鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
けれど、迫る災厄を前に、それだけでは守れないものもある。
《白鷺》は、ついに牙を持ちます。
どうぞお楽しみください!
第39話 牙を持つ
2007年6月9日。
台風災害から、1週間。
《白鷺》は、格納庫の中央で翼を外されていた。
右主翼の付け根には、肉眼では見落としそうな亀裂が3本。
可変機構の軸受には、想定を上回る摩耗。
救難モジュール《R-01》を吊った胴体下面には、ワイヤーの荷重を受けた薄い変形が残っている。
表面だけを見れば、少し傷ついた程度にしか見えない。
だが、外板を剥がすと、機体が暴風の中で耐え続けた跡が、数字と傷になって現れた。
「……よく帰ってきたな」
相沢製作所から持ち込んだ検査灯を当てながら、健三さんが低く呟いた。
「灯君。救助地点までの飛行時間は」
「往復と3回の移送を合わせて、1時間47分です」
「谷の上で、限界に近い姿勢制御を続けた時間は?」
「合計で8分32秒」
「その8分で、これだ」
健三さんが亀裂の端を示す。
「長く飛んだから壊れたんじゃねぇ。突風と吊り荷で、短い時間に荷重の向きが何度も変わった。翼は上へ曲げられ、次の瞬間には下へ叩かれた。そのうえ、腹から人を吊ってる」
「設計時の暴風解析では——」
「平均値は超えてねぇ」
俺の言葉を、健三さんが遮った。
「だが、平均の中に一瞬だけ混じる尖った荷重を拾い切れてなかった。数字が間違ってたんじゃない。見る場所が足りなかったんだ」
耳が痛い。
救助は成功した。
3人を助け、俺も帰った。
それでも、成功したという結果だけを見ていれば、次は空中で翼を失う。
「翼の付け根は、交換ですか」
「ああ。補修して飛ばせなくはないが、次にどこから割れるか説明できん」
健三さんは迷わず答えた。
「一度外して、壊れ方を全部見る。新しい部材には、荷重を逃がす板を足す。ただし、重くなる」
「どのくらいですか」
「片側で、18kgから22kg」
左右で最大44kg。
航空機にとって、軽い数字ではない。
けれど、人を救うたびに翼へ亀裂が入る機体にもできない。
「救難モジュールの荷重を、翼へ流さない構造に変えます」
俺は機体下面へ目を向けた。
「中央フレームへ直接入れて、左右へ分ける。翼の可変軸を通さない」
「それなら、腹のフレームも作り直しだ」
「やります」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないから、やるんです」
健三さんは、俺の顔をしばらく見た。
それから、小さく鼻を鳴らす。
「なら、図面を持ってこい。壊れた場所を隠した綺麗な図面じゃなく、今回どこへ力が通ったか全部書いたやつだ」
少し離れた作業机では、美園さんが、今回交換する部品の一覧を作っていた。
「鈴木さん」
「はい」
「これを確認してください」
差し出されたのは、A4用紙で5枚。
部品番号。
使用時間。
損傷状態。
交換理由。
次回の納入予定。
びっしりと並んだ文字の中に、操縦席からは見えなかった仕事が詰まっている。
「主翼構造材は、予備を2セット確保しています。ただし、今回の改修で使えば、残りは1セットです」
「追加発注は?」
「材料そのものは手配できます。問題は加工です」
美園さんは、工程表をめくった。
「相沢製作所の大型加工機を使える時間は、月に96時間。そのうち、通常の取引先へ確保している時間を削ることはできません」
白鷺班のために、町工場そのものを潰すわけにはいかない。
「TPC側の設備は」
「同じ精度で加工できる機械はあります。ただし、治具と作業手順を移す必要があります。最短でも3週間」
戦闘以前の問題だった。
翼が壊れれば、交換部品がいる。
交換部品を作るには、材料だけでなく、機械と職人の時間がいる。
武器を積めば、弾薬、点検器具、保管場所、輸送手段が増える。
1回だけ強く飛ぶ機体なら、作れる。
何度も出撃し、壊れ、直り、また飛ぶ機体にするには、機体の後ろへもう1つの仕組みが必要だった。
「言いたいことは1つです」
美園さんが、俺へまっすぐ視線を向ける。
