鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
神宮寺教授とのやり取りを終え、自室でスキルの獲得に乗り出す灯。
しかし、【中級】スキルのインストールは想像を絶する激痛を伴うもので……。
さらに目の前に突きつけられる『オーバーテクノロジー』の圧倒的な壁と、本編開始までのカウントダウン。
コツコツ稼ぐだけでは間に合わないと悟った灯が選ぶ、覚悟の決断とは——?
翌日の講義が終わるやいなや、俺はまっすぐ自室へ帰った。
畳の上に胡座をかき、深呼吸をひとつ。
視界に青いウィンドウを呼び出す。
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【SYSTEM SHOP / 技能・ツリーカタログ】
所持ポイント: 375 SP
▼ [技術・開発ツリー]
┣【初級・機械工学/プログラム言語】 : 取得済
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】 : 200 SP
┗【上級・次世代エネルギー/流体力学】 : 500 SP (要:中級)
※【オーバーテクノロジー領域】:[LOCKED・要上級マスター]
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「……いくか」
指先で【中級】の項目をタップする。
【購入処理:『中級・航空力学/制御アルゴリズム(200 SP)』を獲得しました】
【残り所持ポイント: 175 SP】
——直後。
「が……ぁ、あああッ!?」
頭蓋骨の内側で、何かが爆ぜた。
初級を買ったときは、心地よい刺激程度で済んだ。だが今回は桁が違う。
熱した鉄串を後頭部から突き込まれ、そのまま脳味噌をぐるぐるとかき混ぜられているような激痛。翼型の揚力分布、境界層の剥離条件、PID制御のパラメータ整定、非線形系の安定判別——見たこともない数式と概念が、暴力的な速度で神経に焼き付けられていく。
畳に倒れ込み、爪を立てた。呼吸ができない。
どのくらいそうしていたのか、気がつくと部屋の中はすっかり暗くなっていた。
「……はっ、はぁ……っ」
腕で拭った鼻の下が、ぬるりと滑った。
見れば、手の甲に赤い筋がべったりと付いている。鼻血だ。
(……こんなの、聞いてないぞ)
ふらつく足で立ち上がり、洗面所で顔を洗う。鏡に映った自分の顔は、血の気が引いて紙みたいだった。
だが——頭の中は、恐ろしいほど澄んでいた。
試しに、机の上に放り出してあったガッツウィングのプラモデル(前世の記憶を頼りに、自作した粗末なスクラッチモデルだ)を手に取ってみる。
見えた。
主翼の後退角が生む揚力の分布。この胴体断面では衝撃波がどこで立つか。エアインテークの位置がどれだけ間違っているか。
昨日まで感覚的に捉えていた形状が、今は
「……すげぇ」
思わず、笑いが漏れた。
これが中級。専門資格レベルの知識。あと一段上れば、その先にOT領域がある。
浮かれた頭のまま、俺はノートを開き、以前から温めていた構想を書き出そうとした。
高効率の推進系。軽量高強度の機体構造。頭の中にある知識を、そのまま図面に落とせば——
ペンが、止まった。
「……あれ?」
分かるのだ。理屈は完璧に分かる。
なのに、いざ「では設計値を決めろ」となった瞬間、手が動かない。
翼型を選べと言われても、どの条件でどれを採るのが妥当なのか、判断の勘所がまるでない。制御ゲインを決めろと言われても、教科書の整定式は出てくるのに、実機で「どのくらい暴れるか」の感覚がゼロだ。
まるで、水泳の教本を丸暗記した人間が、プールの縁で立ち尽くしているような。
『※上位知識は現実での運用実績に応じて定着します。未定着の知識は再現性が著しく低下します』
「……先に言えよ、そういうことは」
床に突っ伏したまま、俺は呻いた。
つまりこのシステムは、俺に
それを自分の手足にするには、結局、現実で手を動かすしかない。
(……ますます、場所が要るじゃねぇか)
◇◇◇
翌朝、俺は神宮寺研究室のドアを叩いた。
「おお、鈴木君。ちょうどいい。ちょっと見てくれんか、これ」
入るなり、教授が机の上の金属の塊を指差した。
埃を被った、いかにも古めかしい筐体。フロントパネルには、目盛りの掠れたアナログメーターが並んでいる。
