「アップルパイの作り方?」
「あぁ、収穫祭の後で構わない、教えてくれないだろうか」
収穫祭が目の前に近づいたある日。
カフェアーホルンにアメッサが訪れていた。
平日の店内に夕焼けが射し、彼女をオレンジ色に染めていた。
「任せて! 私お菓子作りは得意よ!」
胸を叩き自信満々に返事をした。
「お菓子作りは分量が命だからメモはしっかり取ってね」
「承知した」
「じゃあこっちに来て」
「今から作るのか? 店は……」
「今日のお客様は貴方だけなんだから良いの」
公演中紅茶を飲むことすら忘れ、魅入ってくれたアメッサにお礼をしたいんだもの。
少しくらい見逃してもらえるわよね。
「収穫祭でタルトを出すから、生地を沢山仕込んであるの」
「そうなのか。あぁ、勿論食材費は出す」
「ありがとっ」
エプロン姿に着替え、アップルパイの材料を並べる。
市場で林檎が安かったことに感謝だ。
「材料は、砂糖、バターにリンゴ。バターは無塩バターを使うこと」
「無塩バター?」
「ふっふっふー、お店のを分けてしんぜよう!」
「良いのか?」
偉そうに伝えるとアメッサは少しだけ微笑んだ。
「うん! 本当は砂糖もグラニュー糖で作りたい所だけど、高くて私のお店じゃ取り扱えないんだよねぇ」
「じゃあステップ1、砂糖を振るいにかける! 硬いから指をすらないように気をつけて」
「あ、あぁ……」
アメッサはふるいをトントン叩いた。
塊になっている砂糖と格闘する姿はなかなかに新鮮だった。
「ステップ2! リンゴの皮を剥いて、小さく切る!」
「分かった」
アメッサは丸い林檎を掴みクルクルと回すように切り始めた。
が、剥いたことなど無いのだろう。
ポトポトと皮がまな板に落ちて行くばかりだった。
「…………わ、ちょっ……ストップストップ!」
「何だ?」
包丁と林檎を手にアメッサは心底不思議そうな顔をしていた。
「なんか、見てて怖い!」
「絵本などではこのように剥いていたと思うんだが」
「慣れないうちはリンゴを半分に切ってから剥いてみて」
「そうだな、」
アメッサは林檎をがこんっと切った。
今にも指を切ってしまわないか不安だ。
「芯を取る時は左右から刃を入れると良いよ」
「…………かなり実を削ってしまうな」
林檎の芯を取り、皮を剥く。
続いて一口サイズに切るように伝えると、かなり細かく切っていた。
「ステップスリー。全部手鍋に入れて水分が無くなるまで混ぜる」
「火力は?」
「中火かなー」
ボウっと火を付けると、ガスの匂いが鼻についた。
「なぁ、これはアップルパイのどの部分になるんだ?」
シナモンを横から入れるとアメッサはヘラでカタカタと混ぜながら問うた。
「……え? 普通に中身だけど」
「そうか、なら少し林檎を細かく切りすぎてしまったな」
「好みによって変えてみるのも楽しいよ」
アップルパイを食べたことがないとは思えない。
お菓子作りをした事がないからか、自分のしてることが何なのか分からないんだろうなぁ。
「じゃあ私はパイシート作っておくから」
「待て! 勝手に工程を進めるな!」
くわっと叫び、いつものアメッサの表情に戻った。
見て見ぬふりをしながら指を振る。
「ステップ4。硬ってぇ生地に粉振りまいて均一に伸ばせ。ですわよ、お姉様〜」
「だからなんの粉だ!」
アメッサは焦げないようにちらちらと首を動かして私の作業を見ていた。
「なんだその定規……は?」
ルーラーを取り出し生地を伸ばそうとすると有り得ないと言ったような顔で止められた。
コロコロと表情を変えるアメッサに笑いが込み上げてくる。
「目分量で伸ばしてると思った? のんのん! 同じ幅の方が綺麗に見えるんです」
「それはそうなんだろうが、」
生地を型に合わせ包丁の背で切る。
上に載せる生地を切り終える頃にはアメッサの作業も終わっていた。
「次行くよー、はい、割ってくださいなっ」
卵をアメッサの目の前に置くと猫が水溜りに入ったみたいに飛び跳ねた。
「……この先、卵を何に使うんだ? 生地は全て出来ただろう」
「卵を生地の上に塗ると、焼いた時に綺麗な焼き色が着くんです」
「そうなのか?」
「もしかしてアメッサ…………卵割ったことない?」
ハッと意味深長に告げると、アメッサは図星を突かれたのか狼狽えた。
「…………無いことは無いが、この卵は何処の卵なんだ」
アメッサが気にしていたのは卵の鮮度の事らしい。
「朝イチで農家さんから頂いた新鮮な卵だよ!」
