鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略——   作:カノープス・ギア

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神宮寺研究室で資料を漁り始めて四日。
上級知識を買い切り、財布が空になった灯の前に立ちはだかるのは「四百日」という途方もない時間の壁。
3年半後の滅びの未来にデイリーペースでは到底間に合わないと悟った時、システムは静かに「選択」を迫ってくる。
安全な日常か、自ら飛び込む地獄か――。


地獄を選ぶ足音

「……ないな」

 

俺は分厚いスクラップブックを閉じ、机の端に積み上げた山の上へ放った。

ばさり、と埃が舞う。

 

神宮寺研究室の資料棚を漁り始めて、4日が経っていた。

 

10月も半ばを過ぎ、窓の外はもうすっかり日が短い。夕方5時で外は藍色に沈んでいる。

机の上には、教授が30年かけて集めた「誰にも信じてもらえなかったもの」たちが、山脈のように連なっていた。

 

世界各地の洪水伝説の比較。南米の口伝の採録。地層年代の矛盾を並べたグラフ。UFO目撃例の新聞切り抜き。地方の祭礼と星の運行の対応表。どこかの村の「触れてはならぬ岩」の写真。

 

9割は、正直に言ってオカルト雑誌の記事レベルだった。

 

だが、残りの1割が異常に鋭い。教授はこの30年、笑われながらも、ちゃんと科学の作法で記録を取り続けていたのだ。

 

「……鈴木君。少しは休みなさい」

 

隣の机から、教授がお茶を差し出してきた。

 

「あ、すみません。ありがとうございます」

 

「探し物というのは、案外、目的を忘れた頃に出てくるものだよ」

 

「……そうだといいんですけど」

 

俺は湯呑みを両手で包んだ。指先が冷えていた。

 

焦っている自覚はあった。

 

所持ポイント、50 SP。上級知識を買い切って、財布は空っぽだ。デイリーで1日75 SP。これを黙って積み上げていけば、いつかは3万SPに届く。400日後に。

 

(400日……その頃には、俺は2年生の秋だ)

 

TPCが発足するより前に、1年以上の猶予を失うことになる。

そこからようやくOT技術を「買う」段階で、さらに設計し、材料を集め、形にしなければならない。

 

(間に合うわけがない)

 

だから、こうして紙の山を掘っている。

このどこかに、システムが高額を積むような「痕跡」が眠っているはずだった。

 

だが、4日間の収穫はゼロだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「灯、お前、体はどんどんゴツくなってんのに、顔だけげっそりしてくの、なんなんだよ」

 

 

翌日の昼、学食でカツ丼をかき込みながら、ゴウが眉をひそめた。

 

「食ってるよ」

 

「食ってる人間の顔じゃねぇんだよなぁ」

 

俺はうどんの丼を持ち上げながら、曖昧に笑った。

実際、金がない。研究補助員の手当は微々たるもので、材料費で消えていく。バイトを増やそうにも、デイリーとトレーニングと研究室で一日が埋まっている。

 

「なあ、うちの工場でバイトすりゃいいじゃん。人手足りてねぇし」

 

ゴウが唐揚げを箸で挟んだまま、あっさりと言った。

 

「……いや」

 

「即答かよ」

 

「悪い。……気持ちはありがたいんだけど」

 

俺は視線を落とした。

 

工場に入れば、旋盤に触れる。触れれば、絶対に作りたくなる。作りたくなれば、いずれ図面を見られる。

 

(まだ駄目だ)

 

「まあ、いいけどよ。気が変わったら言え」

 

ゴウはそれ以上突っ込まず、丼をかき込んだ。

そのとき、ポケットで携帯電話が鳴った。

 

「んあ? ……あー、親父」

 

席を立って、ゴウは学食の隅の方へ歩いていく。

 

俺はその背中をぼんやり見ていたが、頭の中では別のことを考えていた。

教授の資料の、あの拓本のこと。光のピラミッドを探したとき、俺が『超古代言語理解』で読んだ、あの碑文のことだ。

 

(……そういえば)

 

あのとき、俺は72時間の制限に追われていた。

必要な部分だけを読んで、必要な座標だけを取って、飛び出した。

 

拓本の残りの部分を、俺は読んでいない。

 

「……あ」

 

うどんが伸びるのも構わず、俺は立ち上がっていた。

 

「おい、灯? どこ行くんだよ」

 

