鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
そして《白鷺》もまた、地上から空へ。
どうぞお楽しみください!
第37話 白鷺班
2007年3月5日。
《白鷺》技術実証初号機の冷却系を作り直すのに、7週間かかった。
図面を引き直すだけなら、3日で終わった。
だが、入口から3系統へ完全に分けた配管は、今までより長く、重く、複雑になる。
曲げ半径が足りず、治具を作り直したのが2回。
独立ポンプの納期が遅れたのが1回。
完成した点検口から工具が入らず、健三さんとTPCの構造班が言い争ったのが1回。
「開くんだから、入るだろ」
「手は入ります。工具を回せません」
美園さんが、点検口へ腕を差し込んだまま淡々と言った。
「この角度では、中央ポンプの固定ボルトを外すのに、周辺配管の撤去が必要です。交換時間は推定6時間40分」
「飛行機を軽くするには、穴を広げすぎられないんです」
構造班の技官も譲らない。
「なら、点検口を増やす」
「開口部が増えれば補強が必要になります」
「補強した重量と、6時間飛べない損失を比べろ」
健三さんが図面を叩く。
結局、点検口を4cm広げ、荷重の少ない側へ工具用の小窓を追加した。
増えた重量は2.8kg。
交換時間は、試算で1時間50分まで短くなった。
超古代の記録も、システムから得た知識も、部品の納期を縮めてはくれない。
ボルトへ工具が届く角度まで教えてくれるわけでもない。
それでも、1つずつ直す。
熱を分ける。
故障した系統を切り離す。
残る2系統へ、異常な圧力を押しつけない。
海底で受け取った言葉が、3本の配管と、3基のポンプと、独立した遮断弁へ変わっていた。
午前9時。
改修後の高出力地上試験が始まった。
《白鷺》は試験台へ固定され、人間は誰も乗っていない。
主制御。
副制御。
独立帰還制御。
3つの制御系が、互いの状態を監視する。
「冷却A、流量正常」
「冷却B、正常」
「冷却C、正常」
遠野さんが、確認項目を1つずつ読み上げる。
推進器の出力を、20%から段階的に上げる。
40%。
60%。
前回、B系統の温度が離れ始めた70%。
管制室の空気が固くなる。
「3系統、温度差1.7℃以内」
澄人がモニターから目を離さない。
「圧力変動、基準内」
「80%へ移行」
推進器の音が、厚い防音壁を越えて床へ伝わった。
《白鷺》の白い機体が、固定具の上で細かく震える。
90%。
そして、定格出力。
「試験時間、計測開始」
1分。
5分。
10分。
前回は、数十秒で温度差が広がった。
今回は、3本の線がほぼ同じ傾きで上昇し、設計した温度で安定する。
「20分経過。全系統、緑」
歓声は上がらなかった。
誰もが、モニターの緑色を確かめるように見つめていた。
途中で赤へ変わらないことを。
前回と同じ音が鳴らないことを。
「30分」
遠野さんが告げる。
「定格維持試験、終了条件を満たしました」
「出力を段階的に下げる」
推進器が静かになっていく。
完全停止。
冷却だけを継続する。
「地上高出力試験——成立」
久保田さんの宣言で、ようやく管制室に息が戻った。
ゴウが両腕を上げた。
「っしゃあ!」
すぐ隣で、美園さんが耳を押さえる。
「室内です」
「分かってるけど、今日くらいいいだろ!」
健三さんは騒がず、モニターの3本の温度線を眺めていた。
「……散ったな」
「はい」
俺が答えると、健三さんは短く頷いた。
「なら、次へ行ける」
次。
地上滑走。
制動。
低速での可動翼。
無人初飛行。
1つの成功で、人を乗せられるわけではない。
それでも、飛ぶための扉が、ようやく開いた。
◇◇◇
3月20日。
俺は、大学を卒業した。
卒業証書を受け取った瞬間より、提出した卒業論文に再修正を求められなかった瞬間のほうが、正直、安心した。
「終わったぞおおお!」
講堂を出たゴウが、卒業証書を天へ掲げて雄叫びを上げる。
周囲にいた保護者が、一斉に距離を取った。
「相沢。声量を落とせ」
「澄人、俺は留年しなかったんだぞ!」
「卒業は、在学期間を延ばさなかった者全員がする」
