鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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人を救うために生まれた白い翼。

けれど、迫る災厄を前に、それだけでは守れないものもある。

《白鷺》は、ついに牙を持ちます。

どうぞお楽しみください!


牙を持つ

第39話 牙を持つ

 

 

 2007年6月9日。

 

 台風災害から、1週間。

 

 《白鷺》は、格納庫の中央で翼を外されていた。

 

 右主翼の付け根には、肉眼では見落としそうな亀裂が3本。

 

 可変機構の軸受には、想定を上回る摩耗。

 

 救難モジュール《R-01》を吊った胴体下面には、ワイヤーの荷重を受けた薄い変形が残っている。

 

 表面だけを見れば、少し傷ついた程度にしか見えない。

 

 だが、外板を剥がすと、機体が暴風の中で耐え続けた跡が、数字と傷になって現れた。

 

「……よく帰ってきたな」

 

 相沢製作所から持ち込んだ検査灯を当てながら、健三さんが低く呟いた。

 

「灯君。救助地点までの飛行時間は」

 

「往復と3回の移送を合わせて、1時間47分です」

 

「谷の上で、限界に近い姿勢制御を続けた時間は?」

 

「合計で8分32秒」

 

「その8分で、これだ」

 

 健三さんが亀裂の端を示す。

 

「長く飛んだから壊れたんじゃねぇ。突風と吊り荷で、短い時間に荷重の向きが何度も変わった。翼は上へ曲げられ、次の瞬間には下へ叩かれた。そのうえ、腹から人を吊ってる」

 

「設計時の暴風解析では——」

 

「平均値は超えてねぇ」

 

 俺の言葉を、健三さんが遮った。

 

「だが、平均の中に一瞬だけ混じる尖った荷重を拾い切れてなかった。数字が間違ってたんじゃない。見る場所が足りなかったんだ」

 

 耳が痛い。

 

 救助は成功した。

 

 3人を助け、俺も帰った。

 

 それでも、成功したという結果だけを見ていれば、次は空中で翼を失う。

 

「翼の付け根は、交換ですか」

 

「ああ。補修して飛ばせなくはないが、次にどこから割れるか説明できん」

 

 健三さんは迷わず答えた。

 

「一度外して、壊れ方を全部見る。新しい部材には、荷重を逃がす板を足す。ただし、重くなる」

 

「どのくらいですか」

 

「片側で、18kgから22kg」

 

 左右で最大44kg。

 

 航空機にとって、軽い数字ではない。

 

 けれど、人を救うたびに翼へ亀裂が入る機体にもできない。

 

「救難モジュールの荷重を、翼へ流さない構造に変えます」

 

 俺は機体下面へ目を向けた。

 

「中央フレームへ直接入れて、左右へ分ける。翼の可変軸を通さない」

 

「それなら、腹のフレームも作り直しだ」

 

「やります」

 

「簡単に言うな」

 

「簡単じゃないから、やるんです」

 

 健三さんは、俺の顔をしばらく見た。

 

 それから、小さく鼻を鳴らす。

 

「なら、図面を持ってこい。壊れた場所を隠した綺麗な図面じゃなく、今回どこへ力が通ったか全部書いたやつだ」

 

 

 少し離れた作業机では、美園さんが、今回交換する部品の一覧を作っていた。

 

「鈴木さん」

 

「はい」

 

「これを確認してください」

 

 差し出されたのは、A4用紙で5枚。

 

 部品番号。

 使用時間。

 損傷状態。

 交換理由。

 次回の納入予定。

 

 びっしりと並んだ文字の中に、操縦席からは見えなかった仕事が詰まっている。

 

「主翼構造材は、予備を2セット確保しています。ただし、今回の改修で使えば、残りは1セットです」

 

「追加発注は?」

 

「材料そのものは手配できます。問題は加工です」

 

 美園さんは、工程表をめくった。

 

「相沢製作所の大型加工機を使える時間は、月に96時間。そのうち、通常の取引先へ確保している時間を削ることはできません」

 

 白鷺班のために、町工場そのものを潰すわけにはいかない。

 

「TPC側の設備は」

 

「同じ精度で加工できる機械はあります。ただし、治具と作業手順を移す必要があります。最短でも3週間」

 

