鋼鉄の灯火は深淵を照らす—超古代の厄災と、メカオタクの生存戦略—— 作:カノープス・ギア
危険な廃坑でのウィークリークエストを終え、泥だらけで神宮寺研究室へ戻った灯。
そんな彼を待っていたのは、普段は穏やかな教授からの、雷のような大喝でした。
灯の無事を心から安堵する老教授。そして会話の中で語られる、灯の真意と「兵器開発」という野望。
膨大な資金と国家規模の支援を必要とする灯の夢の前に、教授から提示されたのは、あまりにも巨大な男の名前でした——。
「君は、あそこへ、行ったのかね」
研究室の空気が、凍っていた。
俺は泥だらけのザックを肩から下ろすこともできず、ドアの前に立ち尽くしていた。
作業着は乾いた泥で固まり、頬には岩で擦った傷がある。どう見ても、「山を歩いてきました」で通せる格好ではなかった。
「……はい」
嘘は、もう意味がなかった。
教授は目を閉じ、深く息を吸った。
そして——次の瞬間、机を叩いた。
「馬鹿者ッ!!」
雷が落ちたようだった。
この人が声を荒らげるところを、俺は初めて見た。
白髪の混じる髪、痩せた頬、眉間に深く刻まれた皺。見た目だけなら70を越えていてもおかしくない。だが、実際にはまだ60を少し過ぎたばかりだ。
いつも湯呑みを片手に穏やかに笑っている教授が、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がっていた。
「あそこで何人亡くなったと思っている! 3人だ! しかも遺体すら戻っていない! 40年前の坑道だぞ! 支保工は腐り、酸素は薄く、いつ落盤してもおかしくない場所だ!」
「……はい」
「はい、じゃない! 君は——君は、」
そこで教授の声が、不自然に途切れた。
見れば、机についた手が震えていた。怒りではない。
「……君が、戻らなかったらと思うと」
教授は椅子に崩れるように座り、掌で顔を覆った。
「私は昨日の昼、あの封筒を見つけてから、ほとんどここを離れられなかった。帰宅予定を過ぎても君が戻らなければ、警察へ届けるつもりだった。届ければ、君は不法侵入の責任を問われる。だが、届けなければ、君を見殺しにするかもしれない。……どちらを選んでも、取り返しがつかん」
胸の奥が、握り潰されるように痛んだ。
俺は行き先と時刻だけを書いて、それで約束を守った気になっていた。
だがこの人にとって、あの紙切れは「これから死地へ向かいます」という置き手紙でしかなかったのだ。
「……すみませんでした」
深く頭を下げた。今度は、心から。
◇◇◇
長い沈黙の後、教授は顔を上げた。
「……なぜ、あそこだと分かった」
「それは」
「鈴木君」
教授は、机の上の新聞の切り抜きを指で押さえた。
『黒岩鉱山 落盤事故 3名死亡』
「私は、この事故を30年追ってきた」
「……え?」
「あの拓本は、黒岩鉱山の坑道から出たものだ。事故のあった年に、作業員が持ち帰ったものが巡り巡って私の手に入った」
教授は椅子を引き、資料棚の下段から、俺が4日前に漁ったのと同じ箱を引き出した。
「私は30年前、生き残った7人の作業員に会いに行った。全員が、まったく同じことを言った。第7坑道の奥で壁が光っていた。地面が脈打つ音を聞いた。コンパスが一斉に狂った」
紙の束を捲る手が、少し震えている。
「私は坑内に入る許可を求めた。鉱山会社に、県に、大学に。全部断られた。当然だな、封鎖された事故現場だ。……そして」
言葉が止まった。
「そして?」
「一度だけ、無断で坑口まで行った」
俺は息を呑んだ。
「昭和50年の夏だ。私はまだ30代半ばで、無鉄砲だった。ロープと懐中電灯だけを持って、あの封鎖壁の前に立った」
教授は、掠れた声で笑った。
「……入れなかったよ」
「…………」
「怖かったんだ。それだけだ。中から吹いてきた風が、生温かくてね。あの穴は息をしていると思った。私は30分ほどそこに座り、それから帰った」
教授は、自嘲するように首を振った。
「以来、30年。私はこの部屋で紙ばかり集めていた。入れなかった穴の周りを、ぐるぐると回りながらね」
俺は、何も言えなかった。
30年。俺がこの世に生まれるより前から、この人はあの穴の前に立ち、引き返した記憶を抱えて生きてきたのだ。
初めて研究室のドアを叩いた日、俺は教授を70過ぎだと思っていた。
だが、実際には60を少し過ぎたばかりだ。長年の苦労が白髪を増やし、頬を削り、眉間と目元へ深い皺を刻んだのだろう。
笑われ、拒まれ、それでも諦めなかった30年が、そのまま容姿に滲み出ているようだった。