戻ってきたゴウの声が背中に飛んだが、俺は片手を上げて答えるのが精一杯だった。

 

 

◇◇◇

 

 

―― Side:相沢 ――

 

 

学食の隅で携帯を耳に当てながら、相沢剛は舌打ちを噛み殺していた。

 

『——だからな、剛。来年の春までは、まあ、なんとかなる』

 

受話器の向こうで、父親の声はいつも通り呑気だった。呑気すぎるくらいに。

 

「なんとかって、なんだよ。取引先、切られたんだろ」

 

『切られてねぇよ。単価下げろって言われただけだ』

 

「同じだろそんなもん」

 

『まあなあ』

 

がはは、と笑う声が聞こえて、剛は本気で電話を叩き切りたくなった。

 

町工場というのは、そういうものらしい。大手が海外に工場を作れば、下請けの仕事は一夜で半分になる。30年使ってきた旋盤とフライス盤は、まだ現役だ。だが、それを回す仕事がない。

 

『お前は勉強しとけ。工場のことは気にすんな』

 

「……分かってるよ」

 

電話を切って、剛は席へ戻った。

 

向かいでは、灯がうどんを前に虚空を睨んでいる。目の下には濃い隈。顔色は紙みたいだ。

夏を過ぎた頃から、こいつは明らかに変わった。何かに追われるみたいに、走って、鍛えて、寝ていない。

 

(……言えねぇよなぁ)

 

工場が危ないなんて話を、この顔をした奴に。

 

剛は椅子の背にもたれ、うどんを指差した。

 

「おい灯、伸びるぞ」

 

——次の瞬間、灯は弾かれたように立ち上がって、そのまま学食を飛び出していった。

 

「……は? おい、灯? どこ行くんだよ!」

 

置き去りにされた丼が、二つ。

 

剛はしばらく口を開けたまま、閉じた自動ドアを見つめていた。

 

「……なんなんだよ、あいつ」

 

呟いた声は、学食の喧騒に呑まれて消えた。

 

 

◇◇◇

 

 

その夜、俺は自室の押し入れから、あるものを引っ張り出した。

 

古びた巻物。『太平風土記』。

 

あの霧の寺で、住職から押しつけられて以来、俺はこれを一度も開いていなかった。

描かれているのが人類の終わりだと知ってしまってから、正直、直視するのが怖かったのだ。

 

紐を解き、畳の上に広げる。

 

燃え盛る業火。逃げ惑う人々。空を覆う怪鳥の群れ。すべてを呑み込む黒い霧と、そこから覗く冒涜的な殻。

そして、その闇と対峙する、一筋の光の巨人。

 

何度見ても、心臓が縮む。

 

だが今夜、俺が見たかったのは絵ではなかった。

 

「……やっぱりだ」

 

俺は巻物の端に顔を近づけた。

 

初めて見たとき、俺はここを「装飾の模様」だと思っていた。細かい線と点が規則的に並んだ、ただの縁飾りだと。

 

【技能適用:『超古代言語理解 Lv.1』】

 

——文字だった。

 

しかも、一部は読めた。だが、意味が通らない。単語の断片が、虫食いのように浮かび上がってくるだけだ。

 

『……器……鍛え……炉……地の……』

 

「……レベルが足りてないのか」

 

Lv.1では、碑文のような定型文しか読み解けないらしい。巻物の縁に記された文章は、さらに深い階層にある。

 

だが、それでいい。今夜の狙いは別だ。

 

俺は巻物を畳に置いたまま立ち上がり、鞄を掴んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

午前0時過ぎの研究室は、しんと静まり返っていた。

 

教授は夕方に帰っている。俺は補助員として鍵を預かり、夜間利用の許可も得ているから、こうして研究室に入れる。

——正確には、教授に見られたくないから、この時間を選んだ。

 

(……ごめんなさい、教授)

 

胸の内で謝りながら、俺は鞄から巻物を取り出した。

この人にだけは見せられない。見せた瞬間、俺は全部を話すことになる。まだ、その時じゃない。

 

蛍光灯を1つだけ点け、資料棚から目当てのものを引き抜く。

 

黒い墨で写し取られた、1枚の拓本。

72時間の制限に追われてピラミッドを探したあの日、教授が出してきたものだ。

 

机の上に、拓本と巻物を並べて広げる。

 

【技能適用:『超古代言語理解 Lv.1』】

 

拓本の刻印が、するすると意味へ変わっていく。

 