「なら良いんだ」
卵を数回机に叩きつけボウルの上で破る。
カシャッと卵の破れる音と共にアメッサから声が溢れた。
「あ、」
「ありゃ、ちょっと割れちゃったかー惜しい!」
ボウルを覗くと黄身が割れていた。
殻は入っていなそうなのでそのままかき混ぜる。
「これをといたら……はい! 優しく塗ってみて、少量でね」
ハケをアメッサに渡すと恐る恐る生地に卵を塗り始めた。
少し塗ると合っているか確認するようにこちらを見て来た。
「アメッサがオドオドしてるの新鮮〜」
「オドオドなどしていない!」
怒りに任せてアメッサはハケを動かした。
「ほらそこ! 均一に塗る!」
「は、お前が声かけるから!」
ビシッとアップルパイを指さす。
アメッサは反論はすれど、先程より丁寧に塗り進めていた。
「これで良いか?」
「バッチリ! 焼いてくるから席に戻ってて」
オーブンにアップルパイを入れキッチンからお店を覗く。
アメッサは店内の奥で控えめに座っていた。
「はぁ〜〜〜疲れたぁ〜」
アメッサの目の前の椅子に座り机に突っ伏す。
私の心配の元は呆れたように息を吐いた。
「ただ切って煮て焼いただけだろう」
「その切って煮て焼くだけのものを、目の前にいるお嬢様はどれだけ失敗したのかしらねぇ」
ポケットにしまっていた飴をずいっと半ば無理やり手渡す。
なれない作業に頭を使い糖分を欲していたのか、アメッサは飴を口に放り込んだ。
「分量も作り方も決まっている分、料理より簡単だと思うんだけどー?」
「決められた作業は仕事だけで十分だろう」
アメッサは飴を口の中でカコカコと鳴らした。
目を細め外を見るアメッサは窓辺に飾ってあったテディベアに気がついた。
「インテリアを増やしたのか」
「そうなの! やっと買えたんだよね〜アリス印のテディベア!」
食材を買うついでに市場を散策した所、いつもは即完売していたテディベアを幸運にもゲットできたのだ。
「有名な物なのか?」
「巷で話題よー?」
ガールスカウトの子供達が一つ一つ手作りしていて少し形の崩れた顔がチャーミングで気に入っている。
世間話をしているとキッチンから良い匂いが漂ってきた。
「焼けたか見てくるね!」
オーブンの中には少し焦げ目のついたアップルパイが焼けていた。
「はぁ〜! 美味しそう!」
お皿に移そうと食器棚の方へ振り返る。
と、アメッサが無言で立っていた。
「手伝えることはあるか」
「じゃあ、紅茶入れて〜」
茶葉の缶に向かってトントンと空を叩いて教える。
アメッサのお菓子作りは不安しかなかったけど、入れる紅茶は美味しいんだよね。
アップルパイをお皿に移す。
アメッサはサモワールでお湯を沸かしていた。
「アメッサンヌ〜、お湯少し貰ってもいい?」
「良いが何に使うんだ?」
「ふふん、まぁ見てて」
お湯を金属パットに注ぎ包丁を温める。
そして、水分を拭き取ってからアップルパイに刃を入れる。
「こうすると綺麗に切れるんだ。普通のケーキでも出来るからお試しあれ」
同じことを数回繰り返し、アップルパイを6等分する。
テーブルにアップルパイ、紅茶、パンとチーズ、お皿とカラトリーを並べて美人2人が座れば完璧なハイティーだ。
「美味しい?」
「あぁ。……思ったよりシナモンが強いな」
「そう? 私はシナモン好きよ」
アメッサはシナモンの甘い香りに少し顔を歪めていた。
食事も終わりアメッサが食気を洗移して中、お土産にアップルパイを一切れ包んだ。
「収穫祭、遊びにきてね」
「時間が合えばな」
アップルパイの包みを渡すと少し困った顔をしつつも受け取ってくれた。
テーブルの上にお金を置き、アメッサは街灯の光に照らされながら帰って行った。
店の看板をクローズにし、お店の掃除を始める。
「ふふーん、今日も私は絶好調〜」
静かな店内とは裏腹に歌いながら掃除を進める。
「アメッサってふとした笑顔が女の子らしくて可愛いわよね〜」
アメッサがお菓子作りが苦手なのは意外だったなぁ。
初めて出会ったのがお仕事中だったからか、アメッサはなんでも出来るイメージがあった。
「髪の毛もサラサラでまつ毛も長いし。意地っ張りなのがたまに傷だけど」
ふとアメッサの歯に当たる飴の音を思い出す。
ぶわっと花弁が舞うように、顔が熱くなった。
「……………………あれぇ……」
掃除する手を止める。
この時の私は世界で一番可愛い顔をしていたと思う。
「私の白馬の王子様、女の子だったかぁ」