それでも背筋はまだ伸びている。資料を掴む指にも、あの穴へ踏み込めなかった過去と向き合おうとする力が残っていた。
「……鈴木君。君は、入ったのだな」
「はい」
「第7坑道まで」
「……最深部まで」
教授の喉が、こくりと鳴った。
「何が、あった」
俺は、ザックの中に手を入れた。
指先が、カメラに触れる。その隣に、油紙で包んだ金属片。さらにその奥に、置いていくのが怖くてずっと持ち歩いていた、あの巻物。
(——ここが、境界線だ)
これを出せば、もう戻れない。
黙っていれば、俺はまだ「ちょっと変わった学生」でいられる。この人を巻き込まずに済む。
俺は目を閉じた。
瞼の裏に、真っ黒な床が浮かんだ。安全灯の枠。腐ったベルト。潰れたヘルメット。
それを飲み込むように盛り上がった金属。骨だけがない。
30年、この人は、あの3人のことを忘れなかった。
(……この人には、知る権利がある)
俺は、ザックの口を大きく開いた。
◇◇◇
最初に、デジタルカメラを渡した。
「……これです」
教授は液晶画面を覗き込み、そして、動かなくなった。
ドーム状の空洞。青白く発光する壁面。中央に屹立する巨大な円筒構造。
次の画像を表示するたび、指が震えて何度もボタンから滑った。
「……これは」
「壁の内側から光っています。3000万年前の超古代文明の遺構だと思います」
「3000万——」
「次、これを」
俺は油紙の包みを机に置き、開いた。
黒い金属片。手のひらほどの、いびつな破片。
黒曜石のような光沢の表面に、血管めいた隆起が走っている。
教授は震える手で、その表面に触れた。
「……あたたかい」
「昨日から、ずっとです。冷えません」
「なんだ、これは。金属か? いや、この表面は……有機的な……」
「分かりません。少なくとも、既知の材料分類には収まらないと思います」
そして俺は、最後に、巻物を出した。
畳んだ布を解き、机の上に広げる。
燃え盛る業火。逃げ惑う人々。空を覆う怪鳥の群れ。すべてを呑む黒い霧と、そこから覗く冒涜的な殻。
そして、その闇と対峙する、一筋の光の巨人。
「…………ッ」
教授は椅子から立ち上がり、口元を押さえた。
「……なんだ、これは」
「『太平風土記』というそうです。大学1年の夏、教授のゼミの調査で訪れた寺で、住職から譲られました」
「譲られた、だと?」
「はい。……そのときは、意味が分かりませんでした」
俺は、絵の右端——闇と、そこから覗く殻を指した。
「これから話すことは、証明できません。信じてもらえなくて当然だと思っています」
教授は、巻物から目を離さないまま、静かに言った。
「聞こう」
◇◇◇
俺は、話した。
3000万年前、この星には人類より遥かに進んだ文明があったこと。
その文明は、闇に呑まれて滅んだこと。
闇と戦った「光の巨人」が3体、いまも地中で眠っていること——その場所が、あの光のピラミッドであること。
そして。
「……数年のうちに、闇が目を覚まします」
教授が顔を上げた。
「怪獣が現れます。この巻物に描かれているのは、過去の記録じゃありません。これから起きることです」
「……根拠は」
「あります」
俺はカメラを操作して、別の画像を出した。
光のピラミッド。そして、3体の巨大な石像。
教授の目が、大きく見開かれた。
「これは……君が、あの座標で……」
「あの日、俺が『たまたま』割り出した座標です。教授が10年以上解けなかった観測データから」
「…………」
「1度目は、偶然だと言えます。では、2度目はどうでしょうか」
俺は黒岩鉱山の写真を並べた。
「拓本にはこう書いてありました。『器を鍛えし炉は、社を離れ、地の底に伏す。贄を喰らいて未だ熄まず。近寄る者は、骨を返されず』」
教授が、息を呑んだ。
「……骨を、返されず」
「あの床に、安全灯とヘルメットとベルトが埋まっていました。金属が飲み込むみたいに盛り上がって」
俺は、そこで一度言葉を切った。
「骨は、ありませんでした」
研究室が、静まり返った。
蛍光灯のジーという音だけが、やけに大きく聞こえる。
やがて教授は、机の上の写真と、金属片と、巻物を順に見て、それから両手で顔を覆った。
肩が、震え出した。
「……30年」
くぐもった声だった。
「30年だ。私は、頭がおかしいと言われ続けた。証拠のないことを喋る男だと。妻にさえ最後まで信じてもらえないまま、先立たれた」
「……教授」
「学生も来ん。予算も出ん。それでも私は、間違っていないと思っていた。思い込んでいた。……いや、本当は、半分は自分でも疑っていたよ。70になる前に、すべての資料を燃やして死のうと思っていた」