 戦闘以前の問題だった。

 

 翼が壊れれば、交換部品がいる。

 

 交換部品を作るには、材料だけでなく、機械と職人の時間がいる。

 

 武器を積めば、弾薬、点検器具、保管場所、輸送手段が増える。

 

 1回だけ強く飛ぶ機体なら、作れる。

 

 何度も出撃し、壊れ、直り、また飛ぶ機体にするには、機体の後ろへもう1つの仕組みが必要だった。

 

「言いたいことは1つです」

 

 美園さんが、俺へまっすぐ視線を向ける。

 

「《白鷺》が戦うたびに、この一覧は長くなります」

 

「はい」

 

「武装を積めば、さらに増えます」

 

「……はい」

 

「だから、格好よさだけで専用部品を増やさないでください。同じ規格で作れるものは同じにする。左右で共通化できる部品は共通化する。壊れたとき、相沢製作所以外でも作れる図面にする」

 

 言葉は厳しい。

 

 けれど、美園さんが守ろうとしているのは予算だけではない。

 

 次の出撃。

 

 その次の出撃。

 

 俺が一度だけ英雄になって終わらないための、継続する力だった。

 

「分かりました」

 

「返事だけではなく、設計へ反映してください」

 

「はい」

 

 その横で、ゴウが小声で言った。

 

「怒ってるときの美園さん、親父より怖ぇな」

 

「聞こえています」

 

「すみません」

 

 格納庫に、少しだけ笑いが戻った。

 

 

 俺は、外された白い翼へ手を置いた。

 

 あの日、3人を助けた。

 

 その選択は間違っていない。

 

 だが、代償は消えない。

 

 俺の身体だけではなく、機体が払っていた。

 

 なら、次は。

 

 壊れたことまで含めて、前へ進む。

 

 

◇◇◇

 

 

 同日の午後。

 

 格納庫脇の会議室で、《白鷺》の実戦改修会議が始まった。

 

 最初に資料を配ったのは、久保田さんだった。

 

「TPCの正規航空戦力では、GUTS配備を前提としたレーザー兵装の実用評価が進んでいる」

 

 スクリーンへ、機首固定式の試作レーザーが表示される。

 

 前世で見たガッツウイングの武装へつながる、人類側の本流だった。

 

「《白鷺》へ搭載することはできますか」

 

「現時点では難しい」

 

 久保田さんが首を振った。

 

「試作器は数が少なく、GUTSの運用評価へ全数を回している。出所を公表できない《白鷺》へ1基移せば、管理記録に不自然な穴が開く」

 

「正式に追加製造する場合は?」

 

「最短でも数か月。怪獣災害が今年中に始まるという君たちの予測には間に合わん」

 

 正規部隊から最新兵器を奪うわけにもいかない。

 

 GUTSには、GUTSの戦いがある。

 

 俺たちは、今ある材料と設備で別の牙を作るしかない。

 

「白鷺班として、武装の基本方針を提示します」

 

 俺は、自分の資料を開いた。

 

 最初のページに、3つの枠を置いている。

 

1.実体弾兵装

2.誘導兵装

3.近接突破機構

 

「1種類の強力な武器へ依存しません」

 

 海底構造で読んだ記録を思い出す。

 

 力を1つに集め。

 

 判断を1つへ預け。

 

 その1つが壊れたことで、すべてを失った文明。

 

「どれか1系統が止まっても、残りで任務を続けられる構成にします」

 

「実体弾は?」

 

 黒木さんが訊く。

 

「20mm航空機関砲。機体中心線へ1門。射撃時の反動を左右へ分け、可変翼の駆動部へ流さない」

 

「怪獣へ通用すると思うか」

 

「装甲を正面から抜けるとは思っていません」

 

 正直に答える。

 

「目、口、関節、翼膜。柔らかい部分を狙う。倒せなくても、こちらへ注意を向けさせる。避難経路から引き離すための武器です」

 

「弾薬は専用品か?」

 

 健三さんの問い。

 

「既存規格を基礎にします。弾頭だけ、TPCの材料班と共同で複数種類を試す」

 

