鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
ウィークリークエストを受ける決意をした灯。しかし彼が最初に向かったのは、危険な戦場……ではなく「町工場」!?
机上の【上級知識】だけでは埋められない、現実の「匂いと音」を学ぶ泥臭い修行編からスタートします。
そして後半は、いよいよ命を懸けた初の実戦。
400日の壁を壊すための戦いが、暗闇の廃線跡で幕を開けます。
「おう、お前が灯くんか。剛から聞いてるぞ」
剛の父親である相沢製作所の社長——相沢
握り返した掌は、驚くほど分厚くて硬かった。まるで木の皮を握っているようだ。
「あー、いや、握手なんかしたら手が汚れちまうな。すまん」
「いえ」
工場は、想像していたよりずっと狭かった。
トタン屋根の下、汎用旋盤が3台とフライス盤が2台。ボール盤、コンプレッサー、溶接機。壁際には材料の丸棒が立てかけられ、床には切り粉が薄く積もっている。
そして——匂い。
切削油と鉄粉と、機械油の焼ける匂い。大学の工作室の、あの清潔な実習室の匂いとは全然違う。
(……ここが、現場か)
「まあ、やってもらうのはバリ取りと片付けだからな。難しいことはねぇ」
健三さんはそう言って、俺に軍手と作業着を放って寄越した。
結論から言うと、俺は3日で「片付け係」を卒業させられた。
理由は単純で、2日目に旋盤の音を聞いた俺が、「送りが速すぎませんか」と口を挟んでしまったからだ。
健三さんは手を止めて、しばらく俺の顔をまじまじと見た。
「……お前、聞こえんのか」
「え?」
「びびってる音だよ。あれが聞こえるやつは、うちの若いのにもおらんかった」
【技能適用:『初級・機械工学/プログラム言語』】
【技能適用:『中級・航空力学/制御アルゴリズム』】
システムの知識が、切削中の音を「びびり振動が生じる兆候」として勝手に読み取っていた。だが、それを言うわけにはいかない。
「……なんとなく、です」
「なんとなくかぁ」
健三さんはにやりと笑って、旋盤のハンドルから手を離した。
「じゃあ、やってみろ」
それから5日間、俺は生まれて初めて、自分の手で鉄を削った。
機械工学の知識として、理屈はひと通り頭に入っている。切削速度も、送り量も、逃げ角も、材料の熱伝導率も。
だが、実際に刃物を当てると、まるで違った。
1本目は寸法を0.2ミリ削りすぎた。
2本目は刃先を焼き付かせた。
3本目でようやく、健三さんが「まあ、部品としては使える」と言ってくれた。
『※【技術・開発系知識】の定着度が上昇しました』
(……これか)
汗を拭いながら、俺は自分の手を見た。
豆が潰れて、指先が痺れている。だが、頭の中の数式が、確かに指先へ降りてきているのが分かった。
(教科書を、身体に落とすってのは、こういうことか)
「灯くん」
帰り際、健三さんが封筒を差し出してきた。
「3万円でいいか」
「え、そんな。最初の半分は片付けしかしていません」
「削った分だ。うちは仕事に払うんだよ」
俺は封筒を受け取って、深く頭を下げた。
——この金で、俺は装備を買う。
穴に潜って、人骨も返さなかったという場所へ行くための装備を。
(……ごめん、ゴウ)
背後で、旋盤の音が鳴り続けていた。
◇◇◇
11月最初の土曜日、早朝。
俺は神宮寺研究室のドアを、鍵で静かに開けた。
誰もいない部屋。教授の机の上には、いつも通り湯呑みと、読みかけの資料が伏せてある。
俺は鞄から一通の封筒を取り出し、その湯呑みの横に置いた。
表には、こう書いた。
『神宮寺教授へ 鈴木』
中には、行き先と、出発時刻と、帰る予定の日時だけを書いた紙を入れた。
それ以上は何も書かなかった。書けなかった。
(——一人で山へ入るな。次は必ず、行き先と時間を私に伝えなさい)
あの日の約束だ。
嘘はつかない。だが、全部も言わない。
我ながら、ずいぶんと卑怯な守り方だと思う。
俺は封筒をもう一度だけ見て、ドアを閉めた。
◇◇◇
東北新幹線と在来線を乗り継ぎ、そこから路線バスで1時間半。
終点で降りると、そこはもう集落ですらなかった。人の住まなくなった家が数軒、山際に朽ちて残っているだけだ。
11月の東北の空気は、東京のそれより2段ほど冷たい。
息が白い。
俺は地図を確認し、廃線跡を歩き出した。