「お前は、たまに本当に冷たいよな」
澄人は大学院へ進む。
ゴウは相沢製作所へ正式に入り、健三さんの下で製造と整備を学ぶ。
俺は4月から、TPCの技術職だ。
ただし、《白鷺》の開発と試験に関する立場は、まだ仮のままだった。
TPCへ完全に所属させるのか。
大学や相沢製作所を含めた共同研究体制にするのか。
試作機が特殊災害へ対応する場合、誰が出動を決めるのか。
サワイさんが、関係部署と調整を続けている。
卒業を迎えても、俺たちの居場所には、まだ正式な名前がなかった。
式のあと。
人の少なくなった構内で、奏が待っていた。
濃紺のスーツに、大学の式典用の小さな徽章をつけている。
「鈴木さん」
「白石さん。卒業、おめでとうございます」
「鈴木さんも」
奏も今日、卒業した。
4月からは、真壁先生の推薦でTPCの医療研究部門へ入る。
操縦者の生体監視、人間工学、航空生理。
彼女が自分で選んだ進路だった。
桜はまだ蕾だった。
冷たい風の中を、並んで歩く。
「3年前の私が、今の私を見たら驚くと思います」
奏が言った。
「人と深く関わるのが怖くて、この感覚は一生隠すつもりでした」
「今は?」
「自分で記録して、人へ渡せます。何を感じたかだけでなく、どこからが自分の解釈かも伝えられる」
奏は、少しだけ笑った。
「それに、まだ名前も決まっていない秘密の飛行機へ、人を乗せていいか止める仕事をしています」
「変な人生にしましたね」
「あなたのせいです」
「……すみません」
「褒めています」
奏は足を止めた。
俺も立ち止まる。
「《白鷺》が無人で飛べたら、次は鈴木さんが乗るんですよね」
「すぐではありません。無人飛行を何度も重ねて、操縦区画とEX-ギアの試験をして、医療側の許可が出たらです」
「許可を出す側に、私もいます」
「はい」
「データが駄目なら、鈴木さんが大丈夫と言っても止めます」
「それがいいです」
迷わず答えた。
「俺はたぶん、飛べるところまで来たら、先へ行きたくなります。あと少しなら大丈夫だと思う」
「今までの実績から見ても、そうでしょうね」
「だから、止める人に隣にいてほしい」
言ってから、自分の言葉が思っていたより近いことに気づいた。
奏も、少しだけ目を見開く。
「管制室に、という意味ですよね」
「それもあります」
「それも?」
逃げずに答えようとした。
だが、講堂の方向からゴウの声が飛んできた。
「灯ー! 写真撮るぞ! 白石さんも来いよ!」
俺と奏は、同時にそちらを見た。
それから、顔を見合わせる。
奏の頬が少し赤い。
「……続きは、帰ってからにしてください」
「どこから?」
「それを私に聞かないでください」
彼女は先に歩き出した。
それでも、俺を置いてはいかなかった。
半歩先で、歩調を緩めて待っている。
俺はその隣へ並んだ。
◇◇◇
3月25日。
《白鷺》の無人初飛行が行われた。
場所は、TPCが借り受けた沿岸試験場。
滑走路の先には海が広がり、飛行区域の下に人家はない。
海上には回収艇が待機し、異常時には機体を陸地へ戻さず、指定海域へ降ろす。
初飛行で確認するのは、離陸、上昇、基本旋回、限定的な翼角変更、進入、着陸。
最高速度も、最大推力も試さない。
通信断試験も、次回以降だ。
飛べるか。
制御できるか。
そして、帰ってこられるか。
今日は、それだけを確かめる。
白い機体が、滑走路の端に立っていた。
全長6.4m。
機首には無人試験用の制御モジュールが入り、将来の操縦席と同じ重量になるよう調整されている。
可動翼は、低速用の角度で固定。
推進器の周囲には、作り直した3系統の冷却配管。
人は乗っていない。
操縦桿を握る俺も、管制室にいる。
「風速3.2m。横風成分、基準内」
黒木さんが隣の席へ座った。
遠隔操縦の教官と、試験中止を判断する責任者を兼ねている。
「灯」
「はい」
「機体は、お前の入力へ応える。だが、お前の願いには応えない」
黒木さんは滑走路の映像を見たまま言った。
「浮かせようとするな。速度と姿勢が揃えば、機体は自分で浮く」
「浮くまで待つ」
「そうだ」
『白鷺、主制御正常』
澄人の声が通信へ入る。
『副制御、独立帰還制御、相互監視正常』