 通常弾。

 徹甲弾。

 焼夷性を抑えた破砕弾。

 

 怪獣の身体が、どの程度の強度を持つか分からない以上、最初から1種類へ決め打ちはしない。

 

「誘導兵装は、小型ミサイル4発」

 

 次の図を表示する。

 

「高価な大型弾ではなく、既存の対地誘導弾を基礎にします。目的は撃破だけではありません」

 

「目標の注意を引く」

 

 澄人が言った。

 

「ああ。連続着弾で視線を誘導する。発煙、閃光、位置標識にも弾頭を交換できるようにする」

 

「救助地点の表示にも使える」

 

 遠野さんが資料へ書き込む。

 

「戦闘用と救難用で発射装置を共通化できます」

 

 美園さんが頷いた。

 

「弾頭と誘導部を分けて管理できれば、在庫も追えます」

 

 武器を救助から切り離さない。

 

 撃つためだけの装置にしない。

 

 それが、《白鷺》らしい形だと思った。

 

 

「3つ目の、近接突破機構は?」

 

 奏が訊いた。

 

 医療側の席に座っているが、目は機体図へ向いている。

 

「ピンポイントバリアを、機首と翼の前縁へ短時間だけ集中させます」

 

 スクリーンへ、白い機体の前方を覆う楔形の範囲を示す。

 

「怪獣へ機体を直接ぶつけるんですか」

 

「接触は前提にしません」

 

 すぐに否定する。

 

「回避できない攻撃を受け流す。狭い隙間を突破する。どうしても接近が必要な場合は、力場だけを一瞬接触させる」

 

「翼で切り裂く案は?」

 

 遠野さんが、旧案の欄を指した。

 

「破棄します」

 

 ゴウが、少し驚いた顔をした。

 

「昨日まで、最終手段に残すって言ってただろ」

 

「暴風飛行の亀裂を見たあとで、同じことは言えない」

 

 機体の翼は、剣ではない。

 

 揚力を生み、俺を帰すためのものだ。

 

 切るために振り回せば、一度勝っても帰れない。

 

「代わりに、機首下へ交換式の耐荷重ブロックを付けます」

 

 機体本体から切り離せる、短い衝角状の部品。

 

 ただし、実際に怪獣へ突き刺す刃ではない。

 

 ピンポイントバリアを安定させるための電極と、接触した場合に先に壊れる犠牲部品だ。

 

「機体へ直接、衝撃を入れないためのものです。壊れたら、その部分だけ交換する」

 

「近接戦闘を、しないための近接装備か」

 

 黒木さんが言う。

 

「はい。逃げ道を作るための牙です」

 

 倒すためだけではない。

 

 生きて抜けるための牙。

 

 

 久保田さんが、3つの案を見比べた。

 

「武装を搭載しても、R-01は残すのか」

 

「残します」

 

 迷わず答える。

 

「機関砲の弾倉と、救難モジュールの支持部を分離します。ミサイルポッドは翼下。R-01は胴体中央」

 

「重量超過は?」

 

「現行のままでは、最大離陸重量を184kg超えます」

 

「駄目じゃねぇか」

 

 ゴウが即座に言った。

 

「だから、全部を同時に満載しない」

 

 任務別に搭載量を変える。

 

 救難任務では、ミサイルを2発へ減らす。

 

 戦闘任務でも、R-01の救助バスケットと最低限の医療用品は残す。

 

 機関砲の弾数は、撃ち続けられる量ではなく、短い射撃を十数回行える範囲に抑える。

 

「何でもできる機体にはしません」

 

 1機へ、すべての役割を詰め込む。

 

 それも、4度目の文明が踏んだ道だった。

 

「持っていくものを選ぶ。ただし、人を連れ帰る機能だけは外さない」

 

 会議室に、短い沈黙が落ちた。

 

 やがて健三さんが、機体図の重心位置へ指を置く。

 

「機関砲を、あと12cm後ろへ動かせ」

 

「後ろへ?」

 

「弾を撃ち切ったとき、重心が前へ動きすぎる。救助バスケットを吊った状態と、弾が空の状態。両方で帰れる位置に置け」

 

「……確認します」

 

「確認じゃねぇ。計算して持ってこい」

 

「はい」

 

