一児の母、第4中隊のその後
1921年
深夜、ヴァッサのとあるレストラン2階にて。
ソルジアはベッドに座っている夫に医師から貰った診断書を見せた。
「貴方見て、これ……」
「っ……! ソルジア本当か!? 僕達に子供が!」
「えぇそうよ」
ソルジアのお腹の中には赤ちゃんがおり、数ヶ月後には元気な女の子が産まれてきた。
「やっぱり私、この子が一歳になったら軍に復職しようと思うの」
ソルジアは代々軍人の家系に生まれ、幼少期から武術を学んでいた。
「またその話か……なぁソルジア。3人でレストランで穏やかに暮らそう? 君が戦う必要なんて、」
「駄目よ。祖父も父も、兄さんも皆戦った」
「でも…………」
夫はベッドに眠る娘の方を見る。
「この子には君が必要だろ?」
「えぇ、分かっているわ…………でも、何度も言うけれど、私はね貴方とこの子が暮らすこの街を守りたいの」
今年ヴァッサの西で戦争が始まった。
ソルジアは妊娠が判明した為戦線に行くことは無かったが、復職したら前線へ行くことになる。
「君じゃなくたって出来ることだ…………でもこの子の母親は君だけだろ……!」
「自分達より若い子供を戦わせて、私達は見て見ぬふりをするの?」
「っ…………そうだよ、本当に……これだけは、引く気は無い。……俺が、嫌なんだ」
夫からの切実な願いだった。
今までは子供の為、ソルジア自身の為にと引き止めていたが、我慢ならず自身の本音を漏らした。
「そうね……」
ソルジアにもそれが伝わったのか、少し笑っていた。
「この子が6歳になった時、この子が一緒に暮らしたいって言ったら、私はレストランで3人で働くわ」
「そうしよう……! うん、そうだ。それがいい!」
「あら、この街の為に戦うお母さんだってかっこいいわよ?」
「……ありがとうソルジア」
それからソルジアは一年、二年と、狭いレストランで穏やかな毎日を過ごしていた。
娘は3歳の時に亡くなった。
リネア川の向こう側に子供だけで行っては駄目だとあれだけ言い聞かせたのに。
ソルジアの子供は好奇心が強い子だった。
託児所を抜け出していたそうだ。
3歳の子供に戦争をしているから危ないと。
死ぬから行ってはいけないと。
人の死を見た事がない子供にソルジアは伝える事が出来なかった。
街では子供を怖がらせる流行り話が流行っていた。
リネア川に近づくとお化けに連れ去られるという子供騙し。
幼い娘はそれを確かめに行ったのかもしれない。
子供は、無惨に殺されていた。
もしかしたらうちの子じゃないかもしれない。
と、目の前に寝かされている我が子を見てソルジアは考えた。
たまたまその日と同じ服を着ていた他人の子。
きっとそうだ、と。
うちの子があの日から帰ってこないのは、冒険をしてるだけだ。
お腹空いた、パパの作ったご飯が食べたいって。
そのうち…………。
そんな日は二度と訪れないのに。
ソルジアは夫の反対を押し切って軍に復職し、沢山の敵兵を殺し始めた。
「最近、いえ、明確には今年の春から、明らかに気が散っている。ソルジア上等兵、気を引き締めなさい」
「新兵の子達二人共女の子だもんなぁ、気にかけるなって方が、ま。無理やろな」
出発前に呼び出されたソルジアは、ガーラン大尉と中尉に気が緩んでいると注意を受けていた。
今年第4中隊に入ってきた新兵は二人とも幼い子供。
ソルジアは娘の面影を重ねていたのだろう。
何かと二人を気にかけ行動をしていた。
「まぁ、好きにすりゃええよ。一旦痛い目見ないと他人なんて見捨てられんから」
「ちょっと、ガーラン」
「ありがとうございます」
ガーラン大尉の投げやりな言葉に中尉は反論した。
それからはガーラン大尉と中尉の口喧嘩が始まったのでソルジアはテントを抜け出しアンジェ二等衛生兵の元に向かっていった。
〈ソルジア死亡後、後方拠点〉
「ちょっとー、ガーラン大尉。僕一人で中隊を診るんですか?」
アンジェ二等衛生兵がヴァッサ中央野戦病院に行っている間。
セキ上等衛生兵はガーラン大尉に一人で衛生兵の仕事をするよう命令された。
「前の奴が死んだ後、新人が来るまでの間はお前一人で回してただろ」
「それはそうですけどー」
アンジェ二等衛生兵の前任の衛生兵は年が明けてすぐに亡くなっていた。
「新人をよく聞かせられなかった罰だ」
「うげぇー、」
セキ上等衛生兵はアンジェ二等衛生兵が入隊するまでのドタバタの毎日を思い出した。
「ガーラン少し良い?」
「おぉ、お嬢どったん?」
テントに入ってきたのは第4中隊の副隊長。
マルティナ中尉だった。
「抜けた分の人員補充の名簿、覚えておいて」
マルティナ中尉はガーラン大尉に名簿を手渡した。
「新しい衛生兵いるー?」
「貴方かアンジェ二等衛生兵が死ぬまで増員する訳ないでしょう」
セキ上等衛生兵の分かりきった質問をマルティナ中尉は軽くあしらった。
「はいはい、伍長君と上等兵君ねぇ」
ガーラン大尉はうんうんと頷き名簿を閉じた。
「私は名前を覚えて、と言っているのだけど」
「俺はそーいうの苦手なんだって」
ガーラン大尉は名簿をくるくる回し、端から覚える気はないようだった。
「そう。いつも通り私が覚えておけばいいって訳ね」
「あんがとね、お嬢」