アメッサさんが何かを言って、走り去って行きました。
……そんなことより。
「テディ君…………っ!!」
風が吹き硝煙が薄れていく、その中に大きな塊が一つありました。
「うっ゙…………」
変わり果てたテディ君を前に、胃の内容物が込み上げてきました。
「……………………テディ?」
声のする方へ振り向くと、カールツインテールの小さな女の子が立っていました。
「あ……み、見ちゃ駄目です!」
セーラー服を着た女の子はそのまま近づき、テディ君の前にしゃがみました。
「あなたがテディをころしたの?」
「違っ! ……い……ます…………」
「そう」
淡白に呟くと、女の子はすっと立ち上がりました。
「あの……もしかしてドルチェちゃんですか?」
「あたしのなまえ、しってるの? ……テディがいったのね、このおばかさんは」
「テディ君と街で出会って、お母さんを探していたんです。でも、テディ君は爆弾を持ってて」
おぼつかない説明でも、ドルチェちゃんは静かに聞いてくれました。
目の前で弟が亡くなっているというのに、とても落ち着いて見えます。
「誰かに脅されているんですか?」
「ちがうわよ。あたしたち、ひとごろしだもの」
ドルチェちゃんは自分を人殺しだと言いました。
5、6歳くらいの子供が本当に有り得るのでしょうか。
テディ君は自分の意思であんなことを?
「ねぇ、どうしておねぇさんは、にげないの?」
ドルチェちゃんは小さく笑いました。
私はドルチェちゃんを、幼い時の自分に重ねていました。
「信じたくないから……ですかね」
「そうだね。あたしもこうなりたくない」
ちらりとテディ君を見ると、ドルチェちゃんは顔をしかめました。
「あたしのなまえ、お母様がつけてくれた。かわいいなまえでしょ?」
「はい……とても、可愛いと思います」
ドルチェちゃんは苦い顔をしたまま続けました。
「…………あたしもしゅくだい、おわらせないと」
するとポシェットから一つ、カップケーキを取りだし、思い切り地面に叩きつけました。
「おねぇさん。たくさん、しんこきゅうしてね」
カップケーキ……に思えたそれは大量の煙を出し辺りを覆い始めました。
煙に触れた肌がピリピリとし、喉に違和感を感じました。
「毒!? ドルチェちゃんも危ないですよ……!!」
慌ててドルチェちゃんから距離を取り、手を噴水ですすぐ。
手袋も持ち歩いていたのは衛生兵という仕事に感謝ですね。
「あたし、このばくだんのくうき、すってもだいじょうぶよ。ってお母様いってたから……だいじょうぶ。なの」
大丈夫。だなんてそんなはずありません。
例えドルチェちゃんに毒への耐性があったとしても、内蔵はダメージを受けるはずです。
どうにかしないと…………。
ドルチェちゃんを抱き抱えて噴水に入る?
その前に毒をまだ持っていないか確認でしょうか。
今すぐにでもドルチェちゃんの元へ向かってしまいそうですが、足を叩いて落ち着かせます。
迂闊に近づいて私まで動けなくなるのは駄目です。
「第一問。爆弾を使う時は何処で使うべきかしら?」
煙が晴れていくまで耐えようとしていると、女性の声とコツコツと軽快な足音……。
それと共に妖艶な女性が一人現れました。
「お母様っ!」
「お、お母さん!?」
ドルチェちゃんの声に思わず反応してしまいました。
つまらなそうに長い爪を弄り、ヒールの高い靴を履いている女性が、テディ君とドルチェちゃんのお母さん…………?
「きちんと教えた筈よね? 貴方テストではいつも満点だったじゃない」
声色は優しいはずなのに、顔は1ミリも笑っていません。
「皆、一人〇つ。なのに貴方は皆より多くないと出来ないのかしら」
ドルチェちゃんは顔を真っ青にしていました。
「ごめんなさいっ! あたくし、かわいいから! なげられないの!」
ドルチェちゃんの言い訳に女性は顔をパッと明るくさせました。
「ふふ、そうよね。ドルチェは世界一可愛いものね」
女性は満足したように短い棒のような物を取り出しました。
勢いを付け振ったかと思うと、棒は伸び、槍に変わりました。
「良いわ。ワタクシがお手本を見せてあげましょう。まずは何処かに移動させないとね」
ドルチェちゃんのお母さんは槍を一振りし突撃してきました。
身を守れる武器なんて持っていません。
迫ってくる女性の顔が怖くて、駄目だと分かっていても恐怖で目を瞑ってしまいました。
「…………………………あ、れ?」
暫く経っても痛みは襲ってきませんでした。
目を開けると、綺麗なピンク髪を黒いリボンでポニーテールにした女性が攻撃を防いでいました。
「リラさん!?」
「アンジェ、この人は敵?」
リラさんは攻撃を弾き返し、ドルチェちゃんのお母さんは距離を取りました。
「は……はい! でも、どうして此処に?」
「テロの鎮圧に来たんだよ。道中アンジェと合理しろって少佐からの命令でね」
「お母様! あたくしもてつだう!」
ドルチェちゃんはお母さんの元に走り毒を取り出しました。
「お母……様?」
ドルチェちゃんと女性の関係性を察してしまったのでしょう。
小さく呟いたリラさんの顔が一層曇りました。
「貴方とっても力が強いのね。このままじゃワタクシ負けちゃいそうだわ」
女性はドルチェちゃんに丸い玉を一つ渡しました。
「ねぇ、ドルチェ。ワタクシの為に戦ってくれるかしら」
「うん……!」