教授は顔を上げた。
丸眼鏡の下が、濡れていた。
「鈴木君」
「はい」
「……ありがとう」
俺は、返す言葉を失った。
責められると思っていた。詰問されるか、拒絶されるか、正気を疑われるか。
そのどれかの覚悟をして、この部屋に入ってきた。
まさか、礼を言われるとは思わなかった。
気がつくと、視界が滲んでいた。
(……ああ、そうか)
数か月だ。
システムが起動してから、俺はずっと1人で抱えてきた。
ゴウにも、澄人にも言えなかった。頭の中の青いウィンドウにも、労いの言葉なんてなかった。
初めて、誰かと分け合えた。
俺は袖で目を拭った。泥がついて、余計にひどい顔になったと思う。
◇◇◇
どのくらい経っただろうか。
教授はハンカチで眼鏡を拭き、ようやくいつもの調子を取り戻して、湯呑みに新しいお茶を注いだ。
「……さて。訊きたいことが、30ほどある」
「30ですか」
「まずは1つだ」
教授は俺を見た。
「君は、なぜ
来た。
最も答えにくい問いだ。
拓本の刻印。巻物の縁飾り。
あれが意味に変わるのは、【超古代言語理解 Lv.1】というスキルが俺の脳に埋まっているからだ。
そのスキルは、前世の記憶を持つ俺の脳内に居座った正体不明のシステムが、クエスト報酬として叩き込んできたものだ。
そんなことを、言えるはずがない。
「……分かりません」
「分からない?」
「本当に、分からないんです」
俺は、顔を上げた。
「ある日から、読めるようになりました。理由も、仕組みも、説明できません。……嘘をつくくらいなら、説明できないと言います」
教授は、じっと俺を見ていた。
長い沈黙だった。
やがて、教授は目を伏せ、湯呑みを口に運んだ。深い皺の刻まれた横顔には、長い年月を耐えてきた者だけが持つ静かな疲労が滲んでいた。
「……いいだろう」
「え」
「私も30年、説明できないものを抱えて生きてきた。同じ穴の狢だ」
そして、ふっと笑った。
「それに、だ。仕組みが分からんものを『ない』ことにするのが、私を30年笑ってきた連中のやり方だよ。私まで同じことをしたら、何のために笑われてきたのか分からん」
胸が、詰まった。
この人は、自分が受けた仕打ちの逆を、俺にやってくれている。
「……ただし」
教授は湯呑みを置いて、こちらを見据えた。
「1つだけ確認させろ。君は、その
心臓が跳ねた。
デイリー未達成時のペナルティゾーン。
ゴルザの前へ放り出され、規定時間を生き延びるまで終わらない試練。
そして、残機は3つ。
「…………」
「鈴木君」
「……大丈夫です」
俺の答えを、教授は明らかに信じていなかった。
だが、それ以上は訊かなかった。
◇◇◇
「では、次だ」
教授は立ち上がり、資料棚の前に立った。
「君は、これから何をするつもりだ」
「……人類の兵器を、間に合わせます」
「兵器」
「怪獣が来たとき、いまの戦闘機では何もできません。当たっても傷ひとつつかない。俺はそれを——」
そこで言葉を止めた。ペナルティゾーンで撃ち込んだ機銃とミサイルが、煙の中から傷ひとつない巨体を吐き出した光景。あれを俺は「見た」とは言えない。
「……そう、確信しています」
教授は振り返らず、棚の背表紙を撫でていた。
「1人でやるつもりか」
「そのつもりでした」
「今は」
「……分かりません」
「よろしい」
教授は棚から1冊のファイルを引き抜き、机に置いた。
色褪せた表紙に、30年前の日付が入っている。
「では、条件を3つ出す」
「条件、ですか」
「1つ。この部屋を使え。私の研究室は、今日から君の隠れ蓑だ。学部生が1人で妙な研究をしていれば目立つが、教員の下についていれば誰も見に来ん」
「……はい」
「2つ。論文を書くときは、私の名前を使え」
「え?」
「学部1年生の単著など、どの学会も受け付けん。共同研究者として私の名前を並べれば、少なくとも読まれる。……30年干された男の名前だから、大した効果はないだろうがね」
教授は苦笑して、そして、真顔になった。
「3つ目だ」
「はい」
「次にああいう場所へ行くときは、私も連れて行け」
「——駄目です」
反射的に、俺は言っていた。
「危険すぎます。教授の歳で、酸欠の坑道なんて」
「だから行くのだよ」
教授は、静かに言った。
「私は30年前、あの穴の前で引き返した。それを抱えて生きてきた。……鈴木君。君は今日、私に代わって入ってくれた。だが、それでは私の30年は終わらんのだ」
丸眼鏡の奥の目は、驚くほど据わっていた。
「足手まといにはならん。身体は、見た目ほど衰えておらんよ。荷物持ちくらいはできる。記録も取れる。……それに、君が中で倒れたとき、誰が引きずり出すんだね」
