操縦者と機体をつなぐ装備。

 

【『EX-ギア(操縦統合型)』を取得しました】

【3,000 SPを消費しました】

 

 外骨格。

 耐G装具。

 生体監視。

 緊急脱出。

 操縦入力。

 

 今まで別々に作ってきたものを、1つの操縦装備へまとめるための設計知識。

 

 取得したから、明日完成するわけではない。

 

 奏と真壁先生が、人間へ使ってよい範囲を決める。

 

 健三さんたちが、地球の材料で作る。

 

 黒木さんが、故障した状態でも脱げるかを試す。

 

 遠野さんと美園さんが、変更と部品を追う。

 

 全員の手を通って、初めて装備になる。

 

【所持ポイント:26,600 SP】

 

 

 画面の端に、未使用の報酬が残っている。

 

【試作ブラックボックス・現物化権】×1

 

 何を出すか。

 

 迷う時間は長くなかった。

 

 知識だけでは、地球の技術で越えられない場所。

 

 《白鷺》を、怪獣の一撃から守るための核。

 

「現物化対象を指定する」

 

=========================================

▶ 試作局所力場発生核

 

全長:18.4cm

質量:3.1kg

用途:短時間・限定範囲の力場発生

必要設備:外部電源/冷却/制御演算装置

連続使用:不可

自己修復:なし

複製方法:提供されません

 

※単体では作動しません

※過負荷による不可逆損傷の可能性があります

※解析または分解によって機能を失う可能性があります

=========================================

 

 完成した盾ではない。

 

 3kgほどの、試作部品1つ。

 

 周囲の電源も、冷却も、制御も、取り付け方も俺たちが作る。

 

 それでいい。

 

「現物化する」

 

 青白い光が、机の上へ集まった。

 

 音はなかった。

 

 光が消えると、灰色の緩衝容器が置かれていた。

 

 蓋を開ける。

 

 内部にあるのは、黒銀色の小さな部品。

 

 表面へ、細い青の線が走っている。

 

 初めて、システムが知識ではなく、現実の物を寄越した。

 

 胸が高鳴る。

 

 これを使えば、怪獣の攻撃を防げるかもしれない。

 

 だが、今すぐ《白鷺》へ押し込むことはしない。

 

 出所を説明できない部品だからこそ、サワイさんと久保田さんへ存在を明かす。

 

 隔離する。

 

 単体で試験する。

 

 壊れた場合に、機体から切り離せる搭載方法を作る。

 

 海底で読んだことを、最初から破るわけにはいかない。

 

 チートは使う。

 

 だが、チートへ命を預けない。

 

 それが、俺たちの使い方だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 2007年4月30日。

 

 白鷺班の詰所で、澄人が世界各地の観測データを表示していた。

 

 正式発足から1か月。

 

 俺たちは《白鷺》の有人化準備と、局所力場発生核の隔離試験を並行して進めている。

 

 EX-ギアの設計は、まだ人体模型を使った段階。

 

 俺が空へ上がる日は、もう少し先だ。

 

「灯。これを見てくれ」

 

 澄人が世界地図を拡大する。

 

 赤い点が、複数の大陸へ灯っている。

 

「火山性微動が、この1週間で増加している。1つ1つは噴火予知の範囲内だけど、時期が重なりすぎてる」

 

「地震活動は?」

 

「一部で増えている。ただ、同じプレートだけじゃない」

 

 別の画面。

 

「電離層の乱れ。渡り鳥の経路異常。深海魚の浮上報告。海水温だけでは説明できない場所もある」

 

 遠野さんが、情報の確度を分類している。

 

「SNSや新聞の目撃談は除外しました。公的観測機関と、複数地点で一致したものだけです」

 

 美園さんは、白鷺班が保有する燃料、交換部品、出動可能時間を一覧にしていた。

 

「仮に試験日程を前倒しする場合、交換用ポンプが1基不足します。発注から最短12日です」

 

「相沢製作所で代替品は?」

 

 ゴウが健三さんへ訊く。

 

「外殻は作れる。内部の羽根は材料が足りん」

 

 まだ、何が起きるかは分からない。

 

 白鷺班の誰も、怪獣の名を知らない。

 

 俺だけが知っている。

 

 ゴルザ。

 

 メルバ。

 

 そして、光の巨人。

 

 前世で観た物語が、現実の時間へ追いつこうとしている。

 

「灯」

 

 澄人が、俺を見る。

 

「お前が以前から言っていた《前兆》と一致するか」

 

 すべてが、記憶どおりではない。

 

 俺の知識にない異常も混じっている。

 

 年月が違えば、観測される情報も変わる。

 

 それでも、胸の奥にある警報は消えなかった。

 

「一致する部分が多い」

 

「どれくらいの時間がある」

 

「分からない」

 

 正直に答える。

 

「数か月かもしれない。もっと短いかもしれない」

 

 ゴウが、格納庫の方向を見る。

 

「白鷺は、間に合うのか」

 

 無人では飛んだ。

 

 有人操縦区画は、まだ地上試験前。

 

 EX-ギアも完成していない。

 

 局所力場発生核は、低出力の試験すら始まっていない。

 

 間に合わないものは多い。

 

 それでも、3年半前とは違う。

 

 俺1人ではない。

 

 10人いる。

 

 飛べる機体がある。

 

 怪獣の一撃へ抗う、未知の核もある。

 

「全部は間に合わない」

 

 俺は言った。

 

「だから、何を間に合わせるか決める」

 

 ホワイトボードへ書く。

 

有人操縦区画。

EX-ギア最低機能。

通常飛行と緊急帰還。

救難用装備。

局所力場は、搭載条件を満たした場合のみ。

 

「武器は?」

 

 ゴウが訊く。

 

「後回しだ」

 

「怪獣が来るのに?」

 

「最初に必要なのは、戦う機体じゃない。飛んで、情報を取り、人を逃がし、帰ってくる機体だ」

 

 怪獣を倒したい。

 

 空で無双したい。

 

 メルバの翼へ穴を開けたい。

 

 その願いを、否定はしない。

 

 むしろ、そのためにここまで来た。

 

 ただし、最初の出撃で帰れなければ、2度目の戦いはない。

 

「戦えるところまでは、必ず持っていく」

 

 俺は続けた。

 

「でも、順番は変えない」

 

 久保田さんへ、試験前倒しの申請を送る。

 

 黒木さんは、有人飛行へ必要な訓練時間を再計算する。

 

 奏と真壁先生は、短縮してはいけない医療試験を選ぶ。

 

 全員が同時に動き始めた。

 

 世界のどこかで、大地が目を覚まそうとしている。

 

 俺たちの白い機体も、初めて人を乗せる日へ向かう。

 

 ここから先は、画面の中で観た物語ではない。

 

 光の巨人が現れるまで、何もできずに待つ世界でもない。

 

 その前に飛ぶ鉄が、もう存在している。

 

 

=========================================

【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:C(UP)

┣ 空間認識力:C(UP)

┣ 反応速度:C(UP)

┗ G耐性/肉体:D(EX-ギア試作時:短時間B相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(外部資料/解析率1.4%)

┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】

┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】

【ピンポイントバリア制御(基礎)】(NEW)

【EX-ギア(操縦統合型)】(NEW)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:29,300 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 所属:特別技術協力事業《白鷺》/中核構成員10名

┣ 《白鷺》:無人初飛行成立/有人化試験準備中

┣ 試作ブラックボックス:局所力場発生核×1(隔離試験前)

┗ 警告:世界規模の前兆現象を複数確認

=========================================

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。