かつて鉱石を運んでいた軌道は、40年分の草木に埋もれていた。枕木の腐った跡と、時折現れる錆びた鉄橋だけが、ここに線路があったことを教えてくれる。
3時間歩いた。
前世の俺なら、間違いなく1時間で音を上げていた。
だが今は、20キロのザックを背負ってもペースが落ちない。毎朝の走り込みと、【G耐性/肉体:F】。地味に積み上げてきたものが、こういうときに効く。
(……あの馬鹿みたいな筋トレ、無駄じゃなかったな)
そして、午後2時過ぎ。
森が不自然に開けた斜面の下に、
コンクリートで塞がれた、四角い口。
上部に錆びた鉄骨の櫓が半ば崩れて残り、傍らには読めなくなった標柱が傾いている。
黒岩鉱山、坑口。
コンクリートの封鎖壁には、大きな亀裂が走っていた。
40年の間に、地山の動きで割れたのだろう。人が1人、かがめば通れる程度の隙間が空いている。
俺はザックを下ろし、装備を並べた。
ヘッドランプ、予備ランプ2つ、予備電池。ヘルメット。防じん・防毒マスク。手袋。ロープ30メートル。ハーネス。
そして、この中で最も高かったもの——複合ガス検知器。
酸素、一酸化炭素、硫化水素、可燃性ガスの4種を同時に測定できる。中古で8万円。バイト代だけでは足りず、貯金もすべてつぎ込んだ。
緊急脱出用の携帯酸素までは、どうしても手が回らなかった。
スイッチを入れる。
『O2:20.9%』
正常。まだ外だから当然だ。
俺は亀裂の前に立ち、深く息を吸った。
『——近寄る者は、骨を返されず』
拓本の一文が、頭の中で反響する。
「……行くぞ」
自分に言い聞かせて、俺は闇の中へ身体を滑り込ませた。
◇◇◇
坑道の中は、外より暖かかった。
年間を通して15度前後で安定している。地下というのは、そういう場所だ。
だが、暖かさが安心には全く繋がらない。
ヘッドランプの光が届く範囲は、せいぜい10メートル。その先はただの黒だ。
足元には錆びたレールが延び、天井を支える木製の支保工は、40年分の湿気を吸ってぶよぶよに腐っている。
ぎしり。
どこかで木が鳴った。俺は反射的に足を止める。
心臓の音が、やけに大きい。
『O2:20.4%』
『CO:0ppm』
まだ大丈夫。
俺は再び歩き出した。
10分ほど進むと、視界の隅に青いウィンドウが灯った。
【坑口より進入距離 50m 到達 追加報酬:+50 SP】
「……律儀だな、おい」
軽口を叩いてみたが、声が坑道に吸い込まれて、余計に心細くなっただけだった。
歩く。分岐が現れるたびに、教授の資料にあった坑内図と照合する。第7坑道は、最深部から右手へ分かれた先だ。
進入距離100メートル。追加報酬がさらに加算される。
進入距離150メートル。
『O2:19.8%』
数値が、じわじわ落ちてきた。
(……酸素濃度が18%を切ったら、引き返す)
そう決めていた。酸素濃度が16%前後まで下がれば判断力が鈍り、12%近くでは意識を失う危険がある。
湧水が増えてきた。足首まで水に浸かる区間を、ロープを壁伝いに張りながら進む。
支保工の腐り方がひどくなり、何度か迂回した。
進入距離200メートル。
【追加報酬:+200 SP 累計加算:+450 SP】
俺はランプの光を、来た方向へ向けた。
何も見えない。ただの黒だ。
引き返すなら、まだ引き返せる。
だが今ここで撤退すれば、遺構へ到達する前の放棄と見なされる。基本報酬は得られず、残機も1つ削られる。
それでも命は拾える。
頭では分かっているのに、足は止まらなかった。
(……ここまで来て、何も見ずに帰れるか)
俺は前を向いた。
『O2:19.2%』
◇◇◇
第7坑道の入口は、崩れかけた鉄扉で塞がれていた。
扉には、色褪せた木札が針金で括りつけられている。
『立入厳禁 昭和41年10月 落盤 未収容』
俺は木札に指で触れた。
40年前、ここで3人が亡くなり、その遺体はいまも戻っていない。
「……お邪魔します」
小さく言って、俺は扉の隙間を抜けた。
そこから先の空気は、明らかに違った。
湿った土の匂いに混じって、《b》金属の焼けたような匂いがする。
四十年前に閉ざされた坑道で、何が焼けるというのだ。
『O2:18.9%』
『H2S:0ppm』
硫化水素は出ていない。だが、酸素が減っている。
そして、俺のコンパスが——狂った。
方位磁針が、ゆっくりと、規則正しく、時計回りに回転を続けている。
まるで、この先に巨大な磁石があるみたいに。
『——天の磁脈が交わる歪み』
