「ちょ、二人とも、本当に苦しい……! レヴィ、助けて……!」
助けを求めるように、管理人は少し離れた場所で呆然と立ち尽くしているレーヴァテインへと視線を向けた。
「……」
レーヴァテインは、その光景を見て、明らかに動揺していた。普段の彼女らしくない、硬直した表情。赤い髪が、僅かに震えている。彼女は、何度か口を開こうとしたが、言葉が出てこないようだった。
(管理人が……女に……? いや、待て、冷静になれ。協約特異点の機能は知っている。性別の変更は可能だと、報告書で読んだ。
つまり、これは正常な範囲内の出来事だ。驚くことはない。管理人は管理人だ。外見が変わっても、中身は同じはずだ。そう、同じはずだ……)
必死に自分に言い聞かせるレーヴァテイン。彼女は、深呼吸をすると、いつもの冷静な表情を取り戻そうと努めた。そして、ゆっくりと管理人たちへと近づいていく。
「……おい、ペリカ、チェン。管理人が苦しがってるだろ。離してやれ」
低く、抑制された声。だが、その声には微かな動揺が滲んでいた。ペリカとチェンは、レーヴァテインの声に、ようやく我に返ったように、ゆっくりと管理人から離れた。
「あ……す、すみません、管理人……つい……」
「えへへ、ごめんね、管理人! でも、本当に可愛いんだもん!」
解放された管理人は、はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、服装を整えた。そして、レーヴァテインへと視線を向ける。
「ありがとう、レヴィ。助かったよ」
その言葉を聞いた瞬間、レーヴァテインの表情が、僅かに歪んだ。
「……あんた、やっぱり管理人なんだな」
彼女は、複雑な表情で管理人を見つめた。赤い瞳が、女性の姿をした管理人を、上から下まで舐めるように観察する。
黒髪、整った顔立ち。確かに、面影はある。だが、全てが小さく、柔らかくなっている。
(……違和感が、拭えない)
レーヴァテインは内心で呟いた。管理人は管理人だ。それは理解している。
だが、これまで見上げていた相手が、今は自分と殆ど同じ目線にいる。その事実が、彼女の中に奇妙な戸惑いを生んでいた。
「……協約特異点を使ったのか。報告書で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだ」
彼女は、努めて冷静に言葉を紡いだ。だが、その視線は、管理人の顔から逸らされている。
「うん。谷地通路への作戦を前に、試してみたかったの。もしかしたら、新しい記憶や能力が引き出されるかもしれないって思って」
管理人は、自分の両手を見つめながら、静かに言った。その声には、どこか遠い響きがあった。
「夢を見たわ。蒼い海と、懐かしい声。『私たちは、ずっと一緒だった』って……この姿も、私の一部なのかもしれない」
「管理人……」
ペリカが、心配そうに管理人の肩に手を置いた。先ほどまでの『可愛い』に浮かれた様子は消え、監察官としての真剣な表情に戻っている。
「無理、してませんか? 協約特異点は、精神に負担をかけることもあると聞きます。少しでも異常を感じたら、すぐに医務室へ……」
「大丈夫よ、ペリカ。むしろ、身体は軽いくらい。それに――」
管理人は、三人を見回し、柔らかく微笑んだ。
「みんながいてくれるから、心強いわ。さ、そろそろ作戦会議の時間じゃない? 谷地通路のデータ、ペリカがまとめてくれたんでしょう?」
「あ、はい! そうでした! もう準備は万端です!」
ペリカは、コホン、と咳払いをして、いつもの調子を取り戻した。チェンも、にこにこと笑いながら頷く。
「うん! 私も準備オッケー! 管理人が男でも女でも、私たちは一緒に戦うんだから!」
だが、レーヴァテインだけは、まだ複雑な表情をしていた。彼女は、管理人の背中を見つめ、小さく呟いた。
「……管理人は、管理人だ。それだけだ」
自分に言い聞かせるように。だが、その言葉は、どこか空々しく響いた。彼女は小さく息を吐くと、管理人たちの後を追って歩き出した。
四人は、作戦会議室へと向かう。廊下を歩きながら、チェンは興奮気味に管理人へ話しかけ続けた。
「ねえねえ、管理人! 女の子になったら、剣の振り方とか変わる? やっぱり、力は落ちちゃうのかな?」
「うーん、確かに筋力は少し落ちてるみたいだけど……不思議なことに、身体の動かし方は覚えてるの。むしろ、リーチが短くなった分、接近戦での小回りは利くかもしれないわね」