「《白鷺》が戦うたびに、この一覧は長くなります」
「はい」
「武装を積めば、さらに増えます」
「……はい」
「だから、格好よさだけで専用部品を増やさないでください。同じ規格で作れるものは同じにする。左右で共通化できる部品は共通化する。壊れたとき、相沢製作所以外でも作れる図面にする」
言葉は厳しい。
けれど、美園さんが守ろうとしているのは予算だけではない。
次の出撃。
その次の出撃。
俺が一度だけ英雄になって終わらないための、継続する力だった。
「分かりました」
「返事だけではなく、設計へ反映してください」
「はい」
その横で、ゴウが小声で言った。
「怒ってるときの美園さん、親父より怖ぇな」
「聞こえています」
「すみません」
格納庫に、少しだけ笑いが戻った。
俺は、外された白い翼へ手を置いた。
あの日、3人を助けた。
その選択は間違っていない。
だが、代償は消えない。
俺の身体だけではなく、機体が払っていた。
なら、次は。
壊れたことまで含めて、前へ進む。
◇◇◇
同日の午後。
格納庫脇の会議室で、《白鷺》の実戦改修会議が始まった。
最初に資料を配ったのは、久保田さんだった。
「TPCの正規航空戦力では、GUTS配備を前提としたレーザー兵装の実用評価が進んでいる」
スクリーンへ、機首固定式の試作レーザーが表示される。
前世で見たガッツウイングの武装へつながる、人類側の本流だった。
「《白鷺》へ搭載することはできますか」
「現時点では難しい」
久保田さんが首を振った。
「試作器は数が少なく、GUTSの運用評価へ全数を回している。出所を公表できない《白鷺》へ1基移せば、管理記録に不自然な穴が開く」
「正式に追加製造する場合は?」
「最短でも数か月。怪獣災害が今年中に始まるという君たちの予測には間に合わん」
正規部隊から最新兵器を奪うわけにもいかない。
GUTSには、GUTSの戦いがある。
俺たちは、今ある材料と設備で別の牙を作るしかない。
「白鷺班として、武装の基本方針を提示します」
俺は、自分の資料を開いた。
最初のページに、3つの枠を置いている。
1.実体弾兵装
2.誘導兵装
3.近接突破機構
「1種類の強力な武器へ依存しません」
海底構造で読んだ記録を思い出す。
力を1つに集め。
判断を1つへ預け。
その1つが壊れたことで、すべてを失った文明。
「どれか1系統が止まっても、残りで任務を続けられる構成にします」
「実体弾は?」
黒木さんが訊く。
「20mm航空機関砲。機体中心線へ1門。射撃時の反動を左右へ分け、可変翼の駆動部へ流さない」
「怪獣へ通用すると思うか」
「装甲を正面から抜けるとは思っていません」
正直に答える。
「目、口、関節、翼膜。柔らかい部分を狙う。倒せなくても、こちらへ注意を向けさせる。避難経路から引き離すための武器です」
「弾薬は専用品か?」
健三さんの問い。
「既存規格を基礎にします。弾頭だけ、TPCの材料班と共同で複数種類を試す」
通常弾。
徹甲弾。
焼夷性を抑えた破砕弾。
怪獣の身体が、どの程度の強度を持つか分からない以上、最初から1種類へ決め打ちはしない。
「誘導兵装は、小型ミサイル4発」
次の図を表示する。
「高価な大型弾ではなく、既存の対地誘導弾を基礎にします。目的は撃破だけではありません」
「目標の注意を引く」
澄人が言った。
「ああ。連続着弾で視線を誘導する。発煙、閃光、位置標識にも弾頭を交換できるようにする」
「救助地点の表示にも使える」
遠野さんが資料へ書き込む。
「戦闘用と救難用で発射装置を共通化できます」
美園さんが頷いた。
「弾頭と誘導部を分けて管理できれば、在庫も追えます」
武器を救助から切り離さない。
撃つためだけの装置にしない。
それが、《白鷺》らしい形だと思った。
「3つ目の、近接突破機構は?」
奏が訊いた。
医療側の席に座っているが、目は機体図へ向いている。
「ピンポイントバリアを、機首と翼の前縁へ短時間だけ集中させます」
スクリーンへ、白い機体の前方を覆う楔形の範囲を示す。
「怪獣へ機体を直接ぶつけるんですか」
「接触は前提にしません」
すぐに否定する。
