ウィニング・ランナー   作:アルデヒド

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3話

第1層ボスの撃破から数ヶ月が経過し、アインクラッドの攻略は着々と上層へと進んでいた。

 

プレイヤーたちの間でも役割分担が明確化し始めていた。

始まりの街で平穏を望む者、生産職として商人や鍛冶師の道を歩む者、そして死の危険を冒して最前線を開拓し続ける「攻略組」。

その攻略組において、大型ギルド『血盟騎士団』や『聖竜連合』といった組織が圧倒的な存在感を放つ中、異色の立ち位置を確立している一人の少年がいた。

 

プレイヤー『ルカ』。

 

特定のギルドには所属せず、かといって完全な孤高のソロというわけでもない。

明るく無邪気な性格で誰とでも分け隔てなく接し、攻略組の難関クエストやボス戦となれば、圧倒的な身体操作能力(プレイヤースキル)で最前線を華やかに支える。

そんな風に誰かのために駆け回る彼を、プレイヤーたちは親しみを込めて「神速のルカ」や「走破者(ランナー)」などと呼び始めていた。

 

「ルカくん、今日もありがとねー! ルカくんが敵を引きつけてくれたおかげで、安全に採掘クエストクリアできたよ!」

 

第11層の主街区『タフト』。

採掘師の女性プレイヤーたちが、笑顔でルカに感謝の言葉を贈っていた。

 

「ううん、僕も楽しかったから全然気にしないで! 目当ての鉱石もたくさん取れたみたいでよかったよ!」

 

ルカは華奢な体を揺らし、花が咲くような明るい笑顔で手を振った。

金糸のような髪が太陽の光を浴びて輝き、透明感のある藍色の瞳が眩しそうに細められる。

 

「本当にルカくんは良い子だねぇ。攻略組の怖い人たちとは大違いだよ」

 

「あはは、攻略組のみんなも、本当はすごく優しい人ばかりだよ? ただちょっと、照れ屋さんなだけなんだから!」

 

屈託のない言葉に、女性プレイヤーたちは思わず吹き出した。

 

「もー、相変わらずルカくんは前向きなんだから。あ、これお礼の木の実パイ! 街で美味しいって評判のお店で買ったんだから、食べてね!」

 

「うわぁっ! 本当!? ありがとう、お姉さん!」

 

ルカは両手で大切そうにパイを受け取る。

採掘師達と別れたのち、広場のベンチに腰掛けたルカは、早速パイをひと齧りした。

 

「ん〜〜〜っ! サクサクで甘くてすっごく美味しい! 幸せだなぁ……!」

 

頬をゆるませ、心底嬉しそうに味覚を楽しむルカ。

仮想世界(フルダイブ)の技術が再現する「味覚」や「食感」の感覚。それすらも、彼にとっては世界で一番の宝物のように愛おしく、輝かしいものだった。

 

「ごちそうさまでした! さーて、お腹もいっぱいになったし、そろそろキリトたちと約束した場所に行こうかな!」

 

ルカは元気に腰の細剣を軽く整えると、風のように街の雑踏へと駆け出していった。

 

 

--------

 

 

第47層『フローリア』。

一面に色とりどりの花々が咲き誇る「花園の層」として知られるこのエリアの小高くなった丘の上に、二人の影があった。

黒いロングコートを纏った剣士キリトと、血盟騎士団の赤と白の洗練された騎士服に身を包んだ「閃光」のアスナである。

 

「……相変わらず忙しいだろうにいいのか?今日もギルドの定例会議だったんだろ?」

 

「確かに副団長っていう立場もあるから、本当は参加するべきとは思うけど……今回は団長がお休みしてもいいって言ってくれたの。それに、たまにはこうして自由行動したってバチは当たらないでしょ?」

 

アスナはそう言いながら、心地よい風に目を細めていた。

そこへ、丘の麓から鈴を転がすような元気な声が響いてきた。

 

「キリトー! アスナ〜〜っ!」

 

見上げると、手をおおきく振りながら坂道を駆け上がってくるルカの姿があった。

登り坂であるにもかかわらず、その足取りは恐ろしいほど軽やかで、まるで重力など存在しないかのように滑らかに地を滑ってくる。

 

「ルカ! 転ばないでよー!」

 

アスナが微笑みながら声をかけると、ルカは勢いよく丘の上に飛び出し、そのまま芝生の上へと豪快にダイブした。

 

「ふはぁ〜〜っ! 追いついたー! 二人とも、お待たせ!」

 

芝生に寝転がったまま、ルカはとびきりの笑顔を二人に向ける。

 

「まったく……相変わらずルカは元気だな。少しは落ち着きってものを覚えろよ」

 

キリトが半ば呆れつつも、親しみをもった手つきでルカの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。ルカは「あはは、キリトくすぐったいよー!」と声をあげて笑う。

 

「ほらキリトくん、乱暴にしないの。ルカ、服に葉っぱがついてるわよ」

 