管理人は、自分の手のひらを見つめながら答えた。協約特異点は、単に外見を変えただけではなく、この身体に最適化された戦闘技術まで、記憶として植え付けたようだった。
まるで、ずっとこの身体で戦ってきたかのような、奇妙な確信があった。
「それは興味深いですね……協約特異点の技術は、まだ解明されていない部分が多いんです。管理人の身体データ、後で詳しく測定させてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。私も、この身体のこと、もっと知りたいから」
会話を交わしながら、四人は作戦会議室へと到着した。ドアが開くと、既に室内には、大型のホログラムディスプレイが起動しており、谷地通路の地形データが映し出されていた。険しい峡谷、複雑に入り組んだ地形、そして――無数の赤い点で示された、敵性存在アンゲロスの推定配置。
「それでは、作戦会議を始めます」
ペリカは、タクトを取り出すと、ディスプレイを指し示した。彼女の表情は、いつもの真剣なものに戻っていた。
作戦会議室の中央、ホログラムディスプレイが谷地通路の立体地図を鮮明に映し出している。
ペリカは、指揮棒のようなタクトを手に、流れるような動作で地図上の各ポイントを指し示していた。
「……以上が、谷地通路の地形概要と、アンゲロスの推定配置です。敵の主力は通路中央部に集中しており、特にこの狭隘部では大規模な戦闘が予想されます。
我々の第一目標は、ここを突破し、奥にある比較的安全な広場にサブ協約核心を設置すること。
これにより、帝江号からの電力供給ラインを確保し、後続部隊の活動拠点を築きます」
ペリカの冷静で的確な説明が、室内に響く。チェンは真剣な表情で腕を組み、地図上の敵配置を睨みつけている。レーヴァテインは壁に寄りかかり、静かに目を閉じていたが、その意識は完全にペリカの説明に集中していた。
管理人もまた、ペリカの説明に耳を傾けながら、ディスプレイに映る地形を見つめていた。だが、彼女の意識は、半分ほど別の場所へと飛んでいた。それは、過去の――あるいは、別の世界の記憶。
(谷地通路……このステージには、確か……)
脳裏に、ぼんやりとしたゲーム画面が浮かび上がる。そこには、小さな女の子の姿があった。
病に苦しみ、弱々しく咳き込む少女。
(そうだ……この先の避難民キャンプに、病気の女の子がいたはず。ゲームでは、イベントを進めれば助けられたけど……ここは現実だ。間に合う保証なんて、どこにもない)
管理人の胸が、ちくりと痛んだ。ゲームのキャラクターだと割り切れない。この世界が現実である以上、あの少女も、今この瞬間、どこかで苦しんでいるのかもしれないのだ。
そして、この世界の状況を考えれば、避難民たちが十分な医療を受けられているとは到底思えなかった。
「管理人?」
不意に名前を呼ばれ、管理人はハッと我に返った。ペリカが、少し怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫ですか? 少し、顔色が悪いようですが……」
「あ、いえ、大丈夫。少し考え事をしていただけよ。説明の続きを、お願い」
「…分かりました。では、作戦ルートですが、敵の主力が集中する中央部を避け、こちらの北側迂回ルートを使用することを提案します。多少時間はかかりますが、遭遇する敵の数は少なく、安全に目的地へ到達できるかと……」
ペリカが、タクトで新たなルートを地図上に描き出す。だが、管理人はそれを手で制した。
「ごめん、ペリカ。そのルートは使えないわ」
「え? しかし、管理人……」
管理人 「迂回している時間はないの。それに、私たちの目的は、単に協約核心を設置するだけじゃない」
管理人は、真っ直ぐにペリカの青い瞳を見つめ返すと、きっぱりと言った。
「この作戦に、鉱石病の治療薬も追加で持っていきたいの。それも、可能な限り多く」
「鉱石病の治療薬、ですか? ですが、今回の作戦区域内に、感染者の存在は確認されていません。それに、追加の物資は部隊の機動力を削ぐことにも……」
ペリカの反論は、監察官として当然のものだった。だが、管理人は首を横に振る。
「いいえ、いる可能性が高いわ。この谷の奥には、公式に確認されていない避難民キャンプが存在するかもしれない。そして、もしそこに罹患者がいたら……劣悪な環境で、十分な治療を受けられていない可能性が高いわ」
管理人の言葉に、チェンとレーヴァテインも顔を上げた。