『闇を払う光の巨人、三つの器となりて地に眠る。

 巨人の社は、天の磁脈が交わる歪みの奥に隠されん』

 

ここまでは、あの日読んだ通りだ。

俺は指を下へ滑らせた。あのとき、時間がなくて飛ばした部分。

 

『——器を鍛えし()は、社を離れ、地の底に伏す。

 (にえ)を喰らいて未だ()まず。近寄(ちかよ)る者は、(ほね)(かえ)されず』

 

背筋に、ゆっくりと冷たいものが降りてきた。

 

「……炉?」

 

3体の石像。ピラミッド。あそこは「社」だ。巨人が眠っていた場所。

だが、この文はこう言っている。その巨人の器を鍛えた炉は、社とは別の場所にあると。

 

心臓が、どくん、と大きく鳴った。

 

炉。

つまり——超古代文明の、製造設備《・・・・》だ。

 

俺が喉から手が出るほど欲しいもの。図面でも理論でもなく、《b》鉄を形にするための場所。それが3000万年前に、この星のどこかに実在した。

 

「地の、底……」

 

俺は拓本から顔を上げ、巻物へ視線を移した。

 

さっきまで意味の取れなかった断片が、いま繋がった。

 

『……器……鍛え……炉……地の……』

 

同じことを言っている。2つの、まったく出所の違う資料が。

 

震える指で、巻物の絵の隅を指でなぞる。

光の巨人の足元、業火の下に描かれた幾何学模様。ずっと「大地の意匠」だと思っていた部分。

 

【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】

【技能適用:『上級・次世代エネルギー/流体力学』】

 

視界が、切り替わった。

 

「……嘘だろ」

 

模様じゃない。

これは、断面図(・・・)だ。

 

中心に円筒。その周囲を巻くコイル状の構造。外周に均等配置された流路。3000万年前の絵にしか見えなかったものが、上級知識を通した瞬間、電磁閉じ込め型の炉心構造として読める。

 

ピラミッドで俺が感じた興奮とは、質の違う震えが来た。

あれは畏怖だった。これは、技術者としての欲だ。

 

「どこだ……どこにある……!」

 

俺は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、資料棚に飛びついた。

 

 

◇◇◇

 

 

そこからは、時間の感覚がなくなった。

 

拓本。教授は言っていた。『何十年も前に東北の古い鉱山地帯で発掘されたものだ』と。

 

なら、この拓本が出た場所そのものが、手がかりだ。

 

俺は棚の下段、教授が「国内・出土記録」と手書きしたラベルの箱を引きずり出した。

紙の束を床にぶちまけ、四つん這いで漁る。

 

——見つけた。

 

黄ばんだ地元紙の切り抜き。昭和41年。

 

黒岩(くろいわ)鉱山 落盤事故 3名死亡』

 

震える手で、隣に留められた資料を捲る。教授の几帳面な字で、注記が添えられていた。

 

『例の拓本の出土地。事故後、坑道は封鎖され、翌年閉山。

 当時の作業員数名から、興味深い証言を得た(要検証)』

 

さらに次の紙。教授が聞き取りを起こしたと思われる、手書きのメモ。

 

『——最深部の第7坑道で、壁が光っていた(・・・・・・・)という。

 全員が同じ場所で「地面が脈打つ音を聞いた」と証言。

 落盤の直前、コンパスが一斉に狂ったとも。

 なお、事故で亡くなった3名の遺体は、いずれも収容されていない』

 

「…………」

 

『近寄る者は、骨を返されず』

 

拓本の一文が、脳裏で重なった。

 

俺は床に座り込んだまま、しばらく動けなかった。

 

地磁気の異常。脈打つ音。光る壁。返らない骨。

あの夏、教授が俺に見せた「電波なのに生き物みたいに脈打つ波形」と、まったく同じ性質のものが、そこにある。

 

黒岩鉱山。東北。閉山から約40年。

 

俺は研究室のパソコンを立ち上げ、地図と鉄道の時刻表を調べた。

場所は特定できた。廃線跡を歩けば、坑口までは行ける距離だ。

 

——だが、そこから先は地下だ。

 

落盤で封鎖された坑道。四十年放置された支保工。酸欠。有毒ガス。暗闇。

そして、3人分の骨を返さなかった何か。

 

「……行くのか、俺は」

 

呟いた瞬間だった。

 