アスナが甲斐甲斐しくルカの肩や髪についた草を払ってやる。

1層のボス戦で出会って以来、この三人は攻略組の中でも浅からぬ絆で結ばれていた。ソロを通すキリト、ギルドの重鎮となったアスナ、そして自由気ままなルカ。立場は違えど、互いを深く信頼し合えるかけがえのない仲間だった。

 

「ルカ、最近は中層の初心者たちの護衛をしてるんですって?」

 

アスナの問いに、ルカは起き上がりながら元気よく頷いた。

 

「うん! 最近、中層で迷子になっちゃう人とか、悪質なプレイヤーに困らされてる人が増えてるみたいだからさ。僕、脚が速いからさっと行って助けられるし、色んな人と話せて楽しいんだ!」

 

「……お前、あまり無茶するなよ。いくらアバターの操作性が高くても、SAOは一回死んだら終わりなんだからな」

 

キリトが少し真面目な顔をして釘を刺す。

ルカの戦い方は、いつ見ても息をのむほど美しく、圧倒的だ。だが同時に、敵の攻撃をミリ単位で回避し続けるような、あまりにもスリリングで紙一重な動きが多い。キリトから見れば、ヒヤヒヤさせられることも少なくなかった。

 

「あはは! 大丈夫だよキリト! 僕は絶対に死なないよ。だって……」

 

ルカは立ち上がり、澄み渡る青空を見上げて両手を広げた。

 

「ここでみんなと過ごす毎日が、本当に、本当に楽しいんだもん! この世界に来られて、キリトやアスナや、クラインたちに出会えて、僕は今、人生で一番幸せなんだ。だから、一秒でも長くみんなとこの世界を楽しみたいんだよ!」

 

その言葉には、一切の偽りも、暗い影もなかった。

純粋で、真っ直ぐな、溢れんばかりの幸福感。

アスナは胸がキュッと締め付けられるような愛おしさを感じ、優しく微笑んだ。

 

「そうね……ルカの言う通りね。こんな世界になっちゃったけど、こうしてみんなで笑い合える時間は、すごく大切だわ」

 

「……ま、無茶しすぎないよう僕も協力するけどな」

 

キリトも照れくさそうに口元を緩め、背後の樹木に背をもたせかけた。

ぽかぽかと暖かい陽気の中、三人は他愛もない話に花を咲かせた。新しく見つかった美味しいレストランのこと、クラインがまた新しい彼女を作ろうとして撃沈したこと、高層階の変質なモンスターのこと。

笑い声が、風に乗って花畑へと溶けていく。

 

ルカにとって、この時間こそが、命を賭けてでも守りたい大切な宝物だった。

 

 

--------

 

 

平和なひと時は過ぎ、攻略組は第56層のボス攻略戦へと臨んでいた。

全身が岩石で構成された巨人型ボス『ゴーレム・ファットフィスト』。

巨躯から繰り出される広範囲の範囲攻撃(AoE)と、高い防御力によって、攻略隊は苦戦を強いられていた。

 

「くそっ! 盾役(タンク)のヘイトが剥がれたぞ! 後衛に倒れ込んでくる!」

 

聖竜連合の戦士が悲鳴をあげる。

ボスの巨大な岩石の腕が、魔法攻撃の準備をしていた後衛のプレイヤーたちに向かって振り下ろされた。叩き潰されれば、紙装甲の後衛陣は一撃で即死(ワンパン)は免れない。

 

「させないわ!」

 

アスナが《フラッシュ・ペネトレイト》で急接近を試みるが、距離が足りない。キリトも別の雑魚モンスターに阻まれている。

絶体絶命の瞬間——。

 

シュバッ……!

 

空気を切り裂くような一筋の風が吹き抜けた。

 

「——そこだぁぁぁっ!」

 

誰よりも早く、ボスの巨大な腕の軌道上に割り込んだのはルカだった。

ルカは疾走の勢いを殺すことなく、ボスの傾いた巨大な腕の「側面」に足を滑り込ませた。

垂直に近い岩の表面を、まるで平地であるかのようにダッシュで駆け上がっていく。

 

「な……!? 壁を走ってる……!?」

 

プレイヤーたちが目を剥く。

SAOのシステムにおいて、一定以上の傾斜がある壁面は滑り落ちる判定になるはずだった。しかし、ルカはシステムが「滑落」と認識するよりも遥かに早いピッチで足場を捉え、自重の重心移動を完璧にコントロールして駆け上がっていた。

アバターの身体感覚に対する「意識の引っ掛かり」が一切ないルカだからこそできる、システム限界を突破した超絶技法。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

ボスの肩口まで一気に駆け登ったルカは、白銀の細剣を逆手に持ち替えると、ボサボサの溶岩が蠢くボスの首筋へと深々と突き立てた。

 

「グオオオオオオオンッ!?」

 