 武装会議は、そこから3時間続いた。

 

 牙を付ける。

 

 ただし、その牙で自分の翼を噛み切らないように。

 

 

 その夜。

 

 詰所へ残り、青い画面を開いた。

 

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▶ 所持ポイント:17,425 SP

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 台風救助任務から7日。

 

 1日75 SPの積み重ねで、所持ポイントは17,425まで増えていた。

 

 武装の設計を、地球側の試行錯誤だけで進めれば数か月かかる。

 

 前兆現象は、そこまで待ってくれない。

 

「開発支援を実行する」

 

=========================================

【開発支援:武装・救難機能統合設計】

 

必要SP:3,000

 

支援内容:

・機関砲反動および重心変化解析

・小型誘導弾の排気干渉解析

・救難モジュールとの同時搭載条件

・局所力場の収束位置候補

・シミュレーション:14,200条件

・加工用データおよび試験優先順位の提示

 

※兵器の製造、調達、運用承認を代行しません

※怪獣への有効性は保証されません

※未取得の実戦データは補完できません

=========================================

 

【3,000 SPを消費しました】

【所持ポイント:14,425 SP】

 

 大量の情報が、頭へ流れ込む。

 

 機関砲の反動で、機首が左へ振れる条件。

 

 ミサイル排気が、救助バスケットの外板を焦がす角度。

 

 力場を翼端へ広げた場合、左右の制御が0.03秒ずれただけで機体が回転する危険。

 

 答えが完成したわけではない。

 

 踏めば壊れる場所へ、赤い印が付いただけだ。

 

 明日から。

 

 健三さんが治具を作る。

 

 ゴウが配管と弾倉を組む。

 

 美園さんが弾薬と交換部品を管理する。

 

 澄人が射撃制御を書く。

 

 遠野さんが試験条件を作る。

 

 俺たちの手を、システムが代わりに動かすことはない。

 

 道具だ。

 

 ただし。

 

 俺は、その画面を閉じなかった。

 

 

 武装だけでは、足りない。

 

 暴風の中で何度も感じた。

 

 あと少し速ければ。

 

 あと少しだけ機首が向けば。

 

 あと1秒、制御が追いつけば。

 

 次に相手をするのは、風ではない。

 

 地面を割って現れるゴルザ。

 

 空を裂いて飛ぶメルバ。

 

 通常の《白鷺》では、追いつけない可能性が高い。

 

 画面を、さらに深い階層へ進める。

 

=========================================

【限定解放:OVER DRIVE】

 

解放費用:5,000 SP

起動費用:1,000 SP/回

最大稼働時間:180秒

 

効果:

▶ 推力、反応速度、制御応答を一時的に大幅上昇

▶ 機体制限値を短時間だけ拡張

▶ ピンポイントバリアの展開応答を高速化

 

代償:

▶ 機体温度と構造疲労が急激に増加

▶ 翼、推進器、可動部へ不可逆損傷の可能性

▶ 操縦者負荷が通常の安全基準を超過

 

※本機能は機体寿命を前借りします

※最大稼働時間は安全を保証する時間ではありません

※使用後、機体の分解点検と操縦者の医療検査が必要です

=========================================

 

 機体寿命の前借り。

 

 その言葉が、胸に残る。

 

 これは、ただ強くなる力ではない。

 

 健三さんが削った翼。

 

 ゴウが組んだ骨格。

 

 美園さんが確保した部品。

 

 みんなが積み上げた時間を、俺の判断で燃やす機能だ。

 

 それでも、必要になる。

 

 怪獣から人を逃がす数秒。

 

 攻撃を避ける1m。

 

 光の巨人へ届くまでの、わずかな時間。

 

 通常の性能では届かない場所へ、無理やり機体を押し込む。

 

 使わずに済むなら、それが一番いい。

 

 だが、使えないまま間に合わないことだけは避けたい。

 

 

 目を閉じる。

 

 台風の日。

 

 3人目の女性が、救助バスケットへ半分だけぶら下がっていた。

 

 あのとき、《白鷺》の応答があと一瞬遅ければ。

 

 前世の瓦礫の奥で聞こえた声と同じように、届かなかったかもしれない。

 