「避難民キャンプ……? 本当にいるのかな」
「確証はないわ。でも、可能性がある以上、見過ごすことはできない。だから、私たちは最短ルートで谷を突破して、一刻も早くキャンプを探し出す必要があるの」
彼女の赤い瞳には、強い意志の光が宿っていた。それは、ゲームの知識から来る予知ではない。
人として、見過ごすことのできない命に対する、真摯な思いだった。
「……」
ペリカは、黙って管理人を見つめていた。その表情は、監察官としての冷静さと、管理人の言葉に心を動かされている一人の少女としての感情の間で、揺れ動いているように見えた。
やがて、彼女はふっと息を吐くと、小さく頷いた。
「……分かりました。管理人の判断を信じます。すぐに医務室と連携し、携帯可能な抑制剤と治療薬を手配します。作戦ルートも、中央突破を前提としたプランに再構築します。ただし、管理人。一つだけ、約束してください」
「約束?」
「無茶は、しないと。貴女の判断は、時に合理的ではない。ですが、その結果、多くの者が救われてきたことも事実です。……ですが、貴女自身が倒れてしまっては、元も子もありません。貴女は、エンドフィールド工業の最高責任者であると同時に、私たちの…大切な仲間なのですから」
ペリカの青い瞳が、真っ直ぐに管理人を射抜く。その瞳には、監察官としての厳しさだけでなく、仲間を思う純粋な憂慮の色が浮かんでいた。管理人は、その真摯な眼差しを受け止め、静かに頷いた。
「ええ、約束するわ。ありがとう、ペリカ」
管理人の言葉に、ペリカは少しだけ表情を和らげ、タクトを振るった。ホログラムディスプレイ上の地図が書き換えられ、中央突破を前提とした新たな作戦プランが詳細に表示されていく。
「よーっし! 話は決まりだね! 面倒な迂回より、正面からぶつかっていく方が、私の性に合ってるよ!」
チェンは、嬉しそうに拳を握りしめた。彼女の龍の角が、闘志に呼応するように微かに揺れている。
「……フン。面倒事が増えただけだ。だが、あんたが決めたことなら、従うまでだ」
レーヴァテインは、相変わらず壁に寄りかかったまま、ぶっきらぼうに言った。だが、その言葉とは裏腹に、彼女の青い瞳の奥には、新たな任務に対する静かな決意が宿っているようだった。
こうして、作戦方針は決定された。中央突破による迅速な制圧と、未知の避難民キャンプの捜索および救助。それは、当初の予定よりも遥かに危険で、困難な任務だった。
だが、管理人をはじめ、ここにいる誰もが、その困難から目を逸らそうとはしなかった。
作戦会議が終わり、各自が谷地通路への出撃準備に取り掛かる。管理人は、医務室から届けられた大量の医療品を、自身の背負うバックパックに丁寧に詰め込んだ。
注射器、抑制剤、抗感染薬、包帯――ずっしりとした重さが、これから救うべき命の重さのように感じられた。
装備を整え、格納庫へと向かう。そこには、既に出撃準備を終えたペリカ、チェン、レーヴァテインの三人が待っていた。
「待たせたわね」
彼女が声をかけると、三人が一斉に振り返る。
「管理人。準備はよろしいですか?」
「いつでも行けるよ、管理人!」
「……早く行こう。時間が惜しい」
三者三様の反応。だが、その視線は皆、指揮官である管理人へと注がれている。管理人は、そんな彼女たちを見回し、力強く頷いた。
「帝江号、準備はできているよ。みんな、行くわよ!」
その号令と共に、格納庫の巨大なハッチがゆっくりと開いていく。眩い太陽の光が差し込み、風蝕の谷の乾いた空気が流れ込んできた。
目の前に広がるのは、赤茶けた大地と、どこまでも続く険しい峡谷。
これから始まる激しい戦いを予感させる、荒涼とした風景だった。四人は、決意を新たに、その大地へと足を踏み出した。
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次の関話、誰を書いて欲しいですか?
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管理人(女)
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チェン
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ペリカ
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レーヴァテイン