遠野さんが続ける。
『試験項目F-01。離陸および基本飛行。中止条件17項目、登録済み』
『冷却A、B、C。流量正常です』
美園さんは、消耗部品の使用時間と交換基準を管理している。
『鈴木さんの心拍、126』
奏の声。
「今日は無人機ですけど」
『地上操縦者も判断を誤ります。呼吸を整えてください』
「はい」
『返事だけでなく、実行を』
管制室に小さな笑いが起きた。
息を長く吐く。
操縦桿を握る指から、余計な力が抜ける。
「《白鷺》、離陸します」
スロットルを進めた。
推進器が咆哮する。
白い機体が、滑走路を加速した。
時速120km。
150km。
180km。
「操縦入力を増やすな」
黒木さんの声。
「待て」
時速203km。
前脚が、わずかに浮く。
主翼へ揚力が乗る。
主脚が滑走路を離れた。
《白鷺》が——飛んだ。
一瞬。
管制室から音が消えた。
白い機体が地面との間隔を広げ、冬の名残を残す青空へ上がっていく。
その事実を、全員が理解するまでの空白だった。
「高度30m。上昇率、計画値内!」
澄人の声で、歓声が爆発した。
ゴウが叫ぶ。
健三さんが拳を握る。
美園さんは口元を押さえながら、それでも記録端末から目を離さない。
教授は椅子から立ち上がり、窓越しの空を見ていた。
俺は叫べなかった。
操縦桿を握ったまま、モニターの中の白い機体を見つめる。
翼幅2mの実証機が、最初に空へ上がってから約9か月。
6畳一間で、150 SPを数えていた日から、3年半。
俺たちの機体が、本物の空を飛んでいた。
「灯。見惚れるな」
黒木さんの声に、視線を計器へ戻す。
「高度600mで水平飛行へ移行」
「了解」
機首を下げる。
速度は時速286kmで安定した。
「主翼角変更。第1段階のみ」
翼の後退角を、12度から20度へ。
左右の角度差、0.2度以内。
機体が一度だけ小さく揺れ、その後、姿勢を取り戻す。
「荷重経路、予測範囲内」
「冷却3系統、安定」
「推力偏向、使用率15%」
大きく旋回させる。
《白鷺》が翼を傾け、海の青と空の青の間に、白い弧を描いた。
華麗な空中戦には、まだ遠い。
速度も、機動も、意図的に抑えている。
それでも美しかった。
誰かから与えられた完成機ではない。
失敗し、配管を焼き、点検口を広げ、何度も図面を引き直した機体が飛んでいる。
(いつか)
あの機首へ操縦区画を載せる。
遠隔操縦ではなく、空の中で機体の動きを感じる。
怪獣の攻撃から人を逃がし。
届かない場所へ飛び。
光の巨人と、同じ方向を向く。
「飛行時間、24分」
遠野さんが告げる。
『帰投手順へ移行してください』
もっと飛ばしたかった。
だが、初飛行の目的は達成している。
「《白鷺》、帰投します」
翼を低速用の角度へ戻す。
滑走路へ進入。
高度を落とす。
主脚が接地し、一度だけ跳ねる。
「修正は小さく」
黒木さんの声に従い、操縦入力を抑える。
前脚が接地。
減速。
《白鷺》は、滑走路の予定範囲内で停止した。
「全系統、停止」
推進器の音が消える。
「無人初飛行——成立」
久保田さんが宣言した。
格納庫前へ戻された機体を、全員が囲んだ。
まだ熱の残る外板。
タイヤについた黒い跡。
主翼の付け根に浮いた、ごく薄い油の線。
成功したからといって、その場で祝うだけでは終われない。
整備班は、すぐに点検を始めた。
「右主脚、接地荷重が計画より7%高い」
「翼角変更時の振動、1.8秒」
「左側の冷却B、流量変動あり。基準内ですが、要確認」
課題が次々に出る。
それでも、飛んだ事実は消えない。
「——見事だった」
輪の外から、低い声がした。
振り返る。
濃い色のコートを着たサワイさんが立っていた。
護衛と秘書は、少し離れた場所で待っている。
「総監」
久保田さんが駆け寄る。
「お越しになるとは聞いていませんでした」
「言えば、歓迎の準備へ時間を使うだろう」
サワイさんは、《白鷺》の下へ歩いていく。
翼。
推進器。
開かれた点検口。
完成した外見だけではなく、整備員が調べている内部まで見ていた。
「2年前、君たちは外骨格の試作図を持ってきた」