「携帯型のフラックスゲート磁力計だよ。三十年前、私が現地調査に使っていたやつだ。ずっと動いてはいるんだが、どうもノイズが酷くてね」
「……見てもいいですか」
俺は鞄を置き、筐体の背面カバーを外した。
——瞬間、視界が切り替わる。
【技能適用:『初級・機械工学/プログラム言語』】
【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】
古い基板。素子の配置。信号の流れ。
昨日までなら「複雑な回路」としか見えなかったものが、今は一本の川の流れみたいに読める。
「……ああ、これは回路の問題じゃないですね」
「ほう?」
「励磁周波数が商用電源の周波数に近すぎて、ビートノイズが乗っています。あと、平滑フィルタが一次だけなので位相が遅れて、教授が『ノイズ』だと思っている山は、たぶん半分は遅れて出てきた本物の信号です」
「……なんだって?」
教授が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「本物、だと!?」
「はい。ここ、制御の定数を触れば分離できます。……あの、ちょっとお借りしても?」
三時間かかった。
制御アルゴリズムの知識は、たしかに完璧に頭にあった。だが、実際に定数をいじり始めると、教科書通りの値ではまるで安定しない。基板の癖、素子のばらつき、配線の引き回し。
(……なるほど、これが「定着」か)
一回目、発振した。二回目、応答が鈍すぎた。三回目でようやく落ち着いた。
頭の中の数式が、指先の感覚と少しずつ噛み合っていく。妙な充実感があった。
四回目の調整を終えて電源を入れ直したとき、掠れたアナログ針が、これまでとは別物の滑らかさで振れた。
「……できました。たぶん、感度が三倍くらいになってます」
教授は、しばらく無言で針を見つめていた。
それから、丸眼鏡を外して目頭を押さえた。
「……三十年だ」
「え?」
「この装置で三十年、私はノイズだと思って捨ててきたんだ。何を、捨ててきたんだろうな」
その声があまりに静かだったので、俺は何も言えなくなった。
やがて教授は眼鏡をかけ直し、いつもの飄々とした顔に戻った。
「鈴木君。ひとつ提案がある」
「はい?」
「君を、私の研究補助員として登録しよう」
「……補助員?」
「一年生では本来まだ早いが、まあ、書類は私が書く。そうすれば工学部の実験棟——工作室と機械室の使用許可が下りる。学生証で入れるようになるし、消耗品費もいくらかは私の予算から出せる」
心臓が、大きく鳴った。
工作室。
「……いいんですか」
「なに、こちらの利益だ。私の骨董品を直してくれる人間が要る」
教授はにやりと笑って、申請書の用紙を引っ張り出した。
「それに、君は何かを作りたいのだろう。三日も山に籠もる人間が、机の上だけで満足するものか」
見透かされている。
俺は頭を下げるしかなかった。
◇◇◇
その日の午後、俺は初めて工学部実験棟の工作室に足を踏み入れた。
油と切削液の匂い。並んだ汎用旋盤、フライス盤、ボール盤。
一年生には縁のなかった、鉄を削るための部屋。
「……おおっ」
思わず声が出た。
だが、興奮は長くは続かなかった。
備え付けの機械を一台ずつ確認し、仕様の札を読んでいくうちに、頭の中の【中級】知識が冷静な数字を並べ始める。
汎用旋盤の位置決め精度、およそ〇・〇五ミリ。学生実習用としては十分だ。
だが、俺がいずれ作ろうとしている高速回転体——たとえばタービンの動翼だとか、可変機構の軸受けだとか、ああいったものに要求されるのは、ミクロン単位の世界である。
しかも予約制。使えるのは平日の日中だけ。材料は基本、自腹。
「……ですよね」
俺は天井を仰いだ。
前進したのは間違いない。昨日まで六畳一間しかなかった男が、旋盤の並ぶ部屋に入れるようになったのだ。
だがそれは、目的地への第一歩であって、目的地ではなかった。
(教授には感謝しかない。でも、ここじゃ足りない)
胸の奥で、あの言葉が繰り返される。
——鉄を、思うさま切り刻める場所が要る。
◇◇◇
そこからの五日間は、ひたすら同じことの繰り返しだった。
朝、暗いうちに起きて走る。重りを増やす。
講義に出て、寝ない。中級の知識で見え方が変わった力学の講義は、正直、笑ってしまうほど簡単だった。
昼は学食で飯をかき込み、講義の空き時間は研究室で教授の骨董品を直す。放課後は、利用時間いっぱいまで工作室で端材を削って手の感覚を作る。