「回避できない攻撃を受け流す。狭い隙間を突破する。どうしても接近が必要な場合は、力場だけを一瞬接触させる」
「翼で切り裂く案は?」
遠野さんが、旧案の欄を指した。
「破棄します」
ゴウが、少し驚いた顔をした。
「昨日まで、最終手段に残すって言ってただろ」
「暴風飛行の亀裂を見たあとで、同じことは言えない」
機体の翼は、剣ではない。
揚力を生み、俺を帰すためのものだ。
切るために振り回せば、一度勝っても帰れない。
「代わりに、機首下へ交換式の耐荷重ブロックを付けます」
機体本体から切り離せる、短い衝角状の部品。
ただし、実際に怪獣へ突き刺す刃ではない。
ピンポイントバリアを安定させるための電極と、接触した場合に先に壊れる犠牲部品だ。
「機体へ直接、衝撃を入れないためのものです。壊れたら、その部分だけ交換する」
「近接戦闘を、しないための近接装備か」
黒木さんが言う。
「はい。逃げ道を作るための牙です」
倒すためだけではない。
生きて抜けるための牙。
久保田さんが、3つの案を見比べた。
「武装を搭載しても、R-01は残すのか」
「残します」
迷わず答える。
「機関砲の弾倉と、救難モジュールの支持部を分離します。ミサイルポッドは翼下。R-01は胴体中央」
「重量超過は?」
「現行のままでは、最大離陸重量を184kg超えます」
「駄目じゃねぇか」
ゴウが即座に言った。
「だから、全部を同時に満載しない」
任務別に搭載量を変える。
救難任務では、ミサイルを2発へ減らす。
戦闘任務でも、R-01の救助バスケットと最低限の医療用品は残す。
機関砲の弾数は、撃ち続けられる量ではなく、短い射撃を十数回行える範囲に抑える。
「何でもできる機体にはしません」
1機へ、すべての役割を詰め込む。
それも、4度目の文明が踏んだ道だった。
「持っていくものを選ぶ。ただし、人を連れ帰る機能だけは外さない」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
やがて健三さんが、機体図の重心位置へ指を置く。
「機関砲を、あと12cm後ろへ動かせ」
「後ろへ?」
「弾を撃ち切ったとき、重心が前へ動きすぎる。救助バスケットを吊った状態と、弾が空の状態。両方で帰れる位置に置け」
「……確認します」
「確認じゃねぇ。計算して持ってこい」
「はい」
武装会議は、そこから3時間続いた。
牙を付ける。
ただし、その牙で自分の翼を噛み切らないように。
その夜。
詰所へ残り、青い画面を開いた。
=========================================
▶ 所持ポイント:17,425 SP
=========================================
台風救助任務から7日。
1日75 SPの積み重ねで、所持ポイントは17,425まで増えていた。
武装の設計を、地球側の試行錯誤だけで進めれば数か月かかる。
前兆現象は、そこまで待ってくれない。
「開発支援を実行する」
=========================================
【開発支援:武装・救難機能統合設計】
必要SP:3,000
支援内容:
・機関砲反動および重心変化解析
・小型誘導弾の排気干渉解析
・救難モジュールとの同時搭載条件
・局所力場の収束位置候補
・シミュレーション:14,200条件
・加工用データおよび試験優先順位の提示
※兵器の製造、調達、運用承認を代行しません
※怪獣への有効性は保証されません
※未取得の実戦データは補完できません
=========================================
【3,000 SPを消費しました】
【所持ポイント:14,425 SP】
大量の情報が、頭へ流れ込む。
機関砲の反動で、機首が左へ振れる条件。
ミサイル排気が、救助バスケットの外板を焦がす角度。
力場を翼端へ広げた場合、左右の制御が0.03秒ずれただけで機体が回転する危険。
答えが完成したわけではない。
踏めば壊れる場所へ、赤い印が付いただけだ。
明日から。
健三さんが治具を作る。
ゴウが配管と弾倉を組む。