強烈な弱点特効(クリティカル)のシステムエフェクトが弾け飛び、ボスの広範囲攻撃が途中で強制キャンセルされる。後衛のプレイヤーたちは間一髪で死を免れた。

 

「ルカちゃん!?」「すごすぎる……!」

 

「今だよ! みんな、一斉に攻撃してーっ!」

 

ボスの上で可憐に跳躍し、空中で宙返りをしながら着地したルカが叫ぶ。

 

「行くぞみんな! ルカが作ってくれた隙を無駄にするなーッ!」

 

キリトの号令とともに、攻略組が一斉に怒涛の反撃を開始した。

キリト、アスナ、そしてルカの絶妙な連携攻撃がボスの巨体を削り取っていく。ルカの放つ細剣の閃光は、ボスの攻撃の合間を縫い、的確に、そして美しくシステムを刻んでいく。

 

やがて、巨人は轟音とともに崩れ去り、膨大なポリゴンの光となって消滅した。

『Congratulations!!』の文字が空に踊る。

 

「勝った……! 56層突破だーっ!」

 

歓声をあげるプレイヤーたち。

ルカは剣を鞘に納めると、大きく息を吐いて「ふぅ……! 楽しかったぁ!」と満足そうに笑った。

その勇姿に、周囲のプレイヤーたちが惜しみない称賛と感謝の拍手を送る。

ギルドにも属さず、己の足と剣だけで最最前線を奔走する可憐な少年。彼はいつの間にか、攻略組にとって欠かせない「希望の象徴」となっていた。

 

 

--------

 

 

ボス戦が終わり、各ギルドがドロップアイテムの確認や怪我人の手当てに追われる中、ルカは少し離れた岩場に腰掛け、一人で空を見上げていた。

 

「ルカ、お疲れ様。相変わらずすごい活躍だったな」

 

キリトがポーションの瓶を手に歩み寄ってくる。

 

「あ、キリト! ありがとう! キリトの最後の決め技もすっごくカッコよかったよ!」

 

ルカはいつものようにくるりと振り返り、元気いっぱいに笑いかけた。

そして、キリトから差し出されたポーションを受け取ろうと、右手をすっと伸ばした。

その時だった。

 

……フッ

 

ほんの一瞬。本当に、コンマ数秒の出来事だった。

伸ばされたルカの右手が、まるで映像のコマ落ち(フレームレートの低下)を起こしたかのように、わずかに「ゆらいだ」。

ルカの指先がポーションの瓶の側面を空切り、一瞬だけ空をつかむ。

 

「あ……」

 

「……ん? どうした、ルカ?」

 

キリトが首をかしげる。

ルカはすぐに何事もなかったかのように「あはは、ごめんごめん! 手が滑っちゃった!」と笑い、今度はしっかりとポーションを受け取ってみせた。

 

「もう、ルカったらドジなんだから。ボス戦が終わって集中が切れちゃったのかしら?」

 

追いついてきたアスナが笑いながら言う。

 

「うん! きっとそうだね! お腹も減ってきちゃったし!」

 

ルカはいつも通りの可愛らしい仕草で頭をかいてみせた。

だが——。

 

キリトの鋭い観察眼は、今の「違和感」を見逃していなかった。

 

(今のは……入力エラー? いや、SAOのフルダイブシステムで、あんな露骨なポジショニングのズレが起きるなんてあり得ない……。通信のラグか……? でも、アインクラッドのメインサーバーは完璧なはずだ)

 

キリトは不審に思い、ルカの顔をじっと見つめた。

ルカの表情には、何の変哲もない。いつものように明るく、無邪気で、生命力に満ち溢れた笑顔だ。

 

(気のせい……か? 戦闘中のルカの動きとの対比で、僕の目が見間違いを起こしたのかもしれないな)

 

キリトは内心でそう自分に言い聞かせ、追及するのをやめた。

ルカはポーションをグッと飲み干すと、「ぷはぁっ!」と声をあげて立ち上がった。

 

「さぁて! 57層の街に着いたら、みんなで美味しいものでも食べに行こうよ! 僕、おごっちゃうぞ〜!」

 

「ほう、ルカのおごりか! そいつは奮発してもらわないとな!」

 

後ろから歩いてきたクラインが乗っかり、みんながどっと沸き立つ。

 

「あはは! 任せてよー!」

 

仲間たちの輪の中心で、眩しいほどの笑顔を弾けさせるルカ。

風が彼の美しい金髪を揺らし、茜色の夕空へと旅立つ攻略組の背中を優しく包み込んでいた。

 

自分が手に入れたかった、最高の生活。

大切な仲間たちと笑い合い、自分の足で前を向いて歩んでいける、夢のような日々。

ルカはそのかけがえのない「今」を全身で抱きしめるように、仲間たちと共にどこまでも続く攻略の道を駆け抜けていくのだった。




今回の56層ボスですが、原作では階層ボスはほとんど明かされていないそうなのでゲームからめぼしいやつを引用しています。
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