サワイさんが俺たちへ向き直る。
「あのとき私は、数年で潰れるか、本当に空へ届くか。どちらかだと思った」
白い翼を見上げる。
「届いたな」
「まだ無人です」
俺は答えた。
「有人化も、実戦運用も、これからです」
「だから来た」
サワイさんの表情が引き締まる。
「この機体と、君たちの立場を決めるために」
◇◇◇
試験場の会議室。
サワイさんが机へ置いた書類の表紙には、こう記されていた。
『地球平和連合・特別技術協力事業《白鷺》 設置要領案』
「最初に明確にしておく」
サワイさんは、出席者全員を見回した。
「君たちを、帳簿にも組織図にも存在しない秘密部隊にはしない」
ゴウが、少しだけ拍子抜けした顔になる。
「出所を説明できない技術を扱うからこそ、予算、責任、記録を曖昧にしてはならない」
サワイさんは書類を開いた。
「表向きは、高機動航空技術と特殊災害救助の共同実証事業。TPC、大学、相沢製作所、医療研究部門から人員を出す」
「表向きは、ということは」
澄人が訊く。
「非公開の付属協定がある」
次の紙が示される。
「超古代由来を含む異常災害の調査。正規部隊が対応できない場合の救助支援。そして、必要と認められた場合の実力行使」
部屋の空気が変わった。
「君たちはTPCの一部署ではない。外部の共同技術班として残る」
「独自に動けるんですか」
俺が尋ねる。
「無制限ではない」
サワイさんは即答した。
「独立と無法は違う。平時の調査と技術開発は、白鷺班の判断で行える。人命に差し迫った危険がある場合も、現場責任者の判断で救助へ動ける」
一度、言葉を切る。
「戦闘を目的とする出動には、私か、権限を委任した責任者の承認を要する。ただし、通信不能で即時の危険がある場合は、事後報告を認める」
俺たちが望んでいた形だった。
TPCへすべてを渡し、命令を待つだけではない。
かといって、俺たちだけの正義で兵器を飛ばすわけでもない。
外側に立ちながら、孤立しない。
「《白鷺》の所有と整備責任は?」
美園さんが尋ねる。
「機体は共同事業資産。運用権限は白鷺班。予算はTPCから出すが、相沢製作所を含む外部監査を入れる」
「帳簿を分けます」
「頼む」
サワイさんは、構成員一覧を机へ置いた。
10人の名前が並んでいる。
鈴木 灯。
神宮寺 清。
相沢 剛。
柏木 澄人。
相沢 健三。
美園。
遠野。
白石 奏。
真壁。
黒木。
「この10人を、発足時の中核とする」
サワイさんは言った。
「操縦者だけでは、《白鷺》は飛ばない。作る者、直す者、制御する者、記録する者、物資をつなぐ者、止める者、治療する者」
書類へ視線を落とす。
「10人で、ようやく1機だ」
誰も、すぐには返事をしなかった。
3年半前。
6畳一間で、俺は1人だった。
いま、同じ机の周りに10人がいる。
「給料は出るんですよね」
沈黙を破ったのはゴウだった。
美園さんが額を押さえる。
「重要だろ」
「重要ですが、最初に確認する内容ではありません」
「出る」
サワイさんは真顔で答えた。
「出張手当と危険作業手当も、規程を作る」
「やります」
「相沢さん」
「いや、金だけじゃないって!」
部屋に笑いが起きる。
張りつめていた空気が少し緩んだ。
「経理と調達は、私が担当します」
美園さんが書類を確認する。
「非公開部分があっても、支出理由と承認者は残します。後から誰にも説明できないお金は使いません」
「記録体系は、私が作ります」
遠野さんが続いた。
「出動を隠す必要があっても、内部記録まで消さない。判断が正しかったか、後から検証できる形にします」
「制御と通信は、俺がやる」
澄人が頷く。
「1機へ全部を集めない。地上管制が落ちても帰れるようにする」
健三さんは腕を組み、《白鷺》のある格納庫の方向へ顔を向けた。
「戻ってくるなら、何度でも直す。ただし、直せないものを勝手に積むなよ」
その言葉が、俺へ向けられているのは明らかだった。
「分かっています」
「本当に?」
「……相談します」
「それならいい」
真壁先生が手を挙げる。
「医療から条件があります」
「聞こう」