そして毎晩、無機質なログが積み上がっていく。
『デイリークエスト:クリア +75 SP』
「灯、お前いつ寝てんの」
三日目の昼、学食でゴウが心配そうに言った。
「寝てるよ」
「目の下、やばいぞ」
「……そう?」
「今週末こそ来いよ。飲み会。奢るから」
「悪い」
「ちっ」
ゴウが唐揚げを口に放り込みながら、露骨に不機嫌な顔をする。
その隣で、澄人が本のページをめくりながら、こちらを見もせずに言った。
「ゴウ、やめとけ」
「あぁ?」
「今こいつ、たぶん誘われるのが一番きつい」
俺は箸を止めた。
澄人は相変わらずページから目を上げないまま、うどんの汁をすすった。
「行きたくないんじゃなくて、行けないんだろ。理由は聞かねぇけど」
「…………」
「まあ、飯くらいは一緒に食え。ここなら三十分で済むしな」
心臓のあたりが、じわりと痛んだ。
こいつは何も知らない。知らないまま、俺が一番されて楽な扱いを選んでいる。
俺は「サンキュ」とだけ言って、味噌汁を飲み干した。
◇◇◇
五日目の夜。
研究室の隅に借りた小さな机で、俺はシステムのウィンドウを開いていた。
【現在所持ポイント: 550 SP】
届いた。
窓の外はとっくに真っ暗で、教授は隣の資料室でスクラップの整理をしている。
本当は自室でやるべきだったのかもしれない。だが、中級の激痛を思い出すと、一人の部屋でそれをやる気にはどうしてもなれなかった。
「……買うぞ」
震える指で、項目をタップする。
【購入処理:『上級・次世代エネルギー/流体力学(500 SP)』を獲得しました】
【残り所持ポイント: 50 SP】
——視界が、白く飛んだ。
「————ッ!!」
悲鳴すら出なかった。
中級のときが鉄串なら、今度は頭の中で炉が焚かれているようだった。
超臨界流体の状態方程式。プラズマの磁気閉じ込め条件。乱流のレイノルズ応力モデル。核融合炉の第一壁が受ける中性子束。熱交換器の限界設計。
人類の科学の最先端、教授クラスが一生かけて到達する領域の知識が、脳細胞を焼き切りながら流れ込んでくる。
椅子から転げ落ちた。床が冷たい。
視界の端が、ちかちかと明滅している。
(……ああ、これ、まずいや——)
そこで意識が途切れた。
◇◇◇
次に目を開けたとき、天井の蛍光灯が眩しかった。
「……起きたか」
顔を横に向けると、パイプ椅子に座った神宮寺教授が、湯呑みを片手にこちらを見ていた。
俺の身体には、いつのものとも知れない毛布がかけられている。
「教授……俺、どのくらい」
「二時間ほどだ。呼んでも起きんから、救急車を呼ぶか本気で迷ったよ」
「……すみません」
起き上がろうとして、頭がぐらりと揺れた。教授の手が肩を支える。
「無理をするな。……鈴木君」
「はい」
「何を、そんなに急いでいる」
心臓が跳ねた。
教授の目は、責めてはいなかった。ただ、まっすぐこちらを見ていた。
言ってしまいたい、と一瞬思った。
三千万年前の文明が滅んだこと。数年後に降ってくる巨獣のこと。頭の中に住み着いたシステムのこと。この人なら、笑わずに聞くかもしれない。
だが——
(……まだだ)
証拠が要る。この人の三十年を、俺の妄言で終わらせるわけにはいかない。
「……いつか、話します」
やっとの思いで、それだけ絞り出した。
教授はしばらく黙っていたが、やがて「ふむ」と頷いて、湯呑みを差し出した。
「よろしい。待つのは慣れておる」
冷めかけたお茶が、喉に沁みた。
◇◇◇
教授が資料室へ戻った後、俺は毛布にくるまったまま、視界の隅で静かに明滅を続けているウィンドウに気がついた。
『【上級・次世代エネルギー/流体力学】の定着を開始しました』
『——技術知識ツリー:全階層のマスターを確認』
息を呑む。
『【OVER TECHNOLOGY領域】のロックを解除します』
暗転していた項目が、音もなく光を帯びた。
ずっと灰色に塗り潰されていた、あの禁断の一行。
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《b》【OVER TECHNOLOGY領域】
所持ポイント: 50 SP
▼ 解放可能
┗【マクロス初代・統合技術パック】 : 30,000 SP
┣ 熱核タービン理論
┣ 可変機構フレーム理論
┣ ピンポイントバリア(基礎)
┗ 耐G外骨格(初期型)
▼ 未解放
┣【装甲・重機動領域】
条件:該当技術体系の実物残骸をスキャン・解析