拓本の文言が蘇る。ピラミッドを見つけたときと、同じだ。
俺は歩調を速めた。
50メートルほど進んだところで、落盤跡に突き当たった。
天井が抜け、岩塊が坑道を塞いでいる。40年前の事故現場だ。
だが、完全には塞がっていなかった。岩と壁の間に、人1人がやっと通れる隙間がある。
そして、その隙間の向こうから——
光が、漏れていた。
「……嘘だろ」
淡い、青白い光。
ヘッドランプの光とは明らかに質が違う。生き物の呼吸みたいに、ゆっくりと明滅している。
俺は無意識に息を止めていた。
(作業員の証言。壁が光っていた。地面が脈打つ音を聞いた)
全部、本当だった。
岩の隙間に身体をねじ込む。ヘルメットが擦れて、嫌な音を立てた。
ザックを先に押し込み、腹ばいで這い進む。
そして——抜けた。
「…………」
俺は、声を失った。
そこは、坑道ではなかった。
ドーム状の空洞。直径は、目測で30メートル以上。
その壁面が、一面、
いや、金属というのが正しいのかどうか分からない。黒曜石のような光沢と、生き物の血管めいた隆起。それが壁一面を覆い、内側から青白い光を透かしている。
そして中央に。
円筒。
高さ10メートルはあろうかという構造体が、床から天井へ突き刺さるように立っていた。周囲を螺旋状の構造が巻き、外周には均等に流路が走っている。
俺の脳裏で、巻物の隅に描かれていた「模様」が重なった。
一致していた。
寸分たがわず、同じ形をしていた。
「……炉、だ」
膝が震えた。恐怖ではない。あるいは、恐怖だけではない。
3000万年前。この星に、光の巨人の器を鍛えた設備が実在した。
その現物が、いま目の前にある。
俺は震える手で、デジタルカメラを構えた。
【超古代遺構を確認】
【観測記録を開始します】
《b》【特殊観測ボーナス:+2,000 SP】
「2,000……」
だが、俺はもう報酬の数字を見ていなかった。
床だ。
一歩踏み出したとき、足の裏に違和感があった。ランプを下へ向ける。
黒い金属の床。その表面に、何かが埋まっていた。
錆びた金属の輪。よく見れば、それは安全灯の枠だった。
その隣に、腐った革のベルトの断片。さらに向こうに、潰れたヘルメット。
そして、それらの周囲では——床の金属が、
まるで、何十年もかけて、ゆっくりと包み込んでいったかのように。
「…………」
骨は、なかった。
道具だけが残って、人だけが、消えていた。
『——贄を喰らいて未だ熄まず』
胃の底が、冷たくなった。
(生きてる。この炉、まだ——)
その瞬間だった。
《b》どくん。
床が、脈打った。
「——ッ!」
壁面の青い光が、一斉に強まった。血管めいた隆起が、俺のいる方向へ向かって波打ちながら走る。
中央の円筒が、低い唸りを上げ始めた。
『O2:17.4%』
『O2:16.8%』
ガス検知器が、けたたましく警報を鳴らした。
酸素が、吸われている。
【警告】周辺大気の急速な組成変化を検知。生命維持限界域への到達まで、およそ90秒
「くそっ——」
俺は反射的に踵を返した。
だが、走る直前、視界の端に光るものが見えた。
床の隆起が波打った拍子に、剥がれ落ちた破片。手のひらほどの、黒い金属片。
(——サンプル)
1秒、迷った。
(取れば死ぬかもしれない。取らなきゃ、何のためにここまで来た)
身体が先に動いていた。
【技能適用:『インファイト Lv.1』】
床に滑り込むように身を投げ、破片を掴む。ぬるりと生温かった。
そのまま体重を前に流し、勢いを殺さず起き上がる。日々の訓練が、考えるより先に身体を動かしていた。
隙間へ。腹ばいで、押し込むように。ヘルメットが岩に削られる。
『O2:16.1%』
視界が狭くなってきた。指先が痺れる。
頭が、ぼんやりと熱い。
(酸素が……足りない……)
四つん這いで坑道を這い、20メートルほど進んだところで、ようやく警報が止んだ。
『O2:19.6%』
俺は壁にもたれて崩れ落ち、防じん・防毒マスクをずらして、空気を貪った。
「はっ、はぁっ、はぁっ……」
心臓が、肋骨を内側から殴っている。
右手には、黒い金属片。まだ、生温かい。
背後の闇の奥で、青白い光が、ゆっくりと明滅の速度を落としていった。
まるで、餌を逃した何かが、また眠りにつくみたいに。
◇◇◇
地上に出たのは、日が完全に落ちた後だった。
星が異様に多かった。
俺は坑口の前に座り込み、しばらく空を見上げていた。