美園さんが弾薬と交換部品を管理する。
澄人が射撃制御を書く。
遠野さんが試験条件を作る。
俺たちの手を、システムが代わりに動かすことはない。
道具だ。
ただし。
俺は、その画面を閉じなかった。
武装だけでは、足りない。
暴風の中で何度も感じた。
あと少し速ければ。
あと少しだけ機首が向けば。
あと1秒、制御が追いつけば。
次に相手をするのは、風ではない。
地面を割って現れるゴルザ。
空を裂いて飛ぶメルバ。
通常の《白鷺》では、追いつけない可能性が高い。
画面を、さらに深い階層へ進める。
=========================================
【限定解放:OVER DRIVE】
解放費用:5,000 SP
起動費用:1,000 SP/回
最大稼働時間:180秒
効果:
▶ 推力、反応速度、制御応答を一時的に大幅上昇
▶ 機体制限値を短時間だけ拡張
▶ ピンポイントバリアの展開応答を高速化
代償:
▶ 機体温度と構造疲労が急激に増加
▶ 翼、推進器、可動部へ不可逆損傷の可能性
▶ 操縦者負荷が通常の安全基準を超過
※本機能は機体寿命を前借りします
※最大稼働時間は安全を保証する時間ではありません
※使用後、機体の分解点検と操縦者の医療検査が必要です
=========================================
機体寿命の前借り。
その言葉が、胸に残る。
これは、ただ強くなる力ではない。
健三さんが削った翼。
ゴウが組んだ骨格。
美園さんが確保した部品。
みんなが積み上げた時間を、俺の判断で燃やす機能だ。
それでも、必要になる。
怪獣から人を逃がす数秒。
攻撃を避ける1m。
光の巨人へ届くまでの、わずかな時間。
通常の性能では届かない場所へ、無理やり機体を押し込む。
使わずに済むなら、それが一番いい。
だが、使えないまま間に合わないことだけは避けたい。
目を閉じる。
台風の日。
3人目の女性が、救助バスケットへ半分だけぶら下がっていた。
あのとき、《白鷺》の応答があと一瞬遅ければ。
前世の瓦礫の奥で聞こえた声と同じように、届かなかったかもしれない。
俺は決めた。
「解放する」
【5,000 SPを消費しました】
【『OVER DRIVE』を解放しました】
【所持ポイント:9,425 SP】
青い表示が消える。
すぐに機体が強くなったわけではない。
頭の中へ増えたのは、制御の考え方。
燃料供給。
熱交換。
可動翼の応答制限解除。
推力偏向の一時拡張。
操縦者へ返す情報量。
これを現実の《白鷺》へ入れるには、設計と試験が必要だ。
そして、システムの言葉を、そのまま仲間へ話すことはできない。
俺だけが知る青い画面。
俺だけが知るSP。
それでも、危険を隠したまま機体へ入れることはしない。
明日。
《緊急高出力モード》として、得た知識と危険性を全部伝える。
自分だけの切り札にはしない。
◇◇◇
翌朝。
俺は、白鷺班の全員へ緊急高出力モードの構想を提示した。
推力と制御応答を、一時的に通常制限の外へ出す。
その代わり、熱と構造疲労を急激に増やす。
最大想定は180秒。
ただし、現段階で180秒使えるとは考えない。
「無人試験では、5秒から始めます」
俺は言った。
「5秒で機体を止めて、全部分解する。問題がなければ10秒。その次も、段階を飛ばさない」
「灯」
ゴウが手を挙げた。
「それ、お前の身体は?」
「通常の安全基準を超える可能性がある」
「可能性じゃなくて、超えるんだろ」
「……はい」
室内の空気が重くなる。
「操縦者を乗せての試験は、無人状態で熱と荷重を確認してからです」
「当たり前です」
真壁先生が、静かな声で言った。
「ただし、無人試験に成功しても、人間へ使ってよいという意味にはなりません」
「分かっています」
「本当に?」
真壁先生は俺から視線を外さない。
「緊急時だから。人が逃げているから。あと少しで届くから。あなたは、どんな危険にも理由を付けられます」
言い返せなかった。
全部、俺が使いそうな言葉だった。
「使うなとは言いません」
真壁先生は続ける。
