関和を挟んで、次の章になります。アンケートですが、このままでいいとたまには長くが拮抗してたので、普段はこの長さ、たまに長くという事にします。
「――チェン、今だっ!」
管理人の絶叫にも似た号令が、谷間に木霊する。レーヴァテインが作り出した『煉獄』の炎がヴォルフガングの足元を捉え、その動きをコンマ数秒、鈍らせた。
その致命的な一瞬を、管理人は見逃さなかった。そして、もう一人、この好機を待ち望んでいた者がいた。
「はあああああっ!」
岩壁を蹴り、アーツによる浮遊能力を最大限に活かして天高く舞い上がっていたチェンが、管理人の合図と共に急降下する。その姿は、獲物を狙う猛禽そのもの。
二本の剣を十字に構え、自らの体重と落下速度の全てを乗せた一撃が、ヴォルフガングの頭上から叩き込まれた。
「ぐぅっ…おのれ、小娘がぁっ!」
ヴォルフガングは、迫り来るチェンの一撃を、咄嗟にバトルアックスの面で受け止めた。
ガギィン!という、耳をつんざくような激しい金属音。チェンの渾身の一撃は、確かにヴォルフガングの動きを完全に止めた。
だが、彼女もまた、その反動で腕を痺れさせ、体勢を崩してしまう。
その瞬間、管理人は地を蹴っていた。ヴォルフガングの意識が、上方のチェンと足元のレーヴァテインに完全に集中している、その一点を突いて。
だが――。
「――舐めるなァッ!!」
ヴォルフガングの全身から、凄まじい闘気が爆発した。それはアーツではない。純粋な肉体の力と、怒りからくる衝撃波だった。
「きゃっ!?」「ちぃっ!?」
「ぐっ…!」
衝撃波は、至近距離にいた管理人、チェン、レーヴァテインの三人を、まるで木の葉のように吹き飛ばした。
三人はそれぞれの悲鳴を上げ、地面に叩きつけられる。ヴォルフガングの荒い息遣いだけが、広場に響き渡った。
「貴様らァ!!もうゆるさん!!『破壊』して…」
怒りに震え、勝利を確信したヴォルフガングが、とどめを刺そうとアックスを振り上げた、その時…
吹き飛ばされたはずの管理人が、静かに立ち上がり、彼の言葉を遮った。
「いや、時間切れだよ。あんた」
管理人は、アサルトライフルも片手剣も手放し、ただ一本のコンバットナイフを構え、姿勢を低くしていた。
その瞳から、先ほどまでの焦りや仲間を気遣う感情が、全て抜け落ちていた。
「悪いが、今の腑抜けた俺一人じゃあんたを倒せなかった…だがここにはみんながいる。
俺だけじゃない…久々で時間はかかったが、あんたの呼吸は盗んだ。もう、止められねぇよ」
その言葉と共に、管理人の纏う空気が一変した。離れた場所で援護していたペリカ、吹き飛ばされ、少し離れた場所にいたチェンとレーヴァテインは、地面に倒れたまま、息を呑んだ。
目の前にいるのは、本当に自分たちの知る『管理人』なのだろうか。彼の瞳は、獲物だけを見据える、冷徹な狩人のものに変わっていた。
感情という名の枷が外れ、彼の奥深くに眠っていた、純粋な戦闘機械としての本能が目を覚ます。
「感謝する。腑抜けた俺を叩き起してくれて…そして、サヨナラだ」
その言葉は、ヴォルフガングに本能的な恐怖を抱かせた。身の毛もよだつような悪寒。彼は、目の前の低く構える小柄な男から、目が離せなくなってしまった。
そう…見つめてしまったのだ。緊張から流れた汗が、彼の目に入り込む。
――パチリ。
ほんの一瞬の、瞬き。
「はっ??どこに…」
彼の言葉は、そこで永遠に途絶えた。瞬きの間に、管理人の姿が掻き消えていたのだ。
ヴォルフガングが、その存在を再び認識した時、管理人は既に彼の懐、死角のど真ん中にいた。
地を滑るように移動し、ヴォルフガングの頑強な鎧の、唯一の隙間――首の頸動脈が通う場所――に、コンバットナイフを深々と突き立てていた。
ゴボリ、と音を立てて、ヴォルフガングの口から血が溢れ出す。信じられない、という表情で、彼は自らの首に突き刺さったナイフと、それを握る管理人の氷のような瞳を交互に見た。そして、巨体はゆっくりとバランスを失い、轟音と共に大地に倒れ伏した。
静寂が戻る。管理人は、倒れたヴォルフガングの亡骸からナイフを引き抜くと、その血糊を軽く振って払った。
感情の欠落した、氷のように冷たい瞳で、ピクリとも動かなくなった巨体を見下ろしている。
「…もう、これは使わないと思ってたんだがな、そうは言ってられない。
おれは皆で無事に家に帰るために闘う…使える物を使わないのは…俺のただのワガママだ」
その呟きは、誰に聞かせるでもなく、風に溶けて消えていく。彼の中に眠っていた「過去」の技術。
それは、彼自身が封印したかった、あまりにも多くの血と硝煙に塗れた力だった。
だが、仲間を守るためなら、彼は再び修羅に戻ることを厭わない。
「「「管理人!」」」
レーヴァテインとチェン、そして少し遅れてペリカが、心配そうに駆け寄ってくる。