俺は、言い返せなかった。
「……分かりました」
「よろしい」
満足そうに頷いて、教授はようやく湯呑みを手に取った。
◇◇◇
「ああ、それともう一つ」
帰り支度をしていた俺に、教授が思い出したように言った。
「先の話だがね。君の言う『兵器』を本気で作るなら、大学の予算では到底足りん。国が動く規模の話だ」
「……はい。それは、分かっています」
「1人だけ、心当たりがある」
俺は手を止めた。
「30年前、私が学会で笑われたとき——会場でただ1人、笑わなかった男がいる」
教授は、遠い目をしていた。
「壇上の私に質問をしてきた。『あなたの説が正しかった場合、人類は何をすべきですか』とね。……あの日、私に質問をしたのは、後にも先にもあの男だけだ」
心臓が、ゆっくりと速くなっていく。
「学者ではない。当時は若い役人だった。今はもう、ずいぶん上まで行ったと聞いている。国連と防衛畑を行ったり来たりしているとか」
「……名前は」
教授は、ファイルの表紙を指で叩いた。
「サワイ君だ。サワイ・ソウイチロウ」
——世界が、静止した。
TPC初代総監。地球平和連合を創設し、核を廃絶し、人類の防衛を一つにまとめる男。
俺が3年後、独自理論を引っ提げて売り込みに行くはずだった、その相手。
その男への道が、いま、この埃っぽい研究室の中で繋がった。
「……教授」
「うん?」
「その人と、まだ連絡は」
「年賀状くらいはな。返事が来たことはないが」
こともなげに言って、教授は湯呑みのお茶を飲み干した。
「まあ、まだ先の話だ。手ぶらで会いに行っても仕方あるまい。……君が『間に合わせる』と言った、その現物ができてからだな」
「……はい」
俺は深く頭を下げ、泥だらけのザックを担ぎ直した。
ドアを開けたところで、背中に声がかかった。
「鈴木君」
「はい」
「今日は、飯を食って寝なさい。顔が死んどる」
「……はい」
廊下に出て、ドアを閉める。
俺はしばらく、そこに立っていた。
視界の隅に、青いウィンドウを呼び出す。
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▶ 所持ポイント: 4,600 SP
▶ 残機数: 3 / 3
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数字は、何も変わっていなかった。
『協力者を得ました』という表示も、報酬も、何もない。
(……こういうときこそ、何か寄越せよ)
俺は小さく笑った。
そうか。
そういうものは、システムの管轄外なのだ。
窓の外では、11月の風が街路樹を鳴らしていた。
背中がやけに軽い。ザックの重さは変わっていないはずなのに。
この数か月、俺は1人だった。
今日から、2人だ。
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《b》【現在のステータス・スキル情報】
[BASE STATUS]
┣ 演算処理能力: G
┣ 空間認識力 : G
┣ 反応速度 : G
┗ G耐性/肉体: F
[ACQUIRED SKILLS & KNOWLEDGE]
┣【超古代言語理解 Lv.1】
┣【初級・機械工学/プログラム言語】
┣【中級・航空力学/制御アルゴリズム】
┣【上級・次世代エネルギー/流体力学】
┣【インファイト Lv.1】
┗【SPアップ Lv.1】
[SYSTEM DATA]
┣ 所持ポイント: 4,600 SP
┣ 残機数 : 3 / 3
┣ 保有サンプル : 未知の有機金属片 ×1(解析:0%)
┗ OT領域 : 【マクロス初代・統合技術パック】まで 残り 25,400 SP
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第9話をお読みいただきありがとうございました!
怒りではなく「教え子を心配する気持ち」で手を震わせる神宮寺教授。ただの知識提供者ではなく、主人公を温かく見守る最高の理解者(大人)として描いてみました。
そしてついに繋がった、TPC初代総監**「サワイ・ソウイチロウ」**への道!
3年後に手ぶらで会いに行くのではなく、神宮寺教授のコネと圧倒的な技術(論文)を持ってサワイ総監にプレゼンしに行く……という、最高の導線がここで完成しました。
ポイントも潤い、強力なパイプも手に入れた灯。ここからの技術開発と成長にぜひご注目ください!
感想や評価などいただけますと大変励みになります!