「操縦者や現場要員の健康状態について、医療側に独立した中止権限をください。作戦責任者が継続可能と判断しても、医学的に危険なら止めます」
「認める」
サワイさんは迷わなかった。
「白石さんは、感応らしき感覚の担当ではありません」
真壁先生は、さらに続ける。
「操縦者保護と航空生理の担当です。本人の感覚は、同意した範囲で補助情報として扱う。それだけを警報にはしません」
「その条件も明文化する」
奏が、静かに頭を下げた。
黒木さんは、書類の訓練責任者という欄を見て溜息をつく。
「定年前に、とんでもない仕事が増えたな」
「断るか」
サワイさんが訊く。
「飛ぶ前から帰り方を覚えさせる人間が必要なんだろう」
黒木さんは俺を一瞥した。
「この学生——いや、もう学生じゃないか。こいつを放っておくほうが怖い」
「お願いします」
「軽く言うな。死ぬほど訓練させるぞ」
「死なない範囲で」
「それを決めるのは俺と医療だ」
教授は、最後まで書類を読んでいた。
やがて、サワイさんへ向き直る。
「30年以上前、私の話を、あなたは笑わなかった」
「信じたわけではない」
「ええ。証拠がないと、正直に言われた」
教授は微笑んだ。
「それでも、証拠を得たら知らせてほしいと言ってくれた。あの一文があったから、私はあなたへ手紙を書けた」
「長く待たせた」
「私たちは、もっと長く待っていた者たちの記録を受け取りました」
教授は、全員の顔を見る。
「次は、我々が後へ残す番です」
サワイさんが、深く頷いた。
「鈴木君」
最後に、俺へ声がかかる。
「君は、どうする」
白い機体が飛ぶ姿を思い出す。
前世で届かなかった空。
海底から持ち帰った、帰還の記録。
隣には、止めると約束してくれた奏がいる。
作る者も、直す者も、帰す者もいる。
「参加します」
「TPCの命令だけで動く部隊ではない」
「はい」
「自由に飛べる私兵でもない」
「分かっています」
「記録に残らない働きもある。世間から英雄と呼ばれないかもしれない」
俺は、少しだけ笑った。
「呼ばれるために作ったんじゃありません」
誰かを助けられる場所へ飛ぶ。
光の巨人へ、すべてを押しつけない。
そして、帰ってくる。
「《白鷺班》として、やります」
10人が、それぞれ書類へ署名した。
正式名称は、地球平和連合・特別技術協力事業《白鷺》。
通称、《白鷺班》。
それが、俺たちの居場所になった。
◇◇◇
その夜。
アパートへ戻ると、視界の中央へ青い画面が開いた。
=========================================
【特殊チェーンクエスト達成】
鉄の十手
達成項目:
▶ 地球平和連合準備責任者への証拠提示
▶ 独立行動権限および技術開発拠点の確保
▶ 専門分野の異なる構成員10名
▶ 最初の実戦用中核機構:《白鷺》無人初飛行
報酬:
▶ +8,000 SP
▶ 【試作ブラックボックス・現物化権】×1
▶ チームクエスト機能を解放
▶ 所持ポイント:43,600 SP
=========================================
3年半前。
150 SPを見つめ、3万という数字に絶望していた。
いまは、4万を超えている。
だが、数字だけが増えたのではない。
俺の周囲に、10人がいる。
システムが評価したのも、俺1人の能力ではなかった。
人を集め。
拠点を作り。
機体を飛ばし。
帰す仕組みを作った。
そのすべてが、クエストの達成条件だった。
次は、俺自身が《白鷺》へ乗る準備をする。
基礎能力を開く。
【演算処理能力:D → C】
【2,000 SPを消費しました】
【反応速度:D → C】
【2,000 SPを消費しました】
【空間認識力:D → C】
【2,000 SPを消費しました】
部屋の輪郭が、一瞬だけ鮮明になる。
時計の秒針。
窓の外を走る車の位置。
机から落ちかけたペン。
見える情報が増えたというより、同時に扱える範囲が広がった。
それでも、操縦訓練が不要になるわけではない。
身体が知識へ追いつくまで、黒木さんに叩き直される必要がある。
次に、機体を守る技術。
=========================================