「使用条件を、あなた1人の判断へ預けないと言っています」
ホワイトボードへ、条件が書かれていく。
・起動には、現場指揮と医療監視の承認が必要。
・操縦者自身にも、いつでも停止できる権限を残す。
・通信断時は、設定時間または閾値到達で自動停止。
・黒木は機体状態から強制停止できる。
・奏と真壁は生体情報から強制停止できる。
・停止後、再起動には両系統の再承認が必要。
・使用後は、機体と操縦者の両方が検査を終えるまで再出撃禁止。
1人へ、止める責任を背負わせない。
奏だけへも。
黒木さんだけへも。
複数の手が、俺と機体を止められるようにする。
「異論は?」
黒木さんが訊いた。
「ありません」
「返事が早い」
「同じことを、何人に言われればいいんですか」
「お前が直るまでだ」
ゴウの言葉に、小さな笑いが起きる。
それでも、奏は笑わなかった。
会議が終わるまで、俺の資料を見つめていた。
夕方。
格納庫の裏で、奏に呼び止められた。
「鈴木さん」
「はい」
「少し、話せますか」
格納庫の壁が、夕日に赤く染まっている。
作業場の音は遠い。
「さっきの高出力モード」
「はい」
「医療側に強制停止権を置くことは、必要だと思います」
「ありがとうございます」
「でも、安心したとは言っていません」
奏の声は静かだった。
静かすぎて、かえって怖い。
「通常の安全基準を超える機動を、戦闘中に使うんですよね」
「必要な場合だけです」
「必要かどうかを決めるとき、鈴木さんは冷静でいられますか」
答えが詰まる。
「目の前に人がいる。あと少しで届く。自分が無理をすれば助けられる」
奏は、1つずつ並べた。
「その状況で、鈴木さんは自分を救助対象に含められますか」
台風の日。
彼女に問われて、ようやく「4人」と答えた。
「……含めます」
「すぐに言えませんでしたね」
「すみません」
「謝ってほしいわけではありません」
奏が、俺の前へ一歩近づく。
「怖いんです」
初めて、はっきりと言った。
「私は、鈴木さんが意識を失う前に変化を見つける役目です。けれど、私が見つけたときには、もう間に合わないかもしれない」
間に合わない。
その言葉が、胸へ刺さった。
俺が最も恐れてきたものを。
これからは、奏へも背負わせる。
「白石さん1人には背負わせません」
「でも、私も背負います」
奏は俺を見上げた。
「10人で止める仕組みにしても、あなたの心拍を見て、切る判断をするのは私かもしれない」
「はい」
「敵が目の前にいても。誰かが逃げ遅れていても。私が止めたことで、助けられない人が出ても」
声が少し震える。
「その判断を、あとで私のせいにしませんか」
「しません」
今度は、迷わなかった。
「止めるのが遅かったとも言いません。俺が続けたかったとも言いません」
「本当に?」
「白石さんが切ると言ったら、俺はその瞬間に切ります。理由を聞く前に」
奏は、俺の目を見つめていた。
「それから」
俺は続ける。
「止めた責任を、白石さん1人のものにはしません。白鷺班で決めた条件です。俺も署名します」
「……そこまで文書にするんですか」
「しないと、俺は都合よく忘れます」
奏の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「自覚はあるんですね」
「最近、かなり増えました」
夕日の中で、彼女の目に残っていた涙が光る。
「重いです」
奏が言った。
「鈴木さんの命綱になるのは、すごく重いです」
「はい」
「でも、1人ではないなら」
彼女は、俺の胸元を指先で軽く押した。
「引き受けます。あなたが帰るための、10本のうちの1本を」
命綱は1本ではない。
奏だけでもない。
ゴウ。
澄人。
教授。
健三さん。
美園さん。
遠野さん。
真壁先生。
黒木さん。
そして、俺自身。
「お願いします」
「その代わり」
「必ず帰ってくる」
「まだ言っていません」
「違いました?」
「合っています」
奏は、小さく笑った。
「必ず帰ってきてください。何度でも言います」
「何度でも答えます」
「約束です」
「約束です」
◇◇◇
6月23日。
《白鷺》の修理と、実戦改修の第1段階が完了した。
交換された主翼付け根。