視界の隅で、青い光が音もなく展開した。

 

 

=========================================

【緊急クエスト:発生】

 

概要:旧・黒岩鉱山 第7坑道の最深部へ到達し、

   超古代の遺構を観測・記録せよ

 

基本報酬 : 500 SP

追加報酬 : 到達深度および回収サンプルに応じて加算

失敗条件 : 探索開始後、遺構到達前に死亡または坑道から撤退

失敗時  : 残機数を「1」削減(現在の残機:3)

制限時間 : なし

 

※本クエストは受諾制です。受諾後の辞退はできません

=========================================

 

 

俺は、その文字列を長いこと見つめていた。

 

500 SP。デイリー7日分が、基本報酬の時点で乗っている。しかも追加報酬付き。

400日の壁に、初めてまともな穴が開いた。

 

だが、それより俺の目を引いたのは、最後の1行だった。

 

制限時間:なし。

 

前回は違った。72時間以内、失敗すれば残機を削る。

逃げ場のない強制だった。

あのときの俺は、恐怖に追い立てられて東北へ走った。

 

今回は、誰も俺を追い立てていない。

受諾しなければ、何も起きない。ペナルティもない。

俺は明日も普通に講義に出て、普通に走って、75 SPを積み上げていける。400日かけて。

 

「……そういうことか」

 

システムは、俺に選ばせている。

 

安全に、間に合わない道を行くか。

自分の足で、地獄のほうへ歩いていくか。

 

俺は目を閉じた。

 

瞼の裏に浮かんだのは、学食の光景だった。

カツ丼をかき込むゴウ。うどんをすする澄人。

単位がどうの、飲み会がどうの。

あの、馬鹿みたいに平和な喧騒。

 

3年半後、あそこに60メートルの影が落ちる。

そのとき俺の手に何もなければ、あの席は瓦礫になる。

 

——400日は、待てない。

 

目を開けた。

 

「……受諾する」

 

【クエストを受諾しました】

 

青い光が、静かに視界の隅へ畳まれていく。

 

俺は床に散らばった資料をかき集め、拓本と巻物を鞄へ押し込んだ。

窓の外は、まだ真っ暗だった。

 

装備が要る。

ヘルメット、ヘッドランプ、予備電池、ロープ、酸素濃度計、複合ガス検知器、防じん・防毒マスク。できれば携帯酸素も欲しい。

だが、金がない。教授の予算からは落とせない——落とせるわけがない。廃坑への不法侵入だ。

 

(バイトを増やすか。いや、時間がない。……くそ、どこかに金が)

 

考えながら鞄を担いだとき、ふと、昼間のゴウの言葉が耳を掠めた。

 

『——なあ、うちの工場でバイトすりゃいいじゃん。人手足りてねぇし』

 

俺は、研究室のドアノブに手をかけたまま動きを止めた。

 

「…………」

 

しばらくそうしていたが、やがて小さく息を吐いて、ドアを開けた。

 

(……今度だけだ。今度だけ、借りる)

 

一度そう言い訳をしてしまったら、次はもっと簡単に言い訳ができるようになる。

それが分かっていながら、俺は歩き出していた。

 

廊下の窓の向こう、東の空がわずかに白み始めていた。

 

 

=========================================

《b》【現在のステータス・スキル情報】

[BASE STATUS]

┣ 演算処理能力: G

┣ 空間認識力 : G

┣ 反応速度 : G

┗ G耐性/肉体: F

 

[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]

┣【超古代言語理解 Lv.1】

┣【初級・機械工学/プログラム言語】

┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】

┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】

┣【インファイト Lv.1】

┗【SPアップ Lv.1】

 

[SYSTEM DATA]

┣ 所持ポイント: 50 SP

┣ 残機数 : 3 / 3

┗ 受諾中クエスト : 旧・黒岩鉱山 第7坑道の探索

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お読みいただきありがとうございました

ペナルティによる強制ではなく、自分の足で危険なクエストへ向かうことを選んだ灯。
学食でバカ騒ぎをする友人たちの日常を守るため、あえて危険な道を選択する彼の泥臭い優しさと覚悟を描いてみました。

報酬500SP+αのウィークリークエスト。
果たして、灯を待ち受ける新たな試練とは何なのか……!?

感想や評価などいただけますと大変励みになります!

追記:本日から3日限定でストック放出のため、この後21時にもう1話を連続投稿します!
ぜひお楽しみに!

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