【ピンポイントバリア制御(基礎)】:8,000 SP
※局所力場を発生させるための制御知識です
※発生装置、電源、冷却、機体への搭載機構は含まれません
※展開位置と時刻は、操縦者または制御系が指定する必要があります
=========================================
全身を覆う無敵の盾ではない。
攻撃が当たる瞬間。
当たる場所へだけ、短時間の力場を作る。
判断が遅れれば、間に合わない。
電力を使い切れば、次は張れない。
それでも、怪獣の攻撃を1度だけ受け流せる可能性がある。
「取得する」
【8,000 SPを消費しました】
【『ピンポイントバリア制御(基礎)』を取得しました】
最後に、操縦者と機体をつなぐ装備。
【『EX-ギア(操縦統合型)』を取得しました】
【3,000 SPを消費しました】
外骨格。
耐G装具。
生体監視。
緊急脱出。
操縦入力。
今まで別々に作ってきたものを、1つの操縦装備へまとめるための設計知識。
取得したから、明日完成するわけではない。
奏と真壁先生が、人間へ使ってよい範囲を決める。
健三さんたちが、地球の材料で作る。
黒木さんが、故障した状態でも脱げるかを試す。
遠野さんと美園さんが、変更と部品を追う。
全員の手を通って、初めて装備になる。
【所持ポイント:26,600 SP】
画面の端に、未使用の報酬が残っている。
【試作ブラックボックス・現物化権】×1
何を出すか。
迷う時間は長くなかった。
知識だけでは、地球の技術で越えられない場所。
《白鷺》を、怪獣の一撃から守るための核。
「現物化対象を指定する」
=========================================
▶ 試作局所力場発生核
全長:18.4cm
質量:3.1kg
用途:短時間・限定範囲の力場発生
必要設備:外部電源/冷却/制御演算装置
連続使用:不可
自己修復:なし
複製方法:提供されません
※単体では作動しません
※過負荷による不可逆損傷の可能性があります
※解析または分解によって機能を失う可能性があります
=========================================
完成した盾ではない。
3kgほどの、試作部品1つ。
周囲の電源も、冷却も、制御も、取り付け方も俺たちが作る。
それでいい。
「現物化する」
青白い光が、机の上へ集まった。
音はなかった。
光が消えると、灰色の緩衝容器が置かれていた。
蓋を開ける。
内部にあるのは、黒銀色の小さな部品。
表面へ、細い青の線が走っている。
初めて、システムが知識ではなく、現実の物を寄越した。
胸が高鳴る。
これを使えば、怪獣の攻撃を防げるかもしれない。
だが、今すぐ《白鷺》へ押し込むことはしない。
出所を説明できない部品だからこそ、サワイさんと久保田さんへ存在を明かす。
隔離する。
単体で試験する。
壊れた場合に、機体から切り離せる搭載方法を作る。
海底で読んだことを、最初から破るわけにはいかない。
チートは使う。
だが、チートへ命を預けない。
それが、俺たちの使い方だ。
◇◇◇
2007年4月30日。
白鷺班の詰所で、澄人が世界各地の観測データを表示していた。
正式発足から1か月。
俺たちは《白鷺》の有人化準備と、局所力場発生核の隔離試験を並行して進めている。
EX-ギアの設計は、まだ人体模型を使った段階。
俺が空へ上がる日は、もう少し先だ。
「灯。これを見てくれ」
澄人が世界地図を拡大する。
赤い点が、複数の大陸へ灯っている。
「火山性微動が、この1週間で増加している。1つ1つは噴火予知の範囲内だけど、時期が重なりすぎてる」
「地震活動は?」
「一部で増えている。ただ、同じプレートだけじゃない」
別の画面。
「電離層の乱れ。渡り鳥の経路異常。深海魚の浮上報告。海水温だけでは説明できない場所もある」
遠野さんが、情報の確度を分類している。
「SNSや新聞の目撃談は除外しました。公的観測機関と、複数地点で一致したものだけです」
美園さんは、白鷺班が保有する燃料、交換部品、出動可能時間を一覧にしていた。