その気配を感じ取った瞬間、管理人の瞳からすっと冷気が消え、いつもの穏やかで優しい光が戻った。
まるで、先ほどの冷徹な暗殺者は幻だったかのように。
彼は、駆け寄ってきた三人に安心させるように、ふっと微笑んでみせた。
「…お疲れ様。もう、大丈夫だ。おれはここにいるし、皆がいるなら…大丈夫だ」
その言葉と笑顔に、三人は安堵の息を漏らす。しかし、彼女たちの心のどこかには、先ほど垣間見た彼の異様な姿が、小さな棘のように引っかかっていた。
記憶を失ったはずの彼の中に眠る、あの底知れない「何か」。それは、仲間にとって頼もしい力であると同時に、どこか危うさを感じさせるものでもあった。
「フン…当たり前だ。お前は私がいなければ、何もできんのだからな」
レーヴァテインは、そっぽを向きながらも、その声は微かに震えていた。
チェンは、何も言わずに管理人の服の袖をぎゅっと掴む。その小さな手が、彼女の不安を物語っていた。
「…戦闘、お疲れ様でした。お怪我は…?」
ペリカは、冷静さを装いながらも、その視線は管理人の全身をスキャンするように忙しなく動いている。
管理人は、そんな三人の様子に苦笑しながら、広場の中央を指さした。
「怪我はないよ。それより、仕事を終わらせよう。ここに、俺たちの最初の足跡を刻むんだ」
彼の視線の先には、ヴォルフガングたちが焚いていた篝火が、静かに揺らめいていた。
この場所に協約核心を設置し、エンドフィールド工業の再起の第一歩とする。
それが、彼らの本来の目的だった。戦いは終わり、新たな始まりの時が来たのだ。
ヴォルフガングの巨体が倒れたことで、風蝕の谷はようやく本来の静けさを取り戻した。
残されたのは、戦いの爪痕と、安堵の息を吐くエンドフィールド工業の面々だけだった。
管理人は、仲間たちに優しい言葉をかけながらも、内心では己の肉体が上げる悲鳴に耐えていた。
(痛すぎる…久々だな、これ。流石にいきなりあれは不味かったか…)
封印していた過去の技術――それは、彼の肉体と精神に、常人には理解し得ないほどの極限の負荷を強いるものだった。
彼の脳裏に浮かぶ、祖父との地獄のような訓練の日々。
ナイフ一本で戦場に放り込まれ、生き残るためだけに、人としての感情すら殺して敵を屠ってきた記憶。
その反動で一度は全てを捨て、ゲーマーという虚構の世界に逃げ込んだはずだった。
だが、仲間を守るという、今の彼にとって何よりも大切な現実が、再び彼を修羅の道へと引き戻した。
その代償は、今、全身を駆け巡る激痛となって彼を苛んでいた。
筋肉が断裂し、骨がきしむような感覚。だが、彼はその痛みをおくびにも出さず、リーダーとしての責務を全うしようと努めた。
後悔している暇はない。管理人は、痛む身体に鞭を打ち、ペリカに視線を送った。
「ペリカ、頼む」
「はい。…管理人、本当に大丈夫ですか?顔色が…」
「…問題ない。早く、俺たちの拠点を立てよう」
心配そうなペリカを笑顔で制し、管理人は彼女が指し示す広場の中央へと歩を進めた。
そこは、ヴォルフガングが篝火を焚いていた場所。帝江号から運び込まれていた、銀色に輝く円柱状の装置――協約核心を、彼は慎重に地面に設置する。
協約核心は、エンドフィールド工業の技術の結晶であり、彼らの活動領域を広げるための生命線だ。
これを設置することで、周囲の環境データを収集し、安全な活動拠点を確保し、そして何より、このタロⅡの大地に「自分たちはここにいる」と宣言することができる。
管理人が核心を設置し、ペリカがデータパッドを操作すると、核心から青白い光が放たれ、地面に幾何学模様の光の回路が広がっていく。
その光は、周囲の岩や砂と共鳴するように、淡く輝き始めた。
「…協約核心、オンライン。周辺環境とのリンクを確立。エリア『風蝕の谷・中枢』の確保を確認しました」
ペリカの冷静な声が、作戦の成功を告げる。その言葉を聞いた瞬間、チェンとレーヴァテインから、わっと歓声が上がった。
「やったー! やったね、管理人!」
「フン…当然の結果だ。この私と、あんたがいればな」
チェンは喜びを全身で表現し、レーヴァテインは不敵な笑みを浮かべながらも、その瞳は誇らしげに輝いている。
彼女たちの喜びように、管理人の口元にも自然と笑みがこぼれた。全身の痛みも、この瞬間だけは忘れられる気がした。
(ようやくだ…これでようやく本格的な工業が始められる…)
光り輝く協約核心を見つめながら、管理人は心の中で深く息を吐いた。
これは、ただの一つの拠点を確保したというだけではない。この世界に迷い込み、何者でもなかった自分が、エンドフィールド工業の『管理人』として、仲間たちと共に成し遂げた最初の、そして最も大きな一歩だった。
