私の名前はペリカ。エンドフィールド工業の監察官。それが、私の公式な肩書だ。
私の仕事は、規律を維持し、作戦を監督し、そして――管理人を補佐すること。
常に冷静沈着、論理的思考、そしてミリ秒単位の正確さが求められる。感情に流されることは許されない。それが、監察官としての私。
けれど、そんな私にも、ささやかな「秘密」がある。
今日は、旧基地奪還作戦以来、初めて与えられた全職員一斉の休日だった。
鳴り響くアラームを、私はまだ微睡みの中にいる頭で、手探りで止めた。
普段なら、アラームが鳴る5分前には起床し、身支度を整え、一日のスケジュールを確認している時間。
しかし、今日は違う。
「ん……あと、5分…」
私は毛布を頭まですっぽりと被り、もう一度温かい暗闇の中へと意識を沈めた。私の個人的な居住スペース。
そこは、エンドフィールドの無機質な金属の壁に囲まれた、唯一の聖域だ。
壁には、私が個人的に収集している、タロIIで見つけた可愛らしい動物のぬいぐるみや、手作りの小さなマスコットが、所狭しと飾られている。
中でも一番のお気に入りは、ずんぐりむっくりとした体型が愛らしい、青い鳥のぬいぐるみだ。これは、以前、管理人が出張のお土産だと言って、私にくれたもの。
普段、職務中は決して見せることのない、私の「好き」が詰まったこの部屋。監察官ペリカではなく、ただのペリカに戻れる、大切な場所。
結局、二度寝の誘惑に負けて、私がベッドから這い出したのは、アラームが鳴ってから一時間も後のことだった。
ぼさぼさの髪を手櫛でとかし、大きなあくびを一つ。
クローゼットから取り出したのは、いつも着ている白い色を基調とした戦闘服ではなく、ゆったりとした白いニットと、動きやすいショートズボン。髪も、きっちりと結い上げるのではなく、無造作に後ろで一つに束ねるだけ。
鏡に映る自分の姿は、いつもの監察官とはまるで別人だ。少し、気恥ずかしい。
「…お腹、すいたな」
休日とはいえ、朝食を抜くのは私の主義に反する。私は部屋を出て、食堂へと向かった。
休日の食堂は、いつもより人が少なく、穏やかな空気が流れている。私はトレイに、焼きたてのパンと、新鮮な野菜のサラダ、それと温かいミルクティーを乗せた。
そして、デザートコーナーで、特別に用意されていたフルーツたっぷりのパンケーキを見つけて、思わず目が輝いてしまう。
食べることが好き。特に、甘いものは、私の数少ない楽しみの一つだ。
席について、まずはミルクティーを一口。ふわりと広がる紅茶の香りに、心からほっと息をつく。
これが、幸せというものだろうか。旧基地での激戦が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
パンケーキにナイフを入れようとした、その時だった。
「やあ、ペリカ。おはよう」
その声に、私は危うく持っていたフォークを落としそうになった。声のした方へ顔を向けると、そこには、私と同じようにラフな格好をした、管理人が立っていた。
「か、管理人!? お、おはようございます…!」
慌てて立ち上がろうとする私を、彼は手で制した。
「大丈夫、座ったままで。隣、いいかな?」
「は、はい! どうぞ!」
彼は私の向かいの席に腰を下ろした。その手には、私と同じ、ミルクティーのカップが握られている。
なぜ、彼がここに? 休日くらい、執務室でゆっくりしているものだと思っていた。
「すごいパンケーキだね。美味しそうだ」
「あ、えっと、これは、その…休日なので、特別に…」
しどろもどろになりながら答える。
まずい。普段の私なら、もっと理路整然と話せるはずなのに。彼の前だと、どうしてもうまく言葉が出てこない。
特に、こんな風に不意打ちで、プライベートな姿を見られてしまうと。
彼は、そんな私の様子を面白そうに眺めながら、ミルクティーを一口飲んだ。
「旧基地では、世話になったな。ペリカのサポートがなければ、あの作戦は成功しなかった」
「い、いえ! そんなことはありません! 全て、管理人の指揮のおかげです…!」
「それでもだ。ありがとう」
彼はそう言って、穏やかに微笑んだ。その笑顔に、私の心臓が、とくん、と大きく跳ねた。
だめだ、ペリカ。冷静になりなさい。
彼はあなたの上官で、あなたは彼の補佐役…それ以上でも、それ以下でもない。私は自分にそう言い聞かせ、パンケーキに意識を集中させることにした。
「…そういえば、管理人。あなた…ううん、今の管理人は、甘いものは好きですか?」
口に出してから、しまった、と思った。馴れ馴れしすぎただろうか。だが、彼は特に気にした様子もなく、少し考える素振りを見せた。
「どうだろうな。記憶がないから、わからない。でも、嫌いではないと思う」
「…そうですか。あの、もし、よかったら…これいかがですか?」
言ってから、私は顔から火が出るかと思うほど、羞恥心に襲われた。
(何を言っているの…私っ!!)