 俺は決めた。

 

「解放する」

 

【5,000 SPを消費しました】

【『OVER DRIVE』を解放しました】

【所持ポイント:9,425 SP】

 

 青い表示が消える。

 

 すぐに機体が強くなったわけではない。

 

 頭の中へ増えたのは、制御の考え方。

 

 燃料供給。

 

 熱交換。

 

 可動翼の応答制限解除。

 

 推力偏向の一時拡張。

 

 操縦者へ返す情報量。

 

 これを現実の《白鷺》へ入れるには、設計と試験が必要だ。

 

 

 そして、システムの言葉を、そのまま仲間へ話すことはできない。

 

 俺だけが知る青い画面。

 

 俺だけが知るSP。

 

 それでも、危険を隠したまま機体へ入れることはしない。

 

 明日。

 

 《緊急高出力モード》として、得た知識と危険性を全部伝える。

 

 自分だけの切り札にはしない。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌朝。

 

 俺は、白鷺班の全員へ緊急高出力モードの構想を提示した。

 

 推力と制御応答を、一時的に通常制限の外へ出す。

 

 その代わり、熱と構造疲労を急激に増やす。

 

 最大想定は180秒。

 

 ただし、現段階で180秒使えるとは考えない。

 

「無人試験では、5秒から始めます」

 

 俺は言った。

 

「5秒で機体を止めて、全部分解する。問題がなければ10秒。その次も、段階を飛ばさない」

 

「灯」

 

 ゴウが手を挙げた。

 

「それ、お前の身体は?」

 

「通常の安全基準を超える可能性がある」

 

「可能性じゃなくて、超えるんだろ」

 

「……はい」

 

 室内の空気が重くなる。

 

「操縦者を乗せての試験は、無人状態で熱と荷重を確認してからです」

 

「当たり前です」

 

 真壁先生が、静かな声で言った。

 

「ただし、無人試験に成功しても、人間へ使ってよいという意味にはなりません」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

 真壁先生は俺から視線を外さない。

 

「緊急時だから。人が逃げているから。あと少しで届くから。あなたは、どんな危険にも理由を付けられます」

 

 言い返せなかった。

 

 全部、俺が使いそうな言葉だった。

 

「使うなとは言いません」

 

 真壁先生は続ける。

 

「使用条件を、あなた1人の判断へ預けないと言っています」

 

 ホワイトボードへ、条件が書かれていく。

 

・起動には、現場指揮と医療監視の承認が必要。

・操縦者自身にも、いつでも停止できる権限を残す。

・通信断時は、設定時間または閾値到達で自動停止。

・黒木は機体状態から強制停止できる。

・奏と真壁は生体情報から強制停止できる。

・停止後、再起動には両系統の再承認が必要。

・使用後は、機体と操縦者の両方が検査を終えるまで再出撃禁止。

 

 1人へ、止める責任を背負わせない。

 

 奏だけへも。

 

 黒木さんだけへも。

 

 複数の手が、俺と機体を止められるようにする。

 

「異論は?」

 

 黒木さんが訊いた。

 

「ありません」

 

「返事が早い」

 

「同じことを、何人に言われればいいんですか」

 

「お前が直るまでだ」

 

 ゴウの言葉に、小さな笑いが起きる。

 

 それでも、奏は笑わなかった。

 

 会議が終わるまで、俺の資料を見つめていた。

 

 

 夕方。

 

 格納庫の裏で、奏に呼び止められた。

 

「鈴木さん」

 

「はい」

 

「少し、話せますか」

 

 格納庫の壁が、夕日に赤く染まっている。

 

 作業場の音は遠い。

 

「さっきの高出力モード」

 

「はい」

 

「医療側に強制停止権を置くことは、必要だと思います」

 

「ありがとうございます」

 

「でも、安心したとは言っていません」

 

 奏の声は静かだった。

 

 静かすぎて、かえって怖い。

 

「通常の安全基準を超える機動を、戦闘中に使うんですよね」

 

「必要な場合だけです」

 

「必要かどうかを決めるとき、鈴木さんは冷静でいられますか」

 

 答えが詰まる。

 

「目の前に人がいる。あと少しで届く。自分が無理をすれば助けられる」

 