荷重を中央フレームへ逃がす救難モジュール支持部。
機体中心線へ収められた20mm航空機関砲。
左右の翼下に、小型誘導弾を2発ずつ。
機首下には、近接突破用の交換式耐荷重ブロック。
救難モジュール《R-01》も残っている。
牙を付けたからといって、救うための手を外してはいない。
試験場の海上標的へ、最初の実弾射撃を行った。
「機関砲、単発」
操縦桿の引き金へ指を置く。
「射撃許可」
黒木さんの声。
1発。
鈍い反動が機体の中心を通り、海上の装甲標的へ穴を開けた。
続いて3発の短い連射。
機首がわずかに左へ振れる。
「偏向0.6度」
澄人が読む。
『補正範囲内。ただし、8発以上の連続射撃は推奨しない』
「了解」
怪獣へ通用する保証はない。
それでも、こちらへ振り向かせる音と衝撃は作れる。
小型誘導弾。
1発目は、標的の手前3mへ着弾した。
失敗ではない。
排気がR-01の外板へ与える温度。
発射時の翼下荷重。
誘導部と機体通信の遅れ。
必要なデータが取れた。
補正後の2発目は、標的の中央へ命中する。
爆煙の中で、海上標的が大きく傾いた。
最後に、ピンポイントバリアを利用した近接突破試験。
人は乗せない。
俺は地上の操縦席から、無人状態の《白鷺》を動かした。
最初は通常速度。
機首下の耐荷重ブロックへ、局所力場を0.4秒だけ集中させる。
吊り下げられた試験板の側面を、力場の先端だけが掠めた。
金属板がへこみ、《白鷺》は接触せず通り抜ける。
「力場中心、機体前方46cm」
澄人が結果を読む。
「左右偏差、3cm」
「機体荷重は?」
「翼付け根、通常旋回の1.2倍。許容範囲内」
健三さんが、遠隔カメラで耐荷重ブロックを確認する。
「接触してねぇのに、表面温度が上がってる」
「力場の反力です」
「連続じゃ使えんな」
「はい。1回ごとに冷却が必要です」
無敵の剣ではない。
一度、道をこじ開けるための牙だ。
高出力モードの無人試験も、同じ日に行った。
最大180秒の機能へ、最初に許可されたのは5秒だけ。
「緊急高出力モード、待機」
タービン出力。
冷却流量。
可変翼の応答。
すべてを確認する。
「起動」
《白鷺》の排気が、青白く細く絞られた。
機体が一瞬だけ前へ沈み込み。
次の瞬間。
通常試験では見たことのない加速で、空へ跳んだ。
白い翼の縁が、熱で淡く赤くなる。
「1秒」
「推力、通常上限の143%」
「2秒」
「冷却A、B、C上昇」
「3秒」
機体が、遠隔映像の中央から消えかける。
「4秒」
「停止準備」
「5秒——停止!」
高出力モードが切れる。
《白鷺》は推力を落とし、通常制御へ戻った。
5秒。
それだけだった。
それでも、格納庫へ戻した機体を開けると、可動翼の軸受温度は想定を9℃上回っていた。
推進器周囲の遮熱材には、細い変色。
機首の一部へ、通常飛行では出なかった振動履歴。
「180秒?」
ゴウが、ログを見ながら呟いた。
「5秒でこれだぞ」
「システム上の最大値は、壊れない時間じゃない」
俺は答えた。
「制御が維持できる上限です」
「もっと怖ぇよ」
健三さんが、変色した遮熱材を外す。
「次は10秒じゃねぇ。原因が分かるまで、もう1回5秒だ」
「はい」
「戦闘で、いきなり180秒使うなよ」
「使いません」
答えながら。
本当に、その約束を守れる状況だけが来るとは思えなかった。
それでも、今は積み上げる。
5秒。
次も5秒。
いつか必要になる180秒を、少しでも帰れる力へ変えるために。
試験を終えた《白鷺》を、ゴウと並んで見上げた。
「怪獣に通用すると思うか」
「分からない」
正直に答える。
「機関砲も、ミサイルも。あの大きさの相手には、傷にならないかもしれない」
「じゃあ、なんで作った」
「振り向かせるためだ」
避難している人から、怪獣の視線を外す。
逃げる時間を作る。
攻撃の軌道を変える。
「倒せなくても、戦場へ割り込める」
「それで、最後は?」
前世で知る、光の巨人。
この星に、もうすぐ現れるはずの存在。
「倒すのは、別の誰かかもしれない」
俺は、白い翼を見上げた。
「でも、その誰か1人だけには戦わせない」
ゴウは、少し笑った。