間接キス、という言葉が頭をよぎる。しかし、私の言葉に、彼は少し驚いたような顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑った。
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」
彼はそう言うと、私のパンケーキにフォークを伸ばし、クリームとフルーツが乗った一切れを、ひょいと口に運んだ。
そして、少し目を丸くする。
「…うまいな、これ。甘すぎず、ちょうどいい」
「そ、そうですか! よかった…!」
彼の素直な感想に、私は自分のことのように嬉しくなって、思わず顔がほころんでしまった。
その後の食事は、不思議と会話が弾んだ。彼が失った記憶について、これからのエンドフィールドについて。
普段の執務室での会話とは違う、穏やかで、パーソナルな会話。私は、いつの間にか、彼と一緒にいるこの時間を、心から楽しんでいた。
食事が終わり、彼が執務室に戻ると言った時、私は名残惜しさを感じている自分に気づいた。
「管理人。あの、もし、この後お時間が許すようでしたら…少し、散歩でもいかがですか?
帝江号の中も、たまには歩いてみると新しい発見があるかもしれません」
自分から誘うなんて、どうかしている。
でも、もう少しだけ、彼と話していたかった。私の唐突な提案に、彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いてくれた。
「ああ、いいな。ちょうど、少し身体を動かしたかったところだ」
私たちは連れ立って、帝江号の居住区画を歩いた。
任務や仕事で通り過ぎるだけの廊下も、こうしてゆっくり歩くと、壁に飾られた写真や、クルーたちの笑い声など、普段は気づかない多くのものが見えてくる。
「…こうしていると、ここが巨大な船の中だということを忘れてしまいそうだな」
彼が、窓の外に広がるタロIIの荒野を眺めながら呟いた。
「はい。帝江号は、私たちの家ですから」
私は、自然とそう答えていた。三週間前、本物の管理人が倒れ、旧基地が陥落した時、私たちは帰るべき家を失いかけた。この帝江号だけが、最後の砦だった。
彼が、今の彼が、戻ってきてくれたおかげで、私たちは再び「家」を取り戻すことができたのだ。
そんなことを考えていると、彼が不意に立ち止まり、私の頭に、ぽん、と大きな手を置いた。
「えっ…!?」
「いつも、ありがとうな、ペリカ。お前がいてくれて、助かっている」
そして、わしゃわしゃと、少し乱暴に、でも優しく、私の頭を撫でた。突然のことに、私の思考は完全に停止した。
頭を、撫でられた? 管理人に?
心臓が、今までにないくらい激しく、大きく脈打つ。顔が、首筋まで真っ赤に染まっていくのが自分でもわかった。
彼の大きな手の感触と、温もりが、髪を通して、頭皮に、そして脳にまで直接伝わってくるようだった。
ドキッとした、なんてものじゃない…まるで、心臓を直接掴まれたかのような、強烈な衝撃。
「か、かか、管理人っ! わ、私は、監察官で…! そのような、馴れ馴れしい行為は…!」
私は、蚊の鳴くような声で抗議するのが精一杯だった。しかし、彼は意に介した様子もなく、さらに数回私の頭を撫でると、満足そうに手を離した。
「はは、すまんすまん」
彼は悪びれもせずに笑っている。私は、ただ、その場で固まることしかできなかった。彼の去り際の後ろ姿を見つめながら、私は自分の熱い頬に手を当てた。
(だめだ…だめだ、ペリカ…)
心の中で、何度も自分を戒める。でも、頭に残る彼の温もりと、激しく鳴り続ける鼓動は、私の理性を簡単に麻痺させていく。
その日の午後、私は自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。そして、一番のお気に入りである、青い鳥のぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。
「…どうしよう」
ぬいぐるみに顔をうずめて、呟く。彼の笑顔、彼の声、そして、頭を撫でてくれた、あの大きな手。その全てが、頭から離れない。
監察官としての私。そして、一人の「ペリカ」としての私。
その境界線が、今日、彼によって、いとも簡単に揺さぶられてしまった。
休日が終われば、また私は「監察官ペリカ」に戻らなければならない。
冷静沈着で、常に彼の補佐役として完璧でなければ。
でも、果たして、明日から、私は今まで通りに彼の顔を見ることができるだろうか。
私は、抱きしめていたぬいぐるみの、柔らかな感触を確かめるように、もう一度強く抱きしめた。このぬいぐるみのように、可愛くて、守られるだけの存在ではいられない。
私は彼の「パートナー」なのだ。監察官として、彼の隣に立ち、彼を支え、時には彼を導く。
それが、私の役目であり、誇りでもある。今日の出来事で揺らいだ心は、このぬいぐるみと一緒に、この部屋の奥にしまっておこう。
明日からは、またいつもの私だ。
そう決意して、私はゆっくりと目を開けた。
窓の外は、もうオレンジ色の夕日が差し込んでいる。休日も、もうすぐ終わりだ。
私はベッドから起き上がると、深呼吸を一つした。よし。
夕食の前に、少しだけ執務室を覗いてみようか。きっと彼は、休日だというのに、一人で仕事をしているに違いないから。
熱いコーヒーでも淹れて、差し入れに行こう。
「監察官として、管理人の健康管理をするのも、私の務めですから」
誰に言うでもなくそう呟いて、私は小さく笑った。その顔が、いつもより少しだけ柔らかい表情をしていることに、私自身はまだ気づいていなかった。
UA4桁になりました
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このままでちょうどいい!
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あのぉもうちょっと短くできませんかねぇ…
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たまには長くやってもいいのよ。