収穫祭当日。
アメッサは仕事を足早に片付け、街に足を運んでいた。
「あれ、アメッサさん?」
スカラーの店へ向かう道中、小さな子供と手を繋ぐアンジェに声をかけられた。
アンジェに弟は居なかったはずだが。
「アンジェか、奇遇だな……その少年はどうした?」
「祭りで迷子になっちゃったみたいで、お母さんを探しているんです」
「祭りの期間は迷子が増えるからな、祭りの会場に軍のテントがあるはずだ、そこに行くと良い」
少年を見つめるとアンジェの背中に隠れてしまった。
「アンジェ、このおねぇさんだれ?」
「私はルミエール国軍少佐、アメッサだ」
名乗ると少年は目を輝かせ、隠れるのを辞めた。
「少佐っ!? かっこいい!」
「その歳で軍の階級が分かるのか?」
「うん! お母様がいろんなこと、たくさんべんきょうしなさいって、いつもいうから」
たどたどしい口調で少年は続けた。
「いっしょに、お母様さがしてくれますかっ?」
「そうだな……テントに着くまでは良いだろう」
「やったぁ!」
「あ! アンジェ! ぼくあれやりたい!」
「はっ、はい!?」
大きな声にアンジェは反射的に返事をする。
少年が指さしたのはヨーヨー釣りだった。
「えっとぉ……テディ君、お母様は……?」
「ぼくお祭りであれが一番ほしい!」
「あぁ〜…………」
助けを求めているのか、確認か、アンジェはこちらをみた。
母親とすぐに会えず困るのはテディ自身だ。
テントまで送った後のことは私の管轄ではない。
祭りの時間が終わったからと子供を街に放っておく国ではないだろう。
「金なら出してやる。テディ、全てお前の判断だ。好きにしろ」
テディは意味が分からなかったのか、きょろきょろと辺りを見渡し答えた。
「えっと、ぼく……ヨーヨーとりたい!」
大変子供らしくて良いと思った。
「どの色が好きですか?」
「みずいろ!」
アンジェの質問にテディは水色のヨーヨーを指さした。
狙いは決まったようだ。
「じょうずにとれない! おねぇちゃんとって!」
「自分の手で取りたいんじゃないのか?」
受け皿の中は空のまま、テディはヨーヨー釣りの糸を切らし目に涙を浮かべていた。
「んー、んううう」
「はぁ……手を抑えてやるからもう一度やってみろ」
手を支え針をヨーヨーの輪に通す。
「とれた!」
水色のヨーヨーを持ち上げると、テディは自信がついた様だ。
「も、もういっこ!」
「そんなに前屈みになるな。熊が濡れる」
よく見るとテディのズボンには沢山の小さなテディベアのキーホルダーが付いていた。
「じゃあ、おねぇさんもってて!」
「あ、おい! 強く引っ張ったから取れただろう」
テディはベルトに着けていた小さなテディベアを手渡した。
引っ張る勢いが強かったのか、ぬいぐるみからチェーンが取れている。
治せるかぬいぐるみを触ると小さくシュッと音が鳴った。
一つの疑念が頭を過ぎる。
咄嗟にヨーヨーが浮いているプールにテディベアを突っ込んだ。
「えっ……アメッサさん!?」
時計台の鐘が鳴り響く。
同時に水面が激しく揺れ、風船が割れた。
テディベアを押さえていた手にビリッとした痛みが走った。
「…………おい、どう言うつもりだ? 応えろガキ」
テディから手渡されたぬいぐるみは爆弾だった。
時計台の音と重なり周囲の人達は気が付いて居なかったが、ヨーヨー釣りの店主が叫ぶ。
「それよりいいのおねぇさん? ここじゃあ、いっぱい巻き込んじゃうよ」
テディは熊のぬいぐるみを一つ近くにいた親子に投げた。
「ッ……!?」
先程の爆発は水中だったから被害は少なかった。
だが、地上で爆発したらどうなる?