「仮に試験日程を前倒しする場合、交換用ポンプが1基不足します。発注から最短12日です」
「相沢製作所で代替品は?」
ゴウが健三さんへ訊く。
「外殻は作れる。内部の羽根は材料が足りん」
まだ、何が起きるかは分からない。
白鷺班の誰も、怪獣の名を知らない。
俺だけが知っている。
ゴルザ。
メルバ。
そして、光の巨人。
前世で観た物語が、現実の時間へ追いつこうとしている。
「灯」
澄人が、俺を見る。
「お前が以前から言っていた《前兆》と一致するか」
すべてが、記憶どおりではない。
俺の知識にない異常も混じっている。
年月が違えば、観測される情報も変わる。
それでも、胸の奥にある警報は消えなかった。
「一致する部分が多い」
「どれくらいの時間がある」
「分からない」
正直に答える。
「数か月かもしれない。もっと短いかもしれない」
ゴウが、格納庫の方向を見る。
「白鷺は、間に合うのか」
無人では飛んだ。
有人操縦区画は、まだ地上試験前。
EX-ギアも完成していない。
局所力場発生核は、低出力の試験すら始まっていない。
間に合わないものは多い。
それでも、3年半前とは違う。
俺1人ではない。
10人いる。
飛べる機体がある。
怪獣の一撃へ抗う、未知の核もある。
「全部は間に合わない」
俺は言った。
「だから、何を間に合わせるか決める」
ホワイトボードへ書く。
有人操縦区画。
EX-ギア最低機能。
通常飛行と緊急帰還。
救難用装備。
局所力場は、搭載条件を満たした場合のみ。
「武器は?」
ゴウが訊く。
「後回しだ」
「怪獣が来るのに?」
「最初に必要なのは、戦う機体じゃない。飛んで、情報を取り、人を逃がし、帰ってくる機体だ」
怪獣を倒したい。
空で無双したい。
メルバの翼へ穴を開けたい。
その願いを、否定はしない。
むしろ、そのためにここまで来た。
ただし、最初の出撃で帰れなければ、2度目の戦いはない。
「戦えるところまでは、必ず持っていく」
俺は続けた。
「でも、順番は変えない」
久保田さんへ、試験前倒しの申請を送る。
黒木さんは、有人飛行へ必要な訓練時間を再計算する。
奏と真壁先生は、短縮してはいけない医療試験を選ぶ。
全員が同時に動き始めた。
世界のどこかで、大地が目を覚まそうとしている。
俺たちの白い機体も、初めて人を乗せる日へ向かう。
ここから先は、画面の中で観た物語ではない。
光の巨人が現れるまで、何もできずに待つ世界でもない。
その前に飛ぶ鉄が、もう存在している。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力:C(UP)
┣ 空間認識力:C(UP)
┣ 反応速度:C(UP)
┗ G耐性/肉体:D(EX-ギア試作時:短時間B相当)
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)
┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(外部資料/解析率1.4%)
┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】
┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】
┣【ピンポイントバリア制御(基礎)】(NEW)
┣【EX-ギア(操縦統合型)】(NEW)
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.2】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント:29,300 SP
┣ 残機数:3 / 3
┣ 所属:特別技術協力事業《白鷺》/中核構成員10名
┣ 《白鷺》:無人初飛行成立/有人化試験準備中
┣ 試作ブラックボックス:局所力場発生核×1(隔離試験前)
┗ 警告:世界規模の前兆現象を複数確認
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