「なら、牙は要るな」
「ああ」
救うために。
帰るために。
光の隣へ食らいつくために。
◇◇◇
2007年7月7日、午前3時14分。
白鷺班の緊急回線が鳴った。
仮眠室から詰所へ駆け込むと、澄人が世界地図と大気圏監視データを表示していた。
「未確認物体が、大気圏へ突入した」
画面上を、赤い軌道が走っている。
「大きさは?」
「観測値が安定しない。外殻が途中で剥離している可能性がある」
「隕石か」
「TPC観測本部は、その可能性が高いと見てる。ただし——」
澄人が、別の画面へ切り替える。
モンゴル南部。
ゴビ砂漠東端。
落下予測地域の地下で、地震波とは異なる低周波振動が増えていた。
俺の心臓が、大きく脈打つ。
3年半。
ペナルティゾーンで、何度も俺を殺した怪獣。
地面を割り。
ガッツウイングを落とし。
光の巨人が目覚める始まりとなる存在。
「灯」
澄人が、俺の顔を見る。
「この場所に、心当たりがあるんだな」
隠し切れない。
それでも、前世の物語をすべて話すことはできない。
「怪獣が眠っている可能性が高い」
「名前は?」
喉が乾く。
これまで、頭の中だけにあった名前。
口にすれば、未来が現実になる。
「ゴルザ」
詰所が静まり返った。
その直後。
観測画面の振幅が、一段大きくなった。
「地殻変動、増加!」
遠野さんがデータを確認する。
「落下予測時刻まで、11分」
黒木さんの声が通信へ入る。
『全員、配置へ。まだ出撃命令は出ていない。機体を飛ばせる状態にしろ』
格納庫の照明が、一斉に点灯する。
ゴウと健三さんが、機体へ走る。
美園さんは、弾薬と予備部品の搬入記録を開く。
奏と真壁先生が、俺のEX-ギアを準備する。
白い翼には、初めて牙がある。
それでも、勝てる保証はどこにもない。
むしろ。
俺は、誰より知っている。
あれが、20mm弾で簡単に倒れる相手ではないことを。
怖い。
3年半、何度も殺された記憶が、身体の奥から蘇る。
それでも、逃げるつもりはなかった。
「《白鷺》、出撃準備」
俺は言った。
「来たんですね」
背後で、奏の声がした。
「ああ」
振り返る。
彼女はEX-ギアの胸部センサーを持ち、まっすぐ俺を見ていた。
「約束を確認します」
「管制か医療が止めたら、理由を聞く前に切る」
「自分を含めた全員で帰る」
「はい」
奏が頷く。
「では、行きましょう」
1人ではない。
10人で作った翼。
10本の命綱。
そして、3つの牙。
前世で観た物語が。
俺たちの現実へ、追いついた。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力:C
┣ 空間認識力:C
┣ 反応速度:C
┗ G耐性/肉体:D(EX-ギア装着時:B相当)
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.2】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【マクロス初代・統合技術パック】(翻訳作業:進行中)
┣【鉄の揺籃・第1層設計記録】(解析率:2.1%)
┣【可変荷重フレーム設計(基礎)】
┣【高出力推進・熱管理統合(基礎)】
┣【ピンポイントバリア(基礎)】
┣【EX-ギア(操縦統合型)】
┣【OVER DRIVE】(NEW/未使用)
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.2】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント:11,525 SP
┣ 残機数:3 / 3
┣ 《白鷺》:修理完了/実戦改修第1段階
┣ 武装:20mm航空機関砲/小型誘導弾4発/近接突破機構
┣ 救難装備:《R-01》継続搭載
┣ OVER DRIVE:無人5秒試験まで/有人未使用
┣ 制約:起動・停止を管制、医療、操縦者の複数系統で管理
┗ 緊急:大気圏突入体を確認——落下予測地域、モンゴル南部
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