 奏は、1つずつ並べた。

 

「その状況で、鈴木さんは自分を救助対象に含められますか」

 

 台風の日。

 

 彼女に問われて、ようやく「4人」と答えた。

 

「……含めます」

 

「すぐに言えませんでしたね」

 

「すみません」

 

「謝ってほしいわけではありません」

 

 奏が、俺の前へ一歩近づく。

 

「怖いんです」

 

 初めて、はっきりと言った。

 

「私は、鈴木さんが意識を失う前に変化を見つける役目です。けれど、私が見つけたときには、もう間に合わないかもしれない」

 

 間に合わない。

 

 その言葉が、胸へ刺さった。

 

 俺が最も恐れてきたものを。

 

 これからは、奏へも背負わせる。

 

「白石さん1人には背負わせません」

 

「でも、私も背負います」

 

 奏は俺を見上げた。

 

「10人で止める仕組みにしても、あなたの心拍を見て、切る判断をするのは私かもしれない」

 

「はい」

 

「敵が目の前にいても。誰かが逃げ遅れていても。私が止めたことで、助けられない人が出ても」

 

 声が少し震える。

 

「その判断を、あとで私のせいにしませんか」

 

「しません」

 

 今度は、迷わなかった。

 

「止めるのが遅かったとも言いません。俺が続けたかったとも言いません」

 

「本当に?」

 

「白石さんが切ると言ったら、俺はその瞬間に切ります。理由を聞く前に」

 

 奏は、俺の目を見つめていた。

 

「それから」

 

 俺は続ける。

 

「止めた責任を、白石さん1人のものにはしません。白鷺班で決めた条件です。俺も署名します」

 

「……そこまで文書にするんですか」

 

「しないと、俺は都合よく忘れます」

 

 奏の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「自覚はあるんですね」

 

「最近、かなり増えました」

 

 夕日の中で、彼女の目に残っていた涙が光る。

 

「重いです」

 

 奏が言った。

 

「鈴木さんの命綱になるのは、すごく重いです」

 

「はい」

 

「でも、1人ではないなら」

 

 彼女は、俺の胸元を指先で軽く押した。

 

「引き受けます。あなたが帰るための、10本のうちの1本を」

 

 命綱は1本ではない。

 

 奏だけでもない。

 

 ゴウ。

 澄人。

 教授。

 健三さん。

 美園さん。

 遠野さん。

 真壁先生。

 黒木さん。

 そして、俺自身。

 

「お願いします」

 

「その代わり」

 

「必ず帰ってくる」

 

「まだ言っていません」

 

「違いました?」

 

「合っています」

 

 奏は、小さく笑った。

 

「必ず帰ってきてください。何度でも言います」

 

「何度でも答えます」

 

「約束です」

 

「約束です」

 

 

◇◇◇

 

 

 6月23日。

 

 《白鷺》の修理と、実戦改修の第1段階が完了した。

 

 交換された主翼付け根。

 

 荷重を中央フレームへ逃がす救難モジュール支持部。

 

 機体中心線へ収められた20mm航空機関砲。

 

 左右の翼下に、小型誘導弾を2発ずつ。

 

 機首下には、近接突破用の交換式耐荷重ブロック。

 

 救難モジュール《R-01》も残っている。

 

 牙を付けたからといって、救うための手を外してはいない。

 

 

 試験場の海上標的へ、最初の実弾射撃を行った。

 

「機関砲、単発」

 

 操縦桿の引き金へ指を置く。

 

「射撃許可」

 

 黒木さんの声。

 

 1発。

 

 鈍い反動が機体の中心を通り、海上の装甲標的へ穴を開けた。

 

 続いて3発の短い連射。

 

 機首がわずかに左へ振れる。

 

「偏向0.6度」

 

 澄人が読む。

 

『補正範囲内。ただし、8発以上の連続射撃は推奨しない』

 

「了解」

 

 怪獣へ通用する保証はない。

 

 それでも、こちらへ振り向かせる音と衝撃は作れる。

 

 

 小型誘導弾。

 

 1発目は、標的の手前3mへ着弾した。

 

 失敗ではない。

 

 排気がR-01の外板へ与える温度。

 