軍人としては国民を守るのが一番だ。
だが…………。
そんな思考が頭を過ぎる中、脇目も振らず親子連れに向かって走り出したのはアンジェだった。
「キャッチっ! アンド……おりゃあっ!!」
アンジェは空中で爆弾を掴むとそのままの勢いで人気の無い路地に投げた。
爆発音と共に額の汗を拭うアンジェ。
咄嗟の判断としては最適解だった。
だが、細い路地に投げられた爆弾は本領を発揮した。
窓ガラスが割れ、熱風がこちらまで迫ってくる。
破片手榴弾だったら無事では済まなかっただろう。
「わぁ………………おねぇちゃん、ゆうしゃみたい」
「テディ君、何してるんですか!!?」
アンジェの行動にテディは呆気にとられたようだった。
遠くでは子供から爆弾を奪い捨てようとする親。
奪われまいと必死にぬいぐるみを掴む子供。
道端に捨てる女性。
爆弾音が辺りで響き始め、全身が熱風で焼けるようだった。
「あはははっ!」
テディは耳が痛くなるような声で笑い、楽しそうに地団駄を踏んだ。
「……ここから離れるぞ」
「えっ、あ! ……はい!!」
アンジェを連れ街から逸れる。
広い場所でなければテディを捕らえるのは難しいだろう。
「アメッサさん手は!」
彼女は走りながら何やらポシェットの中を探していた。
「五指共にくっついてる」
「そうじゃなくて血! 出てますよね!?」
包帯を取り出すと手を出すようにジェスチャーをした。
「巻きますから手出してください」
「包帯を持ち歩いているのか」
「絆創膏と包帯は必需品ですよ!」
アンジェは包帯をきつく巻きながら叫ぶ。
「それに、逃げちゃっていいんですか!?」
「お前を爆破させずにいたのは、少なくとも私のような士官、もしくは本部に用があるのだろう」
「あ……た、確かに」
だが、わざわざ装飾を施し、爆弾を国民に行き渡るようにしていた。
国民の殺害か、軍か……もしくはそれら全て?
テディを捕らえるべきか悩んでいると街から離れた人気のない広場に辿り着いた。
噴水もあり、火傷もすぐに冷やせるだろう。
「……ピュイ」
短く伝書鳩に指示を出す。
すぐに今回の騒動は伝わるだろうが、念の為司令部へ鳩を一匹送った。
「わぁ……鳥さんと友達なんだ!」
暫くするとテディが追い付き、私の周囲を飛び回る鳩に目を輝かせた。
「アンジェ、体力検定の時の事は覚えているか?」
「えっと、アメッサさんがふっ飛んだ?」
「違う」
アンジェに包帯を巻かれた手を軽く振る。
「は! え!? 私テディ君を攻撃出来ませんよ!?」
「なに、投げられた爆弾を投げ返せばいい」
「そうじゃなくて! ……確かに、やった事は許せないですけど、テディ君は子供です!!」
……そうだな。
彼女にとってここは日常生活を送る街で、敵地でも前線でもない。
少年兵を相手になど出来ないか。
「あっ! アメッサさん、前!!」
アンジェが叫ぶと、テディが爆弾をこちらへ投げていた。
爆弾を鳩が咥え空高く飛んだ。
爆発する寸前、鳩は身を翻し爆発を避けていた。
アンジェは驚いたのか口をぽっかりと開けている。
「……ならお前は避難誘導でもしに行け」
小さな笛を取り出し甲高い音を鳴らす。
すぐに小さな足音と共に二頭の犬が足元に集まった。
指示を出しテディに飛びかからせる。
テディは小さな悲鳴を上げ、それをかき消す声でアンジェが叫んだ。
「アメッサさん何してるんですか!!?」
「軍用犬を使った対象の無力化だ」
軍用犬を使った作戦は前線ではまだ導入していなかったからな、アンジェが驚くのも無理はない。
アンジェは私がテディを殺さないか不安なのかその場を離れずにいた。
「怪我したらどうするんですか!」
それは一体
浮かんだ疑問を飲み込み、地面に倒れているテディに慎重に近ずいた。
「おねぇちゃん、ひどいよ……」
「犯罪者に手加減をする必要があるのか」
テディは一際大きなテディベアを離さずにいた。
「それも爆弾だな。ゆっくりと地面に降ろせ」
「…………あはは、ショロン様に怒られちゃう……」
ぬいぐるみの体が潰れるほどにテディベアを強く強く抱き締めた。
反射的に後ろへ距離をとる。
その途端、テディの体は大きな炎と煙に包まれた。
爆風を遮るように顔を隠す、小さく舌打ちが漏れた。
「ゲホッ…………ケホ、ケホッ……」
腕で煙を払い、吸ってしまった煙を吐き出すように咳をする。
目の前ではアンジェがフラフラとしていた。
「アメッサさんは…………」
小さく何かを呟いていた。
テディは恐らく少年兵。
それをまとめあげているのがショロンという人物だろう。
ショロン…………ショロン?
「っアンジェ一等衛生兵! 貴官は仲間と合流。避難誘導と負傷者の対応をしろ! 復唱は要らん! 私は基地に戻る!」
指示をした後、すぐに司令室に向かい走る。
テディが口にしていたショロンという名前。
大使館が入手した名簿に記載されていた、