┣【生体骨格・制御領域】
条件:規格外生体の骨格および細胞を回収・スキャン
┗【?????】
条件:[秘匿]
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俺は、その数字を三回読み直した。
三万。
「……さん、まん……?」
思わず声に出していた。
所持ポイント、五〇。
デイリーは一日七五SP。休まず、一日も欠かさず稼いだとして——
(三万割る七十五で……四百日……)
一年と一ヶ月。
しかもそれは、ステータス強化に一SPも回さず、他のスキルを一つも買わず、全額をこれに突っ込んだ場合の話だ。
俺の【BASE STATUS】は、いまだにほとんどオールG。G耐性がFになっただけ。
仮に三万SPを積んで機体の設計図を手に入れたところで、こんな身体であんなものに乗れば、離陸した瞬間に首の骨が折れて終わる。
そして、時間がない。
ゴルザとメルバが目覚めるのは、俺が大学を卒業する年だ。残された猶予は三年半。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。
上級を極めればOTに手が届くと、俺は本気で思っていたのだ。届いたのは、ショーウィンドウのガラスまでだった。
(デイリーだけじゃ、どうやったって間に合わない)
毛布を握りしめる。指先が冷たい。
——だが、そこで俺は、ふと引っかかった。
数日前、俺は五分間の地獄を生き延びて、一五〇SPを手にした。デイリー二日分と同額だ。危険なだけで、割に合わない。
だが、その前は?
あの東北の山。緊急ウィークリークエスト。残機が削られる恐怖と引き換えに、システムが寄越した報酬は——
300SP。
デイリーの四日分を、たった一回で。
「……そういう、ことか」
背筋を、冷たいものと熱いものが同時に走り抜けた。
このシステムは、安全に暮らす人間には小遣いしかくれない。
だが、超古代の厄災に近づく者には、桁の違う額を積む。
つまり——俺が「絶望のほうへ歩いていく」ほど、支払いは良くなる。
「……最悪だな、お前」
視界の青い光に向かって、俺は毒づいた。
だが、口の端が吊り上がっているのが自分でも分かった。
恐怖はある。残機は三つしかない。次に踏み込む先で、それが減らない保証はどこにもない。
それでも、四百日を指をくわえて待つよりはマシだ。
俺は毛布を跳ね除け、まだ痛む頭を押さえながら立ち上がった。
机の上には、教授が直してくれと言って積み上げた古い観測機材と——三十年分の、誰にも信じられなかったスクラップの束。
あの中に、まだ誰も踏み込んでいない「痕跡」が眠っているはずだ。
「教授」
隣の資料室に向かって、俺は声を張った。
「明日から、あの棚を全部読ませてください」
「……なんだね、藪から棒に」
「行き先を、探します」
顔を出した教授が、丸眼鏡の奥で目を丸くした。
それから、その顔が、みるみるうちに子供みたいな笑みに変わっていった。
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】(NEW)
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】(NEW)
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 50 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ OT領域 : アクセス可(最安 30,000 SP)
┗ 当面の目標 : 高額クエストの発見 /「作れる場所」の確保
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第6話をお読みいただきありがとうございました!
知識を『購入』するだけでも脳に強烈な負荷がかかるという、甘くないシステムの一面でした。
そして見えてきた『30,000 SP』という途方もない壁と、本編開始(ゴルザ・メルバ目覚め)までの「残り3年半」という現実。
デイリーだけで安全に稼ぐ限界を悟った灯は、ついに残機を賭けた『ウィークリークエスト』へと足を踏み入れる覚悟を決めます。
次回、灯を待ち受ける新たな試練とは……!?
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