 発射時の翼下荷重。

 

 誘導部と機体通信の遅れ。

 

 必要なデータが取れた。

 

 補正後の2発目は、標的の中央へ命中する。

 

 爆煙の中で、海上標的が大きく傾いた。

 

 

 最後に、ピンポイントバリアを利用した近接突破試験。

 

 人は乗せない。

 

 俺は地上の操縦席から、無人状態の《白鷺》を動かした。

 

 最初は通常速度。

 

 機首下の耐荷重ブロックへ、局所力場を0.4秒だけ集中させる。

 

 吊り下げられた試験板の側面を、力場の先端だけが掠めた。

 

 金属板がへこみ、《白鷺》は接触せず通り抜ける。

 

「力場中心、機体前方46cm」

 

 澄人が結果を読む。

 

「左右偏差、3cm」

 

「機体荷重は?」

 

「翼付け根、通常旋回の1.2倍。許容範囲内」

 

 健三さんが、遠隔カメラで耐荷重ブロックを確認する。

 

「接触してねぇのに、表面温度が上がってる」

 

「力場の反力です」

 

「連続じゃ使えんな」

 

「はい。1回ごとに冷却が必要です」

 

 無敵の剣ではない。

 

 一度、道をこじ開けるための牙だ。

 

 

 高出力モードの無人試験も、同じ日に行った。

 

 最大180秒の機能へ、最初に許可されたのは5秒だけ。

 

「緊急高出力モード、待機」

 

 タービン出力。

 

 冷却流量。

 

 可変翼の応答。

 

 すべてを確認する。

 

「起動」

 

 《白鷺》の排気が、青白く細く絞られた。

 

 機体が一瞬だけ前へ沈み込み。

 

 次の瞬間。

 

 通常試験では見たことのない加速で、空へ跳んだ。

 

 白い翼の縁が、熱で淡く赤くなる。

 

「1秒」

 

「推力、通常上限の143%」

 

「2秒」

 

「冷却A、B、C上昇」

 

「3秒」

 

 機体が、遠隔映像の中央から消えかける。

 

「4秒」

 

「停止準備」

 

「5秒——停止!」

 

 高出力モードが切れる。

 

 《白鷺》は推力を落とし、通常制御へ戻った。

 

 5秒。

 

 それだけだった。

 

 それでも、格納庫へ戻した機体を開けると、可動翼の軸受温度は想定を9℃上回っていた。

 

 推進器周囲の遮熱材には、細い変色。

 

 機首の一部へ、通常飛行では出なかった振動履歴。

 

「180秒?」

 

 ゴウが、ログを見ながら呟いた。

 

「5秒でこれだぞ」

 

「システム上の最大値は、壊れない時間じゃない」

 

 俺は答えた。

 

「制御が維持できる上限です」

 

「もっと怖ぇよ」

 

 健三さんが、変色した遮熱材を外す。

 

「次は10秒じゃねぇ。原因が分かるまで、もう1回5秒だ」

 

「はい」

 

「戦闘で、いきなり180秒使うなよ」

 

「使いません」

 

 答えながら。

 

 本当に、その約束を守れる状況だけが来るとは思えなかった。

 

 それでも、今は積み上げる。

 

 5秒。

 

 次も5秒。

 

 いつか必要になる180秒を、少しでも帰れる力へ変えるために。

 

 

 試験を終えた《白鷺》を、ゴウと並んで見上げた。

 

「怪獣に通用すると思うか」

 

「分からない」

 

 正直に答える。

 

「機関砲も、ミサイルも。あの大きさの相手には、傷にならないかもしれない」

 

「じゃあ、なんで作った」

 

「振り向かせるためだ」

 

 避難している人から、怪獣の視線を外す。

 

 逃げる時間を作る。

 

 攻撃の軌道を変える。

 

「倒せなくても、戦場へ割り込める」

 

「それで、最後は?」

 

 前世で知る、光の巨人。

 

 この星に、もうすぐ現れるはずの存在。

 

「倒すのは、別の誰かかもしれない」

 

 俺は、白い翼を見上げた。

 

「でも、その誰か1人だけには戦わせない」

 

 ゴウは、少し笑った。

 