震えが止まったのは、10分ほど経ってからだ。
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【緊急クエスト:完了】
▶ 基本報酬 : +500 SP
▶ 深度到達加算(253m) : +850 SP
▶ 特殊観測ボーナス : +2,000 SP
▶ サンプル回収 : +1,200 SP
▶ 合計獲得 : +4,550 SP
▶ 現在所持ポイント : 4,600 SP
▶ 残機数 : 3 / 3(維持)
※回収サンプル『未知の有機金属片』を登録しました。
現在の解析権限では技術体系を特定できません。
類似サンプルの追加取得により、解析が進行します
【解放条件を満たしました】
『【超古代言語理解 Lv.2】』がショップに追加されました(1,000 SP)
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4,550 SP。
デイリー60日分を超えるポイントを、たった1日で。
「……割に合わねぇよ、こんなの」
俺は掌の金属片を見つめて、乾いた笑いを漏らした。
3人分の遺体を返さなかった場所から、俺は生きて帰ってきた。生命維持限界まで90秒。あと少しでも判断が遅れていたら、俺の装備だけがあの床に埋まっていたはずだ。
だが、システムは正直だった。
危険の分だけ、きっちり払った。
(……次も、これをやるのか。俺は)
答えは、もう出ていた。
400日は待てない。だから、こういう場所を探し続ける。骨が返らない場所を。
それが、あの学食の席を守るための代金なのだとしたら。
俺はザックを担ぎ直し、真っ暗な廃線跡を歩き出した。
◇◇◇
東京に戻ったのは、翌日の夜だった。
泥だらけのザックを担いだまま、俺は大学へ向かった。着替えるより先に、封筒を回収しなければならない。
教授が週明けにそれを見つけ、心配するようなことがあってはいけないから。
研究室のドアの前で、俺は足を止めた。
——明かりが、点いていた。
日曜の夜、午後9時。誰もいないはずの時間に。
心臓が嫌な音を立てた。
それでも、俺はノブを回した。
「……教授?」
神宮寺教授は、いつもの椅子に座っていた。
だが、いつもと違った。
湯呑みには手をつけていない。机の上には、俺が置いていった封筒が、開かれた状態で置かれている。
そしてその隣に——
黄ばんだ新聞の切り抜きが、1枚。
『黒岩鉱山 落盤事故 3名死亡』
「…………」
俺は、動けなかった。
教授はゆっくりと顔を上げ、丸眼鏡の奥から、まっすぐ俺を見た。
その目に、いつもの飄々とした色はなかった。
「鈴木君」
低い、静かな声だった。
「君は、あそこへ、行ったのかね」
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【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 4,600 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×1(解析:0%)
┗ OT領域 : 【マクロス初代・統合技術パック】まで 残り 25,400 SP
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第8話をお読みいただきありがとうございました!
前半はメカニックとしての解像度を上げるための現場修業、後半はシステムスキル(インファイト&ガンファイト)を駆使した生身の戦闘という構成でした。
命の危険と引き換えに、たった1日でデイリー数ヶ月分の『4,500 SP』をもぎ取った灯。
「割に合わない」と笑いながらも彼が地獄を歩き続ける理由は、あの平和な学食の日常を守るためです。
果たして、一気に潤ったポイントは何に使われるのか? そして解放された『超古代言語理解 Lv.2』の意味とは……!?
感想や評価などいただけますと執筆の大きな励みになります!
追記:21時の更新もお読みいただき、ありがとうございます。
明日も引き続き”【20時】と【21時】の連続投稿”でお届けします。
ここからさらに怒涛の展開が続いていきます。
見逃さないよう、ぜひお気に入りへのご登録をよろしくお願いいたします!
明日20時の更新でお待ちしております。