瓦礫の中から会社を再建し、失われた技術を取り戻し、この未開の惑星で再び産業の光を灯す。
その壮大な計画が、今、ようやく現実のものとして動き始めたのだ。
「管理人、お疲れ様でした」
いつの間にか隣に来ていたペリカが、静かに声をかけた。彼女の表情は、いつも通り冷静沈着だったが、その瞳の奥には、確かな安堵と、管理人への労いの色が浮かんでいた。
「ヴォルフガングの件…貴方の過去に、何があったのかは問いません。ですが、あまり無理はしないでください。
貴方の身体は、貴方一人のものではないのですから」
彼女の言葉は、監察官としてのものではなく、一人の仲間としての純粋な心配からくるものだった。その気遣いが、管理人の心に温かく沁みた。
「…ああ、わかってる。ありがとう、ペリカ」
管理人は、仲間たちの顔を一人一人見回した。
不敵に笑う炎の剣士。天真爛漫な剣士。そして、冷静沈着な才媛。個性も能力もバラバラな、しかし、かけがえのない仲間たち。
彼らと共に、この場所に最初の礎を築けたことに、管理人は心からの喜びと感謝を感じていた。
「…さあ、帰ろう。帝江号へ。報告と、それから…温かい飯が待ってる」
その言葉に、チェンが
「やったー! 私、お腹ぺこぺこー!」
と声を上げ、レーヴァテインも
「フン、あんたがそう言うなら付き合ってやろう」
と憎まれ口を叩きながらも、その口元は緩んでいる。
ペリカは、静かに頷き、既に帝江号への連絡を開始していた。
広場の中央で青白い光を放ち続ける協約核心。それは、この荒涼とした大地に灯された、小さな、しかし確かな希望の光だった。
この核心は、単なるエリア確保の印ではない。これから始まるエンドフィールド工業の再起、その全ての活動を支える中枢となる。
この協約核心が、周囲の工業設備に電力を供給し、生産された物資を管理し、そして新たなサブ協約核心の設置を可能にすることで、彼らの活動領域は面として広がっていく。
今はまだ点に過ぎないこの光が、やがて線となり、面となり、タロⅡ全土を覆う巨大な生産ネットワークへと発展していくのだ。
その壮大なビジョンを思い描き、管理人は再び決意を新たにする。
(この痛みが、そのための代償なら安いものだ…)
全身の激痛は未だに続いている。だが、仲間たちの笑顔と、眼前に広がる未来への希望が、その痛みを和らげてくれる。
管理人は、仲間に悟られないように深く息を吸い込み、痛みを意識の底へと押し込めた。
ふと、管理人は地面に転がったままのヴォルフガングのバトルアックスに目をやった。
持ち主を失ったその巨大な武器は、今はただの鉄の塊として、静かに横たわっている。
(強い相手だった…だが、俺たちの敵はあいつだけじゃない。この先、もっと多くの困難が待ち受けているだろう)
三週間前の奇襲。いまだ正体の知れない敵。このタロⅡには、まだ多くの謎と脅威が潜んでいる。今回の勝利は、あくまで始まりに過ぎない。
管理人は、そんな思考を振り払うように、仲間たちの方へ向き直った。
「ペリカ、帝江号に戻ったら、すぐにこのエリアの本格的な調査と、生産ラインの設計プランをまとめてくれ。
だが、何よりも電力を供給するための中継タワーの生産が最優先だ。
チェン、レヴィ、お前たちには周辺の警戒と、新たなサブ協約核心の設置候補地の探索を頼むことになる。忙しくなるぞ」
矢継ぎ早に指示を出す管理人の声には、もう迷いや痛みのかけらは感じられなかった。
それは、未来を見据える「管理人」としての、力強く、頼もしい声だった。
「承知しました。直ちに準備に取り掛かります」
「おーっ! 冒険の始まりだね!」
「フン、せいぜい私を退屈させるんじゃないよ、管理人」
三者三様の返答。それこそが、新生エンドフィールド工業の始まりの音だった。
管理人は満足げに頷くと、協約核心に背を向け、帝江号が待つ空を見上げた。
「さあ、帰ろう。俺たちの家へ」
その言葉を合図に、四人は戦いの終わった谷を後にする。
彼らの背後では、協約核心が放つ光が、まるで夜空に輝く道標のように、いつまでも青白く輝き続けていた。
よくある相手の意識の隙間に入り込んで〜ってやつですね
普通の人間には出来ない?彼は逸般人なので…
次回、管理人の過去の話になります。
これである程度彼がどんな人間かがわかること思います。
本文の長さアンケートです
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このままでちょうどいい!
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あのぉもうちょっと短くできませんかねぇ…
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たまには長くやってもいいのよ。