「なら、牙は要るな」

 

「ああ」

 

 救うために。

 

 帰るために。

 

 光の隣へ食らいつくために。

 

 

◇◇◇

 

 

 2007年7月7日、午前3時14分。

 

 白鷺班の緊急回線が鳴った。

 

 仮眠室から詰所へ駆け込むと、澄人が世界地図と大気圏監視データを表示していた。

 

「未確認物体が、大気圏へ突入した」

 

 画面上を、赤い軌道が走っている。

 

「大きさは?」

 

「観測値が安定しない。外殻が途中で剥離している可能性がある」

 

「隕石か」

 

「TPC観測本部は、その可能性が高いと見てる。ただし——」

 

 澄人が、別の画面へ切り替える。

 

 モンゴル南部。

 

 ゴビ砂漠東端。

 

 落下予測地域の地下で、地震波とは異なる低周波振動が増えていた。

 

 俺の心臓が、大きく脈打つ。

 

 3年半。

 

 ペナルティゾーンで、何度も俺を殺した怪獣。

 

 地面を割り。

 

 ガッツウイングを落とし。

 

 光の巨人が目覚める始まりとなる存在。

 

「灯」

 

 澄人が、俺の顔を見る。

 

「この場所に、心当たりがあるんだな」

 

 隠し切れない。

 

 それでも、前世の物語をすべて話すことはできない。

 

「怪獣が眠っている可能性が高い」

 

「名前は?」

 

 喉が乾く。

 

 これまで、頭の中だけにあった名前。

 

 口にすれば、未来が現実になる。

 

「ゴルザ」

 

 詰所が静まり返った。

 

 その直後。

 

 観測画面の振幅が、一段大きくなった。

 

「地殻変動、増加!」

 

 遠野さんがデータを確認する。

 

「落下予測時刻まで、11分」

 

 黒木さんの声が通信へ入る。

 

『全員、配置へ。まだ出撃命令は出ていない。機体を飛ばせる状態にしろ』

 

 格納庫の照明が、一斉に点灯する。

 

 ゴウと健三さんが、機体へ走る。

 

 美園さんは、弾薬と予備部品の搬入記録を開く。

 

 奏と真壁先生が、俺のEX-ギアを準備する。

 

 白い翼には、初めて牙がある。

 

 それでも、勝てる保証はどこにもない。

 

 むしろ。

 

 俺は、誰より知っている。

 

 あれが、20mm弾で簡単に倒れる相手ではないことを。

 

 怖い。

 

 3年半、何度も殺された記憶が、身体の奥から蘇る。

 

 それでも、逃げるつもりはなかった。

 

「《白鷺》、出撃準備」

 

 俺は言った。

 

「来たんですね」

 

 背後で、奏の声がした。

 

「ああ」

 

 振り返る。

 

 彼女はEX-ギアの胸部センサーを持ち、まっすぐ俺を見ていた。

 

「約束を確認します」

 

「管制か医療が止めたら、理由を聞く前に切る」

 

「自分を含めた全員で帰る」

 

「はい」

 

 奏が頷く。

 

「では、行きましょう」

 

 1人ではない。

 

 10人で作った翼。

 

 10本の命綱。

 

 そして、3つの牙。

 

 前世で観た物語が。

 

 俺たちの現実へ、追いついた。

 

 

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【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力:C

┣ 空間認識力:C

┣ 反応速度:C

┗ G耐性/肉体:D(EX-ギア装着時:B相当)

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.2】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)

┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(解析率:2.1%)

┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】

┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】

┣【ピンポイントバリア(基礎)】

┣【EX-ギア(操縦統合型)】

┣【OVER DRIVE】(NEW/未使用)

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.2】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント:11,525 SP

┣ 残機数:3 / 3

┣ 《白鷺》:修理完了/実戦改修第1段階

┣ 武装:20mm航空機関砲/小型誘導弾4発/近接突破機構

┣ 救難装備:《R-01》継続搭載

┣ OVER DRIVE:無人5秒試験まで/有人未使用

┣ 制約:起動・停止を管制、医療、操縦者の複数系統で管理

┗ 緊急:大気圏突入体を確認——落下予測地域、モンゴル南部

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