ドルチェちゃんはそれを抱え、私達に向かって走ってきました。
「——っ止めろ!!!!!!!!」
「リラさん! 毒です! 離れてください!!」
ドルチェちゃんがそれを叩きつけるのと同時に眩しい光と熱気に襲われました。
「あ゙…………え……?」
気が付いた時には私の体は吹き飛ばされ、噴水のレンガが身を受け止めていました。
リラさんは刀を地面に突き刺していて、爆発に耐えたようです。
ドルチェちゃんのお母さんはドルチェちゃんの体を撫でていました。
「あら……最後まで失敗ね。…………単純で分かりやすくて、隠せていない嘘も、悪知恵も全て愛していたわ、ドルチェ」
ドルチェちゃんが投げつけたのは毒ではなく、本物の爆弾でした。
「とても、とても……。だけどそれと同じくらい、大人になっていく貴方はキライ。貴方達には感謝しなくちゃね」
「——!!」
リラさんは即座に斬りかかりました。
ドルチェちゃんのお母さんは槍でそれを受け止め、軽快に笑う。
「お母さんって凄いのよ。存在するだけで無償の愛を貰えて、どんな事をしても子供の心に残り続けるの」
「黙れ!」
「そんなに血相を変えてどうかしてしまったの?」
「お前は母親じゃない!」
「えぇ、血は繋がっていないわ。けれど、愛情込めて育てたのよ? ワタクシは間違いなくお母さんなの」
二人は激しい交戦をしていました。
ドルチェちゃんのお母さんはリラさんを挑発し、リラさんは怒りながら刀を振るっています。
何でしょう、今のリラさんを見ていると凄く、不安になります。
戦い方が怖いんです。
リラさんは、強くて頼もしいはずなのに何だか焦っているようにも感じます。
「……くそっ」
「リラさん!!」
二人が間合いを取るため離れた瞬間にリラさんを呼び止めました。
「なに、アンジェ今それ所じゃ」
「その人を殺さないでください!」
「……何故?」
リラさんの表情には怒りがありました。
赤と緑の瞳に見つめられるとつい萎縮してしまいます。
「私だって、あの人が嫌いです。だけど、私達がすべき事は捕まえて、情報を得ることです!」
兎に角落ち着いてもらいたい、感情に任せて戦って怪我でもされたら嫌です。
「こうしてる内にも街には被害が出てる。これ以上誰かを傷つける訳にはいかない」
「リラさんっ!」
「上官命令だ、私の判断を君は変えられない」
キッパリと言い切られました。
「…………ごめんね」
リラさんは心底申し訳なさそうな顔をして刀を握り直しました。
ずるい。
とっても、ずるいです。
階級を出されたら私は反論できません。
それに謝られたら、私は許してしまうでしょう。
上官命令——。
そうです、私に止められないなら、もっと上の人を使えば良いってことですよね。
……なんだかより気分が落ち込んできました。
人として嫌いになってしまいそうな人の名前を呼びたく無いです。
頼らなくてはいけないのが悔しいですし。
小さく息を吸い、大きな声を出す。
「リラさんはテロリストを鎮圧ではなく、殺せと、そうあの人に命令されたんですか!」
不本意ですが、使えるものはとことん使いましょう。
「そんなのどっちも…………」
「リラさんの気持ちが前に出ているだけじゃないんですか!」
後の勝ち目は情報だけで、それすら反論されてしまったら私が人の死をもう見たくないってだけの我儘になります。
私に頭の良い冷静な説得は出来ません、最終手段は泣き落とししか思いつきません。
懇願するようにリラさんに近寄りました。
どちらも同じだと言いかけ、リラは押し黙った。
今の私は、結果にこだわり過ぎて過程を見失っていないだろうか。
落ち着けと自分に言い聞かせ、左耳に着けている四葉のピアスを触る。
こんな奴生かしておけない。
トップであるなら情報収集は必要。
自分の子供を殺すなんて……。
悩むな、今も助けを求めてる人達は大勢いる。
私なら助けられる、助けなくちゃいけない。
ぐるぐると思考に支配されていくのを感じた。
『命令や書類に無駄な思考を割くようなら、軍人など辞めろ』
アメッサの言葉がフラッシュバックした。
軍人など辞めろ。
その言葉がこびりついて、胸が痛い。
刀を持つ手が僅かに震えた。
「守らなきゃ……違う、……守る、守る守る……守れ、そう…………私が、私が皆を、絶対に……」
刀を握れない私に意味なんてない。
深く息を吸う。
「リラさん……」
意を決し、心配そうに近寄るアンジェへ振り返る。
「……アンジェ、私はあいつを殺すよ。この考えは変わらない」
刀を一度納め、体制を低く構える。
「大丈夫、任せて」
アンジェには見えていないだろうけど、安心させるように作り笑いをする。
低姿勢のまま突撃する。
抜刀で片をつけるつもりだったが、射程に入る前。
敵は素早く3回槍を突き、はらった。
「っ…………!」
槍がリボンを掠め、髪がほどける。
構わず距離を詰め、振り下ろされる槍を交わし飛び上がる。
刀を構え集中する。
敵は槍を振り上げたが、長い槍では遅い。
「……覚悟しろ」
「嫌ね、最後の景色が貴方だなんて」
胴を一刀両断し、納刀する。
敵はその場に倒れ大量の血を流していた。
「……貴方もワタクシを非難するの? …………柔らかくて、デザートの様に甘美なのに…………」
「は?」
走馬灯でも見ていたのだろう。
言葉を呟くと力無く項垂れ、果てていった。